彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

37 / 55
おくれまして、ねんねんころりです。
長らくお待たせしてすみません。今回は緋想天編に一応の終幕と次回以降の布石を入れつつ、天子対魔理沙の戦いから始まります。

この物語は不定期更新街道まっしぐら、稚拙な文章、厨二マインド全開、場面転換の多さに定評ありでお送りいたします。

それでも待ってくれた方、読んでくださる方はゆっくりしていってね。



第六章 終 宴終わり、尚も新たに

♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

 

『石自体の強度、飛んでくるスピードも申し分なし…か。下手に魔力や妖力で造られた弾幕よりよっぽど厄介だな』

 

紛い物の石ころとは違う…天子はそう言って巧みに要石を操作して私から制空権を奪おうと仕掛けてきた。緋想の剣を指揮者のタクトの様に軽快に振るって遠隔操作される八つの巨石は、本来の重さを全く感じさせない正に変幻自在の軌道を描いている。箒に魔力を込めて、急制動と急加速、時には旋回やホバリングじみた動きを取り入れて私は天子の包囲網を何とか掻い潜っている状態だ。

 

『要石ーーーー《カナメファンネル》!!』

 

青い陽炎みたいに揺らぐ刀身が更に勢いを増し、天子のスペルカード宣言と共に要石が光を放つ。発光する巨石はジグザグに空を立体的に移動し、石の先端らしき部分から青白い小弾が連続で斉射される。

 

『弾幕そのものは魔法障壁で防げる程度か…』

 

幾ら相手の攻めが苛烈だからといって、此処で焦れば余計に旗色が悪くなるだけだ。奴は強い…これまでの試合で抑えていた剣の特性や弾幕を行使するのに、レミリアとの戦いを経て良い意味で躊躇が無くなっている。何もかも吹っ切れた顔しやがって、そういうツラで向かってくる相手が一番手強いんだ。

 

『最後の試合だから、能力でも何でも使って倒してあげるわ…文字通りの全力よ!』

 

『本気じゃなきゃつまらねえよな…それは同感だぜ!』

 

自分の周りに展開した魔法陣から、魔力を込めた途端無数に繰り出される弾幕が要石の小弾とぶつかり合って相殺される。パターンの読み辛い飛び回る石どもの、私が移動した後の対応をも予測しながら戦況を維持する様は、飛び交う星が弾けて花火にも似た炸光を演出する。

 

『魔理沙さんは舞台の端から端までをよく見ていますね…一見規則性の無いように感じる天子さんの要石の挙動をちゃんと追えています』

 

『弾幕の撃ち合いでは、放ち放たれる互いの弾幕の威力、精度、大きさから効果まで多分な要素を計算して動かなければなりません…魔理沙は観察力に優れた娘ですからこの程度は造作も無いですわ』

 

『だが、小さな負担も積み重なれば後に大過を招くだろう。包囲網を完成させたい天子と、地上と空の高低差を活かして戦いたかった魔理沙では…戦局をより優位にする為に踏まねばならない工程に差が生まれる。要石を破る方策が見つからなければ、追い詰められるのは魔理沙の方だ』

 

司会進行の連中が正確な意見を述べた通り、今の私は虫取り網に追われる羽虫も同然だ。何時迄も天子が緩やかに私の消耗を待ってくれるとは考え難い…加えて天子は矢鱈と頑丈で一発二発の被弾ではビクともしないのは予想がついている。そろそろ、賭けに出る頃合と見るぜ。

 

『何だかんだ持ち堪えるものね…一発も当たらないんだから』

 

『へっ…飛ぶ鳥を檻の中に閉じ込めておいてよく言うぜ!』

 

準備はとうに出来ている。要石の数は依然として八つのままだが、幾ら自在に動かせると言っても狭い範囲で多量の石を同時に動かし続けるのには限界がある。幸いな事に…場外から一方的に弾幕を遠隔操作するのはルール上問題は無くとも、天子の気性がそれを許さない。正々堂々、己の定めた不文律の下に真っ向から対峙する姿勢は素晴らしい…けどな

 

『私は其処に恥ずかしげもなく付け入るぜ!!』

 

一枚のスペルカードを懐から取り出し、封印された効力を解き放つ。一瞬の光を伴って現れた私の反撃の狼煙に、天子は緊張と仮面のように張り付いた無表情で応えた。

 

『星符ーーーー《エスケープベロシティ》!!》

 

天と地に生じる高低差の利を捨てて、私は箒に注いだ魔力を推進力として噴き上げて垂直に落下する。私の背後を追い掛ける要石の群れは、私と地面が近付く程に速度を鈍らせた。

 

『何考えてんのよ…!? そのままじゃ舞台に突っ込んで怪我するわよ!?』

 

天子の動揺を少しばかり誘えたらしいが、目的はそれだけじゃない。地面に激突する寸前、箒の穂先を下に向けて充填した魔力を全力で噴き上げた。推進力として放出された魔力は、与えられた指向性から今度は真上を目指して私を運んで行く。真下から突き上げるように天へ向いた箒の行く先は、私を追って来る八つの要石と向かい合わせになる形で私の視線を真上へと押し上げた。

 

『スピード全開だぜ!!』

 

夜の空へと延びていく軌跡は、私の魔力を使って形成される星型の弾幕と空気抵抗を和らげる障壁が合わさって一つの対空技を完成させる。神社の中心に星をばら撒く光の柱は、体全体に伝わる手応えと周囲への衝撃を轟音と共に要石を跡形なく打ち砕いた。

 

『要石を全て壊した!?』

 

『ふいー…結構負荷がかかるもんだな。ま、これでまた制空権を確保したから良しとするか! さあて、次は何で勝負するんだ?』

 

『全く…折角の術を付与した石が軒並みお釈迦ね。こうなったら、奥の手を一つ解禁しないといけないかしら…!!』

 

青く揺らめく天子の剣が、ぼんやりとした四方の灯りより強く強く輝き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 比名那居 天子 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー雨が降る。蒼く瞬き、灰白の淀みを帯びた空を映して』

 

緋想の剣は使用者の気質と周囲の気質を読み取り、自身に付加する性質を持っている。実体と非実体の境が曖昧な特別な金属で鍛えられた刀身は獲得した気質によって色を変え光を放つ。戦いにおいて最も適した気質を使用者が選ぶことが可能で、今は魔理沙の持つ雨…正確には霧雨の属性とそれに関連する術技を使用できる状態にある。

 

『ーーーー時に霧の如く、霞の如く、纏わりつく雲の如く』

 

『夜空に雨雲…か、それが緋想の剣の奥の手ってか?』

 

獲得した気質に合わせた技や術を使うには、強い思念や詠唱による自己暗示と緋想の剣の効力を増幅するのが一番手っ取り早い。断片的な言葉を組み替えて詩の様に歌い上げ、構えた剣先を上空に突き上げた。

 

『滔々と流れ、今ここに汝の抱きし天恵を齎せ!!』

 

最後の一文を言い終えると、幻想郷全体を包み込む程の薄く広がった雨雲が夜空を埋め尽くす。濁った色彩の楽園は、空から降り始めた霧雨で私達の上気した肌を冷やしていった。同時に、右手で掲げた剣の灯した蒼光が目一杯周囲を照らし出す。

 

『待たせたわね……此処からが本当の勝負よ』

 

『ーーーーーー行くぜ』

 

雨曝しの舞台の上で、激しく燃える松明の様に揺らめく青い光の剣を手に、私は身構える魔法使いへ向かって全力で駆けた。あいつは上空から手にした八角形の道具に魔力を込めて、私の進行を阻む星型の弾幕を無数に打ち出す。

 

『無駄よッ! もう貴女の魔法は通じないッッ!!』

 

声を張り上げ、迫る星弾を連続で斬りつける。弾幕に刃が通る手応えより前に、全く同じ気質を纏った剣は弾幕に触れただけで両断し霧散させる。

 

『チィッ!? 違う属性なら…っ!!』

 

『同じ事よ。あんたの気質が変わらない限り、どんな属性だろうが意味なんて無い…生きとし生ける者は生まれながらに持ち得る気質というものが決まってる。あんたが魂ごと別の存在にでもなるって言うなら話は別だけど!』

 

剣の揺らぎは強く、広く、より鋭くなって自身の射程を徐々に伸ばして行く。間髪入れず展開される星型の弾丸を斬る毎に刀身は揺らぎに伴って大きくなるばかりだ。同じ気質の存在に触れる度、詰まりは魔理沙という人間が魔法を撃てば撃つ程、弾幕を断ち切る緋想の剣は威力も範囲も際限なく上昇させる。

 

『悪食な剣だな!! 私の弾幕を切った分だけデカくなりやがる!!』

 

『デカイだけじゃなくて、破壊力も折り紙つきだから覚悟しなさい!!』

 

『ほうほう、天子さんの口から明確に闘志が伝わって参りますね…緋想の剣はこれまでに黄砂の様な黄色または赤い光を宿しているのを我々も確認しております。しかし、現在その刀身に帯びるのは蒼白の光…これもまた気質を読み取ったが故でしょうか?』

 

『恐らく…天子と緋想の剣は戦う相手の気質を纏うだけで無く効力を増幅、減退させる事も可能なのだろう。美鈴戦の時を思い返せば、受けた攻撃または剣が斬ったモノの気質を調整し己の力に変えているといった所か』

 

『あの剣は天界に伝わる特殊な製法で鍛造された代物。そういう武具や道具は不思議なことに使い手を自ら選び、相応しい者にのみ十全な機能を発揮するのですわ。どういった経緯で不良と目された天子がアレを手にしたかは知らないけれど、確かに奥の手と言うだけあります』

 

解説どーも。この場に居る誰もが緋想の剣の持つ特異さを興味深げに見ている…見せていると言っても良い。しかしそうでもしないと、半端な対応をされて大怪我されたら流石の私も困るから声高に喋っているんだ。お陰で魔理沙の表情はこれまでの攻防から飄々とした表情を潜め、強張った視線と真一文字の口角が見事な仏頂面を形成している。

 

『おいおい、舞台の端から端まで届くくらい大きくなりやがって…洒落にしても笑えないぜ』

 

『ソレを楽々避けてるあんたも笑えないわよ? 距離を測って攻めようにも、弾幕が効かないんじゃ仕方ないんだろうけどさ』

 

試合が始まってから暫くして、霧雨の気質を帯びて増幅された力が刀身を変貌させた。伸びたリーチと攻撃力を活かして何度か斬りかかったものの、魔理沙には掠りもしない。天候を維持し続ける間は私が有利だけど…一度使えば妖力も時間経過で消費されるから余裕なんて無い。

 

『お前も段々苦しくなって来たみたいだな? パワーは大したもんだが、スピードが落ちてるぜ?』

 

『…そうね。あんたには力比べの方が有利かなと思ったけど、それだけじゃ足りなかったって事か。ならーーーー』

 

陽炎に似て揺らめく剣が、雨粒を反射して一際輝きを増す。注げるだけの妖力を込めて、魔理沙に向かって大上段に構える。

 

『もうまどろっこしいのは無しよ…!! この一振りに、全身全霊を懸けるッッ!!』

 

空は雲を散り散りに、雨粒は光の粒子に変わり剣へと集約された。空気を震わせる波動を漏れ出させながら、青かった筈の光は再び朱の色に、火柱の如く燃え盛る私の気概を映し出した緋想の剣が完成する。

 

『はは…! 良いぜ、来いよ!! 私も全力で応えてやるッッ!!』

 

私は大上段から振り被り、魔理沙は手にした八角形の道具に有りっ丈の魔力を込め始めた。しとしとと、降り止まぬ雨が互いの繰り出さんとする力の余波に掻き消され…数瞬の後。

 

『魔砲ーーーーーーッッ!!!』

 

『おおおおおおおおおおおおお…ッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《ファイナルマスタースパーク》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

『ーーーーーー《全人類の緋想天》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『弾幕、は…!! パワーだぜぇぇぇえええええッッ!!!』

 

『負ける、もんか…!! 堕ちろぉぉおおおおおおッッ!!!』

 

解放された破壊の波は全くの同時だった。

山吹色の極大の閃光と、朱と赤を混ぜ合わせた燃ゆる津波がぶつかり合う。絶えず激突する力と力、それ等の生じさせる衝撃と風が雨を巻き上げ、境内に集まる皆の視線を釘付けにして離さない。

 

『素晴らしい真っ向勝負です!! 小細工なし! 遠慮なし! 後先の考えもまるでなしの正真正銘最後の拮抗ッッ!! この撃ち合いを制した何方かが、此度の催しの優勝者であると確信しております!! どっちも頑張れぇぇぇえええッッ!!』

 

『いけーーー! 魔理沙、あと少しで優勝よーーー!!』

 

『総領娘様!! 頑張って下さい!! 優勝は目の前ですよ!!』

 

『魔理沙も天子もやるじゃない…フフ、決勝に出なかったのは少し勿体無かったかしら?』

 

射命丸の実況にも熱が入り、各々が十人十色の歓声を二人に送っていた。闇夜の無聊を慰める…否、夜だからこそ一層映える二つの輝きが私達を包み込む。朱の波濤と星づく光線が、双方の衝突する極点から美しい残滓を飛散させ神社を豊かな色彩へ誘う。

 

『ぐっ…!? く…へ、へへ…!! こりゃあ勝負見えたな…!!』

 

『…っ! あんた、もう魔力が』

 

異変を感じたのは、鬩ぎ合う技の内の一方が見るからに威力を落としている事から。魔理沙は顔面に尋常では無い脂汗を浮かべ、八卦炉を翳す右手を左手で強引に支えている…加えて天子の表情が一瞬だけ曇り、魔理沙は自嘲とも取れる笑みで応えた。

 

『負けるのは悔しいけどな、敢えて言うぜ……よくやったな! 天子! お前の想いが、私のパワーを凌駕したんだ! さあ、最後の締め括りだ!! 派手に決めてくれ!!』

 

『魔理沙……ありがとう』

 

敗北を目の前に突き付けられ、尚も笑顔で対峙した友を祝福した魔理沙に、天子の目尻から雫が溢れる。誰もが終わりを予感し、事実その通り…勝利を確信した少女の裂帛の気合いが響き渡った。

 

『はぁぁぁあああああああーーーーーーッッ!!!』

 

朱色の光が、天子の雄叫びに呼応して勢いを強めた。抵抗らしい抵抗も起こらず…人間である魔法使いの、魔力切れによって拮抗が崩れていく。曙に似た光の粒が境内を満たし景色さえ塗り潰して数秒後…観客を含めた全員が、舞台の外側で意識を失う魔理沙を見届けた。

 

『試合終了!! 勝者、比名那居天子!!』

 

『はぁ…はぁ…か、勝った…!!』

 

藍の幕引きが静かに木霊し、息も絶え絶えの天子が静かに拳を掲げる。次第に何処からともなく拍手が一つ、二つと上がって行き…勝ち残った天人の少女に惜しみない喝采が届いた。

 

『やったか! いやあ、今となっては予想外過ぎる結末だったが、兎に角おめでとう!!』

 

『まさか新入りが優勝を掻っ攫っていくとはな…見事な戦いぶりだったぞ!!』

 

『おめでとうございます! おめでとうございます!』

 

ある者は賞賛と祝杯を、またある者は傷付き倒れた魔理沙の介抱を、そして司会進行を務める射命丸の言葉が境内の高まり切った空気を更に盛り上げる。

 

『素晴らしい! 賢しい言葉も出ないほどに文句の付けようも無い名勝負! 力と技、知恵と勇気が織り成した催しを勝ち抜いたのは、比名那居天子さんでした!! 私も精一杯の拍手でお祝いしたいと存じます!! 』

 

『魔理沙も良く戦いましたわ。非才なる己を認め、日々精進を積み重ねた彼女の直向きさ、培った経験と技術…どれを取っても天晴れです』

 

『命運を分けたのは、恐らく要石を打ち破る際に使用した技の負担が大きかった事だ。魔力があと僅かばかり残っていれば…天子も危うかっただろう』

 

皆の歓声と我々の感想が一頻り終わると、天子は晴れやかな表情で控えの方へと歩いて行く。近しい友に讃えられ、好敵手達と握手を交わす姿に、私も微笑ましさの絶えぬ想いだ。

 

『む……』

 

『コウ様? どうされましたの?』

 

『いや、何でも無い…少し席を外しても構わないか? 厠へ行きたいのだが』

 

『あ! そ、それでしたら母屋の方に…ごゆっくりどうぞ』

 

『さあさあ!! 催しに参加された皆様は舞台に整列してください! 三位以上の方には件の日程割り振りとちょっとした景品もご用意してますよー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

暫し母屋まで歩いて、喧騒から離れた距離で建物の陰に隠れた。大事という程では無いにしろ…緩やかに重く鋭くなる痛みが緊張の解れと共に表出する。

 

『グ…ク、ハハハ……我慢のし過ぎは身体に毒というのは、我も例外では無いか』

 

ーーーーーーこの痛みもまた、楽園に在る幸福を前には霞んでしまう。然し乍ら…内に燻る火種が私の張り付けた仮面を崩しかけているのも、皮肉と云う他無い。

 

『もう…半年近くになる』

 

幻想郷に降り立って、それだけの期間を殆ど人型で過ごした。春雪異変の折に一度だけ竜化したものの…本来の姿と力の総量を考えればおいそれとは戻れない。蓋をした瓶の中で無尽蔵に湧き出す水を押さえ付けているに等しい…近々、また何処かで人型を解かねばならなくなる。

 

『痛みすら、我が糧となる…だのに溢れる魔力だけは吐き出さねば減らんとは』

 

負の総体として生まれ落ちて、素性を偽って過ごすのはこれが初めての事。世界の何処に居ても、遍く宇宙で増え続ける負を吸い上げ、生き長らえる性質の何たる不出来な姿か。紫の進言で紅霧異変を経て少しずつ気配と共に負を流出させてはいた…が、大海から一尺分の量を汲み上げているだけでは限界も有る。

 

『幸い、存在の規模が違う故に未だ誰にも気付かれてはいない』

 

『気付いてるわよ、あほんだら』

 

『……霊夢か、如何した?』

 

痛みが激しく、霊夢が意図的に潜めていた気配も一瞬だけ感知出来ずにいた。此処は一先ず誤魔化しておくとしよう。

 

『どうしたじゃないわよ…あんた、どっか悪いの?』

 

『いや、頗る健常だ。力が有り余っているのだから…私もまだまだ若いのかも知れん』

 

『馬鹿たれ…無理して人化を維持するからそうなるのよ。力が弱かったり妖力の切れた妖怪が元の姿に戻るのと違って、あんたは人間大のカタチに無理やり押し込めてんのに』

 

博麗の巫女は伊達では無い…か。同じ魔に属する者ならば気取られ無い機微も、退治する立場の人故に違和感を感じたのだな。

 

『予め皆に言い含めておけば、あんたが竜に戻っても誰も咎めないでしょ? そこまでして何で我慢するのよ?』

 

『私とて…我が身を顧みずに焦がれてしまうモノが有る』

 

楽園に住まうヒトの温もり、心の光、此処で過ごして様々な人妖の輝きを見てきた。私には過ぎた宝だと分かっていても…一度知ってしまえば片時も離れたく無いと願ってしまう。君達の存在が嘗て孤独であったこの心をどれ程癒し、満たしてくれたか。

 

『体より心ってわけね…でも、近いうちに力を使いなさい。勝手に居なくなるなんて許さないから』

 

『ああ…世話を掛けるな』

 

不機嫌そうに鼻を鳴らし、霊夢は背を向けて去って行った。騙し騙し過ごすのも潮時だ…今の私は、霊夢にはさぞ不恰好で滑稽に映ったやも知れない。あと数日の間に、何かしら力を使う理由でも出来れば良いが。

 

『辿り着いた最後の楽園…その行く末を、一秒とて見逃したくは無い』

 

戻ろう…今は催しに臨んだ皆を言祝いでやりたい。どうせ宴会に縺れ込む事は容易に想像が付くので、祝いの席で一人だけ留守にするのも気が引ける。

 

『紫や主だった者には、早めに伝えておくか…』

 

緩やかに踵を返し、喧騒の中へと再び向かい始める。身体を蝕む痛みは晴れず、踏み出す度に身体を支えるのも億劫な程の目眩を感じさせる。構うものか…何れはまた何処かで異変が起こるだろう。その時迄に、ある程度の了承を得ておけば良い。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『あそびに、来てください…古明地こいし……できた!』

 

『こいし? 一体何を書いているの?』

 

『あ! お姉ちゃん! んっとね…これ!』

 

私の部屋に来ていきなり羽付きの筆を手に取ったかと思えば、妹のこいしは熱心に羊皮紙に文字を書きなぐっていた。姉の問い掛けに無邪気に笑う妹に若干の呆れと微笑ましさを覚えて、差し出された紙に書かれた内容を目で追って行く。

 

『招待状…? この地霊殿に誰かを呼びたいの?』

 

『うん! 私たちが気兼ねなく遊ぶなら地上よりこっちに呼んだ方がいいかなって』

 

こいしが出先で出逢い、帽子に宿った気配の主を我が家へ招きたいという。しかし、地底と地上で相互に連絡を取り合うには時折帰ってくる酔っ払いの鬼や定期的に現れる彼女を待たねばならない…そんな事情などこいしは一顧だにせず、お呼ばれして場所へ行った序でにコレを渡すつもりらしい。

 

『明日行った時に渡すんだ! ねえねえ、これでウチに来てくれるかな?』

 

『そうね…誠意をもってお渡しすれば、きっと』

 

果たして、地上に住む者が地底の妖怪から招待されて易々と来てくれるものだろうか…名目上は相互不可侵、不干渉の掟を以って長い時を経た地上と地底、この《旧地獄跡》にイレギュラーな訪問者が来る兆しが生まれたのはいつぶりだっただろう?

 

『えへへ…楽しみだなあ、早く明日にならないかなあ』

 

『そんなにそのヒトと会うのが楽しみなの?』

 

『うん! 今まで誰にも見つからなかったのに、あのヒトはずっと私の事が見えてたんだよ! 弾幕ごっこで少し遊ぼうとしたら、シュバッ! と踏み込んできてね? 私の方が全然見えなかったの!』

 

こいしの能力が通じず、且つこの子が一瞬見失ってしまう程の御仁とは。かなり力の有る妖怪みたいね…帽子に触れただけで色濃く残る闇の気配に加えて、身体能力、探知能力も秀でているなんてどんな種族なのかしら。

 

『それにね! 眼の色がとっても綺麗だったんだ! 鈍色の光が宿ってて、銀色かな? 綺麗過ぎて吸い込まれそうな』

 

『銀、いろ…?』

 

どうして、と思ってしまう。銀色の瞳、黒く暗い闇の力…妹から聞く姿形とはかけ離れている筈なのに既視感を覚える。それは突然、誰かの思考を伝って流れてきた第三者の夢の記憶…遠い世界の果て、現と夢が行き交う頂に座す竜の幻視が、今になって鮮明に蘇った。

 

『きっとあのヒト、人間の姿に化けてるんだよ! 人の皮を被ったナニカ…うーん、なんかよく分からないけどそんな感じ!』

 

『そう…凄い方なのね』

 

本日何度目かの同じ話題を繰り返す。人型に変じられる、得体の知れない存在だと妹は嬉々として語り…私はそれを同じ受け答えで流し聞く。だが不思議なことに、何度聞いても、夢の中で邂逅した《アレ》とこいしの言う《あのヒト》とやらが不気味なくらいに重なって聴こえる。この話題が振られて三度目には予感が疑念に変わり、四度目からは疑念が根拠の無い確信めいた物になっていった。もし私の垣間見た夢が只の偶然で無く、いつか関わる事柄を示唆する予兆の様な現象だったとしたら…なんてロマンティックな妄想が捗る。

 

『こいし』

 

『なあに?』

 

『私もそのヒトに興味が出てきたわ…申し訳ないのだけど、手紙に書き加えて欲しいことがあるの』

 

私の頼みに、妹はパッと表情を明るくして二度三度と頷いた。実際に会ってみないとどんな人物か判断しかねるけど、久し振りに鎌首をもたげた好奇心を抑えられない。その手紙を、誰かに届けて貰うとしよう。

 

『さとりさまー! 失礼しまーす!』

 

姉妹の団欒に分け入るいつもの声に、私は一言どうぞとだけ返して声の主を待つ。勢い良く開け放たれた扉の先から、妙に明るい調子の可愛いペットが現れた。

 

『お燐、今日はとても機嫌が良さそうね?』

 

『はい! 仕事は快調ですし、夕方には帰ってこれるなんて最近はありませんでしたから!』

 

それは良かった。尤も私には彼女が館に帰ってきた時からお燐の思考が丸聞こえだったわけで、本人も私が気づいていつつも反応した事から更に機嫌を良くしていた。

 

『それでですね、ちょっと下町の方に買い物に行っていたんですけど…地上の人里の方まで行かないと手に入らないものが有りまして』

 

『ああ…この前こいしが持って帰ってきたブラシのこと? ふふ、余程気に入ったのね』

 

『それはもう! で、さとり様…』

 

『良いわよ。但し人里に入るまでは猫の姿で行きなさい? 人型のまま地底から這い出て、もし見つかると問題になるから』

 

薄く笑ってお燐…《火焔猫 燐》に言い含めると、彼女は小躍りしながら礼を告げてくる。素直で裏表の無い、緩やかな思考の波はとても心地よい……それにしても、地上ね。

 

『行くのは良いけれど、ついでにお使いを頼まれてくれない?』

 

『勿論ですよ! 何をすれば良いんですか?』

 

『こいし』

 

『うん! はい、コレ!』

 

軽快な足取りでお燐に近寄ったこいしは、新たに内容を書き加えられた羊皮紙を丸めて差し出した。渡された物を繁々と見詰めて、私のペット一号は問いかけてくる。

 

『手紙…というか書状ですか? どちらに?』

 

『これを、地上のとある屋敷へ投函して頂戴』

 

こいしから聞いた話によれば、彼の御仁が暮らす屋敷は地底の入り口と人里の中間に位置しているらしい。簡潔に場所を教えると、お燐は即座に地霊殿から飛び出して行った…小気味好いステップまで踏んでいるのもまた可愛い。

 

『お姉ちゃん、楽しそうだね?』

 

『ええ…日常に起きる変化とは、良くも悪くも刺激を与えてくれる。程々が一番だけどね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回は緋想天編の後日談と、地霊殿編の冒頭を予定しております。本当にだらだらと進んでいますので、次回も気長に待ってやって頂けると幸いです。

長くなりましたが最後まで読んでくださった方、誠にありがとうございます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。