真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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85:三国連合/伸ばした手の先にある支柱②

 コーン…………

 

「………」

 

 次の種目。

 駆けっこ大会が行われている間、俺は壁に寄りそうにぺたりと座っていた。

 アア、壁が……壁がツメタイ……。

 

「隊長? ……隊長ー? なぁ凪、どないしたん、あれ」

「…………いや、それがな」

「ていうか真桜ちゃん、今まで何処にいたの? 昨日から姿を見なかったけど」

「大将に命じられて、まあその、いろいろと裏方回りとかをそのー……って、うぅうウチのことはどうでもええやんっ、なっ? そそそれより隊長のことや、隊長の」

「ああ、実は……」

 

 仮のグラウンドとして提供されたのはやっぱり城壁の上だった。

 現在の優勝は蜀が2で魏呉ともに0。

 観客のみんなが城壁を駆ける将たちを見上げ、応援している。

 ここでも地和の妖術が役立ち、上空には駆ける将らを斜め上から見下ろす形での状況が映し出されている。いや、ほんと便利だな妖術。

 ……そんな状況下にあって、俺はただ呆然と壁の冷たさを感じていた。

 

「うえっ!? 蜀が優勝したら、魏との関係云々を忘れて蜀と付きおーてもらう!?」

「ああ。もちろん同盟の話じゃない。隊長自身が考えている、その、魏への操みたいなものを抜きにして付き合ってくれ、と」

「蜀の軍師さまはとんでもなく大胆なの……!」

「いや、沙和。あの大人しい軍師殿が、あんなことを言うなど……おかしいとは思わないか? あれはきっと、予め考えられていたことなのではと私は思うんだが……」

「えぇっ!? じゃあ蜀のみんなは隊長の子供欲しさに頑張ってるのー!?」

「あ、い、いや、かか必ずしも子供がというわけではなくてっ……!」

 

 三人の声が耳に届く。

 そう。

 俺は、蜀の優勝数が一番だった場合、蜀で、つまり、その、そういうことを受け入れながら、しばらく暮らすことになっている。

 きっちり優勝した上でのしっかりとした願いであるため、拒否権なんて存在しない。

 華琳もしっかり了承していたし、呉もむしろ「そっちがその気なら」って目を光らせていた。主に雪蓮が。

 

「おぉおお……隊長との子ぉが欲しいなんて、そんな、大将でもまだなことを狙ぉとるなんて、ええ度胸しとるやん……! ならつまりウチらが優勝すりゃええっちゅうわけやな?」

「その通りだ! 隊長との子供はなによりもまず魏に産まれるべきだ!」

「凪ちゃんとの子が?」

「ひぃぅっ!? ちちぃいいちちち違う! いやっ……欲しいとは思うがそそそその違う違うぅっ!!」

 

 ……このまま壁になれないだろうか。

 なれないね。

 なんかいつの間にか優勝国には御遣いの子種をなんて仰ってる者も居て、観客もなんかもう場のノリに飲まれて応援してるし、いや応援じゃなくて面白がって煽ってる感じだ。

 もはや俺が何を言っても聞いてくれない。

 神さま……俺は本当に馬鹿なんでしょうか。こうなるかもしれないことを想定して、もっと対策のようなものを打っておくべきだったのでは……。

 

「……ちゅーか……」

「ああ……」

「すごいの……」

 

 そんな思いとは別に、ちらりと視線を向けてみた城壁の上。

 そこでは物凄い速さで駆ける春蘭が居て、「わははははは!」と笑いながら紫色のバトンを季衣に渡していた。

 次いで走る季衣もまた加減知らずで最初から全速力。

 追って迫る焔耶を近寄らせようとせず、そのまま一周、流琉にバトンを。

 

「……みんなめっちゃ気合入っとるやん」

「あ、次は霞さまが……」

「わー、速いのー!」

 

 魏の気合が今までよりも格段に増していた。

 しかしそれは蜀も呉も変わらず、今回ばかりは呉に出て良しとされた思春も、風を引きちぎるくらいの速度で城壁を駆ける。

 

「行け!」

「はいっ!」

 

 バトンを託された明命が駆ける。

 それを鈴々が追い、抜いて抜かれてを繰り返す。

 ……賑やかなだけの駆けっこになるはずが、いつの間にやら恐ろしいまでに本気の戦いになっていた。

 

「えいやぁっ!」

「当たりません!」

 

 そしてこの駆けっこ、妨害が可能である。

 武器を持てばその分行動が遅くなるが、それでもいいのならという事情で、武器を持ち込んでも良しとなっている。

 武器はそれぞれの持ち武器だが、もちろんレプリカだ。

 武器が折れた者も居るので、その作成に真桜が駆り出されて、今まで苦労していたというのは言わないほうがいいだろう。

 

「“ばとん”を落とせばいいのだ!」

「そうはさせません! これだけは死守しますですっ!」

 

 妨害行為は、ようするに敵を足止めさせるかバトンを落とさせればいい。

 足止めといっても自分が止まっては意味がないので、やはり相手のバトンを手から叩き落すのが一番効果的だ。

 しかしながらバトンの破壊は認められていないため、攻撃をするにしてもどうしても加減が入る。なにせ破壊したらその時点で失格となるのだ。

 

「っ……待ってください! 先に魏を止めなければ、このままでは負けてしまいます!」

「にゃっ!? そういえばそうだったのだ!」

「気づいてなかったんですか!?」

 

 そして、まあこうなる。

 一番を潰して、次は互いを潰し合う。

 しかしそのためにはまず追いつかなければいけないので、全速力。

 追いつけば攻撃を開始し、その隙を突いて一人で駆け抜ける者も。

 

「あっ、こらっ! 待たんかいっ!」

「待たないのだ!」

 

 霞に追いついた鈴々が、攻撃を仕掛けると同時に前へ。

 明命もそうしようとしたが、霞が振るう得物をガードしたために一歩遅れる。

 そのあとはもう、三人とも脇目も振らずに全速力だ。

 

「ふわぁあ……すごいの……!」

「うぇえ……あんだけ走ってあんだけ攻撃して、息ひとつ乱しとらん……」

「さ、最後は私だ……! で、ででででは隊長! 我が魂にかけて、“あんかー”を努め、隊長をお守りしてきます!」

「や、凪? 守りたいっちゅーことは伝わるけど、なんか言葉的におかしない?」

「おかしくなどない!」

 

 凪が石段を登って城壁の上へ。

 待機し、バトンが渡されると一気に地を蹴り弾き、前へと駆けた。

 

「おお速い! 速いで凪ぃ!」

 

 凪は氣を弾かせて駆けているようだった。

 なるほど、あれなら早く走れる……けど、あんまり使うと疲れるのも早い。

 しかしそこは凪。

 氣の扱いには十分慣れていて、速度も十分に速く安定していた。

 後を追う翠やシャオに追いつくことを許さず───そのままゴールしてみせた。

 

「おぉっしゃ勝ったー! 凪のやつ勝ったで隊長ー!」

「これでひとつ優勝いただきなのー!」

 

 スパァーンと器用にハイタッチをする真桜と沙和。

 そして、忠犬のように俺のもとまで来て「隊長! 勝ちました!」と言う凪。

 ……俺はといえば、もう途中から壁を愛することはやめて、各国の走りに見入っていた。

 お陰で顔だけで振り向くのではなく、きちんと向かい合って、凪を迎えることが出来たわけだが……そんな笑顔が眩しく、自分のために走ってくれたのが嬉しくて、気づいた時には凪の頭を撫でていた。

 そう、そうだよな。魏が負けるって決まったわけじゃないんだし、それに俺だって覚悟を以って支柱を受け入れたんだ。

 こんなあからさまに嫌がってて、なにが覚悟だ。

 みんな頑張ってるんだ、その思いには報いらなきゃ嘘だ。覚悟も、今までのことも。

 

(……今度こそ。───覚悟、完了)

 

 魏に操を立てていた。

 けれど、蜀や呉のみんなに惹かれなかったと言われれば、きっとそんなことはない。

 現に亞莎相手に妙な独占欲みたいなものを持ってしまっていたし、それは他のみんなに対してもなんだろう。本当に、節操の無い男だと思う。

 万が一に魏が負ければ、いつか各国の王が華琳が覇王であることを認めたように、俺も認めて受け入れよう。その時は、子種だろうとなんだろうと…………いぃいいいやっ! そっちの話になると物凄い抵抗が!

 嫌いなわけじゃない! ないけど、やっぱり俺は魏が! みんなが!

 

「それでは引き続き、歌唱大会を始めまーす! ……あ、なお、歌とは言っても今回、ちぃたちに参加の権利は与えられてませんので」

「う、歌!? いきなり歌だと!?」

 

 ……頭をぶんぶんと振っていると、地和の言葉に蓮華が驚愕の声を漏らす。

 お祭りの準備中に噂くらいは聞いていただろうに、“まさか本当にやるとは”って声だった。

 ちなみに言うと、歌の練習を散々としていた美羽は、今大会中は呉の選手ということになっているので、七乃ともども敵だ。代わりに華雄は魏軍扱い。

 

「はい、いきなり歌でーす♪ 今大会の変則的な条件として、それぞれは今大会のために大した準備をすることを認められておりません! 内容はあくまで突発! それに対して各国がこの者こそがと思う者を出し、勝利することこそが目的! 力だけでは勝てません! さぁそれではさくさく行っちゃいましょー! 天下一品歌唱大会! 各国の皆様は歌う人を3人選んでくださいねー!」

 

 各国からざわりと動揺が漏れる。

 しかしすぐに意識を切り替えると、歌い手を選んで前に出す。

 魏からは春蘭、稟、沙和……って春蘭さん!? あなた歌得意でしたっけ!?

 え、えぇと……呉からは当然、美羽、七乃、シャオ。

 蜀からは蒲公英、朱里、雛里。

 

「……なんだろう、この敗北臭……」

 

 以前の宴の時にも春蘭の歌は聞いたが…………いや、あれはあれで迫力はあった。秋蘭に無理矢理歌わされたようなものだし酔っ払ってもいたが、迫力はあった。

 うん、あった。……歌唱力は別としても、迫力は。

 でもそれで優勝できるかどうかは………………考えないでおこう。

 大会規約として、“魏国への贔屓に似た行動は駄目です”と言われてるし。

 

(信じるんだ。何も出来ないならせめて信じる。勝手に信じて、勝手に結果を待とう)

 

 勝手に期待して落胆するのって、相手に失礼だもんな。

 たとえ負けても、悪いのはみんなじゃないのだから───!

 

……。

 

 コーン……

 

「隊長! 隊長ぉおおっ!!」

「うわー……完全に壁になってるの……」

「あっさり負けてもーたもんなぁ……」

 

 はい……歌唱大会は呉の圧勝で終わりました……。

 ほぼ蜀と呉の対決のようなものとなり、魏は……沙和が頑張ってくれたのだが、稟は華琳からの頑張りなさいって視線で何を妄想したのか噴血。春蘭もまた、期待されていると思って沙和との協力もなしに一人で全力熱唱。歌詞を間違えまくるわ熱が入りすぎて叫ぶだけになるわ、手がつけられなかった。

 その点、呉や蜀は“協力して歌うこと”に集中し、見事に前へ出ていった。

 美羽やシャオの歌に七乃が合わせて歌い、とても即興で作ったメンバーとは思えないくらいにバランスが取れていた。袁家と孫家ということで、またなにかやらかすんじゃないかなんて思ってしまっていたが、むしろ舞台の上の美羽やシャオは笑い合っていた。

 ……これが仲直りのきっかけになればいいんだが、なんて……少し期待してしまった。

 一方の蜀も、朱里と雛里に合わせて蒲公英が落ち着いて歌うという行動に出て、一応の安定を見せた……のだが。ここぞという時に朱里と雛里が噛んでしまって、合わせて歌ってた蒲公英も釣られて噛む、というとても珍しい状況が完成した。

 観客からのウケはとてもいいものだったが、審査員役としては減点となるわけで。

 結果が…………壁に張り付いた俺だった。

 

「カベガ……カベガキモチイイ……」

「もー! 隊長しっかりするのー!」

 

 沙和に襟首を掴まれ、ベリベリと壁から引き離される。

 いや、意識はしっかりしている、つもりだ。

 ただ冷たいものに触れて、頭を冷やしたかったのだ。

 そ、そう、大丈夫だ。

 支柱は、支柱はどこかを贔屓してはいけないものなんだ。

 もし、たとえ負けてもこれがきっかけできちんとした支柱になれるのなら、俺は───!

 

「あっ、一刀~♪」

「うわっと!? シャ、シャオッ? どうした?」

 

 沙和が掴む襟首も気にせず、俺に抱きついた小蓮さん。

 

「んふん? あのねー? 一刀にぃ、と~ってもいいお話があるんだよ?」

 

 そんな小蓮さんが、外見とは裏腹に妖艶な笑みをこぼす。

 ……ええ、はい。長い間この世界で生活をしてきたのならわかることです。この笑みはやばいことを言われる前兆と言えましょう。

 

「……キ、キキキ、キキタク、ナイデス」

 

 だから言った。嫌な予感に抱かれながらも、区切ってまできっちりと。

 

「えへへぇ、だーめ♪ 優勝権限で、呉も蜀と同じ条件出させてもらったの。どう? 嬉しいでしょー」

「…………」

 

 あっさりダメって言われて話された。

 そうだね。基本、僕の話なんて右から左ですもんね。

 氷結効果でもあったのか、俺の笑顔がびしりと引き攣り、固まった。

 

「今……なんと?」

「だからぁ、一刀にぃ、呉に子作りに来てもらうって言ったの」

「子作り限定!? 蜀でさえそこまでは言ってなかったのに!?」

 

 顔を赤くして、とろけるように言うシャオ。もちろん俺はそれどころじゃなかった。

 「シャオがよくても他のみんなが困るんじゃないか」と言い訳じみたことをつい言ってしまったのだが、それを逆手に取られた。「え~? みんなそれでいいって頷いてたよ?」……だそうだ。

 

「だっ……だめーっ! たいちょーは魏のものなのー!」

「そんなこと知らないも~ん。優勝者権限でなに言ってもいいって言われたからそう言っただけだもん。曹操だって納得してたんだから」

「うぐっ……大将ぉお……」

「……確かに、華琳さまは隊長を三国の父にすることに同意していたようだが……」

「誰かもよく知らない男との子供なんてぜ~ったい嫌っ! あなたたちだってそうでしょ? だったら一刀との子供がいいって思うの、当然じゃない。それにぃ~……んふん♪ シャオは一刀のお嫁さんなんだから」

『───』

 

 三羽烏のコメカミに青筋が浮かんだ。

 真桜がベリャアと俺からシャオを引き剥がし、沙和が俺をシャオから遠ざけ、その空いた空間に凪がズンと立ち塞がる。

 

「そちらが総合で優勝すれば。という話なら、我々とて負けられません」

「そうなのそうなのー! 隊長はぜぇ~ったい渡さないんだからー!」

「せや! むしろウチらが勝てば、ウチらも隊長の子ぉを……」

「ハッ!? ……わ、私が……隊長との子を……!」

 

 うおーいぃ、凪ー……? って、ちょっと待て?

 そういえば駆けっこで勝った時、魏側は俺になにを望んだんだ? 

 いろいろあって忘れてた。

 最後……アンカーを走ったのは凪だったよな。

 

「そういえば凪」

「は、はいっ! 不束者ですが!」

「いやいやそうじゃなくてね!? いや……駆けっこの時、一応勝っただろ? 魏側は俺になにを望んだのかなって」

 

 というか、なんで勝者の願いを俺が聞かないといけないのか……。

 べつに王たちでもいいんじゃないか……? いやむしろそうであるべきじゃ……?

 

「あ、は、はい! 勝者権限として隊長に望んだことは、その……」

「その?」

「わ、私たち魏との子を───!」

「───……」

 

 思考が停止した。

 ああ、なんだ……俺にはどのみち、逃げ場などなかったのか……。


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