誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】   作:deburi

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第10話:鮮血の末に

     1

 三日月オーガスは確信した。敵もまた“一線”を超えた存在だ、と。

 かつて彼は一度だけ同じような存在と対峙したことがある。エドモントンでの戦闘において、自らを窮地に陥れた巨大モビルスーツのパイロットがそうだ。

 

 一線を超えた者―――信念、理念、決意、意志、意地、あらゆる感情を突き通して、己の身を冷たい機械の生贄にすることも厭わない者のことだ。

 

 自分がそうであるように。

 相手もそうなのだ。

 

「お前もそうか。まぁ、やるしかないけど」

 

 バルバトスは切断された左腕をかいくぐって姿勢を低くすると、アスモデウスに対して膝蹴りを打ち込んだ。アスモデウスは踏ん張ることはせず、むしろバックジャンプをすることで受け流しつつ後退し、廃墟ビルの屋上に飛び移った。

 

「チッ!」

 

 廃墟ビルの屋上に飛び移ったアスモデウスはノーモーションで跳躍すると、バルバトスの後方に素早く回り込んでキックを放った。アスモデウスの鋭いキックはバルバトスのバックパックに突き刺さり、爆発炎上させる。背中のスラスターは完全にイカれた。

 衝撃がコックピットにまで襲い掛かり、三日月の体が揺さぶられる。そんな中でも操縦桿をしっかりと握り締め、バルバトスの両腕の機関砲を構えながら振り返った。しかしその先にアスモデウスの姿はなかった。

 

『そこよ!』

 

 アスモデウスはバルバトスの真下に潜り込んでいると、振り返った瞬間に太刀をコックピットに向けて突き立ててきた。寸前で後退していたバルバトスは直撃こそ免れたものの、胸部の装甲が太刀に切り裂かれ、コックピットの前面が抉られた。

 

「あッぶねぇ―――」

 

 コックピットが外部に露出し、そこからアスモデウスの鋭い眼光が覗く。機械という存在を超越した完全なる人機一体の悪魔を目の前にしながらも、三日月は臆することなく、むしろ苛立ちをぶつけるように叫んだ。

 

「なァ!」

 

 バルバトスは潜り込んできたアスモデウスの頭部に頭突きを放った。両者のブレードアンテナが折れ曲がりつつも、バルバトスはアスモデウスを押し返して吹き飛ばす。そして吹っ飛んでいくアスモデウスに向けて両腕の機関砲を斉射した。

 アスモデウスは地面を蹴って体制を立て直すよりも前に回避行動に入った。機関砲の銃弾が廃墟ビルを、浮き上がる瓦礫を、あらゆるものを破壊していく中で、アスモデウスは獣の如き動きで的確に回避していく。

 

 エドモントンで戦った相手に似た動きをしているようだが、細かなところが違った。どちらかといえば自分に近い。そう―――あの時の三日月オーガスに。

 どちらにせよ形勢が逆転し、こちらが劣勢なのは明らかだった。

 

 このままでは負ける。

 

「おい、バルバトス」

 

 機関砲の弾が切れると同時に、迫ってきたアスモデウスをメイスでやり過ごしつつバルバトスは後退して体制を立て直す。

 そんな中で、三日月は自らの愛機に語りかける。

 奴を殺さねば全ては終わらない。

 放っておけば、奴は皆殺しを始めるだろう。

 そうでなくとも、三日月の信じる道を邪魔する存在であることは明白だった。ならばやることは決まっている。今までも、そしてこれからも変わらない。

 

「あいつが邪魔だ」

 

 命でも何でも捧げてやる。だから力を与えろ。目の前の敵を殺せるだけの力を。

 

「いいから……よこせ」

 

 三日月の右目から血が流れ始める。全身の血液が沸騰していく感覚が広がっていく。それと同時にバルバトスの感覚が自分に伝わってきた。激痛、苦痛、感覚が消えていく恐怖、その全てがどうでもいいほどに高揚した意識をアスモデウスに向ける。

 

 また体の一部を持っていかれるかもしれない。

 死ぬかも知れない。

 

 だがそれがどうした。

 

 敵が一線を超えているのなら、自分も一線を超えねば勝てない。

 常軌を逸した者に勝てるのは、さらに常軌を逸した狂人だけである。

 

 両者の双眸が赤く煌く瞬間、アスモデウスの太刀とバルバトスのメイスがぶつかり合い、衝撃波が周囲に四散した。

 

 

 

      2

 何度も太刀とメイスがぶつかりあった。鉄と鉄が衝突し、互いを削り合う。体中から流れる血を振り払いつつ、命を叩き潰していく。

 

「くたばれぇぇッ!」

 

 花咲は血を吐き捨てながら叫んだ。

 アスモデウスの右膝アーマーが砕け散る。バルバトスの左肩の装甲が切り裂かれる。両者ともに目にも止まらぬ応酬を繰り広げていた。鮮血にも似た赤い燐光を迸らせる二つの双眸が交差しては、火花を散らせる。

 一歩でも引けば、殺されるだろう。元より両者ともに引く気はないのだが。

 

「アスナの道は」

 

 アスモデウスの太刀がバルバトスの腰に突き刺さった。右腰のスラスターが爆散し、破片が飛び散る。

 

『オルガの道は』

 

 バルバトスのメイスがアスモデウスの頭部に炸裂した。装甲が剥がれ落ち、内部フレームの頭部の左半分が潰れる。

 花咲と三日月は同時に直感した。次の一合で勝敗は決する、と。

 

―――信じている。

 

 アスナを信じ、花咲は今ここに立っている。もう迷うことはない。命を捧げることが必要ならそうしよう。きっとアスナも命を賭けて戦っているのだから。

 これから先、続く道をこんなところで途切れさせるわけにはいかない。

 

 きっと相手もそうだろう。

 だがそんなことは関係ない。

 

 この世界は生きるか死ぬかだ。相手に同情する気はない。兵器を手にした時から、人は殺す覚悟と殺される覚悟を同時にしなければならないのだから。

 

「私が!」

『俺が!』

 

 アスモデウスは太刀を大きく引いて、鋭い突きを放った。同時にバルバトスのメイスを大きく振り下ろしてきた。太刀が先にコックピットを突くか、メイスが先にアスモデウスのコックピットを粉砕するか。

 

 一瞬だった。ほんの一瞬だけ、花咲のほうが遅かった。

 

 バルバトスのメイスはアスモデウスの左腕を叩き折ると、メイスの先端にあるパイルバンカーをコックピットに突きつけた。

 

『消えろ……ッ!』

 

 まだだ。

 ここで機体を自爆させれば、バルバトスを巻き込める。コックピットを損傷した機体に対して至近距離で自爆すれば、確実に相手を殺せるだろう。問題は自爆操作に入るのが先か、自分がパイルバンカーでミンチになるのが先かだった。

 しかし、花咲がそれを行動に移そうした時。

 

『戦いをやめて、ハナ!』

『終わりだ、ミカ!』

 

 アスナの声と、敵側の大将の声が重なって聞こえた。瞬間、バルバトスとアスモデウスはほぼ同時に機能を停止した。互いに機体が万全ではない状況でリミッターを解除させてしまったがために、機体が負荷に耐え切れなくなったのだ。

 

『戦いは終わったのよ、ハナ……私たちはライオネルから指揮権を奪還し、鉄華団に降伏することを選んだわ』

「アス……ナ」

『ジャックもゴードンも、みんな無事よ。終わったの……。そっちの状況を教えてくれる!?』

「はは……」

 

 花咲は急に体の力が抜け、コックピットシートにもたれかかって静かに笑った。何も迷わずアスナを信じ続けて良かった、と心の底から彼女は思った。アスナならきっとやってくれる。そう信じて突き進んで正しかったのだと、安堵の表情を浮かべながら掠れた声で笑い始めた。

 

「大丈夫、生きているよ、アスナ」

『良かった……本当に、良かった……』

「アスモデウスが壊れて自力じゃ帰れないけど……」

 

 回線越しに聞こえる嗚咽に、ここからではアスナの涙を拭ってやれないなと少し悔しい思いを抱きながらも、花咲は前を向いた。

 

 花咲の目の前にはパイロットスーツを着た一人の少年が立っていた。花咲よりも低い背丈だったが、右目から血を流していても飄々としている。右腕は感覚がないようで、力を失い垂れ下がっていた。年齢は花咲と同じか少し下だろう。

 

「あんたは……」

「生きてる?」

「敵の心配をするのね」

「パイロットは生かしておけって、さっきオルガに言われたから」

「そう。捕虜ってやつね。まぁ生きている……わよ」

 

 阿頼耶識との接続を解除した瞬間、自分の左腕に思うように力が入らないことに花咲は気がついた。感覚が全くないというわけではないが、前みたいに物を掴んだり持ち上げたりすることは難しいかもしれない。

 しかしまぁ、元々火傷の影響で左手の指は二本だけだし痛覚も死んでおり、今までも無頓着に扱ってきたため、不自由はしないだろう。と、花咲は自分の中でそう結論づけた。左腕の感覚一つでアスナを助けられたのなら、それでもいい。

 

「左腕の感覚が無いけど。あんたは?」

「今回は大丈夫だったみたい。一瞬だったし」

 

 ああ、なるほど。彼は今回の戦い以外でも、一線を超えた経験があるのか。

 花咲は自らが圧倒されていたことにようやく納得できた。修羅場を乗り越えてきた数が違うのだ。おそらく彼は今回のような戦いを何度も経験している。

 

「結局、どっちが勝ちなのかしら」

「さぁ。でも―――」

 

 少年―――三日月オーガスは右手に持った拳銃を花咲に向けて言った。

 

「今、あんたを殺せるのは俺かな」

 

 彼はきっとヒューマンデブリではなく、一人の戦士として戦場にいるのだろう。ヒューマンデブリならば、拳銃などモビルスーツに持ち込めないはずだから。

 

「……んじゃ、あんたの勝ちね」

「もうそれでいいよ」

 

 元より自爆しようとしても、間に合わなかった。モビルスーツ戦でも一歩及ばず、花咲は負けていた。しかし何故だろうか。悔しさや恐怖は感じなかった。これほどまで自分の敗北に納得できた瞬間はないだろう。

 いや、これは勝利なのかもしれない。

 結果的に花咲は鉄華団の悪魔を引きつけ、アスナが月輪の鷹団の指揮権を奪って降伏するまでの時間を稼いだのだから。勝負に負け、戦いに勝ったというところか。

 

「ねぇ、あんたのモビルスーツ動く?」

「は?」

「アスモデウス、動かなくなって。連れてってくれる?」

「あーそれ」

 

 三日月は花咲から拳銃を外すと、バルバトスのほうを振り返って、

 

「バルバトスも何か動かなくなった」

「……はぁ」

 

 救援部隊が到着するまで、花咲は鉄華団の悪魔と称されるバルバトスのパイロットと共に過ごすことになってしまった。深く溜息をつきながらも、花咲は彼に問いかける。

 

「あんた、名前は」

「三日月オーガス」

「ふーん、私は花咲レゴリス」

「あっそう」

 

 会話が続かない。両者ともに会話を続ける気が全くないのだ。結局、それ以降は両者ともに沈黙を保ったまま、救援部隊を待つことになってしまう。

 

 

 

     3

「なんでだ、何で僕がぁあぁぁぁあぁ……!」

「ちったぁ黙れ!」

 

 両手両足を縄で縛られ、袋の中に入れられていくライオネルから視線を外し、右腕にギプスをつけ頭に包帯を巻いているアスナは艦長席に座った。

 ライオネルの顔はボコボコに腫れあがり、右足は銃で撃たれて血が滲んでいた。彼は袋詰めにされると、シラヌイに入ってきた鉄華団の団員たちに回収されていく。あれほどのことをしでかした愚かな男だが、今すぐ殺すわけにもいかない。生かしておいて責任を取らせるのが賢い選択だろう。

 

 あの時、アスナはライオネルに撃ち殺されそうになっていた。しかし駆けつけたリウたち月輪の鷹団の子供たちによって間一髪助けられて、事なきを得たのだ。

 

(……思えば、賭けだったわ)

 

 アスナは立ち上がる寸前に艦内放送のボタンを押して、艦橋でのやり取りがシラヌイの艦内全体に流れるように仕組んでいた。そうすれば状況を察した月輪の鷹団の団員が駆けつけてくるかもしれない。

 

 もちろん拳銃を奪って、アスナ一人で何とかするのがベストな状況だが、それが失敗した時の為にもう一つの賭けをしていた。もちろん、リウたちが捕縛されていたり、命令に背くことはできないと動かない可能性もあったかもしれない。

 だがアスナは信じた。

 月輪の鷹団の子供たちならば、こうするはずだ、と。

 

「リウ、ありがとう」

 

 アスナは隣に立っているリウにお礼を言った。彼が武器庫から銃を奪取して駆けつけてくれなければ、今頃アスナは死体袋に詰められていたころだろう。

 

「いえ!!! アスナ団長こそ!!!」

「うんん……私は何もやれていないよ。もっと早く動けるはずだったのに、私が不甲斐ないばかりに……」

 

 戦争がどんなものかなんて知らなかった。そんな言い訳が通じるはずもない。ライオネルに屈していたのは事実だ。それで多くの犠牲が出たかもしれないのもまた事実で、アスナは自らの未熟さを噛み締めていた。

 

「私は何も知らなかったんだ……だから知らなきゃいけない」

「大将、ちょっと時間いいか?」

 

 後ろから青年の声が聞こえた。この声は鉄華団の団長、オルガ・イツカのものだ。アスナは降伏をする際、LSC通信で一度だけ彼の顔を見たことがある。白狼のような髪型をした背の高い男だった。交わした会話もそこまでなく、自分に対してどのような印象を抱いているのか分からず少し不安だった。

 

(やっぱり、女の私が指揮官なんて変かな……)

 

 そうこう考えても仕方がないので、アスナは返事をしつつ立ち上がろうとした。だが、怪我のこともあって思ったように立てず、艦長席のでっぱりにつまづいて転倒してしまう。

 

「ぶえっ!」

 

 床に思いっきり顔面をぶつけて転倒したアスナは変な声を上げてしまった。

 

「……大丈夫か」

「だい、じょう、ぶ。です!」

 

 ゆらりと立ち上がりアスナはオルガの前に立った。女だからって舐められちゃいけない。堂々としなくては。

 

「……お、おう」

「大丈夫です!」

「わーった、わーった」

 

 ゴホンとオルガは咳払いをすると、電子パッドに書かれた内容と照らし合わせながら、アスナに問いかけた。

 

「あんたが現在の月輪の鷹団団長、アスナ・マリーメルか?」

「はい!」

「そう気張らねぇでくれよ……何も今すぐ、落とし前に指を詰めろとかいう話じゃねぇんだから。指詰めんなら、あの男だろ」

「お、落とし前……指、詰、る……あはは……」

 

 袋詰めにされていったライオネルの方向を親指でさして、オルガは呆れながら言った。しかしアスナの耳には「落とし前」とか「指詰めろ」とか、物騒な言い回しが何度も重なり合って聞こえたようで、裏社会の怖さを実感して震えていた。

 

「まぁ大体のこと聞いてる。あんたも災難だったな」

「い、いえ……」

 

 予想していたよりも、オルガという人物は物腰柔らかな印象をアスナは抱いた。先ほどまで殺し合っていた相手だというのに。もっと強引にどこかに連れて行かれたり、厳しい口調で叱責されたりするのかと思っていた。

 

「だが組織としての責任は取ってもらうぞ」

「もちろんです。私の父や、許嫁が皆さんにご迷惑をおかけしたようでして……」

「まぁモビルスーツをいくつか売却すれば、賠償金の類はクリアできるだろうよ。あとはあんたの処遇だが」

「はい」

 

 アスナは既に覚悟は決めていた。圏外圏最大の勢力を敵に回して戦っていたのだ。命を奪われても仕方がない立場にいることは明白だろう。

 

「降伏時はあんたが団長だったから、それなりに責任は取らなきゃならねぇようだが。そこらへん、俺と名瀬の兄貴で何とか上に掛け合ってみるってことになった」

「え……!?」

「他の団員のこともあるだろ。団員たちを路頭に迷わせねぇように、こっちも最大限努力はさせてもらうぜ。ああ、あとこれは今回の被害報告だ」

 

 オルガはアスナに電子タブレットを手渡した。そこにはエクセルで今回の戦闘における推定被害総額や死傷者のリストが載っていた。

 鉄華団側の人的被害はゼロだ。アスナが率いていた月輪の鷹団のメンバーにも犠牲者はいない。ライオネルが率いていた艦隊の中では死者が出ているが、それに関する責任はライオネル本人の名義になっていた。死者の殆どがヒューマンデブリの子供たちだったが、ちゃんと一人としてカウントされているのが分かる。

 

「あ、あの……どうして私たちにここまで……」

「どうしてってなぁ。あんたの面をみりゃ、分かるからな。覚悟もってここまで来たってことが」

 

 オルガはアスナの肩を叩くと、まっすぐな瞳で言った。

 

「よく頑張ったな」

「え、あ、はい……」

 

 彼はアスナとは全く別の場所で生まれ育ってきた相手である。乗り越えてきた修羅場の数、それどころか考え方も全く違うだろう。彼だけではない。鉄華団や月輪の鷹団の子供たちと自分には決定的な差がある。

 

 常識も違えば、生きるという言葉の意味も違う。

 そんな相手から「頑張ったな」と言われても、正直なところアスナには実感が沸かなかった。まるで部外者の自分が果たして、彼らの中でちゃんと立っていられているのか。それとも彼のその言葉は「屋敷のお嬢様にしては」なのか。

 

 果たして自分は、月輪の鷹団の団長としてふさわしい人間なのか。


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