彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
なんとか星蓮船編も大詰めとなってまいりましたが、もう少し続きます。
この物語は稚拙な文章、厨二マインド全開、唐突な御都合主義で作られています。それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第八章 陸 優しき法の光をもって

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

「…動きだしたか」

 

落下に伴う浮遊感に身を任せながら、私は此処とは別の場所にいる一輪達の気配をつぶさに感じ取っていた。

魔界に辿り着いた直後に彼女らと別れたが、一輪達の他にいたもう一人の人物の気配が強まった感覚に、最後の戦いが始まったことを確信する。

 

「さて、私は霊夢達に敗れてしまったからな。おいそれと姿を見せる訳にもいかなくなった」

 

勿論、ただの方便に過ぎない。

今後霊夢達の出向く異変に干渉しないと約束したが、私も自分の影響力を鑑みないほど愚かではない。望むと望まざるとに関わらず、一輪のように私を訪ねて来た者達が異変を運んで来る場合もあることが今回で分かった。

 

「どうすべきか悩むな。なあ、紫?」

 

「コウ様、見守るのも先人の務めかと存じますわ」

 

落ち行く身体を空中に固定し、浮遊したところで虚空へと囁きかけた。すると目の前の空間に裂け目が生じ、其処から自然な所作で現れた紫が微笑みでもって私に応える。

 

「ふむ…では紫、此処はひとつ私と見物にでも出向かんか? 魔界に入った霊夢達の座標は掴んでいるから、ついでに雲井一輪とその仲間達が慕う聖とやらを見に行こう」

 

「畏まりましたわ。霊夢達の勇姿を拝見いたしましょう」

 

金糸の如き長髪を揺らして、彼女は私の側へと寄り添って来る。

彼女の肩に手を置き、残った左手で黒い孔を創り出して転移を開始した。

 

間も無く転移が終わり、私と紫の二人で魔界の上空へ無事に出られた。眼下には所々が焼け焦げた船がゆらゆらと漂っており、私が感じていた妖獣がその惨状を齎したことが直ぐに分かった。

 

「あら? 霊夢達が来る前に、こちらは何とも切迫しているのですね?」

 

「少々込み入った事情があってな。船をあのようにした張本人は、どうやら妖怪が人間を助ける所業が気に食わないらしい」

 

「妖としては、至極真っ当ですわ。人間に恐れられなければならないのは、全ての妖怪にとって必要なことです…力なき者なら、その恩恵は特に大きいですから」

 

尤もな意見だ。人が生きる糧として日々穀物や動物を狩って食するのと同様、人ならぬ存在は人が不可解なモノに抱く不安や恐れを食べていると言って良い。

 

だが、あの妖獣は果たして当て嵌まるかどうか…彼女もまた、我等と同じ(・・・・・)一個体でのみ名を知られる妖怪。己が名を広く知られているというだけで、楽園でその存在を確立するにも充分な筈だが。何をもって、あの妖獣が寅丸星やナズーリンと対峙するのか。

 

その答えは、今でも私の胸中に届いている。彼女が考え、想い、焦がれる《負》の感情。そこに隠された心の淀みに他ならない。

 

「何事か話しておりますが、じきに霊夢達も此処へ来ますわ。コウ様は、この状況を変えずとも宜しいんですの?」

 

「…私は、此度の異変で霊夢、魔理沙、早苗の三人に確かに敗北した。互いを認め合った上で戦って負けたのだ。ならば、表舞台で敗者に出来ることは何も無い。異変を納めるべく動いた彼女らを、信じて見届けてやるのが筋だ」

 

私が、速やかに妖獣を無力化し彼女らの目的を遂げさせてやるのは簡単だ。だがこれは異変である。退治される側と、退治する側、そしてそれらとは別の目的で関わってくる側の三つ巴の図式は既に仕上がっている。

 

この状況で各々の戦力を鑑みれば、いずれが勝つのかは明白だ。かといって、その結果が勝利した者の意に沿うかまでは分からない。結局のところなるようにしかならない以上、私が横槍を入れて更に場を混沌とさせるのは好ましくない。

 

「そうですわね。ここはコウ様の意のままに致しましょう…結果が楽しみです」

 

そこまで話して、後方から迫る新たな気配に意識を向けた。黄昏の陽が差す魔界に、颯爽と空を駆ける三人の少女たちが現れる。勇壮とさえ思える三人の姿は、遠巻きにでも睨み合う船の面々に緊張を走らせた。もうじき、この異変も終わることだろう。

 

「だが、一つ気にかかることがある」

 

「なんですの?」

 

「今回、あの妖獣は異変の参加者には含まれていなかった。管理者である筈の君が、あの手の輩を積極的に異変に出させるとは考えにくい」

 

「…その通りです。あの妖獣、《鵺》の参戦は全くの予定外でしたわ」

 

隠し立てして申し訳ありません…と彼女は謝罪したが、紫にはなんの落ち度も無い。急に執り行われることとなった異変に、彼女は周囲に対して素晴らしい手際で根回しをしてくれた。

 

さとりから彼女らの動向を気にかけて欲しいと報告を受け、彼女は近々異変が起こるといった先触れを各陣の代表に出していた。西行寺、永琳、幽香は勿論多くの者たちが静観を由としたのは言うまでも無い。

そんな中レミリア嬢は私への厚意から来訪者が来るという予言を発し、八坂神奈子は早苗の成長を促すために切欠を分かりやすくしろ…といった話し合いが成されて準備が整った。

 

かくして異変は起こり、それも今や終わろうとしている。しかしその中には、一度たりとも鵺なる妖獣が関わって来ることは示唆されなかったのだ。

 

「となれば、予期できただろう妖獣の出現が我々に知り得なかったのには理由がある」

 

「…第三者の干渉があったと?」

 

「陰謀論じみているが、あり得ぬ話ではない。私は兎も角、君をも謀るような策を弄した誰かが、鵺をけしかけたとすれば納得が行く。アレの存在は、余りにも唐突に現れたのだからな」

 

鵺は、異変決行の折に狙いすまして船に乗り込んだ。

まるで予め船の内部を知っていたかのように、手間取る様子もなく鮮やかに。妖怪としての性質をもってすれば不可能ではないが、それにしても此処まで船員の誰もが気付かなかったことに説明がつかない。

 

私も最初は、一輪達が擁する隠し球なのかと思ったが…そうなら尚更私に事前の紹介があっただろう。然るに船に隠れた妖怪は皆の顔見知りではなく、かといって偶然居合わせた者である訳がない。

 

結論として…彼女らの起こす異変を、何らかの理由で妨害または利用しようとしていた者の一人が鵺であった。そして…今も寅丸達と真正面から向かい合う彼女が、ここまで辛抱強く事を運べる気質なのかは、あの激昂した顔を見れば一目瞭然。

 

彼女は自らを隠れ蓑とする何者かの手引きによって異変の概要を知り、その鬱屈した信条と激情に囚われて行動した。まだ見ぬ第三者の思惑通りに。

 

「探さねばならんな…此処はもう良い。紫、私と共に裏で動く存在を見つけてくれ。もし私の推測が正しく、他者の心を惑わす何者かが居たならば」

 

「…葬り去る、と?」

 

「いや、精々折檻してやらねばならんと思ってな。邪、卑劣、悪辣大いに結構。だが…自らの手で賽を振らぬ者に、楽園の流儀を教えてやる」

 

「それなら、趣向を凝らしてお持て成しするのが宜しいですわね。承りましたわ」

 

私の返答に、美しい顔を楽しげに歪めて紫は傅いた。

 

眼窩に捉えた、泡状の結界に封じられた女性を一瞥して考える。アレが聖という人物なのは間違いない。金と紫の色合いが見事な長髪は、さながら魔界に揺蕩う花弁のようだ。

 

彼女が、寅丸やナズーリンも再会を望む人物。それを前にして、鵺が立ちはだかる様のなんともどかしいことだろう。苦難に奮い立つ者たちの姿とはかくも心を打たれるが、仕組まれたものであるからには元凶を叩いておく必要がある。

 

「とてもとても楽しそうですわ。でしたら先ずは、包囲網を作りましょう。鼠一匹逃さぬように緻密で、自由であると錯覚するほど広く、甘い蜜の香りが漂う金網を」

 

私たちは、次なる目的を抱えて動き出す。

書きしたためた台本に、紛れ込んだ異物の素性を洗い出すために。そして何より…少女達の願いを、愉悦のままに嘲笑っているだろう輩を炙り出すために。

 

 

 

 

 

♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

 

「…妖怪が、人間を助ける?」

 

『そうですの。珍しいとまではいきませんが…幻想と現実の狭間に在る楽園で、人助けをしたい妖怪がいるなんて』

 

そう嘯いて、手のひらで口元の笑みを隠し女は笑った。

仕草こそ上品だが、人の形をしたモノが取る行動なんて不快にしか感じない。それも相手がとびきりの愉快犯(・・・・・・・・)とくれば尚更だ。それでも私にとって見過ごせないのは、話に聞いた恩義と忠節によって人を助けようとする件の妖怪たちの方だった。

 

『とっても良い顔してますね、鵺さん。まるで穢らわしいモノを見るような…それでいてどこか、羨ましそうな』

 

「…黙れよ、《邪仙(・・)》。退屈凌ぎにしか他者と関わりを持たない暇人め、いい加減その物言いを聞いていると苛々してくる」

 

『あらあらいけませんわ。相手を間違えるなんて大妖怪様の沽券に関わりますよ?』

 

いつも何かを嘲笑っているような態度の女は、突然何かを思い出した風に真顔になって問いかけてくる。

 

『どうにも腑に落ちませんが、何故人間を嫌うのですか? ひいては、人間と共存する幻想郷の妖怪までもを憎んでいる。貴女が一個体の種族とはいえ、妖怪という括りなら同胞なのは変わらない筈。それさえ遠ざけて今まで過ごされていたのは…何故ですか?』

 

「……決まってる。そんなの」

 

 

 

 

 

 

反芻される会話になぞらえて、私は目の前の奴らに吠え立てて見せた。

 

「お前たちが、目障りで仕方ないのさ!」

 

両手から放たれた虹色の妖弾が、四方八方に分散して船もろとも奴らへと迫る。轟音とともに着弾したそれらは、古びた船体を更に見窄らしい姿へと変えていく。

 

「貴女は、私たちとは何の因縁もないはずです! 此方には争う理由も義理もないのに、何故!?」

 

寅丸…と鼠耳の妖怪に呼ばれていた黄色い女が、悲痛な面持ちで何事かを叫ぶ。でもそんな事は関係ない。妖怪と人間、そして私…。この関係性だけが、私を激情のまま駆り立てるのに充分な理由なのだから。

 

「どいつもこいつも人間人間と、反吐が出そうだよ。存在を維持する? 助け合って生きていくだって? どれもこれも欺瞞と嘘に塗れてやがる…っ! 尤もらしい理由並べて、そんなに死に絶えるのが怖いのかよ!!」

 

私の言葉の意図を察してか、眼下の連中は嬲られるがまま身じろぎ一つ出来ない。次々と撃ち出される弾幕に、船体もろとも傷ばかりが増えていく。そうだ、思い知れ。妖怪として産まれてしまった、呪わしい自分の生を恨みながら消えてしまえ!

 

「あと少しなのに、まだ飛倉の結界は解けないの!?」

 

「駄目だ…船の力に反応して、聖を囲う結界は徐々に弱まってきているが、このままでは」

 

「なにをぶつくさ言ってるのさ。他に気を取られるより、自分たちの身を守る術を考えるこったな! そうだ…向こうで浮かんでる人間を見捨てて、さっさと帰るってんなら見逃してやるよ!」

 

唇を噛み締めて、それでもその場から立退かない奴らを見ていると…私の中で言いようのない感情が湧き上がってくる。さっきから何十発も弾幕を当てているのに、奴らは反撃一つせず、防御に徹するのみで私を見つめていた。

 

「はぁ…はぁ…! どうだ、船ももう少しで沈んじゃうぞ? そうなったらいよいよお終いだ! 分かったらさっさと」

 

「嫌よ…」

 

「なにぃ?」

 

青い被りを纏った妖怪が、不思議な雲煙を纏わせながら私を睨み付ける。こいつはさっき戦いに行くと言って姿を消し、その暫く後にボロボロになって帰ってきた奴だ。恐らく異変解決者とかいうのに負けて、おめおめと逃げ帰ってきたんだろう。それなのに…負け犬でしかないそいつの瞳に、吸い込まれそうな程の何かを感じる。

 

「お前、今なんて言った? この鵺に向かって…!」

 

「そう…アンタがあの鵺なのね。外の世界じゃ、大妖怪と恐れられたアンタにとっては、私らのやってる事は取るに足らない。詰まらない足掻きにしか見えないんでしょうね」

 

その通りだ。お前らが何をしようが、どんな願いを持っていようが、妖怪としてのしがらみからは逃れられないんだ。どんなに頑張って人間に歩み寄っても、結局は裏切られて最後には殺される。

 

妖怪だから人を襲う。妖怪だから恐れられる。うんざりだった。もう沢山だった。そんな、誰かが勝手に決め付けた妖怪の在り方に苛まれて…私は。

 

「でも、此処ならそうじゃないかもしれない」

 

それは、いつかの誰かが思い描いた夢想に過ぎない。

 

「もしかしたら…無意味なまま終わるかもしれない」

 

それは、いつかの何かを見て願った儚い夢。

 

「それでも」

 

だから…どうしても認めたくない。自分には叶わなかった。何をしても無駄だと思い知らされた。どんなに微笑みかけても、それは露と消えて何も残らない。暗闇にも似た結果ばかりを見せつけられた。それを、こいつらが…どうして。

 

「黙れ…っ」

 

「諦めたくないじゃないか。私達は人間の想いから産まれたんだ…だから人間が堪らなく憎くて、それ以上に好きだって知ってる。切っても切れないこの縁を、断つことだけはしたくないんだ」

 

「黙れよ…!!」

 

「アンタもそうなんでしょう? だからそんなに、心の底から悔しそうなんだ」

 

「だまれぇぇええええええええッッ!!!」

 

手から虹色の光が生じる。ソレは不可思議な物体を模したカタチとなって、掲げられた腕から放物線を描いて飛んで行った。

 

「金輪よ!」

 

「毘沙門天の」

 

「加護ぞあれ!!」

 

遮二無二込められた妖力から出でた弾幕を、ちっぽけなそいつらは一丸となって結界を創り出し、息を切らしながらも相殺する。妖怪のくせに、人間じゃないくせに、ヒトの操る力で私に抗ってくる。

 

「お前らに何が分かるんだ…! 何百年も頑張ったんだ、ずっとずっと諦めないでやってきた! 少しでも人間の側に居たかったから…それなのに、人間は…!!」

 

「…君の言う通り、人間は自分たちの力が増すにつれて私達を忘れていった。でもそれは、仕方のないことなんだ。だって」

 

「私達と共に居続けるには、人の生は余りに短いのです。衆生全てが、御仏と同じく悠久に至れるわけではありません。ですが!」

 

黄金の髪を持つ僧服の妖怪と、鼠のような妖怪が声を張った。

昔じゃダメだった。今でもどうかは分からない。だが、諦める事だけは出来ない。どいつもこいつも…同じ夢物語ばかりを口にする。

 

「人間が私達を見限っても、私達が人間を見限っちゃいけないんだ! アンタだって分かってるんだろう? 私達がそうしてきたから、この先にあの人が待っててくれてるんだ!」

 

白い帽子を被った船の操者が言う。魔界の果ての果てまで来て、一人の人間を助けたかったのは、そいつが自分達の希望だとでも言いたげに。それさえ叶えば、あいつらの…私の、いつかの想いが果たされると。

 

「嘘だ…」

 

「嘘じゃない。アンタももう、そうやって癇癪起こすのに疲れてるんだ。今更捻くれたふりしたって、同類の私らにはお見通しだよ」

 

どうして、自分は攻撃する手を止めているんだろう。もう、胸の奥から蠢いていたモノが消えかかっている。ただの言葉だ、何の力も実績も無い。ありきたりなそれらに、どうしてこんなに揺れているんだ。

 

「何にも、知らないくせに…」

 

「君が誰かも私達は知らない。でも分かる…君は、私達と同じなんだ」

 

「本当は一緒にいて欲しかった。誰かの側にいられる場所が欲しかったんだ。だったら来なよ! 私達は!」

 

「きっと、良い友人になれますよ。さあ!!」

 

魔界の空、上から見下ろしていた自分が…気付けば船の近くまで降りてきていた。目の前の誰かが差し伸べた手に、泣き叫びたくなるような何かが宿っている。それは…かつての自分が欲しかったもの。自分だけでは、ただの一度も手に入れられなかった『温もり』だった。

 

自然と伸びていた私の手が、弾かれたように一つ引っ込み、また恐る恐ると伸びていく。自分ではもう抑えきれない。何度も何度も味わった苦しみと、何度も何度も痛感した悲しみを振り払うように。今度こそは…今度は、きっと。

 

「…よく、出来ましたね」

 

「………」

 

「全く、人騒がせな妖怪だな。鵺というのは」

 

「あれえ? ナズーリンだって昔は同じような」

 

「ばっ、ばかもの!? 私がいつ、そそそんな!」

 

「こら、遊んでる時間は無いんだから、それぐらいにしなさいよ! …次のお客さんが控えてるんだから」

 

まともにこいつらの目を見られなかった。自分がとても卑しく感じられて。それでも何の躊躇いもなく、皆は私を囲んで微笑みあっていた。ふいに告げられた雲井一輪の言葉と視線の先に、私達は釣られて目を向けていく。そこには…遠巻きに私達を眺め、何事かを話している三人の人間の姿があった。

 

「こいつはどういうことなんだろうな? 霊夢」

 

「知らないわよ。分かるのは、あいつの言ってた異変を起こしたのがこいつらだってことよ」

 

「魔界ってだけでも驚きましたけど。なんだか妖怪の皆さん、多すぎじゃありませんか?」

 

アイツ等のことは、地下に潜んでた私でも知ってる。

あの不気味な女が、私の前から消える前にぽつりと零していた…異変解決者。楽園の秩序を守る存在。人間と妖を調停する者達。もし此処で奴らに私達が退治されて、最悪船ごと沈められたら…。

 

一輪達の助けたい、あの泡のようなものに包まれた人間を目覚めさせる目的が果たされなくなる。それは…それだけは。

 

「……ぁ」

 

誰にも聞こえないような、弱々しい声が漏れた。それが自分の発した声であり、加えて寅丸に握られていた右手と、空いた左手が同時に震えていると気付く。

 

「大丈夫…安心なさい。私達は必ずあのひとを、聖を助けます。貴女のことも、決して見捨てない…!」

 

私が初めて見せた怯えに、寅丸が硬い意志を宿した声で応えた。その時だ。私の中で、ナニカが沸々と登ってきている。これはなんだ? まだ確証もない、どうなるかなんて分からない。けれど。

 

「結界ってのは、あとどれくらいで解けるんだ?」

 

「……そうか。信じても、良いのかい?」

 

「待ってよ、アンタ一人で三人とやる気なの? 私が言えた口じゃ無いけど、あいつら相当ヤバいわ。私も」

 

「…一輪だっけ? お前はさっきボロ負けして帰ってきたばっかりだろ。無茶すんな、それ以上やると死ぬぞ。大妖怪の目は誤魔化せないよ」

 

「そ、それは…でも!」

 

私の口にした言葉の意味を理解してか、鼠の…ナズーリンが問いを返す。真っ直ぐに、物怖じせず私を見詰める視線がこそばゆい。

 

「まともに動けるのは私だけだ…やってやる。だから約束しろ。もし守りきれたら、ちゃんとお前らのことを教えろ」

 

「分かっている。ご主人が言っていただろう? 君はもう友人だと。約束を守るのは当然だ」

 

「ならば、私も共に行きます。相手が異変解決者となると、二人では厳しいでしょうが…ナズーリンと村沙には、船と聖を守ってもらうのに残って欲しいのです」

 

「…承知した。ご主人、そして鵺よ、必ず戻れよ」

 

「船と聖は私らに任せてよ。だから二人とも、頑張れ!!」

 

本当は、今にも抱きついて泣きだしたかった。簡単な言葉だ。ありふれた、何のことはない口約束だ。でも…今までのような、私を討ち取ろうと嘘を吐いた人間達のソレとは決定的な違いがあった。

 

私を見詰める船に乗る誰もが、異変解決者を前にして笑顔を浮かべた。私に向けられたその笑顔の中には、精一杯の感謝と、私を信じてくれたゆえの熱が篭っていた。ほんの僅かな時間だけでも…私の手を握り、肩を抱き、最後に頼むと送り出してくれた。共に戦うと言ってくれた。

 

「…行こう!」

 

「ええ、ここが最後の大勝負です!

 

今の私には、足りないと思っていた何かが埋められていた。

今の私なら、皆となら今度こそ…誰かと、何かの傍に寄り添えるような気がした。

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗 霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

コウの言いたかったことが、何となくそいつらを見て分かる気がする。本来なら異変とさえ呼べないような微かな望み。それに縋りたかったから、此方へ向かってくる二人もあんなに必死の形相なのかも知れない。

 

私は、私達はどうだろう? この異変にかける意気込みというか…譲れないモノが今回はあっただろうか? 答えは明瞭。私達の最初の一歩にそういうのは無い…と思う。

 

「お宝かと思ったら…とんだアンティークな船が待ってたもんだな、霊夢」

 

「それはもう良いのよ。ここに来て、そういう話じゃ無いって分かってるでしょ?」

 

「うーん…こういう場合、どうしたら解決したことになるんでしょうか? ただ退治してはい終わりというには…」

 

早苗も魔理沙も、この状況を見てまで分からないほど馬鹿じゃない。持ち寄ったカケラが導いた先は、私達でも苦戦を強いられるような化生の類が跋扈する魔界。しかも其処に向かってた奴らは、恐らく背後の…泡のような結界に封じられた人間を助けようとしてここまで来たのだ。

 

「どうする? 霊夢」

 

「せめて、上手い落とし所を見つけてあげたいですよ。私は」

 

「分かってるわよ。でも話が通じそうな面じゃないわ…とりあえず、勝つことが最優先よ」

 

三人揃って待ち構えていると、こちらの高さまで上がってきた妖怪二人が剣呑な表情で私達を見据える。

 

「話はついたわけ?」

 

「ええ…お待たせして申し訳ありませんが、ここから先へは行かせられません。我等の望み、今度という今度は果たさねばなりません」

 

「こいつらの異変は…私が成就させる」

 

一人は黄金色の髪を持つ、僧侶のような出で立ちの妖怪だった。もう一人は、左右非対称の赤と青の翼を備えた異形の妖怪。どちらも不退転の覚悟を示しつつ、私達がどう出るかを見定めているようだった。

 

「お前らの言い分は分かったけどな。こっちも強敵を倒して魔界まで追っかけて来たんだ、そう簡単には引き下がれない」

 

「異変は解決します。貴女がたも、一度は退治させて頂きます。それが私達の役目ですから」

 

魔理沙と早苗の意思は決まったらしい。私もそれに倣う形になるだろうけど、ほんの少しだけ考えていることがある。後はそれを、この後の戦いでどう纏められるか。

 

「それじゃあ…弾幕ごっこといきましょうか」

 

大幣を構えて、眼前の妖怪たちに呼び掛ける。

数瞬の後、裂帛の気合で彼女らは応えた。

 

「来いッ! 古来より人の恐れを欲しいままにした鵺の力、貴様らにとくと見せてやる…!!」

 

「もし我等の道が正しきに通じ、あなた達の使命に綻びがあるのなら。魔界にありて尚輝く法の光…毘沙門天の力の前に、汝らは平伏すことでしょう……いざ、勝負!!」

 

 

 

 

 


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