真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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END:IF3/地から天への物語①

END/終端

 

 傷が完治して少し経った頃のことを話そうか。

 

「うぬ!? ムグオオッ!?」

 

 完治記念に久しぶりにじいちゃんと仕合うことになった。もちろん家の道場で。

 で……まあ、なんと言いますか、圧勝。

 竹刀がじいちゃんの頭部を叩くと、あっさりと勝敗は決まったわけで。

 

「……むう。よもやこうもあっさり負けるとは……。一刀、入院中に何かを掴んだか?」

「いや、むしろ入院前に何かを掴みまくったから、あんなズタボロだったわけで」

「……そうか。泣き叫ぶお前を見た時は、まだまだ小僧だと嘆息したものだがな。時折病室に顔を出してみれば、妙に迷いの晴れた顔をしておる。なにかあったか、とは思ったがな」

「ああうん。ちょっと歴史と戦ってきた」

「───……そうか。守りたかったものは守れたか?」

「へ? あ、ああ、えっと……うん。みんなは“守ってもらった”って言ったよ。俺に自覚がなくても、みんな幸せそうだった」

「………」

 

 そう返すと、じいちゃんは俺の話を笑うでもなく真剣な顔で聞いて、頷いてくれた。

 仕合いを見ていた及川でさえ、「言ったってわかられへんてー……」と寂しがっているのに。

 

「世迷言をと切って捨てるのは容易いのだろうな。だが、お前の目は嘘をついてはおらん。儂はそんな目をして話す孫の言葉を鼻で笑うほど耄碌しとらんつもりだ。世の中というのは己が知らんだけで、理解に追いつかん物事がごろごろと転がっておるものよ。どれほどの科学者や権威を持ったものが知識を並べようが、説明し切れんものこそ溢れるほどにな」

 

 言いながら俺に近づいて、ポムと頭に手を乗せる。

 それから俺の目をじっと見つめて……言った。

 

「おう、良い目だ。世の何も知らん孺子には出来ぬ目よ。故に、なぁ、一刀よ───」

「じ、じいちゃん? うわっ!? ……っと」

「道場は、お前が継げ。今なら受け取れるな?」

「───」

 

 なにを、なんて返さない。

 免許皆伝。

 もはや教えることなど無いと、あのじいちゃんが俺の胸を殴りつけ、言ったのだ。

 断る? いや、そんな選択肢は無かった。

 人に何かを託す時の期待感はよく知っている。

 父になった。祖父にもなった。

 そんな自分が、自分の何かを誰かに託す瞬間を、何度も経験してきた。

 あの時の感情を、じいちゃんも感じてくれているのだろうか。

 こんな、じいちゃんからしてみれば、急に怪我をして入院しただけの男に。

 

「でも俺、技とか全然教えてもらって───」

「そんなものは倉の書物でも好きに漁って学んでゆけばよいわ。基礎さえ学べば、そのための骨組みなんぞは気づけば仕上がっているものぞ」

「……ごめんじいちゃん、基礎忘れた」

「ぬおっ!? ……叩き込み終えたばかりであろうが!!」

「ごめんなさい!?」

 

 でも50年以上もあんな世界で生きてたら、自然と型とかも変わりますよ!?

 俺悪くないよね!? こればっかりは悪くないよねぇ!?

 あーこら! 及川! 笑うな!

 

「ええいもういい! 叩き込み直してくれるわ! ……ム、だが待て、そろそろ“らじお”が……」

「おぉう!? かずピーのじっちゃん、ラジオなんて聞くのん!?」

「野球の実況だよ。テレビ見ればいいのに、ラジオを聞いて状況を想像するのが好きらしい」

「うへぇぁ……なんやさすがかずピーのじっちゃんやね……。妙なところでちょいおかしいわ」

「え? 俺おかしいか?」

 

 ラジオをつける。

 ご丁寧に道場まで持ってきてあるのは、どれだけ好きなのかを現すのに丁度いいというか。

 神聖な道場になにを───! なんてことは言わないのだ。これでこの人、結構いい加減だし。厳しいけど程よくいい加減。そんな人だ。ああ、俺のじいちゃんだなー、なんて、そんな時ばかりは深く頷いてしまう。

 

「んお? なーかずピー? かずピーんとこのおかん、なんや入り口で呼んどるでー?」

「? なんだろ……って、呼ばれてるのじいちゃんじゃないか」

「なんじゃいこの忙しい時に……! 儂は今らじおを……」

 

 ぶつくさ言いながらも、母さんが言う言葉に耳を傾け……やがて、ピーンと眉を持ち上げ、驚いた。

 

「……なに!? 道場破りじゃと!?」

「ウッヒャーオ!? 俺、生の道場破りなんて見るのも聞くのも、産まれて初めてやで!?」

「俺だってそうだよ! っへぇえ……! 居るんだなぁ道場破りなんて……!」

「応、ではゆけ一刀。儂もう道場のこと任せたから関係ないし、お前に任せた」

『えぇええええええええええええっ!?』

 

 及川と俺、じいちゃんの言葉に絶叫。

 でも確かに託されてしまい、しかもその託す時の気持ちとやらもわかってしまったわけで。

 それでもじいちゃんがこんなに簡単に人にものを任せる性格とは……! ……あの、もしかしてあっさり負けたことにイジケてらっしゃるとか……ハ、ハハ!? まさかねぇ!?

 

「どどどどどどないすんねやかずピー! おまっ……これ、負けたら道場の看板下ろすことに……! ……。負け? あー……まあ、うん、殺さへんようにな?」

「真顔で心配するところ、そこなのか」

 

 及川があんまりにも慌てたりするもんだから、逆に冷静になれた。

 軽くツッコミつつも、早くと急かす母さんに苦笑しながらも歩く。

 ほんと、どの世界でも意識していないだけで、これで案外……退屈なんてものは出来ないように出来ているのかもしれない。

 

「じゃあ相手側に弟子とか居たら、先鋒は任せた」

「俺になに期待しとんの!? いやいやもし相手が木刀とか持っとったら俺死ぬわ!」

「いや、案外相手は、剣の道に生きた大和撫子美人とかだったり───」

「よっしゃあ先鋒任されたわ! 勝負方法は寝技限定で!」

「……お前さ、そんなんだからフラレるんじゃないか?」

「ほっといたって!? えーやんべつに自分に正直で!」

 

 騒ぎながらも歩く今は、重荷が下りたからなのか、はたまた背負ったからこそ強く在れるのか。前よりもひどく軽い一歩にわくわくしつつ、及川と二人、入り口へと急いだ。

 道場破りの勝負を受け入れるのか断るのかは、まあもちろん考え中なんだけど……たまにはそういう冒険もいいのかもしれない。

 負けたら看板下ろすことになるわけだけど、じいちゃんがそれでいいと頷いているのなら。両親は滅茶苦茶怒りそうだけどね。

 

「あ、ほんなら前口上は俺が言うなー? “ふふふ、よー来たな道場破り! お前はかずピーに触れることすら出来ずに負けることになるでぇ!”とか。どや? これどないやー!?」

「先鋒の及川が相手に抱き付いて自爆して勝つのか。なるほど、俺に触れてもいないな」

「俺何処のサイバイマン!? そもそも俺に自爆能力なんてあらへんよ!?」

 

 日々は刺激に事欠かない。

 自分が気づいていないだけで、手を伸ばせば掴めるものは、自分が思うよりも沢山あると思う。

 そんなものへと自分から一歩近づくだけで、世界は大きく色を変える。

 そっちへ進まなきゃよかった、なんて後悔することもあるだろう。

 あちらへ進んでおけばと泣きたくなることなんて、きっと呆れるほど。

 でも……───そうだなぁ。

 そんな時間もいつかは笑い飛ばせる日が来るから。

 そんな日々を笑い話に出来るほど、今を謳歌する努力をしようか。

 休む暇なんてないくらい、それこそ……全ての時間を精一杯に楽しむように。

 

「よっしゃあ道場破りは何処やぁーっ!! この道場の主たる北郷一刀サマが相手になるでぇーっ!?」

「馬鹿っ! 言葉で言われただけで、まだ正式に主になったわけじゃないだろがっ!」

「あー! 馬鹿ってゆーたー! へへーん馬鹿って言うほうが馬鹿やこの馬鹿! かずピーの馬鹿! 馬鹿ピー!」

 

 騒ぐだけ騒いだままに道場の外へ。

 母の呆れ顔に迎えられながら、新しい刺激を求めた一歩が、今───

 

 

 

「やれやれ、騒がしいことよなぁ。あれでしっかりやっていけるのか。……いや、それはもはや儂が心配することでもないか。どぅれ、らじおの方は……」

 

『───続いてのニュースです。数日前、○○○に落下が確認された流星群ですが、調査班が向かったところクレーターがあるのみであり、なにがあるわけでもなかったという話が───』

 

 

 

 ───ゆっくりと、踏み出された。

 

「───って、左慈ぃいいいっ!? おまっ……なんでここに!?」

「はぁ~いご主人様ぁん! 左慈ちゃんと于吉ちゃんめっけちゃったから挨拶しにきたわよん!」

「貂蝉まで!? 挨拶って…………そのマッスル白衣でか……!? もうちょっとこっちに気を使った格好をしてほしいんだが……!」

「フン、何が挨拶だ。俺が来た理由は言葉通り、道場破りだ。……北郷一刀。あの時の借りを返してもらいにきたぞ……!」

「へ? なに? コレが“サジ”とかゆーやつなん? なんかトゲトゲしとるけど、決着ついたのとちゃうのん?」

「ああついたな。だから来たに決まっているだろう。外史もなにも関係無い……純粋な勝負をしに来てやったんだ」

「うっは、えらっそうやなぁこのにーちゃん。態度めっちゃデカいやん。背ぇ低いくせに」

「殺すぞ貴様!!」

 

 第一歩の先に待つなにかを、たとえば少し想像してみたとして。

 そんな一歩で欲しいものが手に入る、なんてことが現実として有り得るかと誰かが問うた。

 その問いに、ある人は笑って答えた。

 “そんなものは気持ちの持ちようだ”と。

 手に入ったと思わなければ、たとえ本当にソレを手に持っていたとしても、いつまで経っても手に入れたとは思えないものなのだと。

 

「あ、及川? こいつの口癖、この“殺す”だから、あんまり気にすることないぞ」

「なっ……! 勘違いするなよ北郷一刀……! 俺がその気になれば、貴様など……!」

「はいはい、それくらいにしておきなさい左慈。今日は礼を言いに来たのでしょう?」

「だっ!? だだ誰がこんな男に礼を!」

 

 ───今、俺はなにを手に入れることが出来ただろう。

 ここに至るまでの日々を思い返して、小さくそう考えた。

 退屈しない日常は確かにある。

 なにかが足りなくても、いつかはそれに順応していく自分を想像していたのに、騒がしさっていうものは自分をほうっておいてはくれないらしいから。

 そう思えば、手に入れることが出来たものなんて、やっぱり意識していなかっただけで、もうとっくにそこにはあったのだ。

 うんざりするくらいの騒がしさの中に居ても、その中の些細で少し笑えたら、意識してしまえばそれは確かに……笑顔を手に入れたってことにもなるのだから。

 

「あぁ~んらぁ~、素直じゃないわね左ぁ~慈ちゃぁあん。そんなアータには、貂蝉ちゃんが素直になれるお・ま・じ・な・い・を、ぶちゅっとホッペに」

「やめろ肉ダルマ! 頬が腐る!」

「あぁら失礼しちゃぁ~う! 誰が骨すら溶かす妖怪ダルマですってん!?」

「いえ貂蝉、その役目はこの于吉が。では左慈、私が素直になれるまじないとやら」

「やめろ気色悪い! いいから黙っていろ! ~……北郷一刀!」

「へ? あ、ああ……えと、なんだ?」

「き、きさっ……貴様、は……、その……、~……北郷一刀!」

「だっ……だからなんだよ!」

「……、……拳を出せ」

「?」

 

 言われるまま、とりあえず突き出してみた拳に、左慈の拳がゴツっとぶつけられた。

 左慈はまるで叱られた後に仕方なく仲直りをしようとする少年のように、そっぽを向いて。

 俺は、そんな左慈と自分の拳とを見下ろして。

 

「お? なになに? もしかして友達の儀式とかゆーやつ? あぁ、そういや全力で殴り合ったんやってんな? 殴り合って友情芽生えるなんて、いつの時代の青春や~って話やなぁ。ま、俺とあきちゃんもやったけど」

「あらぁん? 喧嘩して仲直りするのに、いつの時代も関係ないわよ及川ちゃん。むしろあんな過去で殴り合ったかぁ~らこそぉん、こんな青臭いのがぴったりなんじゃないのん」

「あ、そらそーや! 言われてみればせやった!」

「なにが儀式だ! 誰が友達だ! 勘違いするなよ貴様ら! 俺はただ! ……た、ただ、だな。その。…………くだらない連鎖から解放してくれたことに、だな」

「……え? なに? もしかして俺、ツン10割がデレる瞬間とかに出くわしとるの?」

「ええ、よい着眼点です。左慈は本当に面倒くさいツンですからね。長く連れ添った私にさえデレてくれないというのに。やれやれ」

「蹴り殺すぞ貴様らぁ!! ~っ……どいつもこいつも……! いいか北郷一刀! つまりだな……っ!」

「あ、ああ……?」

「………~……!!」

 

 顔、真っ赤。

 どれだけの葛藤が彼の中で渦巻いているのか。

 そんな疑問を抱いた途端、彼が俺の耳に一気に顔を近づけ、一言を言った。

 

「え!? なにー!? 聞こえんかったからもっかいゆーてー!?」

「誰が言うかっ! そもそも貴様に聞かせる理由がどこにある!」

「俺が聞きたいだけやぁあーっ!!」

「……北郷一刀。友達は選ぶべきだぞ」

「友人関連でお前に心配されるとは思わなかったよ。言えてるけど」

「えぇ!? ひどない!?」

 

 少しずつ少しずつ、何かをきっかけに暖かな何かが近づいてきている予感。

 漠然としたものなのに、寒い日が続いたあとに、急に暖かな日が訪れるみたいに。

 小さな暖かさが、ゆっくりとやってきていた。

 

  ……俺を肯定してくれて───

 

 そんな暖かさに笑みを浮かべる。

 生憎と、耳の傍で放たれた言葉は最後が聞こえなかったけど。真っ赤な顔を見れば、それに続く言葉も少しは想像ができた。

 おそらくこれからは一生、俺にそんなことは言わないんだろう。

 

「それでなんだけどご主人様ん? これからちょぉ~ぃとばっかしぃ、散歩でもしなぁ~ぁい? お空がとぉってもぉぅ、い~い天気にゃ~にょよん」

「待て貂蝉! 俺は道場破りをすると言っただろう!」

「そして勝って、北郷流の正統伝承者になるわけですね? ああ、流派は適当に言っただけなのでお気になさらず。ふふっ、しかし左慈にもこの時代でやりたいことが見つかりましたか。ええ、結構」

「ちょっと待て! 何故俺が北郷一刀の流派なぞ継がなければならん!」

「知りませんでしたか? 道場破りとはそういう結果に繋がるのですよ?」

「そっ……そうなのか!?」

「ええまあ嘘ですが」

「貴様殺す!!」

 

 散歩の提案ののちに漫才を始めたかつての敵を前に、なんかもう笑うしか無くなってくる。

 こうなれば乗らない手はない。

 息抜きがてらに道着のままに外に出て、行き先も決めずに歩き出す。

 歩く先でもやかましいのは、なんかもういっそ吼えたがりの犬の散歩をしている気分で行こうと、心が頷いた。

 ビキニパンツの白衣マッチョや、妙な……法衣? を来た男達と、道着姿の俺が道をゆく光景に、擦れ違うご近所さんに早速おかしな目で見られたのは……きっと気にしてはいけないことだ。

 

「けどかずピーんとこのおかん、このムチムチ白衣マッチョを前によく腰抜かしたりせぇへんかったなぁ」

「道場ってだけで、結構いろいろな人が出入りするからなぁ」

「……おかんがそれで、なんでかずピーはそうなんかなぁ」

「抱き付かれた経験があるから」

「……ごめん」

 

 素で謝られた。


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