彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
何だかモチベーションが上がり、一気に書き上げました。出来は荒いかと思います。
この物語は気紛れな投稿ペース、勢い任せの文章構成、厨二マインド全開でお送りします。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第六章 七 正念場

♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『あちゃー、最悪の展開だぜ。天子ってのとレミリアが残っちまった…そうだよなぁ、片方は兎も角レミリアは霊夢とタメ張れる位鍛えてるってパチュリー言ってたもんな』

 

二回戦もいよいよ終わりが近づいている。異変解決組で残ったのは私と妖夢の二人だけ、なのに次の対戦カードは自動的に私達で潰し合うのが確定してやがる。決勝で霊夢と当たると思ってたのに、よもや鈴仙が勝つわその鈴仙にレミリアが勝つわ…挙げ句の果てには幽香と萃香が引き分けだぜ?

 

『どうしたの魔理沙? 大丈夫よ、私と貴女のどっちが勝っても先生に損は無いじゃない。これは催しなんだから気軽にやらなきゃ』

 

波乱万丈過ぎて笑えたのは最初だけだ。

ってーか妖夢! お前が言うなお前が! 紫と大勝負して、今は怖い物無しって感じだが…当初のスポーツマンシップじみたノリで取り組んでるのはもう私だけじゃないか!?

 

『はぁ…分かってねえな妖夢』

 

『何がよ?』

 

『あのなぁ? どっちが決勝に行こうが、レミリアと天子が先に戦う保証は無いんだぜ? 下手したら私かお前が決勝行ってもレミリア、天子を相手に二連戦する羽目になるんだよ! お分かり!?』

 

私の悪態に対して、妖夢は朗らかな顔付きに少しだけ神妙なモノを取り戻した。レミリアは能力も相まって敵の間隙を突いたりするのが矢鱈上手い…妖怪としてのスペックも一級品なのに大胆で緻密な戦術を駆使し、人妖問わず必殺の間合と攻撃を駆け引き込みで仕掛けてくる。天子は対極で正面からの防御と突破力に一家言有るらしく、美鈴と至近で鬩ぎ合って痛手こそ受けたが今はもうピンピンしてるって体だ。

 

『そうね、どっちも強敵なのは明らか。幽香さん、萃香さん、霊夢、紫様は私に託してくれたけど…優勝候補筆頭が軒並み消えて霊夢を倒した鈴仙もレミリアさんには勝てなかった。ルールの上でなんて言い訳はもう通じない、今この場に残った強いヒトが勝って、弱い奴が負けるんだよね』

 

急に饒舌になったかと思えば、そんなに思い詰めた様に捲し立てるなよ…私まで不安になるだろ? いや、事実不安だったから妖夢に話したんだけどさ。

 

『でもよ、強さに絶対なんて無いだろ? 勝つ時も有れば負ける時も有る…勝てば嬉しいし負ければ悔しい、生きてりゃ儲けだ、それだけの事さ』

 

『なによ…自分から喋ったのに励ますなんて。ふふ、でもありがとう! お礼ついでに一つだけ訂正させて』

 

『あん?』

 

妖夢は凄い誇らしげに、司会進行の連中が座る一角を指差した。視線は夢見る少女そのもの…いや少女なんだけど、熱烈な眼差しで見た先は幻想郷の出鱈目代表、コウだった。

 

『先生だけは、やっぱり底が知れないよ。週に一度は丸一日稽古を見て貰ってるけれど…まだ一回も一本取れて無いんだ。種としても強く、自分自身の鍛錬も忘れない、非の打ち所が無い生粋の武人て意味なら…師匠よりも断然先生かなって』

 

成る程な…妖夢にとって絶対の強者、尊敬と信奉に近い感情が同居する相手はコウな訳か。私はアイツが手とか足で殴ったり蹴ったりする場面しか見た事無いが、剣を教えるって事は使わずともそのノウハウをちゃんと知ってて妖夢を鍛えてるんだな。

 

『確かに…幻想郷じゃあアイツに勝てる奴は居ないのかもな。まだ全然本気出したこと無いって話だし、妖夢の目標は取り敢えずコウにライバル認定されたいってところか? 幽香とかみたいにさ』

 

『え!? そそそ、そんな自惚れ屋じゃないよ! 未だに指二本で刀身掴まれたり刃も皮一枚切れた事も一度しか無いのに』

 

物騒な話だけどそれ以上に、妖夢の剣を指二本で掴むってなんだよ!? バケモンじゃねえか!? バケモンだったわ!! 馬鹿馬鹿しくなるぜ…そりゃあコウに師事すれば強くもなるわ。取り分け武器や拳を用いて、妖力や魔力を肉体の補助や能力の制御に回して戦う前衛型の奴はコウの教えと相性が良い。

 

『私もパチュリーやフランと修行してるけどさ、確かに強くなれたぜ? でもよ、コウの持ってる強さは…私はちょっとだけ怖いんだ』

 

『怖い…でも、先生は優しいよ?』

 

そうなんだろうが、違うんだ。

アイツは人外の中では一際善良だし、話も通じる。こっちからの頼み事は殆ど断らないし、裏表が無いから楽園で関わったヤツらはみんなコウを信用してる。けどな…それを当たり前に思ってて、いざアイツが姿を消したり、アイツじゃなきゃ手に負えない様な輩が来たらどうすんだよ。そうなる前に、超えてやるのも弟子の務めだろ?

 

『教えを請うのは…いつかそのヒトを超えたいって心の何処かで思うからだ』

 

『魔理沙…』

 

師事したヒトの色んな部分に魅せられて、いつかそのヒトみたいに…そうしてそのヒトを超えて見せて認められたいから。漠然と目指した道の先人に付き従うヤツは居ないって私は思う。どんなに遠くて途轍も無い時間が掛かる分かってても…それでもと願って背中を追い掛ける、そういうモンじゃねえのかな?

 

『私は御免だ…置いて行かれたまま待つのも、自分の限界に打ちひしがれて足を止めるのも』

 

『うん…そうだね、分かるよ。私も、師匠が居なくなった時に同じ事考えた』

 

そっか…こいつも私と似た様な経緯が有るんだな。何年も一緒にいる様に錯覚してたけど、つるみ始めてまだ数ヶ月だから新発見の一つや二つ珍しく無いか。

 

『だからさ! 弟子は弟子なりに、師匠の寝首掻いてやるくらいの気持ちで付いて行った方が張り合いあるだろ! その為にはまず』

 

『あ……うん!』

 

私が翳した右拳に、妖夢は得心が行ったのか同じく右拳を差し出して来る。小突き合う拳骨と共に、私達は高らかに声を上げた。

 

『お前に勝つぜ!!』

 

『魔理沙に勝つよ!!』

 

考えてみれば、春雪異変の時に初めて妖夢と戦った時はコウの邪魔が入っちまった。あの時は異変の根っこが取り除かれてたみたいで不完全燃焼だったが…私と妖夢の戦いは冥界での焼き直しになるんだろうな。二人とも試合をこなしてから大分時間が経ってるし、私は魔力と体力もマックス状態だ。自身ありげな妖夢も実はお互い様らしい。

 

『へへ…私は強いぜ?』

 

『ふふ、負けないから!』

 

『二回戦第三試合ーーーーーー両選手、入場して下さい!』

 

藍の声が境内に響き、私達は二人して舞台へと向かい始める。妖夢、お前は強い…近接では霊夢や咲夜だって寄せ付けない程腕を上げた。けれど私だって黙ってやられる固定砲台ってワケじゃない…今はどっちが強いのか、今度こそ決着つけようぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『次の試合は妖夢と魔理沙の対戦か…何方も得意な事が明確な分、己の距離を保てた方が勝つのだが』

 

『そうですわね…剣士と魔法使いならば、距離を取り続ければ魔理沙が有利。しかし妖夢が私と戦った際に見せた弾幕を両断するほどの斬撃から、強行されて一気に追い詰められるのは魔理沙でしょう』

 

二人の戦い方は百八十度違う。対極に位置する故に互いの弱点が明け透けに見え、かと言って悪戯に敵の射程へ踏み入れば圧殺される。生半な方法では王手を掛けられないのは双方同じなのだ。魔理沙には至近距離で肉体を護る魔法障壁や自作の薬品などの迎撃法も存在するが、妖夢の一閃を咄嗟に捌き切るには多くの魔力を消費する。対して妖夢は遠巻きに斬撃を飛ばしても決定打は望めずジリ貧となるものの、接敵する為に一瞬の間断が有れば事足りる。正に一長一短、判断の難しい試合故に両者は正攻法で挑み合い、絶好の機会を見計らって何らかの奇策を打たねばならないと予想される。

 

『両選手入場致しました! 二回戦も大詰め、勝つのは剣か!? 魔法か!? 様々な番狂わせと伏兵揃いだった催しも、漸く上位三名が確定します!! それでは、試合の合図を!!』

 

『いよいよだ…冥界でお前に阻まれた借りを返すぜ!』

 

『いいえ、私が勝つ! 対遠距離での戦略は予習済みよ!』

 

爽やかな舌戦と試合を心待ちにしていたと思われる二人の笑顔。藍が太鼓を打ち鳴らし、二人の思わぬ再戦が幕を開けた。

 

『二回戦第三試合ーーーーーー始め!!』

 

『来いやぁっ!!』

 

『勝負!!』

 

箒に跨り宙に浮いた魔理沙は舞台端目一杯まで距離を取り、妖夢は初手から双刀の構えで双眸をきつく絞る。掛け声は同時…場外になる瀬戸際で上空に陣取った魔理沙を基点に妖夢は俊足を以って側面をなぞる様に駆け出した。

 

『先制は頂きだ!』

 

魔法使いの前面に二門の魔法陣が展開され、星形の弾幕が妖夢との間に所狭しとばら撒かれる。一つ一つは然程大きくは無い…丁度魔理沙の頭一つ分程度の星の雨が放物線を描いて降り注がれた。

 

『半霊!!』

 

可視化された白い宝玉に似た妖夢の半身が彼女の頭上に現れ、簡素な指示にも関わらず立体的な軌道で星形弾幕の幾つかと衝突する。炸裂音を立てて強引に弾幕を相殺しながら、星に埋め尽くされた舞台で半霊が包囲網に隙間を生み出して行く。疾駆する速度を高め、地を這う獣の様相で剣士の双牙が振るわれた。

 

『お返しだ!!』

 

『喰らうかよ! 障壁展開!!』

 

ほぼ同時に横薙ぎにした二刀から霊力を込めた斬撃が飛ばされ、魔理沙は一方を回避しもう一方を障壁で防御する。攻防の間隔はこれまでのどの試合より短く、私の考えていた試合運びに寸分違わぬ総力戦となった。

 

『桜花剣ーーーー《閃々散華》ーーーー!!』

 

妖夢に追随する半霊がスペルカードの宣言と共に楔状の弾幕を放ち、進行を阻まんと滞空する僅かな星形弾を残らず打ち消した。針に糸を通す正確さで爆風の中を被弾せず突き進んだ先に…距離を開けた魔理沙を障壁越しに斬り付ける。

 

『おおおおおおおおッッ!!』

 

『くっ!? 中々に威力があるな…!!』

 

裂帛の気合から放たれた無数の斬撃の嵐が、魔理沙の張った一枚の障壁に連続で打ち据えられる。障壁が剣を弾く反動と衝撃に何とか耐えながら、傍から見れば遮二無二突っ込んで来た妖夢から辛くも逃れた。その刹那、

 

『《燐気斬》ッッ!!』

 

霊力が刀身の延長として繰り出された術技が、真横からすり抜けた魔理沙を障壁ごと叩く。長刀が一寸届かぬ間合で不意打ち気味に決まったソレが、余波を逃し切れなかった魔法使いを舞台の真反対まで強引に押し出して行く。

 

『ぬおおっっ!?!? 小技とは思えない重さだぜ…だけどな、此処からが本番だ!!』

 

箒を決して手離さず、二門の魔法陣を倍の四門に増やして魔理沙が吠える。懐から放り投げたスペルカードを介して魔法陣が煌めき、彼女を取り巻く大型星弾が四つ生成された。

 

『星符ーーーー《エキセントリックアステロイド》!!』

 

『チィッ! 今度のは大きいな!?』

 

数瞬の間を置いて生成された大星弾が不規則な動きで妖夢へと向かい、妖夢の居る面を捉えた波状攻撃として星々が飛来する。苦々しくも笑みを崩さない妖夢は最小限の挙動で一つ目、二つ目と次々に星弾を刀で逸らし始めた。それから半時…魔理沙は妖夢の接近を皮一枚で地上と中空の高低差を維持して同じ様な戦術を敢行し、妖夢は其れ等を鎧袖一触とばかりに打破し続ける。

 

『素晴らしい! 美しく鮮やかな弾幕と、力強く流麗な剣の惜しみ無い応酬です!! これぞ弾幕ごっこ! 泥臭い殴り合いが続きましたが、異変解決組は一味違う!! 熾烈な戦いでも見映えの良さを忘れません!!』

 

『どういう意味だ天狗!!』

 

『引っ込めー!』

 

『気が散って見れねえから黙ってろぉ!!』

 

『あやややや!? 真面目に司会してるのになんでぇ!?』

 

妖怪が膂力に妖気を併用して闘うのは或る意味幻想郷では正常な光景なのだが…曲者揃いの楽園の住民は射命丸の実況から妖怪同士の試合は泥臭いとでも受け取ったのか。逆説的にはスペルカードルールが力ある者達にも良く浸透している証拠だ。さて置き、二人の試合は確かに見応えが有り華やかさも相まって我々を飽きさせない。

 

『そろそろかな』

 

『何だ…はぁ、勢いは此方に有る筈なのに、変だ…』

 

事態は目に見えない所から着々と進み、妖夢の勝ち筋を少なくしている…本人も今の状況にやっと違和感を覚え始めたか。一定の距離から狙い撃ちにし続ければ魔理沙の有利は揺るがない…だのに初撃を返されてからの魔理沙は余裕より焦った素振りや言動が目立った。場外に出される危険を顧みず端側に構え、派手な魅せ球をひけらかして妖夢の反撃を逐一誘う立ち回りに努めている。

 

『はぁ…はぁ…何故、身体が、重い』

 

『どうした? 剣士のくせに、まだ始まって三十分くらいで息が荒いぜ?』

 

結論を先送りにするのは好きでは無い…敢えて例えるなら、妖夢は魔法使いの掌で踊らされている。それも、二人の拮抗した現状では覆せない段階まで。

 

『コウ様、もうお気付きでしょうけれど』

 

『ああ…この勝負、妖夢の勝ちは無くなってしまった』

 

他ならぬ私の口から、教え子の敗北を予見する言葉が紡がれる。神社に集った誰にも聴こえない囀りめいた音量で、私と紫は互いの意見を合致させた。射命丸も、恐らく今戦っている両者よりも熟達した経験を持つ者なら勘付く頃だ。

 

『あちゃー、不味いな』

 

『ふーん。嫌らしい真似するじゃない』

 

何名かの参加者や観客から響めきと驚嘆が発せられる。視線を再び舞台の方へ戻せば、妖夢は呼吸を乱し切って肩を上下に震わせている。

 

『ど、どうして…疲れるには、まだ、早すぎる…!』

 

『いやいや、あんだけ走らせたのにまだ喋れるんだ。遅過ぎる位だぜ…マジで驚いた』

 

魔理沙の呟きに、意味を理解した妖夢の表情が急速に蒼褪めていった。滝の様な汗と、四肢の震え、比喩では無く蒼褪めた剣士の顔面が物語るモノ…それは、

 

『酸欠だと…? 馬鹿な、あの魂魄妖夢が酸欠になるなどと…!』

 

『はぁ…! はぁ…っ! わ、私が、酸欠って…』

 

この場に居る誰かの漏らした驚愕は、妖夢の耳にも例外無く入った。剣士のみならず、凡ゆる武闘家にとって最も忌避すべき現象が彼女を心身まで疲弊させる。我が教え子が酸欠状態に陥ったのは、偏に魔理沙の根気強い持久戦の結果だ。緩急著しい、絶え間無い無呼吸運動と斬撃に霊力を注いで生まれる体力と精神力の磨耗が齎した《酸欠》という状態は…試合開始から愚直に妖夢を駆り立て、その一刀が届く前に退いてを繰り返す。寄せては返す波の如き魔理沙の策に、妖夢は実に一時間近く舞台の端から端まで隈無く引き摺り回された。

 

『いつものお前なら、一時間走ろうが飛ぼうが関係無いんだろうがな。弾幕降りしきる中を、この狭い舞台で急ブレーキと急加速を休まず繰り返してたら話は違う』

 

冷たい物言いに矛盾した、魔理沙の優しげな声音が妖夢の耳朶に届き、誰とも無く息を呑み、己の鼓動が高鳴るのを自覚した。

 

『私は弱っちいからさ…毎日毎日、飽きもせず霊夢も咲夜も紫も誰も彼もーーーー勿論妖夢の事も。どうやって戦って、どうやって勝つかばかり考えて…強くなって、認められたい…一番認めて欲しいヒト達に! それが』

 

魔法陣を六つ、魔理沙の全霊を賭けて展開されただろう魔弾の砲口が妖夢に照準される。

 

『乙女心ってやつだろがぁぁあああッッ!!!』

 

事此処に到り、魔理沙は自ら箒に魔力を伝導させて急降下する。迷わず、一直線に友を目指して。

 

『あっ…がっ……息がーーーー!!』

 

魔理沙の周りに待機する魔法陣の全ては、後方に魔力を噴射する加速装置の役割を果たし…全速力で突貫する魔法使いを一筋の流星へと昇華した。色彩豊かな輝きを鏤めて、煌めく少女は眩さを増す。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《ブレイジングスター》ーーーーーーッッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轢殺の勢いを持った星の光は、妖夢の身体を撥ね飛ばす直前に翻る。空気の壁を越える轟音と共に、身を捩る仕草から顔を出した箒の穂先が剣士の腹を痛烈に薙ぎ払う。

 

『ぐぁっっ!?!?』

 

その身に再び力は宿らず…しかし断じて離すまいとした二振りの愛刀を握り締めて、私の愛弟子は場外へと弾き出された。

 

『そこまでッッ!! 勝者、霧雨魔理沙ッッ!!!』

 

沈黙が支配する空気の中で…私と紫は視線を重ねて頷き、何方からともなく緩やかな拍手を送る。引き金となった静かなる喝采が数秒と経たず境内に居る者達に伝播して、やがて大きな歓声と賞賛の数々に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 魂魄妖夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『負けちゃった…完璧に、してやられた』

 

私の意識はとてもはっきりとして、言い様の無い悔しさの割に涙も溢れなかった。両手に握った愛刀達が、私の呼吸が整って力を取り戻した感触を伝えてくれる。

 

『認めて欲しいヒト…か』

 

魔理沙の気持ち、痛いほど分かるよ。師匠も先生も、幽々子様も、紫様も…私を見守って来てくれたヒト達に私も認められたい。

 

『立てよ、妖夢!』

 

『魔理沙…?』

 

むくりと身体を起こして、今更になって気が付いた。境内を埋め尽くす暖かな声と地響きにも似た拍手…ソレは全て、私と魔理沙に向けて放たれたモノ。

 

『名勝負だったわね』

 

『いい酒の肴だったぞぉ!』

 

『これで冥界で先送りになった決着も着いたのね。でも、次は負けたらダメよ? 妖夢』

 

此処に集まった皆が、私と魔理沙を讃える言葉ばかりを投げ掛けている。何だろう…負けたけど、まだちょっぴり悔しいけど。

 

『えへへ…凄く、いい気分』

 

『なーに終わった気になってんだ? 私は誰の挑戦でも受けて立つぜ! 再戦がお望みなら、いつでもかかって来な!』

 

相変わらずの減らず口だなあ、でも、ちゃんと分かってる。魔理沙は優しいから…困った時や落ち込んだ時も、誰より先に気付いて声を掛けて来るんだ。

 

『べーっだ! 次は負けないよ!』

 

『言ってろよ! 霊夢もお前も咲夜も、いずれみーんな纏めて相手してぶっ倒してやる!』

 

纏めてとは大きく出過ぎよ! まあ、魔理沙らしいよね。次が有る…私はまだ先へ行けるんだ。護りたいヒト、競い合う仲間、そして。

 

『妖夢、見事な戦いだった…流石は私の教え子だ』

 

先生…これからも御指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します! 私はまだ全然満足してませんから。時を斬るという師匠の教えを胸に、先生と皆が居てくれるなら…どんな敵と合間見えようとも、私は臆さず立ち向かって行ける!!

 

『はい! ありがとうございます!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 比名那居 天子 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『凄いね衣玖…誰かに認められるって何気ない事なのに、あんなに輝いてて、尊く視えるモノなんだ』

 

『総領娘様…』

 

羨ましいと感じた…それと同じだけ、ヒトに認められるって難しい事だとも分かった。魔法使いの魔理沙と剣士の妖夢って娘の戦いは、私の心にぽっかりと空いた孔を幾許か埋めていた。闘志が湧いて来るんだ…自分のことでも無いのに、誰かが誰かに受け入れられている風景は、いつだって私の胸を熱くさせる。

 

『私も、そうなりたいって想ってた』

 

『今からでも、遅くはありませんよ』

 

そう、かもね。でも、勇気が足りないんだ…踏ん切りが付かない。自分の臆病さに虫酸が走るよ…こんな気持ちで最後まで残って、あの紅い蝙蝠にも見透かされてた。

 

『自信無いなぁ…また、同じ轍を踏むかもって考えると』

 

『ですが、時間は止まってはくれません。機会を与えられ、総領娘様は其れを受けた…後は、案ずるより産むが易しです』

 

簡単に言ってくれるよ…でも確かにそうだよね。此処に来て、色んなヒト達の試合を見た。どいつもこいつも恥ずかしげも無く熱い部分を語っちゃってさ? 着いて行けないと斜に構えてる私を他所に、そんなの関係無いって風に皆が皆堂々と戦っていて。強い弱いとか譲る譲れないとかを前面に押し出して。

 

『私も…なりたいよ』

 

『はい』

 

『自分を隠さなくても良い、有りの侭の自分に』

 

『ええ…私も、そんな貴女を見てみたいです』

 

本当にこいつは、甘くて厳しい。飴と鞭の使い所を良く知ってる私のお守役で、時々鬱陶しいけど…最高の友達だわ。

 

『えー、真面目な実況に野次を飛ばされてかなーーり不満気な私こと射命丸ですが! 三回戦をこれより始めたいなぁと思います!』

 

『どこが真面目よ』

 

『良いから早く進めろよ』

 

『冷たい!! ちくしょうめぇ!! おっほん!! 参加者の一組が引き分けとなりましたので…先に二回戦を突破されたレミリア・スカーレットさんと比名那居天子さんによる三回戦第一試合を始めたいと思います!! 魔理沙さんは先程試合を終えたばかりなので、済し崩し的にシードとして今しばらくお休み下さい!! では、御二方さっさと入場ぉぉぉ!!』

 

ヤケクソ気味な選手入場の声に、私はノロノロとした足取りで控えから立った。振り返れば衣玖は朗らかな笑みで私を見送り、その何とも言えない気迫に押されて舞台へと上がって行く。眼前には、

 

『良くぞ此処まで残ったな…お前の正念場には、私が立ち合う事になるらしい』

 

紅い悪魔が、鮮血よりも赤い瞳をギラつかせて私を出迎えた。こいつの試合もずっと見ていた…カリスマって言うの? そういう天性のモノを言葉からも滲ませてて、妖怪として生まれ持った資質も高い。だけどそれに奢らず、只管積み上げて来たものを支えにして生きて来たんだと…こいつの戦う背中が示していた。

 

『お前がどんな奴なのか、この私が見極めてやろう』

 

『はん! 出来るもんなら、やってみなさい!』

 

精一杯の啖呵を切って、緋想の剣を戦慄かせてみる。煌々と灯る緋色の光は夕暮れ時の太陽と混じって、場違いにも綺麗だなと思った時にーーーー合図が鳴った。

 

『三回戦第一試合ーーーー始め!!』

 

『ッッ!!』

 

剣を構えて、息を張り詰めて悪魔を睨み付ける。紅い蝙蝠はニヤリと笑って、驚く程素直に私から距離を置いた。硬質な見た目からは想像し難い柔軟な羽搏きで空へ上がり、丁度四十尺ばかりの上空から私を見下げる。

 

『決勝まで取って置こうと思ったのだけれど…生憎私にとっても、お前との戦いは正念場だ』

 

格好付けてベラベラと話し出したレミリアは、己を十字架に見立てた体勢で一層妖気を高めている…隙が無い。あんな巫山戯た構えとも言えない佇まいに、嫌な汗が背筋を伝う。

 

『貴様に見せてやろう…ヴァンパイアが、このレミリア・スカーレットが、何ゆえ夜の支配者と謳われるのかを…ッッ!!』

 

突如として異変が起きた。

少しばかり特別なだけの、何の変哲も無い武具である筈の緋想の剣が、未だ嘗て無かった強い揺れを私に与えた。数秒、たった数秒の出来事だ…剣の震えが強くなる度、レミリアより遥か上の空が曇天から闇夜へと変わって行く。肌で感じている気質よりずっと幼く、華奢に見えた奴の姿は、目を覆いたくなる様な殺気をぶつけてくる。

 

『これは…夜? あんた…!!』

 

ヴァンパイア…吸血鬼の全力。陽の光を厭い、闇に紛れて生き血を啜る夜の化生が、私に対して三日月の様に歪んだ口元を晒していた。

 

『余興には持って来いの隠し芸だろう? 特別に、お前に私の全力を見せてやる』

 

『調子こいてんじゃないわよ…得意げに手品見せる暇が有るなら』

 

牙を剥き出しにしたバケモノが、催しが始まってから初めて本性を現した。翼の生えたちんちくりんに…誰が簡単に負けてやるもんか! 私はまだ何も成していない!! 自分が誰で、何なのか、まだ何も喋って無いんだ!! あんたが邪魔をするって言うのならーーーー!!

 

 

 

 

 

 

『ーーーー征くぞッッ!!!』

 

『ーーーー掛かって来いッッ!!』

 

 

 

 

 







勢いだけが取り柄だったのに、亀更新になったりいきなり投稿してみたり、本当に申し訳ありません。やっと書きたかった部分に近付いて来てそれで(以下言い訳

レミリアと天子の試合ですが、なぜいきなり夜になったかは次回で説明を入れたいと思います。やっつけ独自設定ですので、お目汚しにならないか今から心配しております。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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