彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れて申し訳ありません。
ねんねんころりです。この物語を投稿し始めてから初めての戦闘回です。
かなり自身がありません…穴掘って埋まりたいくらいの稚拙な文が続きますが、感想批評なんでも受け付けておりますので、それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第一章 参 少女の嘆きは闇に融けて

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

無垢な声音で問われた私は、揺るがぬ覚悟と決意で彼女に応えた。

 

「おはよう、吸血鬼の妹君よ。突然だが…君の狂気、私に譲ってはくれないか?」

 

改めて、私はフランドールを注視した。

姉のレミリア嬢と同じ真紅の眼、髪色は黄金色に煌いてその一部を楚々としたリボンで結ばれている。抜けるような白い肌、赤を基調とした服飾…中でも彼女の背に備わる翼は異形の一言だった。

 

姉は悪魔然とした蝙蝠や伝承の竜に近い造形の翼。

対して、妹の方は一対の枝に色とりどりの宝石が吊るされた様な特殊なカタチだった。

 

「…ムリだよ…今だって凄く我慢してるのに、してたのにーーーーそんなこと言われたら」

 

部屋の隅で縮こまっていた筈の妹君…フランドールはゆらりと立ち上がり、瞳孔の開いた真赤な双眸を此方へ向けた。それも…狂気に彩られた酷薄な笑みと共に。

 

「来るわよ、コウ。申し訳ないけれど、私は手を出さない。たとえ狂気に蝕まれていたとしても、フランを…妹を傷付けたく無いの」

 

「分かっている、レミリア嬢。君は其処に居てくれ…此処から先は」

 

私は一歩踏み出し、扉の近くから部屋の中心へと一息に移動する。フランドールは一瞬だけ笑みを忘れ、呆けたように私を一瞥したが…また心底愉快そうに口角を上げた。

 

「お兄さん、でいいのかな? オモシロイ…オモシロイ!!今、全然視えなかった! 一体どうやって」

 

彼女は言葉の途中で部屋の隅から中心へ、私の立つ場所へと弾丸の如き速度で肉薄する。

 

「キャハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

壊れた様な…いや、今は事実壊れてしまっているのだろう。自制が効かず、吸血鬼の身体能力で十全に振るわれる彼女の凶爪は、風圧や風を切る音も置き去りにして私を狙う。

 

「まあ、私には少しばかり物足りないがな」

 

フランドールの乱暴に振り回した右手を受け止め、敢えて挑発的な物言いで彼女を煽り立ててみる。吸血鬼の膂力で振るわれた一撃は、その余波だけでも周囲に甚大な被害を齎らしていた。私越しに受けた衝撃ですら床は罅割れ、振るわれた爪の風圧は同方向の壁を瓦解寸前にまで抉り取っている。

 

「へえ…コレモ止めちゃうんだ? スゴイ、スゴイスゴイスゴイスゴイスゴイ!! だったら」

 

しかし止める訳にはいかない。

彼女の気の向くままに暴れさせ、私は微々たる反撃と挑発でもってフランドールを迎える。この流れが目的を達するに最もシンプルで、かつ効果的だと判断する。

 

「これならどう!? ホラホラホラ! 壊れないなら、壊れちゃうまで遊んでよォォォォッ!!」

 

フランドールの小さな身体から繰り出される無数の攻撃は、弩よりも尚速く鋭く、城門を抉じ開ける槌よりも重い。何より…嵐の様に荒々しく、豪雨の様に絶え間ない。

 

「それで終わりか妹君…いや、フランドール・スカーレット」

 

私はそれら全てを受け止めた。

外傷は皆無、息一つ乱れはしない。ましてや直撃など…天地が覆ろうとも有り得ぬことだ。

 

「イッパツも、当たんなかった…? ヒ、ヒヒ! ヒャハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

 

あれだけ見事に捌き切られても、フランドールの狂気と狂喜は登り詰めるばかりだ。だが、これで良い。私の考えなど知る由も無く、彼女は部屋の壁際まで跳び退き、両の手に紅く燃え上がる炎にも似た魔力を灯し始めた。

 

「私ね、リクツ? とかはよくわかんないケド、魔法使えるんだぁ。だからこっちでも、すぐに壊れたらイヤだよ? キャハハッ!!」

 

「それは…精々頑張らないとな」

 

フランドールが両手に帯びた魔力は形を成して、光弾となって更に膨張する。彼女はそれを無造作に放り投げ、投擲された魔力の塊は二つから四つ、四つから八つと倍加され分裂を繰り返す。高速で標的目掛けて放たれた弾の数はゆうに百二十八発。精神の均衡を崩している状態だというのにこの精度と威力…フランドールには魔法の才も備わっているらしい。

 

「早く消さないと、部屋ごと壊れちゃうヨ? お兄さん?」

 

彼女の笑みは一層の狂気を孕ませ、反比例して正確無比な魔弾の檻が私を襲う。私も身体から発した銀色の奔流を操り…それをカーテンの様に広げて彼女の百余の魔弾を迎え撃つ。拮抗したのは一瞬、私の力場に圧された魔弾は次々と霧散し、難なく全て搔き消した。

 

「ナニソレ? 銀色に光る魔力みたいなの? ユラユラして頼り無く見えたのにーーー私の攻撃、全部無くなっちゃうなんて」

 

「これくらいの事は、君にもいつか熟せるようになるさ。それで、もう遊びは飽きてしまったか?」

 

再度フランドールを煽る。私の言葉に強く反応した彼女は、眉間に青筋を立てつつも笑顔を絶やさない。

 

「ホント、さっきからムカつくなあ…余裕ぶっちゃってさ?」

 

「演技ではなく、事実余裕なのだ。君もそろそろ本気を出すと良い」

 

そして、私に対峙した彼女の口元から…煽り続けた甲斐あって笑みが消えた。瞳は紅い光を宿しながらも虚ろさを漂わせ、だらりと下げていた右手を彼女は翳す。

 

「ふーん、じゃあ…コワレチャエ」

 

フランドールの翳した右手に、新たな予兆が形となるーーーーーーそれは眼だった。視覚的にはそう形容するしかないモノが彼女の右掌に出現し、フランドールはそれを見ながら酷薄な笑みを作り出す。

 

「キュッとしてーー」

 

「なるほど、それが君の能力か」

 

私は立ったままそれを見届ける。アレの危険性には気付いているものの、彼女の造ったあの眼が絶対の切り札である事を確信する。だからこそ私は動かない…アレがどんな結末を産むものか分かってしまったが故に。

 

「どかーん!!」

 

彼女の右手で創り出された眼は呆気なく握り潰された。直後、私の身体から異常な程の熱が込み上げ、私の予想に寸分の狂いなく…込み上げた熱は破壊の波となって内側で爆ぜた。

 

 

 

 

 

♦︎ レミリア・スカーレット ♦︎

 

 

 

 

 

「……そんな」

 

目の前に広がる光景は、夢か幻なのだろうか? そうで無くてはならないというこれまでの経緯と、そうなっていない彼の姿を捉えた結果…私の脳内は処理しきれない程の混乱に陥っていた。

 

「なんでよーーーー」

 

妹が、自分もまた信じられないという風な声を絞り出した。フランだけじゃない…私にも彼が壊されてしまう確固たる予想が、先程までは有ったのに。

 

「ナんでコワレて無いのよォォォオオオオッッ!?!?」

 

絶叫。妹の感情は苛立ちと驚愕、そして人外の存在でありながら、この世のモノではない何かを見てしまった様な…明らかな恐れを抱いている。無理からぬことだ…私も視界に捉えてから今の今まで瞬きするのも忘れてしまっていた。妹は完全に、コウの異様さに呑み込まれている。

 

「コウ、貴方どうして無事なの…!? それどころか無傷なんて」

 

コウを疑っていた訳じゃない。彼が妹から直ぐに狂気を吸い取ってくれると思っていた私の予想は、二人の戦いが始まると共に覆され…子供を相手にする様な態度に飽き足らず、あろうことかコウは圧倒的優位のままフランの能力を引き出した。

 

「この! コノ! コのオオオオオ!!!」

 

私は再度、ある光景を幻視する。歩き始めたばかりの幼子が親に戯れつくような、安穏とした…微笑ましさすら覚える風景。この場に限っては全く不釣り合いなイメージが、脳裡に小針付いて離れない。

 

「これは…どういう事なのよ」

 

「アァアアアアッ!! ハヤク壊れろォォォォオッッ!!」

 

現実は違う。吸血鬼の総合力は妖怪の中でもトップクラスだと自負している。姿形は蝙蝠、霧といった伝承に残るものなら例外なく変じられ、物理的な干渉にもある程度の耐性がある。

 

膂力の高さは言うに及ばず、音よりも速く空を飛び、地を駆ける。ぞんざいにでも腕を振るえば、岩をも砕き、中でも力ある者はその土地の地形すらも変えられる。

 

西洋妖怪の頂点、古今東西現存する人外の中でも一際強力な種族として名を馳せるヴァンパイア。中でも、有史以前から連綿と続いて来た由緒ある一族たるスカーレットに在ってなお異質と疎まれた妹、フランドール。私の大切な妹…潜在的な力だけなら私を越えている事は私も認めていた。その妹が遊びと称した加減のできない、全力の攻撃を続けていたのだーーーーーーだというのに。

 

「そう驚くことは無い…君の能力が私には通じなかった。それだけの事ではないか」

 

「ソレが! ワケ分かんないって言ってるのよォッ!!」

 

フランの《ありとあらゆるものを破壊する》という破格の能力。対象を投影した《眼》を創り出し、それを潰すことであらゆるモノを強制的に破壊する力。それを躱すことも備えることさえなく、コウは異能の災禍に直撃していながら全くの無傷だった。

 

「やはりな…君を苛む狂気と、固有の能力は本質的には無関係のようだ。それだけはどうしても確かめたくてな。つい口汚い挑発を繰り返してしまった。大変危険だが、妹御の持つソレはとても貴重な力だ。これからは節度を持って、愛するモノを護る為に振るうと良い」

 

「クソ! くそ! 硬すぎ!! 何なのコイツ!?」

 

「淑女がその様な言葉を使うものではないぞ」

 

今はもう…開始直後は受け止めていた筈の近距離での爪、蹴り、噛み付きといった妹の攻撃を喰らうがまま棒立ちしている有様である。そのどれもが致命傷はおろか擦り傷さえ残していない。そんな中コウは…慈しむ様に笑みを浮かべ、子供をあやすような口振りで語りかけていた。

 

「ーーーーうーーま!」

 

私は二人の間に交わされるソレを眺めて暫く…後方から聞き慣れた従者の声が耳に届いた。彼女は能力を使う事すら忘れるほど余裕が無いのか、飛行した状態で此方へ向かって来た。

 

「咲夜? 中々来ないと思っていたら、どうしたというの?」

 

「申し訳ありません! それがーーな、九皐様! なぜあの方と妹様が!? これは」

 

「説明するには長くなるから、今それは良いわ。それより、何があったの?」

 

私が制すると共に、咲夜ははっとしたように此処に来た理由を語り始める。

 

「申し上げます! 現在、紅魔館は異変解決者達の襲撃を受けております! 一人は白黒の魔法使い、そして…」

 

「まさか…」

 

「紅白の巫女服を纏った少女の姿を確認しました。間違いありません、《博麗の巫女》です!」

 

このタイミングで、もうやって来てしまったのか…!

フランの部屋に置かれた時計を見ると、夜を告げる秒針が時を刻んでいた…だが、迷っている暇はない。私も行かねば、こうしている間に紅魔館は博麗の巫女に着々と追い詰められている。

 

「門の外で、今は美鈴が二人を足止めしています。私も、先に向かわせて頂き迎撃に移ります…! お嬢様は如何されますか?」

 

「私も行くわ。此処はコウに任せて構わない…何としてもこの異変を成就させる! 貴女は先に行きなさい!」

 

私の指示に従い、咲夜は一つ会釈してこの場から姿を消した。咲夜を見送り、私は振り向きざまにコウに声をかける。

 

「コウ! 今はもう夜…博麗の巫女が館に来ている。私も行かなければ! だからフランを、妹をお願い!」

 

言い終えて、私は全力で地下から上の階への道のりを飛翔した。置き去りにした二人の衝突は未だ終わらない。しかし聞こえた…コウがはっきりと私に言った、私への激励の言葉が。

 

「任せろ。あと僅か…彼女の狂気が洗いざらい出てくるまでもう一息だ。君も妹の快復を見届けたいなら、決して途中で倒れぬことだ」

 

私は地下から発せられる彼の言葉を聞き終えて、場違いにも口元が緩んでいた。

 

「誰に言っているのかしらね? 私はレミリア・スカーレット…紅魔を統べる偉大なヴァンパイアなのよーー!!」

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

人里へ降りて戒厳令を敷かせてから、何となくそれっぽい所をうろうろと漂って此処まで来た。人里から森を横切り、出会う奴ら邪魔する奴らを魔理沙と交互に片っ端からとっちめていったら…いつの間にか妖怪の山の麓、霧が立ち込める湖の畔に紅い館を見つけた。

 

「なんかさー」

 

隣で箒に跨りながら空を飛ぶ親友が、ここに来てから初めての声をあげた。

 

「お前ってやっぱ、スゲーよな。霊夢」

 

「なんの話してるのよ? 藪から棒に」

 

呆れと賞賛混じりの魔理沙の声に、私は内心面倒臭がりながら応答した。

 

「適当に付いて行ったら異変の元凶っぽい建物見つけちゃうしさ…勘にしたって的確すぎるぜ」

 

「なんかそんな話を前にもした事あるけど、幾ら適当にって言っても私だって当てがない所から無闇に探し回ったわけじゃ無いわ」

 

「ほう、その心は?」

 

「山の麓からすごい速さで赤い霧が幻想郷を覆った。分かり難かったけど、あらゆる現象には起点となる何かがある。それを偶々見つけられたってだけ」

 

「偶々ねえ…やっぱ本質を見抜く力が高い辺り、博麗の巫女ってのは特殊な役割だよな」

 

本質を見抜く力、か。私だって見てもないモノの真偽を確かめる事なんて無理よ…事実赤い霧の原因とか相手の素性とかてんで分からないもの。

 

「さあ、お喋りもここまでにしてさっさと行くわよ。疲れたなら休んでても良いけど?」

 

「冗談だろ? むしろ私が先に館の前に辿り着くぜ」

 

魔理沙は不敵な笑みを浮かべ、私を追い越して赤い館へ先行する。けれど、丁度館から湖一つ隔てた距離で魔理沙は立ち止まった。

 

「どうしたのよ? 急に止まって」

 

「見ろよ霊夢…アイツ、多分妖怪だ」

 

魔理沙に促されて赤い館の周囲を見渡す。

豪奢な館を取り囲むような堀に、一つだけ門が存在していた。扉は閉め切られ、風や日光を通す窓も僅かしか備わっていない…外界からの干渉をあからさまに拒んでいる。それと、その隣にいる赤毛の女。

 

「そうね…鋭い妖気がビシビシ伝わってくる。アイツは妖怪で間違いない。それも滅茶苦茶やる気ありますって感じね」

 

私が捉えた赤毛の女は、紫が以前話してくれた中国?って国の人が着ているらしい衣服と似通ったものを身につけていた。話と少し違うのは…動きやすそうに着こなされている事と、頭に被った帽子くらい。その女も、私たちの存在に既に気付いているみたいね。私とそいつの視線が交わされる…門の前に腕組みながら立つ彼女は瞳の奥に戦意を滾らせ、速く来い、速く来いと目で訴えていた。

 

「行くわよ…奴さんは準備万端みたいだし」

 

「ああ」

 

様子見はもういいわ、魔理沙を伴って一直線に飛び湖を縦断する。降り立った私たちを見据えると、中華風の女は先に口を開いた。

 

「本当は、もう少し遅めに来て欲しかったのですが…仕方ありません。足止め撃退は門番の仕事ですしね」

 

「おいおい、嘘が混じってるぜ? 私たちを見つけてからずっと熱い視線を送って来たのはそっちじゃないか」

 

門番の言葉にいち早く魔理沙が返すと、赤毛の長髪を鮮やかに揺らしながら鼻で笑い、なおも話し続ける。

 

「フッ…申し遅れましたね、私は紅美鈴。見ての通り門番と、庭師を兼任しております」

 

そう名乗り、美鈴は両の手を前に構えて私たちに会釈した。アレもお国の風習なのかしら? ただの挨拶にしては洗練されているように感じる。

 

「おう! 私は霧雨魔理沙。こっちは」

 

「博麗霊夢よ」

 

私が名乗った瞬間、美鈴はより一層闘気を高めて鋭い視線をぶつけてくる。彼女は静かに、流れる様な動作で見たことも無い構えを取って迎えて来た。

 

「此処は私の正念場、例えスペルカードルールとて一歩も引く気は有りません…背水の陣というヤツです」

 

全く…これは思ったより長引きそうね。妖怪としての格は並かちょっとマシ位だと侮っていたのに、構えたと思ったら何なのよ、こいつの馬鹿みたいな気迫は?

 

「貴女一人で、陣なのかしら?」

 

「私は先に行くぜ! 此処は霊夢一人でーー」

 

「させませんよ」

 

空気を引き裂く轟音、虹色の輝きと共に大型の弾幕が襲来する。地面を抉りながら前進する弾幕は美しく凄烈だったが、私と魔理沙は大きく身を躱して事なきを得た。意外なことに、開戦のペースは向こうに握られてしまったらしい。

 

「お前独りで私たち二人を相手取る気か? 良い度胸だな」

 

「独り? それは違う」

 

武を修める為、磨いて来たであろう美鈴の両脚が、独特の重心移動と動作で大地を力強く踏み抜いた。弾けるような衝撃と音、地面が二度三度と僅かに揺れて、魔理沙も私も、本格的に美鈴を降さねばならない事実を再認識する。

 

「私たち紅魔の者は皆、この異変成就に身命を賭して臨んでいる…! 主の抱いた切なる願い、それを叶えることだけが、我ら紅魔の本懐と知れッ!!」

 

裂帛の気合いに乗せて、美鈴は私たちに虹色の弾幕を所狭しと撃ち出した。数だけなら二対一…この圧倒的不利の中、眼前の美鈴という妖怪は何の躊躇いも無く勝負を挑んで来た。

 

「へへっ…上等だ! 私がお前を抜いて館に入るか!」

 

「アンタが私に勝って魔理沙も止めるか」

 

「お前達が私を討ち倒すかーー!!」

 

 

最後の一言は図らずも、三人同時に同じ言葉を紡ぎ出した。

 

「「「勝負ッ!!!」」」

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

「ハァ…はぁ…はぁ…こんなの嘘、デタラメよ」

 

「ふむ、もう気は済んだのか? 私は漸く君の準備運動が終わったと思ったのだが」

 

もうこれで何度目になるのか…フランドールを口で煽り、対して反撃らしい反撃もしないまま彼女に殴られ放題蹴られ放題だったが、彼女の攻撃は終ぞ私に届くことは無かった。

 

「バカにするなぁっ!!」

 

怒号と共に彼女は何処からか枯れ枝の様な、杖にも似た棒を取り出して有りっ丈の魔力を込めている。さて、次は何を見せてくれるのか。

 

「禁忌ーー《レーヴァテイン》ッ!!」

 

枯れ枝じみた杖に彼女は名を与えると、充填された魔力が烈火の如く燃え上がり、歪な剣の形を成して武器となる。

 

「禁忌ーー《フォーオブアカインド》ッ!!」

 

続け様に何かを詠唱したフランドールは、炎の剣ごと自身の分身を三体、計四人分の制圧力でもって私に疾駆した。

その速度、火力は申し分ない。しかし…彼女には種族としての強大さと特異な能力を差し引いても、明らかに足りないモノがある。

 

「…妹君よ。君には圧倒的に術理が足りない」

 

私は初めて、諸手を上げて彼女を迎え撃つ事にした。

室内を駆け巡り交差し合いながら押し寄せるフランドール。三人分の分身体を一目で見抜き、効率良くそれ等を制する解答を導き出した。身体はそれを達成するに充分な余力を残している。

 

「先ずは一人目」

 

刺突の構えで跳躍してきた一体目を、体を逸らすのみで躱しつつ右拳を見舞う…分身は声も上げられず錐揉み状に吹き飛んだ。壁面に叩きつけられたソレが消えるのを見詰め、背後から袈裟斬りに掛かる二体目を難なく避けて回し蹴りを放つ。

 

「二人目だ」

 

攻撃の初動も速さも彼女に合わせているというのに、反応することも儘ならず二体目は消失した。

 

「くっ…!? うああああああッ!!」

 

本体と残った三体目が同時に剣を振り回す…揺らめく炎はより強く、長大な姿に変わり一撃の重さが更に増す。如何に鋭く重い攻撃も、理を纏っていなければ私に届くことは無い。三体目を重点的に狙って、後出しだったが私の攻撃が先に決まった。手刀、膝、掌底と組み合わせて最後の分身を駆逐する。

 

「はぁ…はぁ…また、消えちゃった…また…ッ!」

 

最後に本体を残すのみのフランドールは、攻撃を即座に中止してまたも私から距離を取った。私の両眼には今の今まではっきりと映っている…ソレを誘き出したかったが為に、此処まで敢えて執拗に彼女を挑発し、好き勝手に暴れさせてやった。

 

そうして彼女は私が意にも介さぬという態度を取る度に逆上し、彼女本来の力を引き出す毎に、狂気の波は彼女の身体から表面化している。

 

元より根拠は無かったが、確信めいたものが私に有った。狂気が彼女を蝕み続け、四百九十五年もの間にどうやってそれを抑えて来たのか。答えは瞭然。狂気もまた心の発露だと言うのなら…心行くまで発散させ、その度に煽り、また引き出させ、彼女の狂気が全て表出するまで耐え凌げば良い。

 

「…フランドール」

 

「はぁ…ふぅ…な、なに!?」

 

彼女は牙を剥きながら私に反応する。彼女の嫌気めいたものを感じようと、構わず言葉を交わさなければならない。

 

「今の君は、私と戦っていて楽しいか?」

 

「楽しいか? ですって…そんなの」

 

不意に、彼女が杖に灯した炎の剣が勢いを弱めた。

これはもう…機は熟したと見るべきだろう。ここまで持ち込むのにかなりの時を要した。この大立ち回りも、そろそろ幕引きせねばなるまい。

 

「そんなの! 楽しいわけないよッ!!」

 

「それは…私が壊れなかったからか?」

 

彼女の狂気の正体。それは彼女の特異な力、異質な翼に向けられた同胞の妄執…それに誘われて寄生虫の如く擦り寄って来た、死した者たちの場違いな怨嗟が妹君を苛む源泉だった。

 

私の眼には映っている、聴こえているのだ。

あらゆる負の感情と…それを生み出した、残酷で厚顔無恥な愚か者共の、筋違いも甚だしい怨嗟と畏怖の声が。もう我慢の限界だ…今この瞬間も聴いているだけで耳が腐り落ちそうなほど、醜悪で無様な妄執の数々。真に不愉快極まり無い。これより私が、その全てを奪い取る。

 

「最初は…そうだったけど。今は戦うこと自体、楽しくなんかないもん…!」

 

彼女の目には、大粒の涙が浮かんでいた…自分の抱える狂気への恐れ、嫌悪。戦闘や殺戮を介する事で日に日に膨れ上がる狂気と様々な感情が、これまでの彼女の生を如何に無為なものへと変えたことか。

 

「傷付けたくない…壊したくない! このままじゃ、いつか皆を本当に壊しちゃう!! 美鈴も咲夜もパチュリーも小悪魔も、お姉様も!! 皆が私に優しくしてくれるのに、護ってくれるのにーー、私が…私が我慢出来ない所為で」

 

「フランドール」

 

これ以上、泣き崩れる少女を見ていることは出来なかった。何と悲しい定めなのか…突如己に降りかかった災いに、自分だけでなく大切な者達まで翻弄してしまう。自分では抗え切れぬ無力さに震え、咽び泣いたであろう数百年の呪いを…一刻も早く取り除いてやりたかった。

 

「狂気はもう、要らないな?」

 

「ーーーーいらないっ! 私、狂気なんかに負けたくない!!」

 

私は彼女の直ぐ目の前まで駆け寄り、彼女の手を取り望みを問うた。

 

「ならばーーーー強く祈れ、確と願えッ!!君が姉を想い、家族を想って狂気を厭うなら…ッッ!!!」

 

薄暗いこの地下へ訪れてから、一際大きな声と語気で語りかけ、彼女の決意をより強いものにさせる。そうでなければ、彼女はいつかまた狂気を孕む妄執を呼び寄せ、取り憑かれてしまうかも知れない。数多の同胞が懐いた恐怖と下卑た欲望、そして無関係な少女を蝕んだ場違いな亡者の妄執が…フランドールを苛む狂気の正体だと分かった今ならばーーーー、

 

「私はお姉様と、皆と…一緒にご飯を食べて、遊んで、同じベッドで一緒に寝たいの! やりたい事がたくさんあるの!!」

 

「良いだろう、その望み」

 

彼女の心を洗い流し、表出した狂気だけを吸い取る事など…私にとっては造作もないーーッッ!!

 

「この私が叶えてやる…ッ!!」

 

狂気をこの場に固定化させる。

彼女の心を食い物にして産まれる狂気の源泉を奪い取り、周囲に飛散する残滓の一片までもを吸い尽くす。四百九十五年分の狂気など、何れ程のものか…ッ!!

 

「貴様等の恐れ、絶望と妄執、全て根刮ぎ奪ってやるーーーーッッ!!!」

 

「■■■■■ーーーーーーッッッ!!!!」

 

目の前で狂気を吸い出される妹君は、真紅に光る眼を見開き、本来のものではない混沌とした唸り声を上げる。

 

「出て来るがいい…貴様等など、私にとって糧以外の何物でもない…ッ!!」

 

私の一声に呼応する様に、フランドールの身体からあらゆる狂気の源が追い出され、私の身体に収束して行く…私に害などあろう筈も無い。取り零すことなど有りはしない、何故ならこの身は。

 

 

 

 

 

「唯独り…深淵に産まれし力ある者。我は竜…深竜・九皐。この名、我が糧となれど忘れるな」

 

 

 

 

 

「ぁーーう、きゅう…こう」

 

妹君は自身の声で、最後に私の名を途切れ途切れに呼びながら、糸が切れたように意識を失った。身体を地面に打ち付けぬ様に優しく抱き止め、膝を枕代わりに彼女を仰向けに寝かせてやる。

 

「今はおやすみ。次に目が覚めた時…君の生きるこれからは、何よりも輝いている筈だ」

 

安堵の表情を浮かべながら眠る彼女の、目尻に残った涙を不器用に拭った。僅かな笑みのまま静かに眠り続けるフランドールを見届けて、漸く私も事の終わりを感じ取る。

 

「…やれやれ。全くもって、精神に良くない戦いであったな」

 

身体の疲れこそ少なかったが、やはり年端もいかぬ見た目の少女を相手取るのは堪えるものがあった。だが今は、それ以上は止しておこう…先ずは彼女をベッドに運ばなくてはならない。

 

「よく眠っているな…後は、レミリア達だが」

 

部屋の隅に敷かれた豪奢なベッドにフランドールを移して、戦闘の後も無事なまま済んだ運の良い椅子を見つけて腰掛ける。今は待とう…フランドールが目を覚まし、異変成就の為に奮戦するレミリア嬢が、一体何の為に戦っているのかを…この娘に言って聞かせなくては。

 

時計を見れば、今はもう戌の刻も間近という頃。

レミリアが此処を離れてからもう直ぐ一時間といった具合だ。さて…レミリア嬢の他には庭先で逢った美鈴、レミリア嬢の従者である十六夜、持病を取り除いたパチュリーと、その秘書であろう小悪魔を入れても計五名。一筋縄で破られるとは思わないが…異変解決者とは、どういった者なのだろうか?

 

「此処に、紫がいてくれれば助かるのだが」

 

「ええ…コウ様のお望みとあらば、いつでもお側におりますわ!」

 

私の独り言に応えた聞き覚えのある声。私は声のした右方向に首だけ動かすと、紫が頬を赤らめながら笑顔で私の横に立っていた。

 

「………便利だな、スキマというものは」

 

「はい! コウ様のお望み通り、スキマから紫がやって参りましたわ!」

 

可愛らしい仕草と受け応えは大変結構なのだが、どうせなら…もう少し時間を置いてから来て欲しかった所だ。さしもの私も、唐突な紫の登場には少しばかり驚かされる。

 

「まあいい…では紫、一つ聞きたいのだが」

 

「誠心誠意お応えしますわ。なんですの?」

 

「ーーーー異変解決者という者は、一体どのような人物なのだ?」

 

 

 

 

 




一万字を越えるとは思ってもいませんでしたが、今回のお話はコウ、霊夢、レミリアと場面が二転三転。
分かり難いかとも思いましたが、霊夢は異変解決にそろそろ来ないと話がおかしくなるわ、レミリアはフランとコウの戦いを第三者的に語って頂かないと各場面が繋げないわで…すみません(汗)
後書きも長くなりましたので、この辺りで。
読んでくださいました方、ありがとうございました!

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