真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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136:IF2/お猫物語①

189/求めるものへと全力で駆ける者

 

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 そんなことわざがある。

 芍薬は立って見るのが美しく、牡丹は座りながら見るのが美しく、百合の花は歩きながら見るのが美しい、というものらしい。

 なんで花の見方を制限されなきゃならないんだとツッコむ人が大半だろうが、それらは花の形に由来があるらしい。

 まあ、花の見方の話はともかく。

 その美しさを譬え、女性の姿にも唱えられる言葉というものでもある。

 立てば芍薬のように美しく、座れば牡丹のように美しく、歩けば百合のように美しい。

 では走るとどうなるのか。武器を持つとどうなるのか。戦うとどうなるのか。

 え? 俺の見解? そうだなぁ……立てば爆薬座ればボカン、歩く姿は核弾頭? ほら、たとえば苛立っている時の春蘭とかがそんな感じじゃないかなぁ。

 まあ、それは春蘭に目を向けた場合であるからして、現状で言うならかなり違う。

 

「みぎゃーっ!! 来るんじゃないのにゃぁああーっ!!」

「お猫様お猫様お猫様お猫様お猫様ぁああーっ!!」

 

 現在、俺の視界の中では一人の子供が一人の……猫人? を追いかけている。

 時は昼、場所は中庭。

 今日は美以にお願いして、かつて俺も経験し……今でもたまに頼んでいる追いかけっこを邵相手にしてもらっている。……のだが、相手が相手だからか邵が暴走。

 目を爛々に輝かせて、地を蹴り、時に跳躍し、枝を蹴り。

 これで氣を使っていないというのだから恐ろしい。

 重力が体を襲う中、バブルスくんを追いかけるマゴゴソラさんのように顔に苦しさが浮かぶでもなく、邵はどこまでも幸せそうに楽しそうに美以を追いかけていた。

 お猫様パワー……すごい。

 

「兄! 助けるにゃ! 兄! 兄ぃいーっ!!」

 

 幸せ笑顔で追いすがられることに恐怖を覚えたのだろうか。

 美以はもはや涙目で、持ち前のその素早い動きで俺のところまで来ると、俺の肩に昇って頭の上まで上って……って曲芸師ですかキミは! って痛い痛い痛い! そもそも重い!

 キミもう子供体型じゃないんだから、そうやって上るのはだなぁっ!

 

「お猫様逃げないでください! これも鍛錬なのです! 鍛錬なのですから……!」

「息荒げて襲い掛かるやつにそんなこと言われても怖いだけだじょ!」

 

 そして辿り着いた邵が俺の体に飛びついて、頭頂で逆立ちするようにしている美以へと……ってやめて!? 首が大変なことになるからやめて!?

 

「ふかーっ!!」

「威嚇までお猫様のようです! 素晴らしいです! ぜぜぜ是非もふもふさせてくださいぃっ!」

「兄! こいつ怖いにゃ! 目が危険にゃ!」

「俺は今まさに首が危険でいだぁあああだだだだ暴れるな暴れるなぁああっ!!」

 

 氣を巡らせて筋がおかしくならないように支えてはいるものの、こうも暴れられると……むしろ降りて!? いつまで人の身体の上で悶着してらっしゃるの!?

 

「邵!? 邵! しょーう! 落ち着きなさい! ストップ! ストーップ!!」

「はう!?」

 

 ……止まった。

 ストップという言葉に反応したというよりは、俺の必死な顔がようやく視界に入ってくれたらしい。

 びくりと体を震わせると途端に離れて、ぺこぺこと謝ってきた。

 ……こうまで真っ直ぐ謝られると、どうしてか俺の方に奇妙な罪悪感が……。さっきまであんなに幸せそうな顔をしていた分、余計にこう……。

 

「ふう、危機一髪にゃ……!」

「いいから降りよう?」

 

 人の頭の上で器用にあぐらを掻いて、グイと額を拭うお猫様に呟いた。

 身体ばかりがすらりと成長しても、やはりというべきか、中身はあまり変わらない。

 つか、立ち合って相手の眼を見た瞬間に逃げんでください、だいおーさま。

 

「そうはいうけど兄ぃ、あの女からはみんめーと同じ匂いがするにゃ……! やつは危険なのにゃ……!」

「そりゃ娘だからなぁ」

「娘!? あれが噂に聞いたみんめーの娘にゃ!?」

「知らなかったの!?」

 

 アータ会合とか宴で会ってたでしょうが!

 ……って、そういえば食べてばっかで、人なんて見てなかったっけ……。

 会合の時も興味なさそうに丸くなってたし…………や、それでも8年を知らずに生きるって無関心が過ぎるでしょうだいおーさま。

 

「ていうかさ、美以。明命とは“しんゆう”になったんじゃ……」

「にゃ。みんめーはしんゆうにゃ。今ではきちんとみぃたちを人として見てくれているのにゃ」

「あー……なるほど、つまり」

 

 まーた心を許すまでは追いかけっこが続くわけか。

 

「とととと父さま父さま! このお猫様は父さまとはどういったご関係で!? 紹介してください! むしろください! 飼っていいですか!?」

「和解してから娘にこれ言うの、もう数えるのも面倒なくらいだけどさ。落ち着いて? お願い」

 

 ああ……自分の意見を滅多に前に出さないあの邵が、物凄い勢いで問いかけてきている……。

 彼女に稟の血が少しでも流れていたら、ここら一帯鼻血の海だったなぁ……なんて思えるくらいの興奮っぷりが目の前にあった。

 猫にだけ熱心かと思いきや、美以にまで……。

 しかも飼っていいですかってストレートできたー……。

 

「どうする……? 冥琳呼べば一瞬でオチがつくぞこれ……」

「ふふん、みぃはだいおーだから、一度通った道に恐怖は抱かないのにゃ」

 

 や、逃げてたじゃないのさ、さっき。とは言わない。

 とりあえず頭からずり下がり、肩車に落ち着いた美以に溜め息を吐きつつ、……ていうかね、美以。キミズボンとか穿かないから太腿とかがね、……あー、うん。言っても無駄だね……。でも言った。「それがどーかしたのにゃ?」って素で返された。わかってたよ、うん。

 

「父さま!」

「ああうん……なんだい邵……」

 

 もうどうにでもしてって感じで返事。

 中身が子供なままのだいおーさまと、真実子供な娘を前に、早くも諦めの境地に立たされた俺は───

 

「首にぶら下がっていいでしょうか!」

「今だいおーさまが肩車してるってわかってて言ってる!?」

 

 ───何に対抗意識を燃やしたのかわからない、熱い瞳の娘を前に、いつも通りたそがれるのだった。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 これだけ女性がいるこの都でも、その条件に合った人なんてそうそう居ないもんだよなぁ……。

 蒼い空の下、そんなことを思いながら。

 

……。

 

 昼を過ぎた夕刻。

 陽が落ちてゆく朱の景色を眺めながら、独り中庭で娘とだいおーの帰りを待っている。

 追いかけっこサバイバルを始めてどれくらいになるのか、二人はまだ戻ってきていない。

 日々が暑いとはいっても、じっとりと出た汗が風に撫でられ続ければ寒いとも感じるわけで、そろそろ部屋に戻りたいのだが……二人はまだ帰ってこない。

 だったら部屋で待てばいいじゃないかって話だが、娘が外で頑張っているのに親がすぐに室内に戻るのって……なぁ。

 そんな葛藤と戦っていると、スッと静かに差し出されるお盆……の、上にあるお茶。

 

「え? あ───月」

「あの……ご主人様? あまり外に居ると、また風邪を引いてしまいますよ……?」

 

 月が居た。

 少し驚きながらもお茶を受け取って、感謝を告げつつ飲むと……熱すぎない丁度いい温度の水分が、口と喉を通っていった。

 

  ありがたい

 

 素直にそう思える些細な気配りが、どうしてかこんなにも心に染みる。

 どうしてかなぁ……なんて思ってみるのは、多分いろいろと無駄なんだろうなぁ……。

 

「あ」

「?」

 

 そこで気づく些細がひとつ。

 あ、あー……なるほど。芍薬、牡丹、百合。なるほどー。

 月を見ながら頷いていると、月を探してやってきたらしい詠が、なんだか“やっぱり”って顔で歩いてきた。

 

「やっぱりこの男のところに居たんだ。さっき通路で見てたから、そうじゃないかって思ったわ」

「へぅ……ごめんね詠ちゃん。先に言っておけばよかったね」

「いいわよべつに。ある意味ではわかりやすかったし」

 

 こぼす苦笑ももう慣れたものって感じ。

 そんな詠に歩み寄って、思っていたことを……月には聞こえないように呟いた。

 

(なんかしみじみ納得したんだけどさ。月ってあれだな。立てば芍薬座れば牡丹)

(? 当然じゃない)

 

 即答でした。

 しかも“なに今さら当たり前のこと言ってんのよ”って顔で。

 

(月はそれはもう牡丹のように美しいわよ。むしろ牡丹より美しいわ。ところで牡丹ってなによ)

(知らないで頷いてたの!? あ、あぁ、えぇっと。ほら、芍薬に似た花で……あれ? 最初は“木芍薬”とか言われてたんだっけ?)

(木芍薬? なによ、花の話?)

(天のことわざで、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花っていうのがあって、どれも美しい花を女性に譬えて言うものなんだけど───)

(まあぼたん……だっけ? 木芍薬はわかるけど、べつに芍薬はそう珍しい花でもないでしょ。似てるけど、樹木に咲く花と草に咲く花って違いだけで。で、百合ってどんな花よ)

(まあそうだけど。百合については……説明のしようがないな。白くて綺麗な花だよ。なんというか……清楚だなぁって感じの)

(そ。ならいいわ)

 

 いいらしい。

 もし普通の花だ~とか言ったらどうなってたんだろう。

 想像してみるとちょっと怖い。

 

「ごちそうさま、月。美味しかった」

「はい」

「で? あんたはこんな時間にこんなところで何やってるのよ。もしかして待ち合わせでもしてすっぽかされたの?」

「すっぽかされたこと前提で話をしないでくれ。美以と邵が追いかけっこしてて、まだ帰ってきてないんだ。途中で移動するわけにもいかないからこうして待ってる、と。そんな状況」

「別に二度と会わないわけじゃないんだから、部屋に戻るくらいいいじゃない。あんたほんと過保護ね」

「そうかなぁ」

 

 むしろこれって過保護ってカテゴリに入るのか?

 ただ待っているだけなんだから、こう……我慢強い? ちょっと違うか。

 

「あ、そうだ。月と詠に訊きたいことがあったんだ」

「? はい?」

「ボクたちに訊きたいこと? 怪しいことだったら蹴るわよ」

「話す前から疑ってかかるのは性格なんでしょうか」

 

 俺のツッコミもいつものこととばかりに「はいはい」と手をひらひらさせて、続きを促す。ほんと……月にはやさしいのになぁ。

 

「昨日急に華佗が部屋に来てさ。特に理由も言わずに“頑張れ”だけ言って、俺にツボマッサージとかしたあとに針刺していったんだけど……なにか知らないか?」

『───』

 

 そう、それは昨日のことだっ───って物凄いあからさまに顔を背けた!?

 思い出すとか回想するまでももなく怪しいってすごいなぁもう!

 そしてもうツボマッサージで言葉が通じる事実に無駄に感心した! 今はどうでもいいけど!

 

「えちょっ……知ってるのか!? なに!? あれなんなんだ!? 祭さんにも頑張れって言われたし、華佗にも……! 俺になにを頑張れと!? 知ってたら教えてくれ! 頼むよ! 鍛錬ならありがとうだけど、なんだか物凄く意味ありげで怖いんだって!」

「へ、へぅ……! それは、そのっ……」

「あ、ちょっとあんた卑怯よ!? 追い詰めれば月なら喋ると思って!」

「……やっぱりなにか知ってるのか」

「あ」

 

 軍師さま硬直の瞬間。

 大事な人の危機って、いろいろとこぼれ落ちやすいヨナー……。

 人間、焦っちゃだめだよなー……ほんと……。

 

「え、詠ちゃん……どうしよう……」

「どうしようって言われたって……べつに内緒にしてくれとは言われてないんだし、いっそ話しちゃった方がいざという時に逃げられないんじゃない?」

「───……」

 

 アノー、話し合っているところすいません。

 それってそのー……いきなり聞けば逃げ出したくなるような内容なのですか?

 俺……なにかしました? ここ最近は静かに休んでたよ? いや本当に。

 それとももしかして……え? 俺死ぬ? 針刺さなきゃ実は死ぬ謎の体質とか!?

 

「で、で……? いったい何が起こってるんだ……!?」

「だから、その。あーもう……言うからちょっと待ってて、今纏めるから」

「え? そ、そか」

 

 纏めるって、そんなに言わなきゃいけないことが多いとか?

 詠くらいの人になると、もうわざわざ纏める必要もなくズケズケと言ってくるものかと。

 

「じゃあ言うけど」

「よしっ、どんとこいっ」

 

 妙な緊張が走った所為か、それこそ妙に構えてしまう。

 詠はそんな俺の態度に少し呆れたような軽い笑みを少しだけ浮かべて、語ってくれた。

 

「纏めた結果だけを簡潔に唱えるなら、あんたを万全の状態にしたいだけの話よ」

「………………………」

「………」

「…………え? それだけ?」

「だから。纏めるって言ったでしょ?」

「えー……だって、ほら、俺を万全にしてなにをさせるーとか、そういうのは……」

「日頃から無茶しすぎだから、ただ万全にしてあげようってだけよ。もちろん、万全になったらやることやってもらうけど」

「ん、それは当たり前だよな。むしろどんとこいだっ」

 

 ドンッと胸をノックして頷いてみせた。

 ……途端、詠の眼鏡が一瞬、光の加減か鈍くテコーンと光り……少し俯いた彼女の口元がこう……ニヤリと歪んだような……?

 

「言ったわね?」

「? 言ったって?」

「“当たり前だ、どんとこい”って言ったわね? あんたがよくやる覚悟を胸に刻むことまでして」

「え? あ、ああ……そりゃ、国に返し切るのが俺の目標でもあるし───」

「それならいいわ。疲れ果てるほどに“やること”が待ってるから、今から十分に休むことね。言っとくけど、やっぱり嫌だなんて聞かないから」

「ははは、言わない言わない。むしろ最近は仕事が少なくて手持ち無沙汰なこともあるから、それこそ望むところだ」

 

 念を押してくる詠がなんだかちょっと可愛いと感じてしまい、誤魔化すように笑いながら言った。

 すると……どうしてだろう。詠の少し後ろに居た月が、両手で自分の頬を包むようにして俯き、その顔は赤くて……エ? あの、どうして赤く?

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待った。詠? そのやることって、恥ずかしいこととかじゃないよな?」

「なに言ってんのよ、恥ずかしいことなわけがないじゃない。ボクだって月だって出来ることよ。……相手によるけど

「へうっ!?」

「その割にはなんだか月が赤いんだけど!? え!? ほんとなに!?」

「ああもううるさい! 覚悟決めたくせにうだうだ言うんじゃない! それともあんたの“国へ返すため”の覚悟ってその程度のものなの!?」

「!」

 

 ずしんときた……なるほど、それは確かにそうだ。

 今さら何を頼まれようが、それを断るようじゃ未来の最果てへ臨むことなんて出来ないじゃないか……!

 

「わ……わわわかった! 俺も男だ! 逃げも隠れもしない! 詠がどんなことを言ってきたって、真正面から受け止める!」

「まっ───!? あ、な、ぅああ……!? なっ……んで、あんたってそう……! ヘンなところで格好良い───じゃなくて! “どんなことを言ってきたって”なんて言われても、ボクは───! ………………ど、どんなことでも? どんな…………」

「? 詠?」

「…………」

「?」

 

 おろおろしたりわなわなしたりして俯いた詠が、こちらをちらりと見てきた。いわゆる上目遣いというものだ。

 なんだか今日の詠はとっても賑やかだなぁ……。

 

「あ、もちろん月もだからな? どんなことでも言ってくれ。俺に出来る限り、張り切って取り掛かるから」

「張り切っ……!? へ、へぅ、へぅうう……!」

「あぁっ!? ちょっと! 月を見てどんな行為を想像してんのよこのエロ魔人!!」

「話が見えないんですが!?」

 

 え!? 仕事のことだよね!?

 なんでエロ!? 行為ってなに!?

 

「え……し、仕事……だよな?」

「当たり前じゃない(同盟の証の仕事という意味で)」

「……うん……仕事、だよなぁ……? うん……」

 

 あれぇ……? じゃあなんでエロに?

 いつものノリで言っただけとか?

 いやいやいや、別に俺、そういう行為の時だけ張り切ってるわけじゃないよね?

 

「とにかく。いいからさっさと中に入っちゃいなさいよ。風邪なんか引かれたらこっちの仕事が増えるんだから」

「仕事が増える、って……看病してくれるのか?」

「わざと引いたりしたら、愛紗に任すけどね」

「ごめんなさい入ります」

 

 魚が飛び出た炒飯が頭の中に浮かんだ瞬間、素直に謝って歩きだした。

 すまない邵……待っていてあげたいけど、もう風邪を引くわけにはいかないんだ……!

 ていうか病人に炒飯って、愛紗ももうちょっと考えてほしい。……とは言えない、情けない俺でございます。

 

 ……ちなみに。

 邵が戻ってきたのは、正確な時間なんてわからないものの、深夜と言っても差し支えないほど真っ暗な、相当遅くのことでした。

 言っちゃなんだけど、外で待ってなくてよかった……!

 ……まあ、寝ないで待ってはいたけどね。

 しかしながら当然のごとく明命に捕まった邵は、しっかりがみがみ説教をくらっていた。明命の説教って相手を思い切り心配している分、こたえるんだよなぁ……。

 


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