彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
不定期更新が板に付いて(悪い意味で)きました…書きたいことを纏めたり伸ばしたり捏ねたりするとどうしても速度が遅れてしまいますね。

この物語は稚拙な文章、少年漫画的ご都合展開、場面転換の多さ、厨二マインド全開でお送りいたします。
それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第六章 捌 少女の憧憬

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあああああああッッ!!』

 

『フン…どうした、御自慢の剣もその程度か?』

 

レミリア嬢と天子の試合が始まってから、既に半時の時間が経過している。夕刻の陽が落ち出す頃…緋色の剣閃と赤色の魔爪が交差を繰り返す事七度目。互いに致命傷こそ負っていないが、頑強さが持ち味の天子と吸血鬼の再生力を有するレミリア嬢では相性の問題は拭えない。時に軽微な弾幕を織り交ぜながら続く中以近距離での鬩ぎ合いは、持久戦を物ともしない吸血鬼が殊更有利だ。再生能力が高い上に種として最も力の高まる夜の発生が拍車をかけ、何度か手足を斬り落とされても傷を負った先から瞬く間に四肢を復元する。

 

『蜥蜴の尻尾みたいに次から次へと…!!』

 

『ならば夜を晴らしてみるが良い! その間に場外へ放り出してやるぞ?』

 

『分かってるから出来ないのよ!!』

 

加えてもう一つ、天子にとって芳しくない要素が有る。戦っている速度域の差だ…決して鈍重ではない筈の天子の挙動一つに対し、レミリア嬢はその間に三度まで蹴りや手刀を用いて追撃して来る。天子は二撃目迄を何とか捌き、返す刀を三撃目に合わせて致命打を与える戦術を取っているが…剣閃の一打が徒手に優る有利を再生能力と手数で帳消しにされている。

 

『闇夜の中で相手の動きを眼で追うには、舞台の四方を囲む薄い灯りだけが頼りだ。立ち位置が目まぐるしく変わる近接に於いて、薄暗がりから伸びて来る爪はさぞ受け辛い事だろう』

 

『天子の反応速度は悪くは有りませんが、頑丈さを武器にする闘法だけにダメージの蓄積も多いでしょう。最小限の労力で迎えようにも相手は一段上の速さ…攻撃は空を切りこそしないものの、活路を開くには当たりが弱い』

 

『現状を打破するには何かしらの対策、しかもレミリアさんが真面に受けざるを得ないカウンターを仕掛けられるかが肝要と言う事ですね!? ここに来てお二人から詳しい解説を頂けると私も胸を撫で下ろす思いです!!』

 

言われてみれば二回戦の試合では解説を殆どしていなかったな。皆の創意工夫を妄りに語るのは気が引けていたのは勿論の事、見入っていたのも有る。

 

『動きが鈍っているぞ? その程度では有るまい、私を殺す気で打ち込んでみろ!!』

 

『勝手な事を…どこぞの蝙蝠が息継ぎも無しで動き回るから、当てにくいったらありゃしない!!』

 

だが、天子も良く喰らい付いている。徹底した待ちの姿勢を強いられる故に己の取るべき行動が明確な為か、舌戦の中でも戦いの緩急を乱さないのは見事だ。

 

『そういえばレミリアさんが何故日暮れ前に夜を顕現出来たのか、お恥ずかしながら私射命丸には分からないのですが…これはいったい?』

 

『その答えはレミリア嬢の魔力と吸血鬼の性質である霧に関係している。今日の昼頃から曇天の日和に変わったからこそ空の隙間を埋める形で霧を生み出し、太陽光を博麗神社周辺に限定して遮断出来たのだ』

 

『紅魔の主が生み出す霧は魔力によって生成され、濃密な霧と淀んだ雲行きという限られた条件が整った今だからこそ全力を振るえているのですわ』

 

どの場面を想定して仕出かす積もりだったかは計れない。試合前に彼女が呟いた正念場というのが到来した為に、今の状況を作れたとも言える。何処までが計算で何処からが博打だったのか…知り得るのは最早レミリア嬢だけだ。

 

『成る程…僅か齢五百余にしてこの所業とは、いやはや紅魔の吸血鬼は予想より遥かに才気豊かなのですねぇ』

 

果たして、そう上手く行ったモノだろうか?

地の利は五分…天の利を失えばレミリア嬢とて天子を押し切るのは難しいと私は考える。事実試合が始まってから優勢な筈の彼女は…未だに天子に致命傷を齎せないでいる。素性の知れぬ天子を敢えて試しているのか、それとも。

 

『我慢強さだけは認めよう…だが、いつまで隠していられる?』

 

『どういう…意味よ!』

 

鍔迫り合う様に爪と剣が押し付けられ、舞台の中心から滞空したままの両者が言葉を交わす。一時間以上もの間、両者一歩も退かず戦況を維持したのは奇跡に近い。

 

『己を語らず、真を告げず、異質な気配とその剣だけがお前の全てで有るが如き戦いぶり。正直に言えば焦れて来た所だ…』

 

『あんたに、関係有るのかしら?』

 

『有るさ…大いに有るとも!! お前は敵か? 又は我等と共に歩むべく現れた新鋭か!? 仮に私を敗ったとしても、それだけでは足りない!! 己の証を立て、他者に認めさせるという事は、自分の立場と生き様を示す事から始まるのだからなッッ!!!』

 

爪が一際硬質さを帯びて、剣を掻き毟る仕草から火花が舞い上がる。空中での戦闘の最中、刹那とはいえ態勢を崩した天子の胸倉に吸血鬼の蹴りが突き刺さった。

 

『がっ…!?』

 

『三度は言わない、お前の正念場は此処だ!! 言ってみろ! 聞かせてみろ! 貴様は一体何者だ!? 何をしにきた!? 比名那居天子ーーーーッッ!!!』

 

今日の催しが行われてから、初めてレミリア嬢が感情のままに言葉を吐き出す。汝は誰ぞ…素性も知れぬ寄る辺無き訪問者は、辛辣な問いを受けても戦意を失わない。舞台端で蹲る身体を震わせて…数秒の後に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 比名那居 天子 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『うっ…くっ…!』

 

剣を杖代わりに、笑う膝を無理やり支えて身を起こした。さっきのはかなり効いた…いやそんな話より、アイツの言葉が朦朧とした意識を逆にハッキリさせた。正念場だと奴は言う…自分を曝け出せない奴に居場所も、寄り添うヒトも在りはしないと。だったらーーーーーーだったら!!

 

『わた…しは、私はーーーー』

 

今しかない。この機を逃せば、私は自分の願いに向かって行けなくなる…退けば自分の想いを踏み躙る事になる。それだけは嫌だ! 叫べ! 叫べ!! 私は!!

 

『私は、比名那居天子!! いと高き天に在わす那居の守り人、総領の血を引く天人だッッ!!』

 

怒号の前に、周囲の人妖の一部が凍り付いた。駆け出した脚は縺れそうになりながら、それでも私の心は堰を切ったように溢れて行く。黙られたって引かれたって構わない…剣を振り翳し、示さなきゃならない!! あの遠回しでお節介な蝙蝠に、私の全てを語って聞かせてやる!!

 

『誇りを失い、嘗て友と呼んだ地上の者達と交わした約束さえ捨てて、唯々諾々と生を浪費する彼奴等から、尚も不良と謗られた半端者。それが私だッッ!!』

 

『では何とする? 存在を疎まれ、同胞からも見限られたお前は如何なる想いで地上へ降りた?』

 

疾駆する身体は、宿した速度に見合わぬ鈍重な感覚を覚えさせる。知ったことか! 走って走って、歯を食い縛って剣を振るい、奴はソレを嬉々として受け止めた。もう隠さなくて良い…そう言いたげな顔で、目の前の悪魔は瞳を微かに潤ませる。血が滲み出る右手を厭いもせずに、奴は私から色々なモノを吐き出させた。

 

『諦めたくないのよ! 地上との繋がりを失いたくない…ずっとずっと、皆の事を空から見てた…! 楽しそうに過ごしてる皆を…ずっと!! だからーーーー!!』

 

レミリアの右手を振り払い、天に高々と剣を掲げる。此処に集まった全てのヒト達に…私の色褪せぬ想いを全力で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

『私は、地上のみんなと友達になりに来たんだ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

粗方言い終わって、再び境内に静寂が訪れた。何も、聞こえない…そうだよね。天人だもの、幻想郷では例外なく嫌われ者の集まりだ。衣玖…やっぱり、無理だったよ…今更天人と友達になんてムシの良い話…有るわけ無かったんだ。

 

『………』

 

『ちょっと!! あんたなに下向いてるのよ!? 顔をあげなさい!!』

 

『…え?』

 

『バカヤロー! 私はお前が其処のクソ生意気な吸血鬼を倒すのに賭けてんだ!! まだ勝負はついてねえぞ!!』

 

『そうよ! 天人だか何だか知らないけど、アンタが負けたら応援してる方はたまったもんじゃないんだから!』

 

応援? 周りの奴らが次々と私に話しかけてくる…訳わかんない。どうして、催しが始まってから口も訊いてないのが殆どなのに…狼狽えている所でふと視線を正面に向けると、レミリアがくつくつと嫌らしい笑みで此方を見ている。

 

『催しなのだから、参加する奴が多いに越した事ないだろう? お前が気に入らなかったら、此処に来た時に全員でさっさと追い返しているさ。それを、クックッ…! 友達に、ハハハハハ!! 改まってなにを言うかと思えば、フククク、アッハッハッハッハッ!!』

 

『な、なによ!? なにがおかしいってのよ!? わ、私は真剣にーーーー!!』

 

『比名那居天子』

 

『え、な、何なのよ急に真顔で…こ、怖いからやめてよ』

 

獣じみた鋭い犬歯を光らせて笑っていた吸血鬼が、はたと我に返った様に神妙な表情で私を呼んだ。

 

『貴女が悪い奴で無い事くらい、最初の試合に出た後から此処にいる皆が分かっていたよ。咲夜の時も、美鈴の時も…必死になって剣の威力を抑えていただろう? 相手の気質と同化し、弱点を突けるという特性を備えたその剣は、謂わば敵にとっては致死毒に等しい。気質を見誤らぬ様にと注意を払い、態々相手に剣の特性を語って聞かせ、警戒させてから斬り掛かって行った。そんなフェアプレー精神の塊みたいな貴女を…快く迎えない者などこの場には誰一人として居ないのよ』

 

『だって…景品とかは良く分かんなかったけど、楽しそうだったし。誰でも出られる催しだって書いてあったから、戦うって言っても大怪我とかさせたら悪いじゃない…』

 

『まったく何処まで良い子ちゃんなのよ貴女は…本当に不良のレッテルを貼られてたの? 幽香と萃香の試合なんてダメダメの落第点よ、舞台は壊すし勝ち上がりなのに引き分けて欠員出すし』

 

『ちょっと? 萃香は兎も角私にまで駄目出しなんて良い度胸ね?』

 

『おいゴラァ! 同じ鬼に分類されるからって調子乗ってるとぶっ飛ばすぞぉ!?』

 

煽るだけ周囲を煽り倒して、レミリアは先程の鬼気迫る雰囲気から余裕の態度に戻っていた。何だか、私がお子様扱いされてるみたいで凄くモヤモヤする…。

 

『なるほど! いつ天子さんが本気を出すかと思って見てたのに一向に出さないから不思議に思ってました! 相手に配慮して戦うなんて尊敬です!』

 

『うちの早苗の人を見る目は確かだ、早苗が言うなら間違いは無い! 誇って良いぞ天人!』

 

『神奈子、今の発言かなり親バカっていうかバカっぽいからやめな? 私まで恥ずかしくなるから』

 

私の万感の思いを込めた独白は、周囲からの温かい談笑になって返って来た。衣玖の方を見ると…とても満足げに口元を綻ばせて帽子の笠で目元を隠している。もしかして衣玖、泣いてるの? やめてよ…私まで、この空気が自分を中心に作られてるって考えたら、嬉しくて貰い泣きしそうになる。

 

『さて…この場には、貴女と友達になりたい連中は巨万といる。斯く言う私も噂で聞いているだけで天人やら天界やらの事情は、実はよく知らないからそっちの事情はどうでも良いの』

 

レミリアはふわりと宙へまた飛び立ち、夜になった空から得体の知れない霧みたいなモノを自分の体へと収束させていく。程なくして、この試合で私を悩ませていた日暮れ前の夜が終わりを告げた。一刻ほど経って漸く開け放たれた曇天の空は、いつの間にか沈み切る前の夕陽が辺りを染め上げる夕空に変わっている。新しい居場所が欲しくて、仲間が欲しくて色々試して来たけど…勇気を出してこの場で本音を言ったのは正解だったんだ。

 

『吸血鬼なのに、夕陽は平気なの?』

 

『心配無用だ。景色は正しく黄昏時だが、直接私に光が届かなければ問題は無い…さて、そろそろ幕引きと行こう』

 

緩やかな羽搏きで空に浮かぶ蝙蝠は、両手に灯した赤々とした妖力を見せて私に問いかける。

 

『弾幕ごっこは、幻想郷に於ける正式な決闘方法だ。決闘に及ぶお互いがそれぞれスペルカードを宣言し、先にクリーンヒットした方が負けという単純なルール…貴女が私達と友誼を結びたいというのなら、この言葉の意味は分かるでしょう?』

 

宙を漂う彼女は、近距離で戦っていた時とは口調から気配まで何もかもが違った。私を焚き付け、責め立てていた姿から…私に同意を求め、諭す様な、優しさを窺わせる。レミリアの言わんとする事が分からないほど、私は鈍感な積りは無い。

 

『うん…いい加減終わりにしないといけないもんね。分かった…アンタの言う弾幕ごっこってやつに、私も付き合ってあげる』

 

不思議な感覚…美鈴の時のピリピリした空気とか、十六夜って人と試合した時の張り詰めた感じとも違う。適当で、軽やかで…とても、気分が良い。

 

『征くぞーーーー神槍ーーーー』

 

『行くわよーーーー気符ーーーー』

 

身体から迸る魔力、妖力の色は共に赤…朱色がかった風の様な揺れを伴う赤と、紅色の津波に似た赤が私達を表し、お互いの右手に納められる槍と剣の放つ波濤が同時に鋒を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《スピアザグングニル》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

『ーーーーーー《天啓気象の剣》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲の気質を集めた剣から撃ち出される波動は、投擲された六尺にも及ぶ長大な真紅の槍と激突した。朱い、赤い、紅い気質の残滓を止めどない花弁の様に散らして行く私とあいつの弾幕ごっこは…霧と風と熱波の果てに、優しくてお節介な吸血鬼を場外へと押し出すに至る。

 

『世話の焼ける新入りさん…ここは一先ず、貴女に勝ちを譲ってあげる』

 

『バーカ…何から何まで、本当にまどろっこしい蝙蝠ねーーーーーーありがとね』

 

『クックックッ…勝者が敗者に礼を言うか。いや、これも一つの友誼のカタチか』

 

吹き飛んで行く彼女との掛け合いも終わって、大の字に仰向けに倒れたレミリアが薄く笑ったのを見届けると…太鼓を鳴らすけたたましい音が木霊する。

 

『レミリア選手、場外! よって勝者ーーーー比名那居天子!!』

 

『決まったぁぁぁぁぁ!! 此処まで着実に勝ち進んで来た紅魔の主が遂に陥落!! 真っ向勝負を制したのは、誰あろう飛び入りで参加した天子選手です!! 拳と拳で、否剣と槍でぶつかり合った名勝負! 友達作りに精を出す健気な天人が、決勝戦へと駒を進めましたぁっっ!!』

 

あの天狗、射命丸だっけ…喧嘩売ってるのかしら!?

人が赤裸々な思いを語ったというのにすぐさまネタとしてかましてくるなんてとんでもないやつだ!?

 

『こんのボケェェェ!! 人情ってもんが分からないのかアホ天狗!! 茶化す暇があったら解説に繋げろやぁ!!』

 

『はいはいそうですよ、どうせ私はボケでアホですよ…で? 解説のお二人から何かご感想はありますかぁ?』

 

射命丸って妖怪…もう完璧に不貞腐れてるじゃないの。全く同情する気になれないのが逆にすごいわ。進行を丸投げされた黒髪の男性と、私に催しを勧めて来た八雲紫が順々に語り出す。

 

『友となる為に此処へ来た、か…ならば私も、天より舞い降りた少女と是非懇意にしたいものだ。取り分け最後の撃ち合いは素晴らしかった…不満など欠片も無い』

 

『一応レミリアのお膳立てが有ったとはいえ…不器用な天人崩れが素直に理由を話したのは予想外でしたわ。ちょっと若さと勢いに任せた独白でしたけれど、見ている方としては充分に楽しめました』

 

八雲紫の引っかかる物言いに私は不満だらけなのだけど。男友達か…へへ、ちょっと憧れてたのよね。バカ話に興じつつお茶飲んだりとか凄く楽しそうじゃない? 異性の友達を作るのも目標の一つだから願ったり叶ったりね。

 

『天子よ』

 

『レミリア…ちゃん?』

 

『ちゃん付けは止せ、レミリアで良い。それはそれとして…天子が挑発に乗ってくれたお陰で、皆は貴女を歓迎するそうよ? これで貴女が催しに出た理由は達成された訳だけど、どうするの?』

 

大してダメージが残っている風も無く、レミリアはのそりと立って此方に話し掛けてきた。戦った後に全く後腐れが無いのも、地上のヒト達特有の持ち味だろうか…それはさて置き、認めて貰えた私はさっきから別の欲望がむくむくと湧いてきていたのだった。

 

『当然、決勝も出るわよ! みんなが応援してくれてるって分かったから、途中で止めるなんて考えられない!』

 

『フフ…そうか。では私も、お前が寂しくて泣きべそかかない様に見守ってやろう』

 

誰が泣きべそなんかかくか! さっきちょっと泣きそうだったけどそうじゃなくて! ひと言余計なのも大概にしなさいよコイツ! まあでも…見守ってるなんて、悪い気はしない。努めて涼しげな笑みで返して舞台を降りる。私を一番最初から見守ってくれていた親友の方へ走って行き、今できる最高の笑顔で声をかけた。

 

『衣玖! 次も頑張るから、応援頼んだわよ!!』

 

『総領娘様……はい! 私がたくさん応援いたしますから、どうか優勝なさって下さいませ!』

 

空は黄昏時の光を湛えて、僅かに翳りを作る霧と雲の隙間から美しい煌めきを降り注がせる。涙で腫れて赤らんだ目元と、艶やかな顔だちから生まれる衣玖の微笑みが、私には何よりのエールに感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紫』

 

『はいコウ様、なんでしょうか?』

 

隣で静かに茶を啜る彼女に、柔和な笑みで返答される。天人と呼ばれる者共が、幻想郷の地上で暮らす紫達にとって嫌悪の対象である事はいつかの宴会で耳にした。此度の催しで天子が参加し、本人がよもや天人だったなどと…斯様な偶然が有る訳も無い。恐らく紫に端を発する思惑を、各陣営に根回しを済ませた上でのレミリア嬢との一戦だった筈だ。その為には幻想郷の顔とも言える人物を何人か催しに出させる必要があり、試合の結果は兎も角として霊夢、紫、レミリア嬢が障害役として参加したのだろう。となれば誰か一人が天子と当たるまで勝ち抜けば事足りる…裏でどんな経緯が有ったのかは分からないが、天子の視線が幾度か紫を捉えて狼狽していたのは見抜いていた。核心を突くには今を置いて他に無いと考えて、妖怪の賢者に問いを投げる。

 

『上手く行って何よりだ…私は君の思慮深さには度々驚かされる』

 

『本音を言いますと、流れに任せるつもりでいましたの。紅魔の吸血鬼さんが快調でしたから…彼女が残っていれば問題は無いと。その通りになって安心しました』

 

『君と霊夢が退いたのは、八百長の類では無いと分かっている』

 

『イカサマをしては、催しの本筋を損なう恐れがありますから…私だけで試す算段だったなら、最初のくじ引きで操作していました』

 

要はものの序でだったと。しかし不確定要素の多い個性的な参加者が集まる中で、だからこそ選ばれた三者が敗退する可能性も捨て切れなかった。それを無視してまで他の伸び代が有る娘等の成長も促したのだから、流石は楽園の管理者と言う他ない。

 

『尤も…私達が余計な真似をせずとも、地上の者達は天子が現れた時から彼女を受け入れていた。骨折り損とは申しませんが、初めから杞憂だったという事ですわね』

 

『如何だろうな…主催した君達の努力が有ったからこそ、恙無く収められたと私は思う』

 

『うふふ…コウ様にそう仰って頂けると鼻が高いです』

 

無邪気な少女の様に笑う賢者は、初めて出逢った時から何も変わらない。情に篤く、時折打算的でも最良の結果を求めて奔走する…君がそんな人柄だったからこそ、私は今も此処に居られるのだ。

 

『良くやったな、紫』

 

『そ、そうですか? 私頑張りましたか? でしたらずっと撫でて貰って構いません事よ?』

 

私も薄く微笑んで、彼女の美しい髪が蓄えられた頭を優しく撫で付けた。心地好さげに目を細める紫は、恥ずかしさもあって頬を紅潮させている。

 

『『『良いなぁ…』』』

 

『ぐぬぬ…! 私が天子と当たるまで勝ち残ったというのに、何故八雲紫ばかり…! うー!!』

 

『えー…私の横でイチャイチャと桃色の空間を形成しているお二人の所為で批難の視線が突き刺さりますが、いよいよ本日のメインイベントへ取り掛かりたいと思います!!』

 

かくして、決勝へ進んだ霧雨魔理沙と比名那居天子が最後の試合に臨むこととなったが…予想外の二名が勝ち残ったのは間違い無い。河童達の迅速な舞台修復と射命丸の円滑な進行から、宵の口になる頃には二人の出番がやって来た。

 

『東の方、霧雨魔理沙さん! そして西の方、比名那居天子さん! 準備が整いましたので、舞台へお上がり下さい!!』

 

『これで最後か…当たる奴らみんな手強くて参るぜまったく』

 

『その割には用意が良いじゃない? 懐から小瓶やら魔法式の内蔵された小物やら、貴女の試合は見てて面白かったもの』

 

『お! 良い眼してるなあ天人…いや、天子だったな。私は才能ってヤツが並も並らしくてさ? 小細工でも邪道でも取り入れて行かないと、出鱈目な連中ばっかの幻想郷じゃ張り合うのも楽じゃなくてよ』

 

魔理沙と天子の表情は、気負いの無い飄々としたものだ。互いに負ける気は毛頭無いのだろうが、程良い緊張感を除いては然したる感慨も持っていない。片や歴戦の異変解決者、片やこの催しにて心身共に出自の柵や懊悩から解放された万全の天人。何方に軍配が上がるか興味は尽きない。

 

『継続は力だぜ? 皆が天子を認めたのも、これまでにお前が一生懸命頑張ったからだ…後は目一杯楽しむ事だけ考えてりゃいい! それくらいじゃねぇと、私の相手は務まらないぜ!』

 

『自信たっぷりね…気に入ったわ! 私にも応援してくれるヒトが居るって分かったから、負けられない…負けたくない!!』

 

魔法使いは陽炎の様に蠢く魔力を立ち昇らせて、緋想の剣士は右手の愛剣を青白く輝かせて鬨の声を待った。試合の相手が変わる毎に新たな様相を見せる緋想の剣の華々しさと天子の直向きさは、魔理沙には言い知れぬ重圧となる。

 

『私との戦いは弾幕ごっこの巧さ、パワーの強さが基本だ! 手をこまねいてると直ぐに終わっちまうぜ!?』

 

『私なりの弾幕ごっこってのを見せてあげる!』

 

幾多の強敵、友との戦いを経た二人が各々最も手慣れた構えで開始の合図を待つ。これまで全ての試合で審判役を務めた藍も、感慨深さを伴った面持ちで口を開いた。

 

『これが最後か……二人とも健闘を祈る。決勝戦ーーーーーー始めッ!!』

 

魔理沙は箒の持ち手となる棒の上に両足を乗せ、絶妙な平衡感覚で空へ上がった。宙空へ飛翔する魔法使いとは対照的に、地に重心を沈めて脚腰を踏ん張る天子は引き絞った矢の如く剣先を番える。

 

『まずは両選手、相手の動きを測るようにして始まりました。決勝に勝ち残った者同士の独特の緊張感と静かな立ち上がり…これまでの試合で互いに手の内がある程度割れている故の行動でしょうか。流石の私も真面目に実況せざるを得ません』

 

『空気を読んでいて大変結構なことね…確かに、魔理沙の戦闘スタイルは弾幕ごっこをベースとした魔法の行使が最大の特徴。天子はこれまで小弾や剣から放たれる衝撃波程度の技しか使っていないから、弾幕ごっこ寄りの戦いをするなら狭い舞台の上では慎重になるのも無理は無いわね』

 

『天子も飛行するのに問題は無いが…魔理沙の弾幕の豊富さと威力、箒で移動する際の機動力を考慮すると差し込むのは難しいか。しかしーーーー』

 

天子が固有の対空技や弾幕を披露していないという判断材料が、魔理沙の頭を悩ませているのも手伝って膠着するのは避けられない。天子が躙り寄る形で魔理沙の真上を取ろうとすれば、魔理沙は即座に左右上下の距離を調節して一定の間隔を保つ。傍目から見える戦況より、見えない僅かな隙や情報が遥かに重要だ。

 

『異変解決者って呼ばれるだけあって、いざ始まると簡単には詰めさせて貰えないか…それなら』

 

青白く発光した緋想の剣に、天子が何事かを呟いた途端に瞬き始める。彼女が剣をひと薙ぎすると…身体から立ち込めた妖力が次第に形を成して、注連縄付きの岩が八つ出現した。

 

『そいつは、要石か?』

 

『先に仕掛けるから、とくと味わいなさい!!』

 

注連縄の付いた八つの巨岩が、不規則な挙動で空を自在に移動し始める。使用者である天子の思念によって要石の全てが、魔理沙を取り囲む結界じみた様相で展開される。現れた巨岩の変化に対応すべく、白黒装束の流れ星が唸りをあげて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『上等だ!! 真っ正面から突き崩すぜ!!』

 

『やれるもんならやってみなさい!! そこ等の紛い物の石ころとは、一味も二味も違うわよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 







天子ちゃん、友達100人出来るかな作戦をリアルに敢行する純粋さが何ともいじらしいキャラクターとなりました。

この物語における天界は、老獪な天人の貴族達が腐敗した社会体制を維持したまま、意味もなく続く慣習や閉鎖的な暮らしに不満を抱く天子が内側から天界を変えようとした…という背景を妄想して緋想天編は始まりました。
総領の娘ゆえ、それなりに立場のある家柄から交渉の機会こそあったものの上手くいかず、緋想天編で彼女の回想から味わった苦々しさを少しだけ感じ取れるようにしております。

補足や入れられなかった裏話で長くなりましたが、最後まで読んでくださった方、誠にありがとうございます!!

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