彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
暫く日にちを開けて申し訳有りませんでした。今回は戦闘に続く戦闘、中々苦労をかけられましたが、何とか形とした次第です。

この物語は能力の独自解釈、どんでん返しの展開、厨二マインド全開でお送りいたします。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第六章 四 勝利への気概

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

両者の位置は鏡合わせの様に重なっていた。妖界隈に於いて夜の支配者と名高き吸血鬼は、曇天の空で十字架を背負うかの様な佇まいで眼窩の敵を睥睨し吠える。

 

『正念場だ…月の姫よーーーー何方の能力が優っているか、此処で白黒付けるとしようッッ!!!』

 

また永遠を内包した貴き姫は舞台の中心で静かに立ち、膨れ上がる力を礼賛する勇壮さで上空の悪魔を見据えた。

 

『待たせたわねーーーー征くわよッッ!!』

 

掛け合いの最中、私の頭の中で或る疑問が浮かび上がる。《永遠と須臾を操る能力》と、《運命を操る能力》…理を司る力というのは例え人為らざる身で在っても制御は容易では無い。姫君は不死なればこそ、永遠とさえ思える須臾の中で十全な活動が可能であり…レミリア嬢は人外且つ卓越した精神の持ち主故に日毎数多の運命を垣間見つつも自身に係る事柄なら操る事が出来ると語ってくれた。

 

妄りに用いれば、双方とも並々ならぬ負荷を使用者に掛ける筈の能力であるが…効果の程は言うに及ばず。もし数分先の運命をレミリア嬢が完全に手中に収めたとして、其処から先の結末さえも手繰り寄せた彼女に勝てる者は…今の楽園には殆ど居ないと私は考える。

 

対して姫君も、彼女の能力も恐るべき効果を持っているのは此処に集う誰もが知る所だ。しかしながら彼女は、先の試合で出た霊夢や咲夜と同じく自身の認可無くして発動は出来ないとは永琳の言。

 

何故、私がレミリア嬢と姫君を比較する様な思考を直ちに巡らせたか…それはレミリア嬢の持つ力が、果たして彼女と共に挙げた三者に共通する、発動の為に彼女も瞑想や集中等の準備が必要かと言う点だ。

 

運命という不確かなモノを統べるというのが、彼女の能力足り得ているのは間違い無い。ならば…私の知る限り彼女はそういった能力を行使するに必要な挙動を、試合開始から何かしら取っただろうか? 答えは否…だのに、舞台の上を浮遊するレミリア嬢の不敵な笑みは消えない。

 

『何…? おかしい、違和感が』

 

『ーーーーーー何を狼狽えるか、月の姫。もしや…何故能力の影響下で私が平気で喋っているのか? なんて思ってはいまいな?』

 

『ッッ!?!?』

 

姫君の狼狽は最もだ…吸血鬼の羽撃きから起こる風の流れ、発した声音が周囲に反響する大気の揺らぎ。其れ等が正しく須臾の下に遅々として舞台を駆け巡る中、当のレミリア嬢は全く普段通りの調子で弁舌を始めているのだから。

 

『ちょっと…頭が痛くなる光景ね』

 

『いやいや、この程度で驚いて貰っては困る。まさか、今まで不思議に思わなかったか? 咲夜という時を操る人間を従えている私が、何故自らを脅かすに充分な力を前に日々平気な面して茶を啜っているのか……答えは簡単だ。例え我が愛しの瀟洒なメイドが、全戦力を以って抗おうとも…私には決して勝てぬからだよ』

 

雄弁な語り口が、述べた一言一句を虚偽では無いと周囲にも分からせた。咲夜がレミリア嬢に仕える経緯は私も知らないが、信頼の裏には必ず理由が存在する。一つは家族の情…もう一つは、主人たる彼女が持つ力への忠誠や崇敬。真面に考えれば馬鹿馬鹿しい話だが、レミリア嬢は初めから能力を使い続けていたのでは…正確には彼女という存在そのものが、力を発現した時より運命を予見し操作する一つの装置と成ったとするのが妥当か。

 

『あー成る程…だからあの時は私に態々使えだなんて言ったんだ、あの時は考えもしなかったわ。後になって実は何かされてたんじゃ無いかと思ったけど、そういう絡繰だったのね』

 

舞台に立つ二人を除き、沈黙するしか出来ない境内で…霊夢の得心が行ったと思われる発言が飛び出した。私の仮説は当たらずとも遠からぬ内容らしく…全霊で打つかり合った経験の有る霊夢の物言いが突き刺さる。

 

霊夢とレミリア嬢の紅霧異変での長時間の拮抗は、彼女が霊夢の力の発動を遅らせんと運命を操る能力で…即ち因果律を操作した事で限界まで意識外に誘導したのが起因していたか。

 

『無論、全てを意のままには出来ない。限界も有る…だが今と似た状態を引き寄せるだけならば、少し頭痛がする程度の対価で済んでしまう……フフ、若い内からやれる事はやっておく物だな』

 

開始直後の姫君と彼女の接戦を間近で見ても、紅魔組は若輩が多いだけに他の参加した勢力からすると一枚劣るというのが周囲の見解だった事だろう…その誤認は霊夢と本人の発言も相まって全員の脳裏から消えた訳だが。

 

『取り扱いの難しい、複雑な能力だからこそ相手の虚を突けたのだな…見事だ』

 

加えてレミリア嬢は油断無く、手抜かりも無い徹底した優勢戦術を敢行しこの状況を作り上げた…齢五百程度とは思えぬ鬼謀と実行に移せる胆力に末恐ろしさを感じる。

 

『余談だが、お前は勘違いをしているよ輝夜。これは嘗て咲夜にも口を酸っぱくして教えて来た事だが…時間とは、全てのモノが縛られる概念だ。だが、もし、今の私の様に一時的にそういった理から外れられる異能を抱える者が…身近に居る筈が無いと如何して言い切れる?』

 

『それが霊夢や、あんたみたいな奴だって言いたいの?』

 

誇らしげに捲し立てる吸血鬼の、歪んだ喜悦から溢れる笑みが姫君の質問を肯定した。姫君は苦虫を噛み潰した表情で、自身の最大の武器を凡庸な代物へ貶めた夜の王を睨み付ける。

 

『それにな…お前と戦うだけなら、曇天だろうが晴れ模様だろうが、況してや時が止まっていようが遅れていようがーーーーーー私には丁度良いハンデだよ』

 

『レミリアーーーーーーーーーーッッッ!!!』

 

『いけない!! 姫、それじゃ彼女の思う壺よッッ!!』

 

挑発に耐え兼ね、観客に紛れていた永琳の制止も耳に入らず…輝夜は弾幕を放てる事すら忘れて一直線に宙空へ駆け上がった。一連の運びが実を結び…深紅の瞳を湛えたレミリア嬢は右手に込めた魔力を激しく瞬かせる。心理的に追い詰められ突進して来る標的を躱し、彼女が掌に込めた魔弾で輝夜を迎え撃つのに…充分過ぎる隙を生み出させた。

 

『輝夜…戦いとは冷たく、陰惨で、より狡猾な者が勝つと知りなさい』

 

『なっ…!?』

 

避けた事で真横を擦り抜けて行く輝夜をレミリア嬢は一瞥し、何言か呟いた直後…右手に集めた魔力を彼女の胸元で解き放った。

 

『ごめんなさい。勝負とは言え、貴女を貶す様な真似をして…』

 

『ーーーーーーーーあんた……』

 

舞台を跨ぎ、吹き飛ぶ輝夜の背中越しに私が見た吸血鬼は、確たる勝利に喜ぶでも無く…平静を欠いた姫君を嘲るでも無い。冷然に努めるも何処か悲しげな、筆舌に尽くせぬ表情をしていた。

 

『それまで!! 勝者、レミリア・スカーレット!!』

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ レミリア・スカーレット ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

勝者を讃える声も、流石は吸血鬼…催しでも手を抜かず何と悪辣で効果的な戦術だ、等と怖気混じりに評するだれかの声も、今の私にはまるで響かなかった。

 

『どうしよう…』

 

アレはやり過ぎた。咲夜が負けた悔しさを引き摺ったまま戦ったのがバレバレだ…これじゃ輝夜を煽り倒したばかりか只の八つ当たり。恥ずべき愚行だ…戦う内に当初の考えは何処へやら、段々熱が入って逸れて行って。

 

『言い訳だ……見苦しい』

 

舞台に降り立った後も、私には輝夜を見るだけの勇気が無かった。あんなのは無しだ…私が見た運命は輝夜の影響下から能力で一時的に脱却し、動揺させている間に勝つというモノだった。最善を尽くしたと言えば聞こえは良いが、剰え余興の場で相手を意図的に論うなどーーーーーー。

 

『棄権しよう…美鈴がまだ残ってるし、それで、ちゃんと…』

 

輝夜に改めて謝罪しよう…と口に出そうとした瞬間、情け無い事に目尻が熱くなって来た。もっとスマートな結末にする筈だったのに、調子に乗った結果がこの様だ。

 

永夜異変で幽々子達と争った時とは訳が違う。思想や信念の相違から衝突するなら構わない…だけど、仮にも娯楽として用意したのに自分がソレを忘れるなど論外だ。真正面から捩じ伏せたならまだしも…未熟な自分を今程嘆かわしいと思った事は無い。

 

『九尾の狐、私はーーーー』

 

『ちょっと、何してんのよ!?』

 

八雲紫の式に辞退すると告げようとした途端、後ろから肩を掴まれて引き止められた。恐る恐る相手を見ると、明からさまに膨れっ面の輝夜が立っている。

 

『さっきのはやり過ぎた、あんな遣り方では…催しの本分を蔑ろに』

 

『あんた……バッッッカじゃないの!?』

 

溜めの入った罵倒と共に頭を盛大に小突かれ、呆然とする私に輝夜は更に険しい顔付きで口を開いた。

 

『正々堂々って言ったのは私だけど、何も考え無しに殴り合おうってんじゃ無いんだから! 勝ったレミリアがそんなしょぼくれててどうすんのよ!?』

 

『しかし、これは余興であって』

 

『遊びでも何でも、本気でやる方が良いに決まってるわよ! 上手い事乗せられて自滅したみたいな物なんだから、それに』

 

輝夜は私を舞台上まで強引に引っ張り、視線で私に周りを見る様に促して来る。其処には、

 

『中々の煽りだったな、輝夜がムキになって突っ込んだのも頷けるぜ。私も耐える自信無いわ』

 

『相手の精神を揺さぶりつつ戦いを有利に進めていたな…紅魔館も他に比肩する、侮れない勢力と思い知らされた。早苗も偶には私が修行を付けてやるかなぁ』

 

『勝った奴がそんな顔でどうすんだ! 私ら何か共倒れで引き分けだぞ!! 喧嘩は強い奴が勝つんだから、もっとしゃんとしな!!』

 

『あんた最後の方、言ってる事訳分かんないわよ…酒の飲み過ぎ? それとも幽香の最後の攻撃で頭打っちゃったの?』

 

『ねえねえ衣玖! あの妖怪凄くやり手じゃない!? 相手の方も何か凄そうなヤツ使ってたし!』

 

『流石だな、君と初めて逢った時から…一角の者であるという予想は正しかった』

 

誰も彼も、コウでさえ私を責めるどころか賛辞や激励を贈って来る。輝夜も例外では無いけれど…此処に来る連中は変に懐が深い。私も、いつかはそう有りたいーーーーーーなので、

 

『次の二回戦で私と当たるのは誰かしら!? 減らず口の血吸い虫と奢るなら、誰と言わず薙ぎ倒してやるから覚悟する事ね!!』

 

私も、精一杯連中に野次を飛ばして置く。傍らの輝夜は、先程とは違って晴れやかな笑みで応えてくれる…気負っていたのは私の方かも知れない。初志に立ち返り、この日の最良の運命を必ずや紅魔のモノとする…それで良い、私はこのまま我が道を進もう。

 

『またコウモリちゃんが何か言ってるわよ! 妖夢! 当たったら必ず泣かせておやりなさい!』

 

『え!? 私がですか!? は、はい!! 先ずは一回戦を勝ってからそうします!!』

 

『お嬢様ー! 私も頑張りますので、次も勝ちましょう!』

 

『美鈴は兎も角…お嬢様が負けるなど有り得ません! 次も咲夜が応援致しますから、ファイトです!!』

 

『お姉さまー!! 私もパチュリー達も応援してるからねー!!』

 

『ほら…アレ位でグチグチ文句言う奴なんて、幻想郷には居ないわよ。二回戦、私の分も頑張んなさい!』

 

騒がしいわね…煩くてお祭り好きで、落ち着く暇も無いわ。私からすれば、曇り空の上の太陽より眩しく感じる…曲者揃いで、でも暖かくて、何処か無責任で、とても心地良い。

 

『ええ…精々貴女に勝った私が、優勝する瞬間を指を咥えて見てると良いわ! レミリア・スカーレットが居る限り、この催しは紅魔が頂いたも同然よ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 霧雨 魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一回戦も終盤、残り二試合となりました!! 次の対戦へ移らせて頂きます!! 東の方ーーーー霧雨魔理沙さん!!』

 

『来たぜ! 霊夢も咲夜も負けちまったから人間サイドは私と妖夢だけになっちゃったけど、誰が相手でも私は勝つ!!』

 

意気込んではみたが、残ってるのは妖夢、紫、衣玖とかいう羽衣と帽子を付けた飛び入りだけだ。誰が相手でも一筋縄じゃ行かないだろう…此処は当たって砕けろ! いや、相手を砕く! それで万事解決だ!

 

『西の方ーーーー永江衣玖選手!!』

 

『総領娘様、呼ばれてしまいましたので…行って参りますね? 私の試合が終わるまで周りの方に御迷惑を掛けない様に気を付けて下さいね?』

 

『私は子供か! 良いからちゃちゃっと勝って来なさい!』

 

むむ…天子とかいう奴は一回戦を抜けてるとは言え、既に身内の勝利宣言とは私も舐められたもんだ。異変の時と違って、そこそこ狭い舞台の上では遠距離主体の私や咲夜に不利が付いてしまったルールである以上苦戦は免れ無い。かといって無様に負けるのは癪だ、知恵とパワーで押し切るぜ!

 

『お手柔らかにお願いします』

 

舞台に上がると、衣玖はぺこりと一つ頭を下げて話しかけて来た。天子って奴はちょっと生意気だと思ったが…付き添いで来たらしい彼女はとても礼儀正しい。

 

『ああ、宜しくな!』

 

『私こういった催しに参加させて頂くのは初めてです…凄い盛り上がりですし、皆さん強そうで』

 

眉を潜めて自信無さげに答える衣玖は、何というか私より年上っぽそうなのも有って艶やかな印象だ。こいつみたいな手合いは侮るとヤバイけど…個人的には嫌いじゃない。

 

『まあなー…もっと弾幕でドンパチやるかと思ったけど、幻想郷には腕っ節が強いのも多いしな。私は別だが』

 

『そうなのですね、私も長らく総領娘様の稽古にお付き合いして来ましたが…先程の試合や三試合目を見ていたら不安で』

 

謙虚も此処まで行くと却って怖いな。それがまた本心を隠してるんじゃ無さそうなのが余計に…仕方無い何処の生まれか知らないが、幻想郷の流儀でやるかな! ルールはいつもと違うけど、当たらなければ何とやらだ!

 

『それでは第六試合ーーーーーー始め!!』

 

試合が始まった…私は箒に跨り、少しだけ衣玖と距離を離して浮遊した状態を保ちながら遠巻きから叫ぶ。ぽやんとした顔で私を見上げるだけの衣玖に対し、大きめの声でちゃんと聞こえる様に。

 

『弾幕ごっこは知ってるだろ?』

 

『ええ、存じております』

 

『今回は追加ルールが有るだけさ! 空でも地上でも舞台の範囲から出たら負け、気絶しても負けだ! 死んじまう威力で攻撃するのも無し! 後は自由だ!!』

 

『自由…』

 

『そうだ! 弾幕ごっこが初めてなら、私が指導してやるから掛かって来な!』

 

サムズアップで眼下の彼女に返せば、朗らかな笑みでピースサインで応えて来た…ノリの良い奴はもっと好きだぜ。先攻は譲って空中を無造作に飛び回り様子見を決め込んでいると、衣玖は何だか洒落た構えで右手を天に掲げて上空を指差した。

 

『では、行かせて頂きます……《空気を読む程度の能力》』

 

自分の能力を高らかに宣言し、私は相手の動きを見逃すまいと注視した。数瞬の後、曇天の空がゴロゴロと蠢きだしたかと思えば…轟音を置き去りに一筋の雷光が衣玖の指先に降って来た。

 

『何だ!?』

 

『能力です。私は自然の気を読み一部を操れるお陰でどんな場所でも直ぐに順応出来ます…空の気を読む応用でこの様に、電気や雷をある程度自分の意思で扱えるのです』

 

おいおいマジかよ、って事は神奈子みたいに天候その物を能力の範囲で動かせるのか? 予想してたより数倍は強そうじゃないか…ワクワクして来た!!

 

『だったら、遠慮なく行くぞ!!』

 

飛翔する勢いを利用し、ルールで設定された空域ギリギリの高度から一枚のスペルカードを取り出す。指先から雷を吸い上げたのか、衣玖の身体は青白く細い不規則な光が纏わり付いたままだ。帯電って奴か…彼処から何をするのか気になるが、先手を取って攻めて行くぜ!

 

『星符ーーーー《メテオニックシャワー》!!』

 

星型の色取り取りの弾幕が真下の衣玖へ降り注ぎ、見た目に違わぬ星の雨が包囲した。私の初撃を受けても衣玖は涼やかな態度で、身体に帯びた電気をバチバチと強めて自身も声を上げる。

 

『雷符ーーーー《エレキテルの龍宮》』

 

唱えられたスペルは、名前から察せられた効果を即座に表した。衣玖の体内から溢れ出た膨大な電力が、使用者に迫る星の雨を雷の障壁で悉く防ぎ…電流の障壁の天辺を避雷針に見立てて、私の更に上の空から極太の雷撃が落下して来る。

 

『うおっ!?』

 

『空の上は…私の領分ですよ。続けて行きます!』

 

派手な迎撃に寸での所で反応し回避した後、視界に捉えた衣玖が凄まじい速度で私の元へ上昇する。態勢を崩しそうになったが、踏み止まってもう一発スペルを解放しようとした途端、駆け上がる速度を維持して先に衣玖が仕掛けて来た。

 

『魚符ーーーー《龍魚ドリル》!!』

 

背中から両腕に回して纏っていた羽衣が、身体を伝う電流を吸い上げてカタチを変える…螺旋状に右手に巻き付いた羽衣は鋭利な刺突武器の外観に加えて電気を帯び、更には高速で回転しながら切っ先を振るって来た。刺さったら明らかに致命傷になるだろうソレは、私の背丈を優に超える長さを保って肉薄する。

 

『流石に直接当たると不味いのでーーーーーーこの様な感じで如何でしょう?』

 

『そのまま振り回せるのか!?』

 

突貫して来るかと思われた矢先、衣玖の体がふわりと翻ってドリルの軌道が横薙ぎに成った。右半身を覆う障壁を展開して備えたが、力任せに払われた羽衣の威力を殺し切れず空中に投げ出されそうになる。

 

高速で空を駆ける羽衣の持ち手は、またも私の真下に陣取って指を翳す。蓄電した雷を利用し、立て続けに追い打ちを掛けた。

 

『光星ーーーー《光龍の吐息》!!』

 

指先に電流を集め、巨大な雷球として繰り出される。球の速度はそれ程早くは無いが…もんどり打ちながら身体を箒に預け、箒の穂先に流した魔力を噴射して真横に加速しコレも躱す。

 

『くっ!? 遠近万能の能力ってのは羨ましいな』

 

『滅相も有りません、出来るのはこれ等に係る事が全てですから』

 

さり気無く自分の欠点を晒してくれるな…かと言って明確な対抗策が今は思い付かない。一番厄介なのは上下から電撃や雷なんて言う人体に深いダメージを与えられるモノを連発して来る……いや、待てよ? 何だ? 追撃が無いと思ったら、さっきまで衣玖に纏われていた電気が勢いを弱めている。

 

と言うか…さっきから何かがおかしい。空中戦が自分の領分だと話していた割には下から攻めてばかりだし、目に見える程膨大な量の電力を貯めていたから、益々有利だってのに弾幕の数で押して来ようともしない。ピンチ過ぎて深読みしてたが実は、そんなに難しく考える事は無いんじゃないか?

 

天候を読み、その力を操る…曇天の中で出来る事と言ったら今までの雷や、精々雨を降らせる位のものだ。仮に…今は風が吹いていないから、衣玖が能力で気流を操り相手の動きを制限なんて真似は出来ないと予測する。とすれば、元が雷雨でなく曇天故に雷を起こし辛く、補給し得る電力にも限りが生まれている…?

 

『よっしゃあ! 対策見つけた!!』

 

『あらあら、もう気付かれてしまいました…やっぱり威力を出そうとすると充電を小まめにしないといけませんから。天気が中途半端だと不便です』

 

こいつの能力は攻防共に万能だが、恐らく最初の技は能力による充電と攻撃、防御を連続で行った事で身体に残ってる電力がそう多く無いんだ…天気が微妙だと能力の応用性も落ちると。

 

『尤もーーーー近接の時は、ですが』

 

『そうなるよな!!』

 

しかし、それを補う電力が無いって話じゃない…雷は空で生成されるから次に雷を落とすまで衣玖は相手のペースを乱せば良い。下で自ら追撃するのに電気を多量に使えないとしても、体術や羽衣を活かした牽制が消えた訳じゃない。突破口の鍵は見つけたけど…この状態を維持しない事には本体を叩けない。

 

『儀符ーーーー《オーレリーズサン》!!』

 

今度のスペルカードは自分を中心に展開するタイプに切り替える。天体を模した球体弾幕を障壁と攻撃両方に使用し、地上で羽衣を携えた衣玖へ向かって急速に接近する。時間の問題ならやる事は決まってる…先に奴が充電を終えるか、私が勝負に出るかだ。

 

『速いーーーー!』

 

箒による速度と弾幕で生み出した天体の横回転を合わせた此方の動きは、充電を再度行うインターバルを衣玖に与えない為のモノだ。闇雲に飛ぼうとすれば、あいつは私の戦い方からして狙い撃ちにされるのを見越している。懐の八卦炉を気付かれない様に右手に握り締め、舞台の中心を起点にマスタースパークを打ち込む…取り敢えずはコレだ!!

 

『くっ…』

 

『獲った! 恋符ーーーー』

 

八卦炉で増幅した魔力を全て次の攻撃は回し、スペルカードに登録したモノとは一風変わった術を地上で解放する。距離の心配は無い、逃げられる範囲も限られてる。だったら自分から地の利を得るには賭けに出るしかない!

 

『《マスタースパーク》!! 地上戦用ってな!!』

 

『スペルカードの同時展開ですか…困りましたね!』

 

舞台の真ん中で球体弾が私の安全圏を確保し、急制動を掛けて遠心力で身体ごと回転する。自前の魔力でマスタースパークを横に振り回す形で発射し、衣玖が空中に上がると同時にオーレリーズサンの待機状態を誘導型にスイッチして畳み掛ける。体内に残った電気を、さっきの私と同じ障壁に見立てて展開した衣玖は、この瞬間なら両手を塞がれて羽衣も使えない。

 

『邪恋ーーーー』

 

八卦炉に再充填した僅かな魔力を、掛け声に合わせて衣玖の足元を狙って打ち出す。導線の如く足を搦め取った魔力の糸を繋いだまま、箒から飛び降りて膝を付き衝撃に備える。

 

『今までのが、全てブラフ…?』

 

『みみっちいのはもう辞めだ、やっぱり弾幕は…パワーに限るぜ!!』

 

球体弾幕の効果はまだ続いている。両手で張った電気の壁を解いて糸を断とうとすればソレに撃ち落とされ、無理に動けば導線に引っ張り込まれてやはり致命傷ーーーーつまりはチェックメイトだ!!

 

『学ばせて頂きました…弾幕ごっこは、奥が深いのですね』

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《実りやすいマスタースパーク》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

魔力糸を伝って、互いの射線を固定した形で準備した隠し球が、身体に凄まじい衝撃を与えて極太の光線として放たれる。魔力はギリギリ立って居られる程度…連続で使用した弾幕の負荷が煩わしいが、衣玖は最後に微笑みを浮かべて光の中へ消えて行った。

 

『勝者、霧雨魔理沙!!』

 

場外へ弾き出され、倒れ込んだ衣玖を確認してから舞台で立ち上がる。私の勝利を告げた声を聞き届けて、崩れそうな膝に抗わずに大の字になって空を見上げた。

 

視界を埋め尽くした空は、曇天を引き裂いた陽光の奥から清々しい青を覗かせる。勝ったぜ…一回戦でこれってかなりキツイな。あと少しだけ、少しだけゆっくりしていよう。起きたら魔力回復用の小瓶に詰めた薬を飲んで…それからはまた観戦だ。まだ試合は終わらない、紫に頼まれて渋々出たけど、腕試しには持ってこいだ。行けるところまで行ってやる!!

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

一連の魔理沙の戦術は、衣玖と呼ばれた少女の能力を隈なく分析して見出した素晴らしい回答だった。幾度も体内に電流を溜められるなら…魔理沙が堪らず接近して来る迄ソレを重ねれば良い。だが天の気を読み、操れはしても天候自体を生み出す事は不可能だったのだろう…彼女の力も熟達した運用と効力であったが、魔理沙の観察眼を考慮せず少々見せ過ぎたな。

 

魔理沙に場外へ飛ばされた後…彼女は大した怪我も無い様で自力で立ち上がり、舞台上で転がる魔理沙へ一礼して天子の待つ控えに戻って行った。

 

『申し訳ありません、総領娘様。私の不徳の致すところで…弾幕ごっことは、見ているよりずっと複雑な駆け引きが有りました』

 

『仕様が無いわ、気にしちゃダメよ! 上では私達の相手になる奴なんて殆ど居なかったし…まさか魔法使いさんが見ただけで衣玖の能力を彼処まで理解出来たなんて驚いたもの! でもちょーっとだけ、ヒント出し過ぎだったんじゃない?』

 

困り顔で薄く笑った衣玖を眺めて居ると、射命丸が横から私の服の裾を掴んで解説を求めて来た。場を持たせるのも楽では無いのか…次の試合までお前も協力しろという事だろう。

 

『はやくして下さいよ! 次までまだ掛かるので、どうか此処は九皐さんも場繋ぎをですね』

 

『うむ…魔理沙の分析と行動力が此度の勝敗を分けた。彼女はとても努力家で、日々精進を重ねているのは此処に集まった者も理解している事だろう。目指す道へ直向きなのは、何よりの美徳と私は思う』

 

『あんまり褒めるなよ! 次が出にくくなるだろ!?』

 

当の魔理沙から野次を貰った所で、第六試合は終わりを迎えた。次が一回戦最後の試合となる…残っているのは妖夢と紫、妖夢は私が定期的に指導こそしているが、妖怪の賢者と謳われる相手を前に苦戦は免れない。一矢報いるにも隙を生じさせてくれるか如何か。

 

『先生!』

 

『妖夢か、次は君の試合だぞ? 相手が誰かもう分かっている筈だが』

 

『はい! 実は、その…』

 

試合は目前だが、駆け寄って来ても要領を得ない妖夢の言葉を、私は待つ事にした。不安は当然だろう…しかし解説の立場としては下手に手心を加えられ無い。内容に依っては叱咤する積りだったが、

 

『見ていて下さい!! 教えを受けている身として、恥じぬ戦いを御覧に入れます!!』

 

『ーーーーーーならば征け、君の剣が彼の賢者にも届くか…私が見届けよう』

 

『行って参ります!!』

 

嬉しい誤算と言うのは、時として有る物だ。戦う前から弱音を吐くかと心配したが…技の冴えだけで無く心も随分と成長した。為す術も無く負けるという事態だけは避けられるだろう…下手に気負っていない今なら、隙を突ければ押し切れると思うのは流石に弟子贔屓か。

 

『一回戦、最後の試合を始めたいと思います!! トリを飾るのは誰あろうこのお方!! 東の方ーーーー八雲紫選手!!』

 

『まあまあ、そんなに持ち上げられると緊張致しますわ』

 

笑みを浮かべながら控えから立ち上がった紫であるが、口程には余裕や驕りと言った感情は窺え無い。妖夢は未だ未熟な身なれど…此度の催しに参戦するに当たって、彼女との交戦を予期していない筈は無い。出鼻を挫かれれば即敗北を喫するだろう妖怪の賢者に、堂々と出向いて行ったあの娘を…陰ながら応援する事としよう。

 

『続いて西の方ーーーー魂魄妖夢選手!! 鋭い剣気と積み重ねた技が、果たして格上相手に炸裂するのか見ものです!!』

 

『何だかそこはかとない悪意を感じますが、私は全力を尽くすだけです!』

 

舞台に上がる両者の立ち振る舞いは静かで、射命丸の実況の後速やかに藍の口から試合開始の声が上がる。

 

『では、第七試合ーーーーーー始めッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

『先代に匹敵するとまで言われたその才覚…この私に披露してご覧なさい!』

 

『師に受け継がれし技、先生から賜りし剣身一体の教え…今こそ此処で示す時ですッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 





次回は一回戦最後の試合と、二回戦序盤の流れを書いていきたいと思っております。

今回のあとがきは短めですが、最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!!

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