139/時の流れに身を任せて
都の開発は日を追う毎に進んでゆく。
都に住む者は各国の王や軍師によって決められ、中でも人付き合いが上手い者が選ばれ、行く気があるかを訊ねてから移動を開始する。
三国を繋ぐ都という場所だからという理由だけで、人との接し方が上手い者を、という話なのだが。
「あっ、あんたは……」
「あっ……あ、あーあーあー!」
呉から来た者の中に、かつて蜀から呉へ移動した山賊初犯の男たちが混ざっていた。
どうやらあれから上手くやっているようで、手探りではあるけれどいろいろと頑張っているそうだ。そんな努力が認められて、今こうして都に住むことを許可されたのだとか。
「襲っておいてなんだけど、今は商人やってるんだ。他のやつらも呉で、店の手伝いやったり仕入れ業やったりしてる。こき使われっぱなしだけど、こんな苦労もあの時死罪になってりゃ味わえなかったよなぁ」
攻撃を避けきってくれてありがとうな、なんておかしなことを言って、襲ったことを何度も謝ってから彼は苦笑した。
そうした軽い挨拶が済むと、荷物を持ったまま家の方へと歩いてゆく。
見送りつつも自分の仕事を続け、それが終われば自分の家へ。
家、というかなんというか、他の家よりも大きな屋敷っぽい場所へ。
そんな立派なものじゃなくていいって言ったのに、工夫のみんなが聞いてくれなかった。
「おおっ、おかえりなのじゃ主様!」
「ただいま、美羽」
都が出来てからしばらく。
泊まる回数が増えると、許昌に戻るときまって美羽が“妾も連れてってたもー!”と言うといったことがあって、別に困るわけでもないからと、片春屠くんに乗せて都へ。
仕事を終えた七乃も華雄も連れてきて、今現在は三人とも都暮らしだ。
華雄は警邏などの仕事に就き、七乃は都開発の頭脳として働いてもらっている。
美羽と俺は歌人もどきだ。
俺が演奏して美羽が歌う。
金を取れるほど上手ではないので、練習を聞いてもらっているだけ。だからもどきだ。
不安は山積みではあるものの、七乃も華雄も自分が得意とする分野では本当にありがたい存在なので、どうしても困っている、なんてことはなかったりする。
……代わりに、やらなきゃいけない政務的なものは、それこそ山積みなわけだが。
しかしそれも俺が“頑張れること”なので、むしろ望むところってもんだ。
二胡の演奏はそれの息抜きみたいなものだな。
最近は少しずつ慣れてきて、人に聞かせることができる程度にはなってくれた。
歌は上手いんだよ。美羽の歌は。問題なのは俺の演奏だけだ。
「~♪」
「毎度ここらへんで失敗するんだよな……よっ、ほっ」
二胡は力加減が難しい。
しかし今回は毎度失敗する部分は上手くいったようで、美羽と笑いながら演奏し、歌う。
そんな調子で珍しく最後まで上手くいくと、俺と美羽は抱き合い、成功を喜んだ。
……日々はそんな感じ。
代わり映えはほぼ毎日に感じて、それでも少しずつ都って場所が姿を変え、人々の顔にも慣れや笑顔が増えていくと、奇妙な団結力や親近感をみんなが持ってゆく。
「御遣い様~! この木材ってここでしたっけー!?」
「俺じゃなくておやっさんに訊いてくれって!」
「おやっさんは御遣い様に訊いてくれって! なんでも新しく出来た飯店に行くとかで!」
「ああもうあの人はぁああっ!! ていうか散々サボってごめん魏のみんな……今物凄くサボられる人の気持ちがわかる……」
「はいはい一刀さん~? それはそっちじゃなくてこっちですよー」
「あ、た、助かる七乃……ってこっちに置く前に言おう!? なんであえて置いてから言うんだ!?」
「いえいえ、頼り甲斐があるところを工夫のみなさんに見せて、好感度を上げさせようかと」
「頼り甲斐の前に、バテたら全て台無しだってわかってるよね? わかっててやってるよね?」
俺の質問に、夢見る少女のように手を胸の前で握り合わせて目を輝かせる七乃さん。
返された言葉は「当然じゃないですか」だった。
「………」
「ぃふぁふぁふぁふぁ!? ひょ、ふぁふふぉふぁん!?」
言葉遊びでゲンコツはどうかと思ったので、両の頬を引っ張った。
……目は割りと“いい加減にしなさい”って本気の目をしつつ。
はぁ……思春も華雄も張り切って手伝ってくれてるっていうのに、この軍師さまは……。
(……ふむ)
そう。
思春も華雄も都の建設に協力してくれている。
大まかな建設予定などは俺や七乃が考えて、予算などもいろいろと遣り繰りをしつつ。
カタチとしては完成しているようでも、目に見えない部分は結構あるわけで、こうして整えているわけだが───これが結構大変で、けれどその大変っていうのを結構楽しんでいたりする。
今は都暮らしが決まっている華雄、七乃、美羽、思春と一緒に、こうした作業や書簡整理の毎日だ。何かを作るって時には面倒ごとがよく起こるものだが、例に漏れず問題はよく起こる。
主に俺が甘いって認識が強い所為もあり、サボる工夫がちらほらと。
まあ、サボれば給料が減ることは相手もわかってるから、そこは好きにしてくれとは言ってはあるんだが……それで作業が遅れてたら世話ないって話だ。
けれど、そういった話に飛びつく人も当然居るわけで。
まだ若い青年工夫なんかはその筆頭だった。
「御遣い様ぁ! 頑張れば頑張った分、給料もらえるって本当ですかぁ!?」
「急いで手抜き工事になったら、その分から引くけどなー」
「っへへー! 任せてくだせぇ! 俺……ここで思い切り働いて金溜めて、家を建て替えてやるんでさぁ……!」
「それ、死亡フラグな上に自分で建てるって話が無くなってるぞ?」
「なんです? しぼー……?」
「あ、やー……なんでもない」
青年工夫はやる気を見せて、「うおー!」と叫びながら作業をする。
けれど材木を何度か運んだだけでふらふらになり、何本も運んでいる俺を化物を見るような目で見たりした。うん、俺もきっと最初はそんなだったよ。
氣ってほんとすごい。
そんなふうにして笑いながら、“俺達”の日常は続いている。
各国の王が見れば甘すぎるだのなんだのと言うんだろうけどさ……人との付き合いがてんでない同盟の支柱なんて、別になくてもいいと思うんだ。
御遣いだ支柱だとは言われても俺は俺。
周りの人も俺は俺のままでというのだから、それはそれでいいことなんだろう。
「っはー! いい汗掻いたぜー! おっ、御遣い様っ、このあとどうですかい、そこの川まで行水でもっ」
「この季節に行水は辛いんだよなぁ……ドラム缶でもあれば、ドラム缶風呂が……あ」
思いついたことはなんでも実行して、失敗しても笑って、学校の悪友と無茶するみたいな生活を続けている。
そんな俺に、七乃や思春は呆れるばかりだったけど、俺は俺で気兼ね無く話し合える男の知り合いが居るだけで、随分と心が安らぐのを感じていた。
「へぇ……あの? これを繋げりゃいいんですかい?」
「ああ。使わなくなった中華鍋とかを繋ぎ合わせて、ドラム缶(仮)を作るんだ。形は……まあ多少歪んでても構わないからさ」
「どらむ……? いったいなんなんですかいそりゃ」
「小さな風呂が作れる道具みたいなもの……かな? 人一人ずつくらいしか入れないけど、この寒さじゃ行水で心臓麻痺とかしそうだしさ」
「御遣い様の言うことはよくわかりやせんが……まあ、やれってんならやりやしょう! なにより面白そうでさぁ!」
そうして出来たものを川の傍まで運び、並べた石の上に乗せてからその下に枯れ葉や枝、手頃な大きさの石などをゴロゴロと置いて、火を熾す。
時間はかかるものの、川から汲んだお湯が熱くなると、順番に湯船に浸かった。
湯船の底には板を敷くのも忘れない。そのままだと足火傷するし。
「くぅうう~っ…………っはぁあ~っ!! し、染みるぅうう……!!」
工夫の中には風呂に入ること自体が初めてという者が多く、染み渡るような熱に体を震わせ、しかし顔はニヤケっぱなしでいた。
「疲れがお湯に溶け出すみてぇだ」なんて最初の工夫が言えば、次の工夫もその言葉の意味を知って顔を緩ませる。半端になって使わない木材なども焚き木にすれば、しばらくは風呂には困らなそうだとみんなして笑った。
焚き木にした木材も、全部燃やし尽くすのではなく、こちらも作ってもらった火消壷に入れて、次回の焚き木として使うために残しておく。
やがて材木と戦う時間が終わると、部屋へ戻って机にかじりつく。
「えぇと……? ここの問題は七乃がやるって言ってたから……あ、……」
そういった変化を書簡に纏める日々に少しずつ慣れてくると、思うことがないわけじゃない。
いつかどこかで見た話のこと。
未来に生きていた人が過去に行き、住み辛いからと未来の知識を以って過去の世界を作り変えるといったものだった。
その者はそうすることで“この時代にもようやく慣れた”と語っていたが、それは“その時代に対する慣れ”じゃなくて、“自分の時代へ近づけることで得る安心”だった。
俺もそうなのかなと考えると、ふと……そんな話を見ていた時、自分が感じていたことを思い出すのだ。
人はそう簡単には状況ってものに慣れるようには出来ていない。
だから自分が住み慣れていた環境を無理にでも作ろうとして……まあ、結果として、その物語はその主人公の色に染まっていった。
主人公はなんやかんやあって元の時代に戻ることになるのだが、そんな場面を見た時に思ってしまったわけだ。自分が住み易いようにその時代の“あるべき姿”を変えておいて、帰れるならさっさと帰ろうと帰ってしまうのは無責任なんじゃないのか、と。
その過去と未来は繋がっているという設定があったけど、その物語は主人公が未来へ帰るために光に歩んで消えるという描写で終わっていた。
「………」
先を想像してみると、あまり笑えなかったのを覚えている。
多分そこに、主人公が住み易かった環境は残ってなかっただろうなと思うのだ。
他ならぬ、過去を好き勝手に変えた自分の所為で。
そう。人はそう簡単には状況ってものに慣れるようには出来ていない。
けれど、辿り着いた過去がうんと昔で、主人公が教えた技術がその者たちにとっては想像が出来ないようなことなら、その者たちはそれを学ぼうと必死になるだろう。
なにせ過程から結果に辿り着く必要なく答えを得たのだから、その次を目指す者が大半。
誰かが何年何十年かけて学んで残してきたものを、答えを与えることで“それはこういうものだ”と知れば、過去の者の歩みは加速する。
戻った未来がかつての自分が居た未来よりも発達していたら、もう自分が住み易い世界などは作れない。
その場合、主人公はどうするんだろうか。
もはや古くなってしまった自分の知識を糧に、また自分の住み易い環境を作ろうと頑張るのだろうか。
それとも過去の者たちのように、与えられた知識と環境に頼って生きるのだろうか。
ただ、まあ……そこで“嫌だ”と言うとしたら、主人公は我が儘だなと思った。
自分は過去の人に未来の知識を与えて環境を変えておきながら、未来に戻って未来の知識を与えられたのに、自分は拒絶するのは違うだろう……と、まあ、そんなことを考えたわけだ。
結果としてはそれだけの、なんというか少々微妙な考え。
「……心狭いかな、俺」
誰にともなく呟いた。
結局は俺も、そういった知識を武器に自分の住み易い場所を作ってるようなものだし、人のことは言えないわけだが……うーん。
心のどこかでこの時代は未来に繋がってないからって安心してるんだろうか。
……考えてみたらなんか腹が立ってきたな。
というか、この時代の未来はどこと繋がってるんだろうか。
いや、そもそも繋がってなかったら?
「……や、まあ……どっちにしろ、やることってあんまり変わらないんだよな」
この世界に俺が居た時代へ続く道があろうとなかろうと、俺は国に返すために頑張るだけだし……この時代で生きることが、いつまで許されてるかはこの際どうでもよく、消える瞬間までを頑張るだけなのだ。
もし何かの拍子にこの時代と俺が居た時代が繋がっても、なんというか……なぁ?
「俺が教えようと教えなかろうと、華琳とか真桜が居るだけで、俺の知ってる俺が居た時代には辿り着けなさそうな気がする……」
あの二人ってやっぱりいろいろと規格外だと思うのだ。
少しの情報から知識を広げるのが上手い華琳や、この時代でバイクみたいなものを作ってしまう真桜。絡繰って言葉で済ますにはいろいろとおかしいだろとツッコミたくなる技術が盛り沢山だ。他国の皆さまもいろいろと規格外だし……。1から10を学ぶって、本当に出来るのな……って、華琳に会って初めて頷けたんだと思う。
「ん、よし」
苦笑と一緒に頭を振って、ぐうっと伸びをする。
机には整理された書類など。
これからの予定なども書かれているそれを纏めて、持ち上げると歩き出す。
やること……自分が出来ることはまだまだ山ほどある。
今は難しいことは考えずに、その忙しさに埋没していようと……苦笑を漏らし、思った。