彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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お久しぶりでございます。
ねんねんころりです。いったいどれほどの期間を空けてしまったか、空けた末に出来上がったのがこんなので良かったのかと未だに恥じております。本当にお待たせしてすみません!!
本当にごめんなさい!、もう何と言ってお詫びすれば良いやら…とりあえず、最後まで読んでやって下さい。なにとぞ…


第七章 終 陽よ、今こそ燃え尽きる刻

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

「シンリュウ…! 貴様ダ!! 貴様の所為デ、神々の権威ハ地に堕ちた。貴様が姿を眩ましタ為ニ、再戦も出来ぬまま終わりを迎エタ。 矜持モ、チカラも、全て総て凡て失ッた!!」

 

「下らん…ヒトのもたらした信仰はいずれ、ヒトが持つ智慧の前に敗れ去る。我が在らずとも、汝等は遅かれ早かれ時代に駆逐されていただろう」

 

言葉が通じるなどとは思っていない。奴は只足掻き苦しむだけの亡霊だ…我に暴かれる程度の神秘に、如何なる価値が有るのだろう。余りに脆弱。余りにも安いぞ八咫烏――――所詮汝は賢しいだけの獣に過ぎない…我と同じ、禍を齎すだけの愚劣な畜生ということか。

 

「黙れェェエエエエエッッ!!!」

 

右手と同化し、溶解した筒の様な器官から火柱が放たれる。羽虫如きの攻撃と雖も、背後に護る少女達が塵となるには充分な威力…やはり此処は、当初の予定に沿って行動する。

 

「温い…そして不快だ」

 

身体から溢れ出す深淵が、蛇が獲物を呑み込む様に顎門を象る。歪な銀が焔を吸い上げ、炉心部上空の孔から天蓋を突き抜けて地上へ流されて行く。苦々しい表情を隠さない八咫烏は、その実霊烏路空という器が無くては自力で表に出てくる事さえ出来ない。奴の行使する力の負荷に耐えられず、霊烏路の肉体へ亀裂が入るより前に、決着を着ける―――――――ッ!!

 

「ギィィ…不敬、不実也! ドコマデ私を虚仮にすれば気ガ済むノダ!!」

 

「精々唄え」

 

さとりとこいしの周囲に闇の残滓を送り、彼女等を焔と熱から守る結界とした。徒手空拳にて駆ける我を睨め付けて、八咫烏が借り物の翼を広げて距離を取ろうと羽撃く。地の底から這い出んと飛翔する前に奔流を放ち、足止めを受けた化身の四肢を縛り上げる。

 

「グァッ!?」

 

「その身体は霊烏路の物だ。返してもらうぞ」

 

躊躇無く、銀光を帯びた右拳が八咫烏の右頬を打ち据えた。熱波と陽炎を引き裂く軌跡が、狙い過たず罪なき少女の顔を捉える。

 

「■■■――――――――ァァアアッッ!!? オノレ、オノレェ!! 我が魂ニ直に触れルカ!? 悪竜め…小癪な真似ヲォォオオオッ!!」

 

八咫烏の煩わしい奇声が示すのは、空の肉体に触れながら傷を与えずに彼奴を害したからだ。双眸の奥に灯る山吹の火が弱々しく揺らめき、化身の魂に直接触れる我が一撃の重さを表していた。

 

「火を焼べるしか能の無い、奇形の鳥には過ぎた技だが…今宵は無礼講だ、とくと味わえ」

 

ひと呼吸の内に三百…三百発の拳打と蹴撃を見舞い、総てが八咫烏の本体たる魂だけを瞬く間に削り取る。果てる寸前の奴は、痛苦と恥辱に塗れた悲鳴を上げるも、為す術無く蹂躙され死へと近付く恐怖すらも声音に混ざる。

 

「イヤだッッ!! 嫌だいやだイヤダァッッ!! 死にたく無い、死にたくナイ―――――ッッ!!!」

 

「失せろ。汝は我の逆鱗に触れた…最早聞く耳持たん」

 

天を照らし、地を沸き立たせる神々の火が断末魔を迎える。最期を見届ける価値も無い、欠片残さず撃ち砕こうと拳を掲げた刹那…八咫烏の気配が裡側へ隠れた。

 

「痛いよ…おにいさん…」

 

「……!」

 

心臓へ向けられた左拳が空を切る。眉を顰めて此方を見詰める顔は、先日出逢ったばかりの健気な娘そのものだった。

 

「霊烏路――――――――」

 

「ゲェェエハァァハアアアハアアア――――――――ッッッ!!!!」

 

霊烏路の胸元に備わる真紅の目…神を宿す証の赤眼から炸光が噴出し、双方を隔てる至近で焔の塊が爆ぜる。

 

「霊烏路…!? いや、八咫烏か。賢しい手を次々と」

 

視界を僅かでも奪われた状態で無理に追撃を行えば、奴はまた同じ手で彼女と入れ替わり人身御供としかね無い。何たる所業か、後の無くなった八咫烏の下劣さに反吐が出そうになる。

 

「よもや、霊烏路の意識だけを表に出して盾にするとは…」

 

「ヒヒヒヒャハハハハハ!! そうだよナァ!? 貴様は優しいモノなあ、ええ? そうヤッテ私を一度は見逃したモンなあ! 私をコロすのには躊躇いなんて無いクセに、宿主の悲しそーナ顔見ただけで手が止まっちゃうンダよねぇ……バッッッカじゃねェのこのバァアカッッ!!」

 

赤眼の煌めきが強まる程に炉心部が熱され、得意気に宣う畜生の罵声を浴びせられる羽目となった。だが、当の我は怒りを越して頭の中が急速に冷え切って行く…今尚焔を産み出し続ける八咫烏の力を地上へ流していられるのにも限界が有る。時を掛け過ぎれば、終わる頃には地上で耐えてくれている友々も火種を抑えられなくなってしまう。そうなれば我の敗けだ…友を火の海に焼かれ、八咫烏を屠っても残るのは徒の亡骸のみ。

 

「サァどぅするう!? 宿主の泣き顔は見たくない、幻想郷が燃え去るのもイヤ。ヒヒヒヒ! これは愈々焼かれるしかナイナァ、貴様ガよぉぉおおおおおッッ!!」

 

爆風と焔の圧力は、既に炉心部の許容を大きく上回っている。地底は茹で上がり、地上も逃した火種に晒され霊烏路すら盾に使われ…一見万策尽きたとするしか無い状況。以前の我なら、大人しく奴に焼かれに行ったであろう。

――――――――以前ならば。

 

「………」

 

「アン?」

 

「……愚か者が」

 

我は決めた…決めたのだ。傲慢でも良い。不実でも構わない。此の掌に余るモノなど初めから無い…何時の日か朽ちるとも、眼に映した輝きは永遠だ。何方かでなく、幾らかと言わず、微かにと遜らず、欲し満たし潤したいと願うなら…飽く無き渇望を抱いて突き進めば良い。我にとって、遍く世界は硝子玉に過ぎないのだから。とても小さく、無数に散りばめられた儚いモノでしかない。どんなに染まりたいと想っても…大き過ぎる我が身の深淵は到底染められ得ない。成ればこそ、我は幻想郷が堪らなく愛おしい。愛しいからこそ…此の地を至上の楽園足らしめる為、我が力を汝に示そう。

 

「…ナンダ、何だ―――――!? コイツは一体!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 古明地 さとり ♦︎

 

 

 

 

 

 

「――――――――う、くっ…こいし、お空…」

 

絶叫とも咆哮とも呼ばない奇怪な声を聞いた直後、私の意識が一時的に途絶えたのを覚えている。家族を守ってやれなかった家長として全く情けない事だけど…焔の煇に目が眩んだ私を庇った妹と、私達二人を同時に護った彼のヒトの背中を炎に包まれる間際に捉えた。

 

「………」

 

「良かった…怪我は無いみたい」

 

私が倒れていた傍らで、静かに眠るこいしの安否を確認する。外傷無く、服や帽子に至るまで焦げ付いた所の見られない妹を認めて…焔から護ってくれた彼の力が如何に凄まじいかを認識する。

 

「……愚か者が」

 

声が響いた。

低く重く、調べをなぞる様に緩やかな速度で紡がれた彼の言葉。炉心部全体に満ち、私達を焔の熱と息苦しさから遠ざける銀色の奔流が、視線の先で八咫烏と対峙する主の命に応え躍動を始める。

 

「…ナンダ、何だ―――――!? コイツは一体何なんだァッッ!?」

 

「其は昏き波間を揺蕩い 黎明を喰らう獣の名」

 

炉心部を溶かす焔、熱波の荒れ狂う上空で起こる陽炎、そして銀の奔流さえ例外無く…彼以外の凡ゆる存在の動きが止まった。息遣いの音さえ遮られた静寂、夜空の星々を湛える虚空の如き空間が、峻厳に謳い続ける深淵の許に現出する。

 

「焔が、消えた…何も無い、此処は」

 

「■■■■■――――――――――ッッ!!!! ナニを、貴様ァ一体ナニヲしタァァアアアッッッ!?!?」

 

発した疑問は、彼の先でもがき苦しんだ様子で地を這う八咫烏の悲鳴に掻き消された。妹に諭されて此処に来た頃には、奴は既にお空の身体と意識を乗っ取っていた筈…私が倒れている間に、彼は何をしたのだろう? それよりも…見る限りお空にも怪我等負わせていないのに、何故八咫烏はあんなにも苦しげなの…?

 

「汝を滅する前に答えてやろう…この世界は先程の幻想郷に非ず。地底に据えられた炉心部では無い」

 

どういう事…? ソレが本当だとして、八咫烏が苦しんでいる理由とどう繋がるのか皆目分からない。この場に於ける趨勢を支配しながら、誰より性急にお空と八咫烏を打倒したかった彼が、今や周囲の虚空を眺めて棒立ちの状態だ…益々理解出来ない。

 

「ソレが…それガどうしタァッ!? 私ノ煇は神々の火ダゾ、何故ナゼチカラが振るえないィ…!!」

 

彼は冷淡な眼差し…などでは無かった。

八咫烏の悪態にも、足掻きのたうつ様相にも全く感慨を抱いていない。只々《無価値》なモノ、そうとしか形容出来ない感情の籠らない視線だけが奴を映していた。汝を滅する…吐き出した言葉に係る意味以外、心意の宿らない銀の双眸が輝きを帯びる。

 

「此処は外だと言ったろう」

 

「ハァア!?」

 

「誰も居らず、至れぬ領域…我が魂を封じる肉の器が横たわる場所。我が認めぬというただそれだけで、貴様の心身の自由など造作もなく奪えるのは道理。そのまま耳を澄ませるがいい。虚空に精神を重ねろ、そして視るが良い。漂う無間に隠された我の姿を」

 

漆黒の地に伏す八咫烏の視線が彼の背後、私達の更に後方の宙空を彷徨う。お空の顔をした傲岸不遜な化身の香りが、今も見る見る青褪めているのだ。この距離から、私にも聴こえてしまうほどに。奴の呼吸には震えが混じっている。斯く言う私も、背筋が冷たいなんてモノじゃない。其処にナニが在るのか観てはいけない、知ってはいけない。なのに…私は何処か安堵のような感覚を覚えて、ゆっくりと背後を振り向いた―――――――。

 

「―――――――望み通りに、此方の姿で続けてやろう」

 

「あ、ああ…あ。そ、その姿――――は」

 

狂気に彩られていた八咫烏の声が、はっきりと聞き取れるほどに深く沈みきっていた。積年の怨みが、怒りが、憎悪が。いざ彼の本体を前にして、不幸にも。正しく不幸というほかに無い。八咫烏の心はたった今…自らが僅かに残していた理性(恐怖)という名の水底へと転げ落ちてしまった。それは純粋な、絶望とも言い換えられる力の具現。この場において、対峙する彼らしか知らないいつかの時代…神々を震撼せしめた闇黒のカタチが此処に現れた。

 

「さあ――――」

 

「う、あ…。や、ヤメロ」

 

「終わりの刻だ…重ねて言おう。八咫烏――――――――死ぬが良い」

 

「ヤメろぉぉぉぉオオオオオオオ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗 霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は散々な一日だ。マジで散々だ…博麗の巫女だからって振られる仕事の内容くらい選ばせて欲しい。選ぶ権利も道理も無いけど、今回ばっかりはどうすんのよと弱音を言いたい気分にさせられた。

 

『霊夢! そっちにも火の粉が行ってるわよ! 呆けてないでちゃんと結界を維持しなさい!!』

 

「分かってるわよ!! 一々うっさいわね!!」

 

なんて悪態を吐き合う私と紫だが、私達の距離は人里と博麗神社で遠く離れている。私は人里、紫は神社…境界を操る能力だか何だかで、幻想郷の各所に転々と張られた結界を参加した各々が維持している状態だ。冗談抜きで勘弁して欲しい。

 

事の始まりは突然だった。

紫が頭の中に直接響くどデカイ声で主だった連中に同時に呼び掛け、配置された六方を来たる災厄に備えて結界を構築しろと告げてきた。訳も分からず狼狽する連中もちらほら居たけど、嘗てなくドスの効いた声音で語る紫に、皆従わざるを得なかった。

 

【地下から噴出する火の手が地上を襲うわ…これは大異変よ、この異変は地上の者総出で当たる事を考え、能力によって皆の意識の一部を共有しています。連携を密に整え、各自周辺に予想される被害を最小限に留める事。この決定に文句がある奴は、今からそっちに行くから首を洗って待ってなさい】

 

怒ってるって訳じゃないんだろうけど…有無を言わさぬ迫力を前に、頭の中で喚き立てていた魔理沙とかアリスの声が一斉に静かになったのが十数分も前のこと。

 

『くそったれ! 私は結界とか防御みたいなのは元々不得意なんだ! こうなったら纏めて吹っ飛ばしてやる!』

 

『やめなさい魔理沙! そんな事して魔力が切れたら、誰が私のサポートするのよ!』

 

『此方は問題無いわ…紅魔館周辺に散らばる火の粉は総出で消してるから、心配無用よ。フフ…レミィ達も弾幕ごっこの練習になるって張り切ってるわ』

 

『お山の方も大丈夫です! 神奈子様達も手伝って下さってるので、皆でこの難局を乗り切りましょう!』

 

こんな感じで頭の中でギャアギャアと煩くて仕方ない。普段出張ったりしない奴まで根回ししてるんだから、紫がどれだけ本気なのかが窺える。

 

「面倒ね…こっちから攻める手段が無いなんて、アイツ上手くやってるんでしょうね?」

 

『心配は要らないわ…コウ様が仕損じる筈は無い。今日の彼は、今までで一番激しておられるのですから』

 

そりゃあ、良い事と悪い事の両方をいっぺんに聞いちゃったわね…! 普段温厚なヤツを怒らせると碌なもんじゃない、それが今日に限っては九皐だってんだから!

 

空は速すぎる夜の気配と色に包まれ、明かり代わりに灯る無数の火柱と火の粉が人里を照らす。こいつの原因をアイツが排除しないと、この大異変とやらは終わらない。気合を入れ直して結界の強度を上げようとした矢先、特大の火の玉が数発飛んで来た。

 

「チィっ!」

 

今までより数が多く倍は大きい焔が迫る…! 補強が間に合うかどうかギリギリの瞬間、横合いから青い影が颯爽と駆け抜ける。

 

「はああああああッッ!!」

 

「あんた、そういえば人里に――――――」

 

結界の外へ堂々と躍り出た青い影…空の色に似た長髪を靡かせ、赤々と光る細身の剣をひと薙ぎしたソイツは、降ってきた中でも一番デカい火焔を切り裂いた。

 

「此処には友達がいっぱいいるんだ…何だか良く知らないけれど、私の居場所で好き勝手させないッッ!!」

 

「天子…!? 助かったわ、これで結界を補強出来る!」

 

現れたのは比名那居天子だった。先の催しで見事優勝し、地上の皆と友達になると言ってのけた変わり者…コイツが来てくれたお陰で、襲来した火の粉は軒並み霧散して行く。

 

「霊夢も大丈夫? 此処は私も手伝うから、あんたは安心して結界張ってて頂戴!」

 

「サンキュー…って、次来るわよ!!」

 

「心配ご無用です。私も総領娘様と共に、地上に降る災禍を跳ね除けてみせます」

 

またも私の後ろから飛び出した影は、華やかな羽衣を翻して指を天に翳した。真上から吹き付ける突風が、此方に降る筈だった火の粉を分散させ勢いを減じ、天子が小さくなったそれ等を次々と両断する。

 

「衣玖も来てたのね…あんた達、やるじゃない」

 

「なに似合わない台詞吐いてんのよ! 言ったでしょ? 友達がいるこの場所には、絶対に飛び火なんかさせない!」

 

「私達三人なら、此処を守り切れます…三本の矢というやつです!」

 

三本どころか五本でも六本でも足りないくらいの戦力だわ! 照れ臭いけど…地上と天界の繋がりは、確かに私達の絆というカタチで存在する。だったら!! 今も絶えず飛んでくる災厄、炎が幾ら熱かろうと強かろうと、恐れるものなんて何も無い!!

 

「っしゃあああ!! ダルくて面倒臭い修行の成果、舐めんじゃないわよおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「――――、ん?」

 

「…これは、その――――どういうことでしょう??」

 

――――――――――――あれ? 何も、起こらない?

さっきまでしつこいくらいに火の玉やら炎やらが飛び散って来てたのに。ほんの一瞬、瞬きをした今の拍子に、空から降って来ていた筈の何から何までが消えて無くなってしまった。なんか、様子がおかしくない? っていうかコレって、もしかして…

 

 

 

 

 

 

 

 

たったいま、異変が解決しちゃった?(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 深竜・九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

一体いつからだろう。当たり前の如く我が意と力が…世という世、時流を越えて隈なく届いていると自覚したのは。答えは自分でも解らない…ただ、産まれた時から確たる自負と証が有ったのだ。其処には何も無いが故に、総てを観測し得る無間の地平だけが拡がっていた。《完備なる、内積の地(ひろいだけの、なにもないばしょ)》と名付けた領域で、独り時の過ぎ去る様を見て幾星霜…揺蕩うだけの在り方に飽いたのは言うまでも無い。故に見た、聞いた、触れた。いつか薄れ行く泡沫の夢に等しくとも…世界には美しいモノがこんなにも溢れているのだと。感動と、高揚と、そして失意を覚えた。瞬きの間に滅び失われるソレ等に涙した。嗚呼、無常なる限りある全てよ、我が想いの赴くままに永遠を与えられたなら…我にとってどれ程の救いとなっただろう。

 

「真に永遠のモノなど在りはしない」

 

「ヒ、ア、ぁ…」

 

八咫烏――――その輝きに相応しい、神としての誇りが貴様にもあったなら。或いは幾ばくかの価値も有りと見逃したやも知れない。

 

「――――この、我を於いて他にはな」

 

だが、もう遅い。最早一刻の猶予も許しはしない。何よりも、貴様は楽園に災いを齎した。この事実…貴様の死を以って知るが良い――――――――ッッ!!

 

「潰れよ」

 

久方ぶりに戻った邪竜の姿。自らをして低く唸るような声に辟易としながら、緩慢な動きで右腕を振り上げた。虚空を掻き抱くように投げ出された掌が…八咫烏の魂というカタチ無きモノを確かに、呆気なく簡単に握り潰した。

 

「アが…、かっ、う? く――――――――ギュぼぁッッ!?!?」

 

奇怪な呻き声を上げて、霊烏路空の身体を操る八咫烏が地面に倒れ込んだ。溺死しそうな動物にも似た醜悪な声に反して、霊烏路空の肉体にはなんの変化も見られない。ただ…彼女の身体から立ち昇る山吹色の光の粒が、鳥の形を成したまま踠き苦しんでいる光景が其処にあった。

 

『グゲ! ギ、ぎ、ぁっ!! だ、たず…だずけ、で――――!!!』

 

「無理だ。一度奪ってしまった(モノ)は決して元には戻せない。残念だったな…今も昔も、戦いにすらならんとは」

 

命乞いか、憤怒か…恐らくそのどちらでもあろう。

眼前で苦悶に喘ぐ畜生の有り様を観ても…沸き上がる感慨など、今更なにも無かった。ただ戯れを辞め、迅速に、効率よく死に損ないの燃え滓を捻り潰した。それだけだ、派手な立ち回りも皮肉の効いた舌戦も何も無い。周りを飛び回る小蝿を見て煩わしさを覚えても、それ以外には特に感じ入るものもなく叩き落とすのと変わらない。それほど無遠慮に、呼吸するような自然さで八咫烏の魂を握り潰した。

 

『カッ、がぁ…ガァァ、カァ、ァァア!!』

 

八咫烏が完全に消え去れば、空の身体を使って操っていた炉心の制御も失われ、楽園中に広がる火の粉も霧散して行くだろう。これで万事上手く収まる。此度は多くの者達に迷惑をかけた…それ以上に、返しきれないほどの感謝も伝えねばなるまい。

 

『し、ン…リュウ…ま、だ……』

 

「いいや、これより先には何もない。痛みも苦しみも失われて、徐々に魂は我の中へと溶けて行く…悪しきモノも善なるモノも同じこと。一度奪えば無色の力よ。還るが良い、八咫烏…此処が貴様の終着だ」

 

しかし、もし…もし何かの間違いで。

いつかまた、清く洗い流された貴様がこの世界に出でた時。怒りではない…狂気でもない。もっと尊い何かを見つけられたなら、その時は――――――――。

 

『しン…シ…リゅ――――――――――――」

 

そんな取り留めも無い感想を抱いている間に…霊烏路の身体からは完全に光の粒が抜け切って、八咫烏と名乗った塵屑は跡形もなく消えていた。これで、やっと。

 

「君を、救うことが出来たのだな…霊烏路」

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 霊烏路 空 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「八咫烏…貴様も、我の糧となって逝ってしまったな」

 

……夢を見ていた。

大きくて、黒くて、怖いのに、優しい誰かの夢を。

ふわふわとした朧げな感覚。お風呂のお湯の中にいるみたいな。暖かくて気怠いその場所では、誰かが酷く怒っていて、誰も彼もお構いなしに巻き込んで暴れまわっていた。そして、それ以上に――――――そんな暴れん坊を見て、暴れん坊なそいつより、ずっとずっと怒ってて…ずっとずっと悲しんでいるヒトがいた。

 

「泣かないで…」

 

「否。涙などある筈も無い…奴の罪は、最早赦しを与える事など出来なかった」

 

届かない筈の声が、自然と私の口から漏れていた。

そのヒトは気付いていないんだ。

暴れん坊を懲らしめる事に、何も感じないように振る舞ったって…本当は誰より悲しいんだ。顔に出なくても、言葉にしなくても。本当は――――

 

「本当は、私といっしょに、助けてあげたかったんだよね…?」

 

「我は…君を救えた。楽園を護った。それだけで…他に、何も」

 

でも出来なかった。許してあげたかったけど、それじゃあ暴れん坊にいじめられた皆の悲しい気持ちは何処へ行くんだ…って。助けてあげたかったのに、許してあげられない理由の方が大きくて。だからそのヒトは。彼は。おにいさん、は――――――――。

 

「みんなの為にがまんして…懲らしめて、くれたんだよね」

 

「否、否…買い被るものではない。我は、私は…怒りのまま奴を葬ったに過ぎない」

 

頭の中でどんな事を考えて誤魔化したって、何も感じないように気持ちに嘘をついたって。この夢の中では、おにいさんの心の中でなら、私にだって分かっちゃうんだ。本当は…八咫烏のことだって、おにいさんは…許してあげたかったんだ。

 

「ありがとう…おにいさん。目が覚めたら、いっぱいいっぱいお礼を言うよ。何度だって言うから――――だから」

 

「――――――――」

 

待っててね、おにいさん。今すぐ起きて、おにいさんにお礼を言うんだ。ありがとうと、ごめんなさい。さとり様を、こいし様を、私の家族も友達もみんなみんな護ってくれて……。それと、おにいさんに悲しい思いをさせて、ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

「――――ああ、その言葉だけで…私はもう充分だ。ありがとう、霊烏路。君が無事で、本当に良かった」

 

 

 

 

 

 






最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
そして、しつこいようですが重ねて、本当に長らくお待たせしてすみませんでした。
でも投稿はまだしばらく不定期です…ネタはあるのにいつ書けるか分かりません!これも言い訳です、ごめんなさい!

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