真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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69:三国連合/滑舌をよくしましょう③

 さて。水を貰うっていうのがウソというわけでもなかったので、茶器一式を貰ってきた俺は、その途中でたとたとと歩く亞莎を発見。気軽に声をかけてみれば、ビクーンと跳ね上がる彼女の肩。

 首を痛めるぞと思わず言いそうになるくらいにバババババッと首を振って俺を発見したらしい亞莎は、

 

「………………?」

 

 いつかのようにギヌロと目を鋭く細め、こちらを睨んできた。

 ああ、事情知らなかったら睨まれてるだけだよな、これって。

 

「一刀……様?」

 

 声だけの認識だとそんなものだろう。

 というか、いつかプレゼントした眼鏡は今はつけてないのか。それともあの眼鏡でももう度が合わなくなるくらいに目が悪くなったのか。

 うわあ……後者の確率が高すぎて否定できない。

 そんな状況の中、ふと心の中にいたずら心が。

 この状況で声色とか使ったらどうなるんだろうか。

 

(よ、よし、じゃあやってみよう。仲の良い兵の声くらいなら真似られ───)

 

 などと思っていると亞莎がハフーと息を吐いた。相当な安堵の。

 ハテと首を傾げているうちに、どういうことか「一刀様ですね」と確信を持たれてしまう有様。いったい何が───もしやエスパー!? ……いや、そういえば目が悪くても、氣で相手を判断できるとか呉に居た時に聞いた気がするよ。

 よかった、声色使う前で本当によかった。

 

「あ、あーその……こほん。明命に聞いたけど、もう報せは終わったの?」

「はい。手分けしたので案外早く終わりました。報せた先でも他の者には私がと進言してくれる方が多かったので」

 

 なるほど、秋蘭や愛紗あたりはそう言いそうだ。

 逆に麗羽や七乃は面倒くさがりそうな気がする。っと、それよりもだ。

 茶器を手にする俺を見て軽く首を傾げる亞莎に、お茶に誘うわけでもなく、軽く声をかけてみる。むしろ亞莎自体、俺が茶器を持っているかどうかを理解しているかがわからないので。

 

「そっか、よかった。今ちょっと、とある練習を朱里や雛里とやってるんだけど……亞莎もどう?」

「?」

 

 よかった、という言葉に首を傾げながらきょとんとする亞莎。

 「ある練習……ですか?」と訊ねてくるが、はてさて……内容を言ったら“わわわ私はいいですっ”とか言って逃げられてしまいそうな気がするのは何故だろう。

 いや、何故もなにも発声練習とか人前での早口言葉が恥ずかしいのはわかる。やってみれば案外その恥ずかしさも“楽しい”に変わるんだが、こいうのってなんでもやるまでが問題だったりするんだよな……。

 さて、どう誘ったものだろう。

 

「発声練習。言葉の途中でどもらないように、きっぱりはっきり喋ってみようって練習なんだけど」

 

 考えてみた結果がこれだった。

 逃げられるのだとしても、まずは本人のやる気があるかどうかだもんな。なので包み隠さず全部を説明してみると───……やっぱり少し困り顔になってしまった。

 しかし返される言葉は俺が予想していたものとはまるで違い、

 

「あ、あの。私ってそんなにどもって……ますか?」

 

 ……自覚がまるでない、自身に対する驚きの言葉だった。だったのだが、俺がぽかんと停止するのを見るや、それだけで納得してしまったらしい。

 

「すすすっ、す、すいませっ……! 自覚っ、自覚が足りませんでしたっ……!」

 

 長い袖で顔を隠すようにして目をきゅっと伏せる亞莎。

 そんな彼女を前に、すぐにフォローに入る。……のだが。

 

「いやいやいやっ、べつに責めてるわけじゃないんだって! むしろそれを直す練習をしてみないかって、こうして探しに───あ」

「え……? あ、の……わざわざ探してくださったん……ですか?」

 

 少し“あちゃあ……”といった感じに言葉を紡ぐ俺に、なにやら期待を込めた視線を向ける。俺はその言葉に若干の恥ずかしさを覚えながらも、隠すことなく頷いて返した。 

 

「そういうふうに見られるの、本人としては嫌だろうなと思ったから隠そうと思ったんだけど。ごめん。でも、よかったら一緒にやらないか?」

「───……!」

 

 対する亞莎はやっぱりどこか期待を込めた瞳のままに、しかしハッとすると───あ。これ、断ろうとする時の反応だ。

 

「じゃあ行こう」

「えっ……ふえぇええっ!? あ、ああああのっ、一刀様っ!? 私はっ───」

「亞莎。別の誰かが一緒だからって遠慮しない。先約がどうとかって考え方はもちろん大事だけど、みんなで出来ることは積極的に混ざるべきだ。確かに今、雛里も朱里も部屋に居るけど、それを理由に亞莎が断るっていうなら、俺はその断る理由を断る」

「あ───」

 

 ズカズカと近付いて亞莎の手を取って、ずかずかと歩き出す。

 抵抗は最初のひと引きだけ。

 あとは軽く俯いたままではあるものの、黙ってついてきてくれた。

 ……自分でやっておいてなんだけど、亞莎ってもしかして押しに弱かったりする?

 将来が少し心配だ。

 もし誰かに思い切り惚れられて、強引に迫られでもしたら───……あれ? ……今の、なに?

 

(胸がちくりって……あの、ちょっと待とう?)

 

 この痛さは自分の世界で魏に焦がれた頃のあの痛みに似ている。

 もしかして俺……自分で思うよりも、亞莎やみんなのこと───

 

「~っ……!」

 

 顔が熱くなるのを感じた。

 思わず手を放して顔を覆いたくなるのに、この手は“放してなるものか”とでも言うかのように亞莎の手を強く握る。

 

「………」

 

 大事であることには変わりはない。好きとか嫌いとか、そんなことを置いたとしても。

 それはみんなに対して言えることで、魏や華琳を言い訳にしないと決めた時から少しずつ芽生え始めていた感情。

 みんなってのは将や王に限ったことじゃない。

 兵や民だって大事で、なのに……その“大事”が、将や王に向ける感情とは違う。

 俺は…………この気持ちは……。

 

「あ、あのっ、一刀様っ……?」

 

 ただ歩いた。

 亞莎は呼びかけはするけど振り払ったりはせず、やがて呼びかけもしないままにただついてきてくれた。通路を抜け、やがて俺の部屋まで来ると、一度だけ小さく息を飲み、同じく小さく震えたのを……手を通して感じた。

 そこでようやく気づく。

 強引にとはいえ、男の部屋に女の子を連れてきたって事態に。

 俺の顔を真正面から見るだけで慌てて逃げ出しそうになるほどの亞莎。

 そんな彼女を、強引に男の部屋に連れてきたって事実に。

 

(わぁ)

 

 自分の内側に意識を向けすぎていて、そんなことに気づけなかった。

 これからすることがなんであれ、まるでさかりのついた犬だよこれじゃあ……それで亞莎を怯えさせてちゃ世話ない。

 当然の罰だとばかりに亞莎の手を放し、その手で拳を作ると自分を殴った。

 亞莎が驚いたが、そんな彼女になんでもないからと微笑みかけると、いざ自室へ。

 殴った反動で茶器が落ちそうになったものの、慌ててバランスを取って一息。

 つまりは強引ではあったものの、帰すつもりがないのだ、俺ってやつは。

 大事だとは思う。家族を大切に思うような感覚ではある。けど、胸を突いたちくりとした感覚は……家族に向けるものでは、きっとない。

 

「すぅ……はぁ───……ん。ただいまー」

 

 気分を変えるためにも元気な声で帰還を報せると、机に居たはずの朱里はおらず───ちらりと寝台に目を向けてみれば、雛里の隣でくーすーと寝息を立てていた。

 ……なんかもう、最近自分の寝台が自分のじゃないような気がしてきてならない。

 それは俺の部屋に訪れる客が多く、しかもよく眠っていくからだろうか。

 

「あ、ごめん亞莎、入って」

「は、はひっ」

 

 寝台で眠る朱里と雛里をちらりと見て、顔を赤くする亞莎。

 また始める前に誤解を解くところから始めなきゃいけないのでしょうかと誰にともなく呟いて、結局はそうなる状況に苦笑をもらした。

 

「というわけで、さぁさ」

「ふ……え、ぇえええええっ!!?」

 

 椅子に座って、ぽむりと自分の膝を叩く。

 朱里や雛里と同じように、足の間にどうぞというゼスチャーなわけだが……これに対して本気で驚きの声をおあげなさる亞莎さん。

 正直俺も恥ずかしいが、もう差別とかそういうのはしないと決めた───そう、決めたのですよ、この北郷めは。眠気の所為じゃないよ? ただハイテンションなだけだもん。深夜でもないのに深夜テンションみたいな、脳内が賑やかなだけだよ?

 というわけで、相手が誰であろうと自分らしく。

 飾らないまま。時には飾ってもいいから、自分らしくいきましょう。

 というか、うん。こういうのって相手に拒否されると余計に恥ずかしいので、是非とも座ってくれるとありがたいです亞莎さん。

 

(嫌いじゃない。嫌いじゃないなら、仲良くなって、好きになればいい)

 

 “そういう関係”になるのが目的なんじゃない。

 でも、そういう流れになれば受け入れるといったのは自分なのだ。

 三羽鳥を受け入れようと思った時も、そして今も、その気持ちは変わらない。

 じゃあ三人とみんなの違いってなんだ?

 嫌いじゃないから求められればすぐに抱くっていうのはなんか違う。

 なら、もっと好きになっておけばいい。

 “そういう流れ”になった時に、ひどい言い訳で相手を傷つけないように。

 支柱になることが、人を抱いていいことに繋がるわけがない。

 三国の父にといくら言われようと、その気持ちは変わらない。

 だから、父がどうとかなんてことはこの際忘れよう。

 不名誉な二つ名ではあるけれど、魏の種馬って言われても、がっくりはするけどせめて苦笑でも笑っていられる自分のまま───この大陸に居る人を好きになれる自分のまま。

 

(俺らしくって、そういう意味でいいんだよな、華琳)

 

 間違ってたら殴ってでも直してもらおう。

 他人任せな決断だが、間違いっぱなしな自分で居るよりはよっぽどいい。

 なので、もうヘンな遠慮はしないことにした。

 恥ずかしいが、恥ずかしくないって言い聞かせて。

 そんなわけで───

 

「ほいっと」

「ひやうっ!?」

 

 おずおずと近寄ってきた亞莎を引き寄せて、ぽすんと足の間に座らせる。

 わぁい、自分でやっててすごい胸が痛むよこれ。どこの女たらしだ。……魏の女たらしですね、ごめんなさい。

 で、でも大丈夫~、落ち着け、落ち着け~……これは練習、早口言葉の練習。

 やましい気持ちじゃなくて───

 

(練習……そう、練習!)

 

 クワッと目を見開いて心に決めると、そこからはやっぱりリラックスから。

 くいっと亞莎の体を引くと、その背中がトンと俺の胸をノックする。

 幸いなことに、それでいろいろと覚悟を決めると同時に冷静になれた。

 よし、覚悟完了。

 

「じゃあ、初めからだな。まずはリラックス。力を抜いて、深呼吸~」

「は、はははははひっ、ふふふふつつかものですがっ……!」

「いやあの、亞莎さん? って熱っ!? あ、亞莎うわぁあっ!? 顔赤っ! 亞莎!? 亞莎! 大丈夫かっ!」

 

 ひょいと覗いてみた顔は、これでもかってくらい赤く……目はぐるぐると回り、涙さえ滲ませて……やがてこてりと力なく傾ぐ頭が、彼女の気絶を物語っていた。

 

「………」

 

 気絶した彼女を抱き上げて、椅子から立つ。

 お姫様抱っこにした彼女を寝台まで運ぶと、くーすーと寝息を立てる朱里や雛里の隣へと寝かせ、掛け布団を被せた。

 で、思うことはひとつ。

 

「どうしよう……」

 

 これしかなかった。

 で、こういう時のパターンっていうのが大体誰かが部屋を訪ねてきて、誤解を生んで俺がギャーってことになるわけで。とか思っていると、コンコンと扉を叩く音がってゲェーーーッ!! ほんとに来たァァァァ!!

 

「え、えっと、誰だー?」

 

 いつもならば“鍵はかかってないぞー”と言うところだが、今回はまずい! なんか割りといつでもまずい気がするけどとにかくまずいっ! とととっとととにかくだっ! 三人が仲良く俺の布団で眠る理由を、勘違いされることなく伝える術を考えるんだ!

 

「北郷、少し話があるんだが、いいか?」

「へ?」

 

 この声って……華佗?

 




 ゲェーーーッ! の伸ばしが長いのはキン肉的仕様です。
 すまぬ……! やっぱり肉語(キン肉マン語)の語尾は無駄に伸ばしたい……!
 いえまあこんな状況じゃなきゃ使わないでしょうけど。
 今回は1万7千字の三分割。8千あたりの分割に出来れば、と思ったのに、例のごとく丁度いいラインがありませんでした。

 早口言葉の中でも、ひつきぼしの鳳凰の握りこぶしの奥深い意義の天翔の十字の鳳は楽な部類だと思うの。

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