でも……でもだ。
貂蝉の言うところによると……あまり考えたくはないけど、この外史は華琳が死ぬまで続くらしい。元の外史を上書きして、華琳の世界となったこの世界では彼女こそが軸そのもの。
本来なら願い通りの外史の未来に辿り着くと、俺は元の世界に帰ることもなくその外史とともに消えるのだという。願いが成立した時点で天へと帰る道は閉ざされて、その外史になじみ、やがては寿命で死ぬ。その後にその外史は消えるから、そっちの北郷一刀は崩れる世界のことも知らずに死んでいくのだ。
ただ、上書きされた外史は消えず、その世界のままにもう一度意味を持った外史となる。つまりは“こうなる筈だった世界なのにそうなったら、彼女はどうなるのか”を願われた外史に。当然基点となる世界はそのままこの世界であり、その外史へ降りる天の御遣いも必要となり……彼女に願われたからこそ、彼女が必要とした俺が御遣いとして降りた、と。
ただ適当に“一刀、来なさい”的な願いだったら、別の外史の俺が呼ばれた可能性もあったんだとか。……ありがとう華琳、本気で願ってくれて本当にありがとう。
(ああいやいや)
そうじゃない。そうだけどそうじゃない。
ともかく、華琳が死ぬまで何年あるかはわからないが、少なくとも華佗が居る限りは病で死んだりしない。落盤事故に遭おうが、死んで少し経った状態だろうと復活させることが出来るのが五斗米道だ。死人生き返らせられるんだよ? この目で見たときは世界の在り方を疑った。そのあと喜んだけど。
だから……彼女が死ぬ心配を続けるよりも、強くなる努力を続けよう。
今まで通り、そして今まで以上に。以上を異常に変えてもいいほどに。
相手が否定するならこっちは肯定だ。
自分がそこに居て楽しいとか嬉しいとかを感じた世界を否定されるのは嫌だ。
悲しいことにだって、辛いことにだって思い入れがたくさんある。
それを否定しようというのだ……俺は肯定の意志を以って、それに抵抗しよう。
「氣しかないんだからな……」
なら、終わりに辿り着くまでとことん氣を高めよう。
高めるだけじゃなくて、応用も強化するたびに慣れさせないとな……難しそうだ。
あ……この外史を守るって意味では、それは国に返す以上に返すことになるのかな。
だったら……絶対に負けられない。
「あらぁん……決意に充ちた男の顔ってス・テ・キぃいん……!」
そんな決意が艶かしい声によって、脱力とともにすぽーんと飛んで行った。
緊張感が欲しい。
あ、あー、そりゃ、やることなんてどうやったって変わらないんだろうけどさ。
とどのつまり、勝てなきゃ否定されて、俺が勝てば肯定できる。それだけ。
勝つためにやらなきゃいけないのはたった一つのことだ。
みんなと一緒に戦えたらってどうしても思ってしまうけど、相手は華琳が死んだあとに来るという。どうあってもみんな戦える状況にないに違いない。
それとも子供薬を保存しておいて、その時に備えておく? ……無理だろうなぁ、液体ってのはそんなに保存できるものじゃない。それに……あくまで決着は俺と左慈がつけなきゃいけないのだろうから。
(最悪、孫にお供を───孫?)
孫ってアレか。つまり丕とかがどこぞの馬の骨とこここここ子供ヲヲヲヲ!!
こここ子供ってことは、つまりどこぞの馬の骨が丕を寝台に押し倒して、お、おおおお押し倒してオォオオオッ!?
「貂蝉! 俺っ、強くなるよ! 一人で左慈ってやつをブチノメせるくらい!」
「え、えぇ? そうぉ?」
一人でブチノメせれば文句はなかろう!? 宅の娘は絶対に嫁にはやらんからな!?
そのためには……そう、そのためにはまず……!
「愛紗……アイシャ、タオス……! オレサマ、アイシャ、マルカジリ……!!」
なんだか志がおかしな方向へと向かっていた。
わかっているのに、娘が絡むと止まらない。親ばかって、これはこれで一つの加速装置のひとつなんだと思うんだ。
打倒愛紗! 突撃粉砕勝利! 突撃最高突撃最強!
オノレ! オノレ! 孫策オノレ!! 孫───ハッ!? いやいや落ち着け! なんか途中から華雄に叩き込まれた嫌な方向のトラウマが……!
「ご主人様ん?」
「なんぞね!」
そして混乱中の俺は、返事までおかしくなっていた。
まるで近所の頑固おばあさんのようだ。
「人の恋愛は自由であるべきよん? あなたがもし親に、曹操ちゃんとの恋を禁じられたら、あなたは二つ返事で受け入れられるのかしらん?」
「………」
言われて、真剣に考えてみた。
…………木刀持って真剣勝負挑んで、氣も全力で解放して意地でも勝ちに走る自分が大絶賛脳内放映された。
奔る怒号。じいちゃんとボッコボコの打ち合いをして、認めろ、認めんの応酬を続け、……ああ、無理、想像の中だろうが俺、まだまだじいちゃんには勝てない。
だから結局俺は折れるしかなかった。親に否定されて、折れるしか。
うん、親に認めさせるってことを折れた。みんなへの愛は折れない。
俺達の旅は、始まったばかりなのだから───!
~fin~
…………。
うん。
「きょ、許容の心、大事デス」
「でしょぉお~うぅん?」
バチーンとウィンクとともにサムズアップ。
いろいろ方法も考えたけど、やっぱり……できれば親には認めてもらいたい。
祝福の上で一緒に歩きたい。
いつか娘たちにも連れ添う相手が出来るのだろう。
その事実を受け入れて、涙とともに一発殴る。あ、いや、違う違う! なんで殴るになるかなぁ! そうそう、まずは縛って、片春屠くんで引きずり回して───ってだから違う!
うおおしっかりしろ俺! 頭の中がもうすっかり支柱らしくないぞ!?
俺、普段からこんなこと考えてたのか!? 客観的に見たら凄く怖くなってきた!
よ、よーし落ち着け、落ち着くんだぞー、俺ー……!
「そ、そうだな。氣で殴るのもダメ。氣で動くもので引きずるのもダメ。氣ってものから離したものの見方でいこう」
……これだ! そう、そうだよな! 氣を使う日々が続くあまり、氣ってものが行動の基準になりすぎてたんだ! だからここで俺が取るべき行動の一つはッッ!!
「屋根の上からキン肉バスターだな」(*死にます)
夜神な局長が再就職を決意した瞬間のようなシヴい笑顔でそう言った。
あ、でもそれだと俺の腰とか尾てい骨もやばいな……仕方ない。じゃあ残る50%のアタル版マッスルスパークでいこう。(*死にます)
ああいや、空中で相手をブリッヂホールドってのは無茶がある。
……もう垂直落下式天空カーフブランディングでいいんじゃないかな。(*死にます)
───ハッ!? だから落ち着けって俺!
今考えるべきはそうじゃないだろ!? そう、打倒愛紗!
愛紗に勝てるくらいにならなければ、左慈ってやつには勝てないんだから……!
「貂蝉、ありがとう! 俺もういかなきゃ! 目を覚まして、すぐにでも鍛錬だ!」
「あぁ~らぁあん……! やっぱり目標に向かって突き進む殿方って素敵ねん……! でも待ってご主人様ん。見たところご主人様の氣脈、ずぅ~いぶんと痛んじゃってるようだけどぉん?」
う、と詰まる。
無茶をして気絶して、そのあとに貂蝉が来た、と正直に言うのは実にアレだ。
アレなんだが、もはや恥じている場合ではないとばかりに暴露。
全てを吐き出して、先駆者である彼───
「彼って誰ェ! 彼って何処ォ!!」
───……め、目の前の漢女に、どうすれば効率よく氣を強く出来るのかを相談した。
あとは……そういえばと、どうしてそんなに左慈がこちらへ来るタイミングについて詳しいのかを───
「どうしてって。一緒に居るからに決まってるでしょ~ぅがぁ」
「ちょっと待てぇえええええええっ!! 否定と肯定の話はどうなったぁっ!!」
「否定と肯定でも、同じ場所を目指せないってわけじゃあないのよん? そう、これは長く続いたわたしたちの物語を、肯定も否定もするひとつの希望のお話。だ~からご主人様ぁん? 中途半端でなくて、全力で未来を掴む力を手に入れてちょ~だい。真正面から左慈ちゃんを止められるくらい、否定の意志ごと叩き壊すくらい、全力で。そうじゃなければ、決着がついたとしても未練が残るわん」
「……えっ……な、……う……」
……戸惑いのさなか、貂蝉はどこか悲しみを孕んだような目でそう言った。
言葉を届けられた俺はといえば……戸惑ったままに、けれどその目があんまりにも寂しそうで、悲しそうだったから……───
「……出来るだけのことはやるよ。というか、それしか出来ないからさ。だから───」
彼……もとい、目の前の漢女の前まで歩いて、握り拳でその熱い胸板をノックした。
……ゴツンと、まるで金属を殴ったような感触だったのは忘れるべきだろう。
「約束は出来ない。けど、気持ちは一緒に持っていく。いつになるかわからないけど、天で待っててくれ。肯定の意志を貫けたら、銅鏡で馬鹿みたいに無茶な願いを叶えてもらうから」
言って、ニカッと笑う。
貂蝉は、彼……もとい漢女にしては珍しくぽかんとした顔をしてから、少し目を潤ませて笑った。
それから俺に意志を託すかのように、同じように握り拳で俺の胸をノックし───
「ぐぶぉはぁあああああああっ!?」
……その日、天の御遣いは夢の中で……漢女のノックで星になった。
……。
す、と目を開く。
ひどくだるい身体は、起こそうとしてもぎしりと軋むだけで、動いてくれない。
どうやら夢から覚めたようで、もう目の前に貂蝉は居ない。
「………」
夢から覚める前に言われたことはほんの少し。
とりあえず今はひたすらに休むこと。
そして、氣を生み出す場所を出来るだけ開くこと、だそうだ。
で、その開く場所なんだが……丹田を合わせると7つあるらしく、えーと、まあその。俺が自分の内側を覗いて、穿った場所も7つなわけで。しかも丹田も含めて。
…………おそるおそる訊いてみましたが、ええ、ビンゴでした。
普通なら長い時をかけてゆっくり開いていくものらしいが、俺はそれを一気にこじ開けてしまったためにこんな状態。
きっぱり言われたね。「よくもまあそれだけやって生きていられたわねぇん」と。
「だはぁ……」
ええ、無自覚に死ぬほどの痛みを予測したのか、身体が勝手に気絶するほどでしたよ。
そりゃ死ななかったことを感心されるわ。
うん、だからつまり、今の俺に出来ることは、こじ開けた孔が塞がらないように気をつけつつ、氣脈が治るまで休むだけだ。
治ったら、溢れ出そうとする氣を制御出来るように頑張りんさい、とのことだ。
……なんで最後だけ頑張りんさいだったのかは謎だが、気負いすぎだから力を抜けって意味も込めてあったんだろう。
「……困った」
でも困った。眠気が無い。そして身体全体が痛い。
ああ……こんな時に思春が居れば、殴ってでも気絶……は、しちゃだめか。
開けた孔が塞がらないようにちょくちょく確認しなきゃいけないんだもんな。
「うう……地味なのに大変だ……」
地味だから大変なのか?
ああいや、もういい、小難しいことは考えず、今は痛みを和らげることだけを考えよう。
で、治ったら……
「頑張らなきゃな……いろいろと」
出来ることを出来るだけやっていこう。
ただ、それだけだ。