真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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23:蜀/メンマで繋がる絆、大陸の父のお話③

 張勲が借りている部屋の寝台へと彼女を寝かせ、中庭まで歩いてきた。

 そっと思い返すのは、思わず「ヒィ!」と悲鳴を上げてしまうほどに積んであった、木彫りの袁術人形。

 あんなものを彫ってどうするつもりなんだろうか。もしかして呪いにでも使うのか。本気でそんなことを思ってしまうほど、こんもりと積まれたり並べられたりしていた。一体だったら可愛いものだったんだろうが……あれは夢に出そうだ。

 しかし手に取ってまじまじと見てみると、意外に完成度は高く。袁術に限らず、なにか木彫り人形でも彫って売りに出せば多少は稼ぎになるんじゃないか───などと言ったところで、袁術の人形しか彫らないんだろうなぁと、心が勝手に結論を出してしまったわけだが。

 

「さて」

 

 考えることはいろいろあるけど、とりあえずは中庭だ。

 こうして夜の空の下で歩いてみると、蜀も呉に劣らず落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 ん、んー……まあ、玉座の間から聞こえてくる喧噪には、さすがに苦笑をもらさずにはいられないけどさ。

 よく届くなぁ、こんなところまで。

 

「で、恋は、と……」

 

 蜀の皆様の声の大きさに、感心とか呆れとかを混ぜた説明しづらい感情を抱きつつ、茂みを掻き分けるように恋を探す。

 見渡せる部分では見つからないのだから、こういった場所に隠れてたりするんじゃないかって考えなんだが……そもそも隠れる理由が見つからない。

 もしかしてもう居ないのか? なんて思っていると……居た。

 たくさんの犬や猫に囲まれて、T-SUWARIをしている。

 声をかけようかと思うや、恋の前に座っていたセキトの耳がピンッと持ち上がり───

 

(あ、気づかれた)

 

 なんて思うのも束の間。

 一匹気づけば早いもので、猫やら犬やらが俺の方へと振り向き、セキトを先頭に突っ走ってきて、ってうわぁあっ!?

 

「ななななにっ!? なになになにっ!?」

 

 あれよという間に足下は犬猫で埋め尽くされ、“間違って踏んでしまわないように”と少し屈んだ瞬間には猫が俺の膝を蹴り弾いて肩に乗り、それを見たセキトが真似して膝を蹴って胸に飛び込み、落としたら大変だと片手で抱きとめたら……もうダメだった。

 次から次へと俺の体へと飛び乗る犬猫犬犬猫猫猫……!! 結び直した包帯の上にまで乗っかってきて、ズキリと来た痛みに「キアーッ!」とヘンな悲鳴を上げてしまった。

 

 しかしまあ、なんだ。人の体重にしてみれば猫なんて軽いもので、飛び乗ってきたのが小さな犬や猫だったことも幸いし、一度痛みが過ぎるとあとは耐えられた。

 ……うん、キミが重いって言ってるんじゃあ決してないからな、張勲。これは人間と犬猫の基本的な重さについての話だから。

 それはさておいて、さあどうしよう。犬と猫のフルアーマーが完成してしまったわけだけど。っていうか痛ッ!! こ、こらっ、しがみつきたいからって爪立てるな爪っ……! やめてぇええキズモノになっちゃ───はうあ!?

 

「…………」

「…………」

 

 こっち……見てる……。

 キャッツ&ドッグスアーマーを身に着けた俺を、恋がこう……じーっと。

 どうしようか。どうして真名を許してくれたんだーって、訊ける雰囲気じゃないぞこれ。

 しかも何も喋ってくれないから、間が保たないというか……うう。

 何かないか、場を和ませるような何か……思わず恋が口を開きそうな何か───ハッ!?

 凝ろうとするからダメなんだ、突発的な行動をとって、まずは相手の気を引くところから!

 ならばと脚を揃え、両腕をバッと横に広げ、高らかに!

 

「トー・テム・ポール!! ───いっだぁあーっ!!」

 

 馬鹿なことをしましたごめんなさい! 骨折している腕を広げようとした途端、大激痛再来!

 しかもそんなことやっておいて、恋は無反応だし、左腕だけ広げたお陰で、へばりついていた猫やセキトがなおもぶら下がろうとして爪立てて痛たいたいたいぁだだだぁーっ!!

 

「ふ、ふぅっ……ふぅうう……!!」

 

 しかし、どれだけ痛かろうとも振り落とすことはしない。

 何故って、呉で動物の温かさはしっかりと学んできたからだ。

 猫の扱いは明命に習い、決して乱暴には扱わないこと。

 犬は……嫌いなわけでもないし、何故か向かってくるなら追い払う理由もない。

 で、そんなおバカな一連の行動を、じーっと見ている恋と目が合ったわけで。

 

「……あの。恋?」

「………」

 

 声をかけると頷かれた。……意味は、ごめんだけどわからなかった。

 

「ごめんな、さっきはあまり相手してやれないで……って、えと。あまり面識があるわけじゃないけど、口調とか嫌なところがあったら遠慮せず言ってくれ───ってしまった! ごめん、そういえば俺、名前教えてなかったよな───」

 

 迂闊だ。

 真名を聞いておいて、自分が名乗ってないなんて。

 いや、そもそも誰とも知らない相手に真名を教えるって、この世界の呂奉先はどれだけ心が広いのか。

 と、自分にも相手にも多少頭を痛めていると、恋がふるふると首を横に振るう。

 

「……え? 知ってる?」

「ん……一刀」

「───…………」

 

 エ? 何故? どうして恋が……誰かに訊いた? いや待て、わざわざ訊くほどのことか? というか接触は短いけど、恋が誰かに訊く姿が想像出来ない。

 じゃあいったい……?

 

「……? 違った……?」

「あっ、いやっ……うん、合ってる……けど。恋? 俺の名前は誰から?」

 

 俺のことをわざわざ紹介してくれる人なんて想像がつかない。

 誰だ? まさか俺、影では相当に有名だったり!? ……そんなわけないだろ何夢見てるんだよ俺……現実を見ようぜ? な……?

 

「……言ってた」

「言ってた? ……誰?」

「…………みんな」

「みっ……ん、んんとな、恋。せめて誰かがわかれば───」

「えっと…………魏に行くと……みんな、言ってる……」

「………」

 

 えっと。つまり……?

 みんなっていうのは魏のみんなで……?

 

「街の人も……兵のみんなも……将のみんなも……」

「───っ」

 

 みっ……!? “みんな”って───本当にみんなっ!?

 けどそれにしたって真名を許すことには繋がらないだろ!?

 

「歩くだけでも……聞く。……会ったこともなかった……のに。恋、いろいろ知ってる」

「………」

 

 嫌な汗が出ます。

 ヘンな噂とか立てられてないかなーとか、まあそんな感じの。

 そんな汗を、犬猫が……特にセキトが張り切って舐めてくれるんだけど───こ、これっ、いけませんそんなものっ! お腹壊しますよっ!?

 

「一刀、やさしい……」

「うっ……」

「一刀……兵のこと、大事にしてる……」

「ぐ……」

「一刀、仲間のこと、見捨てない……」

「~……っ」

 

 ぐ、う、ああああっ……逃げたいっ……今すぐこのむず痒さから逃げ出したいっ……!

 真正面から無表情で、でも無邪気っぽいような顔で褒められ続けて、いったい俺はどうしたら……!?

 ダメージでかい! これはいろんな意味でダメージがっ……!

 

「あと……セキト、悪い人には懐かない」

「え? あ……」

 

 立ち上がり、てこてこと歩いてきた恋が、俺の腕に抱かれていたセキトをやさしく手に取り、抱き締める。

 そんな、本当に……それこそ“うっすらとした笑み”に、少し……えと、毒気を抜かれたと言っていいんだろうか……うん、ちょっと呆然とした。

 だからだろう。確認を取るみたいにして、俺はちょっとだけ意地悪な言葉を口にしていた。

 

「そうかな。案外、犬が好む匂いを出すものとか持ってるだけかもしれないぞ?」

 

 と。

 するとどうだろう。

 恋はそんな言葉を聞いても、まるで考えるそぶりも見せないで首を横に振るうと、「違う」と否定する。

 

「違う?」

「……恋、わかる」

「わか……?」

「……一刀、いい人」

「~……」

 

 ああ、ええと……こういう時はどう反応すればいいんだろう。

 顔が痛いくらいに熱くて、もういろいろ考えるのさえ辛い。

 真正面から、しかも目をしっかり見つめられながらこういうこと言われるの、滅茶苦茶恥ずかしいですね。

 なんだか今まで、呉とかでみんなが顔を赤くしていた理由がちょっとだけわかった気が……!

 そっかそっかー、俺もみんなを真正面から褒めたりとかしていたことがあったけど、その時の顔の赤さはこれの所為だったのかー……!

 

「……呉でも、やさしかった」

「うくっ…………朱里と雛里に聞いたのか……?」

「ん……泣いたり、怒ったり、刺されたり、庇ったり」

「………」

 

 端折って纏めてみると、いろいろと大変だったのに“情けない”の一言に尽きる気がするのはどうしてだろうなぁ。

 ……いや、結果として呉のみんなの笑顔があるんだ。それは悪いことじゃないし、命令っていう罪も背負い切れた。胸を張って受け止めないと呉のみんなに失礼だよな。

 失礼なんだろうけど……うう、認めると顔がまた熱くて。

 

「そ、そっか。えと……今さらだけど、ちゃんと言うな? 姓は北郷、名は一刀。字も真名も無い場所から来た。……真名まで聞いておいて今さらって感じだけど……よかったら俺と友達になってくれ」

 

 言って、折れていない左手を軽く差し伸べる。

 包帯こそないものの、爪が食い込んだ掌には布が巻かれていて、お世辞にも握手をしたいような状態じゃないだろうけど。

 そんな俺の手を見た恋は一度首を傾げたあと、

 

「…………信頼の証?」

 

 ぽそりとそう言って、俺の目を真っ直ぐに見てくる。

 真っ直ぐに見つめるのは今の俺には恥ずかしくて、けれど目を逸らしたら信頼もなにもない。

 “ここは根性だ一刀……!”と無駄な根性を発揮させ、恋の言葉に頷いてみせた。

 

「……桃香、言ってた。手を繋ぐ……信頼の証……」

 

 自分の左手を見下ろしながら言葉を紡ぎ、どこか……そう。どこか、なんとなくだけど嬉しそうに笑んだような雰囲気のあと───その手が、俺の左手と繋がった。

 

「……桃香、いろんな約束……守ってくれた」

「そっか……だったら俺も、恋の信頼を裏切るようなことはしないって誓うよ。……改めて、これからよろしくな、恋」

「……ん」

 

 頷いてくれる。

 ひとまず安堵……というか。

 一騎当千・三国無双、裏切り上等・恋には一途……そんなイメージがあったにはあったんだが……そんな飛将軍呂布がこんなに可愛い娘で、動物に囲まれてたりやさしかったりで、もうどこから驚いていいのか。

 “つくづくとんでもない世界だな”って改めて思ってしまった。

 そういえばこの世界に貂蝉は居ないんだろうか。

 呂布の“恋には一途”って部分を担う彼女だが……ああ、もしかして居ないから恋がこんなに可愛いのか? ……って何言ってるんだ俺……! 落ち着け、落ち着けぇえ……!

 

「………」

 

 ハテ。どうして一瞬、魏のとあるお店に存在していたゴリモリマッチョでオカマチックな漢女が頭の中に浮かんだんだろう。名前が貂蝉とか? ……いやいやあっはっはっはっは! …………ないよな?

 

「………」

「……?」

 

 手を握ったまま見つめ合う。

 俺の体には猫や犬が張りついたままだけど、そんな状態だろうがお構い無しに。

 

(───……)

 

 ……彼女の手は柔らかいものだった。

 戦の中、相当な重量であろう方天画戟を振るっていたというのに、硬いなんて印象は受けない。

 対する俺の手なんて、ここまでの鍛錬のためかタコが出来ていてゴツゴツだ。

 それでも布に守られている分にはすべすべしているのか、恋はその手触りを楽しむかのように手をすりすりと動かしている。

 あくまで目は俺に向けてるんだけど。……器用だね、うん。

 

「きゃうぅ~んっ」

 

 彼女の右腕に抱かれている三角耳のセキトさんが尻尾をはたはた、喜びにも似た声をあげた。

 どうしてだか、それが信頼関係を祝福している声のように聞こえて───勝手に頬が緩むことに耐え切れず、破顔。

 俺も恋の真似をして、すりすりと握手の感触を───

 

「ちんきゅーきぃーっく!!」

「ほごぉうっ!?」

 

 ───味わった途端、右側面から飛んできた小さな影からの突然の衝撃……!

 右脇腹にメコリと減り込むこの感触、まさに国宝級である。じゃなくてっ……!

 くっ……しっかりと比較的筋肉が少ない脇腹を狙ってくるとは……この娘、出来る……! でもなくてっ……!

 

「おまえこんなところに恋殿を連れ出してなにをする気だったのですーっ! ことと次第によってはこの陳宮、容赦しないのですっ!!」

「いっ……いきなり不意打ちかましといて容赦もなにもあるかぁっ!! 不意打ちが容赦の内に入るんだったら宣戦布告をする人はどれだけ聖人なんだよっ!」

「屁理屈を抜かすなですよ! おまえのような下半身と全身が一体化しているような男に、恋殿は近づけさせないのです!」

「一体化してなかったら死んでるよ!? どんなてけてけくんなの俺!!」

「ええい減らず口を叩くなです! とにかくおまえなんて、恋殿に代わってこの陳宮がせーばいしてくれるのですっ!」

「…………てけてけくん……?」

 

 離れてしまった手に寂しさを感じながらも、ムキーと睨みつけてくる陳宮と対峙。

 といっても取っ組み合いなんてするつもりもなく、向かってくるのならば向かい合う覚悟を以って。

 一人、恋はてけてけくんの存在について首を傾げていたりするけど。

 

「成敗か……ふふ……。陳宮、キミにそれが出来るかな……?」

「なっ……どういう意味ですかそれは!」

「キミがどれだけ俺を成敗せんとしようが、キミの攻撃の全てを俺が受け止めなければ攻撃にはならない! ……うん、だから極力避けるし、攻撃されたからには返そう! 全力でキミが来るというのなら、全力で避けよう! それでもいいなら───」

「むぐぅうっ……脅しとは卑劣なっ! 恋殿、こんな男を信用などしてはいけないのです!」

「……襲われたら返す……当然」

「はぐっ! れ、恋殿ぉお~……」

「……だからねね、やさしくする。やさしくすれば……やさしくされる」

 

 ……うわ、簡単に見破られた。

 そうだ、全力で来るっていうなら全力で。やさしくするならやさしくで返す。

 今言った言葉にはそういう意味が含まれてたんだけど、恋はすぐにわかってしまったらしい。

 ……ああいや。それ以前に、取っ組み合いなんてもう出来そうもないけどさ。魏延さんに宙吊りにされた時の、あの冷たさを思い出すと……力を振るうってことに躊躇が現れる。

 力を得るっていうのは、どれだけ口で自分の中の大義を言い放ったところで……得た人の心が知らずに曲がってしまっていたら、きっと───……いや。今は忘れよう。

 

「嫌なのです! こんな男にやさしくするくらいなら、挨拶がちんきゅーきっくな生活のほうがまだましです!」

「挨拶すべき人全員にキックかます気なのかキミは!」

「おまえにだけなのです!」

「えぇっ!? なんで!?」

 

 俺、彼女が嫌がるようなことをした覚えが全然ないんだけど!?

 急に恋の真名を呼んだことについては解決したはずだし……え、えぇええ……!?

 

「………」

 

 いや待て? いくら俺でも少し考えればわかる……はずだ。

 つまり陳宮は……ああ。恋が好きなわけか。玉座の間での魏延と同じだ、きっと。

 

「……なにを急に理解のある目で見てるですか、おまえ」

「いや、大丈夫。女性同士の愛に関してはこの北郷、理解があるつもりです」

 

 魏国に生きた俺ですから。ええ、王が女性好きなことで有名な、魏国で生きた俺ですから。

 

「あっ……愛ではないのです! 信頼関係です! おおおおまえはなにを勘違いしてるのですーっ!!」

「大丈夫、大丈夫だから……な? 誰もお前を責めたりしないから……その愛を真っ直ぐ貫くことが出来るなら、いつかきっ、とぉおっほぉおおっ!!?」

「勝手に話を進めるなですーっ!!」

 

 みぞっ……鳩尾にっ……蹴り、とか……! げっほぉおおっ……! な、なんて足癖の悪い……!

 あの……華琳さま……? こういう場合は同盟間問題にはならないんでしょうか……? ならないんだったら、いっそ本当に真正面から受けて立ちたいものです……暴力ではなく、くすぐりとかで。

 

「……めっ」

「はきゃうっ!?」

「……怪我をしている人、蹴っちゃだめ」

「し、しかし恋殿ぉお~っ……」

 

 と、苦しんでいる間に物事は段落を得てしまったようで。

 恋が痛そうではない拳骨で陳宮を叱ることで、その場は落ち着いた。

 ……痛そうではない拳骨なのに、とても痛そうな声だった理由はといえば……きっと精神的な痛みゆえ、だったんだろう。

 

「……あのさ。一応犬とか猫が引っ付いてるから、蹴りとかするのはやめような」

「甘く見るなです! おまえ相手に目測を誤るこの陳宮か!」

「おお! なんか格好いい! ……でもやめようね?」

「ふん、おまえが恋殿に近づかなければ考えてやらないこともないです」

 

 両の頬を両手で包み、ぶーと唇を突き出し嫌味ったらしい顔をして言う陳宮さん。

 そんな彼女の言葉を───

 

「断る!」

 

 即答で断ってやりました。しっかり胸を張って。

 

「断るなですーっ! お、おまえに拒否権なんてないのです! なにを胸なんか張って断ってるですか!」

「拒否権剥奪地獄はすでに攻略済みだっ! たしかに俺は客人であり、厄介になるなら最低限はこの国での仕来(しきた)りに従うことが前提条件としてあるだろう! でも別に恋に嫌われてるわけでもないのに距離を取る理由がないからうん断る!!」

「なぁあーっ!? れ、恋殿言ってやってくだされっ! この男なんて嫌いだとっ!」

「……喧嘩、だめ」

「しっ……しかし恋殿ぉおお……」

「……喧嘩するねね、嫌い」

「!? っ……! ~……!!」

「うわあ……」

 

 (えぐ)った。抉ったね、今。むしろ貫通したかもしれない。

 言葉が突き刺さるって言葉があるけど、あれがもう螺旋の豪槍となって陳宮の胸をツキューンと貫いていった。

 

「お、おっ……おおぉお……おまえぇええ~……」

「……泣きたい時は我慢しなくていいと思うぞ?」

「うるさいのですっ! ひぐっ……れっ……恋殿に免じてっ……これから仲良くっ……ぐすっ……してやるですーっ!!」

「…………」

 

 ……俺、ここまで敵意丸出しで仲良くしてやるって言われたの、初めてかも。

 初対面の相手でも、もっとさわやかに手を繋げると思うぞ……?

 

「……ぐすっ」

「…………はぁ」

 

 けれども、泣く子には勝てない。

 苦笑をひとつ、涙目で俺を見上げる陳宮に手を差し出す。

 拍子に犬が落ちたけど、見事に着地してくれてホッと一息……している最中、きゅっとその手が握られる。

 その乱暴さに、やっぱり苦笑をもらしながら……自己紹介を。

 

「姓は北郷、名は一刀。よろしく」

「姓は陳……名は宮、……っ……字は……公台です……。仕方なく仲良くしてあげるです……ありがたく思うですよ……」

「……ああ。よろしく」

 

 繋いだ手を上下に振るい、笑顔で言う。

 彼女の場合は本当に仕方なくなんだろうから、友達って呼ぶには早いけど───一番に友達になってくれたのがあの呂布だっていうんだから、世の中不思議だ。

 桃香や朱里や雛里は宴や呉で仲良くなったから、事実上から言えば蜀での初めての友達は恋ってことになる。

 それが、なんだか嬉しい。

 

「な、なにをにやにやしているのですっ! ───はぁっ!? まさか陳宮に欲情して!?」

「げへへへへ実はそうだったんじゃぁああ……!!」

「きあーっ!? れれれ恋殿ぉおーっ!!」

「……!」

「冗談だぞ!? 冗談だからっ!! 本気で引かないで!!」

 

 俺の手を振り解いて、恋の後ろに隠れる陳宮と……陳宮を庇ってふるふると物凄い勢いで首を横に振る恋。

 そんな彼女らを前に、少し自分の在り方について真剣に考えようと思った……とある夜のことだった。

 

「大丈夫、本当にそういう感情は抱いてないから。俺はさ、ほら。キミたちが蜀に身を預けているように、魏に身も心も預けてる。だからむしろ、そういう心配はしないで普通に接してほしいよ。蹴ってくれても、そりゃあ避けるけど構わない。怒ってくれたっていい、理不尽じゃない限りはきちんと受け取るから」

 

 だから、と。

 恋の後ろで俺を睨んでいる陳宮に、もう一度手を伸ばす。

 猫にしがみつかれながら、犬に乗っかられながら。

 

「……今は嫌いでもいい。少しずつ、一歩ずつでいいから───友達になろう?」

 

 強制はしない。

 本当に、握ってくれたら嬉しいって程度の……なんでもないもの。

 ただし握ってくれれば友達として信頼するし、俺から裏切るなんて絶対にしない。

 利用されて捨てられたって、俺が悲しむだけで相手が悲しまないならそれでいいとさえ思える。

 俺はただ、握られた瞬間から最後の時まで、彼女との信頼関係を精一杯に育んでいくだけだ。

 いつか、増やすも減らすもお前次第だと冥琳が言ってくれたように。

 

「………」

「………」

 

 次ぐ言葉は紡がない。

 言うべきことは言ったし、あとは反応を待つだけだ。

 断られればもっと互いを知ってから。それでもだめならもっともっと互いを知ってから。

 むしろ今ここで手を伸ばすのは早すぎるくらいだ。

 断られるのが当然で、受け容れることが異常とも思え───……だが。

 

「……え?」

 

 てこてこと歩いてきた彼女が、伸ばした手を取った。

 

「なにをへんてこな顔をしてるです。……その。おまえと友達になるなど、本当にとてもとても嫌なのです。想像するだけで怖気さえ沸きあがるようです。けど───」

「けど?」

「おまえが恋殿を裏切らず、信頼を寄せるというのなら、おまえは敵ではないのです」

 

 そっぽを向きながらだけど、手は離れずに繋がれたまま。

 そこから伝わってくる体温が暖かくて、やっぱり頬が緩みそうに……いや、緩んだ。

 

「……いいのか? 恋のこと独り占めにしなくても」

「だから勘違いするなです! ねねは恋殿のためならばなんでもするですが、それは友愛の念であって愛情とかそういうものではないのですーっ!」

「えと、そうなのか?」

「恋殿の幸せがねねの幸せ! ならば恋殿を幸せにすることこそねねの宿願です! そのために大変不本意ではあるですが、その輪におまえも入れてやるのです! ……っ……悔しいですが、ねねだけでは恋殿を幸せには出来ないのです……だから───ひわっ!?」

 

 ……事後の言い訳になるだろうが、張っていた胸が頼りなく曲がり、しゅんとしてしまうのが見ていられなかった。

 気づけば俺は陳宮の手を引き、つんのめって倒れそうになる体を、膝を折って抱き止めていた。

 うん、咄嗟に反応して避けてくれた犬猫たちに感謝を。

 

「ふやわっ!? なななにをっ!」

「ん、約束する。けど、幸せになるなら陳宮もだ。誰かを幸せにしようって願う人が幸せになれないなんて、俺が嫌だ。だから、陳宮が認めてくれたんなら……俺は恋も陳宮も幸せになれるように努力する」

「なっ……な、ななっ……なぁあーっ!? なにを言ってるですおまえはーっ! ちちち陳宮は! 陳宮はぁあーっ!!」

 

 右腕が動かないのがもどかしい。

 誰かの幸せを願い、行動できる人が居るのが嬉しかった。

 その意思を受け止め、自分の無力に嘆くことは無駄じゃないと頭を撫でてやりたかった。

 けれど左手ひとつじゃあ抱き締めるだけで精一杯。

 それが、今はたまらなくもどかしく感じた。

 女の子の涙には弱い。弱いのに、拭ってやれないことすらもどかしいと感じるんだから、この腕も嫌な時期に折れてくれたものだ。って、考えることがいろいろとちぐはぐだな。良かったのか悪いのかどっちだ。

 えと、だったら───雪蓮、少し恨んでいいかい? ……いや、自分の未熟さを恨もうか。避けられたなら、そもそも折れなかったわけだ。

 力を得るって……難しいことだらけだ。

 ごめんじいちゃん、俺……今日だけ、弱くなってもいいかな。

 自分から望んだことだけど、寝て起きるまでの間だけでいいから、弱くなっていいだろうか。

 ……そんな自分の弱さに小さく首を振って溜め息。

 その様子を恋と陳宮が見てたけど、特になにも言わないでいてくれた。

 感謝を、と……心の中で呟いて、弱さを表に出しすぎることをせずに笑顔で。

 

「よろしく、陳宮。これからしばらく厄介になるけど、なにか間違ったことをしたら、遠慮なく叱ってくれぇえっふぇぇっ!?」

 

 言い終えるより先に脇腹に衝撃……!

 またもやキックが……と思考が走るが、抱き締めているこの距離だ、蹴りでこんな威力が出せるはずが───と見てみれば、

 

「ばうっ!」

「………」

 

 大きなお犬様がいらっしゃった。たしかセントバーナード。

 そんなお犬様を見て、恋が一言。

 

「……張々」

「蝶々!?」

 

 ちょっ……!? 蝶々ってレベルじゃないぞこれ! どうしてこんな巨大生物にそんな可愛らしい名前を───……あ、でも目とかはくりくりしてて可愛いかも……。

 いやむしろ可愛い……うん、可愛いじゃないかこの犬。

 

(……というか普通に考えて、蝶々って書き方じゃないだろうな)

 

 周々や善々の例もあるし、張々ってところだろう。うん。

 

「ちょ、張々、助けるのです! この男が急にねねを、ねねをーっ!!」

「───! ばわうワウワウオウッ!!」

「目が光った!? いやちょっ……待───!!」

「ふふんもう遅いのです! 張々はねねの言葉には忠実で───」

「ばかっ! 自分が今誰の腕の中に居るか考えてみろっ!」

「ほえ? ……まままま待つです! 張々、待───きあーっ!!」

 

  どっしぃいいーん………………

 

 

     ギャアアアアァァァァァ……───!!

 

 

 ───前略華琳様。僕はその日の夜のことを、腕が痛むたびに思い出します。

 そう。巨大な犬は、ある意味兵器になりうる。

 陳宮を抱き締めるために屈んでいた俺へと、前足を天高く翳し飛びかかるその様は圧巻の一言に付し、避けの行動を取るには全てが遅すぎた。

 遅すぎたからには左側から右へとドッシーンと押し倒され……いや、押し潰される結果となり、運悪く折れた右腕が下敷きとなり絶叫。

 多少くっついたところがまた折れるということはなかったものの、あまりの大激痛に素直に叫びました。

 ところで華琳様、策士策に溺れるという言葉を知っておられますよね?

 うん。抱き締めたままの陳宮も、張々のフライングボディプレスの餌食となりました。

 咄嗟に庇ったから多少の圧力は殺せたと思いますが、全てとまではいかなかったわけで。

 ただ、恋の言葉にどいてくれた張々の下から解放されたのち、痛がる俺に申し訳なさそうに謝ってくれた時……俺は素直に嬉しいと感じました。

 

 ……あとで聞いた話ですが、陳宮には友達と呼べる者がおらず、恋と出会うまでは苛められていたそうなのです。

 だから、“友達になってくれ”と言われて一番喜んでいたのは陳宮だと……恋はそう言うのですが。

 ええ、そんなわけで蜀国、成都での生活が始まりました。

 馬屋ではなくしっかりとした部屋を宛がわれ、そこでずっと待っていたらしい思春になんとなくありがとうを唱えて。

 で……その翌日、友達になったばかりの誰かさんにキックで起こされました。またしても鳩尾です。

 すぐに思春に羽交い絞めにされて悲鳴をあげましたが……あの、思春さん? そういうこと出来るなら、せめて蹴りを食らう前に……あ、わざとですか。起こしても起きなかったから? ははぁなるほど。

 さて、そんな輝かしき日々がこれからも続くと思うと、感動のあまり両手両膝をつきつつ流れる涙が止まりません。……感動じゃないね、これ。

 ともあれ、俺は元気です。

 あなたも風邪など引かぬよう、お気をつけて。

 

 俺も……自分の弱さに飲まれないように、今まで以上に気を張っていきたいと思います。

 

   以上、脳内手紙でした。

 


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