真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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84:三国連合/天下一品武道会準・決勝戦⑤

131/槍と戟の舞

 

 -_-/───

 

 ───駆ける足には氣が籠もる。

 握る手にも氣が籠もり、氣脈が満たされる感覚に心が躍る。

 戦の中でもそうそうは感じることのない高揚感に、趙子龍───星は笑みを浮かべた。

 直後に槍と戟を衝突させると、その高揚が鼓動とともに胸を打つ。

 吹き飛ばされることもなく、踏み締めた足にはさらなる力が。

 かと思えば、押し返せるほど甘くもなく、その事実が彼女をさらに高揚させた。

 

 ───駆ける足には力が籠もる。

 握る手には力が籠もり、気力が満たされる感覚に心が躍る。

 戦の中では感じることがなかった高揚感に、呂奉先───恋はほんのわずかに口角を持ち上げた。

 直後に戟と槍を衝突させると、その高揚が抵抗とともに体を走る。

 吹き飛ばすつもりで放った一撃を受け止められたことに、痺れにも似たなにかが体を支配し、それが、とある男が与えてくれた感覚に似ていることに、やはりうっすらと口角を持ち上げた。

 自分を吹き飛ばし、自分に勝った男を思うと胸が熱くなる。

 一人と戦って負けたことなどなかった。

 戦は戦。

 そこにどのような理由や差があろうと、“敗北”は“敗北”だった。

 油断、体調不良、言い訳などはどうでもいい。

 強い力で返され、それを叩き伏せるだけの力で向かった。

 そして吹き飛ばされ、立ち上がり、負けた。

 それが事実で結果で敗北ならば、戦場では同じことが起きたなら死んでいた。

 つまりそれは、自分の負けということ。

 敗北なのだから当然だが、自分にとって“負け”は当然ではなかった。

 所属していた国や軍が負けようが、それは“自分にとっての負け”ではなかったから。

 

 ───両者が遠慮無く得物を振るう。

 星は避け、逸らし。恋は受け止め、弾き返す。

 将といえば、戦場で振るわれる撃を受け止め、返してみせるもの。

 そういう認識はなかなか強く、力自慢の者ほどそうして相手を圧倒、勝利してきた。

 逆を言えば避ける行為をする者は少なく、それも、続けて避ける者を臆病者とさえ呼ぶ者だって居るだろう。

 愚直に突っ込み、振るわれる攻撃を受け止め、受け止めきれねば殺される。

 勇敢と呼ぶべきか愚かと呼ぶべきか。

 

「愚かだろうな」

 

 星が笑う。

 ふと頭に浮かんだ考えは、戦を楽しむならばすべき行為であり、明日を夢見るのであればする必要のない行為だった。

 生きて辿り着く必要があるのであれば、必ず勝ちたいのであれば、技術の全てを以って歩むこと。それでも届かぬのなら、足りないものを補ってくれる誰かとともに。

 

「……、……」

 

 攻撃を重ねる恋は、止まることなく攻撃を続ける。

 普通であるなら敵が怯む攻撃を、星は逸らし、躱し続けている。

 それに戸惑うのも事実だが、時折にする御前試合や鍛錬時の星の動きと今のソレは、明らかに違って見えたのだ。

 事実、星の体は彼女自身が“普段よりも軽い”と感じていた。

 

「ふふっ……恋よ。悪いが今回ばかりは負ける気がせん」

 

 気脈を満たす氣が、彼女を支えていた。

 “己一人では届かぬ場所があるのなら、足りないものを補う誰かとともに”。

 現在の星にとってのそれは、一刀によって満たされた氣だった。

 自分自身の力ではないが、それはそれだと簡単に割り切った。

 そう。これは祭りであり、戦なのだから。

 と、そんな星の高揚をよそに、解説席では地和、一刀、華佗、華琳が話し合っていた。

 

「北郷解説員さん。先ほどの趙子龍選手の発言をどう思われますか?」

「はい。敗北フラグですね」

「ふらぐ……あれがそうなのか。なるほど、言われてみれば不思議と、趙雲が負けるという意識が深まってくるな」

「なるほどね。負ける気がしないと確信した瞬間に生まれる油断。そこを突かれればもろいものよ。兵であろうと、将であろうと」

「……まあ春蘭の場合は、最初から自分の勝利を疑わないから、油断なんて生まれないんだけど」

「あら。だからいいんじゃない」

 

 解説席の言葉をしっかりと耳にした星は、眉を歪めながらも笑っていた。

 言ってくれる。だが、それでも負けるだなんて思われていない。

 ちらりと見た解説席の男は、結局は星と恋を応援していて、どっちが勝つとも思っていて、それなのにどっちが負けるとは思っていない。

 不思議なことに、どっちの勝利も信じているのだ。

 優柔不断だといえばそれまでだが、それはどちらの武も信じているということ。

 もし彼が君主で自分たちが下に就く者ならば、これほど嬉しいことはない。

 ただし双方が対峙する今、そんな期待を持たれたならば、互いに、余計に負けるわけにはいかなくなる。

 思考の刹那に一閃。

 前髪がビッと弾かれ、呼吸に少しの乱れが出るが、逸らせた体を返す反動で反撃。

 受け止められても構わず突き、それら全てを弾かれるとさすがに苦笑が漏れる。

 しかし負ける気がしないと言った言葉が偽りであるわけでもなく、星は充実する氣とともに前へ前へと出ていった。

 

「おぉっと趙子龍選手、防戦一方ばかりだった最初とは打って変わり、前に出るーっ!」

「元気に司会するのはいいけど、いい加減に俺の背中から前に出ない?」

「こうしなきゃ、なにかあったら盾にできないじゃない」

「盾にすること前提で喋るなよっ! ……居るなら横に居てくれって。じゃないと、咄嗟の時に抱えることも出来ないだろ」

「え……」

「一刀。少し黙りなさい」

「へ? や、けど」

「あのね。あなたは妖術入りのまいくの前で、観客相手に何を届けたいというの?」

「ぇあっ!? あ、あー……タブン、愛情デス……」

 

 解説席の御遣いは真っ赤になって項垂れた。観客は、急に緩んだ空気にようやく気のゆるみを感じ、長い溜め息を吐いたあとに笑った。

 そんな観客たちを見た星は笑い、氣のお陰で熱くなる体を以って恋への攻撃を続ける。

 連突も速度重視の突きも、払いも悉く弾かれる。

 しかしながらまるで通らないわけではなく、弾かれながらも掠る程度は幾度かあった。

 対して、防戦をする恋はさほど焦った様子もない。

 攻撃が来る場所を予測、受け止め、押し返して攻撃する。

 それの繰り返しで相手は潰れる───……ものだと思っていた。

 自分と戦いたがる相手は居ない。

 来ても、戦えばすぐに動かなくなる。

 言われるままに突撃する兵のほうが、命令を下す者よりも勇敢だと思ったことがある。

 それは自分の意思ではないけれど、勇気が要ることなんだろうと……思ったことがある。

 

「……、……」

 

 今、自分との戦いに笑みを浮かべる者が居る。

 あらん限りの力をぶつけられ、受け止めると手がジンとして少しくすぐったい。

 それを返すと逸らされて、逸らされるとくすぐったくない。

 だから受けに回ってみたけれど、あまり胸は高鳴らない。

 

「………」

 

 胸に届く一撃が欲しい。

 天の御遣いはそれをしてみせた。

 その上、自分に勝ってみせた。

 それからの自分の胸は、御遣いを見るたびに高鳴りに襲われた。

 心地良く、なにかをしてあげたくなる。

 その高鳴りに動かされるままに行動をしていた先に、今があった。

 

「っ───!」

「つわっ……!?」

 

 ……強撃を返す。

 逸らしきれなかった星は、予想外の衝撃に軽い悲鳴をあげるが、それでも武器を落とすことはしない。

 

「……負けるのは、困る」

 

 胸の高鳴りとは別に、湧き出したこの想いはなんだろう。

 負けたのならそれでいいと思った。

 しかし、同時に“もう他の誰にも負けたくない”と思った。

 “特別”はひとつでいい。

 桃香は友達。他のみんなも友達。でも特別はひとつでいい。

 だから───

 

「負けるのは、困る……!」

 

 負ける気がしないと言った、目の前の友達を倒す。

 氣の放出というものをやった所為か、体はいつもよりも鈍く感じる。

 それでもやることは変わらない。勝つだけだ。

 

「っ!」

「くぅっ!?」

 

 一閃。躱し切れず、肩を掠った衝撃に、思わず星が距離を取ろうと飛び退くが、それを即座に追う恋。

 それは今までの“来る者を潰す”、“最初から本気であとは知らない”といった適当さ加減ではなく、“明らかに倒しに行く姿勢”での突撃だった。

 その目を見た星も意識を切り替え、振るわれる横薙ぎを屈むことで躱し、その動作とともに振るっていた槍は瞬時に戻された戟に弾かれる。

 恋はそれを駆けたままの動作でやってみせ、次の疾駆の一歩とともに、下に構えた戟が星に向かって掬い上げるように振るわれる───が、星は槍を自分の前で横に構え、立ち上がる勢いとともに跳躍。

 槍は戟に弾かれることで持ち上げられ、星は宙に飛ばされながらも綺麗に回転、着地してみせた。

 それから息をつく暇もなく地を蹴り、そのまま走ってきていた恋と再び激突。

 横薙ぎを弾かれ、戻しとともに振るわれた戟を逸らし、放つ蹴りを逆に蹴り弾かれ、繰り出された戟を飛び退き躱し、踏み出しとともに戟で狙われた足を跳躍することで躱し、同時に跳びながらの刺突を戟の石突きを合わされて止められ、そのまま力だけで飛ばされた。

 着地を狙い、疾駆する恋。

 遠慮なく戟が横薙ぎに振るわれたが、手応えはなく。

 振り切ったその戟の上に立っていた星は、口を服の袖で覆いながらくすくすと笑っていた。

 

「珍しいなぁ恋よ。お主にしては少々焦りすぎではないか?」

 

 乗ってみせる星も異常だが、片腕でその重さを支える恋も異常だった。

 星は直後に恋に向けて槍を突き出すが、それが恋に届くよりも先に戟は下ろされ、星は戟から跳び、着地した。

 

「え? あれ? 今の決着じゃないの? 寸止めだったじゃん」

「寸止めっていったって、状況が固まってなきゃ決着にはならないって。足場が悪いし、突き出されたのは頭へだ。足場の自由云々はあの場合は恋が握ってるし、達人なら頭に確実に当てられるかっていったらそうじゃないしね」

「……当てられそうだけど? 少なくともちぃから見ればそう見えるし」

「頭っていうのは人の体じゃ一番狙い難い部分だと思うぞ? 的は小さいし、胴よりもよっぽど。ものを躱すのに必要な“目”、動作を実行するための“脳”がある場所だ。なにをおいても逃がす前提が結構揃ってるだろ」

「ふーん、ややこしいんだ」

 

 ややこしい。

 そういった暗黙の云々を知らなければ、なにを言われても納得出来るものがないのは事実だろう。覚えきってしまえばどれだけややこしくても“ひとつのルール”として受け取れるものも、受け取るまでは何十個もある面倒なものごとの集合体にすぎない。

 

「ふぅっ!!」

「くわぁっ!?」

 

 恋の一撃。

 逸らそうとした星だったが、触れた途端に逸らす力ごと弾かれ、大きく体勢を崩した。

 そこへ、目つきを鋭くした恋が追撃。

 咄嗟に星は飛び退こうとするが、恋はその動きに本能で合わせ、一気に離れた分の間合いを詰めた。

 武器ごと腕を弾かれ、体勢を崩した状態でのバックスッテップで満足な体勢ではない星にしてみれば、それは明らかな“詰めの一撃”だった。このままでは当たる。この体勢で当たれば、武器に氣が籠められておらずとも、戦闘不能は明らか。

 続行することが“一歩でも進むため”になるのならば───

 

(いっそ倒れてしまえ───!!)

 

 地に着くべき足を自ら持ち上げ、飛び退きの勢いのままに体を逸らせた。

 鼻の先に突風が通り過ぎ、直後に背に衝撃。

 すぐに手を着き体を回転させて起こすと、その行動を利用して槍を振るった。

 それが、丁度追撃に振るわれた恋の戟と衝突する。

 体勢の問題もあり、やはり吹き飛ばされたが、その吹き飛びはかえって体勢を立て直すいいきっかけになった。

 そしてまた、疾駆と衝突。

 余力など残すだけ無駄だと心に断じ、星は体に満ちる御遣いの氣と星自身の氣を使い尽くすつもりで攻撃を放ち続けた。

 加速などという器用な氣の使い方は出来ないものの、体を動かすたびに行動を支える御遣いの氣のお陰で、かつてないほど軽く戦えるのは先ほどのままだった。

 

(やれやれ、負ける気がせんとは言ったが、勝てる気もしないとは)

 

 心の中で溜め息を吐く。

 偽り無しの三国無双の実力に、さすがに軽く唇を噛んだ。

 当たりはする。掠り程度ではあるが。

 しかしどれだけ本気で行っても直撃はない。

 それは星も同じだが、彼女自身はもしも恋が“受け止めること”を捨てたらと思うと、ゾッとしていた。

 受け止められるからこそ次に移しやすい。

 もしも躱すことを覚えられ、攻撃の全てを躱されるのだとしたら、明らかに恋の攻撃の手数は増える。それを思えば、振るえば受け止めてくれるだけ、星は幾度も助かっているということなのだ。

 

(癪ではあるが)

 

 それが相手の戦い方であるのならば何故文句が言えよう。

 勝つつもりで挑むのであれば、相手の出方などは二の次。

 自分の出方をしっかりと固め、その上で勝つ……それだけなのだから。

 

「とはいえ───っ!」

 

 ここにきて星の顔には焦りが浮かんだ。

 体力も気力も、氣すらもが充実している。

 戦えば戦うほど、三国無双と謳われた者との戦いが彼女を高揚させた。

 だが、その三国無双が放つ剛撃は、確実に星の武器を痛めていた。

 二棘であった最初と違い、今ではたったの一棘。

 先端で受けぬようにと立ち回ってもみるが、そんなものが器用に何度も成功するほど、相手は生易しくはなかった。

 

「いや」

 

 ならば自分で生易しく構築しよう。

 星は自分の中に走る御遣いの氣を辿るように、自分の氣を操ることに意識を集中させた。

 北郷一刀はどういう動作で“加速”を繰り出していたのか。

 それを、氣に訊くように体を動かす。

 どうすれば体は速く動くのか。ただそれのみを意識し、あくまで自然な動作で氣は足の先端に集中し───踏み込んだ刹那、それは大地を踏む衝撃を飲み込んで足を駆け上り、腰から背骨を旋風のように駆け上り、やがて腕まで辿り着くと、今までの自分では出せなかった速度が槍を走らせた。

 

「!」

 

 最高、最速の突き。

 達人の技は目では捉えられないほどのものにも至るというが、これはまさにそれだった。

 危険を察知して戟を構えた恋が、それを受け止められたのは偶然でしかない。

 一棘になってしまっていたために、槍が歪んでいなければ、その一撃は確実に恋を捉えていただろうに。

 ならばもう一撃と、星は槍を戻そうとする。

 だが突然の加速に、それに耐えるための鍛錬などしていなかった星の体は悲鳴をあげた。

 槍を持つ手に籠もった氣が、上手く全身に戻らない。

 ここにきて星は、北郷一刀が鍛錬馬鹿である理由にようやく気づけた。

 

(なるほど。あそこまでやってこそ、氣を十分に操れる、か……)

 

 苦笑。

 それは敗北を受け入れた笑みだった。

 精進あるのみ。今回は万全で降り、次回に向けて鍛錬するとしよう。

 そう思い、星は槍を地面に突き刺し、降参を口にした。

 

 

 

132/決着

 

-_-/一刀

 

 ワッ、と声があがった。

 星が地面に槍を突き刺し、歪んだそれが手放されると、星はどさりとその場に尻餅をついた。

 

「けっちゃぁーくっ! 打倒になるかと思った決勝戦、まさかの降参宣言! いったいなにがどうして降参に繋がったのかはわかりませんが、ええとまあ正直なにをやってるのかすらまともに見られませんでした! 人間の動きじゃねぇと言いたいです!」

『おぉおおおおおぉぉぉぉーっ!!』

 

 尻餅をついた星にすぐに駆け寄って抱き起こすと……その時点でわかった。

 無理矢理加速させた氣が気脈を傷つけてる。

 これじゃあ立ってるのも辛いはずだ。

 

「無茶するなぁ……加速は氣脈が太くないと負担が凄いんだぞ?」

 

 俺は祭さんの無理矢理気脈強化のお陰で、普通よりは太いからそこまで辛くないが。

 そもそも体が鍛えられないとわかってからは、毎日仕事をしながらも氣の鍛錬だけは続けている。お陰で氣の扱いだけなら大したものだと……胸を張ってもいいですか?

 

「ふ、ふふ……実感、している、ところ、で……あたたたた……!!」

 

 いわゆるお姫様抱っこで抱えられている星が、言葉の平凡さのわりに、わりと本気で痛がっていた。まあ、内側の痛みだ、それは仕方ない。

 しかし軽い。

 人としての重さがあるのはまあ当然としても、普通よりは軽いと感じる。

 鍛錬の賜物だな、なんて口にすれば殴られるだろうな。

 いや、腕折れてるくせにお姫様抱っこなんて馬鹿かとか思われるだろうが、華佗の鍼のお陰で一応はくっついているところに氣を張り巡らせて、無理矢理保たせているだけにすぎないんだが……立つことすら難しい女の子に貸すのが肩だけなんて、それは支柱としてどうなんだって話だ。支えてこその柱だ。

 なんてことを思い苦笑していると、勝者である恋がトコトコと歩いてきて、お姫様抱っこをされている星を見て一言。

 

「ん…………やっぱり疲れてたほうが……」

 

 ぼそりとした声だった。

 大歓声の中では、注意しなければ聞こえないくらいのもの。

 しかし聞こえてしまった。

 声をかけようと思ったんだが……それよりも早く、何故か恋が戟に氣を籠めてまたバカデカい巨大な氣の塊をってギャーアアアアア!!?

 

「いやちょ待ァアーマママ!!? なんでいきなり氣を解放!? しかも垂れ流し状態!?」

 

 そして吹き荒ぶ烈風。

 なにがなにやら、「やめれー!」と何故か方言的な声が腹の底から放たれた。

 星に訊いてみれば、なんでも恋さんは俺の膝に座ったり、お姫様抱っこされたりしたいんだとか。……え? なんで? あ、いや、人の“やってみたい”“やられてみたい”を頭から否定するのはいけないよな。

 俺だって華琳にやってみてもらいたいことの一つや二つ、当然のように存在する。

 だったらなるほど、恋がいろいろ思うところがあるのも頷ける。

 

「わかった、わかったから! 膝に座るのもお姫様抱っこでも、膝枕だろうとなんでもするから!」

「!」

 

 言ってみたらビタァと止まる氣の突風。

 ……うん、なかなかに現金だ。

 それだけ俺にしてもらいたいこととかがあるってことなのか?

 まあどの道、拒否権なんてないのだ。ここは素直に受け取っておこう。

 

「でもとりあえず、今は優勝者が祝われる時だろ。俺はちょっと星を仮医務室に連れていくから、恋のお願いを聞くのはその後な?」

「……、……、……」

「………」

 

 ウワーイすごい不安ダー……あの恋が頷きまくってる……。

 いったいなにを要求されるんだ……?

 天の料理がたらふく食いたいとかなら、全力で再現できるように頑張るだけなんだけど、あんまり無茶な要求だと応えられるかどうか。

 

(まあ)

 

 なにを頼まれても応えられるような自分でいよう。あくまで出来る限りの範疇で。

 “これがそういう催し物だった”と最初から知っていたなら、心の準備も相当に出来ただろうに……いきなりだもんなぁ。

 だが規定に書かれているなら仕方がない。確認しきれなかった俺が悪いのだ。

 それでもお手柔らかにと願わずにはいられない自分が居た。

 恋のことだから、そこまで無茶なことにはならない……と信じていよう。

 想定外のお願いだったらもう涙してでも叶える方向で。

 心の中で盛大に溜め息を吐きながら、俺は星を抱き抱えたまま歩いた。


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