真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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95:IF/安っぽくても好きは好き③

 これは“試練”だ。腹痛に打ち勝てという“試練”とオレは受け取った。

 人の成長は…………未熟な過去に打ち勝つことだな……。

 腹痛と惚れ薬と戦うというかつてない状況に、今こそ自分が打ち勝つという……。

 腹痛は…………汗水流して耐え切っても、時間の経過とともにミシミシと這い出てくる…………。

 驚いたぞ……嫌な汗が止まらないわけだ……。

 

(などとディアヴォロってる場合じゃなくてですね)

 

 本気でまずい。

 これはどうしたもの───はうあ!

 

(そ、そうだ! なんという名案っ…………思考の光明…………っ!)

 

 美羽の目を見ないように向き直り、美羽を後ろから抱き上げる。

 そうっ…………これ…………っ! これこそ光…………! 導っ…………!

 美羽に案内してもらい、俺は目を閉じる…………! 兵に見つかり、訊ねられてもゲームと言い切ることで乗り切れる圧倒的名案…………っ!

 

  *注:焦りすぎると人間、周りや常識が見えなくなります

 

 ニヤリと笑う歯の間からよだれでも垂らしながらキキキとかコココとか笑いたい気分にもなるほどに舞い上がったが、もちろんそんなことはいたしません。

 心に安心を得るとともに美羽に説明をして、───…………エ? セツ……せつ、めい?

 

(…………美羽に? トイレいくゲームしようぜー、って?)

 

 ………………。

 

(神様ァアァァァァァァァ!!)

 

 俺はっ…………俺は本当に馬鹿なんでしょうか!

 無理! 言えない! それってまるで一人でトイレ行くのが怖いからゲームと称して女の子の力を借りるお馬鹿さんみたいじゃないか! ───気づかずやろうとしてる時点で既に馬鹿だったごめんなさい!

 ぐったりとやるせない気持ちに襲われながら、美羽を下ろして…………だ、だから下ろせっ! 下ろすんだ、俺の腕っ!

 

「おぉ? どうしたのじゃ主様。今日の主様はなにやら妙じゃの……」

「うんごめんなんかごめん」

 

 ずごーんと頭の上に鉛でも落としたかのような重さの頭痛を感じつつ、さらには腹痛にも苦しめられながら考えた。どのみちここに居たら様々な十字架を背負うことになるのだから、もう行くしかないでしょう。

 そう……氣だ。氣で気配を消して、俺は自然と一体になる……!

 

(覚悟……完了!)

 

 やり方は明命にならった。

 大丈夫、きっと出来る。

 いっそ思春のようになる気で…………あれ? 思春?

 

「………」

 

 そういえばぼくらの赤きあの人は?

 や、出てこられたらこられたで大変辛いわけですが。

 

「……いざっ……!」

 

 考えていては埒もなし。

 平凡な扉を、まるで大きな扉を開けるかのようにググッと押して外へ。

 

「───」

 

 もちろんすぐに出ることはせず、あたりを見渡す。

 人影は…………よ、よーし、大丈夫。

 王の部屋とかだったらこれで、部屋の前に警備がついてそうなものだけど……ここでそういったことはない。

 何故かといえば、まあ言うまでもなく、ぼくらの赤きあの人が居るからなわけで。

 

(……赤きあの人で、某・赤きサイクロンを思い出すのはおかしいことじゃないよな?)

 

 いや、こんなことを考えている暇があったら行動しよう。

 そして腹痛からの解放という名の偉大なる勝利を。ボリショ~イ! パビエーダ!

 

……。

 

 ザザッ……

 

(こちらアルファワン。人影無し。このまま進めそうだ)

(今こそ好機! 全軍、撃ってでよ!)

(孟徳さん!?)

 

 闇に紛れて進む中、なんとなくそれっぽいことを小声で言ってみると、脳内孟徳さんからの指令が! ……疲れてるんだな、俺。

 

(くそっ、なんでもっと近くに厠を作ってもらわなかった、俺……!)

 

 低姿勢で繁みから繁みへ。

 気配は殺せている……と思う。

 なにせ自分じゃわからないから怖い。

 

(……なんで俺ばっかこんな目に……)

 

 もうほんと、華琳にもこの辛さを味わってもらおうかしら。

 大体、人に献上されたらしいものを無断で、しかも献上された人本人に飲ませるって……なんつーことを考えるんでしょうね、ぼくらの覇王さまは。

 まったく、いくら覇王さまでも、悪いことをしたら罰が───…………華琳ならそれくらいわかっててやるよな。罰がどうとかも楽しんでそう。最近刺激らしい刺激がなかったから、俺をつついて楽しんでるのかも。

 どーせ近いうち、“罰? 下せるものなら下してみなさい”とかしたり顔で言うんだろうな。

 よし、嫌がりそうなのを考えておこう。昆虫採集とか。

 あくまで華琳が微妙に嫌がって、俺が春蘭に殺されない程度のもので。いのちだいじに。

 

「んぐぉっ……はうっ……!」

 

 考え事で盛り上がってる場合じゃなかった。

 早く、早く厠へ……!

 

「あれ? 隊長ですか? どうしたんですか、こんな夜に」

「!?」

 

 そんなタイミングで、後ろから掛けられる声。

 ……気配殺してても、人ってものが消えるわけはないのだから、視認されれば見つかります。

 声でわかる、気心知れた警備隊の中の一人だ。

 ヤ、ヤダナー……無視するわけにもいかない。あとトイレを我慢している時に、誰かに傍に来られるのってすっごいそわそわするよね……!? ね……!?

 

「イ、イヤー……ほら、あれだ。けけけ気配を殺す練習を……ネ?」

「あ……ははぁ、隊長も随分と鍛錬が好きになりましたよね。こんな夜にまでとは。……って、声をかけたのはまずかったですか」

「やっ……これで一層気を引き締められるから、むしろアリガトウ!」

「ははは、感謝するところがおかしいですよ、隊長。……? 隊長が目を合わせずにいるなんて珍しい……おお、もしかして誰にも見つからないようにする特訓も兼ねているので? 視線って、ぶつけているだけでもなにか感じますもんね」

「っ……ご、ごめんな?」

「いえいえ、戻ってきてからの隊長は鍛錬熱心だなんてこと、みんな知ってますから。あ、でも気をつけてくださいよ? なにかあったら大声を出してください。あ、まあそのー……隊長には敵いませんけど、俺、すぐに駆けつけますから」

「…………ん。ありがと」

「いえっ。それではっ」

 

 後ろで敬礼する気配。

 遠ざかってゆく足音に、小さくもう一度ありがとうを唱えた。

 こそばゆく暖かい気持ちが胸に溢れて、でも腹が痛いのが憎らしい。

 目を見て話せなくてごめん。でもさすがに抱きついて好きだとか言うと、人生がさ……終わるんだ。終わると思うどころじゃなく、終わるんだ。

 

(……知らなかったんだ。厠へ行くことが、こんなにも無駄に辛いことだったなんて……)

 

 ホテルの個室とかって恵まれてるね。今本気でそう思えるよ。

 だが最後に笑えるからこその人生謳歌だと勝手に信じてる! 故にッ! 今駆け出す俺に後悔の二文字など! あっていい筈がないのだァーッ!(注:焦りすぎると人間、周りや常識が見えなくなります)

 

「あ」

「うん?」

 

 阿吽の呼吸よここに。ではなくて、バッと飛び出した通路の先に、あろうことか冥琳が───!!

 

「北郷か。丁度よかった、お前に少し訊きたいこと、が、あっ───!?」

「大好きだ! 愛してる!!」

 

 その時、僕の中の時間はきっと凍りついたのだと思います。

 あろうことか冥琳を抱き締めて、そのままの状態で大好きだ、とか愛してる、とか。ほら、冥琳だって固まっちゃって───ややっ!? あ、頭が鷲掴まれて……あ、あれ? 痛っ!? いたいっ!?

 

「……北郷? 寝言が言いたいなら寝てからにしてもらいたいのだが?」

「アイアイアイアアイィイアアアア!!? ア、アイィ、アイシッ!!」

「……? ああ、なるほど」

 

 パッと手が離される。

 すると再び冥琳を抱き締めようとする俺の体───を、全理性を総動員して強引に止め、欄干に向き直るとそこへと全力でヘッドバット!!

 

「ほぐごっ!! ───……!! あっ……ぉおおおぁあああ……!!」

 

 訪れる激痛。

 けれどそれで体は言うことを聞いてくれるようになり、ひとまずは涙を流しながら安堵。

 

「さて北郷。単刀直入に訊くが……惚れ薬か?」

「~っ……!!」

 

 額を押さえて蹲りつつ頷く。

 返事をしようにも「ほぉおぁあああ……!!」という情けない言葉しか、この口は搾り出してくれません。なんと親不孝な。

 しかしなんとかして“目を合わせた相手に抱きついて口説こうとする”ということだけは知ってもらうことに成功。

 

「……そ、それは。まさか男女見境なくか」

「確かめる勇気があると思うか……? もしそうなら、試した男に抱きついて愛の告白だぞ……?」

「うっ……すまん」

 

 なんか素直に謝られた。

 口調がヘンになってるのも特にツッコまれず、それが恥を隠したい誤魔化しだということさえ悟られたようで余計に恥ずかしかった。いっそ殺してくれ。

 

「しかしそんなものを飲んでおいて、何故部屋から出た?」

「………」

 

 視界の隅で、真顔で、しかし取り繕うようにおっしゃる美周朗さん。

 ……言えと?

 

「ゴゴゴゴカイがないように言っておくケド、俺別に自分で飲んだわけじゃないからね?」

「北郷の性格を考えれば、それは当然だろうな」

「うわぁい理解者が居た!」

 

 薬の所為で感情が高ぶりやすいのか、ホロリと涙が出た。

 感謝します。そっぽ向きながら。

 

「それで、何故外にって話なんだけど……ほら。早いうちから酒いっぱい飲んで、トドメに古めかしい薬なんて飲んだから───その」

「…………そ、そうか。それはその、ああ、なんだ。…………すまん」

 

 暗がりでもわかるくらいに顔を赤くして目を伏せ、溜め息でも吐くような風情でこくこくと頷く軍師さまの図。そしてそれを薄目で見つめる腹痛に苦しむ支柱様。

 ともかく道を空けてくれたので、にこりと笑いながらも汗がすごい状態で走った。

 

……。

 

 コトが済み、嫌な汗も治まった頃。

 手を洗って部屋の前まで誰とも遭遇せずに戻れて、さあ中へ……というところで止まった。

 扉はすぐ目の前。

 誰とも目を合わせずに中に入って、寝台で目を閉じて寝てしまえばいいのだが……霞と美羽が居るんだよな。事情は知ってくれているだろうけど、知っているのと目を合わせないようにするのとではワケが違うのですよ。

 

「………」

 

 でも他に行く場所があるわけでもなく。

 俺は自室の扉を開け、中へと入った。

 するとどうでしょう。

 

「おーっ! 美羽ーっ! 好きやーっ! 愛しとるーっ!」

「うはーはははは! そうであろそうであろ! 妾も霞のことが好きなのじゃから、当然よの!」

「ワア」

 

 地獄とまではいかないまでも、出来れば見たくなかった絵図がそこにございました。

 俺は何も言わずに扉を閉めようとして───部屋の隅で気配を消している、例の赤い人を発見した。

 目を合わせないようにしようと、必死になって縮こまっている。

 不謹慎だが可愛いとか思ってしまったのは許してほしい。俯いているから俺も目が合うことはないものの、声とかかけた時点で顔を上げて、目が合いそうだ。

 なのでここは小声でソッと……! っと、その前に惚れ薬も回収して、と……。

 

(思春、思春~……! 逃げるよー……! こっちー……!)

「!」

 

 もしかして最初からずっと部屋に居たのだろうか。

 思春は彼女にしては珍しく、親に置いていかれた子供のような顔でンバッと顔を持ち上げて───…………目が、合った。

 

「好ぎゅぢゅっ! ~……ギィイイイイイーッ!!」

 

 反射で勝手に開いた口に合わせ、舌を突き出し思い切り歯と歯の間に待機させて自爆。“好き”の“き”の閉口を利用してのキツケだった。“す”でもあまり口は開かないが、強引に突き出した。涙が止まらない。

 激痛に襲われつつも自分を取り戻し、駆け寄ってきた思春の手を引いて部屋から逃げ出した。

 ……今日は霞が寝泊りしている部屋を借りよう。じゃないと俺がいろいろとやばい。

 というか……美羽と霞は大丈夫だろうか。

 二人とも惚れ薬飲んじゃってたみたいだし、今頃俺の寝台の上では大変なことが……!!

 

「うぐっ……っ痛ぅう……! ……口内炎にならなきゃいいけど……!」

 

 舌の口内炎って痛いんだよなぁ……この時代には口内炎の薬なんてないだろうし。

 それはともかく走りきり、霞が使っている来客用の部屋へ。

 普段から掃除されているらしいそこは、小奇麗と言えばまだ聞こえがいい、これといったものもない“必要最低限”がある程度の部屋だ。

 寝台と机と椅子。それだけで十分でしょって程度。

 そんな場所へ逃げ込み、まずはハフゥと一息。

 

「はぁ……世の中、なんてものがあるんだーとか……今真剣にツッコみたい」

 

 焦りのためかギウウと握っていた惚れ薬を机の上に置く。

 喉が渇いたから飲んでしまったーとかそんなオチはないと思うが、思春をちらりと見てみると……なにやら難しい顔をしている。もちろん目は見ないように気をつけているものの、随分とまあ難しい顔だ。

 

「北郷」

「ん───っとと、な、なに?」

 

 呼ばれて反射的に目を見そうになって、慌てて逸らす。

 思春はそんな、実際にやれば失礼な態度も気にせず話を始めた。

 

「その惚れ薬とやらの話だ。貴様の様子を見るに、目を合わせると暴走するようだな」

「や、まあ……そうだな。厄介なことこの上ない」

「目を合わせたとして、耐えられそうか?」

「ありきたりだけど努力と根性と気合とかで、なんとか。ただ覚悟するより先に体が動くから、どうしても後手に回る……って、言い回しヘンだよな。薬相手なのに」

「……氣で体を動かして、体自体の力は完全に抜いてみろ。体の自由が奪われるなら、内側から止めてみればいい」

「………」

 

 や……本気ですか思春さん。

 俺、まさか惚れ薬相手にまで鍛錬の必要性を強いられるだなんて思ってもみなかった。

 いや、でもこれは案外、氣で体を動かすことに慣れるいいきっかけになるのでは……!? なんて、気配殺しの達人さんのアドバイスを受けて、少し浮かれてしまったんだろうなぁ。そうすればきっとどうにかなると希望を抱いて……俺は、思春と視線を合わせた。

 瞬間に脱力! さらに氣で体を固定するイメージを!

 

「愛してあぽろぉオオ!?」

 

 弾かれるように突進を始めた俺の顔面が、思春の右手で殴られた。

 痛みに蹲る俺を見下ろし、思春さんはとても素敵な眼力を向けてきました。

 

「立て。貴様には薬ごときに負けぬ体になってもらう。もしこの先、そんなものを誤って服用してしまう機会があり、蓮華さまと目が合ったら……!」

「ここで蓮華の心配!? すっ……少しは俺の心配もしよう!?」

「貴様がひどい暴走を起こさないことへの心配はしよう」

「普通にひどい!!」

 

 しかし、物事に、身体への異常に慣れるって意味ではこれは結構いいのでは?

 ということで脱力と氣での行動をしつつ、もう一度思春の目を見て───殴られた。ええまあ、また突っ込んだわけですが。

 

「せめて殴るのやめてください……」

「ならば鈴音を構えていよう。一歩でも進めば貴様の首が飛ぶ」

「やめて!?」

 

 ヒィと首に走る寒気を、首を庇うことでなんとか消す。

 う、うーん……世の中には惚れ薬が欲しいとおっしゃる方がいっぱいだと勝手に思っているが、これってそんなにいいものなのか?

 条件反射で好きとか愛してるって言われても、嬉しくないだろうに。

 

「あ、そだ。思春、試しに飲んでみない? 俺、思春なら薬にも勝てる気がするんだ。というか打ち勝つ姿を見てみたい」

「断る」

「ひどっ!? 二回殴っておいて、というか自分から耐える方法とか提案してきておいて、自分は飲まないのはひどいだろ!」

「う……」

「というわけで、はい一口」

 

 ズイと徳利を突き出してみる。

 や、べつに本気で飲むとは思ってないわけで。だって思春だもの、こういう場合はきっとするりと抜け出す道を選べるはず。ならば俺はそのスルースキルを今後のためにも学ばせてもらい、今まさに思春が薬を手にとってくぴりと一口───あれぇええっ!?

 

(え、やっ……えぇ!? 飲んだ!?)

 

 キュッと栓をして、惚れ薬を返してくる思春さん。

 その表情はいつにも増してキリッとしているように見え、むしろ飲む時は潔くというのが無駄に格好よく見えてしまった。女性に対しての“男らしい”って、こういう時に使う言葉なんだろうか。

 こういうのってほら、パターン的にはついうっかり飲んでしまってヤアシマッタって感じにさ……ねぇ? まさか自分からいくとは思わなかった。女は強し……なるほど。

 などと思いながらしばらく様子を見ていると、思春の体がカタカタと震えだし、歯を食い縛った様子を見せてから俺に視線を合わせるように言うと、

 

「好ぐふっ!!」

 

 勝手に動く口を、なんと自分で腹を殴ることで止めてみせた。

 俺は机をギウウと掴んだまま、なんとか耐えてみているんだが……気を抜くと飛び掛かりそうで怖い。

 

「……思春」

「……すまん」

 

 ヒィ!? 素直に謝られた!?

 どうやら思春の力を以ってしても、この惚れ薬には抵抗できないらしい。

 薬って怖い……随分と久しぶりにその言葉が頭に浮かんだ。

 


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