97/やさしいだけの人ではなく
コーン……
「ふむ……そうか、そんなことがあったのか」
許昌に戻るなり部屋に閉じこもられた。
もちろん俺が閉じこもった~とか、別の誰かが~とかそんなことではなく、袁術に。
許昌へ戻る道中でも袁術は思春と一緒に馬に乗り、まるで怨敵を見るような目で俺を睨んできたりもした。
心を許しかけたところへの裏切りと感じたんだろうか。
あのくらいの子にそれはキツイだろう。
「それでなに? 美羽に拳骨して一方的に怒った挙句が“あれ”?」
ちらりと見られた気がした。
戻るなり、戻るべき部屋を占領された俺は、今はこうして中庭に居たりする。
そこでは華琳と秋蘭が穏やかにお茶をしていたんだが、そこに大絶賛後悔中の俺と、呆れ顔の思春が到着したわけで……。
ちなみに俺は、鍛錬中にはよく背を預けていた木の幹と向かい合い、T-SUWARIをしていたりする。そんな状態で頭を抱えて、「俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿……!」と念仏のように唱え続けていた。
擦り傷切り傷も治療済み、大袈裟だと思うくらいの包帯が巻かれてはいるが、動かすのに支障はない。支障はないんだが、心が辛い……辛いです。
「フフフ……ワイは男やない……外道や……! 怒り任せに
“感情の爆発”について、華琳に注意されてはいた。
けれどそれがまさか、拳骨込みだとは思いもしなかった。
心配を理由に怒鳴り散らせば正当化されるなんて、そんなことは怒ったほうの一方的な考え方に決まっている。そうでもなければここまで落ち込むこともなかった……のかもしれないし、殴った時点でもうアウトだったのかもしれない。
なんにせよ嫌われた。思いっきり嫌われた。
ただそれが悲しくて、こうして後悔を続けていた。
後から悔やむ……これほど合う言葉はございません。
T-SUWARIをやめて正座をすると、木の幹にのの字を書き始めたくなるくらいの後悔が俺を包みこんでいた。
「話はわかったわ。というか、逆に丁度よかったくらいじゃない」
思春からの状況説明を聞いた華琳の言葉はそれだった。
丁度良かったってなにが?と視線を向けてみれば、東屋の円卓で足を組みながら、優雅に茶をすする華琳さん。
「怒る対象が美羽であったこと、甘えてばかりのあの子を真っ直ぐに怒ったこと、途中で手を差し伸べなかったこと、その全てがよ」
「……?」
「あなたが美羽にしていたことは、乱世のさなかに桃香がしていたことと同じなのよ。手を差し伸べてばかりで大した見返りは求めず、仲良しでいきましょう、とね」
「いや……でも乱世はもう過ぎただろ……? なのにそんな、気を張る必要なんて……」
「桃香の場合は彼女がやさしくして、けれど他の将が多少の抑制になっていたのよ。手を差し伸べられるだけなのに、甘えるだけしかしない民にならなかった理由はそれでしょうね。ただし一刀、あなたと美羽の関係では、その“抑制”の役目を担うものが居なかったの。そうなれば、ただ手を差し伸べられるだけの我が儘娘が行きつく場所なんて、容易く想像出来るじゃない」
「あ……」
……なんとなく感じてはいた。
少しずつ、我が儘の幅が増えていたこと。
“俺ならなんでも許してくれる”って目で見られ始めていたこと。
俺はそれを、自分に心を許してくれたのだとばかり思って、なんでもかんでも許容してきた。その結果が……なるほど、あのいきすぎた我が儘か。
「怒っている中で手を差し伸べられれば結局は同じよ。なんだかんだでやっぱりあなたなら許す、と余計な確信を持たれるだけ。怒り任せの行動にしてはよく出来たほうだわ」
「いや……でも……拳骨はやりすぎだったんじゃあ……」
小さな頭を殴った感触が、今もこの手に残っている。
正直、気持ちのいいものじゃない。
殴って、しかも目の前で泣かれて、これでこたえない人が居るっていうなら見てみたい。
理由はどうあれ、甘く見られていようがどうしようが、多少は懐いてくれていた子なんだもんなぁ……。ああ、胸が痛い……罪悪感がザクザクと胸を刺す……。
「はぁ……一刀、いいから“あいす”を作りなさい。そんな沈んだ気分じゃなく、美味しく作る気で」
「…………あ、ああ……うん……」
「………」
ぼそりと返し、のそりと立ち上がる。
と、なにやら早歩きのような足音とともに俺に近寄るなにかが───
「あだぁっ!? えぁっ!? な、なにっ……!?」
急に頭を殴られ、振り向いてみれば……華琳。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、「?」と疑問符を飛ばしていると、目の前の彼女が俺に指を突き付ける。
「あのね、一刀。私は沈んだ気分じゃなく、と言ったのよ? 今すぐに気持ちを切り替えなさい」
「ぢぢぢ……む、無茶言うなぁ……! 華琳は俺が、女の子に手を上げてからへらへら笑えるヤツに見えるのか……?」
「見えないわね」
「即答!?」
いっそ気持ちがいいほどの即答。
しかし華琳は突きつけた人差し指で俺の胸をゾスと突くと、「いいから作りなさい。沈まないで、いつも通りの気持ちで」と続けた。
意図がわからないまでも、それが自分を心配しての言葉だと感じることが出来たから、結局は頷いて、歩き出す。途端に後悔が歩を鈍らせるが、頭を振るって“元気元気っ”と自己催眠をかけるが如く、ぶつぶつと呟きながら。……ハタから見たら危ない人だよな、これ。
-_-/華琳
…………。
「……よろしいのですか?」
「あら。なにがかしら?」
「いえ。今日はここで、北郷が“あいす”を作って持ってくるのを待つ筈では?」
「……ふふっ」
一刀が視界から消えてから、秋蘭が目を伏せながら、けれどどこか楽しげに語る。
そうだ。
今日はこの蒼の下、のんびりと過ごすと決めていた。
ゆるやかに吹く風が心地良いこの日、わざわざ動き回るのは実に億劫というものだ。
もちろんやるべきことも早々に終わらせた。……徹夜であることは、秋蘭にも言っていない事実だけれど……恐らく気づいているのでしょうね。
「まったく。袁家というのは本当に、いつまで経っても周りに迷惑ばかりをかけるんだから」
「ふふっ……その割には顔が嬉しそうですが」
「怒った一刀、というのも見てみたかったけれどね。怒る理由がまたおかしいじゃない。理不尽や無理難題、
おかしくなって笑った。
まったく、北郷一刀という男は本当に私を楽しませてくれる。
いつかの警備の話でも、こうして笑わせてもらった。
今はこうして三国に降っている美羽も、蜀に腰を下ろしている麗羽も、大人しくしてはいるが袁家の者。かつては強大な力を持っていたその存在を、落としてみせたり怒ってみせたりと、普通では考えられないことをしてみせている。
「気分が良さそうですね」
「ええ、良いわね。だから、こんなことをするのは楽しませてもらった礼としてで十分。精々、部屋に閉じこもる我が儘娘に、本気で怒り、本気で心配してくれる存在の有り難さというものを教えてあげるわ」
突き放すことも時には救いに繋がる。
それを理解できる者は存外に少ない。
袁家の者に一人でその答えに辿り着けというのは、いささかどころかまず無理がある。
ならばどうするか? 教えてやればいい。
部屋から引きずり出して、みっちりと教え込んで、“いつも通り”の表情で作業をする一刀を見せてやれば、一刀が彼女を怒ったことになんの憂いも感じていないということが解るだろう。
それは、美羽に自分がやりすぎたのだということを教えることにも繋がる。
「問題は一刀ね。いつまで表情を保っていられるかしら」
「一刻も保たぬかと」
「……まあ、そうね。思春、秋蘭、二人とも一刀の作業を手伝ってきなさい。天の料理だと言っていたから、面白いことをしているかもしれないわ。変わった技術を行使しているのなら、あとで私に報告すること。いいわね?」
「はっ」
「御意」
二人が一刀を追うのを見送ってから歩く。
……さて、今頃鍵でも閉めて布団にくるまっているであろう我が儘娘を、引きずり出しに行きましょうか。……あぁ、けど扉を開けるためには春蘭が必要ね。
今回は目を瞑るから、扉を開けてもらわないと。
「ふぅ。お節介になったものね、曹孟徳。あなたは今の自分に満足が出来ている?」
蒼の下を歩く中、その蒼こそを見上げながら言ってみた。
その答えはきっと、この沸き上がる“楽しい”という気持ちだけで十分なのだろう。
-_-/一刀
じゃじゃーん!
「はい、それでは美味しいアイスを作りましょう。まず用意するものの確認です。これが無ければ始まりません。用意するものは………………なんだっけ?」
「いや、私に訊かれても知らんぞ」
のたのたと厨房に来る途中で出会った華雄を連れ、現在はアイスクリーム製作劇場。
華雄には助手になってもらうかたちで、二人でエプロンをつけて構えていた。エプロンというか割烹着というか……エプロンだな、うん。
思春と秋蘭はそんな俺達の様子を、椅子に座りながらどこか不安げに眺めていた。
「いやいや、ちょっと待った。え~っと、確か携帯に保存しておいた画面メモが……あ、あったあった。えーと? 牛乳、生クリーム、砂糖に卵、バニラエッセンス……は酒で代用するとしてと。えーと、簡単に作るんだったらこんなもんか」
よし、と材料を揃え、量を計って………………計って………………?
「───……大丈夫! キミなら出来る!」
そんなに細かく計れるものがここにはなかった。
でも大丈夫! そんなものがなくても朱里や雛里は美味しいお菓子を作っていた! 饅頭だってお手の物だったさ! だからこのままGO!
「よ、よーし、いつも通りいつも通り……! 空元気でも続けていれば元気になるってじいちゃんも言ってた! なんとかなる!」
早速作業開始!
まずはえーとなになに? 材料を全部ミキサーに放り込んで混ぜて冷やして完成? ちょっと待て! なんだこの簡単すぎるのにこの時代では出来ないレシピは! 保存するメモ間違えた! 詳しい作り方とか書いてないぞこれ! 材料にしか目が行ってなかった! うわぁどうしよう!
(拠点の守りを厚くせよ! 地の利無くして戦には勝てぬぞ!)
(も、孟徳さん!)
拠点!? 守り!? 地の利!? え……なに!?
いやいやようするに地盤無くして戦には勝てませんってことだな!
そうだよな、材料はあるんだから……よし、勘を頼りに美味しくなりますようにとやってみよう!
「まず卵を適当な器に割り入れて、思い切り掻き混ぜます」
「ふむ」
カシャリコシャリと卵を割って、ホイッパー……は無いので、何本か連ねた箸でカシャカシャと掻き混ぜてゆく。その際、空気を巻き込むようにして混ぜるのがコツ……とか誰かが言ってた気がする。あれ? それってメレンゲの作り方だっけ? あ、あ~……んん、ん……まあ……いいか? 白身と黄身に分けたりせず、全部入れちゃったし。
ようは白身も黄身も部分的に残ったりしなければいいんだろうし。
「よく掻き混ぜながら、ここに砂糖と牛乳を混ぜていきます」
「砂糖か。入れるぞ?」
「ん、少しずつお願い」
砂糖と牛乳を少しずつ混ぜ、
「オォオオオ!」と気合いと氣を込めながら混ぜ、卵がもったりとしたあたりで掻き混ぜを終える……ことにした。どこらへんがいいのかがいまいちわからない。
さて、次は……生クリームと酒を混ぜましょう。
ツンとしない、香りのいい酒を選んだほうが良さそうだよな。えーと……
「次に香り付けの酒と、生クリームを攪拌します。……これも思いっきりぼったりになるくらい混ぜたほうが、アイスとしては適当な気がするな。よしいこう」
「うむ」
酒を少々加えた生クリームを混ぜまくる。
ゴシャーアーッ!と全力を以って! 美味しくなりますようにと氣を込めて!
やがて出来上がった、なんかもう泡自体が固体になってそうなソレと、先に混ぜたものを合わせ、今度は掻き混ぜるんじゃなく、溶け合わせるようにゆったりと混ぜる。
そうして混ざったものを、さらに適当な器に流し込むと、今度は別の容器で実験開始。
「えーと、まずは水。それに硝石を砕いて入れて……」
水を一気に冷やし、そこへさらに硝石を砕き入れることでさらに冷やし、そこにアイスの素を流し込んだ器を浮かべるように置く。もちろんバランスを崩して沈んでしまうと台無しなので、ミトン(のようなもの)で掴みながら、冷えた水の上でゆっくりと混ぜる。
やがて水が凍る頃、氷に塩を散らすことで寒剤にして、一気にアイスを仕上げにかかる。
もちろんアイスの中に含まれている空気までもが潰れてしまわないように、出来るだけゆったりと空気を含ませるようにして混ぜながら。
「驚いたな……硝石で水が凍るのか」
「ああ。で、氷と塩を合わせるともっと冷たくなる。原理はどうなのかは知らないけどね」
急激に冷やされ、しかしゆったりと混ぜられたアイスの素は、やがてそのもったり加減も固めていき、混ぜるのにも抵抗を感じるようになると……アイスとしての完成に至っていた。
「よしっ、完成っ!」
出来たアイスは、ほのかに良い酒の香りを冷気に乗せて放つ、なんとも美味そうなものだった。……見た目は美味そうだ。ほんとに美味いかは味見をしなければわからないものの、うん、美味そうだ。
「さすがに味見もしないで華琳に出すのは危険だよな……華雄、ちょっと食べてみるか?」
「む? いいのか?」
「ああ、手伝ってくれたお礼。はいっと」
「ではいただこう」
さくりとアイスを掬い、あーんと差し出してみる。
華雄は特に恥ずかしがる様子もなくそれを口に含むと、もむもむと舌で転がすように味わい……目を輝かせた。
「───………………ほ…………ぉ、ぉおおお……!! 口の中で濃厚な甘みと酒の香りが溶けていく……! しかもこの冷たさときたら、なんとも心地が良い……!」
「ん、それがアイスってものなんだ。……けど……ど、どうだ? 美味しいか?」
「う、うむ。これはいいものだ。こんなものは食べたことがない」
「……~おおぉおおっ! そっか! そっかそっか! そっかぁっ!」
美味しいそうだ! よかった! 初めて普通以上の評価を───って、あれ? もしかしてこれも、ミルクや酒の質がよかったから……?
うおお、余計なことを考えた所為で、せっかくの喜びが裸足で逃げていく……! しかも逃げると同時に緊張が解けたのか、後悔がずっしりと重く圧し掛かってきて……あぁああ気分が、せっかく高揚してた気分が沈んでいく……!
「い、い……いやっ……いやっ……! ここで落ち込んでいても仕方ないだろ……。しゅっ……しゅしゅ、秋蘭? 思春? 二人も味見してみない? 我ながら信じられないくらいに上手く出来たと思うんだ」
さあ、と促してみると、二人は顔を見合わせたのちに味見に参加した。
底の低いレンゲ(
……何故かすぐにキリッとした顔に戻ったけど。
素直に美味しいって笑顔で頷いてくれればいいのに。
「なるほど、これは美味いな」
「新しい味だな……悪くない」
それでもやっぱり好印象。
我ながら~と言いながらも味見をしていない自分も、一口ぱくりと食べてみれば……なるほど、確かにこれは濃厚で甘く、酒の香りがすぅっと抜けていくような感覚。
口に広がる冷たさも、甘さも、なにもかもが心地良い。
……ちょっと口の中に甘さが残るが、そこまで気になるほどのものじゃない。
でも……まあその。
「ん、かなり上手く仕上がってる。でも……」
「うん? なにか不都合があるのか?」
味の余韻に浸っているらしい秋蘭が、少しばかりきょとんとした顔で訊ねてくるのに対し、こくりと頷く。
問題点があるのだ。どうしようもない、問題点が。
「えっとな、美味しいし濃厚で冷たくてまったりできるけど、食べ過ぎると太る」
『───』
たった一言放った“太る”の意味が伝わるや、三人がぴしりと固まった。
その目が語る。“こんなにも少量なのにか”と。
「太る要因を詰め込んだような食べ物だからなぁ……脂肪、砂糖、高カロリー飲料に、卵も……。あ、もちろん少量食べるくらいならなんの問題もないぞ? むしろこの量だ、みんなで一口ずつ分けるくらいなら、どうってことないよ」
それにこの世界の女性陣は一日の消費カロリーが高そうだものなぁ。
そんなに心配しなくても、武官の連中は一日普通に過ごすだけでも簡単に消費出来そうな気がするよ。
「さてと。それじゃあ華琳を呼びに行こうか。秋蘭、華琳は中庭で待ってるって?」
「いや。そろそろ来る頃だとは思うが」
「? あ、ここに来るのか。じゃあ片付けておかないとな」
でも……うーん、アイスかぁ……。
これで袁術の機嫌も直ったりは……いや、モノで釣るのは誠意が足りないか?
持て成しの心があればそれもまた変わってくるんだろうが、傷つけた時だけ都合よくモノを贈るなんて、それこそ誠意に欠ける。
華琳も手を差し伸べなかったのが良かったって言ってたんだし、まずは様子を見ることにしよう。ダメだった時は…………どうしようかなぁ、本当に。
(手に手を取って、国に返していこうって決めたのに……繋ぐべきこの手がよりにもよって人を殴る……かぁ……)
いつか、親父たちを殴った日のことを思い出す。
あの時の痛みや涙は笑顔に変わってくれた。
けど今回は………………ぁあ……あぁああ……あぁああ~……!!
「む……? 妙才、あの男が壁にへばりついて、ずるずると崩れ落ちていったが。あれは……なんだ、あの男の趣味かなにかなのか」
「趣味とは違うだろうが……ふふ、なに。少々事情があってな」
「……どの国でも面倒な男だ」
「うむ、違いない。が、ほうっておく気にもなれんから扱いに困る」
女三人寄れば姦しいというが、秋蘭、思春、華雄っていう三人がそれを為すとは思わなかった。むしろ言われ放題な自分が滑稽である。
が、それでも自棄にはならない強さを胸に。
自棄になると後が怖い。だから落ち着こう。
落ち着いて、華琳が来るのを待つんだ……! よくも悪くも主が来れば、ひたすらに冷静沈着な三人なんだろうから───!
次回! 緑谷少年がムキムキになるぞ!
ウソですなりません。出ることすらありません。
華琳様と美羽のお話。
次回更新は本日午後11時あたりなればいいなぁと思っております。根性だ。
花騎士の誘惑に負けたらごめんなさい。
……花騎士メンテだった orz