そうして始まった勉学。
まずは常識的なこと、やってはいけないことを中心に教えて、その合間に文字を教える方向で。
「ほへー、教科書で見る漢文と違てるところとか、結構あるんねやなー……」
「現代に残された文字とこっちじゃ、そりゃ違いはあるだろ」
「っへへー、なんややってみるとけっこーおもろいもんやね。あ、この黒板とチョークってかずピーが出した案やろ」
「最初はチョークがボロボロ崩れて大変だったよ。ていうかな、天の御遣いとか言われたけど、正直日本で得た知識が無ければとっくの昔に役立たずとして捨てられてたよ」
「学んどる過程でもその様が簡単に想像出来るわ。物騒やなぁほんま」
用意した小さな卓で、書き取りをする及川の図。
最初の俺と比べてみても、その在り方は堂々としている。
……やっぱり、こういうところは敵わないなぁと思うのだ。
どこに居ても自分のペースを崩さないっていうのか。
「あ、ところでかずピー? この夢、いつ頃覚めるん?」
「あ……そうだな。俺はあと何十年後かに覚めると思う。及川は願われ方もあれだし原因としての関わり方もアレだから……多分だけど、最初に呼ばれた俺と同じくらいか、もっと短いものか……それとも華琳……孟徳さまが満足した時点で覚めるかのどれかだろ」
そういった意味では、華琳は結構気まぐれだから……気づいたらいつの間にか消えていた、なんてこともあるかもしれない。
それを思えば……
「及川、ケータイ貸してくれ」
「へ? どしたんかずピー。もしかして俺のこと撮りたなった? って、自分のケータイどしたん? 太陽光で充電できるの、買ったやん。もしかして忘れたん? やー、かずピーはドジっ子やなー」
「及川のケータイ、赤外線通信で画像受信出来るタイプだっけ」
「人の言葉無視してこっちの情報を得ようとかかずピー鬼畜! でも出来るでー、コミュニケーションには外せんことやしねー」
妙なところで素直な相手で話が早い。
ほい、と渡してくれた及川のケータイに、今まで撮ってきた写真を送る。
……これで、いつかこのケータイが壊れても、及川が戻ってしまっても、思い出は残る。
「ところでかずピー……俺前から思っとったんやけど……コミュニケーションとコミニュケーションって間違えやすいよなー?」
「交流って意味なんだから、コミュニティって覚えておけば問題ないだろ。さすがにコミニュティって言う人は…………居るかも」
「つか、かずピーなにしとるん? 赤外線で画像送信? ……お? なに? 写真くれるん? ───はあぁっ!? もしやべっぴんさんのアハンな写真とか!? グ、グッジョブ! ええ仕事やでかずピー! 俺かずピーの親友でよかったわ!」
「答えを聞く前に暴走するなよ! お前が期待するようなものなんか一切ないから!」
そう、もちろんエロォスなものなんてない。
あったとしても、そういうものを送ったりなどするわけがない。
まあ、あるとすれば……
「お、終わった? 見せたって見せたってー♪ あー…………」
ケータイを返し、止める間も無く画像を開いた及川。
そんな彼が突如、ピタっと止まって頬を染めた。
…………回り込んで覗いてみれば、いつかの思春の無防備な寝顔があった。
「おぉおおんどれこないなもん間近で撮る機会にどうやって恵まれたんやぁああっ!! 膝枕やろこれ! 膝枕やろぉおお!? しかもこんな無防備なっ……! これかずピーの彼女!? 彼女居ない暦更新中やったかずピーにまさかの美人さん!? フランチェスカで可愛い子ちゃんに誘われても動かんかったんはこれが原因かぁああっ!!」
「お、おぉお……落ち着け及川、人の写真を勝手に見て怒るな。な? あと顔色怖い。顔より顔色が怖いから」
「こォオれが怒らずにおられるかいぃいっ! どーせこのぎょーさんある画像も、このべっぴんさんとの甘ったるいので埋め尽くされてるんやろ!? こーなったら見たる! 全部見て、ほんで文句のあとにお幸せにって祝福したる! ……ほんでなんで次が孟徳さまの寝顔やねん! どないなってんねやかずピー!!」
「だ、だから……な? 人の写真を……つかお前顔色大丈夫か? どうなってるんだお前の体内組織。むしろ色素」
「そーかそーかこれ寝起きどっきりとかに使った写真やろ!? せやな!? せやゆーて!? それとも俺んことほっといてかずピーったらここで、俺より女性経験豊富に……!? 彼女を取り替えては膝枕してーを繰り返したん!?」
「いや……ほら……な?」
「かーっ! 羨ましいやっちゃなぁかずピー! やー、しゃあけどさすがにちゅーまではいってへんよな? お昼寝しとる女の子の部屋ぁ忍びこんで、膝枕して撮った~とか、そんなもんやろ?」
「よーしいっぺん殴らせろこの野郎」
「恥ずかしがらんでえーって! かずピーがどんだけ奥手かは俺も知っとるしー? かずピーがこっちで10年近く生きとる言われたって、俺ほんぎゃあああああああっ!?」
「ほぉぅわっ!? おっ……及川……!?」
怒ったり叫んだりして、しかし急ににっこにこ笑顔になっていた及川が、急に叫んだ。
覗いたその写真の中には……まだちっちゃな頃の璃々ちゃんを抱いて、こちらをやわらかな笑顔で見つめる紫苑がいらっしゃいました。
「こっ……こどっ、こど、どどど……!? もしや、もしやもしやかずっ、かず、ぴ、ぴぴぴ……!?」
「断言するけど俺の子供じゃないぞ?」
「せやろなー♪ んなわけあらへんよなー♪ 信じとったでかずピー!」
「………」
なんだろう。力ずくでも見るのを止めないと、やばいような気がする。
主に娘たちの写真に辿り着いた時とかに。
「…………………………」
「お、及川? そろそろいいだろ?」
「…………なぁかずピー? なんで……なんでこの写真のべっぴんさんら、みぃんな……───んあー……」
「及川?」
「なぁかずピー? 俺、恋する女の子の笑顔、好きゆーたよな?」
「───」
“恋する女の子の笑顔が好き=写真の中のみんながそんな笑顔”!?
うああ……! しまった……! これもう言い逃れ出来ない状況だ……!
「この写真撮ったの、み~んなかずピーやねんな?」
「チガウヨ?」
「ちっちっち、かずピー嘘はいかんなぁ。知っとった? かずピーは嘘つくとき、口角がちぃとばかし持ち上がるんや」
「お前は顔が紫色に変色するんだ。知ってたか?」
「マジで!?」
人の嘘のクセより、自分の変色具合に驚いたらしい。
「ところで絵本なんだけどな、及川」
「強引に話題変えてきよったな……なはは、まあえーけど。好きになる前に予約済みとかわかってよかったわ。んで、かずピーは誰が本命なん?」
「かっ───」
───反射的に華琳、って言いそうになった時、自室の扉や窓の外からガタタッと謎の音が。
及川に悟られないようにソッと窓を見てみれば……なんか普通に部屋を覗いてらっしゃる三国無双さん。
(ちょぉっ! 恋っ! ちゃんと隠れときっ!)
「そうすると見えない……」
(見えんでええんやって! 今は声が聞こえたらそれでええ!)
「ん……わかった」
……覗かれている側が見守る中、ゆっくりとしゃがんで、視界から消える三国無双さん。ていうか今思いっきり声聞こえてましたよ、霞さん。
「………」
訪れた静けさの中、遠くで謎の鳥が鳴いていた。
「及川さんや」
「はいはいなんですかー、北郷さんや」
「……絵本読もう」
「艶本とかないん?」
「それについては師範とも呼べる人が居るな」
自信を持って頷いたら、扉の向こうで何かがどべしゃあと倒れる音が!
……うん、なんかもうきっと、みんなでこの部屋囲んでるんだろうね。逃げられん。
「まさか艶本の師範……エロ師範の存在を教えてもらえるとは思ってもみぃひんかったわ。てっきりあきちゃんみたく殴りかかってくるかと~」
「そんな暴力的であってたまるか。これでもじいちゃんからいろいろ教わって、口調とかだって気をつけてるんだからな?」
「せやなー、前のかずピー、もっと口調汚い感じやったもん。あれで金持ちとかやったら、いけすかない越小路のぼっちゃんみたくなっとったのとちゃう?」
「剣道をあんな方向に扱うヤツみたいにはなりたくないなぁ」
「なはは、剣道で勝てへんかったら仲間呼んで囲みそうやもんなー、あいつ。ところでかずピー?」
「ん? どしたー?」
「……いつの間にか部屋の隅に女の子立っとんねんけど、あの人誰? ユーレイ?」
「いつ入ってきたの思春さん!!」
言われて振り向いてみればほんとに居たよ! いつから居たの!? っていうか居たなら声くらいかけて!? それとも偵察的ななにかをしていたのですか!? 偵察……てい……ちょっとなにやってらっしゃるの錦帆賊の頭さん! 確かにそれっぽい役どころな気もするけど、むしろそういうのって明命の仕事でしょ!?
とか驚愕に染まる頭でいろいろ考えていたら、つかつかと歩いてきた彼女は“くっ……!”って目を伏せながら言いました。
「許せ……! 蓮華さまに頼まれては嫌とは言えん……!」
「その割りに依頼主はあっさり吐くんだな……」
でももういい加減、嫌って言ってもいいと思うんだ、俺。
悲しみを分かち合いながら、おーよしよしと頭を撫で……払われた。
「お? お、おおー。おーおーおー! せやせや! 写真の中におった子ぉやな! やっぱべっぴんさんやなー! あ、俺及川祐いいます、よろしゅー頼んますわ」
「む……甘興覇だ。あまり気安くするな。私にとっての貴様は、ただの北郷の友人というだけの存在だ」
「ぬっふっふ~、おー、それでえーよー? 間違ぉてへんもん。けど人の出会いっちゅーもんはそんな些細なとこから始まるもんやしなー。ちゅうわけで俺のええ人になってください!」
「無理だな」
膝から崩れ落ちる男を見た。
まさか自分以外にこれをやる人を見られるとは……!
「あ、あのー……理由とか、聞いてもええです……? や、女々しいのは百も承知なんやけど」
「自分の全てを置く場所は既に決まっている。他に流れるなど有り得ん」
「うわぁああーおう!」
「んぐっ……!」
キリッとした表情でキッパリ言い切る思春に、及川は目を輝かせて俺は赤面。
まさかあの思春がこんなことを言ってくれるなんて……!
…………いや待て、それってちゃんと俺のことなのか?
曲がり曲がって蓮華のことでは? だってあの思春が俺の前で、真顔であんなことを! じゃなかったら俺はなにか悪い夢でも見ているのでは……ああきっとそうだ、だってこんなあっさり友人が現れるとか都合よすぎるもん!
「ええな! ええなぁ! ここまできっぱり言える子って俺めっちゃ好きやー! 言えずにうじうじしもじもじするのもええねんけど、やっぱりタイミング逃してがっくりしとんの見るよりはざっくり言ったほうがえーよなー!」
「思春……きみはそんな風に思っていたんだな───」
「う……わ、悪いか。自分の気持ちに気づいたからには、きちんとだな……!」
「───蓮華のことっ」
「……貴様は一度死んだほうがいい」
真顔で死んだほうがいいと言われた。
……え? 蓮華のことじゃなかったの!?
「かずピーってやっぱり鈍感やねんなぁ……普通女の子にそこまで言われたら、気づかんほうがおかしいで……そんであれか? “今なんか言ったか?”とかゆーて、“ううん、なんでもっ”とか言われて流される人生。っかー! 情けないっ!」
「いや。この男は聞き逃したことはこちらが吐くまで詰め寄ってくるぞ」
「マジで!? かずピーいつの間にそんなレベルアップしたん!?」
「いや、だってさ、あのパターンってどうしてか男が悪いことになるだろ? なにか言ったかって訊き返してるのに喋らない女だって悪いのに。だから意地でも聞き直すことにしてるんだ」
「うわー……それはそれでウザイわー……」
「ええいじゃあどうしろっていうんだ」
気持ち、わからないでもないけどさ。
「まあとにかく絵本だ絵本。まず字を覚えなくちゃなにも出来ないだろ」
「せやなー。あ、なぁなぁかずピー、俺結構悪役~っちゅうの? そういうのは覚えるの得意なんやけど~……ほら、三国志ゆーたら董た───むぐっ!?」
「……及川。死にたくなかったらそれはやめとけ」
「んぐむごごむぐむむーむむ!?(訳:何気ない会話でも死ぬゆーんか!?)」
恐らく皆様に囲まれているであろう現在。董卓───月の話題はマズイ。
他の話題ならまだいいかもしれないし、知ってる人だってそりゃあ居るけど、あまり好ましくないことは事実だ。
だから別の話を───
「ぶー……せやったらあれやな。なんやすぐ歴史の陰に消えてまう公孫さぶむっ!?」
「お前はなにか!? 死にたいのか!? いくら殴られ慣れてたって命はひとつなんだぞこの馬鹿!」
「むぶーっ!?(訳:えぇーっ!?)」
「貴様らな……勉強はどうした……」
『あ』
思春さんのツッコミで勉強に戻りました。
とはいうものの、及川はやっぱり物覚えもよく、応用も利く。
教えた先から絵の雰囲気で文字を予測して、頭の中で言葉を作ってみては当てはめて……次々と覚えていく。
「おー、絵本ってのはええもんやなー。ちっと幼稚やないかーとか思っとった自分をしばきたいわ」
「俺で良ければ全力で殴るぞ?」
「なんでそんな殴る気満々なん? あ、ところでえーと……興覇さん?」
「なんだ」
「えーと、かずピーとはどんな関係です? 俺てっきり、かずピーは孟徳さまとそーゆー関係や思とったんやけど。や、それ以前にみぃんな人妻みたいなもんやーゆーとったから、かずピーも一人寂しい思いをしとるんやないかって」
……じとりと睨まれた。
貴様は何故堂々と説明しないのだといわんばかりの眼光にござる。
いえ違うんです思春さん。
この世界と僕らの世界とじゃあ、一般常識からしていろいろと違うといいますか。
呉や蜀に回る前に、既に多数の女性と関係を持ってたからって、天でもそういうのが許されるってわけではなくてですね? ……どー説明しろっつーんじゃぁああっ!!
なに!? なぜこんな事態に!? 俺べつになにもやってないよな!?
「ア、アー! ところで及川ー!? お前って多数の女性と関係持ってる男ってどう思うー!?」
「……爆発してえーのんとちゃう?」
「お前やっぱいろいろな物事の原因の一部だと思うんだ、俺」
「え? なにがー?」
答えずに勉強に戻りました。
なんかもう逃げられないなら、さっさと喋ってしまってもいいとは思うんだけどさ。
「ところで興覇さんー? 随分お若いですけど、子供とかいてはるんですかー?」
「居るがどうした」
うわぁお正直!
「お、俺と娘さんの清い交際を認めてつかぁさい!」
「死ね」
「死ねとな!? うあーんかずピー!」
感情を込めない、道端の石でも見るような目で即答された及川が、ビワーと泣きついてきた。
……ていうかなんで広島弁になった。
「今までフラレるにしてもあんなっ……あないなっ……即答で死ねとかっ……!」
「はっはっは、落ち着けって及川。そんないきなり現れた男に、娘さんを僕にくださいなんて、いっぺんブチコロがすぞとか言われても文句言わせて貰う前にとっとと死ね」
「あれぇかずピー!? 慰めの言葉が途中から死亡願望になっとらん!?」
「気の所為だ。それより勉強勉強。ほら、ここに文字書くから読んでみれ~?」
「うう、かずピー……俺のためにわざと砕けた口調で……! おおきにかずピー! 俺頑張るわ! 今の俺やったら簡単な文字くらいどどんと読める……なんかそんな気がする! ほーれ書かれた文字かて一発読破! “大・往・生”! ……やっぱり死んどるーっ!!」
「あとこれ別に漢文習ぉてへんでも読めるやぁああん!」と泣きながら叫ぶ彼をとりあえずスルー。授業を続けました。
わかってくれ……これも一応、お前の命のためなんだ……!
むしろ華琳に用済みだと思われたら、なんかすぐにでも消えてしまいそうな気がして……! だからまず字を覚えてくれ。そして働いてくれ。己の価値を高めるんだ! じゃないとこの世界では生きていけない……!
「…………」
あれ? この場合むしろ、俺が脱線の原因ではございませんか?
「よし及川、勉強だ」
「お、おお! 今の流していいジョークやってんな!? ほんなら俺、真面目に勉強して興覇さんの娘さんに相応しい男になるー! 未来に繋ぐ行動ってこーゆーことのを言うねんな! 俺……一回目が成功すれば、以降も頑張れる気がする! さあかずピー!? まずなにしたらええの!?」
「死ね」
「以降に何も出来ませんが!?」
あ、素に戻った。
たった一回大阪に行っただけなのに、どうしてこう関西弁を好んでいるのだろうか、この男は。
「北郷」
「へ? あ、ああ、なんだ? 思春」
「とりあえずこの男は殺していいのか?」
「なんでいきなりそんな物騒な確認が!?」
「……貴様は普段の自分がどれだけ相手に生易しいかを考えるべきだ」
「ナマッ……!?」
生易しいって……え、いや、うん……? や、優しいじゃなくて、ナマヤサ……!?
「あ、ああ、まあ……確かに俺、人に“死ね”なんて言わないよなぁ」
「呆れるほどにな。その影響か、先ほどから外から複数の殺気が漏れてきている」
「え? あ、ほんとだ! 自分の殺気の所為で気づかなかった!」
「かずピー!?」
なんかいろいろ重なって及川が大変ショックを受けていた。
ともかく外の皆様には冗談であることを伝えて、勉強の続きを…………
「……隠れる意味ないよな、これ」
「言ってやるな」
堂々と外に話しかけてみても、誰ひとりとして入ってこないこの状況。
……ああうん、隠れて聞きたいお年頃なのよきっと。そういうことにしておこう。
「ところでさっきの……俺と及川の話、聞いてた?」
「? よくわからんが、私たちが周囲に集まったのは、そこの男が“おんどれ”などと叫んでからだ。その前は知らん」
「……そか」
よかったのかそうでないのか。
まあ、あとのことなんて残される者の仕事か。
「え、えーと……かずピー? 結局俺、どーなるん?」
「夢から覚めるまで、頑張って働こうな」
「そんな俺の頑張りを見て惚れる娘多数!」
「惚れたとして、元の世界の恋人は」
「大丈夫! 居たらかずピーら男どもを誘って遊びに~なんて考えへん!」
「……思えばお前は人のバッグにアルコール詰め込んで、どこに遊びに行くつもりだったんだ」
「何処て~…………てへっ♪」
『……よし殴ろう』
朱色の君と意見が合った。
ゴキベキと拳を鳴らして動き出す俺達に、及川の悲鳴が響き渡る。
拳の雨が振り、拳の突風が吹き荒んだ。
そして───
「あ、ところでかずピー? これなんて読むん?」
「“唔該”……ムゴーイ。してくれたことに感謝するって意味だよ……っていうかお前の体っていったいなにで出来てるんだ?」
「ニッケルクロモリ鉱?」
「砕けろ合金鋼」
「わお! かずピームゴーイ!」
「変態かお前は!」
「いやこれ普通にムゴイって意味やで!? 合金鋼扱いされて感謝するとか俺どんだけ変態やねん!」
思春に殴られても平然と勉強に戻る変人を前に、俺も思春も大層驚いた。
ああうん、頑丈ってだけで、それだけでこの世界では優遇されてるんだと思うよ。
きっと空飛んだってすぐに回復できるよ。
ていうかこの場合、及川の氣ってどっち側なんだろうね。
俺と一緒で二つあったりするのかなぁ。
「………」
「? なに? かずピー」
あったとしても、天でもここでも守りの氣のような気がする。
むしろ絶対そうだと、本人の意思を全く無視して決定した。
「お、及川~……? ちょっと握手しないか~……?」
「お? もしかして友情の確かめ合いってやつ? ええでええで~? や~、やっぱ夢の中ってだけあってかずピーもノリええなぁ。ほい握手」
握手と書いてアクセスと読む。そして彼の中に俺の氣を沈めて、早速氣の探知を開始。
………………。
「………」
「? どないしたん? かずピー」
…………そっと手を離して、自分の机に着く。
そして机に肘を立て、静かに俯き、手を頭へ。
すぅっと息を吐いて……長く長く吐き出した。
さて結論。
(どうしよう……! こいつ、ほんとに守りの氣しかない……!)
しかも滅法微弱。
なのにあの頑丈性。
ああそうか、こいつ……生物学的にも変態だったのか。
「なぁ。お前ってなんでそんな頑丈なの……?」
「いややなー、俺かて殴られれば痛いでー? あきちゃんと殴り合って、動けなくなってまうくらいに。普通や普通」
「お前今すぐ“普通”の人たちに謝れ」
「んー……あきちゃんが言うにはこう……“ギャグ体質”?」
えっ……? えあっ……え!? それで納得していいのか!? 人としてどうなんだ!? あ、もしかしてこいつ人じゃないのか!?
……言っておいてなんだけどものすげぇ説得力だどうしよう!
「シリアス空間で殴られるとこう……芯に響くみたいな? や、そーゆー時ってケロリとしとると空気読め~って感じになるや~ん」
「……まあ、普通に考えたらツッコミで本気で殴るヤツ居な───……マテ。お前早坂兄に殴られてる時、わりと血とか吐いてなかったか?」
「芸人体質の男はいつも口の中にケチャップ袋仕込んどんねんで?」
「そこはウソでも血糊にしとこうな?」
「あぁほら、プロレスラーかて毒霧仕込んどるやろ? 同じ同じ~♪」
同じなのか? ていうかケチャップってぺっとりしててあんまり血っぽくないよな考えてみれば。そこはトメイトジュースとか……あれも血って言うには色が薄いよね本当!
じゃあどうすればそれっぽくなるのか?
「……勉強、するか」
「せやな」
「何度脱線すれば気が済む……」
律儀に見守っている思春も、なんというかご苦労さまですって感じだった。