……鍛錬とは名ばかりの本気バトルから数分後。
「いくらなんでもあれはないだろ祭さんっ!! あの場面で殴るか普通! 蹴るかよ普通!!」
「ええいやかましいわっ! 男なら潔く負けを認めいっ!」
「潔くないのはどっちだぁっ! あんなところで拳使うなんて、自分だってよっぽど負けたくなかったんじゃないかぁーっ!!」
俺は祭さんに殴られた左頬を押さえつつ、踏みにじられた覚悟ごと悲しみを吐き出しておりましたとさ。
「し、仕方なかろうが……負けたくなかったんじゃもん」
「じゃもんって……! あぁああ……俺の覚悟の瞬間を返してくれぇえ……!」
気が抜けた。抜けたら立っていられなくなって、中庭の木の幹に尻餅ついて頭を抱えた。
……そう。結局、俺が振るった一撃は祭さんに届くことはなかった。
殴られて、空を飛んでしまったら……届くはずのものも届かなくなるのは道理であり、俺がこうして落ち込むのも、最後の最後で読みきれなかった自分の不手際ってことで。
納得したら血の涙だって流せそうな心境なわけだが。
うん、負けは負けってことで。
「次───」
「うん?」
幹に背を預け、項垂れながら髪をわしゃわしゃといじって……でも、“言うべきことは”としっかりと敗北を認めた上で。
「次は、負けないからな、祭さん」
言うべきことを、きちんと言った。
負けは負けだし、今さらながらに凄く悔しいけど……死んだわけじゃない。またいくらでも挑戦できるし、諦めなければ……試合は続くんですよね? 安西先生。
「…………」
現状とはてんで関係のないことを頭に描いて笑う俺に、祭さんはきょとんとしたあとに……豪快に笑ってみせた。
それでこそ男じゃとか、ますます気に入ったとか言いながら、俺の頭をわしわしと乱暴に撫でてゆく。
……ああ、覚えてる。暖かな手の平を、子供の自分には大きすぎた指の感触を。俺はこうされるのが好きで、褒められることを探しては無茶ばっかりをして。
いつしか褒められることが無くなってくると、途端にモノを見る目が変わって、やる気ってものをなくしてしまった気がして。
(でも……ここにあった。ずっとあったんだ)
童心なんてものは、昔っから変わらず心の中に残っていた。
それはずっとそこにあったから忘れてしまうくらいの自然さで、ずっとずっと俺が子供に戻るのを待っていてくれた。
子供はなりたくてなるんじゃなく、思い出して戻るもの。子供の頃の自分に手を伸ばして、届かせて、握って、引き寄せて。
全部を受け取って、全部を思い出して、恥もなくそれを実行できたなら───いつだって自分は子供に戻れるんだ。
そんな自分に戻れたから、悔しくても立ち上がれる。次は負けないって思える。悔しいくせに冷静な振りをして、また負けた~なんて笑って受け容れるのは……もうやめだ。
「よしっ、じゃあ祭さん、もっと付き合ってもらっていいかな」
「おうっ、どんと来いっ」
胸の熱さが無くならないうちに立ち上がって、氣が散ってしまっている木刀を握り締め、再び氣を纏わせていく。
「かっかっか、随分と氣の扱いが上手くなったものだのう」
「日々精進してるからねっ……! いくよっ!」
「おうっ!」
疾駆する。
今度は俺も木刀だけに頼るんじゃなく、五体を駆使して。
しかし、ならばこちらもと本気でかかってくる大人げない祭さん相手に、俺は逆に子供のように意地になって挑みつづけた。
そうなるともう剣術修行というよりは喧嘩訓練である。
「せいっ! ふっ! だぁっ!」
「甘い甘いっ、もっと踏み込まんかっ」
「踏み込んだら掌底かましてくるでしょーが!」
「なんじゃつまらん、やる前から見切るでないわ」
「本気でやるつもりだったの!?」
木刀を避けられれば蹴りを放ち、受け止められれば足払いをされ、体勢を崩したところに追い討ちを放たれ、それを躱し───と、動きっぱなしの喧嘩訓練を一時間以上も続け。足腰立たなくなった頃には、俺だけが土まみれで転がっていた。
「北郷、まだやれるか?」
「いっ……いやっ……はっ……も、もー無理っ……!」
「うむっ、ならば今日はこれまでっ」
ぜはーぜはーと息を切らして転がる俺に、まるで平然とした祭さんが終了を口にする。そりゃさ、祭さん目掛けて動き回ってたのは俺ばっかりで、祭さんは自分から動こうとはしなかったけどさ。
こうまで疲労の差が出ると、さすがにショックだ。
「はぁ……もっともっと、持久力つけないとな……」
一年前から比べれば、持久力は倍以上は増えていると確信が持てるというのに……この世界の人たちはバケモンです。てんで追いつける気がしない。
出る溜め息を止めることも出来ず、スタスタと歩いていってしまう祭さんを見送り、もう一度溜め息を吐く頃には、仰向けに倒れるままに蒼い空を真正面に見てから目を閉じていた。
考えることは山ほどあるけど、今は少し休みたい。汗の処理くらいはしたほうがいいのはよ~~く解ってるんだけど、動けそうもない。
(少し寝てもいいだろうか……)
すぅ、とゆっくりと息を吸うと、疲労と一緒に眠気が襲ってくる。
息の乱れが治まると、俺の体は眠気をあっさりと受け取って、深い眠りへと……旅立てなかった。
(……マテ。誰か見てる)
閉じかけていた薄目で辺りを見渡してみる。視線を感じるって程度だが、一度気になると眠気も裸足で駆けてゆく。
殺気的なものは感じないから、怖いものじゃないはずなんだけど……なんだろう、嫌な予感が消えない。目を閉じて眠りについたら、なにか大変なことになりそうな予感がフツフツと。
(この手の予感は可能性が高いぞ……なにせ魏に居た頃から感じてた類のものだ)
そう、この感じは……主に女性関係で振り回されるときに感じたものというか───え?
(…………)
引き始めていた汗が噴き出てきた。今度は冷や汗として。
え? なに? も、もしかして俺、ここで寝たら誰かに襲われる? いやまさかっ! そんな大胆なことをする人が、呉に居るはずが……居たな、一人。
(…………)
恐らく視線の正体はシャオ。
どこかから俺を見て、機会を伺っているに違いない。
(……うん、逃げるかっ)
ひしひしと感じる怪しい目線は、俺に身の危険しか感知させてくれない。呉の将の中でも無駄に大人びていて、マセているのがシャオだ。
こんな疲労を抱えて眠りこけたら、茂みに引きずられていって何をされるかっ……!
(…………男が心配することじゃないよなぁ、これ)
普通逆ではないだろうか、なんて考えつつ。疲れた体に鞭打って起き上がると、一息吸ったのちに疾駆!
逆だろうがどうだろうが、俺の終着は魏にこそっ! 背伸びをしたくて襲いかかるとか、大人になりたいから襲いかかるとか、理由はそりゃあわからないけど受け容れることはとにかく出来ない!
そもそもそこまで好かれるようなことをした覚えがないんですけど俺っ! ただ自覚が足りないだけですか!? 最初は“話を聞いてくれる”ってだけで気に入られて、ことあるごとに抱きつかれたりしてたけど、その延長がこの“身の危険を感じる視線”じゃあ笑えないって!
(汗を流しに川に行きたいところだけど、自分から一人になるのは危険だ)
なにせ俺は“命令”に縛られている。
もし、仮に本当にもし“関係を持て”とか言われたら、俺はそれを全力で実行しなければいけないわけで。嫌がる人相手にそういった行為を強制しない、って意味で雪蓮の言葉を受け容れたけど、シャオだけは油断ならない。
彼女はきっと、自分がしたいと思ったことをやるに違いない───
(………いや)
待て、俺。だからって逃げ出すのはあんまりだろう。
怪しい視線を送られてたからって、そこで逃げてちゃ“償い”にもならない。俺は“命令”で償いを背負ってるんじゃなく、自ら望んで“罪”を受け容れた。
ここで逃げて、誰の言葉も命令も聞かないようにするのはただの卑怯者だ。償いじゃない。
(……うんっ)
胸に覚悟を。深呼吸を一度して、振り向いてみると───目の前に、俺目掛けて飛びかかる大きなホワイトタイガーさんが居た。
……ある、のどかな日の昼。
中庭に、天の御遣いの悲鳴がギャアアアアと響いた。
……。
水が流れる音がする。
川面に反射する陽光が眩しく、じっと見ているだけで自然と薄目になってしまう。
そんな景色に「ああ、眩しいナ~」とか口に出してみても、あの川で汗を流したいなーとか思ってみても、現在の俺といえば……
「シャオさん……? あの、逃げないから離してもらいたいんだけど」
「えへ~♪ だめ~♪」
うつ伏せに倒れた状態で、どっしりと周々に乗っかられていた。
うん、つまり逃げられません。
(し、思春! 助けて!)
(無理だな。庶人である私に、王族に楯突けと言う気か)
(アイヤァーッ!?)
頼みの綱の思春さんにも、さすがに無茶は頼めない。
小声の訴えに返事をしてくれてありがとう、姿は見えないけどその声が聞こえるだけでちょっぴり安心を覚えました、謝謝。
「シャオ~……? こんなところに連れてきて、いったいなにをする気なんだぁ……?」
押し潰された状態で訊いてみると、シャオはバババッと衣服を脱いでホギャアアーッ!?
「ななななにしてるんだシャオっ! そんな、男の前で服をっ……!」
「えぇ~? 水浴びするのに、なんで服脱いじゃいけないの?」
「水浴びっ!? みっ…………あれ?」
見れば、服を脱ぎはしたものの、シャオはきちんと水着らしきものを着ていた。……背伸びしすぎのビキニ型のそれを見せびらかすように、なにやらポーズをとっている。
……時々、この世界というかこの時代というか、ともかくこの歴史の服屋のセンスを疑いたくなる。いいものはいいものなんだが、時代を先取りしすぎてやしないだろうか。
ところで真桜のあれも水着のカテゴリーに入るんだろうか。解らん。
「ほぉらぁ、一刀もいっぱい汗かいたんでしょ? こっち来て一緒に水浴びしよ?」
「………」
……考えすぎ……だったんだろうか。シャオは無邪気な笑顔で川の中に入ると、潰されている俺に手を振った。
それが合図だったのか周々は俺の上から退いてくれて、自由の身となった俺は……同じく周々が銜えていてくれた俺のバッグを受け取ると、そこからタオルと着替えとを取り出した。
そうだな、警戒しすぎてただけなんだ。
つい先入観からいろいろ警戒してしまったけど、なんだ。ただの取り越し苦労だったんだ……よかったよかった。
「よしっ、すっきりするかっ」
ならばと服を脱ぎ捨てた俺は、トランクス一枚で川へと飛び込んだ。途端にきりりと冷えた水が一気に体を冷やしてくれて、震えはしたけど火照った体にはありがたく染みこむ。
「ぷっは……あぁ~、目が覚めるっ」
さっきまで眠たかったのは確かだった。それを、水の冷たさが完全に忘れさせてくれる。
両手ですくった水で、いっそ乱暴ともとれるくらいに顔を洗って水を散らすと、童心を思い出したこともあってか、無性に燥ぎたくなるんだから、なんというかおかしな気分だ。
と、そんな俺の燥ぎを見て気を良くしたのか、シャオは輝く笑顔で笑ってみせて、俺の胸へと飛び込んできた。
「うわっと!? ど、どうしたシャオ」
「んふぅ♪ ねぇ一刀~。シャオ、一刀の子供が欲しいなぁ~♪」
「エ?」
それは───なんだ?
将来、誰かとの間に子供が出来たらシャオに献上しろと?
シャオ……怖い子ッ!!
「いや……シャオ? それはいろいろまずいだろ」
「えぇ~? なんでぇ~? シャオ、子供を立派に育てる自信あるよ~?」
「そういう問題じゃなくてさ、ほら。子供はきちんと俺が育てるし」
「やぁ~ん一刀ったらぁ! つれないこと言ってたけど、本当は子供が欲しかったんだぁ~♪」
「エ?」
お待ちになって? 何故ここでシャオが顔を赤くしてクネクネ動くのでしょう。というかあの!? 左腕っ……左腕は今はマズイ! 祭さんの一撃受けてから、じくじくと痛んでるんです抱きつかないでください!
「子供が欲しいって……将来的にはって意味で、自分を高めることで手一杯だと思うから、今はまだいいよ」
「大丈夫だよぉ。面倒ならちゃ~んとシャオが見るから、一刀はその間に鍛錬とかすればいいんだもん。で・もぉ、ちゃ~んと愛してくれてないと、すぐに関係に亀裂が入っちゃうよ?」
「………」
そういえばよく聞くよな。子供が出来た途端に人が変わった~とかなんとか。子供に付きっ切りになって、夫の扱いがぞんざいになる妻や、子供と妻を守らんとするあまりに仕事に没頭しすぎて、団欒に手を伸ばさない夫やら。
なるほど、そんなことにならないよう、もし俺に子供が出来たらそれらを両立できる覚悟をしておくべきだ。
「シャオ……すごいなぁ。そんな先のことまで考えてるなんて」
「えへへ~、あったりまえだよ~♪ だってシャオってば、大人のオ・ン・ナ、だもぉん♪」
「でもそれに甘えるようじゃあ、俺もまだまだ一人前にはなれそうにないからさ。子供は俺と相手とで育てるし、シャオを困らせるようなことはしないから」
「───」
…………。おや?
さっきまで爛々笑顔だったシャオの顔が、びしりと固まりましたが? そんな先のことまで考えてるなんて、俺なんかよりずっと立派だなぁとか思ってた矢先に───
「ど、どうしたシャオ。体でも冷えあいぃいいーっ!? え!? なに!? えっ!? 噛まっ!? あいだだだだちょっとシャオさん腕っ! 左腕はまずいって噛まないで噛まないでぇええーっ!!」
───矢先に、噛まれました。しかも左腕の、丁度祭さんに強打されたところでアイヤァーッ!!
「なななにっ!? なんなんだっ!? 腹でも減ったのギャアーッ!! 咀嚼だめ咀嚼やめていだだだだぁーっ!!」
「ぷはっ……一刀ってほんと鈍感っ! シャオは一刀とシャオの子供が欲しいって言ってるのー!」
「それはだめだあいっだぁああーっ!!」
きっぱり言った途端に噛まれた。しかしこればっかりは頷くわけにはいかない。“俺”は心身ともに魏のものであり、全てを捧げてでも守りたいって思える人たちが既に居る。
魏を愛し、魏に生きる……俺はそのために今まで鍛えてきたんだ。浮気がどうのなんて今さらな気もするけど、魏のみんなに関しては真剣に受け止めてきたし浮ついた気持ちなつもりは全然ない。
周りから見ればそうでもないんだろうけど、魏に生きようと思えばこそ、“他国で別の人と”なんて気持ちはさっぱり浮かんでこない。こればっかりはわかってもらうしかない……んだけど、わかってくれない場合はどうしたらいいんでしょうか。
「シャ、シャオッ! ちょ待っ……やめてくれって! どんなに言われたって迫られたって、俺は他の人と関係を持つつもりなんてないんだ! 子供が欲しいとか言われたって頷けるわけないだろぉっ!? たたた頼むからあまり無茶な我が儘言わないでくれぇっ!」
ゴリゴリと歯を立てられつつも、逃げずにきちんと言う。本当にこればっかりはわかってもらうしかない。あとでどうなるかわからないからと受け容れはしたけど、だからって今すぐ心変わりするわけでもないしするつもりもない。
それを受け取った上で雪蓮も俺も頷いたんだ、こればっかりはたとえ命令でも、頷くわけには……い、いやでも命令のほうは罪を被ったわけだから───いやいやしかし……!
「だぁーっ! とにかくだめっ! 子作りなんて手伝いませんっ! こうやって遊ぶくらいなら喜んで付き合うけど、肉体関係はとにかくだめ!」
「ぷはっ……むぅう~、一刀はシャオのこと嫌いなの?」
「好きだし大事な友達だよ。でも、こうして無理矢理迫るシャオは嫌いだ。どっちか一方が受け容れられないことを強要するのって、好き合うって気持ちとはちょっと違うと思う」
「………」
「だからさ、今すぐ好きとか愛とか騒ぐよりも、友達で居られる頃を大事にしないか? せっかくこうして出会えて、笑いながら話せるんだ。無理に迫って嫌われるのと、友達として騒げるのとじゃあ、いい方なんてわかりきってるだろ」
……迫られても嫌いになれないのが、自分としては少し嬉しくて悲しいけどね。それに、強引にでも迫らなきゃいけない時があるのも確かだし、そうしたら絶対に嫌われると決まっているわけでもない。どっちにした方がいいかなんてわかりきっている、なんて言葉は、心に余裕がある時に考えてみると、案外わからないものだ。
こうでも言わなきゃ納得してくれないんじゃないかと思った故の言葉だけど……そうだ。シャオはちゃんと言えばわかってくれる。ずるい言い回しなんてしなくても、解らなきゃいけないことはちゃんとわかってくれるはずだ。
「……ごめん、撤回する。どっちのほうがいいかがわかりきってるなんてこと、きっとない。多分俺はよほどに無茶を強要されない限り、みんなを嫌うことなんて出来ないし……こうして迫られても、困りはするけど嫌わないんだと思う」
「じゃあ好き?」
「好きだし、大事な友達だ」
「…………」
区切って言い直してやると、不服そうに頬を膨らませた。けどすぐににこ~と笑うと、噛んだ部分をぺろっと舐めて俺の顔を見上げてくる。
「はぁ……ほんと、一刀ってばしょうがないんだから。じゃあまずは友達からで、じ~っくりシャオのこと好きになるといいよ?」
「もう好きだよ。友達としてだけど」
「それだとシャオが納得しないのっ!」
「うわわ待った待った! もう噛むのはやめてくれっ!」
カッ! と口を開けて腕に噛み付こうとするシャオをなんとか止めつつ、そんな拍子に足を滑らせ思いっきり転倒。飛沫をあげて川にどっぱぁ~んと沈んだ俺とシャオは、水の中で目を合わせつつぱちくりと瞬きをして……酸素がこぼれるのもおかまいなしに、笑い合った。
もちろんすぐに酸素欲しさに川から顔を出すわけだけど、ひんやりとした水の冷たさがどうしてかくすぐったくて、考えていたこととか全部そっちのけで俺とシャオは笑顔になる。
「周々~! 善々~! 一緒に遊ばないか~!?」
そうなれば二人きりだとかそういうことは意識しない、ただの遊び好きの悪ガキの誕生だ。草むらで退屈そうにしている周々と善々に向けて手を振り、その隙にシャオに飛び付かれて再び転倒。その上から周々が飛び乗ってきたりして、軽く意識を吹き飛ばしながらも燥ぎ続けた。
……。
空蒼く、水の冷たき季節。散々遊び、二人と二頭が疲れきった頃には陸に上がり、寝転がった周々に背を預けるシャオの髪を拭っていると、聞こえてくる寝息。
大人びてはいるけどまだまだ子供だよな、なんて自分にも当てはまることを考えながら、シャオの髪や体を拭き終えると今度は自分。
髪を拭いて体を拭いて、トランクスを代えのものに代えると、意味もなくポージングをしてみた。“スゲ~ッ爽やかな気分だぜ”とか言いたくなる。……うん、本当に意味はない。
「……っと、シャオも着替えさせなきゃいけないんだけど……思春、頼んでいい? ていうかお願いします」
「ああ、任されよう」
すぐ傍に居たらしく、スッと俺の横からシャオのもとへと歩いてゆく思春。こうまで気配を殺せるって凄いなぁと感心しつつ、俺は氣の鍛錬の復習。
手に取った木刀に軽く氣を流しつつ、そういえば真桜がやるみたいにギミック的なことは出来ないだろうかと、いろいろ試してみる。
なにもドリルのように回れとは言わないから、こう……ジャキィーンと木刀が伸びるとか……無理で無茶だなそれ。
「じゃあ今日の鍛錬の締めくくりとして、放出系の練習でも」
錬氣、集中、付加あたりは多少は出来るようになった。錬氣で氣を練って、集中で一定の箇所に氣を集めて、付加で木刀などに氣を込める。……あ、あと変換か。まだ全然底辺だろうけど、これからしっかり身に付けていきたい。
しかしどうせなら、まずは広く浅く。ここらで放出系も覚えてみてはどうだろう。凪がよく使うのが放出系で、結構憧れだったんだよな。結局一人かめはめ波以来、一度もやってないから……よし、今やってみよう!
「まず、木刀を逆手に握ります」
気分はトンファーを握るが如し。重心を落とし、どっしりと構える。さらに身を捻って、ゆっくりと呼吸を整え……木刀に氣を満たしてゆく。
ここからだ。
「はぁああ~……フッ!」
捻って溜めた分を戻す動作を氣で加速。振り切る木刀に篭った氣を一閃にて解き放つつもりで───!
「アバァーン! ストラァアーッシュ!!」
この青き空へ向けて、一気に放つ!!
「お、おおっ!!」
振り切った木刀からは光り輝く剣閃が! 凪が放つものに比べればまだまだ小さいものの、空へと放たれたそれは確かな三日月の形をしていて……!
「北郷、小蓮様の着替えが───……なにをしている」
「ふ……ふふ…………燃え尽きたぜ……真っ白にな…………」
剣閃を見送った俺は、体の中から氣が無くなるのと同時に草むらに倒れ伏していた。
うん、無理。俺にはまだまだ放出系は早かったみたいです……どれくらい放って大丈夫なのかも見切れないようじゃ、使う意味もないや……ハハハ……。