真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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74:三国連合/思いは食べ物にのせて①

120/お汁粉。場所によっては“お志るこ”とも……?

 

 鍛錬の時くらいにしか出さない速度で通路を駆け、ズシャアアァアシャシャシャと豪快に滑り込んで、止まった先には自分の部屋の扉。

 

(…………どうしよう)

 

 ここまで来たものの、言い訳が特に思いつかない。

 そりゃあ書き置きはしたぞ? したけど、ようするに遊んできますって言って抜け出したのとなんも変わらないのだ。ど、どどどどうする……!? どうす───ハッ!? いっそのこと雪蓮を見習って開き直ってみるのはどうだろう! 彼女は対冥琳のあしらい方ならもはや神の域といってもいいに違いない!

 そこから導き出される答えとはつまりこう! ……“散々遊んで怒られる”一択ですね。

 真面目に考えよう。真面目だったけど、今のは混乱してたからさきっと。

 というわけで、あー……どうしよう。

 

1:陽気で行こう! 例:「あはははは! やあ冥琳、とても楽しい息抜きだったよ!」

 

2:全力で行こう! 例:「うぉおおおお! 息抜きサイコォオオーッ!!」

 

3:弱気で行こう! 例:「あ、あの……息抜き……してきました……」

 

4:灼熱で行こう! 例:「ひとつのことに命を懸ける! 今日からお前は富士山だ!」

 

5:瀕死で行こう! 例:「グハァッ! 気をつけろっ……あの息抜き、強敵だ……!」

 

 結論:───……あえて2!

 

 そう! 意外なところを突いて、冥琳をポカンとさせる!

 そしてその隙に何気なーく椅子に座って何気なーく再開! 素晴らしい!

 つか、自分の頭の中ながら相変わらず5がおかしい!

 

「よしいくぞ!」

 

 これからの行動のイメージを完了する! さあ! 扉を開いていざ行動!

 

「うぉおおおおおお!! 息抜きサ」

「北郷。座れ」

「ィコッ………………ハイ……」

 

 全力で行こうの選択は、彼女のたった一言で折られた。

 この北郷も老いておったわ。雪蓮に振り回され慣れている百戦錬磨の周公瑾殿に、俺ごときの言い訳が通るわけがなかった。

 

……。

 

 さらさらと筆を動かす音が続く。

 ちらりと見れば、椅子に座りながら読書中の冥琳と…………何故かまた居る恋。

 俺が出ている間に連れ込んだらしい動物たちとともに、俺の寝台を占領している。

 その上でじぃいい~っとこちらを見つめてきていて、目が合っただけでその瞳がきゃらんと輝いたりする。アレだ、散歩前に期待を込めて興奮する犬とか、エサを貰う前に尻尾をブンブン振るう犬の目、みたいな。

 いったい何が彼女をこうまで変えたのか。

 

(むうっ……)

 

 考えてみるも、原因らしい原因が見つからない。

 木刀で吹き飛ばした際に頭を打った……ってことはないよな? 木刀でポクリと叩いたことが原因ってわけでもないだろう。“負けは負け。だから一刀は恋が守る”と言われはしたものの、これは守る者の目として適当なのだろうか。

 ……いや、誤魔化すのはやめだ。

 どうにも好かれているらしいことは、霞の言葉を受け入れるなら間違い無い。間違いないんだが……三国無双に好かれるって心境が、どうにも信じられない。だからこうして悩んでおります。

 

(けどまあ……それと勉強(コレ)とは別だよな。気にはなるけど、今は集中っ)

 

 筆を走らせる。

 右手で書いて右手で巻いて右手で積んで右手で取って右手で広げて右手で書く。

 なんなの、この右手祭り。

 早く治らないかなぁこの左腕。

 

「そうだ、冥琳。祭りの準備とかってどうなってる?」

「滞り無く進んでいる。北郷、お前が怪我をしていなければ、その手伝いもしてもらう筈だったんだが」

「それは素直にゴメンナサイ」

 

 頭を下げる俺を見て、冥琳はフッと笑った。「責めているわけではない」と言って。

 それはどうやら本当のことで、「ただ、少しは自愛しろ」と続けられた。

 うん、責めてはいないな、確かに。

 そうだよなぁ……無茶して辛うじて勝っても、他のことがおろそかになるようじゃ全然ダメだ。華琳に鍛錬の条件を突きつけられたのがつい最近だったら、間違い無くアウトだって断言出来るくらいの状況なんだから。

 

(ふむ)

 

 そこでこの北郷は考える。

 実戦に備えるからこその鍛錬で、見事に骨にヒビが入った俺は……戦場でなら確実に死んでいましたよねと。そうならないための鍛錬なんだから、もっときっちりやっていかないと……とは思ってみるが、言い訳をしてもいいというのなら、相手があの呂布である時点で勘弁してくださいってものでしょう。

 

「あ、そうだ。謝りついでに訊きたいんだけど、今回はどんなことをやるっていったっけ」

「多くはないな。あまり国を空けるのにも問題があるからな。経験の浅い連中に学ばせるためとはいえ、いつまでも滞在したままでいるのも心配だ」

「戻ってみたら国が乗っ取られてましたー、なんてことがあったら大問題だもんな」

「もしそうなれば取り戻すだけだ。アレなら喜んで修羅となるだろう」

「ああ、アレね。言われた途端にその光景が頭に浮かんだよ」

 

 雪蓮(アレ)

 裏切り者をいつかの鋭い目つきのままに、ザッシュザッシュと切り刻む雪蓮の物語が俺の頭の中で上映された。対峙した際にめちゃくちゃ怖い思いをしたことも手伝って、頭の中の雪蓮はやたらと強かった。

 

「話を祭りの方に戻すけど、騒ぐなら別の方向でも楽しめたほうがいいよな。でも飲んで騒いでは歓迎の時にやったし……」

「繰り返しになるが、飲んで騒いでで十分だろう。そもそも北郷、お前の知る将のほぼが、飲んで騒いで以外で楽しむ光景を思い浮かべられるか?」

「そりゃあもちろん───…………あれ?」

 

 武将が戦で笑み、軍師連中は話し合いで笑む。

 それ以外はほぼ飲んで騒いで以外には想像できなかった。

 わあ、気づいてみればとっても単純だった。本人らの前では絶対に言えない事実だ。

 

「……じゃあ、また飲んで騒いでということで……」

「それでいい。酒では酔い潰れるだろうから、別の飲み物を考えよう。武道会前に酒を飲んだ所為で実力が出せなかったと言われても困る」

「なるほど確かに。けど飲み物か。桃ジュース……は、桃を何個使うかわからないから却下。水で飲んで騒いでってわけにもいかないだろうし───いや待てよ?」

 

 なにもアルコール飲んでガッハッハーと騒ぐ方向ばかりを考えることなんてないよな。

 酔いで騒ぐんじゃなく、“これは美味い”って方向で騒ぐのでもいいわけだ。

 となると意外性を突けるものがいいな。

 天の飲み物で、そこまで難しくないものは~っと……。

 

「むむっ」

 

 ピンときた。

 きたけど、飲み物の分類に入るのか? あれって。

 確かに飲むものだし、自販機でもたまに見るものだ。

 

(作ってみればいいか。そんなに難しいものじゃな───……難しかった)

 

 なにせ左腕がコレだ。苦労するのは目に見えてる。

 しかしやろう。

 それでみんなが笑顔になるのなら、左腕一本の痛みくらい───!

 

(どうってことない! って言えたら格好いいだろうなー……と思っていた頃が、俺にもありました)

 

 今では私が支柱さん。みんなにあげるのはもちろん賑やかな時間。

 なぜなら、無理をすれば絶対に怒られるからです。

 なんて思ってみても、作る気は満々。無理をしなければいいんだ。うん。

 さて、そうと決まれば勉強勉強!

 腕が動かせなくなっても出来ることがあるなら、とにかくそれをやっていくんだ。

 手伝えないのが心苦しいって思ってたところにこの閃きはありがたい。

 まずは作ってみて、誰かに味見をしてもらおう。

 美味って評価が得られれば、関門である華琳に味を見てもらって……そこをクリアして初めて出せる。そう、これは既に戦いなのだ───!

 

「冥琳、飲み物って熱いのでも平気? あ、一応冷たいのでも出せるには出せるものなんだけどさ」

「なるほど? そう訊くということは、温かいほうが美味いということか」

「そゆこと。天のじいちゃんが結構好きだったものなんだ。お汁粉、っていうんだけど」

「おしるこ?」

 

 そう……餡子の饅頭があるというのにどうして今まで閃かなかったのか。

 砂糖をふんだんに使った甘い汁は、疲れた頭にもありがたい。

 

(……ん?)

 

 いや待て? そういやこの時代、杏仁豆腐があるんだよな。

 杏仁豆腐があるってことは、それを固める寒天とかもあるのか?

 寒天があるってことは天草がある? 昆布はないのに。

 …………あ、そうだ。寒天じゃない、ゼラチンだ。魏ではロバの皮とかから抽出したのを“にかわ”として使ってたって、歴史にもあったはずだ。

 なるほど、ゼラチンなら天草も必要じゃない。

 

(上手く合わせてあんみつとか作れないかな)

 

 おお、そうなると蜜も必要だよな。黒蜜をかけたあんみつの美味いこと美味いこと。

 ……作るのはいいけど黒砂糖なんてあったっけ?

 あ、じゃあ普通の砂糖に水じゃなく果実酒を混ぜてゆっくり煮詰めれば……───きちんとアルコール飛ばさないと、桃香が酔いそうで怖い。

 むむ、単純にデザートを増やすって意味でなら、アイスにきな粉をかけるとか黒蜜をかけるとか、それだけでも一品として増えるよな。

 大豆もあるし、乾燥させたものを粉末状になるまですり潰して砂糖と微量の塩を混ぜればきな粉の完成。アイスとの相性は地味に高い。

 飲み物ってだけでも牛乳にきな粉を混ぜる~っていうのがあった気がする。

 ……ハッ! もち米使って餅を作って、あべかわ餅という手も……!

 

(……鍋とカレーが食べたい)

 

 想像はアレコレ広がるものの、人間って存在はやっぱり無い物ねだりが大好きです。

 昆布で出汁を採ったものに野菜や肉をたっぷり入れて、シメにはうどんかごはんですよ。たまりません。香辛料とか混ぜてキムチ鍋を演出するのも、凪が喜びそうだし……あ、でもそうなるとべつに昆布出汁じゃなくても……むしろ火鍋でも十分だよな。

 いや、火鍋だからとキムチと一緒くたに考えるのはダメだ。

 あれは個々でも素晴らしい。

 

(むむむ……困った、肉まんと桃を食べたっていうのにまた腹が減ってきた)

 

 食べ物のことって、考え始めると止まらないよなー。

 

(あ、食べ物といえば……)

 

 席を立ち、窓際に置いてある携帯電話を手に取る。

 少しは充電されているそれを開き、画面メモを開く。

 そこには“昆布の養殖について”の保存ページタイトルが。

 そう、消える前から……否、この世界に初めて来た時からくすぶっていたあの気持ち。

 ホームシックは散々としたし覚悟も決めたが、生きるための食には勝てぬこの気持ち。

 鍋が食べたい。昆布と醤油の鍋が食べたい。

 しかし中国が昆布の養殖に成功するのは1930年。

 今の段階ではまず無理。

 ならばどうするか……どうにかマコンブを入手して、養殖するしかあるまいっ!!

 いや、この際贅沢をいいませんから、昆布としての旨味が取れるものならなんでも。

 

「冥琳、呉ではワカメとかが打ち上げられてたりしたよね?」

「ああ」

 

 突然席を立ったことに対して、特に言うこともなく返事をくれる。

 これで休みだしたりしたら注意もしたんだろうが、いじくったのが携帯電話だと何を言うべきかも戸惑う……とか、そんなところだろうか。こっちはこっちで思考に夢中になるあまり、勉強中だってことを少しの間忘れてた。

 

「ワカメか……味噌汁もいいけど、ここはやっぱり鍋だよな。昆布出汁で」

「?」

 

 一人でぶつぶつ呟いていたら、寝台の上の恋に首を傾げられた。

 机に戻ろう。ケータイは引き続き充電ということで。

 カツオ出汁も捨てがたいが、やはり昆布。今は昆布の気分だ。

 

(う……よしんばそれが満たされたとしても、次はカツオだーとかカレーだーとか言いそうな自分が嫌だ)

 

 出来ることならば食べたい。

 食べたいが……あれ? そもそもなんの話をしてたんだっけ。

 

「北郷? わかめと飲み物と、どんな関係があるというんだ」

「え? あ」

 

 ……そうだった。食べ物じゃなくて飲み物の話だ。

 

「その“おしるこ”、というものにはわかめが必要なのか?」

「いやなんかごめんなさい全く必要じゃないですごめんなさい」

 

 逸れに逸れすぎた。

 わかめ味のお汁粉とか、想像してみたら気持ち悪くなった。試してないし、案外美味いのかもしれないが。

 

「お汁粉っていうのはさ、餡子を水で溶かして温めて食べるものなんだ。餅が一緒に入ってるとさらにお汁粉的だ。俺の中では」

「ほお? 汁状の餡か」

「俺にとっては天の味のひとつかな。濃すぎず水っぽすぎずがじいちゃんの中での一番」

 

 俺もだけど。

 熱々だと美味いし、冷めたら冷めたで甘みが増した感じがして美味いんだよなー。

 その場合はかえって餅はないほうがいいかも。硬くなるから。

 

「よし、じゃあ勉強頑張ろう。それが終わったら早速作ってみるとして~っと」

「……やる気になるのは結構だが、それが食い気というのもな……なるほど、これで案外お前と雪蓮は似ているのかもしれないな」

「し、失礼な! いくら俺でもあそこまで堂々とサボったり酒飲んだりはしないぞ!?」

「………」

「あ」

 

 沈黙。

 少しののちに溜め息が吐かれ、彼女は額に手を当てながら目を伏せ俯いた。

 

「はあ……まあ、気持ちはわかる。痛いほどにな。あれで真実サボるだけならば、私も遠慮のひとつもせずに殴れるのだが」

「町人と仲良く接するためとはいうけど、酒を飲みすぎなんだよな……終いにはどころか常時絡み酒状態だし」

「お前はああなってはくれるなよ、北郷」

「よっぽどの誘惑がない限りは大丈夫だって。これでもやる気だけは充実してるから」

 

 現在は王を引退し、豪遊の限りを尽くしている雪蓮さん。

 今もきっと何処かで盛大に笑っていることだろう。

 あんなかつての王を見ると、王ってものをやめた華琳や桃香も見てみたいな、とは思う。

 蓮華は真面目な部分が多いから、息抜きでもと薦めても断られそうだ。

 それを言うなら華琳なんて特にだな。

 

「………」

「………」

 

 いい加減、考えるのをやめて勉強に戻る。

 再び訪れる静寂と、筆だけが動く音。

 犬や猫が盛大に欠伸をしてから再び眠る体勢をとる中で、恋もその中に混ざるようにこてりと体を横にした。

 少しして聞こえてくる寝息に苦笑が漏れるがそれはそれ。

 勉強を続け、それは夕方まで続いた。

 

……。

 

 勉強が終わってからの行動は早かった。

 俺の頭が甘みを求めている! とばかりに駆け、厨房に辿り着くと早速調理開始! と、いきたかったのだが。餡子がなかった。お約束だ。

 なのでかつて亞莎と買い物に行った時のように街に繰り出し、店で餡子を買って戻る。結構な量だ。味見や工夫もしてみようと多目に買った。

 

「そして作った完成品がこちらです」

 

 お汁粉第一号。餅はないけど気にしない。

 汁の部分が美味しくない餅入り汁粉は拷問にしかならないのだ。むしろこれでいい。

 早速すすってみるも……首を傾げた。

 

「ん、んん……? 微妙に違う」

 

 材料の所為かな? 甘みが足りない。

 これはもっと濃くても十分なくらいだ。

 じゃあ水の量を減らして、と。さあどうだ。どう……ん、んー……?

 

「……やっぱりちょっと物足りないけど、こればっかりはな」

 

 この時代、そんなに贅沢に砂糖や塩を使うわけにもいかない。

 それにこれはこれでいい。天のお汁粉を知らないならこのくらいが丁度いいだろう。

 

「よしよし、じゃあ誰かに味見をしてもらうとして、誰がいいかな」

 

 こんな時、丁度誰かが通りかかってくれたりとか───ははっ、さすがにそんな都合よく……

 

「おーっほっほっほっほっほっほ!!」

 

 ……通った。

 今、誰かが間違いなく厨房の前を通ってる。

 しかも誰だろうと考えるまでもなく、あっさりとわかってしまうほどの個性。

 さて……ここで再びこの北郷は考える。

 味見役が麗羽で本当に大丈夫か?

 

「大丈夫だな」

 

 結論はあっさりと出た。

 むしろマズかったらきっぱり言うタイプだし、それはそれでありがたい。

 誰にともなく頷いて、歩いてゆく麗羽と一緒に居たらしい斗詩や猪々子を呼び止めた。

 

……。

 

 で、現在。厨房にある卓には麗羽と斗詩と猪々子が座っている。

 そんな三人の前に出すのは作りたてのお汁粉。

 水っぽくもなく固すぎもしない、しかし甘さを損なうことなく丁度良い加減で完成した(つもり)のソレを、三人は見下ろしていた。

 

「ちょっと一刀さん? なんですのこの墨汁は」

「ぼっ!? ……まさか墨汁って言われるとは思わなかった」

「あら、違いますの?」

「違う違うっ、それは天の国の食べ物で、お汁粉っていうんだ。ふと思いついたんで作って、で……誰かに味見してもらいたいと思ってたら、そこに三人が、って」

 

 だから断じて墨汁ではありませんと、身振りも込めて説く。

 すると麗羽が踏ん反り返った上で口に手を添え、いつものポーズでおっほっほ。

 

「まぁ~ぁああ、さすがわたくしっ! そんな大事な状況に颯爽と登場するなど、わたくしの! わ・た・く・し・のっ! 日頃の行いが為せる業ですわねっ! ……で、そのお汁粉とやらはどこですの? こんな墨汁はさっさと下げて、早く出してくださいません?」

「いや……だからさ。これがお汁粉なの」

「え……これがですか?」

 

 斗詩にまで言われたよ……匂いで解りそうなものなのに。

 

「へぇえ……なぁアニキぃ、アニキを疑うわけじゃないけど、こんな黒いのがほんとに美味いのかぁ?」

「不味くはないって。ちゃんと味見もしてあるし」

 

 妙に警戒されている。予想通りではあるが、ちょっと切ない。そう、警戒されるなとは思ってたんだ。思ってたんだけど……墨汁呼ばわりは本当に予想外だった。

 ともあれ、「ささっ、温かいうちに」と勧めてみるのだが、てんで食べようとしない。

 ……仕方ないから自分の分も持ってきて、三人の前で食べてみせる。

 

「毒は入っていませんのね」

「うわーいストレートに失礼だー」

「す、すいません一刀さんっ!」

「いや、斗詩はなにも言ってないだろ。ていうかさ、せめて匂いで判断するとかくらいやってほしかったよ……」

「いやっはっはー、いい匂いはするなーとは思ったんだけどさぁ。アニキには悪いけどこんだけ黒けりゃ警戒するって」

 

 色で判断されたのか……。

 けどまあようやく食べてくれるみたいだし、反応を待とう。

 

「それじゃあいただきますね。ん……、…………あ……」

「いただきまーす。ん……んんっ!? おぉっ!? アニキこれ美味いぜっ!」

「おっ……そっかそっかぁ! こっちの人の舌に合うかどうか不安だったけど、美味いかっ!」

 

 なんか嬉しい。まるで天が褒められてるみたいで、無意味に胸が高鳴る!

 思わず笑んでしまう状況の中で、こちらさまの反応はどうかとチラリと麗羽を見る。

 すると、おそるおそるチロリと舐めているところで……目が合った。

 

「なっ……なんですの───あら美味しい……ってなにを笑ってらっしゃいますの!?」

「や、だって……っはははははっ……!!」

 

 忙しい人だ。怒ろうとしたら美味しさで顔を綻ばせ、しかしやっぱり怒った。

 そんな麗羽に歩み寄って、なんでもないと言いつつ頭を撫でる。

 つんとそっぽを向かれるが、叩かれたりしないのをいいことにしばらく撫でる。

 

「まあ、思わず撫でたくなってしまうほどに可愛らしいわたくしですから? 人の顔を見て笑う無礼くらいは許してさしあげますわ」

「よっ、麗羽さま太っ腹っ!」

「おーっほっほっほっほ! 褒めてもなにも出ませんわよ猪々子さん!」

 

 そして元気な人だった。

 

「けど、よかったんですか一刀さん。こんな美味しいものの味見なんて」

「いいっていいって、丁度ここを通ったのも何かの縁ってことで。それにきっぱり意見をくれる人に味わってほしかったから」

「あらあらさすがは一刀さんですわぁ~? このわたくしの舌によほどの信頼を置いていなければ、とても出来ることではありませんわよ」

「……アニキ。きっぱりって、そっちの意味じゃないよな?」

「ご想像にお任せします」

「あ、あはは……でも、本当に美味しいですよ」

 

 そう言いながら、ずずーっと味わって食べてくれる。

 しまった、匙子でも用意すればよかった。

 

「やはり華琳さんよりもわたくしを。このわ・た・く・し・をっ、味見役に選ぶ一刀さんの目には、光るものがありますわ」

「え? 俺の目って光ってるの?」

「あー……アニキ? あんまいろいろ考えないほうがいいって。真面目に受け答えしてても、平気で話題変えられるから」

 

 それはお供をしている人が言うセリフなんだろうか。

 や、お供をしているからこそ言える言葉ってのもあるだろうけどさ。

 

「それで一刀さん? このおしんこというものはどうするつもりですの?」

「お汁粉ね。とりあえず祭りの中で配ろうかなって。なんだかんだで動き回りそうだし、糖分は必要だろ。だからこれとか綿菓子とか……そうなると別に冷たい飲み物が欲しいな。牛乳でも冷やしておいてみようか?」

 

 もちろん熱して殺菌したものをだ。

 そういった菌が何℃で死滅するのかは知らないが、やるのとやらないのとじゃあいろいろ違ってくるだろう。と、それこそいろいろと思考を回転させていると、軽く手を上げた糸目状態の猪々子が「アニキぃ~、もうちょっとわかりやすく言ってくれってぇえ……」と。

 

「わかりやすくって……ただこの食べ物を、予定している祭りで配ろうって話をしてるだけだって」

「だったらそう言ってくれればいいじゃんか。簡潔だしさー」

「片っ端から“言うだけ”じゃ、何がどういいのかもわからないでしょーが。けど……そだな。それじゃあ訊くけど、これと綿菓子を武道会とかの祭りに出すのは賛成? 反対?」

「おおっ、それは賛成っ! むしろこれで大食いとかも余裕だぜー! ……な、斗詩」

「なんでそこで私に振るのっ!? たっ……食べないよ……? 私大食いとかしないからねっ!?」

「む。大食いにするなら、さすがに資金繰りとか考えないとダメだな」

「一刀さんも真剣に受け取らないでいいですからっ!」

「あれ? そう?」

 

 騒げる要素は一つでも多いほうが面白いかなと思ったんだけど。

 まあいいか、せっかくだしいろいろと試してもらおう。

 

「それじゃ、祭りに出すものを試してもらいたいから、試食をしてもらっていいか? あ、美味しいか微妙か普通か不味いかは是非ともきっぱり言ってくれ」

「アニキー、おかわりー」

「基本的におかわりはいたしません」

 

 言いつつ、ズイと出された椀を回収。

 差し出しなされた猪々子さんが口をぶーと尖らせたが、構わず行動開始。

 大丈夫、自分で“アレを作ろう”って考えて作る料理は普通の味な俺だが、元から味が安定しているものならきっと普通以上だ。


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