彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
今回から七章ということで、六章の後日談の続きと地底の面々の話になります。

この物語は稚拙な文章、変わりばえのしない展開、厨二マインド全開でお送りいたします。
それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


地霊殿編
第七章 壱 地に潜むもの皆、彼を待つ


♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『本当にそんな事で良かったのか?』

 

『重要なことですわ。コウ様には些事に拘う時間を極力減らして頂きたいので、御了承くださいな』

 

天子がやって来たその日の内に、催しの主な開催理由である私の屋敷の管理を手伝う陣営を参加した上位三つの陣営から選ぶ最後の取り決めが行われている。一人で過ごす時間が恋しい訳でも無いが…改めて考えると流石に申し訳ない故断ろうかと進言した私の配慮は敢え無く却下された。

 

『先ずは優勝された天子ですが、飛び入りの為貴女には別の景品を用意しました。藍』

 

『はっ…お品は此方になります』

 

瓢箪片手に此方に近寄った藍は、我々と共に出揃ったレミリア嬢、魔理沙、天子、妖夢の中から天子へ向き直り掌から何がしかを手渡した。自分の手に乗せられた代物を不思議そうに見詰めた天子が、伊吹と紫を見据えて問い掛ける。

 

『なにこれ? 鍵…?』

 

『人里の区内に空き家が有りましたから、土地ごと元の管理人に譲って貰いましたの。天界と地上を行き来するのも大変でしょう? 地上との交流を深めたいのであれば、別邸として使うのが効率的だと思うのだけど』

 

要は地上での活動拠点が天子の景品らしい。話によると生活に必要な設備と家財一式は整えてあるから、泊まるには最適だと紫が注釈した。

 

『でも、住処一つ拵えるのもタダじゃ無いんだし…悪いわよ』

 

『この八雲紫にかかればその程度の事は造作も有りません。それに古巣で気が休まらないままなのも可哀想ですから? ええ、別に優しさとかでは無くてよ?』

 

拙い建前を並べ立てて天子に鍵を預ける彼女も、どうやら催しの最中に天子が吐露した心情や決意に感じ入るものがあった様だ。鍵を渡された天子も満更でもないのか、頬を僅かに染めてはにかんでいる。

 

『ふふ…仕方ないから受け取っておく。感謝するわ』

 

『落ち着いたら、此処に集まった者達や人里で出来た友人を招くのも良いだろうな。天子…改めて優勝おめでとう』

 

『ありがと、折角だから貴方の事も近々呼ぶからゆっくりして行きなさい』

 

『有り難く受けよう…そう言えば未だ名乗っていなかったな、私は九皐という。呼び難ければコウとでも呼んでくれ』

 

右手を差し出し、握手を求めると快く彼女は応じてくれる。傍らの妖怪の賢者は残った三者を見比べて順に此度の正式な報酬とやらについて語り出した。

 

『上位に入った魔理沙、妖夢、レミリアには約定通りにコウ様の邸宅管理のサポートをお願いしたいの。辞退する者はいる?』

 

『悪いが私は遠慮しておくぜ、自分の家の片付けもやっとだからな。今日の経験とタダ酒飲めるだけで充分だよ』

 

悪童じみた笑みを浮かべて、魔理沙は我先にと辞退を述べた。フランやパチュリー、アリスと親交が深く面倒見の良い魔理沙だが…日々研究や独自に精進する彼女にしてみれば時間の浪費なのは明白だ。私の屋敷で魔法道具を広げて頭を悩ませる魔法使いの姿も興味は有るものの、口振りからして清掃は不得手と見える…妥当な申し出だな。

 

『他の二人は?』

 

『そうですね…白玉楼でこなしたい仕事がひと段落ついた後なら、少しの間お邪魔しようかと思っています。まだまだ修行を付けて欲しいので』

 

『私の所からは咲夜を向かわせるわ。一日くらい咲夜が居なくても紅魔館の管理は問題無いし、あの娘もそろそろ本格的に鍛え直す時間をあげたいから』

 

妖夢の反応は概ね予想から外れなかった。妖夢が春雪異変以降、私にもっと多くの指導を求めているのは知っている…己の目指す剣の畢竟を望むなら、一日でも多く師の下に居る方が確かに効率が良い。レミリア嬢は十六夜を寄越してくれる理由は、多分に催しの一回戦において咲夜が天子に一方的に負けた事を気にしているのだろう。相性の差こそ有れど、能力を除けば木っ端妖怪より幾らか秀でている程度の戦闘力しか無い十六夜を慮っての采配か。

 

『咲夜には時間停止能力から拡張出来る新たな術技の修得と、妖怪とかち合って生き延びれる位の近接戦闘力は培って欲しい。コウ…頼めるかしら?』

 

成る程…休みを与えると言って紅魔館に置いておけば、十六夜は隠れて飄々とその日の仕事を執り行う。真面目で主人に忠実だからこそ、住処と働き所が同じ場所では息抜きにもならない。果ては仕事の後に稽古まで始めるとなると身体が保たない為、例え半日だけでも私に預けて息抜きをさせたいレミリア嬢の思い遣りが窺える。

 

『承知した。格闘術は良いが、咲夜の能力については纏めた資料なども有ると助かる』

 

『ええ…咲夜とパチュリーで作成させた物を本人に持たせるから、それを見てどう育てるか判断してくれ』

 

『おーい! そろそろ宴会始めるってよー!』

 

今回の催しの処理が粗方片付いた頃…何処かから声が上がり、出向いてくれた皆が持ち寄った酒や料理を広げて夜の大宴会が始まった。ある者は勝者を讃え酒を酌み交わし、またある者は敗北から学んだ教訓を次の糧とするべく個々の陣営で反省会などを開いている。惜しむらくは胸の中で疼く痛みが治まるまでに時間を要したお陰で、私が飲み出した頃には面子の半数が境内で眠りこけてしまった事だ…これはまた片付けを手伝う役回りになるやも知れん。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 伊吹萃香 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『はあー、久し振りに大量に酒を飲んだよ。暫くは宴会はいいかな』

 

『伊吹様からそんな言葉が出るなんて…明日は槍でも降るんですかね?』

 

『うるせぇやい…ん? あいつは』

 

宴会が終わって、それぞれが解散し射命丸と一緒に幻想郷の上空を飛んでいると…見知った珍しい顔を見つけてしまった。射命丸に先に行ってくれと促し、私はアイツの屋敷の前で鎮座する一匹の猫を見つけた。二又に分かれた尻尾を携え、ゆらゆらと灯る青い炎を侍らせた黒猫は降り立った私を見て固まっている。

 

『よぅ、お前さんが地上に来るなんて珍しいじゃないか。 生憎と此処には死体なんて転がってないぜ? それよりずっとヤバいのは住んでるがな』

 

『……萃香さん』

 

黒猫はか細い返事と共に、青い炎を体から噴き出して化外の姿を現した。黒尽くめの衣服に結われた赤髪を風に靡かせ、夜の中でも光る眼が自身を非人間であると如実に語る。

 

『んで? お前さん何でここに居る? この家は私がアイツにくれてやったモンだ。死体漁りなら他所でやんな』

 

『違うよ! 今日はさとり様にお使いを仰せつかってるんだ。でも家主は居ないみたいだから、書状だけ渡して帰ろうと思ったんだけど…』

 

ああ、こいつが此処で足踏みしてる理由が見えてきたな。いざそのお使いとやらを果たそうとしたものの、家主も居ないのに力の残滓だけが異様に残った屋敷にビビって魅入られてたんだな? そりゃそうか…なんせ屋敷の主人は、

 

『そうかい…なら手に持ってる書状を扉にでも挟んでとっとと帰んな。力の弱い妖怪が長居すると、闇に引きずられちまうよ?』

 

私達の眼前に聳える屋敷は、奴が過ごした影響からか静謐な闇の気配を纏いつつある。不快感は無く、触れるモノを包み込む様な柔らかさを錯覚させる巨大な力…しかしだからこそ、大きな力に引き寄せられる事も多い並の妖怪には格好の餌場だ。この闇を一度身に浴びれば、ほんの一瞬だけ妖怪としての潜在能力を極限まで高められるだろう。それが魂を焼き尽くし食い潰す程の種火であるとも知らず、収まりきらない力を無理に取り込んだ反動で自滅するとしても…弱いが故に惹かれてしまうんだ。

 

『うん…優しいのに、怖いよ。私達みたいな弱小じゃ手に余るなんて生易しいモノじゃない。一体此処に住んでるヒトは何者なんだい?』

 

一人呟いて、扉の端に書状を差し込んだ猫妖怪が問いかける。質問の行き先は私か、若しくはこの場にいない屋敷の持ち主にか…答えられるのは私だけだが。

 

『さてね…紫からははっきりとした話は聞かないけど。一説には神代を生き抜いた妖怪だとか、外から来た無縫の存在だってのが周りの意見かな? 恐らく何人かは奴の正体を知っているみたいだが、頑なに真実は伏せられたままさ』

 

私は、何となく察しがついている方だった。妖怪の側に傾いた力と、対峙した時に感じた無尽蔵の魔力…アレの本性は人型なんかじゃない。もっと禍々しくて、恐ろしい姿の筈なんだ。かと言って種族を特定するには至らないのが謎を深めるわけで。

 

『賢者様が隠すなら、相当に高位の存在なのかもね…さてと! 私はそろそろ帰るよ! 長話に付き合わせてごめんね、萃香さん!』

 

見詰めていた屋敷から視線を外し、《地底》の猫妖怪は再び黒猫の形を成して走り去って行った。にしても何処から湧いて来るのか、屋敷の周りに張り付いて離れない幾多もの気配が一々カンに触る。

 

『全くよぉ…弱いなら弱いなりに自分を磨きゃ良いのに、そのくせ時間を無駄にする半端者が多いんだよね』

 

瓢箪に括った紐を腰に巻き付け、じゃらりと両手の鎖を鳴らして木っ端どもの集まる屋敷の後方に茂る木々の間に目を向ける。放っといても闇に食われて自滅するのが関の山でも、私の建てた家に群がる蝿を野放しにするのは沽券に関わる…いっちょ掃除しとくかな。

 

『私の酔いが覚めるまで、とことん付き合ってくれよ? テメェ等…』

 

地を震わせ、小柄な体躯をバネの如く捻って跳躍した。高々と飛び上がった森林の上空から視認できたのは…屋敷の後ろ側から物欲しげに闇の残滓を求めて集まった有象無象達。妖気をあからさまに解放し、気付いた奴らに向かって叫んだ。

 

『死ぬのが嫌ならとっとと帰りな!! アレはアイツにくれてやった私の力作なんだよ! 文句があんなら私と踊れや、ミジンコどもがァッッ!!』

 

森の入り口目掛けて、妖力で練り上げた弾幕を叩き込む。蹴散らされる木っ端妖怪が飛散する。時間を無駄にするのは勿論、馬鹿どもに態々拘うのも腹が立つが…何より私を倒した奴を軽く見ている不敬な有様が尚のこと気にいらねぇ!!

 

『おらおらぁ!! もっと気合い入れてかかって来いや!!』

 

日付が変わり暗澹たる頃合、アイツの力に誘われて集まった奴らを纏めて駆逐する。ものの十分もかからず、近くに居た低級妖怪を軒並み倒した後には、涼やかな虫の音が響く夜が帰って来ていた。

 

『ったぁく…準備運動にもならないね。幽香とやり合って手負いの私に触れる事すら出来んとは』

 

身体に篭った熱が引いて行くと同時に、先程の連中とは全く無関係で余りにも今更な疑問が頭に浮かんだ。《火焔猫 燐》…旧地獄跡に棲んでいる筈の猫妖怪が、何故コウの家の前に居て、しかも意味深に奴宛ての書状まで持っていたのかと。

 

『あー…これはまた近々何か起こる予兆かな? 地底からってのが余計気になるし、そろそろ同胞にも会っときたいしな』

 

となれば目的地変更だ。泊まって行って下さいと気を配ってくれた射命丸には悪いけど、霊夢や紫にもコウの事を助けてやってくれって頼まれてるし…先に古巣へ戻って下見しておくか。

 

『アイツの話を聞いたら、嘸かし喜ぶんだろうよ…なぁオイ? 《勇儀》』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 古明地 さとり ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ん? おや、もしかして』

 

この感覚には憶えが有る。何処とも知れない世界の向こう側…何も無いからこそ夢と現が行き交う幻影が現れては消える場所。私の《眼》を介して繋がれた誰かのセカイで、アレの息吹を頭上に感じて双眸を上向けた。

 

「またも来たか…能く能く物好きな少女と見える。本来なら一度訪れれば繋がりは絶たれるというのに」

 

やはりというか、間違いようも無いと喩えるべきか。心底度し難いとでも言いたげな口振りで、彼は当たり前の様に…再び相見えた小さな私を見下ろした。

 

『今度は、追い返さないんですか?』

 

「異な事を言う。此処は君の見る泡沫だ…自ら目覚める時が来なければ、突き返す道理も無い」

 

そんな事を言って、前の時は無理矢理目覚めさせたじゃない。それとも…貴方を見て居た堪れなかった私が自分から起きたとでも? この際何方でも構わない。

 

『私は…他者の機微には鋭い方です。生まれつき、そういう風になっているので』

 

「何の話だ?」

 

『でも、貴方は違いました。能力の相性とか、そういうのじゃ無くて…私では、貴方を完全に知覚する事が出来ません』

 

私の能力は、他者の表層意識と深層意識をつぶさに読み取る事が出来る。例外は無かった…望むと望まざるとに関わらず、時には不快を通り越して侮蔑すら覚える感情の波。長らくそういったモノに晒されると、自分の心が壊れない為に色々な方法を思い付く。敢えて思考を読んだ相手の最も忌避する過去、記憶を呼び起こして心を踏み躙る事もあった。けれど…彼からは何も読み取れない。伝わるのは彼の言葉と声音から想像する厄体も無い想像だけ。

 

『私が読めない思考や感情を持つ方が居るなんて、思いもしませんでした』

 

「そうか…君は周囲の存在が何を考えているのかが分かるのか。難儀な力よ」

 

本心だろう。嘘じゃないと、そう思わされる。彼は口調や選ぶ言葉が時折古めかしく意図を探りにくいが…何故かしら? 私は未だ嘗て無いくらい、安心している。

 

『貴方は、私と逢った事がありますか? その…変な質問ですが』

 

「…否、無いな」

 

『そう…ですか』

 

当たり前だ。こんなモノを一度でも見たなら、一生忘れられない事請け合いである。黒い肢体、刺々しく隆起した岩山の如き肩、背鰭、翼…何より四肢を走る銀色に発光する管の様な器官。銀色の眼から光が揺らめく度、蠢動する其れ等の異質さは形容し難い。見た目はこんなにも恐ろしく禍々しいのに、響く言葉と放つ気配は余りにも穏やかだ。だからこそ…安堵と共に根拠の無い未知への好奇心が増長する。

 

「逢った憶えは無い…今はまだ、な」

 

『……え?』

 

「待っているが良い。不思議と、君に良く似た波動を持つ者に心当たりが有る…いつかまた見えるだろう』

 

まさか、まさか…あの娘がコレに出逢っている? やっぱりそうなんだ…夢の中でも鮮明に思い出せる。深淵の奥底を感じた、妹の帽子に残っていた何者かの濃密な力。

 

「さらばだ。特異な眼を持つ小さき少女よ」

 

彼が別れを紡いだ途端、私の意識はいつもの気怠い感覚の中へ投げ出された。鈍い銀の輝きが目を眩ませ、収まった時には…私は隣で寝息を立てる妹を正面から見据えていた。

 

 

 

 

 

 

『何なのよ…今はまだって』

 

独りごちても、答えは何処からも返って来ない。此処は私の私室で、自分の部屋があるというのに大層安らかに眠る妹の呼吸だけが聞こえる。きっとさっき見た夢も、こいしが固く抱き締めた帽子にあった気配の影響だと理解するのに…そう時間は掛からなかった。

 

『んみゅ…おねえ、ちゃん…』

 

愛しい私の妹、古明地こいし。過去、他者の心を読み取る己を厭い、自らの意思で眼を閉ざした優しい子。代償は重く…自身の存在意義を否定したこの娘は、発作的に何処かへふらふらと徘徊し家を空ける。誰にも認識されず、無意識の赴くままに自由に歩き回る少女…とても哀れで、同時に失いたくない私の宝物。この娘を、彼はちゃんと見えていたのだ。翡翠がかった髪、宝石の様に煌めく双眸、幼さの残る整った顔立ち…私でさえ、近くに居なければ感知出来ない稀薄な妹を、夢の中で言葉を交わした彼は現実でも確たる眼差しで捉えていたに違いない。

 

『それなら、姉として私がしてやれることは…』

 

決まっている。いいえ、もう動き出しているんだ…必ずや彼は此処に足を運ぶだろう。どんな姿と面持ちで来るかも分からない…遥かなる虚空を越えた地平から降り立った、私の心を一瞬で掴んだ彼の者が。敬意を払って、丁寧にお迎えしなくてはいけない。

 

『明日…それとも明後日?』

 

今日だけは、とても穏やかな気持ちで朝を迎えられそう。何故かは分からないけれど…今は誰の声も、思考も聞こえてこないから。この優しい暗がりが晴れない内に、意識を埋没させてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

粗野な喧騒と街道の各所で僅かに灯る明かりが、いつもと変わらないあたしの日常だった。右を向けば喧嘩する異形の徒、左を向けばそれに食いつくノリの良い野次馬達…その中に一人だけ、私は切っても切れない腐れ縁の顔を見つけた。

 

『よう、元気してた? ひっく…』

 

瓢箪片手に鎖を引き摺る我が同胞は、赤らんだ酔いどれ顔でいつもの様に笑いかけてきた。

 

『おう、萃香も久しぶりだね? 地上に行ったきりてんで帰って来ないから、あたしの晩酌に付き合ってくれる奴が居なくて寂しかったよ』

 

『よせやい。勇儀に合わせて呑んでたら、大抵の奴らは一時間もしない内にひっくり返るよ』

 

小気味良い笑みに、不釣り合いな双角を生やした古い友人が歩み寄って来る。寂しかったのは嘘じゃないんだがね…何せ半年近く帰ってこなかったんだ。あたしらには瞬き程の時間でも、ガキの頃からつるんでた仲としちゃ長く感じたのさ。

 

『んで? 今日は久々に古巣に帰ってどんな気分だい?』

 

『そりゃあお前ーーーー』

 

瞬間、轟音と烈風を起こして拳が迫って来た。再開の挨拶にいつもと同じ返しをして、相変わらず骨のある拳撃をがっちりと受け止める。ちょいと粗っぽい挨拶だが、お陰で周りの余計な騒音は掻き消えてくれた。

 

『へへ、土産話がいっぱいあるんだ! 今日は二人でとことん呑もうじゃないか!』

 

『嬉しいねえ…あんたのそういうのが聞きたくて、こっちは大人しく待っててやってるんだ』

 

『抜かせよ? 《星熊 勇儀》が大人しいなんざ、鬼が嘘吐くくらいらありえないね』

 

それも別に嘘じゃないんだよな。近頃は派手な喧嘩も無いし、酒飲むにも独りじゃ物足りない。土産話を肴に気心知れた奴と呑むのが一番楽しいんだ。一先ず再開の恒例行事を済ませて、適当な店の中へ入って酒を頼んだ。相変わらずあたしとタメ張れる豪快な飲みっぷりが、ここ半年分の無聊を一気に慰めてくれる。

 

『ぷはぁ…! ふぃー、やっぱ一緒に飲み直すなら勇儀が一番だぁなあ!』

 

『おうおう、嬉しい事言うじゃないか…ほら、早く土産話とやらを聞かせとくれよ!』

 

『いいともさ! 先ずはそうだなぁ、最初っから順を追って行くと、アレは懐かしの妖怪の山の天狗どもの顔拝みに行った時のことでな? ーーーーーー』

 

あたしの旧友、伊吹萃香は地上で起きた出来事を語り始めた。始めはいつもと大差ない内容かと思っていたんだが、

 

『は? 今なんて言った?』

 

『だからさぁ! 負けたんだよ! それもコテンパンにされちまったの!』

 

土産話とは、あの伊吹萃香が自分で吹っ掛けた喧嘩にあわや惨敗したという衝撃の内容だった。もしかしてあたしの耳がイカレちまったのか? でなきゃ萃香が一世一代の大法螺を吹いてるのか? いや、それだけは無いな…こいつはこと勝ち負けに於いては絶対に話を盛ったり作り話なんかしない。萃香は鬼としちゃ珍しく小さい嘘を並べられる変わり者だが、性根は生粋の鬼っ子だ。

 

『でよ? そいつに貰った拳の痛ぇのなんのって、おい、聞いてるのか?』

 

『あ、ああ…聞いてるけどさ。お前が惨敗だって? 嘘とは思っちゃいないがちょっと驚いてね』

 

『うひゃひゃひゃひゃ! だよなぁ!? もう完膚なきまでにボコボコに伸されちまってさ! 参ったよホントに』

 

ヤベェ…ヤベェなそれ。何だよそれよぉ! 凄え楽しそうじゃないかよコイツ!? こそこそ地上に行って何でそんな楽しい体験しちゃってんだおい! 畜生…気になる! 山の四天王が、ボコボコだぜ? そんなの昔の思い出漁ったって片手の指程も出てきやしないのにこのヤロウ!!

 

『いいなぁ!! 最高じゃないかその妖怪! あたしも一緒に行けば良かったなあ!! そしたら戦えたのになあ!!』

 

『…ばーか、何寝惚けてんだよ?』

 

『あん?』

 

萃香は、此れまで見たことが無い下卑た表情であたしを睨め付けていた。何か可笑しな事言ったっけ?

 

『多分、いや! 間違い無い…そいつな、此処に来るよ?』

 

『おい、おいおいおいおい!? マジか? マジなんだな!? 嘘だったらブン殴るからな!? いや嘘じゃないか! うぉおおおおおおお!! 滾る、滾るねぇ! それで其奴はいつ来るんだ!?』

 

あたしの興奮を察して、萃香は更に得意げな顔で盃の酒を嚥下する。勿体ぶってよぉ…早く教えてくれや!

 

『明日か、明後日か…遅くとも今週中には来るね! いや、もし来ないなんて言ったら私が頼み込んで来させる!!』

 

鬼が喧嘩したさに自分から頼むほどだって? 思わず疑っちまうくらい出来すぎた話じゃないか! それから萃香の土産話にあたし達は更に沸き立ち、注がれた酒を一息に流し込んではまた同じ話題に戻る。要約すればこうだ…萃香は山をちいとばかし借りて喧嘩の約束を取り付けた。んで現れたソイツはあろうことか、鬼の萃香と真っ向から殴り合いに興じてくれたらしい。拳脚の一つ一つは稲妻の如き速さ…空気と拳の摩擦が火花を散らし、振るわれる豪腕の威力はあたしのソレに匹敵…いや勝るかも知れないと。武に深く通じ、術理に長け洗練された所作は今までに対峙した凡ゆる英傑も霞んで見えた…って褒め過ぎじゃねえか? そんなん聞かされたら、

 

『ワクワクして眠れないじゃないか!!』

 

『だろう!? だから飲もう! 奴が来るまで呑んだくれよう! 酒の肴はまだまだ持って来てるからね!!』

 

何度驚かされたろう…何度聞き返してまた耳に入る物語を聞き、萃香の味わった興奮と体験を想起したか数え切れない。気付いたら地底の至る場所が静寂に包まれて、店を回している店主の顔色も眠たげなものに変わっていた。

 

『うあー、今日は宵の口からずっと飲んでたなあ。何だか眠くなってきたよ』

 

『はっはっはっ! そりゃあたし等は朝から晩まで呑んでんのが当たり前だからねぇ! 特に萃香は量も多いしな!』

 

店を後にして、変わらず薄い明かりだけが頼りの道行を二人で歩きながら飲み続けている。あたしは左手の盃を、萃香は腰に備えていた瓢箪を口元に当ててまた飲み始める。

 

『けっ! 勇儀だけには説教されたくないよ! 悪いこた言わないから、あんたはアイツに挑む時は素面でやんな!』

 

『さっき来るまで呑み捲ろうって言ってたのは何処のどいつだい?』

 

適当に言いよるわこのちんちくりん。しかし…鬼相手に素面でやれなんて随分慎重な助言をしてくれる。話に聞くだけでも規格外な相手だが、本物はその比じゃないって事か。聞かされた土産話は、手始めに太陽の畑の大妖怪が向かって行ってやられた所から。あの射命丸が必死の形相で山が危ないだのと喚いていたのを見つけ、次は自らそいつを呼び出して負けたらしい。

 

『へへへ…考えただけで血が騒ぐじゃないか』

 

『私も是非再戦したいけどさ、最近は周りに侍ってる奴等が煩くてね。互いに暴れたらタダじゃ済まないから自重しろって言われたよ』

 

ふうん…萃香と付き合いがある妖怪の賢者の諫言か。もうアレだなそいつ、幻想郷の覇権を実質握っちまってんじゃないのか? 揺るぎない強者、人も妖も隔てなく友と呼ぶ度量、何を取っても一級品だ。

 

『よおおおし!! 今日は寝るまで飲むぞ! あたしの家で飲み直すから、ダメになるまでついて来な!』

 

『寝るまで飲んでるのはいつもの事だろ! 私も遠慮なく飲むけどね!』

 

宴は終わらない…きっと始まってもいないんだ。有るのは兆し、血湧き肉踊る闘争の予感。地底で腐っちまう前に早くきてくれよ? 見も知らぬ強敵よ! お前にあたしの拳を叩き込んでやるから、覚悟しな!!

 

 

 

 

 

 




今回は会話メインなので、密度も進行速度もそれなりに書き進められました。
次回から地底と地上で一波乱起こすコウのワンマンプレーが始まりますので、次回以降を気長に待ってやってください。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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