真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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ギャフター小話③

 走った。ただひたすらに走った。女性を横抱きにしたまま、それでもそんな重さなどものともせず───!

 しかししばらく走った先で明命と思春に回り込まれてしまい───!

 

「旦那様戻ってください! なにも危険なことなんてありませんから!」

「うそだぁっ!! 臭いだけで涙が出てくるものが危険じゃないわけないじゃないかぁあっ!!」

「違うんです旦那様っ! あれは後片付けの時、混ぜてはいけない洗剤を混ぜてしまっただけでっ!」

「っ……!」

「うくっ……そ、そんな目で私を見ないでくれ、北郷……! だ、大丈夫だぞ、明命の言っていることに間違いはない。皆、きちんと味見はしたのだ。その上で平気であったものだけを贈ることになった。駄目だと判断された者は、来年まで修行ということに落ち着いて……だな……」

 

 キリッとしていた思春が、俺が目で訴えかけた途端におろおろしだした。何気に珍しい光景である。

 しかしながら……そうは言ってくれるものの、あれを実際に嗅いでしまい、涙まで出たという経験をしてしまったあとでは、その言葉をどこまで信じていいやら……!

 

「……星?」

「ふむ。私が見た状況と変わりはありませぬな。最後まで駄目だしをくらっていた春蘭が、最後にやらかしてくれたのかと思い、焦ってしまいましたが……」

「で、ですから、ね? 戻ってください旦那様。せっかく旦那様に届けようと、皆様心を込めて作ったのですから」

「………」

「あぅ……物凄い警戒度です……」

 

 街灯灯る道の一角にて、靴を履かない女性を横抱きにして、二人の女性へガルルルルと威嚇するように警戒を解かない俺。

 皆様の大丈夫に、いったいどれだけの北郷が何回騙されたら、ここまで警戒心が強い北郷になるというのでしょう。

 だが料理がどうとか以前に考えてほしい。

 ……調理場に、何故混ぜるな危険の洗剤があるのか。

 そしてそれらがチョコに混入していないと何故断言できる?

 香りだけで涙を流せるそれらが、出来上がったチョコに付着していないと何故断言できる?

 

「あ、あの、旦那様……」

「来るなら来るがいい周幼平……。この北郷、勝利し逃げることに一切の手も抜かぬ……!」

「何故だか先ほどまでより警戒心上がってますですっ!?」

 

 暗い夜道はピカピカの黄金闘氣がクソの役にも立ちません。自分の居場所をここですよと導いているようなもんです。

 

「う、うぅうう……旦那様、旦那様ぁあ……」

「むぅ……主よ、今のはいかん。旦那様と呼んでいる相手を、真名でもなく敵視したまま姓字で呼ぶなど……、お、おぉ? 主?」

 

 ぴしゃりと注意をする星さんを、ソッと地面に降ろす。

 首に腕を回すでもなく状況を見守っていた星だったが、俺がなにかをするつもりなのだと受け取ってくれたらしく、途中からは素直に自分で降り立ってくれた。

 そんな彼女が謝罪でも促すかのように“さ、どうぞ”とばかりに軽くニコリと笑う。そんな彼女に俺もニコリと笑い、

 

「貴様も敵か、趙子龍……!!」

「おおっと!? 飛び火したっ!? なんのかんのと言いながらもあの時代では最後には食してくれた主にしては珍しい……!」

 

 全力で警戒態勢を解放した。

 お前らはわかっていない……! あの時代にはなくて、現代にはある混ぜ合わせの恐怖……! 今でこそある化学薬品の殺傷能力……!

 マズすぎてヤバイ、なんて次元はそれこそ次元っていうか時代の壁とともに破壊されてるんだよ!

 あのねほんとヤバいの! 下手すると死ぬの! 毒殺されるの! メシマズとかそんなレベルじゃなくてね!? お願いわかって!?

 

「ほっ……、……北郷。その……あまり疑ってやらないでくれ。きさっ……お前にそうされるのが、この時代では一番辛いのだ……」

「……思春」

「私が言えたものではないのかもしれんが……食べてやってはくれないか。その、私が先に味見をするのでも構わ───」

「───」

 

 その瞬間、俺は警戒心MAX状態からニコリと微笑み、とことこと歩いて思春の両肩に手を置いて───

 

「───」

 

 ……この時代の組み合わせの怖さや、化学薬品の恐怖をやさしく丁寧に教えたのでした。

 

……。

 

 で。

 

「あぅあぅ……すいません旦那様……まさかそんなことになっていたなんて……」

「いや……………………うん。わかってくれたんなら……」

 

 ガー、と開き、後ろで閉じる自動ドアを振り返ることもなく、コンビニからてくてくと離れていく。

 そして、ある程度離れた駐車場スペースの横で、明命は「ではっ」と手をポムと合わせて微笑み、

 

「旦那様っ、いつもありがとうございますっ! これからもえぇとそのっ……支え合っていけたらなと思いますですっ!」

 

 言って、俺に向かって市販のバレンタインフェアのチョコを差し出してきた。

 断る理由なんて無かったのでそれを受け取って、早速だけど食べてみた。

 甘さがとろりと口内に溶ける感覚に、思わず頬が緩む。

 そういえばチョコレートなんて随分と久しぶりに……本当に久しぶりに食べた。

 そうだ、こういう味だったよな、チョコレート。なんて懐かしい味なんだ……!

 そんな素直な感想を………………星を横抱きにしたまま胸に抱いた。

 コンビニに入り、チョココーナーに案内し、チョコを買い、外に出る。

 極々自然な日常的な流れの中で、一人だけ日常とは掛け離れた存在は、顔を真っ赤にしながらもせめて顔は隠そうと、俺の胸に顔を押し付けっぱなしだった。

 仕方なかったんだ。だって、靴がなかった。まさか靴無しの女性にコンビニを歩かせるなど……!

 

「あ、あるっ……あるじよっ……! ほかに、ほかになにか方法があったのでは……! なにもあのような……あのようなこと……!」

「いやまあ……買う目的があったのは明命と思春だし、俺達は行く必要はなかったかもだけど」

「~っ……あるじぃいいいっ……!!」

「いやでも、考えてもみてくれ、星。コンビニ前の駐車場でさ? 男が女性を横抱きにして、ボーッと立ってるんだぞ? ……通報されるだろ。それなら堂々とコンビニに入った方が、まだ罰ゲームかなにかかも、とか思われるかもだろ」

「……女を腕に抱いておきながら、罰などとよくぞ申された。道場に戻ったならば、この趙子龍が武の手ほどきをいたしましょう。……もちろん加減無しで」

「よろしい。ならばこの北郷、全身全霊、全知全氣を以って、その未熟なる御遣いの氣ごと叩き潰してくれよう……!!」

「───」

 

 珍しいこと、星が喉の奥で「ひぅ」と小さな声を漏らして、ふるりと震えた。

 まだまだ御遣いの氣に不慣れであるみんなは、以前ほど自由に氣の行使が出来ない。

 そこに来て、左慈と会えば全力で氣のぶつかり合いをしている俺に全身全霊で、なんて言われると、さすがの星も息を飲んでしまうらしい。

 

「あ、主は鬼かっ! か弱くなってしまった女性を相手に全力など! この国では男性は女性を守るものだと!」

「あ、それね、男女平等を謡う人達の所為でもう随分と薄まってるんだ。そのくせ都合のいい時だけ女の子相手に本気で怒るとかサイテーとか言い出すから、真面目に相手をする人間も随分減ってるらしい」

「───」

「………」

「……北郷。この国の女はなにがしたいんだ?」

「“そうだね”って頷いてほしいんだよ」

「?」

「?」

「?」

 

 言ってみても届いてなさそうだった。そりゃそうだ。

 まあ、よーするに。

 

「この国の……いや、この時代の人はね、人の意見に否定から入る人が多いんだ。で、女性はただ無条件に“自分の意見に同意してほしい”って人が多くて、否定から入る人ってのは大体が男性」

「……なるほど。男女の関係があったとして、気を惹きたくても否定から入るおのこと、ただ“そうだね”と同意してほしいだけのめのこ。やれやれ、とうの昔に戦を終えた世だというのに、随分とまあ面倒なことだ」

「ほんとね。あの時代に比べれば、どれだけ気楽に人と話せると思ってるんだって話だけど」

 

 前提からして違うって言えばそこまでの話。

 ただまあもうちょっと素直になれればなという話でもある。

 そんな話が終わると、ふむ、と息をつく昇り龍さんひとり。

 

「さて、奇妙な落着ではあったものの、こうして落着したからには訊ねたいことがありまする。───主よ、どうするおつもりか?」

「………」

 

 それを今必死に考えているところです。

 いや、まあ、ほら、ねぇ? 理由が理由だから、受け取ってはくれると思うんだよ? ただまあそのぅ……何も知らない、ただ好きな相手のためにチョコを作っただけの女性から、助けてぇと叫びつつ逃げたのは確かなわけでして。

 そして“どうするおつもりか”、だけで真っ先にこれが浮かぶあたり、俺も随分とアレである。

 

「思春、明命、星」

「ああ」

「はいっ」

「何用ですかな、主よ」

「……短い実家暮らしだったな……!」

「待て、それはどういう意味だ」

 

 マグロが俺を呼んでいる。そんな気がしたんだ。

 食費や光熱費だって馬鹿にならないし、寝泊りする道場だって、あの人数じゃそのうちストレス等で問題も出てくる。

 ならばもう力と氣に任せるつもりで、マグロ漁船とかカツオ漁船に乗った方が───!

 ほら、幸い生き物の氣とかも感じ取れるようになったし、氣の波長でマグロやカツオを探知しては吊り上げる方向で……!

 …………あれ? これ真面目に考えても結構いけるのでは───?

 

「この胸に、闘魂ある限り───!」

 

 就職先が見えた気がした。

 ……なお、相談したら全力で止められた。主に一年以上は戻れない可能性のことにツッコまれて。

 

「なんならみんなも一緒の船に乗るとかでいいんじゃないか? 俺も正直、また一年間離れ離れとか嫌だし」

「しかし主、その船には主以外の男も居るのでしょう? 他の者が果たして納得するかどうか」

「……なんなら思春に船長になってもらって、全員で乗り込むって方法も───」

「錦帆賊は一人で成り立つものではない。私と、奴らが居たから出来たものだ。私一人で船のひとつがどうにかなるわけではないのはわかっているだろう」

「あー……そりゃそっか」

 

 でも想像してみても、なんだかなんとかなりそうな気がするんだよなぁ……みんなパワフルだし。まあそれ言い出したら、そもそも船を買う金なんてものも、資格もないわけなんだけどもさ。

 ともあれ、そんな話をしながら家までを歩いた。

 金策はどうしても必要だし、日雇いのバイトで高額を狙うなら、どうしても様々な資格は必要になる。

 華佗に薬剤師の免許でも取ったらどうだ、なんてことを持ち出そうとしたが、そもそもあいつ、薬剤がどうとか以前に鍼で解決ゴッドヴェイドォーだしなぁ。

 華佗で薬剤といえば……関係あるのかどうかは微妙ではあるものの、あの日飲んだ龍の血はきちんと気脈に残っていて、この体に戻った今の俺の状態は、じっくりと血が体に溶け込んで入っているところなんだとか。

 考えてみればあの頃の俺って体の時間は止まってたんだもんな、氣にしか影響がなかったものが、今ようやく体にじんわりと染み込んでいっているんだとか。

 

  どんな効果があるんだ? と訊ねると、前例が無いと言われた。怖い。

 

 なにせ飲んだ人が居たとして、その人の体の時間は普通に流れていたわけだ。当然、人の体に龍の血なんて拒絶反応だって起こりそうなもんだ。

 でも俺の場合、まず氣脈に取り込まれて、氣にじっくりと長い時間をかけて溶け込んだものが、今ようやく人の体に流れていっているところ、というのだ。

 ようするに人の体には合わない龍の血ではなく、俺の氣に馴染んだ龍の血が、俺の血肉に溶け込んでいっているわけで。

 人の壁というのか、それを越えると言ったら大げさになるかもしれないけれど、あの頃の女性に男性の実力が近づく、程度の恩恵はあるかもしれないってさ。

 ……あくまで、血が馴染んだ上で“鍛錬を続ければ”。

 そりゃそーだ、いきなりパワーアップするなんてあるわけがない。

 そんな会話をした相手が本日玄関で気絶していたわけだが。

 

「そもそも楽に力を手に入れても、俺が納得しないだろうしなぁ……」

「? 旦那様?」

「ああいや、なんでもない」

 

 苦笑しつつ、すっかりと刺激臭の消えた家へと入り、星を降ろすと引き戸を直しつつ中へ。華佗の姿はなかった。処理、もとい介抱されたか運ばれたか、自力で元気になぁれえええをしたのだろう。

 


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