彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
ほんっっっとうに長らくお待たせしまして、申し訳ありません!
筆が進まないというのは簡単ですが、手につかずだらだらとひと月あまりを無駄にしてしまいました。更に申し訳ないのが、まだまだ緋想天編はつづくという事です。
以上のことを踏まえ、この物語は亀更新と化した投稿主の気紛れ、場面転換による話の読み取り辛さ、厨二を拗らせたポエミー文章が含まれています。
それでも待ってやったぞという方は、ゆっくりしていってね!


第六章 伍 静かなる兆し

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

妖夢と紫、二人の掛け合いを以って一回戦最後の試合が幕開けた。妖夢は鞘に納めた楼観剣…長刀に軽く手を添えたまま剣気を放ち、彼我の距離約三十尺を保って俯瞰した視線を向けている。

 

『………』

 

『威勢良く返した割には冷静ね、どう出る気かしら?』

 

対する妖怪の賢者は、飄々とした物言いにも応えぬ妖夢を前に、右手に持った扇子を開いては閉じてと落ち着きが無い。誘われているのは瞭然…不用意に仕掛ければ手痛い反撃を貰うだろう。だが、私の見立てた実力差からして後の先より初撃を獲るのは困難…然れば対策は一つ。

 

『疾ーーーー』

 

『怯まずに来ますか…最上の一手ですわ』

 

空気の壁を越えて、俊足の接敵に伴う抜刀が紫の胴を捉える。鋭利な眼光から発せられる意を交え、紫は尚も余裕を崩さず鋒を躱して見せた。

 

『ハッッ!!』

 

『これは…そう言えば、コウ様から教えを受けているのでしたね』

 

先の先で打ち込んだ長刀の一閃を捌かれたのも束の間、空かさず左手の鞘を逆手の状態で振り抜き奇襲を敢行する。喉元に迫った鞘尻を皮一枚で回避した紫だったが、三段目の攻撃がまだ庭師には残っている。

 

『半霊ーーーー』

 

『激しいこと…一息に三度、急所を狙って踏み込んで来るとは』

 

身体一つで対応するのも苦しくなったのか、紫は背後に大きめのスキマを作り出して飛び込み舞台の端へ後退した。半霊を螺旋状に捻り上げ、弾丸の如く頭部目掛けて放たれたがこれも躱される。数号の交差では、双方呼吸の乱れも決定打も無いが…妖夢は妖怪の賢者にもそれなりに体術の心得が有るという材料を手に出来た。

 

『先程の踏み込みから三連撃、成る程…彼の教えた甲斐有って、霊夢に比肩する実力に昇華した事は認めましょう。ですが』

 

『…! 恐縮です』

 

紫の発する妖力が、空気を震わせる程度には強くなった。眉間に汗を一つ流し…境内に集まる者達も晒される大妖の気配に緊張を高める。更には開いていた扇子を畳み、冷ややかな眼差しで自らの両側面に小さなスキマを幾多も展開し始める。

 

『これよりお見せするのは、外の世界から流れ着いた鉄の道標…其れ等を鏃と弩とし、貴女の剣が何処までのモノかーーーーーー採点して差し上げます!!』

 

紫の号令に合わせ、先端に奇妙な模様が施された看板付きの鉄柱が数十という単位で現れる。裂帛の気合から一斉に掃射される道標なる物を前に…妖夢は鞘を投げ打ち腰元の短刀、白楼剣を手に迎撃態勢を取った。

 

『二刀だけで捌き切れる?』

 

『押し通る!!』

 

二刀を巧みに操り、手近な三角頭の道標を横薙ぎに切り裂き、続く二発目を短刀で弾き返し三発目に叩き付ける。これ等の動きに僅か数瞬…妖夢は視界を覆わんばかりの形有る弾幕を次々と無力化して行く。

 

二刀を振るいながら、それでも徐々に前進する妖夢に紫の笑みが一層深くなる。聞くに百年は下らない西行寺との交流は、妖夢を見守って来た時間も勿論入っている…此処数ヶ月で目覚ましい成長を遂げて行った彼女に、喜びを隠せないのだ。

 

『先代の庭師も技の流麗さ、剣士としての強さは楽園の一角を担うに相応しい御仁だった…隠遁されて今は何処に居るかも知り得ないけれど、今の貴女を見たらさぞ喜ばれたでしょう』

 

『剣で語る他に術も無し!!』

 

とても似ている…と締め括り、紫は更に鉄の道標を増やして妖夢の接近を妨害する。まるで無数の矢へ臆さず対峙する英傑の様に、飛躍を遂げ続ける剣士が応える。

 

『凄い! 凄まじい剣技です!! 異変解決者の中では随一の近接能力を保持すると存じておりましたが、余りにも峻烈! さしもの紫さんも現状の手数では厳しいと思われます!!』

 

『反応速度、剣の振りにも無理が無くとても上質に仕上がっているのね…驚いたわ』

 

『剣技ーーーー』

 

間を置かず、妖夢の呼吸が深く沈み込んだ。四肢の筋肉を引き締め、交差上に刀を構えて鉄の道標の中を更に高速で駆け出す。

 

『《桜花閃々》ーーーーッッ!!』

 

走り去った舞台に、妖夢の纏った霊力の残滓が桜吹雪の如く飛散する。美しく真っ直ぐな軌跡に彩られた桜色の名残と共に…無駄を削ぎ落とされ、磨き上げた二刀の技が振るわれた。

 

『《境界を操る程度の能力》』

 

それを、紫は漸く能力を宣言し初めて防御に回った。数多の眼と思しき何かが妖夢を見詰め、空間の裂け目から五芒の方陣が出現する。刀身に触れた堅固な障壁が賢者と庭師の中間で剣閃を阻み、突進した負荷が乗せられて妖夢の身体が跳ね返された。

 

『くっ…!』

 

『妖夢、貴女と私の能力は相性が悪い。斬撃に霊力を組み合わせただけでは決して届かない…先代が到達した高みに、愈々貴女も立たねばなりません』

 

『時を斬る…ですか』

 

『文字通りの意味では無く、それだけの気概にて万事に挑めという…守護の剣を生業とする一族の矜持が含まれているのよ』

 

妖夢の口から呟かれた一言は、此処に居る誰にも聞こえていた。時を斬る…無念無想の心技体を備えて放たれる、凡ゆる意を消した不可避の一撃。ソレを成し得る根幹には、ただ相手を打ち倒すのでは無い、護るべきモノを守る硬い決意が必要だと賢者は注釈する。

 

『雨を斬るに三十年、空気を断つには五十年…時を斬るには』

 

『三百年掛かる…と聞いています。今の貴女ならば空気を両断するのもそう難しくは無いでしょう、しかし真に斬るべきモノを戦いの最中にも見つけられなければ』

 

紫には対抗出来ないという訳か。今の彼女には、生半な事では再現出来ぬのも分かっていて…敢えてその道を選ばせようとするか。幼少からの縁や情は、優しさだけでなく時に厳しさも併せ持つ…私としては緩やかに成長を見守りたかったが、傍観者の立場では是非も無い。

 

妖怪の賢者の発する妖気は一秒毎に重く、生温さすら錯覚する濃さを纏って妖夢へ圧し掛かる。この膠着状態を打破せねばやがては戦意を折られてしまう…失意に耐えろ、そして奮い立て、時を斬るに値する才覚と敵ながらに称されたなら…開け、勝利への突破口を。

 

『剣身一体…時を斬るという意味ーーーーそれは!』

 

『ふふふ…得心が行ったのなら、全力で打ち込んで来なさい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 魂魄妖夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

我が身の未熟を恥じ入るばかりだ。試合前に先生に対して大言壮語を吐いておいて…いざ強敵を前にまた、心を折られかけてしまうとは。自分は春雪異変の時からは比べられない程強くなった筈なのに、未だ届かぬ境地に立つ相手に胸を借りようなどという気概も無かった。

 

不敵な表情の紫様は、心の脆い私を責めようとはしなかった。未熟者が未熟者なりに全力で来いと言いたげに待ちの姿勢を貫いている…されど最早、この心に迷い無し。

 

雨粒を斬るのに十年以上を費やした…空気の壁を断つのに三十年を経た…今はまだ、半霊で半端な自身の幸運に胡座をかいて時を斬るには至らない。だからこそ、

 

『……加減は無しよ、境符ーーーー』

 

猛禽を思わせる笑みを零して、妖怪の賢者の妖気が四方を象った舞台へと収束され?。空間の裂け目から此方を見やる無数の目に光が灯り、主人の命令によって一斉に輝きを放った。

 

『《二次元と三次元の境界》』

 

私では計測不能な量の妖力が注ぎ込まれ、光る無数の目は無差別とも思える程の光線を束にして吐き出す。一筋一筋が私を打倒するに充分な威力と速度を付随させ…舞台の端から端を囲う様に光線の結界は完成した。

 

『ーーーーおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』

 

咆哮は恐れを糧に張り上げられ、萎縮した身体を気合で動かして何度目かの疾走。止まる気も無ければ諦めなどとうに過ぎ去った…反比例して呼吸は粗さを増し、四肢は鉛の如く気怠さを湛える。

 

『無謀な特攻は、犬死にと変わらない…考えが有るのね?』

 

……そんな物は無い。私はただ、時折脳裏に蘇る記憶に縋って、今現在に至るまでの記憶を回帰させている…。師匠が頓悟され…幾許かの時が流れた。冥界で幽々子様が異変を起こされ、それを漫然と受け入れた為に取り返しの付かない一歩手前まで西行桜は力をつけた。あの時もしも、先生が来て下さらなかったら…あの古木の呪いを取り払って貰えなかったら、今頃どうなっていただろう。

 

それから先は、返し切れぬ恩義に報いたいと心から願った。剣の道を極めれば、幽々子様だけでなく先生のお役に立てる日もいつかは…と。嘗ての自分に限界を感じていたのも、今なら認められる。だけど…先生が見守ってくれている今ならばきっと、

 

『人鬼ーーーーーー』

 

時を斬るとは時を斬るに非ず。

祖父が遺してくれたのは目指すべき力の方向ではない…在り方だ。どれだけ力を得ようとも、区別無く目に映るモノを斬り伏せるのでは、それは只の暴力でしか無い。

 

斬るべきを見極め、斬らぬと決めた無駄を淘汰し、見据えたモノだけを捉える優しき守護の剣。私が本当に倒したい敵は紫様ではない…彼女の繰り出した技の一つ一つ、己が背に大切な人々を想起し、決して折れぬ心と磨き上げた技で、自分の弱さと共に相手の放つ害意を断つ。

 

それが例え雨粒程に小さく見え難い、空間丸ごとを切り取らねばならない様な、時の流れにさえ左右されない強大なナニカで有っても。この手に集約される技と武器、魂と肉体の全てを賭して、迫り来る脅威を無に帰す!!

 

答えに至った瞬間…いつかの先生の言葉が過ぎると同時に、私の頭の中で何かが弾けたーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《未来永劫斬》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

握りは軽く、腰は深々と膝と腹が触れそうな間隔まで身体を折り畳み、振りかぶった鞘から体幹の回転と共に楼観剣を引き抜く。直後…光線が巡らされた結界の只中で、今まで自分が出した事も無い剣撃を生み出した。如何に人智の及ばぬ思考速度と絶大な能力を持つ紫様であろうと、反応し得ない領域の攻撃は躱せない。

 

『まさか、私の弾幕を一度に全て斬るつもりーーーーッ!?』

 

『師の示した道は遠い記憶の中でも心を強く、先生の教えは今日に至るまでこの身を更に強くした!! 本当に斬るべき相手は、紫様では有りませんッッ!!』

 

空気の壁を踏み抜いて、空を飛ぶ要領で舞台の上下左右を無尽に奔る。煌めく刃は結界を敷く方位陣を一つ断っては光線を霧散させ、次に向かうべく宙空を踏み込む度に順応し始める脚は速度を高めていく。

 

『成る程ね…自分との戦い、貴女らしいわ。己の未熟を認め、竦む身体に檄して私に挑むーーーー合格よ』

 

続く斬撃と高速移動に、手足は徐々に軋みを上げる。その前に…私の剣は弾幕の結界全てに届いた。

 

『いざ、参りますッッ!!』

 

『来なさいッッ!!』

 

諸手を上げて、最後の一太刀を浴びさんと迫る私に…紫様は満足そうな表情で迎え入れた。峰打ちに翻した刀身が彼女を袈裟形に捉え、振り抜かれた一打に妖怪の賢者は吹き飛んで行く。

 

『それまで! 勝者、魂魄妖夢!!』

 

終了の号令が藍さんから発せられ、私は残心を取る余裕もなく膝から崩れ落ちた。視界にはふわりと着地し、何事も無かった素振りで佇む紫様が此方へと近づいて来る。

 

『本当に、強くなったわね…その心意気を忘れてはなりません。貴女は誰でも無い貴女自身、今はまだ未熟でも、弱くてもーーーーいつかきっと、追い掛けた背中に届く日が来るはずよ』

 

差し伸べられた手を素直に取って、立ち上がらせて貰う。勝者を讃える様に掴まれ掲げられた私の腕を合図に…周囲から歓声が響き渡った。

 

『やりました! あの妖怪の賢者、八雲紫を相手に果敢に走る姿にこの射命丸も感動を禁じ得ません!! たかが余興、されど真剣! 境内の皆々様も賞賛の嵐です!!』

 

『紫は初めから妖夢を試していた…異変解決者として急激に伸びながら、何処か自信の無い部分が残っていた過去の姿は最早見られない。二人とも、良い試合だった』

 

『やるじゃない妖夢! 魔理沙も残ってるし、このまま二人でじゃんじゃん勝ち進みなさい!』

 

『私と当たったら意味ないけどな! とにかくおめでとう!』

 

解説者席の先生も、私と紫様に大きな拍手を送ってくれる。何だか恥ずかしくて、でも誇らしい。紫様が相手で本当に良かった…これでまた、私は少しだけ強くなれる気がする。

 

『ありがとうございました、紫様』

 

『礼には及ばないわ…貴女にも、霊夢や魔理沙と共にもっともっと活躍して欲しいもの。昔馴染みのよしみというモノです』

 

時を斬る…必ず成し遂げてみせますよ師匠。先生や紫様が、仲間が居てくれる限り、何処までも進んで行きます。だからどうか、いつの日かまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 八雲紫 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合の後、司会進行を務める鴉天狗の手腕により二回戦進出を果たした者達の紹介が改めて行われた。選手用の控え席では、昼休憩を終えてこれまでの激闘を勝ち上がって来た面々が揃っている。

 

『実況の射命丸が、晴れて二回戦進出を致しました皆様の紹介をさせて頂きます! 一人目は、映えある一回戦第一試合を瞬く間に決めた紅魔館の隠れた実力者! 技の冴え、熟達した武を以ってその存在を知らしめてくれました! 紅美鈴さんです!!』

 

『頑張ってね、美鈴! 次も期待してるわ!』

 

『確かに第一試合は見事だったねえ、隙が無いってのはあの門番みたいなのを言うんだろうね。ま、応援してるよ』

 

観客席に移ったメイドや、試合の後から今の今まで休まず酒を煽り続ける萃香が美鈴に声援を送る。当の門番は居住まいを正し、拳を合わせて短く礼をして凛然と応えた。

 

『皆様、ありがとうございます! 比武の場にて機会を与えられた事は…恐悦至極です! 次の試合も頑張ります!』

 

少々固い挨拶だったけれど、その心意気を見物する皆は快く受け止めた。実際の所…此度の催しで最も有力な陣営として立場を示したのは間違い無く紅魔館だろう。

 

何せ出場者数は当主を含めて三名の内二人が、結果だけなら圧倒的な戦術と膂力を活かして残った。今や此処に集まる人妖で、彼女らを与し易しと侮る者は居ない。

 

『続いて二人目は、御自身の知略と能力を活かして見事博麗の巫女を討ち取りました月の兎! 今回の催しの伏兵も伏兵! 彼女は何処まで下克上を貫けるのか!? 鈴仙・優曇華院・イナバさん!!』

 

『うう…何だか紹介に悪意があります。姫様も負けちゃったのに私独りじゃ』

 

『行けー! そんな奴らボコボコにしちゃえイナバー!! 序でにレミリアも倒して私の仇を取りなさい!!』

 

『無茶言わないで下さいよー!!』

 

『クックック…私はいつでも受けて立つぞ?』

 

月の玉兎…鈴仙は元兵役故の戦術眼に加え、能力の特異さでは輝夜を負かしたレミリアにと引けを取らない。レミリア自身も幻想郷に来てから今まで表には出して来なかったものの、心技体兼ね備えた彼女に臆病な兎さんが当たればどう挑むのかは興味が尽きない。周囲もそうなるのを期待しているのか…今回の催しの目玉の一つとして注目度は一際高い。

 

『三人目は飛び入り参加ながら、十六夜咲夜さんの能力を奇妙な踊りでひらひらと躱し、勝利を収めた比那名居天子さんです! その実力は全くの未知数! 彼女は空を過ぎ去るそよ風か? はたまた大地を抉る嵐の類か!?』

 

『私の紹介だけ何かおかしくない!? 踊りじゃないわよ! れっきとした剣技よ!!』

 

『まあまあ総領娘様、ご無理を言って出させて貰っているのですから…それに多少の野次も人気の証です』

 

二人は本来なら…催しに参加させる意思など毛頭無かった。だけど、初めて彼女らが地上に降りて来たのを察知し邂逅した時、比那名居天子の言葉を聞いて敢えてこの場に列する事を許した。私だけが二人の素性も、真意もある程度は理解している…あんな事を言われては、如何に相手が我々の嫌う出自に在っても気が変わろうというものだ。

 

【私はあいつらが嫌い…自分達だけ無関係なフリをして、今までずっと色んな事を見過ごして来た。私はあんな風になりたく無い! だから私は、此処に居る!】

 

 

 

 

 

 

『だから、同族にも不良扱いのレッテルを貼られたのでしょうけど…心意気だけは買ってあげる』

 

『四人目は先程勝ち上がったばかりの魂魄妖夢選手! 華麗な剣技と不屈の精神で、妖怪の賢者のお墨付きを頂いた期待の新星! 参加者の中で唯一、コウさんの教えを受けているとあってトトカルチョ倍率はかなり高めです!!』

 

あの天狗…私の知らない所で賭博の元締めなんてやっていたの? 本人達の意思で参加しているなら構わないが、神聖な神社で賭け事なんて良識に欠けるわ…催しが終わった後に折檻しなくては。

 

『最後は異変解決者の中でも霊夢さんと同じく最古参の、霧雨魔理沙さん! 奇抜な発想と言動にそぐわぬ緻密な魔法戦はさぞ見所が多い事でしょう! ちなみに私は魔理沙さんに賭けました!』

 

『サンキューな! 分け前は優勝した後に頂くぜ!!』

 

『全く…あら?』

 

まあ、参加者にやる気が有るのは何よりね。私の各々への印象や意気込みを見据えている間…彼は、コウ様は席に着いたまま何事かを思案している。一見冷ややかさを備える銀の双眸が、何故かーーーー神社の外の景色、何処か遠くを見つめている。

 

『どうされました? 九皐さん? そろそろ勝ち残った皆さんに激励の一つでもお願いしたいのですが』

 

『済まぬな…少し野暮用が入った。私は暫し抜けさせて貰う』

 

『え!? そんな急にーーーー!』

 

彼の視線は催しの会場から離れた何処か遠く、遠くから外されぬまま身体は立ち上がり、音も無く黒い孔を呼び出して埋没して行ってしまう。どうしたのでしょうか…コウ様なりに此度の催しを楽しんでおられる様子だったのに、消え去る間際の横顔が。

 

『紫様、彼のヒトは何処へ向かわれたのです?』

 

『分からないわ…でも、良い予感はしない』

 

今はまだ催しの真っ最中だ。彼の余裕の無い態度に訝しむ連中はちらほらと伺えるが、今回は各陣営の交流を深める為の大掛かりなモノ…おいそれとは中止も出来ない。

 

『彼なら大丈夫です。きっと家の鍵を閉め忘れたか何かなのでしょう…藍、コウ様に変わり私が射命丸と共に進行を引き継ぐから、二回戦の準備を整えて頂戴』

 

『は…ご随意に』

 

嫌な感じだ…私でも何も感じ取れない、何かに彼は気付いた。此処にいる誰もコウ様の真意を確かめられる者は無いーーーーーー、一体…彼は何を察知して向かったのか。

 

『うー! 私の紹介だけ忘れられてる…』

 

そう言えば、レミリアだけ紹介されてなかったわね…面白いからそのままにしておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは小さく、余りに微かな揺らぎだった。

我が館のほど近くに誰かが近付き…人目を憚る様に押し止められた気配の奥に妖力を漂わせていた。静謐で緩やか、かと言って無視出来る類のモノでは無いと、頭の奥で警鐘が鳴り響く。

 

只の杞憂か、又は何がしかの予感か。作り出した孔の中を潜り抜け、館の門前に佇む何者かを捉えてその場に出ると…私に気付いた某かは茫洋とした足取りで振り向く。

 

『………』

 

『其処な帽子の少女よ、我が館に何用で来たのかね?』

 

『!! お兄さん、私が視えるの?』

 

異な事を言う少女だ…肩口まで伸びた、緑がかった亜麻色の髪を揺らし、帽子の内側から覗く瞳が瞬く。驚愕、興味、様々な感情が垣間見れるというのに…当人の声音は不思議と落ち着きの様なモノを感じた。

 

『視えるとも、何か可笑しな事を言っただろうか? さて、私の質問に答えて欲しい。何故、君は私の家に入ろうとした?』

 

『凄く、不思議な感じがしたから。暖かくて、でも暗くて…お兄さんの纏う空気? みたいなのが濃く染み付いてる。それに』

 

名も知らぬ彼女の破顔は、私に幾許かの衝撃を与えるに至った。笑っているのに、笑っていない…まるで設定された表情を貼り付けたかに思える機械的な笑み。先程まで隠していた気配を今度は強く表し、小柄な帽子の少女は上半身を左右に振りながら歩み寄って来る。

 

『不思議なヒト、妖怪でも人間でも無さそうなのに…今迄見た誰よりも存在が確かで曖昧。動物の皮を被ったナニカにしか、見えないわ』

 

『さてな…君の哲学的な問いに私はどう応えるべきか。君は誰だ? せめて其れ位は教えてくれ』

 

『私は、《古明地こいし》って言うの。地底から来て、今はお出かけしててこれから帰る所よ? ねえお兄さんーーーーーー私とちょっと、遊ばない?』

 

言葉が言い終えられた直後、こいしと名乗った少女の気配が更に薄くなった…陽炎の如く輪郭が揺らめき、しかし確かな意志を備えた彼女の両手に薄緑の光が灯る。

 

『これでもまだ、私が視える?』

 

光の軌跡が視界から消え去り、空へ投げ出される形で放られた光が弾丸に変わった。三日月に似た口元の笑みが深まり、薔薇の花弁を模した弾幕が降り注ぐ。

 

『…うむ。君は少しばかり、ヒトの目を盗むのが得意らしい。だがーーーー』

 

身体から漏れ出る銀色の波が弾幕を遮り、迷わず館の門前で立ち尽くす少女へ一息に詰め寄る。頭一つ以上も小さい古明地こいしは、瞳の奥に捉えられた自らの顔を見詰めて双眸を見開かれた。

 

『すごい、どうやって此処まで来たの? 弾幕も避けて無かったよね? 全然見えなかった…! すごい、すごいすごい!』

 

『申し訳無いが、今は私も出先でな。君の遊びに付き合ってやれる時間が無いのだ…後日また、此処へ来なさい』

 

『つぎは…遊んでくれる?』

 

『約束しよう』

 

帽子越しに掌を頭に乗せて二度三度と撫でてやると、今度は機械的で無機質では無い…本当の意味で喜びを湛えた笑みで返して来る。

 

『わかった! 今度は私もお家に招待するから、明日ね、明日また! 同じ時間に来るからね!』

 

そう言って、こいしは私の前から完全に姿を消した。見事な隠形の技だが…あれだけの術を一体何処で身に付けたのだろう。身の熟しと態度は幼子其の物であるのに、秘めている力は尋常な妖怪を遥かに上回っている。予感が有った…明日を境に、私は彼女の関わる何がしかに巻き込まれ、こいしの言う家とやらに対し自ら赴くかも知れない…漠然とした、頭の中に根付いた違和感が消える事は無い。

 

『そろそろ戻らねばな…明日此処に来ると言うのだ。今はただ、待つのみとしよう』

 

博麗神社の催しを放り出してまで出迎えた訪問者は、私にとっても此れ迄に出逢った誰よりも得体の知れない少女。館の前で再度孔を開き、境内に戻る頃には、私の彼女への興味は薄れ始めていた。

 

『あ! 戻られましたか! いやー困りますよぉ、急にいなくなられると場を独りで持たせなきゃいけなくて大変で大変で』

 

改めて司会者の席へ着くと、口数の減らない射命丸の抗議が延々と垂れ流される。済まないとだけ告げて、眼窩に映した舞台の人影を注視する。

 

『もうじき二回戦が始まります。相手は』

 

『美鈴と、天子だったか』

 

『戻られましたのね、私も二回戦からは進行役の補助をしますから…どうぞお気軽にご覧下さいな』

 

傍らにもう一つ椅子が設けられ、右から射命丸、私、紫の順でテーブルが埋められる。扇を片手に口元を隠し、小声で紫が問いかけて来る。

 

『慌てた御様子でしたが、どうされましたの?』

 

『うむ…虫の報せでは無いが、館に妙な気配を感じてな。行ってみればとても不思議な少女と会った。詳しい事は催しの後に話そう』

 

『畏まりました』

 

紫から視線を戻し、舞台の上の二人を見比べる。数回の言葉の遣り取りから察せられるのは、美鈴からは警戒と疑念…対して天子は飄々としつつ含みのある顔付きである。

 

『咲夜さんを降した技、私が破って差し上げます』

 

『そうねえ…あんたみたいなタイプが、実は一番苦手だったりするのよ私。立ち居振る舞いから呼吸まで自然体の癖に、近くなればそれだけ隙が見当たらない…強敵ってやつ?』

 

『それでは二回戦第一試合ーーーーーー始め!!』

 

会話の最中、太鼓の撥を片手に藍の合図が示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ている。

ハッキリとした感覚に伴う、曖昧模糊とした内容の夢。

まず感じたのは悲嘆。次にやって来たのは憤怒。そして、それらの感情の原因となった裏切りの記憶。

 

『此処は…どこ?』

 

私の声に応える者は居ない。代わりに、見下げた寂しげな景色の真ん中に座する…一匹の竜が其処に居た。たまに視るのだ、誰の思考も勝手に読み取ってしまう因果なサガから…取り留めも無い夢の残滓を。しかし、今回の夢は確かな形を成して現れている…これは感情を縦糸に、記憶を横糸に紡いで出てきた誰かの、いつかの出来事だと知った。

 

「我には、寄る辺等初めから無かったという事か」

 

一体どれだけの時を経た者の夢だろう…黒く、鎧の如き刺々しさを携えたその竜は、何処かの宇宙の果てで独り呟いた。数を数えるのも馬鹿馬鹿しい程の剣を、弓を、槍を突き立てられ…詰られ、貶められて尚、彼は絶望だけはしなかった。絶望こそ彼の真実故に、最後の軛だけは外すまいとして…清く、大らかに。この世総ての深淵を指しても甚だ足りぬ力の塊は、愛おしさと優しさを忘れなかった。

 

「それでも良かった…一抹の幻に同じと分かっていても。我は手を、差し伸べたかったのだ」

 

何て綺麗な在り方だろう。星々の煌めきに合わせ流れ行く記憶から、その竜が何度、押し潰されそうな失意を味わって来たかを思い知らされる…だのに彼は満足気に、乾いた笑いを一つだけ零して、銀光を纏うソレは遍く世界の行く末を見続けた。

 

『数えきれない始まりと終わりを、ずっと独りで』

 

私の言葉は、黒い竜には届かない。

私の見ている今の景色も何もかも、過ぎ去った時間に他ならない。どんなに私が彼に心を痛めても、どんなに彼の生き方を褒め称えたいと思っても…出逢ってもいない、況してや存在の質からして何もかも違う相手に、私の心が届く訳が無い。ーーーーーーーーーーそう思っていた。

 

「帰れ、小さき者よ」

 

『ッッ!?』

 

夢の中で、記憶の中で、ソレは確かに私を見て…此処から去れと促して来た。混乱で思考がまとまらない…身振り手振りで慌てふためくだけの私に、闇の帳を思わせる大きな翼を翻して彼は続ける。

 

「汝の視る夢に、我が如き存在は不要だ。疾く此処を去り、醒めよ」

 

『待って…! どうしてなの? 何で貴方は、ずっと苦しんで来たのに…ずっとずっと裏切られて来たのに!! それでもまだ信じられるモノなんてーーーーッッ!!』

 

私には、到底不可能な事だった。私が私である限り、本当の意味で私以外の何かを信じる事は難しい。それは私が、

 

「信じるとは…報われるべきモノでは無い」

 

『そんな、そんな筈ーーーーーー』

 

「信じた己を誇れるか…それだけの事だ」

 

急激に、夢の中にも関わらず意識が遠のいて行く感覚に襲われる。待って! 私に貴方をもっと視せて! まだ話を聞きたいのに! 貴方はきっと、私のーーーーーー!!

 

「次に視る君の夢が、暖かなモノであると信じる」

 

最後の言葉はとても温かく、慈しんだ声音で吐き出された。視界は途端に白み出し…ベッドに横たわる自分の小さな身体が蠢く感触で目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

『お姉ちゃん? 大丈夫? 泣いてるの?』

 

『ん、んぅ…こいし? そう、戻って来たのね。お出掛けは楽しかった?』

 

私の問いに、妹は少しだけはにかんで頷く。

可愛らしい仕草に釣り合わない不器用な微笑みが、沈んだ私の気持ちを少しだけ和らげてくれた。ベッドから起き上がり、瞼を擦りながら妹に向き直ると…彼女は何かを握りしめた手を出してくる。

 

『これは…』

 

『お土産だよ! 帰りがけに寄ったところで拾ったの!』

 

開かれた掌には、いつもこの子が被っている帽子が有った。何の話かと思ったのも束の間…こいしの帽子に、予想外の代物が残っていた。

 

『何よ、これ…妖力? いいえ違う…この気質は、魔力かしら』

 

『うん! 凄いよね? 凄いよね!? 今はもう消えかけだけど、帰るまでに近くに居た妖怪も生き物もみーんな私を避けたんだよ!! 私のこと視えてないのに、もうぶわぁぁぁって!! こんなの初めて!!』

 

いつになく興奮を隠せないこいしに対し、私は彼女に同調するのも忘れて先の夢に出て来た彼を想起した。深淵の色に染め上げられた、管の様な器官から迸る銀を放つ竜の姿を。これは夢? それとも。

 

『魔力の持ち主は、誰なの?』

 

『うーん、分かんない。見た目は背の高い男の人だったけど、私には人の皮を被ったナニカにしか見えなかった』

 

そう、そうなのね…きっと、あの夢を見たのは何かの予兆に違い無い。夢で感じた竜の気配と、こいしの帽子に残った魔力の残滓は無関係じゃない。でも何故だろう? 胸騒ぎがする…まだ見ぬ存在を切っ掛けに、どんな因果に巻き込まれるのかと不安になる。

 

『また明日遊びに来なさいって言ってたよ! ウチにも呼ぶって約束したんだぁ』

 

『ええ、良かったわね。それで、その男性の名前は?』

 

『……………………聞くの忘れちゃった』

 

無言の溜息で返すと、分かっていないらしい妹はにこにこと笑いかけてくるばかり。滅多に転ばず、タダでは起きぬといった風な古明地こいしは…昔から興味の湧いた相手の名前も聞き忘れるお茶目さんなのだった。






すみませんでしたぁ!!
前書きでだらだらと言い訳しましたが本当に謝罪するばかりでございます!!
次回もだらだらと更新されるでしょうが、最後まで読んでくださった方、誠に、誠にありがとうございます!!

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