彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
予定外の文章構成と量に悩まされ、今回は紅霧異変の締めをくくる部分を前編としてお送りします。
後編はなるべく早く纏めたいと思っています。

稚拙な文章、厨二全開の物語ですが、それでも良い方はゆっくりしていってね。


第一章 終 紅い夜に 前編

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

『以上が、当代の博麗の巫女、博麗霊夢と普通の魔法使い、霧雨魔理沙の人物像ですわ』

 

『うむ…やはりお前が居てくれて助かった。手間を掛けさせたな、紫』

 

『いいえ! コウ様に満足して貰えて、私もお話した甲斐があったというものです!』

 

金糸の髪の美しい彼女、紫は和かに応えてくれた。

博麗の巫女は特定の血族や血筋に連なる者が名乗るのではなく、その役割に相応しい能力を有する人物を時が来たら選定するらしい。

 

今代の巫女…霊夢という少女は巫女としての修行には特段積極的ではないが、日常生活が自然と修練に則しており、持ち前の才覚と直観力は歴代最高峰とされる。人柄は一見怠惰に見えるが、その心根は高潔であると周囲は評価している。

 

そして普通の魔法使いと称される霧雨魔理沙。

此方は霊夢の良き友人であり、幼少の頃から魔道を志し家を飛び出した程の行動力。加えて日々の研究と努力を影で怠らない性格だという。側からは言動の突飛さは目立つものの、頼れる存在のようだ。

 

『それではコウ様、先ほどはあの様に申しましたが、今は異変も終端に向かいつつあります。事後処理の為、この場はこれにて』

 

『ああ…呼び付けたようですまないな、紫』

 

『構いませんわ。またいつでもお呼びになって下さいな。

ですが、一つだけ…宜しいですか?』

 

『なんだ…?』

 

『ーーーー、何でも、何でもありません。それでは』

 

紫はスキマに消え去る最後まで、私に言い淀んだ言葉を紡がぬままだった。だがな紫…私にはお前が本当に言いたかった事が何なのか、もう分かっている。私は君の優しさに甘えて、本来踏み入るべきではない所にまで来た。そればかりか…私は此処で二度も力を使い、君との約束を破り彼女らを助けた。すまないな紫…私も、君に本当に伝えたかった言葉を、伝えられなかった。

 

『ん…んぅ。あ、れ? 私のベッドだ…どうして』

 

『起きたか、妹君。何処か痛む所は無いか?』

 

『あれ…お兄さん…あ、キュウコウさんだっけ。此処まで運んでくれたの? 』

 

彼女はベッドから起き上がり、瞼を擦りながら私を見つめている。どうやら後遺症の類は無く、当然だが怪我も無い。反応は至って正常…無事に狂気は奪えたと再確認出来た。

 

『うむ…狂気を残さず取り除く為に、君には無茶をさせたな。あと、私の事はコウと呼び捨ててくれ』

 

『うん…分かった。でもね、コウ…謝るのは私のほうだよ。だからごめんなさい、迷惑かけて』

 

『この程度は迷惑などとは言わない。それに、私自身もレミリア嬢の願いを叶えてやりたかった。だからもう、気にすることは無い』

 

私の言葉に、彼女は事情のある程度を察したらしい。妹君は困ったように笑いながら、目には大粒の涙を流していた。

 

『お姉様…お姉様が、コウを此処に連れて来てくれたんだね。ねえコウ…私どうすれば良いのかな? こんなに嬉しいのに…お姉様の所に今すぐ行きたいのに、まだ怖いよ。負けないってコウと約束したのに…それでも怖いよ…!』

 

彼女の抱く怖れ、それを打ち消してやれる答えを、私の口から言うことは出来ない。私が出来るのはフランドールの狂気を取り除いてやる所まで。私はこの異変に…姉が妹の為に起こした異変に、これ以上関わる事は許されない。

 

だからあの時、紫はすぐさまこの場に来たのだ。彼女は私に好意的で誠実だが、同時に楽園に係る事態を管理する立場にある。本来ならパチュリーの病や、妹君の狂気を皆が受け入れた上で、この異変は解決されなければならなかったと…今になって考えてしまう。

 

しかし私は…一時の憐憫と偽善で紫の楽園に込めた想いを踏み躙ってしまった。行動の結果に後悔は無いが、それでも紫の厚意に泥を塗った。今の私には、願うことしか出来ない。浅はかな私を頼る幼い心の吸血鬼を、再び奮起させられる当事者の存在を。

 

『すまない…フランドール。私にはーー』

 

『お前だな!パチュリーの言ってた吸血鬼! 名前は…フランドール! だよな!?』

 

突然後方から聞こえた声に、私は不覚にも気づかなかった。妹君も椅子に座る私の背後にいる者を見つめ、彼女はその場から立ち上がった。

 

『そうだよ。私はフランドール…それで、貴女はだれ?』

 

『おう! 私は霧雨魔理沙、パチュリーから頼まれて、お前と弾幕ごっこしに来た魔法使いだぜ!』

 

まさか、此処で件の霧雨魔理沙が現れるとは…これは情けだ無い私への当てつけか幸運か。どちらにしろ…彼女の言葉通りなら、或いは。

 

『そうなんだ…でもごめんなさい。今はそんな気分じゃなくて』

 

『なんだあ? せっかく自由が手に入るかもしれねえのに、みすみす手放すような真似してさ…はあ、これじゃお前の姉貴やら美鈴やらも浮かばれないな』

 

『なんですって…?』

 

此処に来たばかりの、霧雨魔理沙の容赦ない否定がフランドールを糾弾する。一体何処まで知っているのか…彼女は明らかに、フランドールを此処から連れ出そうとしている。パチュリーがその為に、彼女にある程度事情を話していたとしたら筋は通るが…些か直情的な物言いだ。

 

『幻想郷でど偉い異変まで起こして助けようとした奴が、蓋を開けりゃこんな臆病者だったと知ったら、情けなくて家族が泣くぞって言ってんだよ。悔しかったら反論してみろ!』

 

物怖じしない魔法使いは、震える程拳を強く握るフランドールへ更に捲したてる。

 

『じゃあどうしたら良いのよ!? 私はもう誰も傷付けたくない! 負けないって思っても怖いものは怖いのよ! 足が竦んで…また諦めて! うんざりなのは私の方なのにーーーー!!』

 

『自分で決められないなら、私が決めてやる…これから、お前と私でゲームをしよう。そんで私が勝ったら大人しく部屋を出ろ! 出たら真っ直ぐ姉貴の所に行け! でないと、私の友達が姉貴を倒して手遅れになるぜ?』

 

『…っ! 分かったわよ、やってやるわよ。ゲームでも何でも! 壊れちゃっても、知らないんだから!!』

 

図らずも、フランドールが魔理沙に向けて放った魔弾が、二人の弾幕ごっこの引き金となった。

 

『そう来なくちゃな! ルールは簡単! 直接身体が触れ合うのはダメ、弾幕で相手に先に一発クリーンヒットさせたら勝ちだ!』

 

『負けない! お姉さまも、貴女の友だちなんかに負けたりしないっ!!』

 

霧雨魔理沙はフランドールをスペルカードルールによる決闘の場に引きずり出した。

 

『この! この!』

 

『はっはっはっはっは! なんだそのヘナチョコ弾幕は? それじゃあ美鈴の弾幕の方が百万倍やり難かったぜ!』

 

二人は宙を舞い、弾幕の雨を交差させる。

魔法使いは妹君を挑発し、箒を巧みに操って空に軌跡を描く。霧雨魔理沙は妹君の制空圏を侵犯しながら、星形の弾幕を無数に撃ち出した。

 

『そんなもの! 当たるもんか!』

 

フランドールも対抗して数だけは同等以上に放つのだが、如何せん規則性も無く前後に展開していた弾幕と相殺させてしまう始末だ。

 

『なんで、なんで私の方が…!』

 

『当たり前だろ! この霧雨魔理沙さんは弾幕ごっこにかけては超一流だ! 今さっき始めた奴に負けるかよ!』

 

帽子をはためかせ、軽やかに飛び回る彼女の発言は勝負を持ちかけた側としては元も子もない。だが、事実その通りの状況の所為か妹君は益々追い詰められている。対して霧雨魔理沙の放つ星形の弾幕は豪快にして鮮烈だった…物量や威力だけの無粋なモノではなく、見る者を魅了する華がある。

 

『これで終わりか? なら負けて悔しがる前に覚えとけ! 弾幕ごっこは綺麗でなんぼだ! そして何よりも…弾幕は、パワーだぜっ!!』

 

箒に深く身体を預け、霧雨魔理沙は速度を増してフランドールを翻弄する。だが、フランドールにも吸血鬼としての優位性は残っている…純粋な砲手としての機動力、弾幕の威力なら決して霧雨魔理沙に劣らない。

 

『なに言ってんのよ! 私の弾幕の方が、綺麗に決まってるでしょ!』

 

そうして何度目かの撃ち合いの中で、私と霧雨魔理沙の待ち望んだ変化が訪れる。何時からかフランドールに、これまでとは違う反応が現れていた。

 

『私の弾幕の方が絶対に美しいわ! 私はお姉様の、レミリア・スカーレットの妹なのよ! 古めかしい魔法使いのセンスに負ける筈ない!!』

 

『へっ…そうかよ! だったら、その自慢の弾幕を私に見せてみろ!』

 

妹君の口元には…僅かな笑みが生まれていた。それは小さな切っ掛けだったが、魔理沙が彼女にさらなる飛躍を求め、乗せられたフランドールは徐々に、抑えていた力と健やかな感情を開花させてゆく。

 

『おっと!? 今のはちょっと危なかったぜ…でも、勝つのは私だ!』

 

『いいえ! 勝つのは私!貴女なんかに決められなくたって、自分のことくらい、自分で決められるって証明してやる!!』

 

嗚呼、フランドールよ…君は気付いているだろうか。君は今、自分で自分の道を決めると魔法使いに言い放ったのだ。それこそが…先程までの君に欠けていた、心の強さの証明だ。何よりも君が欲し、他者と触れ合う為に持つべき心の光…君は遂に、自分の力で勇気を手に入れた。

 

『QEDーー』

 

『恋符ーー』

 

星の輝きと月の煌めきを宿した弾幕の中で、魔法使いと吸血鬼は笑い合う。

 

 

 

 

 

『ーーーー《495年の波紋》ーーーーッッ!!!』

 

『ーーーー《マスター・スパーク》ーーーーッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

月光の如き波紋、天を衝く一筋の流星がぶつかり合う。

その光景は筆舌に尽くしがたい程美しく…長き時を耐え続けた彼女の新たな門出を、祝福しているものと感じ入った。暫くの拮抗の後…フランドールと霧雨魔理沙は最後のスペルカードの応酬に一歩も退かず、互いを撃ち抜く形で幕を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ レミリア・スカーレット ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

エントランスホールに辿り着くと、そこには服の所々が切り裂かれた博麗の巫女と、彼女の前でうつ伏せに倒れる咲夜の姿があった。ホールの所々が抉られ、四方には投擲され突き刺さったナイフが散見され、咲夜が如何なる決意と気迫で戦いを挑んだかを教えてくれる。

 

『死んじゃいないわよ? ちゃんと弾幕ごっこで決着したわ…咲夜は能力を使う度に弱っていって、最後は私の判定勝ちってところね』

 

分かっていた…この結果に帰結する事は、私が垣間見た運命に克明に記されていたこと。けれど…ありがとう咲夜。貴女の勇姿を直に見ることは出来なかったものの、私の言いつけを破ってまで巫女と戦い続けたことなんて…巫女に言われずともちゃんと伝わっている。何せ私は、貴女の主なんだから。

 

静かに歩み寄り、可愛い私の従者を抱える…身体ばかり大きくなっても、咲夜は羽根のように軽かった。愛すべき家族をゆっくりと壁際に凭れさせ、振り向きざまに巫女へ告げる。

 

『付いて来い。次で正真正銘、最後の戦いとなる。この階段の先が、私と貴女の舞台よ』

 

決着の場は、最上階に位置する時計台の外側。沈黙のまま素直について来た博麗の巫女に、私は改めて挨拶した。

 

『ようこそ我が紅魔館へ…私の部下を降し、よくぞここまでやって来た。それでーーーー貴女は私に何の用?』

 

『何の用って…そうね、あんたが張った霧を今すぐ晴らしなさい。ウチの洗濯物が乾かなくて困ってるのよ』

 

洗濯物ときたか。

反応を見るにそれも別段嘘では無さそうな辺り、食えない奴だ。無表情とも仏頂面とも取れぬ顔付きが太々しさを割増しにしている…思った通り厄介そうなタイプと見た。

 

『悪いわね、そういった生活の面に疎くて。その為に雇っていたメイドだった訳だけど』

 

『そんな箱入りお嬢様が相手なんて、一撃でお終いよ』

 

『そうなるかどうかは、自分で確かめて頂戴』

 

他愛もない話題は此処までにして、そろそろ始めよう。

紅い満月に照らされて、吸血鬼の私は十全に力を発揮できる。妖力を惜しげも無く解放し、この巫女を打倒することだけを頭の中で考える。

 

『ふぅん…あんたは、妖怪の中でも本物の方ってわけか。嫌になるわ、こんなに月も紅いのにーーーー』

 

『光栄ね…けれど私は、其処らの本物とも一味違う。さあ、こんなに月も紅いからーーーー』

 

巫女は御札と棒を手に、私は牙を剥き翼を広げて…互いの言葉と力を示す。

 

『楽しい夜になりそうね』

 

『永い夜になりそうね』

 

 

此処より先の運命は、様々な不確定要素が重なって…今は私の目にも映らない。だがそれでも良い…私は幻想郷を手に入れる。最早これだけが、私があの娘に贈れるなけなしの宝物。

 

『神罰ーー《幼きデーモンロード》』

 

魔法陣からばら撒いた数百を超える魔弾と光線の中を、巫女は空中を泳ぐように躱して行く。時折巫女が繰り出す御札と杭みたいに長い針の弾幕を難なく弾き、お返しに全方位への弾幕で一つ一つ退路を潰す。

 

『ちょっと! 弾幕ごっこの割には威力が高すぎるんじゃないの!?』

 

『その方がスリル有るでしょう? 弾幕ごっこだって、偶には事故死する間抜けな奴もいるわよ…きっと』

 

巫女が遠方から何事か怒鳴っているが、それを無視して更に魔弾の数と密度を増やして追い込みを掛ける。

 

『本気で殺すわよ』

 

微かに呟くと…巫女は聞こえていたのか、初めて私に瞠目した。私は負ける訳にはいかない…私に敗れるなら、博麗の巫女もそこまでの奴だったと思うしかないとあの妖怪の賢者は宣ったのだ。ならばそれを現実にしよう、そして私は楽園の全てを手に入れるーーッ!!

 

『あんた、本気なのね。疑ってた訳じゃないけど…あの門番も、咲夜も相手を殺したくて戦ってる風じゃなかった。でもあんたは違う。理由なんかどうでも良いけど…あんただけは、最初から私を殺す気だったってことね?』

 

『何を今更…私はこの楽園が欲しいから、幻想郷の守護者である博麗の巫女を誘き出し殺す為にこの異変を仕組んだのよ。でなければ、私が邪魔の入らぬ様に八雲紫に予め言い含めた意味が無いッッ!!』

 

奴は真剣な面持ちのまま、私の波状攻撃を避ける事に徹していた。私の言葉の真偽を確かめているのか、それが分かった所で意に介していないのかは分からない。

 

『夢符《封魔陣》』

 

巫女がここにきて初めての攻勢に出た。御札の結界を周囲に張り巡らし、その内部から針による攻撃を行いながら突っ込んで来る。

 

『あんたがそのつもりならそれでも良いわ! 私も本気であんたを潰す!』

 

『フンッ…漸く馬脚を現したわね! そうよ! 最初からそうしておけば良かったモノを。だがもう遅い! 既に貴様は私の運命に絡め取られている!!』

 

私の《運命を操る》力は確率と因果律を垣間見、組み替え、手繰り寄せる。命中する筈だった針は、射線上から動かない私を避けて通る。結界を張りながら肉薄した巫女をより近くに引き寄せ…奴が棒を用いて攻撃を仕掛けてくるより速いタイミングで、私は拳を振り抜いた。

 

『読めているわよ』

 

『これはーー!? ぐっ…!!』

 

奴の咄嗟に前に構えた棒が、辛うじて私の攻撃を受け止め切れず後方へ巫女の身体ごと後方へ押し戻す。賺さず高速で接近し、至近からの魔弾で結界を消し飛ばした。ヴァンパイアの腕力に任せて振り切った拳は、巫女の口元に多量の血を流させた事でその威力を物語っている。

 

『むぐっ…! ぺっ! このクソ吸血鬼…馬鹿力にも程があるわよッ!!』

 

血溜まりと見紛うほどの量を吐き出して、巫女は尚悪態を吐いた。思い付きの奇襲にしては上等な成果だ。

 

『そのまま血の海に沈め、でなければ消えろ。私と貴様では、この戦いに賭ける想いが違う!!』

 

魔法陣を自動で弾幕を射出する式に切り替え、援護射撃という名の陽動を背後に単身巫女へ肉弾戦を仕掛ける。

 

『お前にも体術の心得はあるようだけど、同じ技量としても速さと力はわたしが上だッッ!!』

 

伸ばした爪で肩口の皮膚を抉り、痛みと衝撃に身をよじる巫女に蹴りを見舞う。躱し切るのは不可能…因果律を組み替え、突如反応を鈍らせた巫女の身体を薙ぎ払う足から、奴の骨を痛烈に砕いた感触が伝わる。

 

『がっ!? こ、のぉ…しつっこいわねぇっ!!』

 

前面に有りっ丈の札と針を押し出され、視界を曇らせた私から巫女はまたも距離を取った。

 

『今なら四肢を斬り落とす位で許してやるわよ? どのみち脇腹が折れた今では同じ事だろうけど』

 

『はぁ…! はっ…! 伸びた鼻っ柱も、そこまで行けば大したものね。そういう所は嫌いじゃないわよ、クソ吸血鬼』

 

先程から感じてはいたが、こいつは能力を使った素振りがまるで無い。悪態は止まないものの、私を嘗めているよりむしろ認めている節さえ有る。

 

『能力を使うなら今しかないわよ』

 

『弾幕ごっこやスペルカードルールの領分も踏み外したクソ吸血鬼の癖に…随分フェアプレーの精神に則るじゃない。でもーーそうね、あんたになら…自分の意思で使って良いわよね…!』

 

血に汚れた衣服の巫女、折れた脇腹を庇うことも辞めた奴は一つ上段の空に飛翔する。

 

『《主に空を飛ぶ程度の能力》』

 

巫女は自らの力と名を宣言し、次なる技が奴の本領とでも言うように私を睥睨した。

 

『そうか…それが』

 

 

 

 

 

 

『ーーーー《夢想天生》ーーーー』

 

 

 

 

 

 

博麗の巫女はその瞬間、この楽園のあらゆるモノから逸脱した。目を閉じ、身体を半透明にして周囲に八つの白黒二色の玉を生み出した。

 

現れた八つの玉は巫女の周りを漂い、只の人間から別のナニカへ変わった巫女の代わりに…霊力の塊を弾丸のように飛ばし始める。その数は一度に数百、前後左右上下を一瞬にして埋め尽くす一つ一つは、再生能力を有するヴァンパイアにとっても須らく致命傷になり得る。

 

『本気になったからには、貴女も私の殺し合いに乗ってくれるという事で、いいのかしら!?』

 

私の怒号に巫女は応えない。

総てを受け入れながら、何ものにも囚われないカタチを体現した今の奴には言葉も攻撃も通じない事だろう。かといって、私に敗北は許されない…覚悟を胸に長い間力を蓄え続けたのだ。ヴァンパイアに不可欠な人間の血をこれまでに溺れる程摂取し、はだかる者全てを討ち果たせるようにと武芸、魔法と言わず凡ゆる戦いの術を学んで来た。今宵…此処であの巫女を必ず仕留めるッッ!!

 

『巫女の技など、真っ向から踏み潰してくれるーーーーッッ!!!』

 

触れれば焼け爛れる程の霊力を紙一重で回避し、奇しくも巫女と同じ構えで迎え撃つ。両手を広げ、空を切り裂く様に羽撃き…私も最後の切り札を開放した。

 

 

 

 

 

『ーーーー《紅色の幻想郷》ーーーー!!!』

 

 

 

 

 

 

私がこの技に込めた想い。

勝利のあかつきには、無力な私は大手を振って妹に宝物をあげられる…それは赤い霧に彩られたヴァンパイアの楽園。陽の光を気にすることなく、あの娘が何をしても許される場所。その誓いがある限り、私が倒れることなどあり得ない…!!

 

『お前が幾ら宙に浮こうと…! 何もかも私の手の中だ、この楽園、貴様らから貰い受けるッッ!!』

 

大弾を全方位にばら撒き、その中から無数の小弾を射出する。赤い霧に包まれた、朱い月光の照らす空で、紅い魔弾の波が巫女の霊力弾を打ち消してゆく。

 

『そんな事にはならないわ』

 

『なにーーーー?』

 

今まで沈黙を貫いていた巫女が、囀るような声音で私の確信を揺るがした。打ち消されたかに見えたの霊力の弾丸は、霧散する前に分裂を繰り返し、逆に私の魔弾を根刮ぎ吹き飛ばして行く。

 

『クッ…!! き、貴様ァァアアアーーーーッッ!!』

 

こんな、こんな事があって堪るか…!!

もう少しだ、もう少しなのにーーーーどうして、如何して私の想いが奴の技に劣るというのだ!?

 

『あんたの想いとやらは、きっと間違ってないんでしょうね。でも、全てを受け入れる幻想郷にだって叶わない事の一つや二つ…有るに決まってるでしょ!!』

 

巫女の叫びが空気を揺らし、呼応するように霊力が増した。私の願いは、受け入れられても叶わない…これが、私の起こした事の顛末。運命は、博麗の巫女選んでしまったということ。

 

『うぉぉおおおおおおおおおおおおーーーーッッ!!!』

 

咆哮と共に幾ら魔力を注ぎ込み、幾ら魔弾を生成しても、それを凌ぐ速度で巫女の追撃が重ねられ、最早私の周囲でそれを押し留めるのが関の山となった。

 

『私はあんたのやり方に乗っかったけど、最後にあんたを殺すとは言ってないわよ…! だから沈め! 負けて悔しがってから前を向け!! このーー』

 

私の最後の攻撃が、巫女の前に敗れ去る直前…私の耳朶に響いた声は二つ。一つは博麗の巫女。二つ目は、

 

『クソ吸血鬼ぃぃいいいいいいっっ!!!』

 

 

 

 

 

 

『おねえさまぁぁああああああーーッ!!!』

 

 

 

 

 

 

二つ目はーーーー私が救い出したくて、愛して止まない妹の声に…とてもよく似ていた。

 

 

 

 

 




前半の九皐は戦わずに終わりました。
恐らくこの章で彼が戦うことはもうないと、先に申し上げておきます。

後半の文にてレミリアと霊夢の真剣勝負がついに書けました。個人的には達成感に包まれております。

最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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