彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

40 / 55
遅れまして、ねんねんころりです。
戦闘描写が入るとどうしても更新に手間取ってしまいます…7日も空いてしまい、いつもながら申し訳ありません(汗)

この物語はバラバラな更新間隔、稚拙な文章、能力の独自解釈、厨二マインド全開でお送りしています。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第七章 参 鬼から挑む喧嘩

♦︎ 星熊 勇儀 ♦︎

 

 

 

 

 

 

あたしの待ち焦がれていた相手は、萃香の言った通り此処に現れてくれた。遠くから見据えた下町の街道…奴は道の脇を静かに歩いている。町から遠く離れた、地底の端っこから見ていても一眼でバレバレだ。話に聞いた見慣れぬ人型の男、鈍く輝く銀色の双眸、そして巧妙に隠した只ならぬ気配。特に惹かれるのが気配の方だ、もう堪らない…探ろうとする程に底の視えない極上の闇。こんなのが現実に居るのかと考えるだけで身体中から震えが止まらない。

 

『ハハ…ハハハハハッッ!!!』

 

あたしは鬼だ…昔から喧嘩に明け暮れていたら、いつの日からか鬼の四天王とまで呼ばれちまっていた女だ。なのに、嘗て無かった興奮に武者震いと下世話な笑いまで出てくる始末。生まれて此の方、本気の喧嘩じゃあただの一度も負け知らず…萃香や他の四天王相手でも幾度か引き分けたのが精々。

 

それがなんだ!? アレを見ろ!!

アレに絡んだ輩が、例え彼我の力量も分からないゴミカスみたいな奴とはいえ…男が気配を放っただけで地底の隅から隅まで空気がガラリと変わっちまった。旧地獄跡を隈なく伝播した銀の波動…恐らくアイツは何にも特別な事はしちゃいない。睨んだだけ、気配を少しばかり表に出しただけ鳥肌が止まらない!!

 

『行くぜ、行くぜ行くぜ行くぜッ!! 今すぐそっちに行くからなァッッ!?』

 

奇声とも取れる声明と同時に、両足が力一杯地面を抉り取って飛び跳ねる。一息に町の入り口に跳躍し、下駄を態とらしく鳴らして男の背後に陣取った。

 

『ーーーー見つけた…!!』

 

『………君は誰だ?』

 

何だろう、自分で何を言ってるか分からない。喜びと焦りと昂りがグチャグチャに掻き混ぜられて頭がおかしくなりそうだ。

 

『あたしは、アンタを待っていたんだ…ッ!』

 

そうだよ…!! アンタの存在を知ってから一日足らずだってのに、千秋の思いで待ち焦がれていた!! あたしの事なんて全く知らないんだろうが…こちとら昨日から萃香のにやけ面と、負けた癖に無駄に誇らしそうな物言いにすっかり火が付いちまってる!!

 

『あたしと戦えッッ!! 姓は《星熊》、名は《勇儀》!! 鬼の誇りと意地を賭けて、正々堂々アンタに決闘を申し込むッッ!!』

 

早く闘ろう! 直ぐ戦ろう!! 拳から血が出るくらい力んで力んで力み切った絶頂寸前のこの気持ちを、余さずぶつけさせてくれ!!

 

『……良かろう』

 

『ガァァァアアアアアアアアアッッッ!!!!』

 

その言葉を聞いた瞬間、あたしは我慢出来ずに飛びかかっていた。雄叫びを上げ、地揺れを起こして踏み抜いた足から腰へ、腰から肩にかけて集約された捻れが拳に宿って破壊力に昇華する。大きく振り被って、渾身の初撃を見舞うなんて何時ぶりの経験か、あたしの拳を喰らえ!! 喰らって尚殴り返してこい!! ーーーーーーと、思った矢先。

 

『焦るな、鬼の麗女よ』

 

衝撃が巻き起こり、手応えはより確かに。裂帛の気合で放った拳は寸分の狂い無く男の顔面を捉えた筈だった…筈だったのに。

 

『ーーーーーーは?』

 

『良い拳だ…猛々しく鋭い、重い一撃だった。だが…』

 

あたしの拳は、何も不思議な事など無いと言わんばかりに…顔の前に差し挟まれた男の掌にすっぽりと収められていた。

 

『場所を弁えろ。君と私が戦えば何れだけの被害が出るか、此れ程の力を持つならば分かるだろうに』

 

マジかよ…マジでか……ハハ…何だそりゃ? 説教しながらあたしの拳を真正面から受け止めるだって? まるで放られた鞠を鷲掴むような気軽さで。本当にーーーーーー本当に最高だ!!

 

『挑んで来るなら受けよう。が、此の儘では駄目だ…相応の舞台を整えておかねばな』

 

好き勝手喋くって、男の身体から銀の奔流が溢れ出した。警戒して即座に身構えたが…暫く経っても何も起こらない。なんだ、本当に何をしたんだ? そんな間抜けな感想を抱いた後で…私は地底に起こったある異変に気が付く。

 

『なんだ…これ…』

 

『案ずるな、私がこの場に小細工を施したまで。街道に集まっている者達も…然して問題は無い』

 

空が、正確には地獄跡を塞ぐ真上の天蓋が…露出した土や岩壁など見る影も無い真っ暗闇に染め上げられている。疎らに蠢く上空の闇は、天蓋だけでなく地面も建物も何もかも、此処に住む奴らを除いた凡ゆるモノを漆黒に変えた。

 

『何をしたんだい?』

 

『環境を整えた…と言ったつもりだが? 私の統べる暗渠の中であれば、共々は余さず我が力に護られ、街並みから街灯の一つとて壊れはせぬ。さあ…続けよう』

 

詰まりアレか? コイツは自分の能力か何かで、万が一にも何も壊さない為に旧地獄跡を丸々覆って守ってるって言いたいのか? 聞けば聞くだけ訳が分からないね…あんまりにも桁違い過ぎて、理解出来ないからどうでも良くなってくる。

 

『それじゃあ、遠慮なくーーーー!!』

 

『来い』

 

男は銀の瞳を一層輝かせて、両手を広げたままの棒立ちであたしを迎え入れた。身体と本能が赴くまま殴っては蹴り、蹴っては殴るの繰り返し…奴の言った事は本当だったらしく、足を踏ん張ろうが拳を振り抜こうが、攻撃の余波に周囲が当てられても傷一つ付きはしない。それよりも気になるのはコイツだ…さっきから叩き捲ってるのに相変わらずの棒立ち。反撃する意気も素振りもまるで見せず、案山子みたいに突っ立ってるだけ。

 

『どうしたんだい!? アンタの持ち味は頑丈さだけか!? 殴られたら殴り返すくらいして欲しいもんだねッッ!!』

 

『ふむ……承知した』

 

奴から伝わる底無しの気配が僅かに揺れ動く。何が出るかなんて考える暇も無く、短い…ただ何の気無しに男から告げられた言葉が聞こえた瞬間。私は銀に縁取られた闇に全面覆われた天蓋を、宙に浮遊したまま呆然と見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーハ…ッ!?』

 

『ほう…』

 

勇儀と名乗った麗しく壮健な鬼が挑んで来てから数分…無防備な風を装っていた私に業を煮やした彼女が反撃してこいと宣った。望まれるまま彼女の鳩尾へ迷い無く蹴りを繰り出し、攻勢に徹していた状況から一転して鬼の女史は仰向けに吹き飛んで行った。というよりも…私が見舞った蹴りを受けて彼女の身体はくの字に折れ曲がり、建物にして十棟程後方へ弧を描いてから地に落ちた。

 

『ガッ…!! 痛ッ…!! う、 くっ…クックックッ…アッハッハッハッハッハッハッ!!!』

 

『目が覚めたか? 空に浮かんでいる間は随分と惚けていたな』

 

向こう側から立ち上がった彼女は、痛みに悶えながらも歓喜の声を漏らし、緩慢な歩みで私の元へ近付いている。全く鬼という妖は屈強な者が多いらしい…伊吹と戦った際にも似た様な感覚を覚えたものだ。

 

『いやいや申し訳ない…情け無い話でさ、鬼ってのは同格かそれ以上の奴と出逢える機会が少なくてね。一瞬自分が何されたか全然分からなかったよ』

 

何処からか取り出した盃を携えて、勇儀はソレに注がれた液体を一口に嚥下する。やはりこういった挙動も伊吹と似ている…鬼の中でも特に力有る者は自前の杯と酒を常に持ち歩いているのか、傍から見れば常に酒を呷るかの如き姿は少々傾き過ぎだと諌めるべきか。

 

『でも、何で加減したんだい? アンタならあたしに風穴開けるなんて容易かった筈だろう?』

 

『いや…私は君を討ちに来た訳では無い。決闘というからには可能な限り応えるが、本気でない者に勝って何の意味がある?』

 

距離にして八尺余りの所まで戻った彼女が足を止めた。表情は眉を顰め驚愕を露わにしている…何か不釣り合いな事を今しがた言ってしまったのか。皆目心当たりが無い。

 

『アンタ気付いてたのか…いや、そうだよな。そうでなくちゃいけない』

 

左脚を軸に、右脚を一歩前に踏み出して勇儀の姿勢が腰一つ分低くなる。立ち上がりで見せた荒れ狂う妖力は静謐なモノに変貌し、彼女という源泉から沸き立つ妖気が噴火寸前の火山にも似た様相を呈した。

 

『愈々だな…私の名は九皐、コウとでも呼んでくれ』

 

『コウ…アンタになら手加減無しで使えそうだ。あたしの、《怪力乱神》を操る鬼のチカラを』

 

凛々しい顔付きの彼女は誇らしさと、燻らせた高揚と、必殺の意思を伴った妖力を真っ直ぐに此方へ向けてくる。伊吹といい、鬼とは余程戦うのが好きと見える…私も他人の事は笑えない。

 

『クハハハハ…! 良いぞ、もっと私に披露してくれ。鬼と闘うのはこれで二度目…今回も楽しめそうだ』

 

『ーーーーーー』

 

解放の時すら楽しんで、眼前の鬼の発する妖気の蠢きを見届ける。細身の身体からは想像だに出来ぬ、凝縮された力は、彼女の一声の下に溢れ出した。

 

『《怪力乱神》…とくと味わいな』

 

ソレは恰も神聖なる後光の如く、過剰な質量が可視化された妖力から成る無色の輝き。常闇の膜に護られた戦いの場を白と黒の二色が席巻する。音も無く疾駆する勇儀の四肢が、三度目の捻転と筋肉の膨張を行なって空気の壁、音の壁を易々と乗り越えて拳が突き出された。

 

『ハァァァアアアッッ!!』

 

『ーーーーーーグッ!?』

 

何の虚実も交えられない…至極単純な、頭部を狙った渾身の突き。数瞬毎に鼻先へ迫る一撃を己から迎え入れ、彼女の右腕に対し左腕を用いて外側に捌こうとした刹那ーーーーーー今度は私が地から浮き上がり盛大に弾き飛ばされた。

 

『…これは』

 

『オオオオオオオオオオーーーーッッ!!!』

 

間髪入れず、薙ぎ払われた拳の先へ飛んだ我が身に追撃。左拳に纏う雷光とも、明滅した星の煌めきとも取れる不可思議な力を内包した第二撃。身体を逸らし懐に入り込んだと確信した直後、一度ならず二度までも私は殴りつけられる。

 

『そうか…怪力乱神とは、正に言葉通りの代物か!!』

 

『シャァァアラァァアアアアッッ!!』

 

天地が逆しまに、此方より彼方まで反転する程揉み合う数号の交差。二回も喰らえば流石に何が起きたか察しようというもの…《怪力乱神》、名に恥じぬ唐突で避け難いナニカ。我を満たす喜悦と、押し寄せる驚異の心地よさは筆舌に尽くせない。

 

『素晴らしいッ! 心が踊るッッ!!』

 

『ウオオオラァァアアアアーーーーッッ!!!』

 

怪力乱神とは曰く…奇怪なる起こりを《怪》と呼ぶ。暴虐の粋を集めては《力》とし、其の道を語れ得ぬを《乱》、鬼神の威を表して《神》。会心を以て見ゆれども、超常を解く術は無し。だが理解した…我が我故に、推し量れ無い筈の怪力乱神の正体を掴んだ。

 

『馬鹿力めッッ!!!』

 

『なにーーーーゴァッッ!?!?』

 

霊的な効果が宿るまでに高められた腕力。種として、個としての暴力性を極限まで洗練させた彼女自身が能力であり力の根源。個体としての実力、強さのみを絶対の指針とする鬼が到り着いた一つの極致。本来ならば、物質は非物質に干渉する事など有り得ない…その不可逆の法則に堂々と逆理せしめるとは。

 

『膂力だけなら伊吹を越えるか…行き着いた果てが斯様な異能なのも頷ける』

 

『はははは…嬉しいな。他人から褒められてこんなに嬉しいのは何時以来だろうね。にしても何だい今のは? 何で能力を使ってるあたしの方が吹っ飛ばされて、そっちは二発も喰らっといて無傷なのさ…つうか馬鹿力はアンタもだろ?』

 

彼女の真価を知り、即座に対応した結果次々と問いを投げられる。絡繰は此方も単純明快…小手先が無意味な相手に勝るには唯一つ。有する神秘、異質さ、力と技の総てを悉く凌駕すれば良い…支離滅裂な方法とは百も承知だったが、上手く行って胸を撫で下ろした。

 

『幸運にも、私が鬼に優る種だったに過ぎない』

 

『はっ! だよなぁ、そう答えるしか無いわな。アンタは妖怪とも神とも違う奇妙な感じがする…禍々しい癖に不快じゃない。けど、肌を撫ぜると刺々しやがる…にしても』

 

口元から血を滲ませ、青痣の出来た顔を歪めて笑う鬼が拳を握り、愚直にも全く同じ手段で町の端から端に跳躍した。

 

『鬼に優るたぁよく吠えたッ!! 悔しいが認めてやるッ!! アンタはあたし等より強く産まれ、靭く鍛え上げられた正真正銘の本物(バケモノ)だッ!!』

 

『其の身に集めし力の全て…我に届くか試してみろッッ!!』

 

踏み込みは深く、凄烈に打ち出される拳と拳。骨の髄まで響く互いの威力が、反発する毎に肉体に罅を作り出した。構わず右には左を、左には右を…脚、頭蓋、肩から膝に至るまでを衝突させて比べ合う。快也ッ! 純粋なる闘争に理由など不要ッ!! 我を望むなら食らいついて来い!! 我もまた撃ち貫くのみッッ!!

 

『フハハハハハハハハッッ!!!』

 

『チィッ!? こんにゃろう!! 楽しそうに殴りやがって!! お返しダァッッ!!』

 

痛みが薄れて行く…身の内に押さえ付けていた無間の負が、彼女の操る怪力乱神に刺激され吐き出され続けた。悪鬼を想起する兇笑が我等の顔に張り付き、対して我が権能に護られ立ち尽くす野次馬などは微かな叫喚を上げている。

 

『アッハッハッハッハッ!! 楽しいなぁ! ごぶ…っ!? 萃香以外にも最後まで付き合ってくれる奴がいるなんて…さぁッッ!!』

 

『ガハ…ッ! ク、クックックッ…フンッッ!!』

 

殴っては蹴られ、穿たれては断つ。血飛沫が細やかに飛散し空気さえ赤々と染める光景は徒花の様だ…然りとて、悪戯に我が《負》の残滓をばら撒くのにも節度を考えねば。三割、己に規定した楽園での上限を守っても尚幻想郷は脆い。だが何たる僥倖か…異能を維持し得るほんの僅かな時間でも、彼女は今の私に追随する真の強者だ。伊吹と伍する勇儀でなければ此処までの打撃戦は演じられまい。惜しい、実に惜しい…もし勇儀が願うなら、彼女が死に朽ちる迄踊ってやりたい。

 

『ギッ…!? ハァ…はぁ…はぁ…!!』

 

『……次が最後だ。終わりにするぞ』

 

勇儀の能力は彼女の肉体を基に発揮される。体現した神秘(いのう)はより大きな不浄()に飲み込まれ、四肢が傷付く度に纏った鬼気(ちから)()に吸い取られた。箍が外れて流出する負の奔流は、最早地底の空間には収まり切らぬ程だ。両者満身創痍…と言いたいが、我が彼女に与える損害は徐々に鬼の回復を上回り、我は受けた傷と血と痛みが更なる再生と活力を獲得する。勇儀の身体は惨憺たる有様で、左腕は亀裂を走らせ明後日の方を向いていた。それでも…彼女の剛毅さは失われはしない。

 

『はぁ…はぁ…マジでバケモンだな。鬼の膝が笑ってやがる…でも、良いよ…! 受けて立つ!! 次で最後だッッ!!』

 

鬼の妖気が、消える前の激しさを伴う光によって表された。異能の顕現として彼女を包む不可思議な白光が、辛うじて握り込まれた右手に萃められる。

 

『四天王、奥義ーーーーーーッッ!!!』

 

『ーーーーーー負極』

 

幕引きだ…叫ばれる文言と気概は、以前妖怪の山で雌雄を決した小柄な鬼から聴いたモノと同等かそれ以上。魔を萃め手繰る伊吹と比べて些か不恰好にも見える右拳の煌きは、込めた力の重みだけなら伊吹を完全に抜き去っている。術と力の天秤は両名違えども、彼女等こそ心技体全てに於いて自らを鬼の四天王と呼ぶに相応しい傑物。よって討つ、迎え討つ…!! 彼女が放つ全身全霊に礼を尽くして応えたい…ッ!!

 

『ーーーーーー征くぞォォォオオオオオオオッッ!!!』

 

『来いッ!! 星熊勇儀ーーーーッッ!!!』

 

一歩目…力を司る者は地を蹴り、無人の野を行くが如く音の壁を突き破った。二歩目…烈風を巻き上げて肉薄する速度が急激に増していく。腰元まで引き絞られた拳は、煌々と輝ける力の結晶を燦然と散らし、純白の欠片となって彼女の道程を花道と彩る。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《三歩必殺》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

『ーーーーーー《蓋世不撓(がいせいふとう)》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

三歩目。天より堕ちる星を垣間見た伊吹の壊廃とは別種の奥義を前に、躱すという考えなど有りはしなかった。最大限の敬意、身一つ拳一振りで挑む勇壮なる猛者を如何して無碍に出来ようか。美しさすら感じる鬼の衝動…破壊の塊と為した右拳を胸に受け、代わりに左拳を額に叩き込んだ。

 

『なあ…ひとつ、聞いて良いかい。あたしは強かったか…? あたしは萃香と同じくらい、アンタにーーーー届いてーーーー』

 

拳に伝わる重みが消え去り、彼女は前のめりに姿勢を崩した。膝は崩折れ、地に伏す間際に…私は嫋やかなる彼女を抱き留める。

 

『ーーーーああ、君も伊吹も…貴賎無く我が強敵(とも)。見事な一撃だった』

 

鬼の四天王は、終ぞ笑顔のまま意識を手放した。誇って良いとも、謳って良いとも…我等の逢瀬は拳に始まり拳に終わる。楽園に於いて…高潔なる者、強き者は例外無く私の徒だ。決死の一撃は心の臓を穿たずとも、狙い過たずこの心を捉えてくれた…感銘と惜しみ無い賛辞を彼女に贈る。

 

周囲に張り巡らした帳を取り除き、改めて巻き込まれた者が居ないかを視認して行くと…疎らな人集りの中に私を呼んだあの娘が立っていた。

 

『お兄さん、勇儀に勝っちゃったの?』

 

『…うむ。尋常な勝負に臨んだ者には、出来る限り応えなくてはな』

 

彼女を所在無く抱えたまま、こいしの後方から見知った双角の少女がもう一人現れる。緩慢な進みで私とこいしの間に割って入った伊吹は、相変わらず瓢箪片手に視線を勇儀に送った。

 

『全く、楽しそうなツラして寝やがって。私がこいつん家で起きた頃にはもう始めちまってんだから、せっかちな奴さ…楽しかったかい? 二人とも』

 

『文句の付けようも無い、素晴らしいひと時であった…彼女もまた、我が友と呼ばせて欲しい』

 

『そうか…そいつも、コウに認められちゃあ鼻が高いだろうね』

 

『お兄さん! 地霊殿は直ぐそこだから、早く行こうよ! 勇儀も休ませてあげられるから』

 

こいしの屈託の無い申し出に、私も伊吹も有り難く肖る事にした。各々歩き出すと同時、伊吹は此方を邪な表情で一瞥して一言。

 

『にしし、役得だねぇコウ? 豊満な身体した勇儀はさぞ柔らかいだろ? 心地良いか? ん?』

 

『止せ、年寄りを揶揄うな』

 

掴み所の無い友人に煽られつつ私と伊吹、肩に支えた勇儀を連れ立ってこいしに続く。予定とは多少違ったが、何とか無事にこいしとの約束を果たせそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 古明地 さとり ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『さとり様』

 

『ええ、気配が和らいだわね…決着は着いたみたい。立っているのは…彼のようね』

 

『まさか、本当に勇儀の姐さんが負けるなんて…』

 

言葉も無い。無尽蔵に膨れ上がったかと思われた深淵の気配は、衝突した熾烈な気配の持ち主…勇儀さんを降したらしい。街の方角から聴こえてくる思考を幾つか読み取って行くと、どうやら彼の方は事も無げに歩いている。傍には伊吹萃香がいて、こいしが地霊殿への道案内を買って出たと…やはり彼女も来ていたのね。勇儀さんと戦って尚無事、しかも彼女を抱えて此方に来るって…彼は本当に何者なのかしら? いや、私の中で答えは決まっている。

 

『お燐、お空、お客様を迎える用意を』

 

『は、はい…うう、まだ羽の辺りがザワザワする』

 

『私も似たようなもんだから、我慢しな。ほら、お茶の準備するから手伝って。序でにあと三人分夕飯の支度しなきゃならないんだから!』

 

苦労をかけるばかりで、二人にはいつも頭が下がる。私は私で、悠長にしている暇は無い。地霊殿の家主として…妹の招いた方々をお迎えしなくてはならない。

 

『大丈夫…鬼二人と得体の知れない殿方くらい、持て成してみせる』

 

口下手な自分を鼓舞しながら、未だ開かれぬ玄関口まで降りて来た。居住まいを正して、まずはちゃんとした挨拶をしよう。

 

『ただいまー! お姉ちゃん! お兄さん達が来てくれたよ!』

 

『お帰りなさい、こいし』

 

『私らまでくっ付いて来て悪いね、覚り妖怪。暫く邪魔するよ』

 

『夜分に押し掛けて済まない…私は九皐という。此度は招いて貰い、感謝する』

 

その姿は、まるで彫刻の様に完成された姿だった。

もしかしたら言い過ぎかも分からないけれど、兎に角最初に受けた印象がそうなのだ。底知れぬ気配は遠くで知覚するよりもずっと強く優しく、黒髪から覗く銀の瞳、六尺にも登る偉丈夫な身体と整った顔立ち…イケてる。

 

『早速頼みたいのだが、勇儀を休ませてやりたい。何処か部屋を貸してはくれまいか?』

 

『え? あ! はい…こいし』

 

『はいはーい! お兄さん、勇儀貸して? 萃香も手伝ってね!』

 

『おうおう、鬼使いの荒い奴だなあお前さんは』

 

いけない…人型に化けていると分かっていても、黄金律とも言うべき身形に魅せられてしまった。萃香さんと妹が上の階へ上るのを見届けて、はたと気付く…残った彼と私の二人きりになるのを想定していなかった。お空達も今は厨房でお茶の準備をしているだろうし、取り敢えずこの御仁を応接室へ運ばなければ。彼の思考が読めない所為で行動の先読みも出来ない…案外不便かも。

 

『貴方もどうぞ、応接室へ案内します』

 

『有り難い。外で燥ぎ過ぎて少し休みたいと思っていた所だ』

 

ぃよしっ!! 何とか第一関門を乗り越えたわ…それにしても、鬼と戦って少し疲れたって何かの冗談かしら? いや、待て…落ち着くのよ古明地さとり。彼も此方にある程度礼節を持って接してくれている…思考を整えるのよ、いつも通りにすれば問題無いわ。

 

『…お掛け下さい』

 

『失礼する』

 

 

応接室へ辿り着き、下座に構えられたソファに促す。彼は何も特別な所作は無く腰掛け、私も真向かいに座った。こうして近い距離から見ても、時が経つ程に彼の静けさというか…外見からは不相応な落ち着きが長い時を生きた証左として表れている。妹の個性的な誘い文句がしたためられた手紙に応じてくれたのが不思議で仕方が無い。

 

『御足労頂いて恐縮ですがーーーー』

 

『窮屈な喋り方だ』

 

『は!? え、あ、あの…! 何か、粗相をしましたでしょうか?』

 

『違う…君はあの娘の姉君なのだろう? ならばこいしと同様、堅苦しい真似は無しにしてくれ。どうか、友人と接する様に気軽な対応を頼む』

 

そんな簡単に出来たら苦労してません!!

馬鹿みたいに大きな魔力だか妖力だかをダダ漏れにしておいて、いきなり無茶な事言わないで欲しいわ!! 格上だと思ってこっちは気を張ってたのに!!

 

『クックックッ…』

 

『な、何を笑って! るん…のよ!』

 

駄目だ、完全にペースを崩されて真面に言葉も並べられない。大体私は身内や一部の妖怪としか交流が無くて、他者との会話にあまり慣れていないのだから勘弁して欲しい。なのにこのヒトときたら急に笑って!

 

『いや、済まなかった。妹御と違って、物静かで楚々とした印象だったのだが…君は、私が考えていたよりずっと表情豊かな少女だ。赤らんだ頬が実に愛らしい』

 

『なっ!?!?』

 

不味い、不味いわ…冷静さを欠いた所に、即座に褒めてかかられたお陰で色々と思案していた事が真っ白になった。次に到来したのは恥ずかしさと、愛らしいと告げられて満更でもない自分がいる事実。顔から火が出そうなくらい顔が赤くなっているのが分かるから、余計に恥ずかしい。

 

『〜〜〜っ!!』

 

『む…顔が赤いぞ、大丈夫か?』

 

『し、失礼します! おお、お茶をお持ちしました! って…さとり様? 顔が真っ赤ですよ?』

 

『うにゅ…やっぱり羽がゾワゾワするよ』

 

『戻ったぞー! あん? さとり、どうしたんだ? ああ、アレか…紫もよくやられてるから見慣れたよ』

 

『お姉ちゃーん! お兄さーん! 何して遊ぶ? ねぇねぇ!』

 

またぞろ部屋に入ってくるペットに鬼に妹と、入るなりヒトの顔を赤いだの頭の中で提灯みたいだのって! 全部聞こえてるのよ!! しかも萃香さん、何ですかそのだらし無くニヤけた顔は!? 絶対に気付いてて放置してるでしょ!?

 

『しーーーー!!』

 

『『『『し?』』』』

 

 

 

 

 

 

 

『静かにしなさぁぁああああいっっ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

照れ隠しに堪らず放った怒声によって、賑わった応接室に静寂が訪れた。けれど、結局は慣れない大声を上げた所為でまた恥ずかしさが込み上げて、数分間誰とも口を利かずに一人悶絶する事となる。

 

『何時ぞやも、似た様な場面に出くわした気がするな。しかし…美々しい花達が戯れる姿は、いつ見ても良い眺めだ』

 

動じた様子も無い彼だけが…姦しさの中で一人、お燐の持ってきたお茶に手を付けて場を締め括った。

 

 

 

 

 

 







久し振りに炸裂したコウの無自覚な誑し発言。お爺ちゃんは、褒めるのも叱るのも遠慮が無いのが玉に瑕です。歯が浮くセリフもお爺ちゃんの鋼メンタルが有れば自然に出てくるのです、きっとそう。

感想、アドバイス、あれがダメこれが良くない等など、いつでもお待ちしています。寧ろ下さい、勉強になりますので! 是非!

長くなりましたが
最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。