彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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お待たせしました。
ねんねんころりです。少し長くなってしまいました。この物語は厨二全開、突然の場面転換、色々ありますが読んでくださる方は、ゆっくりしていってね。


第九章 四 上と下、静寂と轟音

♦︎ 東風谷早苗 ♦︎

 

 

 

八雲紫さんの説明から、私達は三人で早速異変の元凶へ向けて、地下洞窟へ飛び立っていた。魔理沙さんも霊夢さんも、そして経験の足りない私でも今回の異変のスケールが大きそうな事は理解できた。

数えるのも馬鹿らしいくらいの大量の小神霊たちは、何かに惹かれて夢殿大祀廟に集まっている。

 

「凄い量の霊魂ですね。これ全部が小神霊だなんて」

 

「さーて、今度はどんなヤツらが異変起こしたんだろな? 今回もバシッとかましてやるぜ!」

 

「意気込むのは良いけど、油断するんじゃないわよ? これだけの異変を起こすなんて…只者じゃないわ」

 

眼窩に広がる景色は、一言で表すなら壮観だった。

まるで吸い寄せられる様にして先を目指して行く小神霊達は、物言わないまでも明確な意思によって真っ直ぐ目的地へと進んでいる。そうして私達も飛び進む事数分…霊魂達に誘われるまま辿り着いたのは、とある有名なお寺の…平たく言うなら八角堂のような場所だった。

 

「こりゃまた…随分立派な建物だな?」

 

「ええ。さっきから感じてはいたけれど、この中にいるヤツが神霊を呼び寄せてる…というか吸収してるって事で間違いなさそうね?」

 

「少し緊張しますが、早速中へ入りましょう! これだけの小神霊、集めきったとしてどんな方が出てくるのやら判りません」

 

私達の遣り取りの最中、上空から一つの影がふわりと現れる。

黒い烏帽子を被ったその女性は、上から私達を値踏みする様に鋭く睨みつけていた。

 

「来たか、解決者ども。これより先は通行止めだ。尤も、私は亡霊なので物理的には止めようが無いのだが」

 

薄緑の髪を風に靡かせた彼女は、なんの前触れも無く身体から稲光を纏わせて圧力を放ち始める。その女性には両足がなかった。といっても欠損している訳ではなく、単純に亡霊としてスタンダードなタイプ…と言えば良いのでしょうか。時折半透明になりながらもしっかりとした存在感を示している。

 

「あらそう? だったら其処を退いて欲しいんだけど。私らはその中に用があるの」

 

「そう急くなよ人間。私は亡霊だが、私が操る電光は本物だ。《雷を起こす程度の能力》とでも言うのかな? とくと味わって逝け」

 

「ハッ! こいつはかなりバチバチなのが来たもんだぜ。おまけに洒落まで効いてるとは、中々やるな!」

 

「そういう話じゃない気もしますが…」

 

この手の舌戦にはあんまり気乗りしないんですが、挨拶代わりという事で掛け合いには参加しておく。私達の反応を見て不敵に笑った彼女は、纏った雷と轟音を更に強く轟かせた。

 

「我が名は蘇我屠自古。千四百年にも及ぶ我らの大願…今日此処で果たさせて貰おう…さあーーー」

 

「よっしゃーーー」

 

「二人ともーーー」

 

「はい! ーーー」

 

「「「「やってやんよ(やるぜ)(やるわ)(やります)ッッ!!!」」」」

 

高らかな宣言と共に、弾幕勝負が始まった。

屠自古さんは私達の常に上を取り、その上下の優位を奪わんと私達は彼女を追い立てる。彼女は時に激しく、時には亡霊特有の朧げさを利用して私達のお札や魔弾による攻撃を回避し距離を詰めさせない。

 

「雷矢ーーーー《ガゴウジサイクロン》!!」

 

宣言された第一のスペルカード。彼女が放つそれらは、文字通り雷で構成された無数の矢の雨だった。ジグザグと不規則な軌道の矢は私達三人に一定間隔の防波堤となって連携を阻む。

それらを躱しながら攻撃に転じようとすると、直線に飛んでくる雷の矢の弾幕が更なるスピードで的確に私達の移動する先を捉えて追撃してくる。

 

「うぉっと!? 危ない危ない…当たったらマジで感電死しそうだな!」

 

「しそうではなく、運が悪ければ勿論するとも。そういう効果のスペルカードなのだからな!!」

 

そのスペルカードはなんとも奇妙で、妖力を注いで作った雷の矢を手動で操る事で、速度を自在にコントロールしているらしい。こと回避や変則的な機動に於いては私達の誰よりも巧い魔理沙さんが、反撃するどころか避けるので精一杯な様子なのが見て取れた。

 

「早苗! アイツは私ら一人一人をよく観察してるわ! 三人の中でも機動力のある魔理沙への妨害が一番厚い!」

 

「はい! そういう事でしたらーー」

 

私達は防御と回避を繰り返しながら二人で同時に弾幕を放ち、魔理沙さんの進行方向に飛んでくる雷矢を可能なだけ相殺して魔理沙さんのサポートをすることにした。

 

こちらが援護に徹すれば逆に私達への攻撃配分が増し、地下洞窟という限られた範囲での魔理沙さんの移動を助けることになる。

それを察して屠自古さんはより広範囲に不規則なモノと直線的な雷矢をばら撒き、私達が打ち消すべき弾幕を分かりづらくする事で対処してくる。

 

「三人がかりというのに防戦ばかりとは、やはり人間の肉体ではどうしても限界がある様だな!」

 

「うっさいわね! そこまで言うなら見せてやるわよ! 神技ーーー《八方鬼縛陣》ッ!!」

 

霊夢さんを中心に拡散型の弾幕が展開される。

周囲を埋め尽くさんとする雷矢を根こそぎ打ち消しながら、攻撃の最も激しい魔理沙さんを追尾する弾幕にもそれらが命中し拮抗状態を作り出した。

 

「サンキュー霊夢! これなら、恋符ーーー」

 

「くっ…! 賢しい真似をするようになったな、人間!!」

 

もとより三対一の状況。基本的なスペックでは劣る人間にも例外は存在する。霊夢さんは特に霊力操作の緻密さと、的確なスペルカード選択によって、一見不利な戦況もたった一手で五分かそれ以上に引き上げてくれた。手動操作による雷矢の軌道はさらに複雑かつ迅速になり、屠自古さんは魔理沙さんがスペルカードを解放する前に弾幕で押し潰そうとする。その瞬間ーーーー、

 

「ーーーーー《ワイドマスター》ーーーーーッッ!!!」

 

魔理沙さんの練り上げた魔力が、八卦炉を起点にスペル解放に合わせて爆発する。これまでの勝負で培ってきた経験と修練が、以前よりもずっと速い手順でスペルカード解放の魔力を送り届けていた。

 

一撃の威力よりも広範囲への効果を意識した魔理沙さんのワイドマスターは、眩い光を放つ雷の矢をさらに眩しい光で掻き消し続ける。

 

「それほどのモノ、そう何度も打てるものでは…なに!?」

 

「コイツは元々、威力より回数と範囲重視だぜ! そらそら!もう一発行くぞ!!」

 

すかさず放たれた第二波の閃光に、屠自古さんは体勢を崩しながらも体に纏った雷を障壁の様にして防ぎ切る。その一瞬の隙を、見逃す霊夢さんでは無かった。

 

「宝具ーーーー《陰陽飛鳥井》ーーーーッ!!」

 

魔理沙さんのワイドマスターに誘導される形で押し込められた宙空で、屠自古さんは自身の真下から迫る霊夢さんのスペルカード宣言を聞き取った。巨大な閃光と巨大な陰陽玉、その交差点で膨大な圧力の雷を発しながら屠自古さんが耐え凌ぐ姿勢をとる。

 

「ぐぅぅうう…ッッ、よもや、覆した筈の数の利を取り返されるとは…!!」

 

「いくら雷の矢が多くてもそっちは一人、こっちは三人だぜ!」

 

「妖力が尽きる前に降参しなさい! 今なら拳骨で許してやるわよ!?」

 

「が…! く……な…な、め、る、なぁぁああああああああッッッ!!!!」

 

咆哮の直後、眼を光が焼かんばかりの稲妻が彼女から溢れかえった。その出力は魔理沙さん、霊夢さんのスペルカードとほぼ互角。押し切らないまでも優勢だった二人もより力を込めて歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

 

「怨霊ーーーーー《入鹿の雷》ーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 

 

まるで彼女自身が雷と化したかの様なスペルカードだった。

霊夢さん達のスペルを押し返しながら、それらのエネルギーが真っ向からぶつかり合い、木々を焼き切る落雷が起こす、爆ぜる火花の様な赤い明滅が繰り返される。

 

「我は、神の末裔に名を連ねる者ぞ!! 貴様ら小娘どもに、押し負ける訳にはいかんッッ!!」

 

「ちっきしょう…!!」

 

「均衡が…崩れ始めてる…!!」

 

此処にきて二人の劣勢は明らかだった。

自分の魂ごとスペルカードの燃料に焚べた様な全方位へ放たれる異常な電圧に、霊夢さんと魔理沙さんはあと数秒もつかどうかの瀬戸際に立たされている。

 

「私の雷光に、呑み込まれろぉぉおおおおおーーーーッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「……この時を、待っていました!!」

 

「!?」

 

「秘術ーーーー《忘却の祭儀》ーーーーッッッ!!!」

 

ここまで、回避と観察に徹していた私の宣言したスペルカード。

星型の印を結んだソレは、屠自古さんと霊夢さん、魔理沙さんの三人が放つスペルカードの力場を丸ごと覆い囲んだ。

紫の淡い光を放つ五芒星の軌跡が、空洞ギリギリまで展開される。

私を除く三者のスペルカードはみるみる勢いを失い、無数の光の粒となって空中に霧散した。瞠目と共に、私達の策が寸での所で通った事に屠自古さんも気づく。

 

「これはどういう事だ!? まさか…全ての力が中和されているのか!? お、押し返せない…っ!!」

 

「この術は本来、自分自身にかけることで不可侵の結界を作り出すスペルです。けれど対象を貴女に設定し、その上で効果範囲を魔理沙さんと霊夢さんの作り出した包囲の内側、ごく小規模に限定すればーーー!!」

 

「くっ…くぉぉおおおおおおッッ!!」

 

私はダメ押しとばかりに祝詞を捧げる。

貴女が神の末裔ならば、私の加護はまさしく神の座にある者達のモノ。その神威をもって、私の友人が作った好機を逃しはしません!!

 

「建御名方神 洩矢神 人神たるこの身が畏み申す」

 

どくんと心臓が跳ねた様な感覚を覚える。二柱の齎される奇跡…私が産まれてよりずっと一緒に歩んできた優しい奇跡を、この身を依代に降誕させる。

 

「人神此処に現れ出で いつくしくも閑かなる 乾坤大いなりしは二柱」

 

「こ、これほどとは……!! なんて、強い神の意力…ッッ!?」

 

急速に縮小し自らを縛る神の陣の前に、雷光の貴人は遂にその煌めく光もろとも押し込められる。

 

 

 

 

 

「風の如く 星の如く 地の如く 疾く為さらん事 重ね願い奉る!!」

 

 

 

 

 

決着は静謐にして無音でした。

結界の中に封じ込められ、あらゆる内外からの干渉を断たれた屠自古さんは、スペルカードの解除と共に微動だにせずその場に揺蕩っている。

 

「……やられたわ。貴女たちは、初めからこの為に力比べに出たってわけね」

 

「貴女が、ただの幽霊さんでない事はひと目で判りましたから…。真正面からぶつかって、その上で策を通して勝つ他ないと思ったんです」

 

「あの二人は貴女の作戦に乗って、役目を全うしたということか………人にして神の娘よ、お前の名は?」

 

「東風谷早苗です。蘇我屠自古さん…私達は此処を、通らせて頂きます」

 

屠自古さんは微風の様に笑って、翳した手先に聳える八角堂を示し答えた。

 

「行くが良い…小娘ども。この場は私の負けだ。認めてやる」

 

力を出し切ったからか、屠自古さんはふらふらと下方へと降り、そうして八角堂を見やりながら私達の方へも視線を送っていた。

 

「…霊夢さん、魔理沙さん、行きましょう!」

 

「おう! やったな早苗!」

 

「あんたの作戦、派手だったけど結構面白かったわ」

 

私達は八角堂にただ一つ設けられた入り口から中は入り、扉がひとりでに閉まるとともに外の景色は見えなくなった。

私が一瞬だけ振り返ると、屠自古さんは何事かを微かに呟いて、それでもとても優しげな表情で私達三人を眺めていた。

 

 

 

 

 

♦︎ 蘇我屠自古 ♦︎

 

 

 

 

「…はぁあ…、まったく何て連中だ。まさかこの私が負けるとは」

 

だが、千年余りの時を過ごした私には、結果はどうあれとても晴々とした気分だった。思えば、真正面からなどと言って本当にそうしてきたのは…初めに逢った頃の布都だけだった様な気もする。

 

「無事か、屠自古!?」

 

感慨に耽る時間もくれないとは、コイツは全く騒がしいというか、空気を読まない奴だとつくづく思わされた。

 

「ああ、私は無事だよ。見事に正面から入られてしまった」

 

「そ、それはそうなのじゃが屠自古! 怪我は無いのかと聞いておる! ほれ、痛い所は無いか? 足が無くなってたりしないか!?」

 

「馬鹿もの。私は幽霊だぞ、脚なんか千四百年以上前からなくなってる。ほらこの通り、怪我はしても大事は無いよ」

 

「ば、馬鹿とはなんじゃ! 我は屠自古を心配して…」

 

ん…? ああ、そういうことか。布都め、もしやと思ったがまだそんな前の事を気にしていたのか。その話については目覚めた最初に大立ち回りをして気は済んだし、太子様にも聞いて頂いて水に流そうと三人で決めたじゃないか。

 

「ああ…そうか」

 

「な、なにがそうかなんじゃ? 屠自古」

 

「いや…そもそもお前にも、神子様にも頼らなかった時点で私は負けていたんだなと今更分かったのさ」

 

「何をいうか! 屠自古は強いんじゃ! 我は頭を使うのは得意じゃが、正面切って堂々ととなると少しばかり自信がないぞ!? 我が頼りに…ならんから…だから、お前の壺も…」

 

蒸し返さないようにしたのに、自分で思い出して布都は見る見る縮こまってしまう。もうずっと昔の事だ。私が尸解仙の法を試みた時、物部氏が亡びてしまっていた布都は、生き残りとしてせめてもの報いとして私が尸解に選んだ壺を別物にすり替えていた。

 

本当は、こいつがそうしたくてしたんじゃ無いとも分かっている。仕方が無かったんだ。同じ主人を戴く身なれど、家同士が犬猿の仲では私たちがいくら取り持とうとしても限界があった。その結果が私の、亡霊になったという話なのだ。

 

それでも私は今もこうして布都や太子様のお側に居られるし、亡霊といっても私は格が高いから、慣れてみると結構快適だ。肉の身体が無い不便なんて、妖力をちょいと弄れば物体に触る事など造作もない程度でしかない。

 

「家のせいにするなよ? 布都。何処かで落とし所が必要だっただけだ。お前が何時迄も気にしていたら私が浮かばれないだろ?」

 

「う、浮かばれては困る! 我は屠自古と、太子様と、青娥殿、芳香と皆で過ごしていたいのだ! いや、でも浮かばれないのは逆に良い…いや、良くない…?」

 

頭が良いのに間抜けというか、変に考えすぎて考えなしの様に見えるのがこいつの玉に瑕だった。こんな姿を見せられたら、私が何時迄も許さなかったら冷血な奴みたいじゃないか。

 

「はいはい。もう良いから…久しぶりに全力出したから疲れてるんだ。布都」

 

手招きして布都を傍に座らせると、私はばたりと布都の膝の上に頭の乗せて寝転んだ。地面は硬い…感じはするが、枕がそこそこ上等なので気にしないことにした。

 

「何じゃ? 負けてしまったのに、悔しく無いのか?」

 

「うーん、今は別にかな? いい加減真面目モードも疲れてきたし。負けてもたまになら気分は悪くない。後は太子様にお任せしよう」

 

「そう、か…うむ! 準備は整えた。後は太子様の邪魔にならぬよう、我等は此処で待つしかあるまいな」

 

太子様が、お一人で闘われる事に不安はない。

あの人は強い。本当に特別な御方なのだから、私の勝敗がどうあれ、悪い事にはならない筈だ。楽観に過ぎるが、それでも良い。

今はただ…この清々しさに、もう少し心と身体を預けていたかった。

 

 

 

 

♦︎ 魂魄妖夢 ♦︎

 

 

 

 

コウさん…先生は紫様と合流されてから、直ぐさま人里へ御触れを出す様取り計らってくれた。私達三人のうち、私と咲夜さんは人里へ向けて侵攻を開始した輝針城へ向けて先に迎え撃つ作戦となった。

咲夜さんと一緒に、少名針妙丸と鬼人正邪の一派に先手を取る為に空を駆ける。夜は更に深まり、異変など何処にも起きていないかの様な静かな時間が流れている。

 

今頃は人里に居を構える人妖の皆さんや、其処によく居るという天子さん達が防衛体制を整えてくれている筈。この隙に、輝針城に侵入して二人の頭目を降さねばならない。

 

「さっきからどうしたの、妖夢? もしかして緊張しているとは言わないわよね?」

 

「それは激励ですか、それとも煽っていますか、咲夜さん? でしたら何方も不要とお答えします」

 

「あら、怒らせちゃった? コウ様に命じられたから少しは気負ってると思ったのだけど」

 

「いいえ…寧ろ気炎万丈といった具合です。それは咲夜さんも同じでは?」

 

「そうね…コウ様が初めて、異変に対して明確に私達に"解決しろ"と仰ったんだもの。やる気もやる気よ」

 

そうして視線を一つ重ねると、互いにくすりと笑い合った。

私も咲夜さんも、ここに来るまでずっと訓練を続けてきたのだ。物部とかいう尸解仙に、咲夜さんの今の実力を少し見せた程度では満足する訳もない。しかも私は、かなりの間お預けを食らっていると言っても良い。緋想の天人が来る少し前…あの催しが開かれる以前の稽古の時に、先生は仰った。

 

『妖夢。対峙した者をただ斬り続けるだけでは、恐らく君の師匠と君の目指す《時を斬る》という目標には届かぬ。それは正しく、敵を斬り捨てたに過ぎん。ソレは一つの過程…若しくは不完全な結果でしかない』

 

理解しております。先生。

私の剣はただ倒す為のものに非ず。護る剣であり、倒す事はその手段の一つでしかない。加えて空を斬る事から時を斬る事に、直接の関係があるかどうかも、紫様との試合で決死の攻撃に出た際に感じた、あの奇妙な感覚を得て尚…私には未だ分かりません。ただ、

 

「ただ、真っ直ぐ突っ込んで行けば道が拓かれる…というものじゃ無い事も分かったの」

 

「そうね…物事には色々な捉え方がある。貴女のお師匠はきっと、剣の道から始めて、長い時間を経て、別の捉え方を探し始めた」

 

「剣は斬る為のもの、護る為のもの、それだけではない…何かを」

 

そこから先は、まだ私が歩む道の先に有るのかも知れないし、もしかしたら無いのかもしれない。けれど…剣と共に、仲間と共に進む事は決してやめないでいよう。今の私に沢山の人の教えや助けが有るように、真っ直ぐなだけではない、曲がったり、躓いたり、退がったりを繰り返しても、手探りで探した道の先に答えは有ると…今なら独りで稽古していた頃より強く感じられるから。

 

「…!? 咲夜さん」

 

「ええ、お出迎えが来たようね」

 

私達が飛び続けて暫く、互いに言葉をかけつつ、思案しながらも遂に輝針城の背後…その輪郭が捉えられる。その直後、わらわらと城から飛び出た無数の小さな影が此方へ向かって真っ直ぐ押し寄せてきた。

 

「準備は良い?」

 

「先生の事前の指示通り、私が先鋒仕ります。咲夜さんは後方にて待機、または援護を!」

 

「了解よ。最低限のサポートまたは回避に専念しつつ待機…ね。見せて頂戴、妖夢。貴女の剣の腕前は、一緒に訓練してきた私が一番良く知ってるわ」

 

眼前に迫ってくる無数の妖怪達。

弱小と呼べる物から、それなりの実力も有ると伺える者もちらほら。数を頼みにするだけでなく、統率が取れていると思しき陣形まで組んで私達を屠らんと進軍してくる。数はおよそ…百から百十といったところ。偵察の際に揃っていた数から逆算すると、総勢の約三分の一もの妖怪が押し寄せていた。

 

「そう言われると、俄然やる気が出てきますーーーーーね!!」

 

宙空で強く踏み込み、飛ぶよりも跳ぶといった要領で駆ける。

夜は長い…我が師の如く静けき闇の中では、貴様らが寄る辺とする野蛮な光は灯らぬと思え!!

 

 

 

 

 

♦︎ 十六夜咲夜 ♦︎

 

 

 

 

 

開戦は唐突だが、焦りはなかった。

コウ様の御指示通り、この場は妖夢を前衛に私が補助…または戦局が不利とわかるまで待機に徹する。私の視界にある光景は、私が効果範囲を限定して時を止められる距離に他ならない。コウ様との訓練で能力開発を進め、自衛の手段としてナイフ、弾幕にも対応した護身術の研鑽にも励んできた。

 

稽古によって得られた精神面の安定と肉体能力の向上というのは、短い期間ながらも確実な効果を生み出してくれた。何より先触れとして突出した妖夢の…その俊足は地上と寸分違わない速度で発揮され、戦場となった数百メートル先を分かり易く蹂躙していた。

 

「ギイィィィイイイッ!!」

 

狼の頭を持つ、四肢が強靭に発達した名も知らぬ獣の妖怪が爪を立てて妖夢の横合いから迫る。

 

「遅い」

 

冷徹とも思える一声の間に、空気の揺らぎが起こった刹那に獣の妖怪が真一文字に切り伏せられた。本来の剣の間合いから更に数メートルは遠い所から、抜き放たれた長刀…楼観剣が鈍い光を奔らせて、瞬きの間に鞘に納められると共に獣の妖怪は絶命する。

 

「ゴァァアアアァァア!!!」

 

今度は正面から、体の中心に大きな口が備わった、胴体丸ごと口とも言えるような乱杭歯の妖怪が妖夢を飲み込まんとする。

 

「もう斬ったぞ」

 

妖夢が微かに呟いた、拡張した能力の応用で得た振動や音の聞き分けによって拾った言葉が私の耳に届く。その言葉通りに大口開けた妖怪は、今度はばつ印の軌跡で四分割にされる。半霊とのコンビネーションも稽古の甲斐もあって格段に練られている。半霊は時に妖夢の剣に霊力を上乗せし、時には立体的な機動を描きながら、間合いの外の妖怪達を牽制し的確な遊撃さえ行っていた。

 

「凄いわね…一緒に訓練を続けてきたから知ってはいたけれど。改めて見ると、まさに鎧袖一触だわ」

 

私も本来なら一緒に戦いたかったけど、コウ様の指示にも含まれていた敵の行動に対する考察も行わなければいけない。

初めから彼らの戦いには、本来用いられるべき弾幕ごっこによるスペルカードの使用が一切見られなかった。数秒は様子見をしながら妖夢も立ち回っていたけど、一向にルールに則った決闘の申し込みも無く、相手側の意思はあくまでも直接戦闘による命の奪い合いだとはっきりした。その結果が、今の私の眼窩に拡がる凄惨とも呼べる光景に繋がる。

 

スペルカードや弾幕を使わない。一切の躊躇も差し挟まれない殺し合いの場。彼らは…或いは彼女等は選択を間違えたのだ。

弾幕ごっこなら余程運が悪くなければ命までは取られない。なのに…革命を宣う妖怪の徒党は、此方側が日頃より明示してきた解決方法を一顧だにしなかった。

 

「であれば」

 

妖夢が私の考えを代弁するように、居合の挙動でもって一度に十体もの

妖怪達をなます切りにする。今ので丁度四十…相手は戦力の半数近くが削られている状態だった。ものの二、三分でこれなのだから、改めて妖夢の剣術がこういった手合いにどれほど有効なのか実感する。

 

「本来なら、彼我の差は充分に理解できたと思うけれど」

 

一向に妖怪達の蠢動は止まる気配がない。

また一匹、二匹、四匹、八匹と…剣が閃く毎に加速度的に妖怪達が無に還っていく。私はまるで他人事のような感覚に陥りながら、自分の主人と、コウ様を含めた多くの大妖怪達と彼等の差を改めて分析する。

 

首筋から血を抜かれ、青白く成り果てた美しい女人の骸は吸血鬼の仕業。或る人間が悪戯に踏み入った見知らぬ地で、痕跡もなく消息を絶ってしまったのは神隠しの妖怪の仕業。そんな、場所が場所なら子供でも知っているくらいの…ありふれた逸話が幾らでも出てくる大妖怪と、名も謳われないそれ以外の妖怪達との差がどれだけ大きいことか。

 

「@ag'?n&ーーーーッッ!!」

 

「まだ来るか…ならば、全て断ち斬るッ!!」

 

レミリアお嬢様なら、妖夢の剣を全て受けても尚、霧を生み出して即座に再生し、凶笑と共に牙を剥き鋭い爪を喉元に突き立てたろう。

八雲紫なら、空間を切る程の斬撃を見ても尚、優しく笑いされど冷徹に、それに勝る規模のスキマから奇怪な鉄の鏃や弩を豪雨の如く放つだろう。

コウ様なら、受けた剣戟を物ともせずにその身で受け止めて、諸手をあげて彼女を讃えつつも尚、厳しく痛烈に蹴り飛ばしただろう。

それらを想像し鑑みれば、妖夢に向けられる百余りのソレ等は須く微風に等しいものだった。

 

戦いの終わりは近い。

ざっと数えるだけでも、残っている向こうの手勢は二十ほどだろうか。此処に至るまでにほぼ全てが一刀につき一殺。でなければ無数の斬撃によって粉微塵に吹き飛んでいる。既に大勢は決しているのに…しかしそれでも撤退する様子は見られない。

 

「敢えて消耗戦を…? いいえ、此処まできて妖夢相手にそんな愚策を取るとは思えないわね」

 

となれば、より可能性の高い動機は時間稼ぎだろうか?

たかだか数分保たせるために、彼我の差を考慮してもこれだけの犠牲を払うというのは考え…られなくはない。けれどより上位の、名持ちの妖怪が出張ってきて拮抗状態を作り、本命を成すまで生かさず殺さずの後退戦をする方が手堅い筈…この線は一旦保留ね。

 

次は単なる捨て駒か。とはいえ総戦力の三分の一を使うというのは、後手に回った向こうからしても流石に旨くないでしょうし…これについては捨てて良い可能性ね。

 

そうなると大穴の…始めから初撃を感知した時点で、予め決められていた行動を取っているーーーー? しかし、幾ら旧い価値観の、如何に妖怪といえど命は惜しい筈…待って、もしこの考えが…これらの考えを含めたモノが答えに近いとしたら。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーいや、でもーーーーーまさか。

 

 

 

 

 

 

「妖夢!! 今すぐこっちへ退がりなさいッッ!!」

 

「咲夜さん!?」

 

「これは罠よ!! 敵は貴女を、其処に縛り付けようとしている!!」

 

私の言葉を聞いた妖夢の判断は速かった。

一目散に私のいる後方へ向けて跳ぶ。それと同時に、彼女の背後で不可視の爆風が炸裂した。

 

「がっ……! こ、これはーーーー」

 

妖夢は体勢を崩しながらも、半霊のサポートもあって背中に霊力を集めて障壁を形成する。私は吹き付ける余波に構わず前へ出て妖夢を受け止める事で、目立った外傷もなく私達は何とか合流できた。

一帯の空気が震えるほどの破壊の波が止んだ後…妖夢は少しばかり深呼吸をしながら周囲を確認している。表情には、恐怖とはまた違った戦慄を浮かべて、それでも冷静さを欠かないように努めていた。

 

「これまでの無謀な特攻は、私たちの戦力を確実に削る為のブラフだったのね。本当なら二人まとめて獲る所を、此方も温存する為に後方役が俯瞰していたのが幸いしたわ」

 

「味方を使い捨てる仕打ち…あまりに非道な…っ」

 

「非道とはーーーー、聞き捨てならないね? 人間ども」

 

「非道と言うなら、それは私達を大切にしないお前達の方だよ。人間ども!」

 

私達の視線が同じ場所を示していた。爆風の起こった空の戦場から更に上空。ゆらりゆらりと降下する様は優雅ささえ感じさせる体で、風のいななきに乗って二人の妖怪の少女達が姿を現した。

その二人は、これまでの妖怪とは違う特殊な気配を醸し出している。人間ではないと明らかに判るのに、少しだけ私達と近い…それでいて遠い様な、言葉にしきれない何かを感じさせていた。

 

「私の名前は《九十九八橋》」

 

「私の名前は《九十九弁々》」

 

高らかに名乗り、重ねて八橋と弁々はより力強く、私と妖夢へと宣戦布告する。

 

「「今宵、幻想郷全ての人間どもに逆襲する!! お前達はその手始めだ…付喪神たる私達に、泣いて許しを乞うが良い!!」」

 

 

 






次回も視点変更から色々と見える話が違ってくると思います。
纏めるのにまた時間がかかると思いますが、どうか気長にお待ちください。最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

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