彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
度々のことながら、長らくお待たせいたしまして申し訳ありません。

この物語は、厨二マインド全開、いつも通りの超展開、そして主人公の負け成分が含まれております。
それでも読んで下さる方、待っていてくれた方は、ゆっくりしていってね。





第八章 伍 敗北の味に感謝を込めて

♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

忘れはしない。あの時に懐いた悲しみを。

 

癒える事は無い。あの時に感じた虚しさを。

 

けれど――――――決して諦めはしないだろう、あの時の温もりが残っているから。

 

誰よりも大切だった家族が居なくなって。目の前が真っ暗になるような気持ちを、長らく抱えて生きてきた。人として当たり前の幸せすら手放して、日毎に嗄れていく声と萎びた顔が近づいて来る死をより強く意識させる。その中で御仏の教えを信じ、救いを求める人々を可能な限り導いて来た。それでも、弟を失ったこの堪え難さを埋める言い訳には出来なかった…したくなかった。こんな終わり方は嫌だ、まだ死にたくない。私は、まだ何もしていない。

 

 

 

 

 

いつしか人の身に余る奇跡を望んで―――――――それは残酷過ぎるほど明確に叶えられた。

 

 

 

 

 

 

「…みょう、れん……」

 

私は永遠を手に入れた。魔法、外法、邪法に手を染めて…誰よりも生きていて欲しかった家族の笑顔と、亡骸を記憶に留めたまま。私は若々しい肉体と老いぬ魂を再び得たのだ。誰より助けたかった弟の命と引き換えに、心に掛けた一切の躊躇いを投げ捨てた。

 

「…けれど」

 

死者は蘇らない。

どんなに手を尽くしても、一度喪われたモノを取り戻す事は出来ないのだから。非情な現実の前に気が狂いそうになりながら、それでも正気なまま行き着いたのは…家族を見送った孤独な自分に何が成せるか…つまりは代替となる行為だった。そうなってからは、胸に開いた穴を埋めるが如く…私は手にした力で衆生の救済に心血を注いだ。二度とあんな思いをしない為に…二度と無為な生を送らない為に。最初は人間だけを助けて、いつしか数を減らし始めた妖怪達をも救いたいと願うようになった。納得の行く最期と、理解の得られる救いを与えてあげたいと。

 

今思えば、それは傲慢に過ぎる想いだったのでしょう。しかし…そんな独り善がりな考えでも、ほんの少しでも誰かの救いになったなら。答えを得た時、私の中の迷いは消えていたのです…恐らくは、弟を亡くしたあの日から既に、私の心は欠けたまま永らえている。

 

「もう…それも満足にはいきませんが」

 

私は人間に弓を引かれた。救った妖怪達の庇護さえ今は無い。私を怪僧と断じた者たちの手によって、この暗く自由の無い魔界に封印されてしまった。感じたのは悲嘆と、空虚と、再び手に入れた居場所を無くした、愚かな己に対する怒りだった。

 

人間と妖怪の間で、中途半端に行き交う私。その在り方から、その実一番護られていたのは『自分』だったと自覚した。どちらでも無いから仮初めの平穏を盾に、都合のいい言葉を平然と並べ立てる。人間に善行を積みなさいと説き。妖怪には、御仏は貴方達の生き様をちゃんと見ているから、今は耐えなさい。と…平等な救いがあるかの様に嘯いた。

 

 

でも…私は間違ってなどいない。

生まれや姿形が違うだけで、私達の信仰は差別などしない筈だ。そこに貴賎が産まれるのは、各々の心が未熟故だと。

 

「違うからこそ、分かり合えないこともある」

 

そんな簡単なことにさえ気付かなかった癖に、何もかも分かった風に彼ら彼女らの間で居座っていた自分の何と情けないことか。真に平等なモノなど無い。この世界はそういう造りになっている。

 

「……嫌だ」

 

嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…!!

私は絶対に認めない。そんな正論に流されて、自分の道程を無にする真似だけは絶対に嫌だ。導いてきた者達に、今更背を向けるのだけは耐えられない。私は諦めない…必ず此処から抜け出してみせる。人が脅かされる世界なら、妖怪が駆逐される世界なら、私が。

 

「―――――――この聖白蓮が、救われぬモノをこそを掬いましょう」

 

千年の諍いを治めましょう。

 

万年の蟠りを断ちましょう。

 

億年の怨嗟を洗いましょう。

 

皆が極楽浄土に行けるように、正しきモノが正しく救われる居場所を、今度こそ創ってみせよう。だから私はここで、記憶の中の仲間達を想いながら―――――――じっと待ち続けているのです。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 村紗 水蜜 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「視界良好! これならいつでも魔界へ行けるよ! 二人が頑張ってるんだから、大船に乗ったつもりでいないとね!」

 

「…君は舟幽霊だろう? 船を沈める側がそんなことでいいのかい?」

 

むむ! 何とも皮肉の効いた冗句をくれるじゃないかナズーリン。そういうのは若かりし頃に卒業したのです! 今はしがないキャプテン・ムラサ、頼みとあれば何処へなりとも船を操る仏教帰依した妖怪さ!

 

「魔界へ行く準備は整った。ご主人が頑張ってくれたからね、今は奥で休ませているよ」

 

「そういうことなら合点さ! さあ、門を開け! 私達を聖の許へ導いておくれ!飛倉の船よ!!」

 

私の声に呼応して、聖輦船は轟々と唸りを上げて進路を示した。前触れなく空に穿たれた渦が、淡い光の粒を吸い寄せながら私達を飲み込んで行く。

 

「…君がいてくれて良かった。感謝しているよ、村紗。君なしでは、船を操るという前提すらもこなせなかったろう」

 

「あはは! 水臭い事は言いなさんなよ、ナズさんや! 私達の想いは一つさ! 幻想郷という、人妖暮らす楽園で聖と再会する。そしたら全てが解決! みんなハッピーだからね!」

 

そうとも。

昔々の大昔…海で漂うばかりのしけた妖怪に、手を差し伸べてくれた人がいた。独りだなんて寂しいよって言ってくれた聖が、この向こうにいるのなら。

 

「全速前進! 魔界の果てまで突っ走れ―――――!!」

 

大気の揺らぎが収まった頃、私達は魔界の何処かへと躍り出た。それと全く同時に、甲板に現れた黒い孔から見知った顔が放り出てくる。

 

「一輪、アレ一輪だよ! ナズーリン!」

 

「わかっている!」

 

すぐさま駆け寄ったナズーリンが、甲板で横になった一輪を確かめる。彼女の見立てでは、一輪は著しく妖力を消耗していて…星と同じく奥の間で休ませておく必要があるらしい。

 

「…ふう、この小さな身体に二人運ばせるのは酷だよ。それにしても、無事でよかった」

 

「うんうん! 今頃は手筈通り、九皐さんが足止めしてくれているんでしょ? だったら何も心配ないよ! 彼なら上手くやってくれる!」

 

陽気に応えて、私は内心の焦りを掻き消した。

私達の中で一、二を争う実力の一輪が敗れたのは正直キツい。でも…こっちには何を隠そう地底の英雄様が味方についてるんだ! 難攻不落どころか文字通り鉄壁の布陣だ。彼からすれば異変解決者は仲間みたいなものでも、今はこっちの陣営にいる以上は役目を果たしてくれるだろう。

 

「さーて! いよいよ聖のいる場所まで一直線だ! かっ飛ばして行くから、しっかり捕まっててよね!!」

 

その時、勢い込んだ私の出鼻を挫くような事態が訪れた。眼下に犇めく魔界に済む化け物達が、何かを讃えるように、崇めるように次々と声を発し始める。

 

「■■■■――――!!」

 

「#@&?s%――――――――!!!」

 

言葉とも叫びともつかぬモノが、魔界の大地に立つ妖怪達から雨霰と出てくる。一体なんの予兆なのだろう? 今まで、空に船が浮かんでいたというに此方を見ようともしなかった。それが一斉に、私達の進路上にある一点を見つめたかと思いきやの大合唱だ。

 

「不穏だな…魔界に済む者達は、幻想郷の妖とは根本的な強さが違う。鬼や大妖怪級の者となると早々いないが、それでも私や他の皆より凶悪なのがごまんといる。それが、どうして寄ってたかって空を――――」

 

長めの説明まことに結構だけど、確かにその通りだ。本来なら、幻想郷の並の奴らじゃ束になっても敵わない連中が空へ向かって咆哮する。そんな光景は異常としか言えない…船の進路には、暗澹とした闇と瘴気が立ち込めるばかりでなにも――――――――。

 

「あ、アレ…」

 

「どうした村紗? なにを見つけたんだ…!」

 

私が指差した先を、ナズーリンが注視する。なんてことだ…ほんの一瞬、目下の奴らに目を奪われていた間にあんなモノが現れていたとは。

 

「太陽だ…魔界に陽が昇ってるよ!」

 

暗い、空と充満する瘴気を塗り潰す山吹色の光。アレは正しく太陽だ。理屈は分からないけど、魔界にも太陽というか、自然による光源は存在するらしい。

 

「む…!? 見ろ、村紗! 太陽の昇ってきた場所をよく見てみるんだ!!」

 

――――――――ああ、見えているよ。

ちゃんと分かってる…あの光の中から窺える小さな点が。私達の探していた大切な仲間の姿が彼処で眠っている。この瞬間を待っていた…どれほど待ち焦がれただろう? 泡みたいにゆらゆらとした膜状の結界に封じられた彼女を見つけて、思わず涙が溢れそうになる。

 

「ぐす…っ! みんな、みんな起きて!! 見つけたよ、やっと見つけたんだ!! ほら、ここに来てご覧よ! あそこに―――――」

 

船の奥間から、ドタドタと慌てて走ってくるのが聞こえる。二つの足音は、急ぐ気持ちを抑えるなんて出来ないって感じだ。嬉しさと、焦りと…溢れそうになる感情の波が歩む両脚に如実に表れている。

 

「見つけたのね!? それで、姐さんは――――」

 

「聖! 聖は何処にいるのですか!? 」

 

私達の視線の先、それぞれの見据えた景色に彼女は漂っていた。地平線と日の出の重なる真っ只中に、私達の大事な家族が名目したまま宙を浮かんでいる。

 

「あの泡のようなモノは……間違いなく飛倉の結界です。顔色はお変わりないようですから、結界内の空気は清浄なのでしょう。良かった…! 瘴気に汚染される環境だったらどうしようかと…っ。それだけは気になって――――」

 

珍しく饒舌な星が、言葉の途中で詰まって黙り込んでしまう。目尻を拭って、一輪に肩を抱かれながら涙を抑えきれない姿に、私達も釣られて目頭が熱くなってくる。

 

「やったよ、私達の聖が帰ってくる…! 頑張った甲斐があったんだ! こんなに嬉しいことはないわよ!」

 

私は口より先に手が動いた。舵を目一杯切って、最大速度で船を聖のいる領空まで持っていく。私達はやり遂げたんだ…いや、これから漸く積年の努力が報われるんだ。そう、確信した瞬間――――。

 

 

 

 

 

 

 

「やーっと着いたんだ。全く、揃いも揃って妖怪の癖に人間を助けようだなんてさ……苛々するよッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

私達の視界を埋め尽くす、七色に光る謎の物体が煌めいた途端…数多の爆風と衝撃が聖輦船を蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「……」

 

私のスペルカードを受けて、三人は未だ凍りつき霧が掛かった空の何処かで身を潜めている。正確には、此方は既に三人の居所も気配も知覚している為、討って出るのは容易なのだが。

 

「応えは無しか。帰る気は無く、況してや打開策も今は無いと…なればそうしているしか有るまいな」

 

独り言じみた言葉を投げかけても、やはり一貫して反応は返って来ない。さて…背後に二人、左側に一人なのが丸分かりなのは言うまでも無い。魔理沙と早苗が背後から弾幕を浴びせつつ、躱す私を霊夢が追撃するといった作戦か。

 

「その意気や良し。私としても、簡単に終わらせる積りなど無い」

 

「――――――いくぜっ!」

 

「やあああああっ!!」

 

「《封魔針》ッ!!」

 

領空一帯を覆う霧と雹に紛れて、一斉に飛び掛かってくる三者を同時に捉える。あの一撃で致命傷を負っている者は誰一人居ない…それもその筈、彼女らは私よりずっと弾幕ごっこに慣れ親しんでいる。彼我の戦力差がどれだけ有ろうと、決められたルールの上で物を言うのは経験だ。幾ら私が三人束になっても勝ち難い相手だとしても…負けないように戦うだけなら造作も無いだろう。私はスペルカードの初心者に過ぎない…本来の戦法を取れない私に付け入る隙を、この状況下でなら皆は見つけ出せる。

 

「不慣れなルールで戦うってのはどんな気分かしら!?」

 

「面白いぞ。空さえ飛べれば、誰もが同じ条件で戦えるなどとは」

 

空を飛ぶだけの妖力、魔力等が有れば、少しずつでも術式をスペルカードに記録させるのはそう難しくない。編み上げた弾幕のカタチを現すのに必要な分の力を注げば、後は勝手にスペルカードの効果が遂行される。一度創ったカードは消えず、一定の時間を置いて再度発動を試みれば何度でも再利用出来るのだ。

 

「宣言したカードを、同じ決闘中に二度と使えないのは手間だがな」

 

「確かスペルカードを無理に何枚も使ったせいで、衰弱死しそうになった方がいらした……とかっ!!」

 

浅知恵にも程が有るな、其奴は…。

とは言い切れないのがスペルカードルールの妙である。そもそも公開出来る枚数に制限は設けられていない。ただ使えもしないカードを入れる事は許されない為、相手に弾幕を破られれば次を撃つしか無いという性質から、力に余裕のある者は多くのカードを所持している事が多いらしい。

 

「う、う、うるさいなぁ!! そうだよ、私だよ!! 枚数持ってれば負けないぜとか安易に思ってましタァ!!」

 

「魔理沙が使用するには、魔力を消費すると説明されなかったのか?」

 

「されたよ! けど、ちょっと舞い上がって何枚も一気に使ったらぶっ倒れたんだよ!!」

 

丁度その場に本人がいた事に、戦闘中にも関わらず全員の動きが静止してしまう。肩を震わせて戦慄く魔理沙を尻目に、私達は顔を見合わせてこの気不味い空気に耐えねばならなくなった。

 

「あー、そのぉ…仕方ないわよ! あの頃はまだ施行されて間もなかったわけだし」

 

「そ、そうですよね! 誰にだって間違いはありますよ! 私も能力の制御を誤って真夏に雪とか降らせちゃった事あります!」

 

「くそぅ…! 黒歴史だ、今思い出しても馬鹿丸出しで目も当てられないぜ!!」

 

そういった、失敗の一つからでも学んで活かせる事が人間の美徳だと私は思うが…これ以上励ましても羞恥に身悶えする魔理沙には逆効果か。

 

「…脱線はこの位にしておこう。実を言うと、私の持ち札はあと一種類しか無くてな。そろそろ行かせて貰う」

 

「たった三枚しか無いってのにこの苦戦…ほんとあんたって何処までもデタラメな奴ね!」

 

「次が正念場なら、何が何でも突破してやるぜ!!」

 

「次はどんなものが来るのか、段々楽しみになってきました!」

 

多勢だというのに、私に有効な攻撃が加えられない状況が彼女らを追い詰めた此度の弾幕ごっこ…やはり私の手で幕を引くのが筋だろう。この先の戦闘を加味して、無駄弾を極力控えた三人の根気強さがどれだけ保つか…私との戦いを制するにはそれが絶対条件だった。もう良かろう、彼女らをこれ以上扱いては次に響く…とは言うが、各自スペルカードの一枚ばかりは頂いて行こう。辛勝惜敗、都合の良い痛み分けを以て退いておこう。

 

「次の一撃は特別だ…隅々まで堪能するが良い」

 

私は初めて自ら距離を置き、両の掌を前方に構えて準備に入る。一連の動きを捉えた霊夢達は、双眸に確かな気迫を宿して終の一手に身構えた。

 

「友よ 怠惰な調も終わりの時だ」

 

霧と雹に埋め尽くされた空を、自身が発した魔力が瞬く間に晴らしてゆく。日の傾き始めた青空を背に、右手に纏う力の塊が一枚のカードを創造する。

 

「九皐さんがさスペルカードを…! もうこれ以上、私たちもカードなしでは…!!」

 

「やっとこっちも使えるんだな! けどさ、私とアイツのスペルカード同士で相殺、って出来んのか!? もし失敗したら一巻の終わりだぞ!?」

 

「特別だって言ってたじゃない! ヤバいのは目に見えてるんだから、やるしかないわよ!!」

 

機を図り、呼吸を整え、それぞれが懐から迎撃に使うカードを取り出した。それで良い…次に放たれる弾幕の性質上、下手な防護や回避は命取りとなるだろう。

 

「楽園の乙女たちよ 我等はただ炎の如く 苛烈なるままに出逢い そして共に翼を休め合った」

 

この身を震わせるのは歓喜。

彼女らは皆良く応えてくれた…諦めず、折れず、私の最後の攻撃を前にしても闘志を決して失わない。良く育ってくれた、よくぞ此処まで辿り着いてくれた。言葉に出来ぬ我が喜びを、譜に乗せて届けよう。

 

「隠されし彼の地にて留まり 我は今魂の根を張るだろう」

 

「せーので行くから、合わせなさいよ!」

 

「わかってらぁ!!」

 

「タイミングはお任せします! 私はいつでも準備オッケーですよ!!」

 

霊夢、魔理沙、早苗の手にしたカードから光が溢れる。異変の大元に繋がるまではと抑えていた弾幕を、とうとう使うことにしたか。ならば良し…この先もまた、一筋縄では行かない相手が残っている。簡単には終われない…死力を尽くして挑まなければ、この先に待つあの妖獣の心を開く事は出来ないだろう。

 

「されど星空を見上げ いま一度想いを馳せてほしい 果てなき海の先の先 那由多の地にて汝らを待つ」

 

私が船に乗り込む直前、ある気付きがあった。

邪な意志を備えた獣の匂い。それは今までに逢ったどんな者達より、繊細な情緒と歪んだ思想の持ち主だった。

 

自分以外の全てが憎らしく、だが眩く見えて仕方が無い。己を肯定しない世界に対して、怒りと悲しみと…羨望の入り混じった感情を長らく抱き続けている。

 

行き場の無い寂しさと、どうしようもなく自らが孤独である事を自覚する哀れな妖怪。彼女は息を殺し、力を抑え、我々の乗る船の中にずっと隠れていたのだ。一輪達が聖の前に辿り着く瞬間、全てを台無しにしてやろうと画策している。

 

だが、それでは駄目だ…それでは誰も救われない。友の為に立ち上がった者達も、それを観てただ焦がれるばかりの内気者も、擦れ違うばかりで何一つ分かり合えずに終わってしまう。

 

ならば託そう…この一撃を凌いだ暁には、ものの序でに聖と妖獣を纏めて救って貰うとしよう。幻想郷は全てを受け入れる…今更出来ぬとは言わせない。

 

言うなれば霊夢達は、紫が私に語ってくれた理想の代弁者だ。異変解決者とはそういうモノだ。今更一人助ける相手が二人になったところで、彼女らが成し遂げなければ無意味なことに変わりはない。そうでなくては――――――――、

 

「お前達を鍛える意味も無いというもの……超波動――――ッッ!!!」

 

「魔砲―――――ッ!!!」

「夢符―――――ッ!!!」

「神徳―――――ッ!!!」

 

新しい友を迎え入れる度、新しい異変に見える度に、君達は高く険しい絶壁をよじ登って行かねばならない。だから、此度も立ちはだかろうと決めた。私のような、力を持っている位しか取り柄の無い老骨とて、君達に自信を付けさせてやる程度は出来る筈だ。

 

故に越えろ。打ち破ってくれ。数秒後の私の敗北こそが――――――我にとって何よりの報酬なのだ。

 

「《反陽子衝突(ベヴァトロン・マター)》ッ!!!」

 

「《マスター・スパーク》―――――――!!」

「《退魔符乱舞》―――――――!!」

「《五穀豊穣ライスシャワー》―――――――!!」

 

掌から光が瞬き、私の最後のスペルカードが光線の形で繰り出された。眼前には、私の一撃の質量をゆうに超える三人の放つ弾幕の嵐が吹き荒れている。

 

早苗のスペルカード…木の葉に似た形の色とりどりの弾幕が彼女らへの被弾を悉く防ぎ、なおも迫る私の弾幕の威力を減衰させる。

 

「守矢の神よ、私達に勝利をお与えくださいっ!! 私は、私はみんなでこの異変に立ち向かいたい…! だから…っ!!」

 

霊夢が空に放ったスペルカードは、無数の札となって私達を取り囲むように四散し、私が込める魔力の流れを阻む効果を持って弾幕の範囲を自分たちの射線上にまで絞り込み、狭めた。これにより、彼女らは後ろや左右を気にすることなく、真っ向から私の弾幕と勝負する運びとなった。

 

「くっ…このぉ! いい加減そのお節介やめろってのよ! あんたが後ろに残ってくれなきゃ、私達だって安心して行けないんだっつうの!!」

 

魔理沙の八卦炉が猛々しく輝く。彼女の切り札、最高の一手が今まさに、私のスペルカードを押し返し始める。それは、星の海にかかった一筋の流星に似ている。

 

「コウ! たしかにお前からしたら、私らは弱くて、未熟な所ばっかりかもしれねえ」

 

そんなことは無い。君たちはよくやっている。私の要らぬ世話が原因で、何度も君達に無用な苦労をかけてきた。それでも、胸中の不安を拭えなかったのだ。それが過ちだと知っていながら、君達がこの異変で私を踏み越えていく姿を夢想した。

 

「でも、人間はいつまでも止まっちゃいない。遅くても遠回りでも、必ず前に進む生き物なのさ! だから見てろ! 私達が、この異変を解決してやる! 今度こそ、私達だけでな!」

 

ああ…そうだな。それが良い。こんな真似は、もう二度としないと誓おう。これが本当に最後だ。私はもう…君達の異変に関わらないと約束する。だから今だ…あと一押しだ、ほんの僅かでいい、君達の輝きを間近で見せてくれ!!

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

「やあああ――――――!!」

 

「いっけええええええっ!!」

 

霊夢、魔理沙、早苗の裂帛の気合が響く。

その瞬間、掌に宿っていた力は霧のように掻き消され、押し寄せる弾幕の波に私は飲み込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

「……お、押し切れた、んですよね?」

 

「ああ。私達の勝ちだ。コウ…落ちてってるけど、生きてるかな?」

 

「死にゃしないでしょ。このくらいじゃ、あの竜はビクともしないわよ」

 

遠ざかる空に、美しい少女達が悠然と佇んでいる。

それを見上げる私は、背中に感じる風と敗北の味を噛み締めていた。なんと甘美な感覚だろう…もはや我が心には何の憂いもなくなった。

 

弾幕ごっこでの敗北はただの結果に過ぎない。だが、私にとっては大きな一歩だ。これまで何度も彼女らを試してきた。世話を焼いて、導いたつもりでいながら、その実彼女らが着々と成長する姿に羨ましさすら覚えていたのだ。

 

「見事だ…」

 

だからこそ言える。想える。

君達の成長と、もたらされた勝利と敗北に、最大の賛辞と感謝を込めよう。

 

「行くが良い…解決者達よ。君達の健闘を、心の底から祈っているぞ」

 

 

 







次回も少し空くかと思いますが、気長に待ってやってくださいませ。

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