126/視察という名の腕相撲
準備というのは確認を終えて、初めて終了する。
そのための視察をしに歩き、騒ぎの渦中に立ち、結局は一緒になって騒ぎ、怒られる。
そんな日々は案外悪いものではなく、支柱になったところで自分の立ち位置はそこまで変わることはなかった。
というのもありのままの自然体な俺でこそ支柱だ、という意見がちらほら聞けるからであり、ヘンにどこかに力を籠めた俺ではそういうのに向いてないと囁く者まで居る始末。(主に見た目がちっこい人達)
「だめだ。医者として、治りかけの者に無茶をさせるわけにはいかない」
「だよな……普通そうだよなぁ……」
昼も後半。
肉まんなどではなく、しっかりと食事をしようと立ち寄った店で偶然出会った華佗に、これから華雄と仕合をするから、一時的でもいいから痛みを無くしてくれと頼んでみれば、素晴らしい速さで却下された。
戦いが見られるかもとわくわくしていた蒲公英はそれはもうがっくり。
合流していた華雄までもががっくりとして、そこをなんとかするのが医者ではないのかとツッコミを入れていたが、華佗は医者として当然のことを言ったまでである。ならばもちろん俺は華佗側で、仕合に飢えた将のみなさまを落ち着かせるために尽力した。
「はぁあ……祭り前でみんな、結構気が立ってるのかな」
「それもあるだろうが、恐らくはもっと天の御遣い……北郷の戦う姿を見たいんだろう」
「一刀でいいって言ってるのに……でも、そうなのか? 俺の戦う姿なんて、他の将に比べれば危なっかしくて怖いだけだろ」
「それも理由のひとつなんじゃないか?」
「うわー、嬉しくない」
将や支柱だからって、さすがにそこまで大きな卓が取れるわけもなく。
数人に分かれて卓に座った俺達の視線の先では、蒲公英と華雄が早食い対決をしている。
霞も蒲公英の元気っぷりに誘われるように渦中に混ざり、がつがつとメシを食らう二人を応援している。まあその、のんびりと食べながら。
「さっき結構肉まん食べたのに、どこにあれだけ入るんだろうなぁ」
「ああ。女性は食べたいと思うものを前にすると、物理的に胃袋が大きくするという本能があってだな」
「それ、甘いもの限定じゃなかったか?」
男二人、同じ卓に座りつつ、騒がしい別の卓を見る。
ひとまず吐くべきは安堵の息かなぁ。ここでの食事は各自が持つことになっているから、俺も気兼ねなく……金の許す限りは食べられる。
といっても安くて美味いものを願わずにはいられない懐なので、ささやかなものを。
水道水くださいと言うわけにもいかないし、そもそも無いから軽食で済ませる。
「あれから調子はどうだ?」
「ん? 腕のことか? それとも氣のことか?」
「どちらもだな。安静にしていればこのお祭り騒ぎが終わる頃には骨もくっつくだろう。だがそれと痛みとはまた別だ」
「日本の医者が聞いたら、顎でも外れそうなくらいポカンとしそうな言葉だなそれ……。痛みはするけど問題はないかな。無茶さえしなければその痛みもないし。氣のほうは……意識し始めてからは体に馴染ませるように使ってるってくらいだ。普通の日常を過ごす程度には操れるようにはなってる」
「そうか。飲み込みが早いんだな」
「こうなるまでは、氣で体を動かして城壁の上を走り回ってたから。それのお陰だな」
そうじゃなかったら今頃、恋の一撃を受けて胴体がズッパァーンて……おお恐ろしい。
「というわけで、氣の密度が上がったりとかしてるか見てくれるか?」
「よしわかった。───むっ」
華佗の瞳が緑色に光る。
その目で見られると、自分の内側まで見透かされるような気がして、正直落ち着かない。
しかしゆっくりとした一度の瞬きのあとにはその色も元に戻り、華佗はキリッとした表情を元に戻す。
「ああ、順調のようだ。この調子で焦らず伸ばせば、様々な用途に生かせる氣に成長するだろう」
「様々って……医療とか?」
「そうだ。前に北郷自身がやったな。自分の氣を相手の氣に似せて流し込むというものを。あれを利用すれば、弱っている者に活力を与えることも、自らの力で氣を練成できなくなったものを支えることも出来る。しかしそれは、“氣の在り方”がその者自身のカタチに染まりきってしまうと、容易く出来なくなってしまう」
「あ、そか。それは前に聞いたやつだな」
「そうだ。しかし北郷。お前の氣はお前自身の氣はもちろん、御遣いとしての氣が混ざっているお陰で、カタチというものが存在しない。氣が二つ存在していた以前ならばどちらかに固定されることもあっただろうが、今のお前の氣ならそれがない。つまりお前さえその気になれば、たくさんの人の命を救える」
「………」
俺の氣と御遣いの氣が合わさった状態の氣が固定される、ってことはないのだろうか。
それを訊いてみれば、「ない」ときっぱり言われた。
「不思議なことに、お前の御遣いとしての氣は常に色を変えている。集中しだせばその時の色で固定されるようだが、それ以外で言えばほぼ毎日だ。まるで気分によってコロコロ変わる、気まぐれなものを見ているようだ」
「な、なんだそれ……」
あれか? 外史を願った者の意思とかが関係しているとか?
こうであってほしいって考えでいくらでも外史が生まれるなら、この世界一つにだってほんの少しずつ違う意思が恐ろしいほどに存在しているのだろうから。
お陰で俺の中の氣の色がころころと? ……やっぱり、“まさか”だよな。
「ころころと色が変わるくせに、俺の氣と混ざり合うのはどうしてなんだろな」
「御遣いだからじゃないか?」
「そんな単純な話なのか……?」
腕を組み、笑いながら言う華佗に対し、苦笑で返した。
ちょくちょくと食事を摘みながらの話はそうして続いた。
早食い大食いなんて出来るほど金がないことはさっきも言った通りだし、少し静けさに身を置きたかったってこともあったのだが、
「はむむぐあぐんぐっ!」
「がふがふんぐんぐむぐっ……店主! 水だ! 水をよこせ!」
勢い良く食べ急ぐ蒲公英と華雄が近くの卓に居るというだけで、その願いは最初から叶えられそうになかった。それにもっと早く気づくべきだった。
……。
賑やかな食事を終えると、各々自分の行動をとってゆく。
かく言う俺もそろそろ真剣に視察をしないとと動くのだが、どうしてか霞と華雄がついてくる。蒲公英も来ようとしたのだが、同じく食事に訪れた翠に捕まって拉致……もとい、連行された。
詠と月は城で仕事。荷物を運ぶ予定があって、それを手伝うために恋もねねも一緒に歩いて行った。
で、こちらの霞と華雄組は……。
「一緒に来てもなんにもないぞ?」
「退屈なんやもん、ええやん」
「鍛錬をする筈が武器を折ってしまったからな。することがない」
自業自得だ。
しかし退屈なのは本当のようだから、一人で歩くよりはと当然のように迎えた。
……いや、別に一人でトラブルに巻き込まれたら怖いなとか、そんなことないぞ? だってそんなこと考えるの、ほんとに本当にほんっっとぉおお~に、今さらだしさ……。トラブルは巻き込まれるためにあるのさ……この北郷一刀の人生の中では、きっとそれがもう臨終の時まで予約でいっぱいなんだよ。
「やー、しっかし蒲公英もやるもんやな~、ちっこい体しといて。まさかあんだけ食うとは思っとらんかったわ」
「あれ? もう真名許されたのか?」
「話しやすいからそれでかまへんて。随分軽かったわ」
「………」
真名の定義が個人によって軽すぎる。
俺の場合は、一時は殺されそうにまでなったっていうのに、そんな簡単に……。
……ん? 真名の定義?
そういえば真名ってどういう感じでつけられるんだろ。
親が名前をつけるようにポンと出る……わけじゃないよな?
この子は逞しく育つだろうって願いをかけてつけるとか? ……それじゃ名前つけるのと大して変わらないよな。
考えながらちらりと右横の霞を見た。
霞。張遼につけられた真名だな。
どういう経緯でつけられたのかを考えてみるも、さっぱりだった。
「で? 一刀はこれから視察の続きなん?」
「ああ。引き受けたからにはきちんとやらないと、人としても支柱としてもいろいろとね」
「最初は随分とサボっていたと聞くが?」
「あの頃の俺はどうかしてたんだ……生かしてもらってるのにサボるなんて、命知らずもいいとこだ」
「んー? そんなん、そんだけ華琳に気に入られとったっちゅーことやん」
「華琳が“気に入った”って理由でサボリ魔を手元に残すわけないだろ。華琳が人を手元に残す理由なんて、気に入ったっていうのはそりゃあもちろんだけど、イジメ甲斐があるとかからかい甲斐があるとか、将来有望だとか仕事をするだとか、珍しい話を聞きだせるとか他では絶対に手に入らない珍しいものだとか、手にしているだけで多少の利益を得れるものってくらいだろ。俺の場合は成長云々はさておき、もの珍しさと御遣いって名前があったからってだけだ。絶対に」
指折りに喩えをあげていると、左隣の華雄が呆れた顔で俺を見た。
「そうまで自分を下に見るとは……お前には武人の誇りがないのか?」
「誇りより、無様でも生きることを願うよ。基本ビビリなんだ、俺。譲れないもの以外をやることで生きられるなら、絶対に生きる。譲れないもの以外の誇りなら、生きていれば何度でも組み立てられるよ」
こういう考えを嫌う人はこの世界にはたくさん居るだろうが、まずは生きることを選ぶのは普通の人にとっては当然のことだ。町人に誇りのために死ねと言われても死ねないのと一緒。産まれがただの一般人なんだから仕方ない。
霞も華雄もそこらへんの個人差はわかっているからか、苦笑を浮かべながら受け入れる。ただ、誇りに生き誇りに死ぬことを良しとする将や王の気持ちが、まったくわからないってわけでもないんだよな、困ったことに。
それを知ることが出来る世界を生きてきたのだから、それもまた当然だった。
……もちろん、“それは否だ、その時ではない”と思ったからこそ、あの日は不慣れな馬に跨ってでも華琳と愛紗の戦いを中断させたわけだが。
「二人はどうする? ついてきても、本当に視察だけになるぞ? ……情けないことに、お金もすっからかんだし」
「んー? なににそんな使ったん?」
「……主に恋の食事代……かな……」
「北郷? 顔が笑顔なのに影が差しているぞ?」
華雄にツッコまれたとおり、笑顔だったが懐は寂しかった。
だが挫けない。お祭りなんだから、使った金も浮かばれるさ。
それがたとえ食事関係の店に貢献してばっかなのだとしても、気にしちゃいけない。
「うーん……なにかしらの趣味でも探してみるのもいいかもなぁ」
「種馬っ」
「霞さん、それ、趣味とは言いません」
「鍛錬か!」
「違うよ!? 鍛錬が趣味って、どういう趣味!?」
「でも一刀、趣味ってくらい鍛錬しとるやん。呉でも蜀でも結構なもんやったんやろ?」
「……むうっ……」
趣味? 趣味だったのかあれは。
そりゃあやりすぎってくらいやってたかもだが、そうでもしなきゃこの世界で恩を返すなんてことの一歩も踏み出せないって思ってたからだし、いやそもそも趣味が鍛錬なんて嫌だぞ俺は。
「鍛錬以外でいこう」
「あ、せやったら旅とかどう? 退屈せんと思うけどなぁ~♪」
「そうなったら一緒に行くか?」
「行く行くっ、そんでいろんなもの一刀と見て回る~♪」
「武力試しの旅か……それはいいな」
「……華雄。キミの頭には本当に武以外はないんだね……」
言ってみれば、“なにを当然のことを言っている?”と目で返されてしまった。
それでいいのか……って、いいからこういう性格なんだろうな。わかってる。北郷わかってる。
何かに完全に没頭できる人って、それがたとえどんなことだろうと眩しく見えると聞いたことがあるが、実際目の前にしてどういう感想を得たかといえば…………ごめん、どう反応していいのやら。
「しかし結局、貴様とは戦えなかったな」
「片腕相手に勝ったって嬉しくないだろ」
「ならば片腕だけで戦えることを探せばいいんじゃないか?」
「おっ、せやったら腕相撲とかどうや? 馬超とか文醜がたまにやっとるやろ」
「え゛っ、いや霞っ! それは───!」
「おおっ、その手があったかっ」
「アー……」
止めようとするも、手遅れだった。
戦いの話が流れてくれればと思っていたのに、まさか腕相撲とは……。
いや、そりゃ俺も考えはしたぞ? それで済むならって。
でもさ、結局戦いは戦いでも武具使用で仕合か死合っぽいものでなければ、華雄は納得しないんじゃないかって思ったんだ。
むしろ単純な腕力だったら絶対に負けるし。
「よっしゃ決まりやっ! 行こ行こ~♪」
「えあっ!? おっ、やめっ……俺はまだやるとはっ!」
「え~? 一刀、やらんの~……?」
「あの……視察するって言ってたこと、覚えてる?」
「ええやん、久しぶりにサボれば」
「その“久しぶり”をよりにもよって今日使えと!? 今日はまずいだろいくらなんでも! 相手、華琳だぞ!? 覇王様! そりゃ俺自身は今日はなんにも予定入れてなかったし遠慮させてもらってたけど、華琳とはそういう話でっ! って聞けぇえーっ!!」
叫びも虚しく、霞と華雄に掴まれて逃げられないままに連れ攫われた。
抵抗は……ああ、無意味だったよ。