彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
今回から戦闘メインの章となります。
原作の時系列ガン無視、稚拙な文章、急展開に御都合主義、厨二マインド全開でお送りしています。それでも読んで下さる方、ゆっくりしていってね。


幻想郷巡業編
第二章 壱 君に寄り添う


♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

先日、紫が私の居住地を用意してくれると言って、住む場所や広さなどの要望を問うてきた。雨風を凌げる建物があれば何でも良いと答えると、妙に張り切った様子でスキマへ消えて行ってしまった。

 

それから紅魔の食客として特に何をするでも無く、平穏な日常を過ごしていたある日…私がそろそろ楽園を巡りたいと紅魔の皆に話をしたその日の事だ。

 

「コウ、霊夢からの手紙で、貴方を神社に寄越して欲しいとあったわ。顔見せしたのが異変の時と宴会の時しか無かったのもあって、霊夢は貴方の事をよく知らないらしい。幻想郷巡りの前に、一度霊夢の所へ向かって貰える?」

 

「了解した。レミリア嬢…短い間だったが、世話になったな。次に此処へ来た時、また皆と談笑しつつ十六夜の茶を飲みたいものだ」

 

「あら? 対外的に貴方は独立した勢力の扱いけど、貴方はもう立派な私達の仲間よ。だから…寂しいこと言ってないでまたいつでも来なさい!」

 

レミリア嬢は恥ずかしげに顔を背けながら、温かい送辞の言葉を述べてくれた。見送られる際には、館の者が総出で対応してくれたのは、申し訳ないと思うも嬉しさの方が優り、歳のせいか密かに目頭が熱くなった。

 

そうして紅魔館を離れ、異変解決から五日、宴会に参加してから三日後の現在。森を隔て人里から更に遠くに位置する博麗神社で、改めて博麗霊夢が会ってくれるとの事で、境内にて彼女の登場を待っている。

 

「此処に来たのは五日前の筈だが、随分と昔の事のように感じる…これも楽園で出逢った皆のお陰か。うむ…実に、満たされた日々だったな」

 

「…なに人が出て来た瞬間にいきなり今生の別れみたいな事言ってるのよ?」

 

神社から見渡せる空を見上げて独り言を零していると、私を呼んだ博麗霊夢が姿を現した。

 

「改めて名乗るわ。博麗霊夢よ、霊夢で良いわ。異変と宴会の時はお疲れさま…それで、私があんたを呼び出した理由だけど」

 

紅白の巫女、楽園の守護者、霊夢は私を正眼に捉え話し始める。気怠げな口調とは対照的に、彼女の放つ気配は静謐で隙がない。

 

「率直に聞くけど、あんた…何者なのよ?」

 

『何者…か。私の素性について、紫からは』

 

「なーんにも。本人が居ない所であれこれと聞いたって、本当かどうかなんて分からないもの…で? 質問の答えは?」

 

私は霊夢の問いに、どう答えるべきか迷っていた。

偽りを話すつもりはないが…紫が私をどの様に幻想郷で触れ回っているかを私自身把握していない。しかしながら、見定めるように沈黙を守る霊夢に誤魔化しは通じないだろう。ならば、取るべき道は一つだ。

 

「私は、夢と現の断片が浮かんでは消える場所…私はただ領域とだけ名付けていたが、其処からやって来た」

 

「夢と現が浮かんでは消える場所…ね。物凄く抽象的だけど、それは良しとして。私はあんたがどんな存在で、何を考えて幻想郷に来たのか知りたいのよ」

 

「うむ…ならば、私が紫と初めて遭った時のことを話そう。紅霧異変が始まる前、此処で言うならその日の早朝の事だ…」

 

包み隠さず、私が初めて楽園を目指してやって来たこと。それは紫が呟いた言葉をあの領域で浮かんだ断片の映像から聞き取り、美しいこの楽園を見て回りたいと願ったこと。そして…私自身についても紅魔で振るった力や、紫が知り得る情報と同じものを話した。

 

「なるほど…深竜・九皐、ね。おかしいと思ったのよ…不快ではないけど、その尋常じゃない闇の気配。暖かい感じなのに底が見えない…只者でないことは分かってたのにまさか《竜》とはね」

 

霊夢は語気こそ乱さないが、その顔はまるで出来の悪い冗談を聞いたかのように強張っていた。私の話した内容に疑いは持っていないのは分かる。しかし、彼女自身はどうしても私への警戒を強めてしまう。

 

「当然の事とは思う。突然私の様な逸れ者が現れれば」

 

「勘違いしないでよ? あんたの事はともかくとして、私が気にしてるのは周りの馬鹿どもが無謀にも《竜》相手に喧嘩を吹っ掛けないかどうかよ」

 

それについては考えていなかった訳ではない…彼女の言う事は最もだ。如何に紫が楽園の実力者達に再認識させる為、私に力の封を一つ解かせたとは言っても…木っ端の妖怪や只の人間にしてみれば災害の類と同じ存在でしかない。

 

「紫は…幻想郷に住む人間達にはなんと説明したのだ?」

 

「さあね…大方、入って来た新参者が大妖怪だったから人里を出るときは注意しろってな感じだと思うわよ? 昔からそうなのよ…愚かにも人食いに目覚めた雑魚妖怪や、力は有っても分別の無い奴らから人間を護るには、ヒトの恐れを煽って自粛させるしかない」

 

本能のまま生きる人外と、危機意識の低い一部の人間に距離を作るには…人心を掌握しある程度の恐怖心を植え付けておくのは最善と言える。恐らく、紫が人と人ならざる者の住まう楽園を管理する上で苦心する問題の一つなのだろう。

 

「だとすれば…私も極力、逃げの一手を取るべきか」

 

「いえ、むしろ私には別の考えがあるわ。紫はなんて言うか知らないけど…私としては妖怪って言われる奴らの数は増え過ぎてもいけないし、減り過ぎてもいけないの。九皐、あんたーー」

 

霊夢は臆する事なく…私が真っ先に除外した明快かつ効果的なその答えを口にした。

 

「挑んで来た妖怪どもと戦って、倒した奴ら手下にしちゃえば?」

 

「………何故、そうなってしまうのか」

 

彼女の発案した内容は、私が考えた幾つかの方策の中で最も野蛮なモノと一致した。今となっては後の祭りだが、紫は各地巡業を目的とした一勢力として私の存在を楽園に知らせてしまっている。

 

「幻想郷は確かに、楽園なのかもしれない…でもね、人と妖怪が時に喰われ、時に退治される間柄なのは此処でも変わらない、日常のことよ。あんたが此処をゆっくり回りたいならーーーー」

 

霊夢は私を、滑らかな指で差し示す。その挙動から読み取れるものは明らか…気が進まない程でも無いが、霊夢や紫の立場を考えると自分から提案するのは躊躇われる内容だった。

 

「先ずはあんたが、あんたの望む楽園の土台を造りなさいよ。紫は管理者だけど、幻想郷そのものを危険に晒す事態以外には出張って来ない、出来ないのよ。でもあんたは違う…あんたとのやり取りはどうあれ、紫が自分から迎え入れたわけだしね」

 

彼女の言葉に、私は反論一つ出来ない。幻想郷へ入る許しを与えられ、力をある程度なら行使しても良い立場まで与えられた…先の一件から外堀を埋められているというのは、考え過ぎでは無いだろう。

 

「私が回る先々で挑まれ、戦い勝利したとて…それでどうなる」

 

「結果的にあんたが勝ち続ければ、どんな奴も文句を言わなくなるわ。それこそ何処に居ようが何しようが…幻想郷そのものを消すとか考えない限りはね」

 

「それが、私が楽園を回る為に必要な事だと?」

 

「自分の欲しいモノくらい自分で手に入れる…当たり前の事じゃない? 最も、あんたがそれも出来ない力ばっかりの腑抜けって話なら別よ」

 

此処まで言われては、認めぬ訳に行くまい。楽園を見て回りたい…失われた自然の美しさ、幻想の息遣い、人と人ならざる者が並び合う様を感じたい。故にその障害となる者、私に挑む者がいるのなら。

 

「一つ言っておく」

 

「……博麗の巫女として聞いておくわ」

 

「挑まれたなら受けよう…戦いもする。だが、生殺与奪は私に任せて貰う。楽園に不要なモノと思えば消しもする…私も分を弁えぬ愚か者を一々抱えてやる程、お人好しではない」

 

「好きにしなさいよ。まぁ…あんたの強さに気付ける奴なら、大概の人外は挑むどころか逃げ出すのが関の山でしょうけど」

 

其処まで話し合って、霊夢は話は終わったと言うように踵を返した。回るなら好きにしろ、戦った奴は殺すなり傘下にするなりして名と力を示せ…但し、楽園そのものには手を出すな。終わってみれば簡潔ながら殺伐とした談話だったが、そう悪い気分でも無い。

 

「欲しいモノは自らの手で、か。確かに自明なことだ…ではーーー行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「ではーーー行ってくる」

 

誰かに呼び掛ける口振りで、境内から深淵の竜は人型のまま飛翔して行った。

 

「行ってくるってさ…紫」

 

「ええ…これで良かったのよ。ありがとう霊夢、彼の背中を押してくれて」

 

縁側に腰掛けて宙空に話し掛けると、やはり紫は私とアイツの会話を盗み聞きしていた。自分から九皐の自由に出来るように後押ししろとか頼んできておいて…その場に立ち会わないってどういうつもりなんだか。

 

「別に。私は、あの九皐って竜があんまりにも紫がぁとかゆかりぃとか言ってて気持ち悪いから文句つけただけよ」

 

「まあ! コウ様はその様な呼び方はしないわよ? もっと甘く、優しく私のことをーー」

 

この胡散臭い賢者は…これで本当に自覚が無いみたいだから手に負えない。きっと千年以上生きて、今まで一人もそういう相手が居なかったんでしょうね。今更になって…こいつは。

 

「はいはい…で、どうして九皐に力を使わせるような真似させるのよ? あの馬鹿天狗使って各地に喧伝までさせて。態々挑戦者を募ってるようなものよ」

 

「彼の本当の力は、この私でさえ一握の砂に満たない程果てしないモノ。貴女は見ていないから仕方が無い事だけど…竜の姿で結界の外に現れたコウ様は余りにも圧倒的で、禍々しく、美しかったわ」

 

紫は、平たく例えればアイツに心酔している。九皐の力、人格、姿形の全てに心を奪われているんだ。でもまぁ、しょうがないかもね…だって、紫は初めて誰かを…アイツの事をーーーー。

 

「彼には少しばかり、幻想郷のバランスを保つのに必要な働きをして頂くの。それだけ…それだけよ」

 

「あっそ…じゃ、私は昼寝するから。あんたもほら、行った行った」

 

「そうね、そうさせて頂くわ」

 

スキマから上半身だけを出して会話していた紫は、身を埋めて何処かへと消えた。今回のことで、紫はアイツに楽園の血生臭い部分を押し付けた形となる。さて、幻想郷…これからどうなるのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

私は神社から飛行し、人間の通り道らしい粗く整地された場所へ降り立った。周囲には此方を窺うような視線が多数。力の差も分からず、餌としか認識していない下級の人外どものソレに絶えず晒される事となる。

 

「確かに…神社から見えた人里の規模に対して妖怪の数は多いな」

 

独りごちて歩き出し、そのまま殊更大きな息遣いを感じる方向、不愉快な気配が齎される鬱蒼とした森に入って行く。

 

音が聴こえるのだ…降りた場所からは到底気付かぬ程の距離なのに、その音が何を表しているのか手に取るように分かる。

 

楽園を見て回ること…その当初の目的や霊夢との会話を反芻しつつ進んで数分の後、森の奥まった地点で矢鱈と大きな息遣いの主に遭遇した。

 

『ーーーー』

 

柔らかい何かを咀嚼する不快な水気と、硬いナニカを噛み砕くような音を出すソレの口元は赤黒く汚れている。獲物として捕らえ、かつて生きていたモノを糧とする原始の姿そのままに…森の主と見られる四足の獣は人間だった肉の塊を貪っていた。

 

「人喰いの獣…妖獣か。見て呉れ通りの手合いだ」

 

私の深く沈んだ声音に誘われて、食事中の獣は身を翻す。

剥き出しの乱杭歯に挟まれ、だらりと垂れ下がった人間の片腕。ケモノと称するには大き過ぎる体躯には不釣り合いなほど…餌にされたソレは小さく映る。

 

野晒しにぶち撒けられた…成人の男だった肉塊の臓腑は、既に食い荒らされた後だ。腕は捥がれ、足も無い。それ等の所業を難なく遂行し、人型の私を睨め付ける眼光は血走っていた。

 

「人語は分かるか?」

 

『ーーーーー』

 

やはり駄目か…四足の獣は身体自体が非常に発達しており、放たれる瘴気から一目で妖怪になって長い時が経っていると分かった。獣から妖怪に変わった事例としては、まず身体が巨大化し知能が高くなる場合が殆どであり、そこから年数やこれまで餌としたモノが様々な影響を及ぼし始め…妖力や瘴気の質が高ければ軈ては人語を解するに至る。

 

『■■■ーーーーッッ!!』

 

コレは論外だ…獣だった頃の性質を軒並み引き継いで化け物に成り果てた出来損ない。餌も喰った後で立ち去りもせず、無闇に肉と認めたモノを腹に入れるだけの外れも外れ。私の侮蔑にも似た視線に煽られ、獣は雄叫びと共に爪を立て襲いかかって来る。

 

「彼我の力量も測れないのだな…」

 

前足を薙ぎ払うように繰り出した獣を躱し、餌にされた人間の残骸を見つめる。人と妖怪の在り方を端的に示す散らかった肉片は、これからの幻想郷にとってどんな意味合いを持つのか。余談だが…歳を重ね妖怪に変わる過程で、人語を理解した個体は一時的に餌を口にしなくなる。それは数年か数十年か、ばらつきは有るがそういう時期が訪れる。

 

『■■ーーッ!』

 

「あまり吠えるな、煩いぞ」

 

乱杭歯の生える顎を拡げ、一噛みに蹂躙せんと飛び掛かるソレを強引に殴りつけた。打ち据えた拳に牙は砕かれ、舌を投げ出しながら一打で獣は吹き飛んで行った…木々を巻き込み倒しながら地面に這いつくばったソレを視界に収め、私は左手を翳して力を表面化する。

 

「人を喰うのに咎は無いが…気付かれてしまったのはお前の落ち度だ。お前を皮切りに、まずはこの森一帯を掃除する」

 

『■■■ーーーー!!』

 

広大な森の中で、最初に犠牲となるのは此処の主と思われる獣。顎ごと首の骨まで折られ、四肢に力も入らないソレを銀の光が包み込む。感慨は無い…私はただ楽園の景観を損ねてしまう出来損ないを、巡業の片手間で掃除すると決めた。

 

「さらばだ。名も無き人食いの獣よ…次はもう少し、利口になってから出直せ」

 

私の言葉に、もはや応える者は居ない。身体から強引に力の源を奪い尽くされ…長らく出来損ないだった妖獣は跡形なく霧散した。

 

「こんなモノが、後何れだけ居る…?」

 

今の幻想郷に、確かに妖怪は増えている。では人間は? 人間が増え過ぎれば、幻想に係る存在はどうなる? 外の世界と同じ末路を辿らないと…誰が確信を持って言えるのか。

 

「それでも…私は自分から森へ入ったのか。全く、自己矛盾甚だしい」

 

その怒りの矛先は、誰あろう自らに向けられた。人間を人外が喰らい、その人外を己の力の糧とする。そして最後にはーーーー、

 

「此処でも、私は同じ過ちを繰り返すのだな」

 

幻想を愛し、人間を愛する。何度裏切られようと、恐れられようと…生き方を変えられない自分に嫌気がさしながら、瘴気の晴れた森の中を再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

何処まで歩いただろう。

森の地理を把握する為に隅から虱潰しに回ってから数刻経った。殆どの木っ端妖怪は私を視認すると真っ先に逃げ出し、中途半端に力の有る奴らが挑んでくれば時に殺し、時に逃がすを繰り返している。相手をすれば我武者羅に殺している訳ではない…血の臭いが鼻に付くモノ、知性のない肥大化しただけの者たちを選んで殺した。

 

森の主は先ほど討ったというのに、出会った中で手に掛けた数は凡そ三十。敢えて見逃し、未だ無害と判断したモノも三十と、人を喰わずに糊口を凌いでいる妖怪は思っていたより多い。思考を巡らせていた所為か、森の中枢に差し掛かるかと思っていれば、森を抜けた先には一面に花が咲き誇る場所に辿り着いた。

 

「これは…実に見事だ」

 

四季折々の花が、よく肥えた土と区分けされた各地点に植えられている。中でも目を引くのは雄々しくも美しく育った向日葵。花畑を両側に備え、人一人か二人分程の細い道が造られていた。道の先の一つ高い丘には家が建っており、誰かが住んでいる事は瞭然だった。

 

「素晴らしい」

 

口から出る感想は捻りも何もない。だがそれ程に美しい、言い表せぬ自然と調和した姿…外の世界の殆どで見られなくなった花や植物が、この場所には溢れていた。

 

通り道をゆっくりと進み、花々を堪能しながら丘の家に足を伸ばす。それと同時に、強く強く主張する気配が家には在った。屋内から発せられるのは妖力であり、純度が高く密度も濃い…さぞ名のある者が此処に住まうことだろうが、是非家の主人を讃えたいと考えて扉を叩いた。

 

「ーー何方かしら?」

 

扉を開けた主人は、見た目からは十代半ばから二十歳前ほどの麗しい少女だった。人間とは明らかに違う、翡翠の様に緑がかった髪色。赤い瞳の少女は、無機質だが耳心地の良い声で問いかけてくる。

 

「失礼、外の花々は…君が世話を?」

 

「そうだけど…貴方、人間じゃないのね。ちょっと…変な感じがするわ。温かいのに、暗くて。春の日陰みたいな気配…妖怪?」

 

此方を伺う素振りで、彼女は扉から全身を露わにして向き直る。均整の取れた顔立ちと肢体、女性らしくも凛々しい声が合わさり、彼女もまた花に勝るとも劣らない。

 

「申し遅れた…美しい花の主人よ。私は九皐という…幻想郷には来たばかりで、紫の許しを得て楽園を見て回っている」

 

「そう…貴方が、あの気配の正体だったのね」

瞬間、彼女の言葉から柔らかさが消えた。無機質で無関心だった声は冷たく落ち込み、それは冬の終わりの様に一段と空気を凍り付かせている。

 

「私は、君に何かした覚えはない」

 

「勘違いしないで。これは私の気紛れ、ええ…妖怪としてそれなりの力を得るとね、手加減無く戦える相手も減ってくるの…だから」

 

彼女はいつの間にか右手に持っていた日傘らしき得物を、下段から唐突に振り抜く。

 

「ーーーむ、そうだな。力を得れば、それを遺憾無く振るえる相手も限られてくる」

 

初撃は彼女が取った。私は無防備に中空へ投げ出され…舞い上がる最中、視界の端には得物の先端を向けて微笑む彼女を捉える。

 

「《フラワーシューティング》」

 

得物から無造作に発射されたのは、花を象った巨大な妖力の塊。これまでに無い威力を伴った攻撃は、此処へ来て初めて…私の身体に衝撃と痛みを与える存在に巡り逢った。声を出すほどではないが、衣服をすり抜けて身体に直に訴えてくるそれは…微かに肌を焦がす様な痛みを感じる。

 

「大した力だ」

 

「ご冗談…私の攻撃が殆ど効いてないじゃない。相当頑丈なのね、貴方」

 

大妖怪と称するに相応しい攻撃だった。

身体に僅かでも傷みを覚えたのは何時ぶりか…膨大な妖力と身体能力に裏付けられた一連の流れは、これまで彼女に相対した者たちを例外なく戦慄させたことだろう。

 

「私には関係のないことだ…」

 

だが、彼女は知らない。今の私しか見ていない彼女は、自身と良くて同格かそれ以下の認識しか持っていない。ならば教えてやるべきだ…彼女は力の捌け口を求め、私はそれに応えられる。役割が生まれたからではない。霊夢との遣り取りがあったからではない…この身は只、遍く《力》という名の負を体現するが故に。

 

「独り言は終わり? それなら続けましょう」

 

「いや…此処は場所が悪い。君も世話した庭を壊すのは心が痛むだろう。従ってーーーー」

 

人型である我が身から、力の一部を洩れ出させる。

招く先は私の領域…其処には何もない。互いの存在と力だけが解る場所。座標を合わせ、転移を用いて二人だけの空間へと運び込む。

 

「此処は…」

 

高さも、厚みも、果てもない場所へと誘った。

気紛れに創ったこの世界は、若かりし頃心の荒んだ私を慰める唯一の遊び場だった。闇だけが拡がり、命ある者だけが此処に留まることを許される。何とも詰まらない…終わってしまった一つの世界。

 

「待たせたな、凛々しくも恐ろしい妖怪の少女よ。此処は私が、嘗て創り出した何も無い場所…此処でなら」

 

私からは銀色の光が、彼女からは迸る妖力が視覚化される。深淵…ただ一つの言葉で表される無間の世界。

此処に壊れるモノは無い…有るとすればそれは、互いの心と身体のみ。

 

「君の願い、心ゆくまで叶えよう」

 

「ーーーー素敵よ、本当に素敵なバケモノね」

 

少女は闇を置き去りに駆け出した。形容する語彙に乏しいが、彼女は大きな思い違いをしている。幾ら力が溢れようとも、幾ら眼前の強敵に心を踊らせようともーーーー、

 

 

 

 

 

君に寄り添う、私という《闇》そのものを…誰も置き去りにする事など出来ない。

 

 

 

 

 

 




次回も戦闘回となります。
ゆうかりん可愛いですゆうかりん。
遅筆過ぎて申し訳有りませんが、続きを読んでやっても良いという方、ゆっくりお待ち下さい。

主人公は楽園巡りと共に妖怪巡りも始めてしまいました。
東方キャラクターを相手役にするのはかなり心にダメージを負いますが、オリキャラは自分で出すと収拾つけられなくなりそうなので基本は主人公しか出すつもりがありません。そして少しだけ、主人公は過去を振り返りました。その描写も、何処かで書き起こしたいと思っています。

長くなりましたが、最後まで読んで下さった方、ありがとうございます!!

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