彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
十日以上空いてしまい、ようやく異変をかけた戦いが始まる回となります…なんですが、内容の半分もあるかないかの戦闘描写です。終わりの一文に厨二ポエム爆発してますが、どうぞゆっくりしていってね。




第八章 参 打ち捨てられるその前に

♦︎ 寅丸 星 ♦︎

 

 

 

 

 

 

私達に機会が巡ってきたのは、あの人が封じられてから千年という時間が経過してからだった。幻想郷という同じ場所で暮らしていながら、地上と地底で離れ離れにナズーリンと私達の時間とも言い換えられる。そうなる前の私は空虚な一妖怪に過ぎなかったが…ナズーリンと出逢い、あの人に出逢い、志を共にする仲間に出逢えた。妖怪として産まれた私の生に意味があるとすれば…皆に寄り添っていられた幾年だけがなによりも輝いていた。

 

【さあ、星。ともに読経いたしましょう…来世の人と妖が、いつか手を取り合える日を願って】

 

【ご主人、忘れないでくれ。どれだけ長い時間が経ったとしても…私達の心は繋がっているよ】

 

【私は諦めないわ。姐さんを取り戻すその日まで、一緒に生き抜いてみせるから】

 

【水先案内人はこの村紗水蜜にお任せさ! 大丈夫、人が私達を恐れ、私達が人を見限らないかぎり、未来という名の航路は続くんだから!】

 

いつかの友の言葉、いつかの大切な同胞の言葉は、千年経った今でも胸に刻まれていた。何度も挫けそうになって、信じる心を閉ざして楽になりたいと思った時もあった。だが、それでも諦められない…これだけは譲れない。たとえ失った時間を取り戻す事は出来なくても、一番大事なものは未だ残っている。私達はソレを取り戻す為に、粉骨砕身の覚悟でやって来たのだ。

 

「作戦を確認しよう。先ず幻想郷の空に散らばる飛倉の破片を、ご主人の能力と宝塔を使って収集する。それ自体は二、三時間も有れば終わるだろうし、魔界へ突入さえすれば彼女の封印は直ぐに解除出来る。しかし、完成した船で魔界への入り口を開けた後は、瘴気に耐性のある者なら誰でも行き来は可能だ。異変解決者達が船に釣られてやって来たら、必ず妨害の手が伸びてくる」

 

「そこで、私と一輪の出番というわけか」

 

「そうです。二人には敵の陽動と足止めを担って頂き、その間に事を済ませたら魔界の入り口を閉じるのが一連の流れです」

 

「異変として処理される以上、何処かで落とし所を見つけねばならない。君達の友を助けられたとしても、その後一人でも退治されてしまっては意味が無い…それも承知しているか?」

 

「その点は御安心を。足止めといっても、此方からは仕掛けず、ただ相手の弾幕を押し返すだけなら可能な筈です」

 

私の意見に耳を傾けて、彼は顎に手を置いて黙考し始める。私達が差し出せるモノの全ては、既に彼への報酬として先約されている。だからこそ攻めてくる奴らにやれる余分など初めから無い。自分たちを追い詰めるだけ追い詰めて、苦難の果ての希望を掴む…これもまた衆生を歩く我らの越えるべき壁とした。そうして物珍しい船に誘われてやってきた所を、一輪と彼に阻んで貰い、生還した後に船の機能で姿を隠せば問題は無い。邪魔者に得られる物が無いと分かれば、自ずと向こうも帰って行くだろう。

 

「どうせ邪魔が入るなら先に餌をまいておいて、自分たちから行く方が何倍もマシよ。適当に相手をしたら、折を見て逃げれば良い…合理的じゃない?」

 

「其れ等全てが囮だと気付いた頃には、我々の策は完遂されている…か。ならば良い」

 

「そろそろ降下するよ! ちらっと船を晒したら、すぐ上昇してまた隠れるから、適当にどっかに捕まっててね!」

 

村紗の呼び声に、操舵室に集まった全員がどこかに手をかけて衝撃に備える。いよいよ開始の時間らしい…もう少しだけ優しく船を動かして欲しいものですが、緩慢なだけではいつまでも先へは進まない。上昇し始めたら、後は目的を遂げるのみ。

 

「試合を捨てて勝負に勝つ。肉を切らせて骨を断つ。でも良いだろうか…綱渡りだが、これくらいの方が面白い」

 

ふと横に立った彼は、楽しげに笑っている。古明地殿から聞いた話が確かなら、彼ほどの実力があればこの状況でも楽しめるのでしょうか。

 

「そうでも無ければ、負けると分かって挑む事など出来はしない。精々足掻け。踠いて這い蹲って、尚前を見据えた者だけが望んだ結果を手に入れられる」

 

「至言ですね…高名な方のお言葉ですか?」

 

「否…これから茨の道を征く、君達へ贈る私の戯言だ」

 

戯言などととんでもない。

彼の眼差しは何処までも真摯だと分かる…不敵な笑みで余裕を表すのは、私達を鼓舞するが為。嫌味の込もった言葉を投げかけるのは、一同の決意をより確かなものとする為だ。迂遠で、時に辛辣な物言いの中に暖かな気質を潜ませた彼は…性別も在り様もまるで違うのに、どこかあの人に似ているような気がして。一瞬重なって見えてしまうせいで、不意打ちじみて目尻を熱くさせられる。

 

「行くぞ! ここが私達の正念場だ!!」

 

「降下完了! これより、魔界を目指して上へ登るよ!!」

 

「待っていてください、姐さん!!」

 

「今行きますよ…貴女の為に千年待った。だからどうか、昔と変わらぬ笑顔を見せて下さいね、(ひじり)

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗 霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「これは…なに?」

 

「飛倉のカケラというのよ」

 

「ふうん。で、コレをいきなり渡された私はどうすれば良いわけ?」

 

神社の境内で、いつものように掃除を始めていた私の前に、いつもの胡散臭いスキマ妖怪が現れた。突然放り投げられたカケラだかを持って、今すぐあの船を追えと紫は宣った。

 

「そのカケラは、空に現れたあの船を目指して飛んでいるみたいですの。異変の兆候と判断いたしましたから…霊夢にも渡しておこうかと」

 

「その口振りからすると、魔理沙には既に渡してあるわけね」

 

当然ですわ。

と、矢鱈と得意げに胸を張って賢者は応える。魔理沙をもう巻き込んでいるんだとしたら…これはやはり異変で確定なのね。面倒臭いけど、仕事っていうなら行くしか無い。それに、このカケラ何だかキラキラしてて綺麗だし…もしかしたら、あの船の中にはコレと同じかそれ以上のお宝じみた代物もあるかもしれない。

 

もし本当にお宝なんて見つけたら、近頃めっきり減ったお賽銭分の収入も補填できるし。何より美味しいご飯にもありつけるかも…生きるに困ったことは殆ど無いけど、持っていけるならとことん袖に詰め込んでやる!

 

「ぐふふ…オタカラ、オタカラ」

 

「霊夢、涎が出てるわよ……美味しいご飯の幻覚でも見ちゃったの?」

 

「違うわよ! 全く、行けっていうなら行くけどね。ホント、あんたっていつもいきなり言ってくるわよね」

 

「それはもう、異変ですもの。今回ばかりは、貴女たちが間違いなく主役ですからね」

 

本当にコイツは、調子のいいことばかり並べ立ててくれる。ご機嫌な感じで紫が喋るときは、大概録でもないと相場が決まってる。しかも私達が主役? ってことはつまり。

 

「あいつは出ないってことね」

 

「コウ様は今回、急用があるそうですから…さあ、行くなら急ぎなさいな。船を見失ってしまうわよ?」

 

わかってるっつうの!

悪態をつきながら空を飛び、カケラの誘うままに青空にかかる雲の中へと身を投じてゆく。最後に、よく聞き取れない声で胡散臭い賢者は何か話していたけど…まあ、成せばなるでしょ!

 

「お宝、お宝、お宝! 待ってなさい! 魔理沙だろうが誰だろうが出し抜いて、最後に私が全部貰ってやるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――気をつけなさいな、霊夢。魔理沙と守谷の風祝もね。今回の障害は、貴女たちにとって大きな試練となるでしょう…気を抜けば、それこそ一瞬でカタが付きますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 霧雨 魔理沙♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひょー、流石に高いな。面白そうなもん拾ったからソレの飛んでく先を追ってって、開けてびっくり玉手箱ってな!」

 

家の窓から、不思議な形の船を見かけた。

それは空をごく自然に回遊しながら、日差しに照らされた船体を翻し、数分後にはまた雲の切れ間に向かって消えていった。あわや船に後光が差しているという異様で空を渡るソレは、一体どういう原理で飛んでいるのか非常に興味がある。魔力か、妖力、はたまた別の何かだろうか? 紫が現れて船を目指すカケラを手渡され、異変だと言われつつも好奇心に背中を押されてここまで来た。けど…こういう時には決まって邪魔が入るものだ。

 

「待っていたわ、箒に乗った小柄な人間。その帽子、白黒の出で立ちからすると…貴女が霧雨魔理沙?」

 

「おまえは?」

 

「雲居一輪。貴女はここで行き止まりよ。ここから先へは行かせない」

 

カケラの動きが一旦止まった。ゆらゆらと漂うばかりで、私を呼び止めた目の前の妖怪に反応している様にも見える。青い髪の女の蒼い被りから覗く瞳には、決意というか…強い意志が認められた。

 

「そうか…それじゃあ――――――――――」

 

「…!!」

 

「おまえをやっつけてから行かなきゃな!」

 

箒に魔力を注ぎ、二段三段と上昇を重ねて魔方陣を展開する。星型と球型の弾幕を前面に散りばめ、現れた妖怪の様子を伺う。

 

「オン ベイシラ マンダヤ ソワカ…毘沙門天の加護ぞあれ、金輪よ!!」

 

一輪が聞きなれない呪文を唱えて、右手に持った金の輪をひと薙ぎすると…彼女を包囲しかけていた弾幕が瞬く間に霧散した。なんだありゃ? スペルカードとは違う…ってことは、能力とは別の自前の術か何かか。

 

「厄介なモンもってるんだな! 俄然やる気が出て来たぜ!」

 

「話に聞いた通りね。簡単に諦めるタマじゃ―――――なっ!?」

 

私の真向かいの空から、一輪の背後を狙って発光する物体が飛来する。寸前のところであいつが謎の発光物…というか弾幕の一種みたいなのを回避すると、小さな豆粒程にみえるくらい離れた場所から誰かが猛スピードで飛んできた。

 

「そこまでです。守谷に在わす二柱の導きにより、この東風谷早苗が押し通ります!!」

 

「早苗!? おい! 今は私とこいつで勝負の途中だぞ!?」

 

「ならば、此処はお任せします! 私は霊夢さんと合流してから―――――」

 

「いきなり来て何言ってんだ! せめて終わるまで待てっつうの!」

 

「……ごちゃごちゃと」

 

私と早苗が言い合っている間に、どうやら一輪は態勢を立て直したらしい。よく見ると今までには無かった気配が奴の周囲を取り巻いている。そして…彼女の背後に不定形の大きな靄が登り始めた。

 

「大入道を見せてやる」

 

大入道…名前だけは聞いたことがある。どんな代物かは知らないが、一輪はよもや二人を同時に相手取る気でいるのか。

 

「舐められたもんだ…とは言わないぜ。空気が違う」

 

「……ええ、この重圧が物語っています。二人で、なんて考えもしませんでしたけど」

 

それくらいでいかなきゃ、何かヤバい気がするんだ。空はこんなに青々としているのに…今は空を背景に飛ぶアイツが矢鱈と不気味に見えてくる。

 

「―――――いけ、《雲山》ッッ!!!」

 

一輪の身体から滲み出たソイツは、並み立つ風と雲を巻き込みながらこっちへ向かって突進して来た。不定形ともいうべき、朧げな姿に似合わぬ圧倒的質量を感じさせる急襲に、私達は泡を食って大きく仰け反った。

 

「ドゥルルルルルルルァァアアアアア――――――――――ッッッ!!!!」

 

大口を開けて咆哮をあげたソレは、見たまんまの桜色がかった雲の塊だ。だが姿形としては、上半身が偉丈夫な髭男であり、下半身は霞の如く不確か。見ただけではアレが何かまるで分からない。慌てて回避した私達を威嚇しながら、加速して旋回する雲男は更なる猛攻を仕掛けてくる。

 

「雲山! 殴って殴って殴りまくれぇっ!!」

 

「オオオオオオオオッハァァアアアアンンッッ!!!」

 

一輪の指示に忠実に反応した雲男は、雲で形成された丸太の様な腕を次々と繰り出した。私と早苗がほぼ同時に防御に入ったものの、優に数十発もの打撃が障壁越しに衝撃を与えてくる。

 

「うぉぉおおお!?!?」

 

「こ、これは想定外ですぅ!! 何なんですかこのハイテンションかつパワフルなオジさんは!?」

 

「大入道を見せるといっただろう? 私は入道使いの雲居一輪。私と雲山の連携は完璧だ! 怪我したくなければそのまま帰れ!負けて帰って悔しがりなさい!」

 

雲山に攻めを任せた一輪が、右手の金輪を天高く掲げて妖力を高めた。あれは間違いなくスペルカードの宣言だ…このままじゃマズい! 一輪との距離を雲親父に空けられたせいで、早苗も私も間に合うかどうか―――――!!

 

「ヌゥウウウンッッ!!」

 

「魔符―――――」

 

一際大きく、雲親父が拳を振りかぶる。

やっとトドメに入ったか、付け入るならここしかない!! 振り被った遠心力でほんの数瞬だけ攻撃の手が止んだ。早苗に目配せだけして、伝わるかどうかも分からない合図を示してスペルカードを宣言する。

 

 

 

 

 

 

「――――――《アルティメットショートウェーブ》――――――ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「魔理沙さん!」

 

「行くぜ、霧雨魔法宅急便だぁ!!」

 

開放した弾幕による波状攻撃が、雲山を押し退けて一輪への通路を作る。箒を最大速度で空を駆け、後ろ手を引いた早苗を連れて真っ向から接近した。

 

「いけぇぇええええ!!」

 

「とおおおおう!」

 

御札と幣を携えて、入道使いの前に早苗が躍り出る。痛恨の一撃を見舞おうとした刹那、肉薄され後がなくなった筈の一輪が…口元を歪めて笑ったのが分かった。

 

「雲山ッッ!!」

 

「ビィイブァァアアアッック!!!」

 

千切れ雲が寄せ集まったのが今の雲山なら、早苗が迫った瞬間に早苗の前に現れたヤツは煙幕にも似ていた。空中で即座に霧散したかに思われた雲親父は、早苗と相棒の間を隔てる形でまたも姿を現した。

 

「くっ! 《おみくじ爆弾》!!」

 

「ヌグゥゥッ!?」

 

しかし早苗も食らいついた。今また距離を置かれれば、雲山との連携で今度こそ確実にスペルカードを使われてしまう。雲山目掛けて放った札が、虹色の輝きを伴って爆風を起こし、出現した雲山を入道使いから引き――――――

 

「無駄無駄無駄無駄ァッッ!!」

 

「な――――――かはっ!?」

 

「早苗っ!! おい、しっかりしろ!!」

 

一輪の絶叫に合わせ、早苗の上空から何かが振り下ろされた。体ごと押し潰すような一撃に、もんどり打ちながら落下して行く。箒から魔力を噴射し、苦悶の表情の早苗を何とか掬い上げると、上空に留まる入道使いの傍らに巨大な拳の形をした雲を視認する。

 

「アレも雲山の技か、どうなってんだあの雲親父は! つうか乗っけからこんな手強いとは思わなかったぜ!」

 

「垂雲の鉄槌…雲山の質量でそのまま拳を象る立派な特技よ。言っただろう、私達の連携は完璧だ! 数分前に組んだ付け焼き刃の二人に負けるものか!」

 

 

 

 

 

 

「――――――なら、三人ならどうかしら?」

 

 

 

 

 

 

戦っている私達に割って入った人影は、赤いリボンに結われた髪を靡かせてそいつは飄々と告げる。気怠げな表情に反して苛烈さの混じる視線に相手を捉え、早苗と私、一輪と雲山を交互に見てから溜め息を漏らした。

 

「どういう状況なのよこれ。三人ならーとか言ってみたけど、まるで読めないわ。お宝目当てで来たら魔理沙たちがヘロヘロなんて何の冗談よ?」

 

「はっ…誰がヘロヘロだよ! お前がちんたら飛んで来るのを二人で待ってただけだっての!」

 

「霊夢さん…来てくれたんですね。大丈夫です! 私はまだまだ元気ですから!」

 

「博麗霊夢ね…例え巫女が相手でも、今日の私達は止められない。三人纏めてかかって来なさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

寅丸星が、宝塔を使ってカケラとやらを集めだしてから数十分が経過した。彼女の顔には疲労が色濃く出ているが、側に付いているナズーリンの制止を振り切って飛倉集めに精を出している。私といえば村紗水蜜と彼女らの意見交換に動くだけの、実質役立たずなわけだが…概ね予定通りな上に一輪の足止めも上手くいっているようだ。

 

「雲居一輪は、良い戦いをするな」

 

「む? ああ、そうか…君はこの距離からでも気配が分かるんだね。それは重畳、周囲の状況が具に分かるというのはかなり便利な能力だ。それで、戦況は?」

 

「今までは一輪が押していたが、霊夢が合流してしまったからな。拮抗はじきに破られるだろう。魔界へ突入する準備が整い次第、私は向こうへ向かう」

 

宝塔は、順調に船へカケラを集め続けている。一度魔界へ入れば、後は船が示す航路に従って村紗が星達を送り届けるだけでいいという。彼女らの仲間である聖なる人物を解放すれば、後は異変を決着させれば今回は終わりだ。

 

「時にナズーリンよ。聖とは、どういう人物なのだ?」

 

「彼女は…そうだね、まずお人好しだ。騙され易いとはまた違うんだが、どうも困っている奴を見ると人妖問わず首を突っ込む悪癖があってね。そのせいで、結局彼女は当時の人間からは妖怪を嗾しかけた悪魔と揶揄され…彼女を疎む法僧達の手で封印されてしまった」

 

人も妖も、双方が独自の距離感を保って共に生きていた時代では…人間からすれば倒すべき敵を庇う同族というのはさぞ奇異に映ったのだな。古の妖怪は人を餌にする輩も多く、またそれが自然な事だった。人の恐れを糧にするには、人ひとり喰らう様を見せつけてやれば良い。生きる為、存在を確立する為に行う当然の行動は、ともすれば人間の平穏を乱す害悪にしかならない。

 

「一方で、人間も妖怪の住処を切り開いて繁栄してきたのだから…一概に何方が悪いとも言い切れんか」

 

「封印される直前まで、聖は互いの和解を説いていた。魔界へ消える間際にも、一切恨み言は無かったんだ…」

 

「…許せないか、人間が」

 

両の手を握り締めて、ナズーリンは初めて憤怒の形相で私を睨み付けた。赤々とした瞳の奥で燃える、炎のような激情を押し殺して。

 

「許せない…許せないさ!! でも、仕方ないじゃ無いか。並の妖怪は人間の恐れが無ければ満足に生きることも叶わない。私達だけなら、何をされても当然の報いだと受け入れられるのに。だけど彼女は奴らにしてみれば同胞だった!! 人間にそっぽを向かれても、聖は最後まで誰一人見捨てたりしなかったのに!! 襲い来る人間も、逃げ惑う我々も、誰ひとりだ!! それなのに――――――」

 

「……そうか。難しい生き方を選んだものだな、聖という人間は」

 

聖某を排斥した人間共も、彼女に救われ落ち延びたナズーリン達の憤りも、きっと何方も正しかった。双方の均衡が傾きかねない存在がいるとなれば…どの道録な末路は迎えられない。封印という形でしか折り合えなかったのは哀しい顛末だが…ある意味では。

 

「――――――旗色が変わったな」

 

「…え、それは、いったい」

 

故に今が好機ともとれる。外の世界で神秘は悉く廃れ、我々が安住の地と出来る場所はごく僅かとなった。だからこそ幻想郷の齎らす救いに、此度の異変を介して私は賭けてみたい。楽園ならば、必ずやこの娘達の願いを果たさせてくれる。その価値ある想いを遂げさせてやりたいと感じ、彼女らと共に事を成そうと決めた。彼女の真意を探ったのは、私も動く前に最後の踏ん切りを付けたかったからだ。

 

「一輪が劣勢になった。今から向かうとする」

 

「君………あ…」

 

唐突だが、雲居一輪の妖力が弱まっている。察知された気配は四つ…一輪、魔理沙、早苗、そして霊夢で全員だ。即座に会話を打ち切り、転移の為にナズーリンから数歩離れる。彼女は、私を呼び止めようとしてそのまま口を噤んだ。致し方ない…今にも、戦いの前の高揚に力が溢れそうになる。

 

「事のあらましは承知した。確かに、共々の想いには価値が有る。鼠の娘、優しき賢者よ…改めて、君達の願いは私が最後まで手を貸そう。仏も人間も、世界にすらも見限られたと嘆くなら――――」

 

最後の品定めには充分な遣り取りだった。地底を巡る異変より、私の頭の中には彼女の言葉がいつも刻まれている。去来する言葉はいつも同じ。欲しいものを自分の思うままに望んでも良いと、彼女は笑顔で許してくれた。

 

【コウ様の願う、徒総てを掬い上げられる温かい場所を、私が創って差し上げます】

 

紫はそう言って、あの時私を送り出した。

ならば私も、他の者に出来るだけそうしよう。もう二度と、幸福を受け入れた己を偽らない為に。零れ落ちそうな宝を見過ごさないように。

 

「次は、私が楽園の皆に与えてやる番だ。凡ゆる幸福と、超えるべき苦難を」

 

黒い孔を空間に穿ち、一輪を基点にした座標へ足を運ぶ。泥濘の如き深淵へ身を沈めながら…閃光飛び交う空へと向かった。

 

「あ…き、気をつけてくれ。武運を祈るよ」

 

「……うむ」

 

彼女もまた、私から迸る力を間近に感じている。こんな有り様であるならば、脆弱なナズーリンが言葉を濁すのも無理は無い。それで良いとも…此の身は果てしなく傲慢に過ぎる。傲慢さに力も備われば尚更、深入りは避けたかろう。だが…助けてやりたいのは本当だ。誰も彼もが、ただ不可解だというだけで認めないなら……世界から彼女らを、友諸共に切り離そうとするのなら。

 

「打ち捨てられた其れ等を我が物とし、囲ってしまっても良いのだろう? なあ、紫。我が麗しき導きの乙女よ」

 

我が眼に映る価値有るモノを、深淵の中(この手のなか)に収めてしまおう。私にはそうする事でしか、君達への愛を示せない。







読んで下さり、ありがとうございます!
頑張った結果…戦闘の大一番は次回に持ち越しとなってしまいました!すいません!!
次もそこそこ空くかと思うのですが、待ってやって下さいませ。ありがとうございました!!

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