彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
緋想天も終わりがちょっと見えてまいりました。一度の投稿で長らくお待たせしておりますが、精一杯書いておりますのでご容赦ください

この物語は場面転換の多さ、稚拙な文章と亀更新、厨二マインド全開でお送りしております。
それでも続きを読んでやるよと言う方は、ゆっくりしていってね。


第六章 陸 立ちはだかる強敵

♦︎ 比名那居 天子 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれた時から不快だった。

この世に生を受けた頃の話ではなく、《天人》としての自分が生まれた日よりずっと…例えようの無い鬱屈した環境に晒されていた。生物としての死を否定し続け、自分達を殿上人として崇高なモノに押し上げんとする天人達。その中で一人…私だけが家族を除いた誰からも、ただの一度として認められた事は無かった。

 

幻想郷という狭い箱庭の中で、名声と格式に囚われ続ける孤独で哀れな組織…それが天人という奴らの、私の正体。同族の間で不良と揶揄され、どんなに強くなっても、どんなに周りと打ち解けたいと思って努力しても…結局の所、私が受け入れられる日は来なかった。

 

【那居の守り人、総領の娘たる天子よ…其方が生きるには、我等の住まう天界は腐り過ぎた】

 

父上と懇意にされていたとある重鎮は、頻りに鍛錬に励む私を見てそう仰った。嘗て独覚の境地を欲し、天女であるリュウグウノツカイ達と共に龍神を奉りながら修験の道を目指した先人は…今や私の生きる世界は此処には無いと、有り体に言えば引導を渡してきたのだ。仮初めの優しさや、取り繕った笑顔ではない…心の底から天界の腐敗を嘆いて呟かれた言葉に、拍子抜けするほど納得したのを覚えている。これが最初の変化。

 

【総領娘様…私は今もこれからも、御役目から天界を離れる事は許されないでしょう。ですが、この心身朽ちるその時まで…貴女の行く末を見守り続けます】

 

次の変化は、不思議な天女との出会い。優秀なのに変わり者で、私のお守りを買って出た酔狂な彼女は、天人崩れの私に偽りの無い言葉を告げた。永江衣玖…あいつと連れ合って自らを高めて行く日々は、私の天界での人生に於いて今でも最良のものだと断言出来る。

 

【地上に遊びに行ってみない?】

 

三つ目の変化は、自ら動き出した事だった。

見たことも聞いたことも無かった…私達とは違う生き方をする連中の蔓延る場所へ、私は衣玖を誘ってお忍びで天から降って行った。

 

【貴女…天人? 残念だけれど、此処に貴女の居場所は無いわ。貴女方は遠い昔に地上を捨て去り…此処に住む者達と交わした凡ゆる約束も、友誼も何もかも反故にして天へ移った。貴女自身にその憶えが無くても…大地に根差す者にとって天人が歓迎されない事は百も承知でしょう?】

 

四つ目の変化は、遠い遠い祖先達の遺した遺恨に触れた時に起こった。口々に天人という種を罵り倒す一人の妖怪相手に、私の方から威勢良く挑んで行った。

 

【才能は兎も角、まるで駄目ね。経験が足りない、術理も中途半端。その上天人の身でありながら地上に出向くなんて…不良なのね】

 

そんな事は知っている。愛すべき故郷を捨て、天界などと言う場所に引き篭もった同族と、天界に嫌気が差して抜け出した私と奴らは…その妖怪にしてみれば似た者同士でしかない。だけど吠えた…認めたくなくて、自分だけはそうなりたくないと決めてーーーーーーボロボロの身体に鞭打って立ち上がった。

 

【私はあいつらが嫌い…自分達だけ無関係なフリをして、今までずっと色んな事を見過ごして来た。私はあんな風になりたく無い! だから私は、此処に居る!】

 

吐き捨てた後、地面に這いつくばった私に向けて、その妖怪は一枚の紙を不躾に放り投げた。

 

【貴女がもし、他の天人達と違うなら…その紙に書いてある日時に指定の場所へ来なさい。存在を認められ、居場所が欲しいなら…自分の手で勝ち取って見せなさいな。たかが催しと笑うも結構、発起して来るならーーーー歓迎するわ】

 

最後の変化は、全く予期せぬ相手から送り付けられた一枚の紙。博麗神社という場所で、地上に居を構える各陣営の親睦を深めるために催しが為されるとあった。知らない名前ばかりで、大勢を前に天人だぞと晒し者になるかと不安だったけど…私の不安はあっさりと杞憂に終わる。

 

『睨み合いが続いております二回戦第二試合! 剣と拳、互いに全く違う間合いでの攻防は一瞬の判断がモノを言うと私は考えますが、お二人はいかがですか!?』

 

背に黒い翼を生やした陽気な妖怪が、私と対戦相手を見比べて横の解説者二人に話を振る。一人は今日初めて会った不思議な男…もう一人は。

 

『そうねぇ…アレがただの剣なら、門番さんは問題にしないでしょうけれど。如何ですか? コウ様』

 

『うむ…あの剣に不可解な能力が有る事はこの場にいる者なら容易に察せるだろうが、私としては其れ等を踏まえて美鈴の立ち回りが気になるな』

 

やっぱり気付かれてるわよね。

当たり前みたいに目の前の美鈴? ってヒトも距離を置いたまま様子を伺っている。となると、一回戦の様に出し惜しんでるとやられるか。

 

『余所見とは余裕ですね』

 

『…ごめんね? 余裕って訳じゃないの。人に見られるのって慣れてないから、緊張しちゃってさ』

 

半分は嘘で、半分は本当。

こんなに大勢の人妖達が凝視する舞台で、自分が堂々と戦う機会が来るなんて思ってもいなかった。少しの強張りと溢れ出しそうな興奮を胸に…私は本気で対戦者を迎える。

 

『行くわよーーーー《緋想の剣》』

 

真名を解放すると共に、右手に握った緋色の刀身が脈動を始めた。歌う様に、しかし地響きにも似た空気の震えを起こして……剣は発光し霧を巻き上げる。

 

『この剣は私の意のままに操れる。その効力は森羅万象の気質を見極め、《対象が最も苦手とする性質》を纏って攻撃に転化出来るの』

 

『詰まり、その剣は貴女に…私の気質と最も相性の良いモノを付与して攻撃してくれる…と?』

 

『大まかにはね。剣自体は気質を纏うだけだし、当てなかったら意味は無い…だからーーーー!!』

 

吐き出した息吹に合わせ、全力で踏み出した軸足を起点に疾駆する。袈裟斬りに構えた剣は対象の、紅美鈴の気質たる《黄砂》の属性に反発する力を付与し一際輝く。上段から振り下ろされる一撃は、目に見える以上の重圧と威力を相手にのみ浸透させた。腕を交差して受けるかと思われた拳士は鋒が皮膚に触れる寸前、柔らかくしなやかな手の動きで刀身を掴み取る。

 

『真っ正面から受けたのは、あんたが初めてよッッ!!!』

 

『恐縮ですが、如何に相手の弱点を突く魔剣と雖も…触れただけでは刃も通りませんよ!!』

 

ご明察…流石に無手で敵を無力化する術を持つ彼女には簡単に攻撃は届かなかった。威力は寸分の狂い無く腕、肩、腰、足へと衝撃を捌かれて地面だけを陥没させる。

 

『全く手応えが無かった…面白い技を使うじゃない』

 

『いやはや、此方も小細工くらいはしますよ。何せ武器は武器でもそんなに気味の悪い気が出ていたら余裕も有りません』

 

見た目の朗らかさに反して、中々に腹芸の上手い相手だ。普通に受けるだけで無く、鍛え上げた身体のバネや気? とかいうヤツを使って威力を充分に殺してから地へと流した。内側では慎重な対処を試みつつ、動きそのものは大胆にも真面に刀身を捕らえに掛かる、とーーーー面白いじゃない。

 

『でも、弾幕ごっこは苦手そうね』

 

『あ、分かります? そうなんですよー。迎撃や奇襲としての格闘は弾幕ごっこのルール上でも有効ですが、加減を間違えたら…ね』

 

美鈴の言いたい事を察して、私も不思議と笑みが零れた。確かに彼女は物腰や雰囲気が伝えてくれる情報よりもずっと重厚だ…要はかなり強い。強いのにスペルカードで死人を出すまいと本来の戦術を封じて来たらしい…あの技量と体捌きから繰り出される拳や蹴りを喰らえば、天人の私でも無警戒なら少なくとも悶絶ものだ。弾幕ごっこの度に撲殺死体を作るんじゃ気持ちも滅入るだろうしね。

 

『だけど、もう遠慮は要らないわ! 私も全力で行くから…あんたの本気も見せてみなさい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

『気符ーーーー《猛虎内剄》』

 

天子の叫びに、舞台上で様子を窺っていた美鈴の眼が鋭さを帯びた。口角は吊り上がり猛禽を想起する獰猛さに彩られ、紅魔の門番もまた一個の妖怪だと再認識する。応答と共に地を踏み締めた拳士の脚は、舞台だけでなく境内をも打ち震えさせ、先程までの柔らかさを感じさせた構えとは対照的な剛の所作にて拳を握った。洗練された濃密な殺気と、肢体に帯びた妖気と拳気の苛烈さが、日常の中でどれだけ彼女が理性的に振舞って来たかを教えてくれる。あれだけの妖力を隠していたのも然る事ながら…彼女の気の操作が如何に精密だったか、と。

 

『美鈴さんの殺気が濃いですね…進行役の立場ですが、おいそれと茶々を入れられない凄みが有ります』

 

『もしかしたら、紅美鈴の本質は此方なのかも知れない…剛の気を迸らせた今の姿が』

 

傍らの射命丸は、声音こそ涼しげだが緊張を隠そうとはしない。私を挟んで反対側に座る紫もまた、紅魔の代表としてこの場に呼ばれた美鈴が初めて露にした資質に驚嘆を述べている。私が知る限り、紅美鈴という妖怪…一武道家としての実力は近接戦闘のみならば幻想郷有数だと予想される。例え相手が徒手でも武器でも、こと対応力に関して言えば美鈴のソレは頭一つ抜きん出ているだろう。自分の得手不得手を熟知する美鈴ならではの戦術は、当の天子には相当な重圧となる筈だ。

 

 

『あはは……参ったなこりゃ』

 

対する天子は苦笑交じりに剣を正眼に持ち替え、己もまた退かぬという態度を確と表した。催しも中盤…各々が殺傷を除いた凡ゆる規定を排した今だからこそ十全な姿を見せられるのだ。油断ならないのは、天子の剣には未だ美鈴の特性を読み取って発生させた黄砂の気質が残っている事…弱点を的確に穿つ剣か、それを凌ぐ快心の拳か、何方にしろ決着は近い。

 

『気符ーーーー』

 

『なに…?』

 

天子が返礼代わりに呟いた、《気符》の言葉に美鈴が表情を歪める。緋想の剣は自らを取り巻いていた黄砂の気を瞬く間に天子へと移譲させ、天子の身体からは奇しくも美鈴と同様の質を備えた妖気が噴出した。

 

『行くよ!!』

 

『応ッッ!!!』

 

地を踏み出したのは全くの同時、美鈴は拳を構えたままより直線的に速く…天子は正眼に留めていた剣を再度右手側に持ち直して重く、力強い一歩を進めて標的を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『熾撃ーーーー《大鵬墜撃拳》ーーーーッッッ!!!!』

 

『ーーーーーー《無念無想の境地》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

術技の発動もまた同時…美鈴の拳は暴露る事無く天子の鳩尾へと突き刺さり、剣を片手に諸手を上げた形の天子はソレを受け入れた。鳩尾、顎、脇腹と裂帛の気合で打ち込まれた三連撃を前に…軸足だけを支えに棒立ちの彼女が全ての攻撃を喰らった後には、瞠目と共に構え直した美鈴が天子を見詰めている。

 

『うぐぐぐ、すっっごい痛いじゃない…マジで効いたわ。剣の力を自分に移して無かったらやられてたかも』

 

『何故…幾ら妖怪といっても急所への攻撃は避けるべきモノです。それをーーーー』

 

『コイツは捻くれてるから、相手の気質に同化したからって簡単に勝たせてくれる様な代物じゃないのよ…その代わり受けた痛みも衝撃も、緋想の剣が振るわれた時の威力に上乗せされる』

 

一通りの注釈の直後…大上段に掲げた剣が、至近距離で居直る美鈴に振り下ろされた。剣に帯びた黄砂は螺旋状の回転を起こし、回避が間に合わず受けに入った美鈴の防御を貫いた。

 

『これは…!?』

 

『飛んでけぇぇええええええ!!!』

 

爆撃じみた轟音を撒き散らして、美鈴が合わせた両腕ごと彼女の頭を強打する。振るわれれば、一息に解放される重圧と余波が舞台から境内へと駆け巡り…剣の纏った気質が砂嵐の如く二人を呑み込んだ。くの字に身体を折り曲げられて尚美鈴の身体は後方へ投げ出される。

 

『あーいたたた…こんなやり方絶対非効率よ。幾ら先に攻めさせる為だからって良いのを食らい過ぎたわ』

 

舞台の中心で蹲る天子であったが、彼女の反撃を貰った美鈴は剣の威力に耐えられず場外へと吹き飛んでいる。

 

『そこまで! 勝者、比名那居天子!!』

 

高らかに勝利者を宣言した藍の一声を切っ掛けに、周囲から歓声が湧き上がった。僅か数合という少ない攻防ながら、技と力を真正面から打つけ合った両者に賛辞が送られている。

 

『恐るべし捨て身の戦法! 美鈴さんの怒涛の連撃を耐え、返す一撃で辛くも打ち破りましたぁっ!! 二回戦第一試合から、更に盛り上げてくれたお二人に今一度拍手をお送り下さい!!』

 

射命丸の進行に煽られ、控えの選手も見物している者達も一様に拍手し始める。決して軽いモノでは無かった三度の拳脚を、逆手に取って勝利した天子は美鈴の許へ緩やかに歩いて行く。

 

『あはは…腕は無事ですが、衝撃を流しきれずに足が痺れて起き上がれません。刀身を横に頭を打ち据えられた物だから、視界もぐわんぐわんしてますよ』

 

『案外元気じゃないの…でも、かなり良い勝負だったわ。ほら、立てる?』

 

弱々しく左手を差し伸べた天子に、美鈴は快く右手で取って起き上がった。勝者は千鳥足になりそうな敗者の肩を組んで引き寄せ、二人は堂々とした面持ちで舞台から退場した。

 

『コウ様…比名那居天子を、どう見られますか?』

 

『……君が何を思いその質問をしたかは分からないが、私は天子という少女を高く評価している。美鈴の攻撃を受けた胆力と気概、健闘した相手を讃える姿勢に嘘は無い…良き資質を持っている』

 

私の答えに、紫は溜め息を吐いて誤魔化したが…彼女の表情はとても満足気に見えた。紫が天子を斯様に見定めんとするのかを私は知らない…しかし、天子が今の楽園に新たな風を運んで来たのは間違いないだろう。加えて、緋想の剣と呼ばれたアレの事も少しだけ分かった…今の所は、それで由として置こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 紅 美鈴 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『有難うございます、天子さん。徐々に回復していますから、ここらでもう大丈夫ですよ』

 

『そう? 妖怪さんってやっぱり傷の治りが早いのね。私も頑丈な方だけど、治癒力は其処等の人間と変わらないから羨ましいわ』

 

私達は、先ほど激闘を繰り広げたにも関わらず軽口を挟める程度にはお互いを知る事が出来た。技を交えれば言葉以上に相手の気持ちが伝わってくる…私は負けはしたものの、真っ向から打ち合って得た結末に後悔など微塵も無い。お嬢様方には申し訳ないけど、こんなに楽しかったのは久しぶりだ。

 

『美鈴、傷を見てあげるから来なさい…そこの貴女も』

 

『咲夜さん…お手数をおかけします』

 

『私も良いの? 言いにくいけど、二人とも私にやられた訳だし…さっさと離れる積りでいたのに』

 

『我々紅魔は、尋常な勝負に遺恨を残す様な器量の狭い輩は存在しない。貴女も咲夜に応急手当て位はして貰いなさい…永遠亭の薬師は重篤患者以外は診ない事になっている』

 

隣の天子さんと共に私を出迎えたのは、お嬢様と咲夜さん。澄ました顔で取り繕ってはいるが、咲夜さんは未だに自分が能力を破られた絡繰を理解出来ずに悶々としているらしくて…ちょっと仏頂面だ。逆にお嬢様は実に楽しげに天子さんに言葉を掛けて、隙あらば彼女の力の程を見極める考えみたい。

 

『ありがとう、素直にご厚意に甘えさせて頂戴。もしかしたら骨にヒビが入ってるかも…何だか息苦しくて』

 

『あー、すみません。私も頭と足の感覚がまだ鈍くて…出来れば手当てが終わったら休ませて欲しいです』

 

『そ、そう…ぷっ、わ、分かったわ』

 

『あらあら…二人とも随分と息ぴったりなのね』

 

戦った両者が笑顔で皮肉を言い合う姿に、お嬢様も咲夜さんも毒気を抜かれたのか…呆気に取られた後に笑いを堪えている。

 

『一つ、忠告をしておこう。比名那居天子よ』

 

『なに? 紅い蝙蝠さん』

 

咲夜さんによる手当が一通り終わって、もうじき二試合目が始まろうという時にお嬢様が立ち去ろうとする天子さんを呼び止めた。

 

『自らを隠すのもまた一つの知恵だろう…だが、お前の有り様を見て素性に気付く者が八雲紫だけとは限らない。貴女が地上に住まう我等と関わり続けたいと願うなら、正念場だけは確りと決めなさい』

 

『……そう、肝に銘じとく』

 

お嬢様の仰ることは時々よく分からない…でも、天子さんが幻想郷に於ける地上の出身とやらで無い事は分かる。特異な武具である緋想の剣と、それを前提にした戦い方は、私達紅魔館が幻想郷に訪れて暫く経った今でも見たことが無かった。きっと理由が有って素性を隠しているのだろうが…私の対応が変わる訳でも無い。

 

『天子さん、次の試合も頑張って下さい! お嬢様と当たられた時は…申し訳ありませんが』

 

『良いのよ、あんたと戦えて良かったわ! じゃ、またね!!』

 

お知り合いの方が待つ選手控えに近い場所へ走り去って行く彼女を眺めてから、咲夜さんに診て貰った両脚の感覚を確かめる。まだ痺れは残っているし、筋繊維の一部が断裂しているのも感覚で悟った…問題は無い。後々の試合を見ながら、帰る頃には完治している内容でしょう。

 

『さてさて…次の試合は誰が呼ばれるのでしょうね? お嬢様』

 

『試合の対戦表がランダムなのも有って私が次に呼ばれる可能性も低くは無い…問題は相手だけれど、関係ない』

 

貴女ならそう言われると思っていましたよ…残った面子の中でお嬢様の実力は他から一歩も二歩も上を行っている。懸念すべきは能力の厄介さからして鈴仙さんですが、ほかの皆さんも侮れません…上位の実力者は一回戦で殆ど潰し合いの様な形で退場されましたが、どうなりますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ レミリア・スカーレット ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咲夜に頼んで、簡易型のテーブルとティータイムセットで優雅なひと時を過ごしている間、妖怪の山の河童どもが舞台の修理と整備を終えて再び試合が再開される運びとなった。

 

『二回戦第二試合…東の方ーーーーレミリア・スカーレット選手!!』

 

『やはり来たか…まあ、誰が相手だろうが今更だな』

 

『頑張れおねえさまー! このまま優勝一直線よー!!』

 

観客席の辺りでフランドールの声が聞こえる…姉の威厳を見せる為、何より此度の催しの本分たる紅魔の喧伝とコウとの楽しい日々をより多くする為、私達にとって優勝は最重要課題だ。

 

『続いて西の方ーーーー鈴仙・優曇華院・イナバ選手!!』

 

『ひええ…何で私ばっかり強いヒトと当たるんですかぁ』

 

私と対峙する事となった鈴仙は偉く弱気だが…あの兎が霊夢の能力の孔を見抜いて勝利したのは揺るがぬ事実。判断を誤れば狂気の瞳に支配され、対象の感覚器官や認識を悉く狂わされた間に勝負を決められる。

 

『両者入場してください』

 

九尾の狐の呼び掛けに、私と鈴仙は正反対の位置から舞台へと上がる。眼窩に納めた兎は、指名された直後の弱気な挙動とは打って変わって瞼の細められた鋭い視線と氷の如き表情を造っていた。戦の心構えは良し、心理的な重圧をスイッチにして…目標を殲滅するという意思に直ぐさまシフトしている。

 

『…良い判断だ、鈴仙・優曇華院・イナバ』

 

『……最初から後が有りませんから。相手が誰でも、勝利せねば報酬を持ち帰れません』

 

成る程、面白い奴だコイツは。

永遠亭の人員の中でなら、出てくるのは輝夜と妹紅が最も有力な戦闘要員と私は見ていた…催しのルールと医療関係者を配置する都合から永琳は出ないと踏んでいた。其処までは予想通り。

 

『それでは、二回戦第二試合ーーーー始め!!』

 

太鼓の音に合わせて、藍の鬨の声が境内に響いた。

空かさず鈴仙は距離を取り、対して私はこの場から動かずゆっくりと歩を進める。

 

『お前の瞳は対処が難しいな? 目を合わせずとも周囲の空間まで狂わせられるとなると、こうする他有るまい』

 

私は、他陣営のトップに比べて自分が強者であると同時に未熟である事を知っている。西洋妖怪の頂点…されど蕾は未だ開かず、情け無い話だが…打てる手は全て試させて貰う。

 

『こ、これはどういう算段でしょうか!? レミリア選手、試合開始から途端に両目を瞑って緩慢な速度で前進を始めました!!』

 

『眼を合わせれば優位を取られる…でも、腑に落ちない選択ですわ』

 

『うむ…レミリア嬢の運命を操る能力を使用すれば、狂気に侵されない未来を手繰る事は可能だろう。何か別の考えが有ると見える』

 

フフ…どうかしらね?

取り敢えず能力で垣間見た未来の運命では視界を自ら潰すという選択が最も効果的と判断したからやったまでだけど、耳を欹てて鈴仙の反応を伺うしか今の私には出来ない。

 

『……っ!』

 

『ほう?』

 

聴こえる…聴こえるぞ月の兎。

光無き常闇の世界に広がる、追い詰められた獣の息遣いと生物が筋肉を強張らせる緊張の表れ…一回戦の時と違って呼吸も僅かに乱れている。息を殺して平静を装っているが、動揺しているのが丸分かりだ。

 

『撃って来ても良いぞ? 私は此処だ…まあ、無駄弾は使いたく無かろうーーーー此方から行くか』

 

『!?』

 

右脚に力を込めて、兎が反応出来るギリギリの速度で肉薄する。舞台の中心から鈴仙の位置する端へ一足跳びに跳躍し、左手の爪を鋭く立てて手刀を放つ。寸前の所で上半身を捻って躱したらしい鈴仙が指銃を咄嗟に向けたのを感知して、右脚から回し蹴りを繰り出し弾き飛ばす。右肩に蹴りを喰らった兎は態勢を崩し今度は私が舞台端へ、奴は舞台の中心部近くへ投げ出され転げ回った。

 

『ぐっ! 視覚以外の感覚で私を捉え、吸血鬼の膂力で押す作戦ですか…見えてもいないのに軽々とーーーー!!』

 

起き上がりざまに、鈴仙の付近から四度の炸裂音が響いた。眼を封じている私には、耳と肌から伝わる振動と音、限られた空間に有る物体を認識する以外に彼女の抵抗を知る術は無い。尤も、

 

『今日の曇天が続く限り、私に吸血鬼としての弱点は何も無い。ムキになっても自分の首を絞めるわよ?』

 

鈴仙の指銃から撃ち出された魔弾は四つ…錐揉み状に回転する弾の軌道を感じ取れば、其れ等が皆自発的に誘導するタイプの攻撃では無いと簡単に分かる。私は翳した右手に魔力を注ぎ、一枚目のスペルカードを宣言する。

 

『運命ーーーー《ミゼラブルフェイト》』

 

右手を起点に呼び起こされたのは鋒の付いた鎖を模した魔力の塊…四つの魔弾を迎撃すべく作られた八つの鎖が、私の意思に従って迫る脅威を叩き落として行く。防御に振るわれた鎖は四、残りの四つは高速で蛇行しつつ鈴仙が居ると思われる地点目掛けて襲い掛かった。

 

『ホーミング…!』

 

『私の魔力が尽きる迄逃げ切れるか? 先に言っておこうーーーーーー無駄だッッ!!』

 

紅い鎖は不規則だが的確にその鋒を鈴仙に捉えて離さない。兎の逃走が如何に素早かろうと、舞台の八割近くを網羅するスペルカードを生身で耐えるのは困難。故に予測される鈴仙の一手は、

 

『幻兎ーーーー《平行交差(パラレルクロス)》!!』

 

『やはりスペルカードか…どんなモノか私には見えないから内容は判らないが』

 

鈴仙の妖気が一瞬だけ歪んだ様に感じた。彼女の発した妖気は先程鎖が向かった場所から動かず、微かに地を駆けるナニカが私へと距離を詰めて来る。

 

『幻影か? 悪くない選択だけれど、無駄と言った筈よ!!』

 

さあ、そろそろ幕引きだ…態々様子見を兼ねて土壇場まで泳がせてやったぞ。決死の覚悟で挑んで来い、お前が他者に狂気を与える存在ならば、ソレを上回る運命で以って打ちのめそう…生憎だが、今の私には数秒先の未来が既に視えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 鈴仙・優曇華院・イナバ ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー『《障壁波動(イビルアンジュレーション)》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台全域に限定した位相の波長を操り、レミリアさんのスペルカードを空間ごと歪曲させて打ち消す。私を中心に展開される障壁波動は、三層から成る波長のバリアーは鎖の侵攻と追撃を阻みながら一筋の活路を生み出した。これを逃せば、もうあのヒトに近付く戦法は打たせて貰えない…此処で決める! 相殺し合って防衛線を丸裸にした今しか無い!!

 

『スペルカードを強制的に相殺しているのか…!!』

 

私の弾幕を弾いた鎖は四本、私の指銃と相撃つ形で消えたのを見るに、レミリアさんの指示で私を襲った残り四本も障壁で無力化した。今の彼女は目を閉じたまま無防備な状態…至近距離なら獲れる!!

 

『赤眼ーーーー』

 

私の能力が空間にも作用するのは一回戦の段階で見抜かれていた。舞台端に佇むだけの彼女なら、範囲攻撃で無理矢理場外に押し出してやればいい…チェックメイトだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう…私の得た運命の通りに動いてくれて』

 

『なっーーーーーー!?』

 

 

 

 

 

 

 

魔眼が吸血鬼を捕捉し、彼女が口元に笑みを浮かべて眼を見開いた。視線が重なった刹那…狂気の波長が最も強力に働き掛ける条件が整い、私の勝利が確定したーーーーーー筈だった。

 

『神槍ーーーー』

 

それは、紅い紅い槍のカタチをしていた。

疑問、不安、恐怖、未知…戦闘に際し律して来た幾多の感情が一斉に頭の中を支配する。全ての感覚が研ぎ澄まされ、時の流れが酷く緩やかに感じられるのに…眼前で滾り出す真紅の魔槍に心を奪われた。私が勝った…賭けに勝ったと思った直後に現れた悪魔の微笑が不気味さを増すのも躊躇わず、レミリアさんの使用したスペルカードの性質から零距離での方位弾幕がベストの解答だと結論付け、即座に実行し成し遂げたたった今ーーーー、

 

『ーーーーーー《スピアザグングニル》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

宙を舞い、だらし無く空中で呆然と空を見上げたのは私の方。懐に入った時には完全に失念していた…彼女の真価は吸血鬼という種族の強さだけでも、冷徹無比な戦術眼だけでも無い。運命を手繰り寄せ、枝別れした未来の可能性から…己が導き出せる至高の結果を掴み取るあの力。

 

『がはッ…!!!』

 

紅の奔流が槍と化し、右手から力の限り投擲された不可避の一撃に、私は場外へ真っ逆さまに堕ちたのだ。漸く…遅れた思考が少しずつ追いついて来る。彼女は私が迫った時、能力による外的要因からの脱却をやってのけた…従って私の波長は数瞬の間のみ吸血鬼の制限に待ったを掛けられ、返す二発目のスペルカードで渾身の魔力を解き放った。眼を閉じても迷い無い攻撃に、余裕綽々の語り口と…単調と思わせてその実油断無い立ち回りが創り出した、レミリアさんにとっての最高のタイミングで、運命という鎖を跳ね退けただろう私を手玉にした。

 

『鈴仙・優曇華院・イナバ、場外! よって、二回戦第二試合の勝者ーーーーレミリア・スカーレット!!』

 

歓声とどよめきが混ぜ合わされた周囲の熱狂と、今も舞台から私を見下ろす吸血鬼の堂々たる姿に…私の挑戦が一先ずの終わりを迎えたと自覚した。

 

『う…うぐっ…! わだし、は……!!』

 

『鈴仙!!』

 

目頭に熱さが込み上げて、私の名を呼んだ姫様の声が、ずっとずっと、試合が終わってもずっと…消えずに残り続ける。声に秘められた悔しさより、健闘を讃えてくれた優しさが伝わって来る度に、私の涙は大粒になって流れ出ていた。

 

『惜しかったわね! みんなあんたの事応援してたわよ!』

 

『よく戦ったぞ! オモイカネの弟子は伊達では無かったな!』

 

『伏兵破れたり、最早この言葉以外に私も表現のしようが御座いません…非常に残念ではありますが結果は結果。敗者は勝者の栄華と眩しさに屈する他無いのです、しかし! 予想をはるかに超える大健闘!! 鈴仙・優曇華院・イナバさん! 永遠亭の機体の星此処にありと我々に知らしめてくれました!! この場に集まった皆さんも賞賛の嵐です!!』

 

敗者に対しても送られる声援は、少しだけ私の悔悟を和らげてくれる。姫様に連れられて控えに戻る途中、何故かコウさんが解説席から私たちの所まで来てくれた。

 

『鈴仙』

 

『コウさん…すみません…私、また半端な所で』

 

『あんたは良くやってくれたじゃない! 私よりよっぽど善戦したんだから、誇りなさいな!』

 

『鈴仙よ…永遠亭で世話になって居た時、私が君に言った事を覚えているか?』

 

コウさんが、私に言った事…勇者の辿る路、一度挫ければ後は無い険しい道のり。それを、今の私に問いかけて来た。

 

『はい…御免なさい。あの時約束したのに、異変の時から変わらずまた負けちゃって』

 

『違う…確かに負けたが、催しとはいえ、充分に気概を示してくれた。ありがとう鈴仙…今の君は私と初めて出逢った頃とは見違える程強くなった、心も力も…やはり君は、私の見込んだ勇者に相違無い』

 

嘘じゃない…このヒトは詰まらない嘘は言わないし、下手な慰めより相手を煽って奮い立たせる性格のヒトだ。だから多分…私は彼の言う勇者とやらになり始めているのかも知れない。でも、

 

『でも、悔しいです…! 次はもっと、もっと…!』

 

『その意気よ! 負けたって終わりじゃ無い。みんなイナバの事を認めてた…私は勝ち負けより、その事実が何より嬉しい』

 

『姫君の意見に私も同意する。頑張ったな、鈴仙』

 

とても暖かい。コレが誰かの為に、自分以外の何かの為に闘った証なのかな…ヒーローなんて柄じゃ無いけど、もし、そんな生き方をこの先も貫けたなら。この悔しさも、悪いものでは無いのかな?







暫く空けて、また書いてを繰り返すと何だか自分の話の構成を忘れそうになります。お恥ずかしい…感想、アドバイス、次はこうしたら?などの批判も全て大歓迎でございます! 頑張ります!
長くなりましたが最後まで読んで下さった方、まことにありがとうございます!

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