真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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149:IF3/遥か遠くの未来の空へ①

202/歩む日々こそ我らが覇道

 

 ざりざりざりざり……シャー……シュッシュッシュッ……。

 バサッ! ……シュルシュル……ギッ、ギシッ……。

 

「…………明日からどうしよう……」

 

 そんなわけで、中庭にある大きな樹に自作のブランコを引っ掛けて、座ってからたそがれてみました。

 え? ええ、もちろん仕事はありますよ? 明日からどうしよう、も言ってみただけだし。

 けどまあ、カンナを使ってブランコ的な椅子を作るのが中々楽しかった。

 いいよね、あのシャーってやる瞬間。

 

「はっはっは、主もまた、おかしなものを作りますなぁ」

「星? って、いつからそこに居たのさ」

「ふむ。主がその吊るし椅子に座る瞬間に、ひょいと」

 

 いつの間にか枝の上に座っていた星が、けらけらと……は、ちょっと違うけど似たような感じで笑う。

 丁度見上げるかたちになるが、なにに対抗してか星が足だけで枝にぶらさがり、仰ぐようにして俺を見上げ……見下ろし……な、なんて言うんだ? この場合。

 ともかくまあ、姿勢からすれば見上げるようにしてきた。

 

「疲れないか?」

「たまにはくだらんことだろうが幼稚なことだろうが、やってみることにこそ意味がありましょう。これで案外、面白いものです」

「まあ、それは解るよ」

「うむ。主の好きな童心というものですな。子供のように、これと決めたら行動する。なるほど、悪くないものだ。ああもちろん、どこぞの赤い隻眼大剣のようになるつもりは微塵もありませぬが」

「それはとっても結構だけど、頭に血が上るぞ、星」

「なんと。この趙子龍が些細なことで怒るとでも?」

「その血が上るじゃなくてね!?」

「ふふふ、甘く見ないでいただきたい。この趙子龍、些細なことで己の在り方を乱すようなぐおお顔がみしみしと鈍痛に襲われて……!」

「いいからその体勢やめなさい!」

 

 とりあえず星の頭を支えてやって、そのまま上に押し戻して事なきを。

 むしろなにがやりたかったんですかアータ。

 

「ところで主、これは?」

「ブランコ。仕事がなくなったからたそがれなくちゃなー、って、妙な使命感に襲われた……というのはこの場のノリだけどさ」

「ほう仕事が。では主」

「酒なら付き合わないからなー」

「いやいや、酒ではござらん。そもそも私はここに、主を呼びに来たのだ。主をよく見かける場所といえば、部屋か中庭だからな、はっはっは」

「……地味に否定出来ない認識だなぁ」

 

 苦笑しつつも先を促してみると、なんでも軍師様が俺を探していたらしい。

 もちろん真っ先に訊くのは“なんの用なんだ?”なんてことではない。

 ……何処の軍師様? 具体的にはどの国の軍師様?

 出来れば宅のお国の猫耳フードさんは勘弁だなぁとか……ねぇ?

 

「呉と蜀、公瑾殿と雛里だ。主に少々訊きたいことがあるらしい。で、私が中庭に用があった故、ついでということで呼びに来たのです」

「へえ……で、星の用っていうのは? 中庭になにかあったのか?」

「うむ。偶然主と出会って、偶然主と話をして、偶然穏やかに過ごす。そんな偶然をたまにはと」

「ウワーイ会うため探してる時点でもう偶然とかどうでもイイヤー」

「おおそうでしょうとも。主ならばそう仰ると予測しておりましたぞ」

「それもう偶然とかいろいろ超越した何かだよね!? 言葉まで予測してたの!?」

 

 からから笑いつつ、俺が座っているブランコの両隅に足をかけ、反動を付け始める。

 立ち漕ぎと座り漕ぎが合わさったような、まあ、青春っぽいアレである。喋ってることは実に青春とは程遠いが。

 ……うん。程遠いんだけどな。

 なんでかなぁ。ブランコっていうのは、子供の頃を思い出させる。

 

「ところで主。これはただ揺れるだけのものなのか? もっとこう……勢い良く振ると一回転するとかは───」

「あってたまりますか」

 

 きみは天のものをなんだと思ってんですか。

 ていうかこんなの、普通に蜀の学校にも…………ああ、うん、作った記憶、ないかも。

 

「ああでも、昔はブランコで勝負とかもやったなぁ」

「───ほう、勝負ですと?」

「……星。やっぱり結構、勝負とかに餓えてる?」

「う、むむ……はぁ。まあ、隠してもせん無き事ですが……どうにもこう、勝負と聞くと身構えてしまうのです。本能的なものでしょうな。こればっかりはなかなかどうして、自分でもどうにも出来んのです」

「そか。じゃあやってみるか? ブランコ対決」

「ぶ……ぶらこん対決……! 何故だかとても危険な香りのする名ですな……!」

「はーいブランコねー!? 謎の迫力に息飲んでるとこ悪いけど名前は正しく覚えましょうねー!?」

 

 あと人の頭上で無意味に迫力出して息を飲むのも今すぐやめて!? ていうかブランコ漕ぎながらなんでブラコン話なんてしてるんだよ俺達!

 

「はぁ……べつに難しいことじゃなくてさ。こう、ブランコを思いっきり漕いで、飛び降りるんだ。で、一番遠くに着地出来たほうの勝ち」

「むう、なんだ、そんな単純なもの……天の決闘というのだから、もっと凄まじいものを期待したというのに」

「ちょっと待とうね変形ナース。いつ誰が決闘なんて言いましたか」

「ふふふっ……いやいや、失礼した。随分と肩の荷が下りたようだと、ついからかってしまった。以前のような、なんでもかんでも自分がやらなくてはと気負っていた主とはまた違う。私は今の主のほうが傍に居やすいと思いますぞ」

「肩の荷って……俺はべつに」

「ほう? 違うと? ならば主は今まで、私のことを……意味はわかりませんが“変形なーす”などと呼ぶことはございましたかな?」

「ないな」

「まあ、そういうことでしょう? 主は今のほうが砕けているという、ただそれだけのことです。というか今までが生真面目で堅苦しすぎたというだけのことですな」

(歴史的人物に対してどこまで気安くしろと言うのか)

 

 気安い以前に様々なことしちゃってますけどね、俺。

 気安く声をかけるとか肩を叩いて挨拶する以上に子供作っちゃってますよね、はい。

 

「ただまあそのぉー……それを引き出したのがあの友人というのがどうにも悔しいのです。出来ることなら我らが、我らの傍で、我らの隣でこそ、砕けた主を許してやりたかったと、どうしても思ってしまうのですよ」

 

 それだけ言うと、星がぽーんとブランコから飛び降りて、地面にとすんと着地する。

 振り向いた彼女は……楽しそうだった。

 

「はっはっは、どうですかな主! この趙子龍の飛距離に敵いますかな!?」

「ちなみにこの遊び、立ち漕ぎ禁止だから」

「なんと!?」

 

 地味に驚いている星に、これまた地味に遊びのルールを説明する。

 必ず座った状態で、ブランコの勢いで飛ぶこと。

 ブランコを踏み台にして跳んでは、身体能力である程度の距離が確保出来てしまうからだ。

 なのでそれを踏まえての対決が、今、始まった……!

 

「ふ、ふふふ! ならば散々と立ち漕ぎをしてから座り直して飛べば文句はありますまいぃっ!」

「ああ! それならOKだ!」

 

 先行、趙子龍さん。

 散々と立ち漕ぎをしたのち、座り直して椅子から射出。

 ……ほぼ上に飛んでしまい、着地してから物凄い悲しそうな顔で見つめられた。

 

「い、いや。今のは準備運動というかほらあれですよ主 何事もまず試してからやるべきというか主もよく言っていたでしょう服もまずは着てから買うかを決めるべきだと」

「うん落ち着こうね? とりあえずそんなガトリング言い訳をしなくても、もう一回やっていいから」

「おおそうでしょうとも! ふふふ、さすが私が認めた男だ、懐の大きさが違う」

「…………」

 

 うん、褒められている筈なのにてんで嬉しくない。

 ともあれ再びブランコに乗った彼女は、投擲の軌跡がどーたらこうたらとぶつぶつ言いつつ、勢いを付け始めた。

 その顔からは真剣と書いてマジと読むほどの気迫が感じられ、邪魔をすれば何処から出したのかもわからない武器で刺されそうなほどの殺気さえ……って星さん!? 本末が! 本末が転倒する! 肩の荷を下ろさせたかったんじゃなかったの!? なんかもういろいろ背負ってるように見えるんですけど!? 武人としての誇りとか勝負する者の立場とかなんかいろいろ!

 と、どうツッコんで止めたもんかと考えていたところへ、さきほど話題に出た雛里と冥琳がやってきた。

 

「北郷、ここに居たか」

「ご主人様、あの、その……」

「ああうん、雛里、その調子その調子。あわわは出来るだけ言わないようになー」

「は、はいぃ……ががががんばり、が、がががががが……!!」

「あわわにどれだけ精神安定力振り分けておいでで!? わかったごめんもう言わないから!」

 

 ゴキブリ事件の際、朱里があんまりにもはわわだったからと、雛里にやってみないかと持ちかけたのが……愛紗と春蘭に滅法怒られた翌日。

 素直に頷いてくれた雛里は本当に良い子…………もう子って歳でもないか?

 ともかく、そんなわけでやっていたんだが……早くも限界だったようで。

 

「ああ丁度いい、話というのもその口調についてなんだが」

「何気ない話題が広がりを見せる瞬間って、なんか居心地悪いかちょっぴり嬉しいかのどっちかだよね……」

 

 俺はもちろん前者で。

 

「口調について、って。……ん? そういえばどうして雛里と冥琳は一緒だったんだ? なにか街についての相談ごととか?」

「いいや? まあ、当然なのかもしれないが、あまり常に難しいことを考えているという見方はしないでほしいな。時にはそういったことから外れたことも考えたくもなる」

「あ……っと、そうだよな。軍師だからってそういう難しいことばっかってことは───」

「ああ。実はこれからの三国の在り方についてなんだが」

「滅茶苦茶難しいんですが!?」

 

 え、あえ、えぇ!? 難しくないの!? 難しいよね!?

 じゃあなに!? きみたちいっつもこれよりも難しいこと考えておいでで!?

 

「なにをそんな素っ頓狂な声を出している。こんなもの、雪蓮がどうすれば真面目に仕事をするのかを考えるよりも簡単だろう」

「わーうんすっごい簡単だー」

 

 即答である。

 なんだ、全然難しいことなんてなかったじゃないか。

 基準がおかしいけどなんか今ならいろいろと理解出来る気がするよ……。

 

「あ、それでその、あ、ご主人様……あ、こ、これからの、あ、くくく国の、あ……!」

「いやいいから! もうあわわって言っていいから! 逆に気になるよその“あ”って!」

「ふむ? いや、ここは少し条件をつけてみればいい。そもそも北郷、人の癖というのは人の精神安定に強く貢献しているものだ。わかっていても手を出してしまうもの、というのは、それそのものに依存することで安心が得られるからこそ離れられないものだろう?」

「あー……雪蓮がいっつも酒飲んでるのとか絶対にそうだと思うよ。やめる気なんて最初から無いだろうけどね」

「まああいつのことは今は捨ておけ」

「いや、せめて置いてやろうよ」

「ともかくだ。他者の精神安定を捨てろというのなら、それに見合った対価が無いのはよくないことだ。そんなわけで北郷。なにか雛里が喜ぶものを差し出す、というのはどうだ?」

「……!」

「俺のなにかを? っていってもな、私物なんて私服と胴着と木刀と制服くらいしかないぞ?」

「なにかあるだろう? まさかこの世界に来てから、自分のものを一切買ってないなどとは言わないだろう?」

「? 服以外ないぞ?」

「………」

「………」

「……お前は……。この世界に降り立って何年だ……?」

「……うん……なんかごめん……」

 

 でも私物って言われても本当に無いのだ。

 だからあげられるものも…………あ。

 

「じゃあ雛里。俺のメモとシャーペンでもど、……ぅ、だ?」

「ま……待て。待て北郷。それは私でも欲しいぞ」

 

 いろいろ考えてから、そういえばシャーペンの芯も残り少なくなっていたものがあったなぁと……思い出して言ってみれば、横からガシィと腕を掴まれた。ええもちろん冥琳さん。

 

「え……いや、これは雛里の癖への等価交換であって……っていうか冥琳には別に直さなきゃいけない癖なんてないだろ」

「なにっ!? ………………じ、じつはだな北郷。私は、……わ、わた……、~……」

「いいから! 考えなくていいから!」

 

 欠点らしい欠点がないのもこれはこれで面倒なのかもしれない。

 いいことばっかりじゃないのかもなぁと、とっても不思議な思考を回転させた。

 

「しかし北郷、お前はそれでいいのか? めもは、お前が随分と大切に使っていたものだろう」

「ああ……芯を無くさないためにも薄字で丁寧に使っていた十年もののシャーペンさ……。でもまあ、シャーペンも芯も及川が無駄に持ってるし、それならって。あ、でもそれなら使い古しの十年ものよりも及川のやつのほうが───」

「ご、ごごごっごご主人様のでお願いしましゅ!」

「え? でも」

「うぅうう~…………!!」

「……ああ、うん、わかった、わかったから服引っ張るのやめて? 一応これも思い出の品だからね……? 凪が新調してくれた方のじゃないからね? お願い……」

「なに? 新調したのか? ……その服を作れるほどの技術があるとは思えんが……」

「いや、俺も驚いたクチなんだけどさ。えぇっとそのー……少し前、その……こっ……子作り、した次の日に……贈り物だって」

「………」

「………」

 

 いや……そこで黙られると空気が重いんですけど。

 

「ふははははは! どうです主! この距離ならば文句はありますまいー!」

「………」

「………」

「………」

 

 振り向けば、体操選手のようにピーンと伸ばした手を天に掲げる星が居た。

 なんというか、太陽万歳とか言いたくなるポーズだった。

 そしてごめん、忘れてた。あ、で、でも気づいてなかったみたいだし、いいかな? いい……よね? あ、遊びに夢中だったなら仕方ないヨネ……?

 

「ふっふっふ、自分で言うのもなんだとは思いますが、これはもはや塗り替えることなど到底無理な距離と言えましょう。いや、何度やり直そうと何も言わずに居てくれた主に深き感謝を。途中までは見栄を張って、いろいろと言い訳を呟いてしまった自分が恥ずかしい。どっしりと構え、黙っていた主はまさに支柱の鑑ですな。しかしその甲斐あって、納得の出来る記録が出来たとここに宣言しよう! ここ! こここそがこの趙子龍の最高!」

「いやうん、すごいから待って? 足で芝生削らないで? 庭師の人が泣いちゃうから、ね?」

 

 あとごめんなさい、全然関係ない話とかしてました。

 全然関係ない賞品とかも考えてましたごめんなさい。

 

「さあ! 次は主が跳んでみせてくだされ!」

「俺もやるの!?」

「はっはっは、なにをおっしゃる。もとはと言えば主が言い出した遊び。そして私は遊びが豊富な主の国の遊びで主に勝ち───」

「お、俺に勝ち……?」

「ぐすっ……! めもとしゃーぺんとやらを私が頂戴する……!」

「やっぱり聞いてたァアアーッ!!」

 

 涙を滲ませ、ぎりりと歯軋りをするように睨むその目は、なんだかとっても寂しそうだった。なんというか、主人に無視された犬とか猫みたいな……こう、ねぇ?

 

「あ、あの、星?」

「なんだっ! 童心を語り、遊びに誘っておいて、跳んで燥いでいた私をほうっておいて楽しげに燥いでいた主よ!」

「呼び方長いよ!? あと燥いでないからね!? 忘れてたのは謝るか───」

「わすれっ……!?」

「ラァアアアーッ!?」

 

 アレェエーッ!!? 忘れられてたとまでは考えてなかったパターンだったぁああーっ!!

 ていうかショックのあまり本気でよろよろと後退る人初めて見た! すごいよこれ演技じゃない! マジだ! ってヘンなところに感動してる場合じゃなくて!

 

「いぃいいいいいやいやいやいや忘れてたっていうかいろいろあってわすっ……いや、つまりこれはわすっ……じゃなくて、わす………………忘れてましたごめんなさい」

「北郷、少し落ち着け」

「いやうん違うんだよ冥琳……慌てすぎてもう一周しちゃったんだ……冷静だよ……ひどく冷静だ……」

「ご主人様……あ、げ、元気を出してくださいぃ……」

 

 それでもやっぱり“あ”は漏れるんですね、雛里さん。

 

「……いいでしょう。主……主がそんなにも人の癖を直すことに夢中になりたいというのであれば……」

「いやべつに夢中になってるわけじゃ」

「跳んでくだされ主。もし主が勝てたのなら忘れられたことは忘れましょう」

「結局跳ばなきゃだめなのな……」

「いや待て趙雲。忘れるよりも、それ自体は北郷に償わせればいい。癖を直す、という話だったのだから、北郷にもなにかしらの癖を直させればいいのだ」

「む。なるほど」

「ご主人様の癖……」

 

 あ、あれ!? なんか了承もなしに話が進んでる!?

 あ、でも別に俺に癖なんて───

 

「ふむ。ならば主、女癖の悪さを」

「俺元々“魏に操を”って言ってた筈ですがね!?」

「むっ……なるほど、それは確かに主の所為ではないな……」

「ふむ? 北郷の癖、といえば……」

「おお、そういえば各国の皆に夜のアレがどうかと訊いてみたのだが、子作りよりも口○が多いと」

「……なるほど、それは確かに聞いたことがある。口○だな」

「あ、あ、あっ……わ、わたしゅも……その、あっ、あ……っ……!」

「あわわ言っていいってば! なんか誤解されそうだからやめて!?」

「艶本にも描いてあったものだな……。ああ、天ではたしか、ふ○ら○お、と……!」

「言わなくてよろしい!! ていうかそれ別に癖とかじゃないって!」

 

 ともかく三人に落ち着いてもらって、星にはきちんとお詫びをすることを話して───

 

「では跳んでくだされ」

「結局やるの!?」

「主……勝負を途中でやめるなど、武人に恥を掻けと?」

「さっき童心がどうとか言ってたキミに今すぐ出会いたい」

 

 ───跳ぶことになりました。

 


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