パーティー結成からも無苓達はクエストをこなしていた。
潜伏を使って茂みに隠れてモンスターが来るのをじっと待っていると目的地点にまでモンスターが現れると無苓は《物質創造》を使って太くて長いロープを創り出す。
「『バインド』それと幻惑」
討伐モンスターである一撃熊をロープで拘束してそれと同時に魔眼を使用して幻を見せる。
それにより、抵抗されることもなく一撃熊を無力化できる。
「今日はゆんゆんでしたね。お願いします」
「はい、『ライト・オブ・セイバー』!」
ゆんゆんの魔法により討伐される一撃熊を見て依頼達成。
「しかし、ムレイの盗賊スキルと魔眼のコンボは凄まじいな。レベルの低い私達がここ数日で大きく上がったぞ」
「ごめんなさい、私なんかがレベルを上げてしまって……ッ!」
「いえいえ。ゆんゆん、どうでしたか?レベルは上がりました?」
「はい!レベルが三つも上がりました!」
パーティーが結成してから数日間。
無苓達は今のようなやり方で順調にレベル上げと依頼を達成している。
敵感知でモンスターの接近を感じたら潜伏で隠れて近づいて来たモンスターにバインドで奇襲を仕掛けて幻惑で幻を見せる。
最後は隙だらけなモンスターを順番にトドメをさしていきレベルを上げていく。
このやり方を続けて行き、無苓のレベルは既に15になっている。
「ムレイさんばかりに負担を掛けてしまって何だか申し訳ないです……」
「そんなことはありませんよ。この魔眼も無敵というわけではないのですから。やりやすい相手を選んでいるから簡単に行けるんです」
無苓はここ数日で魔眼の能力の一つ幻惑について知ったことがある。
まずはアンデットや眼がないモンスターには効果がない。
複数に幻惑をかけることができるがその場合幻惑の効果が薄れてしまう。
命ない者や対象者が多いほど幻惑の効果がなくなる。
「新しい能力も考えないといけませんか……」
あと四つ、能力を設定できる。
いくつかある候補の中から選ぼうと考えを纏めて無苓は皆に告げる。
「帰りましょうか」
「そうだな、帰って皆で食事にでもしよう」
「わ、私も……」
「皆で……食事……ッ!」
討伐を終えて街に帰還途中でセルティが無苓に尋ねた。
「ムレイ。お前もそろそろ装備を整えたらどうだ?十分に金も溜まっているから良い装備買えるだろう。今回の報酬にそれを使ってもいいんだぞ?」
無苓はいまだに学生服で過ごしている。
最低限の服は《物質創造》で創っているがきちんとした装備は身に着けていない。
武器もショートソードと拳銃を常備しているだけ。
「……そうですね、ゆんゆん。明日、装備を買うのに付き合っては頂けませんか?」
「私でよければお付き合いします!えへへ、友達とお買い物……嬉しいな……って駄目よ、これはムレイさんの装備を買う為なんだからしっかりしなきゃ」
あっさりと了承してくれたゆんゆんは後半ぶつぶつと何かを呟いていたが取りあえずはそれは置いておいた。
「それでは明日は一日休みにして英気を養いましょう」
「そうだな、明日はゆっくりとしよう」
「わ、私が休んでもいいのでしょうか?」
「一緒に買い物……」
それぞれの思いつくことにまで無苓は何も言わない。
アクセルに戻ってギルドで報告を終えて報酬を受け取ると一つのテーブルに集まって注文を取る無苓達は食事がくると今日も無事にクエストが達成できたことを祝して。
「「「「乾杯」」」」
無苓は今日も順調に冒険者生活を堪能していた。
その翌日。
無苓は装備を買う為にゆんゆんと街中を歩いていた。
「ムレイさんの職業は盗賊ですからやっぱり軽装の方が良いですよね?」
「そうですね、鎧を着てもすぐに体力がなくなると思いますので」
無苓は近接戦闘は弱い方だ。
筋力が平均以下もあって腕相撲をしてもゆんゆんに負ける自信があるほど。
「軽装で短剣がいいですね。剣を扱える自信はありませんが」
「ムレイさんの職業は盗賊ですからね。前衛はセルティさんに任せましょう」
「そうですね」
一緒に街を歩きながらゆんゆんはもの凄く楽しいのか今にも鼻歌を歌うのではないかと思うぐらい上機嫌。
それほど楽しみにしていたのだろう。
それが何故かという不躾なことは言わない。
一人で買い物するよりも友達と買い物の方が楽しいことは無苓も知っている。
ゆんゆんに心情を察して仲間として一緒に楽しもうと無苓は思った。
「あの……どうして慈愛に満ちた眼で私を見るんですか?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
どうやらそんな眼をしていたらしいが微笑んで誤魔化す。
「さぁ、いいものを選んでくれるのを期待していますよ」
「はい!ムレイさんに合うものを選んでみせます!」
訝しむゆんゆんに期待の言葉を言うと怪訝な表情はどこかに飛んで行った。
武具ショップにやってきた二人は早速防具や武器を見て回る。
「ムレイさん、これなんてどうでしょう?」
「革製の鎧ですか。こういうにもあるんですね」
ゆんゆんが言っていた白色の革鎧は防御力よりも機動力を重視しているように見えた無苓はうんと頷く。
「では、防具はこれにしましょう。せっかくゆんゆんが選んでくださったんですから断る理由もないですね」
「そ、そんな……同じパーティーメンバーとして当たり前のことをしたまでです……」
「それでも嬉しいですよ。ありがとうございます、ゆんゆん」
礼を言う無苓にゆんゆんの顔は赤くなっていく。
そんなゆんゆんを微笑ましく見て無苓は魔法が掛けられたダガーと普通のダガー二本も一緒に買って店を出て行く。
高い買い物をしたが先日の報酬の分を当てたおかげでそれなりに良い買い物ができた。
報酬を譲ってくれた三人に感謝する。
「明日から早速装備してクエストに行きたいですね」
「ムレイさん、凄く嬉しそうですね。でも、その気持ちは私もわかります」
新しい玩具を買って貰った子供のように喜ぶ無苓を見てゆんゆんは楽しそうに微笑みながらその気持ちに同調する。
「次は何のクエストに行きますか?」
「そうですね、食事ついでにギルドで確認してみましょうか。いいクエストがありましたら取っておきましょう」
遅めの昼食を取る為にギルドに到着するとアリッサとセルティと遭遇した。
「奇遇だな。二人もギルドで昼食なのか?」
「ええ、装備も買えましたので明日いいクエストがあるか確認も込めて。せっかくなので皆で食事を取りましょうか」
パーティーメンバーと全員で食事を取ることにした無苓達は一緒に明日受けるクエストを確認してから昼食を取る。
「今のパーティーの実力ならもう少し高難易度のクエストを受けてもいいと思うのだがどうだろう?」
「そうですね、全員がレベル10は超えていますからいいと思いますが無理そうでしたらすぐに逃げましょう」
「ムレイさんは心配性ですね。私も前より上級魔法を覚えましたので次のクエストは活躍してみせます」
「わ、私はもう少し難易度を下げた方が……ごめんなさい、私なんかが意見をしてしまってごめんなさい」
次はどうするかと口論し合う無苓達。
結成当時はまだ互いに遠慮するところがあったが今となってはいい感じに砕けている。
「すまない、少しいいだろうか?」
その時、無苓達に声をかけて来た者がいた。
無苓達は声の方に視線を向けると青く輝く鎧を身に着けた青年とその後ろにはパーティーメンバーと思われる女性。
「何でしょうか?」
代表して無苓が青年に声をかけると青年は視線を無苓が腰にかけている拳銃に向ける。
「その拳銃。もしかして君は日本人なのかい?」
「もしかして貴方も?」
その言葉に青年は頷いて答える。
「僕の名前は御剣響夜。この魔剣グラムを持ってここに来た。少し話をしないか?同じ国の者同士で」
その言葉に無苓は応じて皆とは少し離れた席に座る。
「まさかこんなにも早く日本人の方とお会いできるとは思いませんでしたよ」
「ハハ、僕もだよ」
同じ日本人で転生者同士和気藹々と話をする無苓と響夜。
しばらく話をすると響夜は無苓に尋ねた。
「無苓。もしよければだけど僕達のパーティーに入らないかい?もちろん、君のパーティーの人達も含めて」
響夜は無苓をパーティーに誘った。
「僕は本気で魔王を倒すつもりで日々努力している。アクア様から選ばれた勇者として僕は必ず魔王を倒してみせる。その為にも同じ選ばれた者として君の力を借りたい。一緒に魔王を倒そう」
「お断りします」
言い終わると同時に無苓は響夜の誘いを断った。
断られたことが予想外だったのか呆然とする響夜に無苓は告げる。
「響夜さん、貴方が魔王を倒そうという意気込みは素晴らしい。その為に努力しているのも称賛に値します」
「なら何故断るんだい?」
「仮に貴方が魔王を倒したらその後の世界はどうなると思います?」
不意にかけられたその問いに響夜は疑問を浮かべながら答える。
「それは、平和な世界だろう?魔王がいないのなら争う理由がないと思うのだが」
「違いますよ。魔王がいなくなれば次は人間同士の戦争が勃発します」
その言葉に眼を見開く響夜だが、無苓は続ける。
「今は魔王という共通の敵がいるから人間同士の争うは少ないですが、その共通の敵である魔王がいなくなれば人類は領地を巡っての戦争が始まると私は推測しています。何故かはという言葉は同じ日本人である貴方もご存じでしょう?」
響矢は無苓の言葉に深刻な表情を浮かべながら何も答えない。
地球でも人間同士で戦争を行い数多くの人が命をおとしたことぐらいは響矢も知っている。
その理由は無苓があげた通り領地拡大や国の発展など。
それが異世界でも変わらないことぐらい容易に想像できた。
「なら、君は魔王を倒すべきではないと言いたいのか?」
「いえ、そこまでは言いません。ただその可能性も否定しきれないだけです。魔王を倒した報酬として世界平和を望めば戦争もなくなると思います」
「……なるほど、僕達転生者の誰かがそれを願えば」
「ええ、戦争という言葉自体なくなる可能性もあるでしょう」
転生者には魔王を倒した報酬としてたった一つだけどんな願いでも叶えてくれる。
だけど、その可能性も低い。
大抵の人間がどんな願いでも叶えてくれると言われたら自分の欲望を満たす願いだ。
いくら善良な人でも少なからずの我欲が存在する。
「なら、尚更僕のパーティーに入ってくれ。僕か君かで平和を望む世界にすればいい。僕達にはアクア様から頂いた特典を使えば魔王を倒すことだって夢ではないはずだ」
同じ特典というチート持ちである二人が組めば確かに魔王討伐も夢ではないかもしれないが、無苓はそれに応じるつもりはない。
無苓は響矢ほどに魔王を倒す気概はない。
倒せれば倒す程度の気概しか持ち合わせていない。
せっかくの第二の人生を無苓は出来る限り平和に暮らしたい。
「なら、冒険者らしく勝負で決めませんか?」
「勝負?」
「ええ、このままでは互いに納得ができずに終わってしまう。なら、いっそのこと勝負で決着をつけましょう」
「わかった、それで構わない。僕が勝ったら君達は僕のパーティーに入って貰う」
勝負に応じた響夜は自分が勝った時の内容を伝える。
しかしそれは想定内。
「私が勝ったら……そうですね、装備を買ったばかりで懐が寂しいので。私のお願いを叶えてくれると助かります」
「お金かい?わかった、君が勝ったら出来る限りのお金を用意しよう」
互いに勝利した後の内容を了承し合うと二人は席に立つ。
「立会人は互いの仲間達でどうでしょう?」
「僕はそれで構わないよ」
あっさりと了承する響夜は自分が勝利することに疑いも持っていない。
響夜は既にレベルを30を超えて王都でも活躍している冒険者だ。
それに対して無苓はまだレベルは15。
どちらかが勝利するかは明白だった。
互いの仲間を連れてギルドの裏手の広場に到着すると無苓と響夜は互いに距離を取って向かい合っていた。
「勝敗はどちらかが敗北を認めるか倒れたら負けでいいですか?」
「わかった。恨みっこはなしで勝負しよう」
「ええ」
無苓は金貨をゆんゆんに渡して合図を出す様に促す。
「金貨が落ちたら勝負開始でいいですか?」
「もちろんだ」
無苓が負けるか心配するゆんゆんは不安で胸がいっぱいになりながらも金貨を上空に弾いた。
そして、重力に従って金貨は落下して地面に落ちる。
「『スティール』」
先手必勝。無苓は盗賊スキルである
相手の持ち物をランダムに一つ奪うことが出来るスキル。
幸運値に依存するこのスキルの発動に無苓の手にずしりと重い物が握られる。
それを見て響夜は不敵に笑った。
「……なるほど、拳銃で先制攻撃すると思わせて本命はスティールで僕の魔剣を奪うつもりだったんだね?しかし、結果は見ての通りだよ」
響夜の手にはしっかりと魔剣グラムが握られている。
無苓が奪ったのは響夜が持っていた財布。
「さぁ、次は僕の番だ!」
剣を構えて向かってくる響夜に無苓は。
「幻惑」
魔眼を発動した。
「う……」
「『バインド』」
幻惑をかけられて更にはバインドによって縛られた響夜はその場で倒れる。
幻惑とバインドのコンボが炸裂して無苓は勝利した。
「考えが足りませんね、響夜さんは」
縛られて倒れている響夜に告げる無苓。
響夜の考えは間違ってはいない。
この世界にはない拳銃を見ればそれがアクアから頂いた特典と考えるのは当然で警戒をするのも当たり前だ。
だから響夜は初めは拳銃に警戒して無苓のスティールを受けてしまった。
結果的は魔剣グラムは奪われることがなかったが、それにより響夜は無苓がもう一つの武器を持っている事を考慮しなかった。
二つ目の武器に気付いたり、警戒をしていればまだ響矢にも勝機はあった。
だから無苓は考えが足りないと言った。
幻惑を解いて意識が戻った響夜に近づくと響夜は悔しそうに言う。
「……僕の負けだ、素直に敗北を認める」
「ええ、今回は私が勝たせて頂きました」
素直に敗北を認めた響夜に無苓は微笑む。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!こんな勝負認められないわ!」
「そうよ!キョウヤが負けるなんてありえないわ!」
「おい、往生際が悪いぞ」
響夜のパーティーメンバーであるクレメアとフィオは響夜が負けたことを認めずに声を上げる。
セルティはそんな二人に窘めようとするが二人は止まらなかった。
「だいたい何よ今のは!?どうせ卑怯な手でも使ったんでしょう!?そうでなければキョウヤが負けるはずないのも!」
「キョウヤは王都でも名を知られているほどの高レベルの冒険者なの!それがあんなにあっさりと負ける訳がないわ」
「二人とも、それは言い過ぎだ。彼はちゃんと」
「それでしたらどうして貴女方は何もしなかったのですか?」
二人を止めようとする響夜の声を遮って無苓は二人に言った。
「響夜さんが勝負に負けたことが納得できないのでしたらどうして貴女方は何もせずに傍観に徹していたのです?勝負をする前の少しでもそちらが有利なルールや勝負の内容の変更だってできたはずです」
「そ、それは……」
「勝負にしても私も響夜さんも一対一とは告げていません。貴女方が勝負の最中に乱入いてきてもそれはルールの穴を突いた作戦とも言えばよかったはずです。勝負前も勝負中も貴女方がしたのはただ見ていただけ。それなのに響夜さんが負けたら今更文句を言うのですか?」
強めの口調で告げる無苓に二人は何も言い返せなかった。
「どの世界にも完全無欠の人なんて存在しません。誰にでも長所があって短所があります。そして、パーティーとは互いに短所を補って助け合う大切な仲間です。響夜さんの勝利を疑わないことに悪く言うつもりはありませんが、先ほど言いましたように完全無欠の人はいません。響夜さんが足りない所を貴女方で補うことも出来た筈です」
コツコツと二人に近づく無苓は二人を指す。
「今回の響夜さんの敗因は響夜さんだけでなく貴女方にもあります。今回はそれを反省して次は響夜さんが勝利できるように貴女方で支えるべきではありませんか?」
「「……はい」」
優しく諭すように静かな声で告げる無苓の言葉に二人はただ返答した。
「わかればいいのです。それでは響夜さん、約束通り」
「え、あ、ああ。わかっている。それで君はいくらお金が必要なんだい?」
「違いますよ?」
「え?」
「いつ私がお金が欲しいと言いました?」
数秒思考が真っ白になって響夜は思い出した。
無苓は懐が寂しいとは言ったがお金が欲しいとは一言も告げていない。
願いを叶えてくれると助かると言っていた。
「安心してください。貴方の魔剣を寄越せとは言いませんから」
無苓の言葉と微笑みに冷や汗が流れる。
先程と変わらないその言葉と微笑みは今は悪魔のように見えた響夜に無苓はお願いを告げる。
「いい加減宿ぐらいも嫌になりましたからこの街で一番広くて高い屋敷と最高級の家具一式でいいですよ。恨みっこなしでしたよね?」