真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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82:三国連合/天下一品武道会第一回戦⑤

 尋常に。

 “素直に、普通に”といった意味でのそれを口にしての激突は、既に俺が知る普通とは掛け離れていた。腹から放つ覇気が籠もった声も、気迫とともに放つ一撃の重さも、あまりに尋常ではないために…………見蕩れていた。

 周囲からは歓声を通り越した大歓声。

 偃月刀同士の対決に心震わせてか、それとも蜀の関雲長の武を求めてか───いや。そのどれもであり、第一回戦の締めというのも手伝ってだろう。応援を咆哮に変えるが如く、民も兵も叫んでいる。

 

「おぉおおおおおっ!!」

「おぉおおりゃぁああああっ!!!」

 

 袈裟と逆袈裟が衝突する。

 振り下ろす霞と掬い上げる愛紗の一撃が、大歓声の中でもハッキリと聞こえるほど響く。

 体重を乗せた振り下ろしと、逆に自分に重きを乗せる振り上げでは、不利有利なんてものは想像に容易いもの。現に地和も霞寄りの司会進行をし始めたのだが、それも途中であっさりと覆される。

 勢いのあまり、霞の飛龍偃月刀が彼女の腕ごと頭上へと跳ね上げられ、戻す一撃が、無防備な霞の体へと落とされる。

 

「っ、うわっ! あぶなっ───あぁあああっ!?」

「いぃいやぁああああああっ!!!」

 

 それを、自由である足で後方へ下がることで避けたが、そこを突いてさらにさらにと攻撃を仕掛ける愛紗。対する霞は虚を突かれただろう動揺を気迫で打ち消すように表情を変えると、痺れているであろう腕を無理矢理戻して追撃の一閃を弾いた。

 痺れた腕ではそれで精一杯───だろうと思ったのだが、霞は歯を食い縛ると咆哮し、体勢を立て直すどころか反撃までしてみせた。

 

「ふっ……さすがにやる!」

「あったりまえやぁっ! 無様な姿、さらせるかいっ!」

「同感だ!」

「えっ? ほんまっ!?」

 

 ……微妙に会話がズレている気がしてならないが、攻防は凄まじく、息を飲む。

 愛紗は大観衆や桃香を思って“同感”ととったのだろうが、霞の場合は多分目の前の愛紗に対して言ったんだろうなぁと。いや、それに対して息を飲んだわけじゃないことだけは加えておく。

 俺がしょーもない想像をしている中でも、青龍偃月刀と飛龍偃月刀は衝突を繰り返し、観客を沸かせていた。けど……押されているのは霞であると、どうしてもわかってしまう。

 その事実を本人こそも受け入れているのか、自分の力不足を噛み締めるように歯軋りをしているように見えた。……もちろん、勝負を諦めないままに。

 

(考えや……。闘えただけでもめっちゃ嬉しいけど、だからって負けるのはいやや……! 勝ちたい思うし、負けるんやとしても───)

 

 やがてその姿勢が防御ばかりになってくると、愛紗の動きもやがて攻撃一辺倒。攻撃に重きを置いたものへと変わってゆく。

 ならばそれが好機かといえばそう断言できるものでもない。

 隙あらば反撃に……なんて誰でも思うことだが、相手は関雲長。

 強いのだから防戦になり、激しい撃なのだから防御せざるをえない。

 これで反撃に移りでもすれば、たちまち防御していた攻撃が己を襲うのだ。

 想像するだけでも恐ろしい。

 

(───そうや。愛紗は相手を打倒する時、必ず大振りでくる。それを───)

 

 霞の構えの重心が下へと下がった。

 防戦をすると決めたのか、それとも力を溜めているのか。

 どちらにしても愛紗の攻撃は止まることを知らず、見ているこっちの体が勝手に避けようとしてしまうほどに迫力があった。

 ……近くに居るわけでもないのに、体が避けなければと反応してしまうのだ。

 目の前の霞はたまったものではないだろう。

 もちろんそれは、霞の感性が俺と一緒ならばの話。

 

「どうしたっ……! もはや撃ち返す力も無いか!」

「───……」

「だんまりか。だが、私を見る目はまるで死んでいないな」

「あ、バレた?」

「ふふっ……いいだろう。お主ほどの相手に、数だけの連撃など無意味だろう。そして、お主もそれを待っていた」

「うわっ……お主やなんてこそばゆいやんっ……! 霞、霞でえーからっ!」

「………」

 

 会話のさなか、お主と呼ばれた途端に頬を染め、胸の前でついついと人差し指を突き合わせる霞さんの図。……あんた決闘の場でなにやってんですか。

 ほら、愛紗もぽかんとしてるし……!

 

「こほんっ! と、とにかく! ……次で決めさせてもらう。我が一撃、受けてみよ!!」

「っ!?」

 

 剣道で言うところの正眼で構えられた青龍偃月刀。

 それを持つ愛紗から放たれる気迫が、歓声を一瞬で鎮めさせ、場に静寂をもたらす。

 感じる威圧感は本物だ。

 動けば自分が標的にされるかのような、弱肉強食の世界へ急に放り出されたような不安感に襲われる。だというのに、困ったことにそこから救い出してくれるのも、己を食わんとする強者も、同じ相手という絶望。

 そんな覇気と殺気を混ぜた氣を間近で受け止めた霞は、荒げていた呼吸を放たれる氣とともに吸い込むようにして呼吸を整えていた。

 

「覚悟は良いか!」

「へへっ……いつでも来いやぁっ!」

「ならば参る! ───我が一撃、一閃にして瀑布が如し!!」

「あ」

「あ」

 

 愛紗が駆け、そして言い放った言葉に、俺と霞は無意識に同じ言葉を放っていた。

 愛紗からの熱い想い(いろんな意味で)を受け止めきるつもりでいたであろう霞に、迷いが走った。うん、走ったよ絶対に。

 

「青龍! 逆鱗斬!!」

 

 獲物よりも身を前にしての疾駆。

 そこから繰り出す袈裟の一撃が、霞が両手にて構える飛龍偃月刀へと落とされる。

 恐らくは飛龍偃月刀ごと霞を吹き飛ばし、無力化させる気なのだろうが───

 

  ひょいっザゴォンッ!!

 

「……へ?」

 

 ───青龍の逆鱗は、ものの見事に舞台の石床を割っていた。まず驚いたのが、模擬刀だというのに“砕く”ではなく“斬り裂いていた”という事実。

 いやまあ、霞が思わず後ろに下がってしまったからなのだが。

 構えからして、霞は確実に受け止めるのだろうと思っていた愛紗の、間の抜けた声だけが聞こえた。それは、愛紗自身の氣によって静まっていた会場に、とてもよく響いた。

 

「えっ、なっ、し、霞っ!?」

「え? やっ、ちゃうっ、ちゃうよ!? ウチ逃げたのと違う! ただ愛紗が、華雄と同じこと言うから、ウチまた偃月刀壊されるんか思て!」

「そのような言い訳が───! ……うん? ……んっ、ふっ! ぬぬっ!?」

 

 ……で。斜めに振るった青龍偃月刀は、ものの見事に舞台に突き刺さっており。

 装飾が施された柄が切れ目に食い込んでいて、なんというか…………うん。

 

「ぬ、抜けなっ───!? ……あ」

「………」

「い、いや待て霞! こんな無様が決着などっ!」

 

 やっぱり抜けないようだった。

 で、そんな愛紗をぽかんと見つめる霞さん。

 ちらりと視線を外して華琳の方を見ると、はぁと溜め息をついた華琳は「好きになさい」と、溜め息のわりには何処か楽しそうに仰った。

 まあその。

 相手の攻撃を避けてはいけないなんてルールはない。

 相手の最高の一撃を受け止めてこそ武人だというのなら、最高の一撃を出したもん勝ちになってしまう。だって、出し続けていれば相手は受け止め続けなきゃいけないわけだから。

 そんなわけで、霞が飛龍偃月刀を構え、しかしどこか納得いかない表情のままに愛紗へ向けて───

 

「っ……ぬぅぉおおおおおおおおおおっ!!」

「……え? え、なに? 足元がうぅわあっ!?」

 

 振るおうとした、まさにその時。

 ミシリと青筋まで立てていそうな愛紗が、顔を真っ赤にして腕に力を籠めた。

 結果……青龍偃月刀は抜けなかったのだが、あー……えーと。

 

「あ、あい……愛紗……? それ……」

「っ……せ、青、龍……! 逆鱗……斬……!!」

「え、や、そうやのーてやな?」

「青龍……逆鱗斬だっ!!」

 

 真っ赤な顔で、舞台の石床の一つごと青龍偃月刀を持ち上げる美髪公が居た。

 それは、改めてこの世界の女性がとんでもないことを、再認識した光景であった。

 

「ふっ……ぬ……ぉおおおおおおおおっ!!!」

「ひぃああぁあああっ!? ちょっ、あぶなぁあっ!! 愛紗! 危ない! それめっちゃ危ない!」

 

 だってさ、あんな重そうなものを、武器としてゴファンゴフォンと風を巻き込みながら振るうんですもの。恐怖以外の何を感じろと。畏敬? ……畏敬か! 武に対しての畏敬!

 でもやっぱり振ったあとの隙はとんでもなく大きい。

 そこを突けば霞も勝てるんだろうに───ふっと笑うと、愛紗が青龍偃月刀【鈍器】を振るうのに合わせ、飛龍偃月刀を思い切り振るう。切れるはずのないもので岩を斬って見せた一撃と、霞が振るう一撃とが衝突し合うと……舞台から引っこ抜かれた石床は、見事に砕け散った。

 

「……霞」

「あんな状態の相手を突いて得る勝利になんて興味ない。命のやりとりしとるんならともかく、これは純粋に武技での競り合いや。命は懸けんでも、己の信じる武技は懸けられる。そんなら勝っても負けても恨みっこ無しや。無しやから───」

 

 どこか可笑しげだった空気が凍る。

 目を伏せた霞から感じるものは、凍てつくような殺気。

 それこそ、戦場に立っているかのような空気が場を支配した気がした。

 そして、それは霞が目を開いた瞬間、確かなものへと変わる。

 観客の中から、小さく悲鳴めいたものが聞こえたが……そんな声すらもがやがて消える。

 

「───次で終いにしよ。待つんはもうやめや、性分やない。相手が打って出るんやったら、ウチも打って出るだけや。相手が誰だろーと関係ない。……せやろ?」

 

 殺気を含んだ眼光は愛紗へと。

 その愛紗も、霞から放たれる氣を受け止め、目を鋭くさせていた。

 

「いいだろう。そこまで言えるのならば、もはや躊躇もせん」

 

 渦巻く気迫同士が舞台を支配する。今度こそ、完全に。

 

「あ、あのー!? ちょっとー!? 殺しはまずいわよっ!? 死なない程度にね!? 規定で言ったように殺したら打ち首なんだからねー!? って、ちょっとはちぃの話も聞きなさいよー!!」

 

 もはや地和の声など届いていないのか、互いが構えたままに動かない。

 ただ、立ち、向かい合う空間には覇気や殺気といった気迫が渦巻き、地和の言葉に多少は戻りそうになった歓声が、再び沈黙へと至った。

 

『………』

 

 チリチリと肌を焼かれるような気迫。

 たまらず地和がこちらへ逃げてくるが、それが済んだ頃。

 

「っ! せいぃっ!!」

「おぉおおおおっ!!」

 

 地を蹴り駆ける。同時に。

 互いが一歩駆ければそれだけで間合いに入る距離。

 それだけの距離で出せる最大の助走を勢いとし、二人は持てる氣の全てを一撃に乗せ、激突した。そう、激突。たった一歩で出せる速度などたかが知れていると思うだろうが、氣を籠めた一歩の助走なら俺でも出来る。そして、それを将が。しかも愛紗や霞ほどの猛将がするのであれば、その速度は異常の域だった。

 音だけで聞くのなら、まるで車の衝突事故だ。

 いや、受け止める部分が互いに少ない分、衝撃としての効果はより高いかもしれない。

 鉄球と鉄球を高速で打ち合わせたような、しかしそこに氣までもが乗っかったために発生する突風。咄嗟に地和を抱き締めて庇い、土埃がまるで散弾銃のように飛んでくる状況に目をきつく細めながら耐えた。

 ……そんな中、何かがどこかに衝突する音と、小さな悲鳴を聞いた気がした。

 

「……、……!?」

 

 やがて治まる突風。

 当然といえば当然で、武器が延々と風を出しているわけではないのだから、ひと波過ぎれば静かなものだが───……二人の様子を確認するべくしっかりと開いた景色の中に、なにかが足りないことに気づいた。

 

「う……わぁ……」

 

 ハッとして、音が聞こえた場所を見てみれば……場外傍の壁に突き刺さった、へしゃげた棒状“だったもの”。装飾を見るに、飛龍偃月刀のようだった。

 そう。

 舞台に居る霞の手には、あるべき飛龍偃月刀が無かった。

 そして霞自身も立っているわけではなく、ぶつかり合った場所から離れた位置に座り込んでいた。

 ……立っているのは愛紗だけ。

 しかし、その手に持つ青龍偃月刀もまた、へしゃげてしまっていた。

 

「……っ……はぁ……! ───模造とはいえ、我が青龍偃月刀を曲げてみせるとは」

 

 華雄の時とは違い、へしゃげた武器。

 恐らくは氣で包まれていたからなのだろうが、では氣で包まれていなかったらどうなっていたのか。……飛龍偃月刀が突き刺さる壁の先に居る、震える桂花が無事でなによりだった。

 だって、ヘタすれば武器が砕けて、それこそ散弾のように飛び散って……なぁ?

 

「……無手となったが、まだやるか?」

「……いや。全部出し切ったわ。ウチの完敗や」

「そうか。───良い仕合だった。いつかまた、機会があれば手合わせ願う」

 

 差し出される手。

 霞は地面に座り込んだままぽかんとその手を見て───

 

「え? ほんま? またやってくれるんっ?」

「ああ。霞さえ良ければだが」

「いいっ! むっちゃいい! やったら今日からもっともっと鍛えんと!」

 

 手を握り、まるでアイドルと手を繋いだファンのように目を輝かせ、ぴょんぴょんと飛び跳ねてまで喜んでいた。

 ……今度は愛紗がぽかんとする番だった。

 ともあれ、勝敗は決した。

 

「ほら、地和」

 

 俺の腕の中で微動だにしない地和を軽くゆすり、仕合が終わったことを教えてやる。

 するとどうでしょう。

 

「え? あ───ちぃ、強引なのも結構好きかも」

 

 ハッとして俺を見上げると、何故かポッと頬を染めて、きゅむと俺に抱き付いてきて……って!

 

「抱き締めたのはそういう意味じゃなくてね!? 司会だよ司会っ!」

「へあ? あ、ああっ! 司会ね司会っ! そそそれでは第九仕合! 関雲長選手の勝利で終了いたします!」

『うぉおおおおおおおおーっ!!』

「これからお昼の休憩を取りますので、お腹が減ってる人はもりもり食べましょう! お昼は支給されますので、がっつりとどうぞー! ただし! お残しは許しません! 残したら料理長直々の罰が下ります!」

 

 声高らかに終了宣言と、これからのことを話す地和。

 舞台の興奮もどこへやら、お昼でしかも支給されるとあって、町人も兵も大燥ぎだ。

 全員に支給なんて、手痛いどころの出費ではないが、祭りの日くらいはね。

 ああもちろん、町で売られる祭り用の食事などは普通にお金が必要である。

 あくまで“この昼のみ”が支給されるだけだ。

 しかしタダメシが食えるとなれば、残す人など居るわけもない。それがよっぽど嫌いなものでなければ、きっと食べるだろう。

 そんなことを考えていると、観客席からいろいろな声が聞こえてきた。

 

「料理長?」

「よくわかんねぇけど、まあ残すなんて罰当たりなことするわけねぇよなぁ」

「食えるだけありがてぇってもんだ。しかも支給とくる」

「でも嫌いなもんだったらどうするかなぁ」

「そりゃお前……」

「なあ……?」

「そっと残しときゃバレやしねえって」

 

 集団思考って怖いね。

 みんなでやれば怖くないって感覚は、ある意味で自殺行為に等しいのに。

 この世界では特に。

 そんな人達の声が聞こえたのか、地和がコホンと咳払いをしてにっこりと笑い……七乃のように指をピンッと立てると、元気よく言葉を放った。

 

「えー、ちなみに。調理長は典韋将軍なので、こっそり嫌いなものを残そうとか言う人は、破壊される覚悟くらいは決めておくようにー! ちぃちゃんとの、約束よー?」

『はいっ!! 残さず全て食べさせていただきますッッ!!』

 

 舞台が揺れるほどの、絶叫にも似た感謝の言葉であった。

 

「……はぁ。とりあえず、無事に終わってくれたか……。はは、あんまり喋る機会、無かったな」

「いや。誰もが速すぎて、言葉を発していたところで間に合ったかどうか。余計な解説を入れるよりは良かったと俺は思う」

「そっか。そういう考え方もあるか」

 

 俺はといえば華佗と一緒にぐぅうっと伸びをしながら、解説についてと昼についてを話していた。


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