彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
投稿再開からまた何日か空けて、異変までの流れを漸く書き終えられました。
この物語は迂遠な物語進行と、厨二展開のための分かりにくい伏線だらけでお送りします。
それでも読んでくださる方は、ゆっくりしていってね。




第八章 弐 幕開けは船と共に

♦︎ 雲居 一輪 ♦︎

 

 

 

 

 

結局、船に戻されてからの事は殆ど記憶に無い。

皆に促されて自室に入った所までは覚えている…けれど、訪ねて行った相手の余りの素っ気ない態度が衝撃的過ぎて、眠ることも出来ずに夜が明けてしまった。

 

「……」

 

「ま、まあ! 元気を出しましょう一輪! 押してダメなら更に押す! 頼み込めばきっと了承して頂けますよ!」

 

船に設けられた一室で、私達は集まって各々の進捗を報告し合うのが近頃の日課となっていた。あの人を助け出すという共通の目的がある以上、情報交換は頓に行っておかなければならない。私の横に座った仲間の一人、《寅丸 星》が持ち前の黄金色の髪を揺らしながら精一杯励ましてくれる。

 

「ええ…ありがとう。これくらいで、諦めたりしないわ」

 

それ自体は嬉しいのだが、同時に何の成果も持ち帰れなかった自分の惨めさが心の中を激しく揺さぶっている。昨日はどうして断られたのか…そればかりが頭の中で反復してしまう。地上に出てから方々で聞き回った情報では、件の彼は他者からの要求を無碍にはしない、情に篤い好人物だと聞いていたのに。有力な情報を頼りにいざ蓋を開けてみたら、霞を掴まされたような気分を味わう羽目になったのが昨晩の私であった。

 

「ご主人、空回りもそれくらいにしておけ。なあ一輪、私達が仕入れた情報は確かなモノだった筈だ。人里から山間、竹林辺りで出くわした者らに《九皐》という人物はどういう人柄なのか? と手当たり次第に聞いて行っただろう? 誰もが似たような、絵に描いたような人格者であると言っていたではないか。まだ折れるには早い」

 

私の左隣に座った、鼠を思わせる耳を備えた小柄な少女、《ナズーリン》が口を開く。一々話が長いのが玉に瑕だが、彼女はとても理知に富み、私達の参謀役としては申し分のない人材だ。彼女が取りまとめてくれたお陰で、あの人を解放する為の足掛かり…つまり昨日私が玉砕した彼の情報を掴むことができた。だがそれも、私の所為でふいにしてしまったかと考えるとまともに目も合わせられない。

 

「ナズの言う通りだよ! 船は進路が決まって初めて動き出すものさ、今回はちょっと方角に誤りがあっただけだって! まだまだ引き返せるよ、次を考えようよ次を!」

 

私の対面にどっかりと腰を下ろした少女、《村紗 水蜜》が快活な笑みを浮かべて声をかけてくる。珍しい形をした帽子が特徴の彼女は、物の例えがいつも船とか海関連なので微妙に話が掴みづらい。彼女なりに物事を良い方向に考えようという気配りは伝わっているので、ぎこちない笑顔で何とか返してみる。

 

「コホン…それで、だ。その様な御仁が内容も聞かずに断ったのには余程の理由があった筈さ。まずは其処から考えるべきだ…思えばこれまでの我々の動きは性急だった。にも関わらずここまでやってこれたのは寧ろ幸運だったんじゃないか? 此処からはより深く考えて、慎重かつ迅速に行動しよう。それで一輪……彼の御仁は何と言って君を突き返したんだい?」

 

「うぐ…!」

 

そもそも、私達が九皐と呼ばれる昨晩の人物に助力を求めたのはもう一つ別の理由がある。地上で聞き出せた情報から読み取れたのは彼の居場所と性格やこれまでの周囲への対応のみ。実際のところ彼を頼るように言ったのは誰あろう、私達が以前住んでいた場所で懇意にしてくれた友人だったりする。

 

その友人は、ここ数日の間に起こった大規模な異変とやらの後処理に追われ、山積みの資料と睨み合いながら私に一筋の光明を与えてくれたのだ。

 

『なるほど…地底と地上を繋ぐ通路が先の異変で広がったから、いよいよ船を使って地上に出ようと。貴女がたの大切な人を探し出すというのですね…それは一向に構いませんが、地上に伝手はおありなのですか? もし無いようでしたら…彼を、《九皐》さんを訪ねてみて下さい。きっと悪いようにはされないと思いますよ』

 

なんて満面の笑みで言われたものだから、急ぎに急いで地上まで出てきたらこのザマだ。良い悪いとかの前に、相手にもされなかったわよ…! いや、そんな事は今は良いんだ。えっと、私を屋敷から追い出した時、彼が何て言ってたか…だっけ。

 

「話にならんって」

 

「お、おう…随分キッパリ言われたんだね」

 

「でも此処まで来たのは認めるって」

 

「ふむ? 其処だけは好感触だったわけだね?」

 

あと、なんだったかな。相手の気配が強烈過ぎて、中々最後の一文が浮かんでこない…そうだ。確かあの時、彼はこうも言っていたんだ。

 

「面子が足りない…だったと思う」

 

「……それは」

 

「あー、なるほど? 私でも何となく想像ついたわ」

 

「…一輪。もしかして彼の御仁は、次に来る時はちゃんと人数を揃えて出直せ。と言っていたんじゃないか?」

 

もう! さっきから何なのよ皆して! そうよ! 確かにそうな事を言ってたわよ! 凄い剣幕で、冷ややかな物言いで帰されましたよ! 『面子が足りん、次に来る時は人材を揃えて』から出直せって――――――――――、あれ?

 

「あれ…もしかして、私」

 

「ようやっと気付いたか。一輪は真面目な分、時々早とちりして馬鹿みたいなミスをするな…」

 

「ナズーリンに同意する訳では有りませんが…今回はやはり、我々の方が礼を失していたという事でしょうね」

 

「そうだよ! やった! やったね一輪! 厳しそうな感じだったみたいだけど、ちゃんと話の分かるヒトだったんだよ!!」

 

私が呆気に取られて自らのかけられた言葉を反芻していると、周囲は対照的に一気に語調が明るくなっていった。其処で漸く私は自分の馬鹿さ加減に気が付いて、火が出そうな程顔が熱くなる。彼は第一声こそ高慢で、それこそ冬の寒空の如く冷えた返答をしていたが、最後の…。

 

「最後は、ちょっとだけ笑ってたような…気がする」

 

「ホントに!? よし行こう!このまますぐ行こう! 丁度全員揃ってることだし、そのヒトも全員で頼めば文句は無いってことなんだよ!となればこの機を逃すな、取り舵いっぱーい!!」

 

「全く…浮かれるのはまだ早いだろうに。ご主人はそれで良いのかい?」

 

「ええ、機を見るに敏というやつです。今こそ此方から彼の許へ赴き、全員で頭を下げればきっと…」

 

こうして、あれよあれよという内に全員の意思が一つに固まって。私達は船を駆り出して彼の住む屋敷へと航路を取った。船の一室から見上げた空は、何だかいつになく晴れ渡っていて…都合のいい考えだけど、少しだけ、私達の道のりを祝福してくれているように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

昨晩の出来事から数時間が経過した。

何とも不躾な訪問であったが、可能で有れば協力してやりたいのが私の心情だ。無礼な方法にそれなりの対応で済ませた事への悔悟は抱かないが、最後の遣り取り…通す筋を疎かにするなという私の意図は汲んで貰えただろうか。

 

「小娘が、次はどんな方法で訪ねて来るか」

 

私は別段、独り乗り込んで来た彼女を軽んじて返したのでは無い。逆にその蛮勇を評価したからこそ、単身乗り込んだ愚を妄りに誇らせたくなかっただけだ。

 

「悔しげな表情をしていたのは、少し気になったがな」

 

故に、そのままでは無価値と断じた。

次に相見える時、同胞を伴って現れる事を期待した。恐らく、あれ程の決意を以って臨んだからには独りでは有るまい。仮にまた独りでやって来たなら…それは昨晩の彼女の独断か、または本当に単独での行動だと決定付けられる。そうなった時は、何度か小突いて叱りつけてから話を聞いてやれば良い。

 

「――――――――ん?」

 

屋敷の窓辺かり挿した陽光が僅かに翳り、数瞬した後…午前の温かな空気に紛れて吹きつける風を感じ取った。髪や肌を撫ぜる心地よさに目を細めつつ、風の吹いてきた方角を緩やかに見渡すと…太陽を背に現れた不思議な箱のようなモノを確認した。アレは………船か?

 

「ごめんくださぁぁあああああいっ!!」

 

「突然の無礼をお許し願いたい! 此方に九皐殿はおられますでしょうか!?」

 

全く騒がしい事この上無いが、嫌いでは無い。

何より闊達さが良い。あれだけ痛烈に追い返されておきながら、それでも覚悟を決めたか諦めの悪さからか。揃えた面子も昨晩の彼女を合わせれば総勢四名と中々に多い。それも空飛ぶ蔵、否船のような代物まで使って来たというのがまた面白い。

 

「クハハハハ……うむ、快也。ソレは庭の隅にでも留めておけ、今度は堂々と全員で入って来るが良い」

 

「おお…やりましたよ一輪! お邪魔して宜しいそうです!」

 

黄金の神と僧侶の様な服を纏った少女が、昨日私を訪ねた一輪なる少女に呼びかけた。当の本人は形容し難い表情だったのもそれまで…やはり意を決すれば肝が座っているらしく、船を着地させた一団はまたぞろ此方へと向かって歩を進める。

 

「昨晩とはまた違う…か」

 

であれば、最低限の礼を尽くしてやろう。私から正門に備えられた扉を開け放ち、四人の少女達を出迎えてやる。玄関口の開けた場所で全員が入ったのを見届けて、今度は私の方から要件を確かめる。

 

「さて…私の助力が欲しいとの事だったが。今もそれは変わらんか?」

 

「――――――はい。此処に居る我等の総意と思って下さいませ。我々は或る御方をお救いしたく、貴殿の助成を頂きに参りました」

 

鼠の様な耳を携えた、最も華奢そうな赤目の少女が口を開いた。人助けか…やはり、と言えば良いのか。言葉の端に理知を伴った彼女は、此方の感慨を見抜いた上で矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「失礼、私はナズーリン。此方に在わす毘沙門天が代理、我等が教義の象徴たる《寅丸 星》の目付役及び、この一団の助言役として参じました。この度は当方の数々の無礼を、先ずは謝罪させていただきます」

 

鼠の少女は、自分の肩書きを並べておきながら、そんな物は飾りとも言いたげに真っ直ぐ頭を下げる。巧いやり方なのだろう…自分の立場を示しつつ、此方に伺いを立てたという姿勢を崩さない一手だ。

 

「良かろう。君と昨晩の彼女の蛮勇を評価し、これまでの事は不問とする」

 

「ありがとうございます…早速ですが、此方の要望をお伝えしても?」

 

「……立ち話で済ませては、客を持て成したとは言えまい? 茶の席を用意しているので、どうか馳走させてくれ。話はその後で聞こう」

 

晩秋に吹く風は冬の真っ只中ほど冷たくは無いが、身体を芯から徐々に冷やしてしまう。これが堪えて体調を崩されでもしたら面倒だ。集まった者達が全員妖怪とはいえ、如何なる拍子で病床に陥るかは分からないものだからな。

 

客間に通されたナズーリン達を出迎えたのは、暖炉に温められた部屋の空気と紅茶や茶菓子の置かれた大きめの卓。つまりは茶会を開く為の丸型テーブルな訳だが、席から少し脇に控える十六夜を視認して少女らは目を丸くしていた。

 

「彼女は友人からの厚意で、日に何度か奉公に来てくれている」

 

「ようこそおいで下さいました。本日は給仕を務めさせて頂く、十六夜咲夜と申します」

 

 

堂に入った仕草で会釈する十六夜の凛とした対応に、気後れしながらも席に着く彼女らに続いて私も座った。見事な手際で運ばれる紅茶と茶菓子の香りが、此処へ来た皆の緊張を程よく解してくれているのが分かる。レミリア嬢の仕込んだ十六夜の振る舞いには、いつも感心させられる。

 

「はぇー…何とも見事なお茶菓子」

 

「むむ、キャプテン村紗的にはお茶も大変良いお手前だよ! 紅茶って初めて飲んだけど、結構美味しい」

 

「おいしいですね、ナズーリン! 貴女も食べてみて下さい、ほら!」

 

「こらこら、お前達そんなに騒ぐものじゃないよ。ご主人もがっつくんじゃない」

 

ところで…私の座る椅子だけが妙に豪奢なのは、彼女なりの配慮だろうか。はたまた屋敷の主人としての態度や威を示せということか…宛ら客人を迎える、どこぞの領主にも見立てられる客間の風景。これもレミリア嬢の教育の賜物と言える…かも知れない。

 

「……あの」

 

「どうした、雲居一輪? 君も遠慮する事は無い。十六夜の出すモノはどれも格別だ」

 

「…勿体ないお言葉です」

 

「そうじゃなくて…どうして、私達が来るって分かってたんですか?」

 

適度に暖かい茶を一口嚥下して、私は一輪の質問の意図を考えた。レミリア嬢が予言したのは、昨日に客人の到来を知らせるモノだけだった。相手からすればそれもまた知る由のない事だが、私には今日皆が此処に来るように誘導した故に、ある意味では自分から誘き寄せたに過ぎないのだ。

 

「君達のことは、実は数日前に知ったばかりだ。古明地さとりとは友の間柄でな…出不精の友人が珍しく懇意にしている相手を、無碍には出来んさ」

 

「私が来る前から、さとりから聞いていたんですね…はぁぁ」

 

私の答えに納得がいったらしく、彼女は大きな溜息を吐くと目の前のティーカップを手に取った。それを機に肩の力が抜けたようで、甲板中心に広げられた茶菓子を次々と頬張っていく。

 

「むぐむぐ……ふぅ。確かに、聞いてた通りの人柄みたいですけど! 昨日に関してはちょっと意地悪じゃありませんか!? 私だって、出来るだけ皆に良い報せを持ち帰りたかったから…」

 

「分かっている。だが、尽くすべき礼を失しては如何な大義も語るに落ちる…それでは私を雇う(・・・・)目論見には届かぬと知れ。無謀なだけでは実は得られず、賢しいだけでは信ずるに足りん」

 

「―――――そこまで、見通されるか…!」

 

澄まし顔で私と一輪の遣り取りを見ていた筈のナズーリンが屹立する。動揺を隠せなくなった鼠耳の少女は、頬に僅かな汗を掻いているのも構わず鋭い視線を投げかけてきた。

 

「造作もない…といったご様子ですが、我々については何処まで御存知なのです?」

 

「……正確には何も。先ず、昨晩の彼女の必死さを鑑みれば、尋常ならざる事情を抱えているのが分かる。そして、私を動かそうと此処まで来て、皆を纏める立場の君が手を講じない訳も無いとな」

 

要はただの憶測に過ぎない。雇う側と雇われる側に例えたことが、思ったよりも的確に向こうの思惑を射抜いていたようだ。ナズーリンからすれば、もっと会話を弾ませてから切り出したかったに違いない。彼女は膝下まであるスカートの裾を握り締めて、随分と顔色が優れない…無言のまま椅子に座り込んでしまった。

 

「この私を、報酬を出すから従わせたい…か。そうだな?」

 

「くっ…! 仰る、通りです」

 

場の空気が凍りついた。大方、私が気を悪くしたと勘違いしたらしい…テーブルに居る誰もが俯いて身体を震わせている。視界の端で十六夜が大腿に潜めたナイフに手を掛けているのが見えて、頭を振ってそれを諌めてから私も返すべき言葉を口にする。

 

「――――――ならばやはり、我々は異変を起こす側という事になるが」

 

「わ、我々というのは…」

 

「無論、私と君達だ。君達はある目的の為に行動しようとしている。それにはまず力が…私という存在が必要だと判断したのではないか? 自分達だけでは成し得ない事を成すため強者を引き入れ、陽動か足止めにでも使おうというのだ。察するに…余程派手な騒ぎを起こすと見える。なれば――――コレは正しく異変だろう」

 

長々とした講釈を聞き入れて、十六夜は兎も角として一輪達は互いの顔を見合わせながら何事かを会議している。私の言葉を、都合良く取っても良いのかどうか迷っているのが窺える。彼女らの状況から、目的成就にはかなり慎重に立ち回ってきたのだろう。実に初々しい光景だ。

 

「九皐殿…」

 

「何だ?」

 

「今一度お願い申し上げる! 何卒…何卒我等にご助力いただけませんか。成功の暁には私の命でも何でも、出来うる限りのモノを用立てます故。どうか――――――!!」

 

「「「お願いします!!」」」

 

それ程か、それ程に君達の決意は固いのか。簡単に差し出せるモノなど無いと表情には出ていても尚引き退らず…命を秤にかけても手に入れたいモノが有ると。

 

「十六夜」

 

「はい」

 

「此処で聞いたことは他言無用だ」

 

「心得ております。紅魔も一度は異変を起こした身なれば、事が始まるまでは静観する。とお嬢様から仰せつかっています」

 

全く、本当によく出来た主従だ。

予言を残してくれた事といい、今日は稽古の日でもないのに十六夜を寄越した事といい…レミリア嬢の私への気遣いに頭の下がる思いだ。お膳立てが済んでいるのなら、有り難く彼女らの計らいを受け取ろうではないか。

 

「話は決まった…異変を手伝ってやる」

 

「おお、おお…! ありがとうございます!!」

 

「やった…! 本当にやったんだ!」

 

「よし…これで我々の計画も本格始動だ。後は準備さえ整えれば」

 

「遂に姐さんに逢える…私たちで助けに行けるんだ!」

 

計画とやらが上手く進んだのを彼女等は喜び合っている。無関係な筈の十六夜も、何処と無く嬉しそうに笑みを噛み殺して私を見つめた。さて、最後に一輪が漏らした《姐》という人物を救出、または再会する事が目的らしいが。

 

「事が起こってから、魔理沙や霊夢がどう動くか……それ以前に、先ず紫には話を通しておかねばな」

 

彼女等の願いが純粋なモノであることは直ぐに分かった。だからこそ、手伝うからには成功させてやりたいものだ。一度は無謀な行いに苛立ちも覚えたが、それだけ必死な姿勢を見せられれば納得も出来る。

 

「十六夜は、此度の異変には関わるな。妖夢にも言って聞かせておく…良いな?」

 

「仰せのままに。九皐様が動かれる以上、紅魔がそれを阻むことなどあり得ません…お嬢様も、そう願っておられました」

 

敵わないな…レミリア嬢にはこの異変の顛末も、恐らくは視えている。残る懸念は、やはり霊夢達だろう。異変解決を使命とする人間寄りの勢力である彼女らにすれば、目と鼻の先で好き勝手されればさぞや気を揉む筈だ。それに…人と妖怪の均衡を保つには、対外的な結果というのも求められる。表向き、此方の異変は異変解決者に挫かれておかねばならない…その上で目的だけは確りと果たす必要がある。

 

「霊夢と魔理沙は、仕方がない。後は―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 東風谷 早苗 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

「畏み畏み 麗しきかな 天津神へ申し奉る―――」

 

「ふむ……微妙だねぇ。神気は十分なのに、なんというかこう漠然とし過ぎてるっていうか」

 

身の回りを、不自然な軌道で吹き抜ける風が止み始める。神奈子様に修行をつけて貰ってから何日か経ちましたが、特に真言を習得するのに時間がかかっている。

 

諏訪子様は、覚えが速いと認めてくれたけれど…神奈子様は淡々と私の至らぬ部分を指摘しては矯正してくる。実演、模倣、矯正の繰り返し行われる作業に内心歯噛みしていると…神奈子様は普段通りニッカリと笑って修行を中断された。

 

「よし、今日はここまでだ! 色々と途中だが、早苗はやっぱり才能においては天下一品だ。後は実戦で試すといいよ」

 

「はあ…そう仰られても。私的には全く出来ていない感じなんですが」

 

直々にご指導頂いているのには訳がある。神社で開かれた模擬戦…催しで私はものの数秒と持たずに敗北を喫した。しかも自分からは明らかに格下だと思い込んでいた妖怪相手に。失礼極まりない話だが、美鈴さんとまともに戦って、私が勝てない部分と言えば格闘戦くらいだろう。

 

「だが…そのたった一つに秀でたモノの前には、数ある不利などものともされなかった―――だろう?」

 

「…はい。極めるっていうのはああいう事なんだと、思い知らされました」

 

神奈子様が、私の心を見透かすように言葉を紡いだ。

事実が物語っていた。あの場で、あの時、紅美鈴という紅魔の門番に私は何も出来ずにやられてしまった。反応鈍く、選択した術もお粗末なモノで…一息に詰め寄られて掌底一発で伸されたのだ。

 

「しなやかで、力強い一撃でした。とても自然な動作で、まるで美鈴さんの為にあの技があったみたいな」

 

「そう見えるくらい身体に染み込ませたんだろうさ。気の遠くなる年月をかけて、何万何億と繰り返された動作には、不自然な部分など既に無く。実に見事な…無為自然の境地から放たれた先制だった」

 

私には、あれ程の格闘術を身に付けるだけの下地が無い。護身術程度ならまだしも、戦術の軸として肉弾戦を用いるだけの術理が足りない。時間をかければ何かしらの形にはなるのだろうけど…今は自分の得意な分野を伸ばしたいと、神奈子様達と相談して決めた。

 

「それからずうっと修行に励んだな。そういうとこ、人間ってのは実にストイックで面白いよ」

 

「神奈子様だって、コウさんにリベンジするまでご自分を磨いてらしたんですよね? 知ってますよ、諏訪子様から聞きました」

 

「結果は惨敗だがな! カッカッカッ!」

 

そんな事は無い。お互いにボロボロ…かどうかは兎も角、熾烈な戦いであったことは私も知っている。私にもそれだけの意気込みがあれば、あんな風には負けなかったんじゃないかって…今でも思ってしまうくらいだ。

 

未来の自分に、それだけの激戦をやり遂げる力は備わっているのだろうか。大切な家族や友人に、胸を張れる自分を少しでも手に入れたいから…まだまだ修行を重ねなきゃいけないな。

 

「大丈夫だよ…一度や二度負けたくらいで、己の真価なぞ分からんものさ。それに、アレはもう完璧に仕上がったじゃないか」

 

負けて、情けなくて、代わりに手に入れた物があった。自分を認めてくれた友人に恥じない様になりたいと初めて思えた。自責の念を振り払いたくて、我武者羅に修練に励んで得た力があった。それらの経験と成果を以って、私は漸く次の異変への参加を神奈子様に許された。

 

「ま、真言使うような相手なんざ滅多に現れんさ。現状だけならとりあえず、早苗が編み出したアレだけで事足りる――――――自信を持って臨むが良い」

 

「はい! ありがとうございました!!」

 

「あ、いたいた二人とも! ちょっと来ておくれよ! 空になんか変なのが浮かんでるんだって!!」

 

突然、母屋の方にいたはずの諏訪子様が駆け寄ってくる。変なのって何のことかと、神奈子様と顔を見合わせつつ背中を押されるまま境内の方へと出て行った。

 

「また、珍妙な出で立ちですね…」

 

「どうやら早速、早苗の出番がやってきたみたいだねぇ」

 

「あれは何だ? 箱か!? 妖怪か!? いいや」

 

太陽の齎した、山吹色の光を湛える空と心地よい風。なんとも言葉にしがたい感慨を抱かせる楽園の空は、今日も今日とて常識外れな光景を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「「「――――――空飛ぶ船だ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷の空にかかった、綿飴のように柔らかな雲の切れ間から影が見える。ソレは青空の景観には余りにも不釣り合いな――――――大きな木造の船だった。

 

 

 




何とも緩やかな立ち上がりとなりました。
異変開始までに二話分つかったのは初めてかも…
最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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