彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
今回は会話オンリーです…珍しくウダウダ悩んで助けを求める主人公の描写が終盤に入っております。

この物語は勢い任せで不安定な更新速度、稚拙極まりない文章、厨二マインド全開でお送りしております。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第七章 四 浅からぬ縁は時を越えて

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

こいしの招待に応じ、夜も深まりだした頃に地底へと赴いた。目的地の途上で妖怪に絡まれ、続け様に鬼の四天王たる星熊勇儀と交戦する羽目になったが…一定量の力を吐き出す事が出来て内側から迫り上がる痛苦も今暫くは治まってくれた。さとりから丁重な持て成しと少しばかりの雑談に浸り、夕餉を馳走になった後は集まった皆を含めて地底の治安と地霊殿の話を伺っている。

 

『成る程…過去、地上から追いやられた妖怪と地底に移り住んだ者の拠点が地底という訳だな』

 

『ええ…一部の親交ある方々を除いて、地上と地底の関係は今をして相互不干渉を貫かれているの。お客様が来るのは本当に珍しいから、お燐やお空も警戒していたわ』

 

名前を挙げた二人の妖怪は、私へ向けて浅く会釈して返してくる。片方は猫の耳と尾を備えた喪服じみた服装の少女、此方が《火焔猫 燐》。もう一方は白無地の羽織に烏の濡れ羽色をした翼を生やした長身の少女《霊烏路 空》…双方とも、名目上はさとりの配下としてこの地霊殿で生活しているという。この両名に関しては、今も私に対して一定の警戒を保って視線を投げかけられている。

 

『畏る必要は無い。私は地上に居を構える、こいしに招かれただけの変わり者だ』

 

『…すいません、私もお空も分かっちゃいるんですけど。元が動物を象った妖怪なもので、あんまり気配が強い相手だと本能に逆らうのが難しくて…』

 

『うにゅ、お客さんに失礼が無いようにしたいんだけど…羽がどうしてもザワついちゃって…ごめんなさい』

 

名は体を表すと云う。火焔猫は猫の妖怪、霊烏路は鴉の妖怪なのだろう…動物も妖怪も、人でさえ気配に敏感な者は私を見れば身構えてしまう。偏に私の不徳の致す所だが、生来持ち合わせる力を抑えておけるのにも限りが有る。例えば紫が藍を従えているのと同じ原理で、私が自身の端末を製造して楽園に居られれば一番良いのだが…生憎と此の身の本質は深淵と破壊であり、生き物や有機物を創造するといった正に傾く行為に全く適応していない。正確には…そういった経験が無いもので、実際に試せばどうなるかも分からない次第である。

 

『良い…私は君達が隔てなく接してくれるだけで充分だ』

 

『うーん、お兄さんって二人がそんなに怖がっちゃう程かなあ? 私とお姉ちゃんは何とも無いのに』

 

『貴女も私も、お燐やお空とは妖怪としての出自が違うから仕方ないのよ。彼の場合は、振り撒かれる気配が人妖問わず対象の根源的な部分に触れて来る…強い妖怪が彼に挑みたがるのも仕方ないわ』

 

『ひっく…そうなぁ。私も勇儀も、ある程度の距離からじゃ気配が分かっちまうからね。そりゃあ挑まずにゃいられんよ』

 

『むー! 難しい話ばっかりじゃつまんないよぉ! それより、お兄さんの話をもっと聞かせてよ? 幻想郷に来るまではどんな風に生きてきたのかとか!』

 

無邪気な少女の質問に、周囲の者達は一概に好奇心を擽られた様だ。こいしだけで無く…さとりも隠してはいるものの、瞳は爛々と輝いて胸元に携えた眼球らしき器官も真っ直ぐに此方を凝視する。

 

『…はぁ、少し長くなるぞ』

 

『やったー!』

 

『初めてかもな、コウから昔の逸話とか聞かせて貰えるとは』

 

先ず何から話したものか…始めに、幻想郷を観測した場所から今に至るまでを掻い摘んで説明しよう。私が元は外の世界で揺蕩うだけの存在であり、永い微睡みから覚めて直ぐに楽園に降りた時点で数々の異変に立ち合った事。地上には多くの友と徒に出逢い、果てし無く続いた生に於いて初めて安らぎを得られた事。紅霧異変で紅魔館、春雪異変では白玉楼…といった個性的で華やかな少女達に触れて、幸運にも楽園の管理者たる紫に受け入れられて此処に居るという部分までを話し終えた。

 

『聞いているだけでは、俄かに信じ難い内容ですね』

 

『それに関しては何も嘘は言ってないよ。私も妖怪の山でコウと戦って、負けて、そっからはダチさ…私らの我儘に真面に付き合ってくれるのはこいつや限られた連中だけだからねぇ』

 

『あれ? そう言えばお姉ちゃん…お兄さんの心が読めないのはどうして? サードアイは?』

 

こいしがさとりを見やり、姉は妹に対して柔らかな笑みを浮かべる。其れは心安らかにも窺え…かと言って無暗に楽観視しているのでも無い。覚り妖怪とは、私も外に居た頃に他者の心を覗き見る力のある化生の類が居るといった噂程度の情報しか知らない。

 

『不思議だけれど…彼からは思考が一切読み取れないの。きっと、私達より途轍も無く高位の存在だからかも。それに就ては話して貰えないのかしら?』

 

其処から私に話を持って行くか…侮れない娘だ。敢えて意識して自分の素性を隠して語って聞かせたというのに、心の機微を深く読み、洞察し得る姉の計略にまんまと嵌められたか。僅かな逡巡を他所に、私の語り口から核心が触れられていない事に各々も気付いてしまった。再び槍玉に上げられて沈黙していると…萃香が私の肩に手を置いて口を開く。

 

『紫や霊夢は勿論だけど、私もそれなりにお前さんと過ごして来たんだ…本性がどんな奴かなんて、ふっと想像くらいはしちまうもんさ。差し支え無い程度に話してくれよ?』

 

『…そうだな。伊吹や勇儀も我が友、ならば聞いて欲しい。我は何処より産まれ、どう生きて来たかを』

 

生誕は唐突なモノだ。自分自身の事であれば尚更、産まれた時期やその源泉を辿ろうと宇宙の果てから果てを徘徊した経験もあった。我が身は星々に命が宿るより遥か以前から在り、神々をしてその全容を捉える事は出来ない…当然同胞を探してはみたが、結果は振るわず。深淵に生まれ、凡ゆる負を内包して我は確立した。異邦の装束を纏う巨人から、幻想郷も帰依する太古の神、妖、人の成り立ちを見守りながら時に手を差し伸べ、そして裏切られた。裏切られ、謀られ、背に弓引かれるなど数え切れないカタチ無き闇を観て…尚我は全てを糧として力とする、悪辣な竜だった事実。其れ等を包み隠さず話し終えると、この場に集った何名かは目尻から涙を拭い鼻を啜りだしてしまった。

 

『お客人…苦労したんだね』

 

『うにゅぅ…幻想郷に来れて、本当に良かったね。私達も、さとり様に逢えるまで辛かったから…』

 

『済まぬ…もっと楽しい話をしてやれれば良かったな。だが、ありがとう。君達の心遣い、誠に痛み入る』

 

『やはり、私達は貴方には敬意を払わねばなりません。我々を生み出した人の恐れ、神々の時代から連なる不可解なモノへの畏れは…貴方の様に、負の面に起源を同じくする古き方々が居たからこそです。改めて地霊殿へ出向いて頂いた事、心より歓迎します』

 

私にそんな態度は不要と断ったのだが、地霊殿の皆が一様に頷いてさとりと共に深く頭を垂れてくる。何とも居辛い空間に様変わりした…堂々と瓢箪から酒を煽る伊吹に、思わず助けを求めて眼をやってしまう。

 

『ぷふぅ…へへ、こいつぁ良い。そんな奴とダチになれるなんて、生きてる内に有るかどうかだ。いや、きっと一つ違ったら会う事さえ無かったろうよ? 私も勇儀も、コウと喧嘩出来たのはこれ以上無い幸運だった! だから辛気臭いのは辞めにしよう! 乾杯しようぜ、今宵の酒は鬼の奢りだ!』

 

『お兄さん凄いんだね!! 半分くらい良くわからなかったけど、竜って絵本でしか見たこと無いから見てみたいな!』

 

『如何せん元の姿は図体ばかり大きくてな…幻想郷を見降ろす位には嵩張る故、勘弁願いたい』

 

『えー!? むぅ…乗ってみたかったのに』

 

 

伊吹とこいしのお陰で、さとり達の沈んだ空気にも和やかさが戻ってきた時…堅く閉じられていた扉が勢い良く開け放たれた。

 

『さとり! ここに居たか!? アイツは!? あたしが眠ってる間に何処にーーーー』

 

『落ち着けよ勇儀、ほら? コウならちゃんと私の隣に居るだろう? そうカッカすんなって』

 

『あん…? お! 萃香じゃないか! あんたも起きてこっちに来てたのかい? 何だよ、コウも一緒なら直ぐ起こしてくれりゃ良かったのにさ』

 

『アホ言うなっつの! 派手に負けといて傷もあったんだから、流石に寝かしとくに決まってるだろ?』

 

下駄を鳴らして歩み寄る勇儀と、気心知れた掛け合いで話す伊吹。両名がこの場に揃ってから、ものの十分も経たずに宴会が幕を開けた。こいしと遊ぶ予定からは逸脱したが、本人も状況を楽しんでいる様で流れに任せる事とする。

 

『よおーし!お前らドンドン飲めぇ!! 勇儀の星熊盃と、私の伊吹瓢が有ればいつでも何処でも酒飲み放題だ!!』

 

『あたしの盃に注がれた酒はどんなもんでも極上の酒になるからな! 遠慮はいらないよ!!』

 

止めどなく瓢箪から投入される酒が、星熊盃なる器から溢れ出し、火焔猫達が用意したガラス細工の杯やら御猪口で掬って飲む乱痴気騒ぎと化す。因みに、鬼の酒は特に度数が強いのを全員忘れていたのか…二時間後には鬼二人と私を除いて目も当てられぬ大惨事のまま殆どの面子が眠りについた。右を見ればさとりとこいしはうつ伏せに折り重なって床に倒れ、火焔猫と霊烏路は仰向けに天を仰いで白目を剥いて意識を失っている。

 

『最後は、鬼の総取りに終わったな』

 

『だらし無いなぁ、あんた達? もちっとコウを見習えやなぁ…ぐびぐび』

 

『全くだね! ほら、コウもまだまだイケるだろ? 駄目になるまで飲み明かそうじゃないか!』

 

 

 

 

 

 

 

呑んだ先から酒を注がれ、にべも無く飲み続けて数時間…部屋に立て掛けられた時計が朝方の六時を差して、それでも飲み続ける二人に断って地霊殿を後にした。淑女の花園に何時迄も居着いては、さとり達が起きた時に要らぬ恥をかかせるのは必至だ。寝息を立てるさとりの手元に書き置きを残して、最初に訪れた地底の入り口に戻る。

 

『……ん? 貴方、もう帰るの?』

 

『うむ。明日も…否、今日も今日とて予定が有るのでな』

 

桟橋の上で独り立ち尽くす金髪碧眼の少女が首だけを振り向いて呟く。切れ長な瞳が揺らめき、彼女の双眸が下から上へと移動して此方を値踏みしているのが分かった。

 

『妬ましいわ…他所から他所へ右往左往、あっちにもこっちにも引っ張り凧なんて』

 

嘯く彼女の眼が、淡く発光して桟橋の下方に流れる川面を照らす。能く能く見れば、美しい目鼻立ちにそぐわぬ影を落とした表情が印象的な少女だった。加えて、瞳が光りだしてからの彼女の妖力が徐々に高まっているのを感じる。

 

『…気にしないで頂戴、私はそういう妖怪なの。他人を羨んだり、嫉妬する事で存在を保つだけの《橋姫》だから』

 

《橋姫》か…元は水神を信仰する人間の畏敬や恐れから産まれた存在だったと記憶している。人々が暮らす地域の入り口、通り道として在る橋に取り憑き、外敵からその地に住む者達を守る防人の役を担うという由緒正しい成り立ちを持つ。彼女はソレに当たる妖怪らしい。

 

『私は、地底を侵す外敵では無い…と認識してくれたのか?』

 

『……そうね、変に思うでしょうけど、貴方はわたしたち(悪質な妖怪)と似ている気がする。誰からも疎まれながら、疎まれるが故に必要悪という狭い教義によって肯定される存在。ソレのもっともっと強く…色濃い気配が貴方から感じるの』

 

闇から闇へ、妖怪の存在と人の抱く恐怖まで…果ては無謬の深淵から木々の挿す影の蠢きすら、私は我が事の様に知覚している。暗黒の坩堝から産まれる人外達は、皆魂の奥底…起源と根源の混じり合う場所で繋がっているのやも知れない。

 

『私も人間では無い…少しばかり、此処に暮らす妖怪よりも長生きが過ぎただけの年寄りだ』

 

『ご冗談、小粋な台詞を簡単に吐けるのもまた妬ましい…妬ましいのに、今日は気分が良いわ。地底へようこそ…生まれ落ちてより闇に浸かりしヒト。私は《水橋 パルスィ》よ、また来たらお喋りしてね』

 

『ああ…楽しい時間をありがとう、パルスィ。私の名は九皐という…是非、また君と語らいたい』

 

桟橋を渡りきって一度だけ振り向くと、私を見送るパルスィが薄く笑い、淑やかに手を振ってくる。儚げだが、強い情念を糧として生きる彼女に手を振り返し…地底の入り口から黒い孔を開けて立ち去った。

 

『橋姫とまた会話したいって…本当にお人好しね。その優しさが余計に妬ましい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 霊烏路 空 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

地霊殿の庭先、中心部に空いた大きな穴倉の底が…私の仕事場だ。さとり様に拾われてかは幾年月、片時も欠かさず務めて来た大事な大事なお役目。地下に設営された《炉》に止まって湯を引いては熱を与え、温度が高かったら熱量を下げる。繰り返し熟してきたいつもの仕事なのに…あのヒトが地霊殿を離れた途端、頭の中の隣人が金切り声をあげて騒ぎ出した。

 

「コワイ、怖い、恐い…ッ! 危険、危険だーーーー!!」

 

『違う、違うよ…九皐さんは君が思うようなヒトじゃない…』

 

朝が来て、目を覚ますとあのヒトは居なかった。さとり様がちゃんと書き置きを受け取ったと言って、私とお燐はいつもの様に旧地獄跡の巡回と炉の管理に従事する。地底から湧き上がる湯水を町々に建つ温泉宿に届け、地底が孕む熱と湯の温度を調節するのが私の仕事だ。なのに…仕事の間もずっと頭の中の隣人が御構い無しにけたたましく啼いている。何時もは此方から語り掛けても返事すらしないのに、頭の中できちんと会話が出来るのを初めて知った。ソレを差し引いても…今回のはとてもじゃないが聞いていられない。

 

「恐い…! 怖い…! 法界の闇、どうして今になって…!! アレは何もかもが違う…太陽を喰らう黒い黒い波が、ア、アア、アアアア…」

 

『大丈夫だよ、あのヒトは怖くない。ちょっと気配が独特なだけで、とっても優しいヒトだったでしょ? だから、落ち着いて』

 

三本足の烏は私の中で無遠慮に羽ばたいて、泣き喚きながら纏う後光をより強く高めようとする。深く内側に沈めた意識を彩る灼熱の景色は、出力が桁違いに増砂に併せて徐々に激しくなっていく。右手の制御棒が軋みを上げるくらい加減が難しくて、ちょっと気を抜いたら一気に溢れ出しそうだ。こんな事は今までに無かった…何がそんなに怖いんだろう? 私だって本能的に忌避する気持ちはあっても、普通に会話もしていられたのに…答えが分からないんじゃ如何しようもない。

 

『ねえ、どうして怯えてるの? 私に教えて…貴女は私、私は貴女っていつも言ってたでしょ? だったら』

 

「……神々の世に、終わりが来た。奴の振り撒く恐れは数多の同胞を蹂躙し、終ぞ誰も止められなかった…だから、だから!!」

 

それは、あのヒトから聞かされた話と少しだけ違っていた。神々がまだ隆盛を極めていた時代、神代の最盛期に達した頃に突如、大和の神々が彼を誅滅せんと戦いを挑んだという逸話。難しくて話の意味を全部は分からなかったけど…彼はただ静かに、時の流れを揺蕩っていただけなのに。ただ力が強かったというだけで、神は其れを由とせず討ち取ろうとした。殺そうとしたって意味だよね? そんなの私に言わせれば自業自得、返されて当たり前の報復に要は怯えているんだ…頭の中で荒れ狂う烏も未だに昔の出来事を覚えていて、時間が経ってからいきなり現れた彼を恐れ嫌っている。確か蛇蝎の如くってやつだよね? 多分。

 

「怖い…怖い…討ち果たさねば、皆、皆呑み込まれてしまう…」

 

『大丈夫、大丈夫だから…あのヒトは幻想郷が大好きだって言ってたもん。私たちと友達になりたいって…だからね? 嫌わないであげてよ…私達は』

 

「アナタとワタシはーーーー」

 

『誰をも照らす太陽になれるって、さとり様が教えてくれたじゃない』

 

翼に伝わる騒めきが、今しがたの遣り取りを皮切りに収まって行く…私とコイツが同調している限り、力が意味もなく暴走することは無いんだ。身が竦む様な怯えは、継ぎ接ぎだらけの平静を取り戻した。胸を締め付け、頭を悩ませる声の主はなりを潜め…自分の中に居るという感覚は有るのに、今まで木霊していた羽搏きも聞こえなくなった。

 

『さてと、仕事の続きをしないと…遅れたらみんなが困っちゃう! 行くよ! 出力上昇、温度調整、循環開始!』

 

そうしてまた、与えられた大事な役目をこなす為に能力を行使する。私は太陽、地底に活力を与える地獄の明かり…休んでいたら、またお燐に怒られちゃう!

 

 

 

 

 

「そう…アナタはワタシ。ワタシが忌むべきモノは、アナタにもまた恐るべきモノ…時が経てば、アナタはワタシに、ワタシはワタシに溶け合い理解する。いつかーーーーーーきっと後悔する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 八坂 神奈子 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は深竜が珍しく守矢神社を訪ねて来た。何でも、気になる人物を地底だかという場所で発見し、過去神代を生きた私と諏訪子に訊きたい事があると言う。

 

『急に押し掛けて申し訳ないな、友よ…早苗の稽古は順調か?』

 

『おお、友よ! お前の所に預けられている侍女やら庭師に負けぬ様に鍛えているさ。近頃は人里の信仰も分社を増やしたお陰で増えてきたからな! 案ずるな!』

 

此奴に堂々と友と呼ばれると、年甲斐にも無く気分が昂ぶってくる。先の異変で力を比べ合った仲としては、やはり嬉しいものだ。此奴は全く忙しい身の上で…週の始まりから終わりまで他勢力のお守りと、夜毎楽園の自治について私か諏訪子を交えて主だった連中と会議会議で休む暇も無いのだ。だのにコイツは、疲れた素振りなど毛程も介さずこうして私達の処にも来ては世話を焼いてくる…お人好しを通り越して甘いと説教してやりたくなるよ。

 

『さて、今日はどうしたのだ? お前が此処に来るのは並大抵の事では無かったろう…その、天魔とか天狗の視線的に』

 

『…ああ。無断で山に入るのも気が引けたが、急いでいたので大人しく此処まで転移して来た』

 

そうする他無い、か。だがそこまでして来たとなれば…私達に相談したい内容が頓に気に掛かると見える。此処は友として、神として誠実に対応してやるとするか。母屋で二人卓袱台を囲んで暫く待つと…早苗が四人分の湯呑みを、諏訪子が御茶請けの羊羹を持って戻って来た。

 

『コウさん! 先日入信者の方から頂いたお茶と羊羹です! 一緒に食べましょう!』

 

『両方とも中々の一品らしいよー? 早く食べようよ深竜!』

 

『よしよし、諏訪子も揃ったな…で、早速話を聞こうじゃないか。お前とも在ろう者が、相談を持ちかけて来るなぞ余程の理由があるんだろう?』

 

深竜…今は幻想郷にて九皐と名乗っている眼前の化外は、早苗と諏訪子に礼を述べてから一口茶を啜り…これまた珍しく溜め息混じりに語り始める。

 

『……地底で太陽を観た。地の底に在って、神々しく燃える太陽を』

 

『太陽?』

 

『分からんな…何かの喩えか?』

 

いつにも増して神妙な面持ちで吐いた言葉から、私達は好き好きに反応して続きを待った。珍奇な空気が漂う中、早苗だけは動じずモリモリと羊羹を頬張っているのが気にはなるが、この際置いておく。

 

『アレは、嘗て対峙した憶えの有る光だった。命を奪いこそしなかったが…確かに我は彼の太陽を地に堕とした。神々の抱える小煩い烏をな』

 

『む、むむむむむ!? 深竜、あんた《ソレ》ってーーーー』

 

『私達も、あの戦いには参加しなかったが成り行きは知っているぞ。まさかその様な事があり得るのか? 仮にも《アレ》は神々の火、太陽の化身だ。何の因果で幻想郷の、しかも地底なんぞに』

 

『確証が得られぬまま、昨日は地底を後にしたが…先ず《アレ》と見て間違い無い』

 

また異な話だな…抑も、我等大和の神々は時と共に大半を外界から忘れ去られたのだ。外の人間は神や妖の為せる事象を、科学的に分解した自然現象と見做して弾圧していった…《アレ》もまた例に漏れず、何れは信仰を失って魂ごと霧散する定めには抗えぬ。如何にして楽園へ落ち延びて、何故に地底に居るのか見当も付かない。八雲紫から、妖怪の中でも殊更特異な輩が辿り着く旧地獄跡という場所が有るのは聞き及んでいた…だからこそ俄かには信じ難い話だ。されど今は友であり、在りし日には永劫賭しても再戦すると誓った深竜が、態々言葉を弄して嘘八百を並べ立てるとも思えない。

 

『……確かめるか』

 

『神奈子、あんた本気で言ってる? 深竜の話が正しいとしても、私ら神が妄りに妖怪の巣窟になんて行ったら袋叩きにされるの請け合いだよ? 万が一素性がバレなくても…待遇はこれっぽっちも期待できないって分かってる?』

 

『早まるな八坂神奈子。アレと同一の波動を放っていたとはいえ、彼女にその自覚は無いのだ』

 

『詳しく聞かせろ、どういう意味だ?』

 

深竜は私の問いに、話の続きを以って仔細詳しく説明した。地底と称される場所は地霊殿なる館に棲む者共と、神にとっても悪名高いあの鬼が取り纏めていて…鬼の中には伊吹萃香と同等の古強者も居るという。これに関しては余談だったが、本題の《アレ》と目される妖怪は、傍目には翼が生えただけの若い女の姿を模って地霊殿で暮らしている事。数度の会話では力の片鱗までは窺えなかったものの…放つ気配と魂の輝きからして《アレ》に酷似するという、ある程度の当たりを付けたらしい。挙動をつぶさに観察してもみたが…本人は不審な点どころか深竜の聞かせた赤裸々な苦労話に対して、親近感すら覚えた様な台詞を吐いた。と、短くするとこんな感じだ。

 

『益々判断に困るな…ええい、つまりはどっちだ!? 《アレ》なのかそうでないのかは、貴様しか判断出来んのだぞ!!』

 

『神奈子様落ち着いて下さい! さっきから黙っていましたが、アレアレって一体何の話をしてらっしゃるんですか?』

 

早苗の核心に触れる質問に、深竜は未だ答えを見出せないでいる。諏訪子も判断しかねている故か、私に任せるとでも言いたげに目を伏せている始末だ。

 

『はぁ…よくお聞き、早苗。《アレ》はその昔太陽の化身と敬われ、恩恵の豊かさも相まって絶大な支持と信仰を人間から集めていた。だが、実際のヤツは精神の均衡がとても不安定で根は臆病極まりない癖に思い込みが滅茶苦茶激しいときてる。忌々しくも、ヤツを叱りつけて頭ごなしに制せたのは事もあろうにあの尊大で太々しい《天照大神》だけだったのだ。尤も…彼奴等の陣営が深竜との戦によって軒並み大きな痛手を負って以降は、時が経つ毎に噂も聞かない位に衰退の一途を辿ってーーーーーー』

 

『んもう!! ですからヤツとかアレって、詰まり何処の誰さんなんですか!?』

 

『……神奈子、長い』

 

折角貴重な昔話をしてやったというのに、早苗は昔から年寄りをうざったがる今時の娘然とした聞き下手な子だな! というか諏訪子! お前が黙ってるから、私が長ったらしい複雑な背景を分かり易く補足しながら話してるのに何だその態度は!?

 

『八坂神奈子…初めて逢った時もそうだが、お前は昔から前置きが長い。簡潔に教えてやれ』

 

『くっ…! 貴様までその様な物言いを』

 

『『早く言え(言ってください)!!』』

 

畜生!! どいつもこいつも、私を誰だと思っているんだ!! 神様だぞ、偉いんだぞ!? あんまり無碍に扱うと後で酷いんだからな!! 腹癒せに今夜は自棄酒してやる!! 毎晩呑んでるから何時もと変わらないけどね!! フン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー《八咫烏》。神々でも扱い悩む、大いなる加護と厄災の火だ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
地霊殿編を開始する際に、初期から構想していたオリジナル解釈を踏まえて今話は展開されました。どうぞ寛容な心でご了承下さい…二次創作をするにあたり原作の設定崩壊はままありますが、今回はとても穿った内容だと自覚しております。完結まで温かい目で見守ってくださいませ。

長くなりましたが
最後まで読んで下さった方、重ねてありがとうございます!

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