彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
第六章も三話目なのに一回戦がようやく三分の二消化…ヤヴァイデス。長い道のりになるかと思いますが、根気よくお付き合い下さいませ。

この物語は能力の独自設定や拡大解釈、変わり映えしない稚拙な文章、ずっと解説役にされる主人公、厨二マインド全開でお送り致します。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第六章 参 曇天の下で

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごあっ!? へへへ…痛ってえなゴラァッッ!!』

 

『くっ…!? 馬鹿力が、さっさと沈みなさいッッ!!』

 

二人の壮絶な殴り合いは、試合開始から十数分にも渡って続いている。今の所、全く勢いの緩まない所為か観客の中には青ざめた顔で目眩を起こす者も出始めた。肉を叩き、骨を軋ませ、拳や脚が掠れた部分から血が滲む光景は…両者を悪鬼羅刹の如き様相へ変える。

 

だからと言って、あの両名が互いを慮って威力を抑える訳も無い。舞台は既に衝撃を逃し切れず半壊…永琳の申し出により、余波で怪我人を出さぬ様にと控えや観客席に障壁を張って貰っている状態だ。

 

『弾幕は使わないのかい!? ど突き合いで鬼が負けるかよ!!』

 

『その奢り、頭を吹き飛ばして改めさせてあげるわ!!』

 

舌戦と至近からの格闘は当初こそ目を惹いて止まず…ある種熱狂的な空気を齎したが、今となっては惨いとも例えられる。だが、強者の戦いとは斯くも凄烈で美しい。

 

『あやややや…本当にこれ大丈夫なんですかね? 既に並の妖怪なら百や二百は消し炭になる一撃の応酬ばかりですが』

 

『今はまだ序盤だ。弾幕も能力の使用も無い、何方かの息が上がるか単に我慢比べしているのだろう…フハハハ』

 

『九皐さんも大概危ないですね!? 何なんですかその爽やかな笑顔は』

 

射命丸の言を他所に、控えの方を見てみれば笑っている者の方が圧倒的に多い。レミリア嬢や紫は勿論…飛び入りで参加した天子とやらもこの状況を楽しんでいる。

 

『いけー! そこだー! あ、危ない!? ……衣玖、どうしたの?』

 

『いえ…もしかしたらあの様な方々と当たるのではと想像すると、少し気後れ致しました。総領娘様は平気なので?』

 

『当たり前よ! 稽古の時は衣玖が相手してくれるのが殆どだから、他の試合も見てるだけでワクワクするもの!』

 

片や足踏みしているものの、あの天子という少女は純粋に観戦を楽しんでいる。それは良いが…彼女等の出番は何時回るのだろうか。

 

『だらっしゃああああああああッッ!!!』

 

『ぐぅッッ!? 相変わらずね…昔から腕力だけは一丁前なんだから』

 

『はぁ、はぁ…当たり前だろ? 私は鬼だぜ? 腕っ節取ったら何が残るんだい?』

 

体力勝負は、一先ず伊吹が制したか。落ち着く迄に随分と掛かったが…やはり鬼の膂力は幽香と雖も御し難いと見る。されど伊吹の方が呼吸が荒い事から…現状は痛み分けと成った様だ。

 

『へへ…ほいじゃ、そろそろ技も見せていくかねえ』

 

『同感ね…けど、大雑把にやり過ぎると紫に怒られるわよ?』

 

『分かってらぁ…萃鬼ーーーー』

 

短い遣り取りの後…伊吹が天に掲げた掌から一瞬だけ光が煌めいた。光に呼応するモノは塵、土、砂、石が螺旋状に集まり出し…岩を模した巨大な土塊が生成される。

 

『《天手力男投げ》ーーーーッッ!!』

 

名を明かし、土塊を軽々と振るって鎖鎌の如く捩じり上げ振り回す。幽香は土埃と砂利が身体を嬲るのも構わず…一段と距離を取って萃香を迎えた。

 

『そらぁッッッ!!!!』

 

振り回した土塊、否、最早岩とも呼ぶべきソレを豪快に幽香へ向かって放り投げた。鬼の腕から放たれる投擲力が威力を上乗せし、文字通り巨大な岩の砲弾として肉薄する。

 

『そんなんじゃ当たらないわよ?』

 

『いやいや、此処は先の戦いに倣って小細工を少しーーーーーーな!!』

 

『っ!?』

 

伊吹が腕に取り付けられた鎖の先、丸い鉄球を右手ごと地面に叩き付けると…宙を舞い明後日の方向へ行った筈の土塊が、有ろう事か空中で爆散した。

 

『こ、これは!? 伊吹様の投げた塊が、空中から恰も拡散弾の様に弾けました! これは痛い! 石飛礫の雨霰が風見さんを襲います!!』

 

能力により集められ妖力によって砂利や小石が硬く凝固された散弾は、見事に幽香を捉え身体の節々に風穴を開けて行く。

 

『ーーーー痛っ…!! この、調子に乗るな!!』

 

乱暴に腕を下から振り上げ、大妖怪として有する法外な筋力で巻き起こした風圧が石飛礫を跳ね返した。しかし花の丘の主人は、足に開けられた傷から血を噴出させ膝を付いてしまう。

 

『はあ…ふぅ…どうよ? ちょっとは効いたか?』

 

『くっ…はん! こんなのは傷の内に入らないわ…前に戦った奴の方がもっと気合の篭った攻撃して来たわよ?』

 

『けっ…悔しいが、それには同意してやるーーーーよ!!』

 

土くれと砂を疾駆した反動で舞い上げながら、伊吹と幽香は再度拳を交える。左足に礫が貫通した幽香には少々不利な状態なのは言うまでも無い。

 

『オラオラァ!! 屁っ放り腰で突きなんざ打ったって意味ねぇぞッッ!?』

 

伊吹の挑発に…太陽の丘の大妖怪は赤い瞳を更に鋭く凍てつかせた。知ってか知らずか、伊吹の口元は嬉々として吊り上がる。

 

『ーーーーおおおおおおおおおおッッ!!!』

 

『なに!? がはーーーーッッ!?!?』

 

爆音とも取れる衝撃が境内を包み、両者の間には距離が置かれていた。私の眼からは、伊吹の鳩尾を捉えた拳が膨大な妖力を纏って炸裂したという風に見えた…恐らく、あの技は。

 

『ご、あ…!? こ、こいつぁ…アレか、てめえ何時の間に』

 

『ふふ…ええそうよ、アイツがあんたに勝った時…丁度私も山の方に居たのよ。どう? 自分を倒したのと同じ技を受けた気分はーーーー!!』

 

『何ですか今のは!? 風見さんが右手に纏った妖気が、まるで捻れたみたいな軌跡を描いて伊吹様を吹き飛ばしました!! ここに来てまさかの新技でしょうか!?』

 

私を一目だけ見た幽香の態度から、私はアレの答えが直ぐに分かった。私が妖怪の山で伊吹と対峙した際、彼女を破った《洸彩》という術技に酷似している。魔力を妖力で代用し、右拳に留めて放つ筈の技を腕全体に効果を広めて用いたのだ。備わる性質や能力の相違から効果が異なるものの、今の技はかなり見応えが有った。

 

『アレは私が以前、伊吹と戦った時に使ったモノだ…傷を庇いながらの発動だったが、充分過ぎる威力と言えよう』

 

『ゔぇ!? 九皐さんの技を再現したって事ですか!? す、凄い!! 伊吹様の能力もさる事ながら、風見さんも一歩も退きません!! 全くの互角です!!』

 

元妖精でありながら、鍛錬と時が経つ毎に経た戦闘経験がアレを擬似的に再現した。考えてみれば伊吹も、似た性質の攻撃に反応して僅かに身体を逸らし致命傷を避けたか。

 

『いいもん貰っちまったなぁ…痛えなぁ。けど、やっぱり強い奴と戦うのは止められない!!』

 

『あんたこそ…私の足に穴開けてくれちゃって、冗談キツいわ』

 

呼吸の乱れに違わぬ、磨耗した表情で尚笑みを崩さぬ態度。此れ等の情報とは対照的に、彼女達の身体から漏れ出す圧力がまた高まった。

 

終わりが近づいている。双方の妖力が一層高まり、疲弊し切ったが故に燃え上がる蝋燭の火を見ている気分だ。予測の域を出ないが……次で決まる。

 

『鬼神ーーーー』

 

『幻想ーーーー』

 

鬨の声は全くの同時。スペルカードを取り出す素振りも見せず、渾身の一撃による終幕が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《ミッシングパープルパワー》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

『ーーーーーー《花鳥風月、嘯風弄月》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

事の顛末は余りにも速かった。《蜜と疎を操る能力》により伊吹は舞台の瀬戸際まで己の身体を巨大化させ、地を這う虫を潰すかの様に、天を背にした両の手で幽香に振り下ろした。

 

『私のーーーーッッ!!!』

 

『勝ちだーーーーッッ!!!』

 

対する幽香は、舞台を覆う膨大な量の花形弾幕を展開。美しく咲き誇り、爆ぜてはまた返り咲く其れ等の全てを伊吹に一点集中させ…伊吹は豪爆の渦中へと埋め尽くされる。

 

斯くして、舞台が粉微塵に消し去られた後には…うつ伏せに倒れる二つの影だけが残った。

 

『………』

 

『ーーーー』

 

何方も、等しく強者であると…その言葉しか浮かんで来なかった。一方は花の弾幕が身近で爆発と共に散り、また芽吹く度に骨肉の一片まで打ちのめされ、他方は神罰の如く齎された巨大な影に押し潰された。

 

『ーーーーーーそ、それまで!!』

 

『何と言う、何と言う大激戦…制したのは、何れかでなく…何方も、立つ事もままならずーーーーーー両者、続行不能!! 共倒れ!! 相討ち!! 何たる結果でしょうか!? 壮絶な幕引きは、二人のツワモノを引き分けへと持ち込んだぁぁあああああっっ!!!』

 

藍の終了の合図、射命丸の感極まった実況を皮切りに境内に参じた者は皆熱狂を露わにした。歓声と賞賛、絶え間ない反響が…何より二人の決着を祝福する。

 

『担架を! 二人を直ぐに八意氏の許へ運んで下さい!!』

 

藍は河童の衆に指示を飛ばし、舞台だった場所で動かぬ二人を一目散に永琳へ送り届けた。伊吹も幽香も…傍目からは重傷であるのは間違い無かったが、様子見にと司会席から私が歩み寄ると、永琳は肩を竦めて苦笑いだけを向けて来る。

 

『寝てるわ…しかも鬼の方はイビキまで掻いてる、大した物よ。どっちも傷が塞がり始めてるし、大妖怪は伊達じゃ無いわね』

 

『すぅ……』

 

『ぐがぁ…かぁー…むにゃ』

 

『……うむ、大事無いのは何よりだ』

 

射命丸も、舞台の修復の為に自身も河童の統制と労働力の確保の為に動いている。四試合目以降の再開には…暫く時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあさあ!! 舞台の再設置も何とか終わりまして、次の試合を進めたいと思います! まず東の方ーーーー比那名居天子選手!!』

 

『やっと私の出番が来たわよ! 衣玖!』

 

『総領娘様、頑張って下さい』

 

読み上げられる名前の中に、遂に此度の新顔が登場した。凛然と立ち上がる彼女の表情は…気合充実といった状態を如実に語る。

 

『対する西の方ーーーー十六夜咲夜選手!!』

 

『漸くね…紅魔の実力をお見せするわ』

 

だが…この時は予想だにしていなかった。

試合が始まった直後ーーーー十六夜の、天子を前にして驚愕を隠せず立ち尽くした、数分後の光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 十六夜 咲夜 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私に油断など微塵も無かったと、試合が終わった後も自信を持って言える。それ位、今日の為に色々と準備もして来たし…何よりパチュリー様の御指導で能力を一部拡張する事にも成功した。

 

今までは、五秒か六秒程度の時間を停止させられ、空間の拡大や縮小、切り取って保存に至るまで…隙の無い力を持って生まれたものだと自信も得ていた。

 

しかしーーーー現実の私は、試合が始まる迄の勝利への予感など、異様な現象を眼にした事で消え去っていた。

 

『どういう……こと?』

 

『凄いわね…そんな力初めて見た。時間というか、空間さえも止まってるみたいな…でも』

 

山吹と赤を混ぜ合わせた様な、不思議な光を放つ炎の様に揺らめく剣が…私の視線を今尚釘付けにする。大らかに微笑む眼前の彼女、比那名居天子と名乗った少女が、途方も無く強大なナニカに感じられた。

 

『これなら、未だ能力を使わずに済みそうね』

 

控えの席で夢中になって三試合目を観戦していたとは思えない…重厚な気配と不可思議な現象に、沈黙以外に示すモノが無い。

 

私は……試合開始と共に能力を発動し、刹那の隙も無く時間を停止させた、と錯覚した。何故かは分からないが、私が能力を行使した瞬間…天子の抜き放った剣が輝き、無機質にも見えた顔で彼女は虚空を斬り裂いた。

 

だから、当てずっぽうで攻撃なんて通る訳が無いと…冷静にそれを見届けた私の思い込みが後の結果を招く事になる。

 

『これはどうした事でしょうか!? 保有する能力の凄まじさから圧倒的有利と見られた筈の十六夜さんが、試合開始から数分間全く動こうとしません!! 対して天子選手は余裕の表情でゆっくりと距離を詰めています!!』

 

『次はどんなモノを見せてくれるのかしら?』

 

『ッッーーーー!!』

 

悠々と歩き出す彼女は鼻唄でも歌いそうな程優雅で、余計に背筋に寒気がする。絡繰が分からなければ戦いにもならない…そう判断して即座に距離を空け、ナイフの投擲によって出方を見た。

 

『うわ!? あ、危ないなぁ…頭に当たったら死んじゃうでしょ!!』

 

『何言ってるのよ…身体に当たったナイフが弾かれてるのに、頭に当たった所で死ぬ訳無い…!』

 

ナイフが通らない…比喩ではなく、事実彼女は暖簾を退ける様な何気無い素振りで、刃引きもされていないナイフを頭を狙った軌道から素手で外したのだ。

 

『それもそうか…じゃ、行くよーーーーッッ!!』

 

『くっ…時よーーーー!!』

 

スペルカードを媒介に、再度時間停止を試みる。舞台の範囲の時間だけを部分的に止める。能力が拡張された事で、以前とは比べものにならないコントロールを可能にした…なのに、

 

『そりゃっ!!』

 

『また!?』

 

停止した時間、その起こりとも呼べる現象が成立する直前…天子は先程と同じく虚空に剣を振ってソレを防いだ。否、切り裂いてしまった。分からないーーーーナイフも、能力も、肉体の強度も何から何まで、説明が付かない事ばかりで思考が纏まらない。

 

『また、やろうとしたんだ…言っとくけど、何度やっても同じよ! 私と、この《緋想の剣》が有る限り、凡ゆる小細工は通用しないーーーーッッ!!』

 

高速で疾駆する相手を前に、持てる武器の全てを駆使して阻もうとした。それでも彼女は止まらない…我武者羅に投げ続けたナイフも真面に通じず、私は剣の柄で片腕を抑えられ、梃子の要領で投げ飛ばされた。

 

『っあ…!?』

 

『あらよっと!!』

 

回る景色に映った曇天の空を最後に、私は場外へ出たと今更になって認識した。何かが違う、違和感が拭えない…だからこそ、この身に去来する敗北の味が嘘ではないと実感する。

 

『それまで!! 勝者、比那名居天子!!』

 

『決着です! 開始してからの緩慢な立ち上がりを打ち消して、息もつかせぬ早業で十六夜さんを下したのは!! 名前と見た目以外の何もかもが詳細不明の比那名居天子だぁぁあああ!! って、あれ? どうしました? 解説は??』

 

『……十六夜は、あの娘に真正面から叩き伏せられた。互いの技術が光りつつも、接近されれば天子が利を得る。あの状態では打つ手の無かった咲夜では無理からぬ話だが…此れ迄に戦った者達に違わぬ、意味深い内容では有った』

 

視界の端で、淡々と語るあの御方は…しかし言葉に全く感情が乗っていなかった。私に失望したからではない、と思いたい。何故なら彼の視線の先に在る一振りの剣…私の世界を斬って捨てたあの奇妙な剣に何かが隠されていると気付いた、だからーーーー

 

『ちょっと大丈夫!? まさか、頭とか打ってーーーー』

 

『え、あ…』

 

『彼女の事は、私に任せて欲しい。大した怪我は無い、君も案ずるな…勝者は胸を張って、舞台で勲しを受けよ』

 

だから…私に駆け出した勝者を遮って、軽々と私を腕に抱き上げた彼に、より一層意識を奪われる。地に寝そべった敗者を、慈しんで運ぶ横顔が目映くて…自分の敗北を、忘れてしまいそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ レミリア・スカーレット ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『咲夜…』

 

余りにも、唐突な出来事に私は面食らっていた。

アレの特異さに気付いてしまった為に…咲夜が敗北した事の悔しさや憐憫より先に、私の胸に確かな激情が燻り始める。

 

『レミリア嬢、咲夜を頼む』

 

『コウ、ありがとう。咲夜、貴女も良く頑張ってくれたわね…今は大人しく休んでいなさい』

 

抱えられた咲夜は、あの天子とやらの気遣いのお陰か、これといった外傷は追っていない。申し訳なさから伏し目がちな彼女の手を取り、私なりの励ましを贈る。

 

『はい、不出来なメイドで…申し訳御座いません』

 

『止めろ、お前が不出来とするなら…今頃我が紅魔の殆どの人材を打ち首にしているところだ。三度は言わない、良くやったわ』

 

彼と、私の瀟洒なメイドの前である事も憚らず…私があの天子に明らかな敵愾心を持ったからか、我が身からは無意識に妖気が漏れていた。

 

『レミリア嬢…あの剣についてだが』

 

『いいえ、余計な情報は必要無いわ。参加者の手の内を、貴方から聞く訳には行かない…咲夜も良いな?』

 

気遣いは有り難かったが、此度の催しの本分を忘れてはならない。娯楽、余興、そして彼を巡る各勢力との交流と関係性を見据える場で…無闇に彼の手を煩わせては意味が無い。

 

『咲夜の事は、本当にありがとう…ほら! 貴方は解説なんだから、早く席に戻りなさいな!』

 

『ーーーーああ、承知した』

 

彼の背を見送り、物々しかった自分の態度を反省した。

焦るな、レミリア・スカーレット…機会ならば必ず巡って来る。今はまだ、耐え忍ぶ時と知れ。

 

『咲夜』

 

『はい…』

 

『休んで貰う前に、紅茶を一杯だけ頂ける?』

 

『ーーーーは、はい! 直ぐにお持ちします!』

 

努めて優しく、微笑みと共に咲夜に注文を付ける。私の瀟洒な愛らしいメイドは先程の落胆を何とか振り切り、涙声とて晴れやかな笑顔で応えてくれた。

 

そして暫く…ティーカップに注がれた適温の茶を一口吞み下すと、幾らか心が安らいだのも束の間、次の対戦が宣言される。

 

『第五試合を、これより始めます!! 東の方ーーーーレミリア・スカーレット選手!!』

 

来た、前哨戦が遂に訪れた。長らく待っただけに、収まった興奮もまた再燃し始めた。誰とて構わぬ…さあ、誰が私と踊ってくれるか。

 

『西の方ーーーー蓬莱山輝夜選手!!』

 

『来たわ!! 観戦も楽しいけど、出るからには早めに戦うに限るわね!!』

 

名を呼ばれた私と月の姫は、九尾の狐に促されて舞台へ登る。彼我の距離は至近、拳を掲げた姫が私に語りかけた。

 

『正々堂々と戦いましょ?』

 

『ええ…此方こそ』

 

『第五試合ーーーーーー始め!!』

 

開戦の火蓋が落とされる。

大振りな彼女の拳を敢えて受け止めると、見て呉れからは分からなかった腕力の高さが伝わった。受けた返しに自分も手刀を与え、反応した輝夜へ続け様に蹴りを見舞う。

 

『フッッ!!』

 

『おっと!? 力押しと小手先だけじゃビクともしないわよ!!』

 

彼女の言葉に嘘は無い。ヴァンパイアの膂力を物ともしない胆力は恐るべき要素だ…されど、私も日々研鑽に励んでいる。身内に隠れてまで筋力を、力が足りなければ技を、技が足りねば知恵を培い…知恵を腐らせぬ様にと心の鍛錬も怠らなかった。

 

『時に輝夜…貴女はヴァンパイアという種族をどの程度ご存知かしら?』

 

『殆ど知らないわ! あんたが宴会の度に話してくれる内容以外はね!!』

 

何の衒いも無く、姫は当たり前と言わんばかりに返答する。殴られれば捌き、蹴られれば受ける…血飛沫を上げて繰り返される打撃戦の最中、言葉による応酬もまた戦略の一つだ。

 

『そうか…だったら教えてやろうーーーーハァッッ!!』

 

『きゃっ!? ……いったああい…先を越されちゃったわ』

 

相手を観察し、揺さぶりを掛けた末に予想される攻撃パターンと意気を測り、輝夜が更に大振りに振り上げた平手を躱す。小柄な体躯を利用し、独楽の様に身を翻して放った回し蹴りが輝夜に初撃を与えた。

 

流石に、完璧な不死者相手に都合良く致命打は齎せなかったが…御誂え向きに僅かな距離を置けたのは僥倖だ。定石ならこのまま耐久勝負と行きたいが、天候に活動を左右されてしまう私と…不死者でも回復の度に体力を奪われる月の姫では共倒れになり兼ね無い。短期決戦が最も望ましいのは、輝夜も重々承知しているだろう…その為には、

 

『重い! 疾い! そして巧いですレミリア選手!! 格闘に織り交ぜた話術でペースを握らんとしたのが功を奏し、一瞬の隙を突いて輝夜選手の腹部を鋭い蹴りが貫きました!!』

 

『今ので、輝夜は内臓や付近の骨に損傷を負ったらしいが…不死者故に受けた傷も直ぐに回復したな。レミリア嬢も吸血鬼の権能により、傷が跡形無く塞がっている。千日手を避けるには…次の一手が重要となる』

 

実況と解説が粗方説明してくれたが…次の一手が長期戦を嫌って術技の比べ合いになると多くの観客が考えている筈。少し違うな、私は既に…持ち得る武器を大っぴらにひけらかしているんだよ。

 

『ヴァンパイアは日光に弱く、流水を渡れず雨の中では活動出来ない…という伝承は正しい。難儀な生き方をして来た種族でね、先の試合前から曇り空になるまで日傘無しでは碌に動けなかった』

 

『ふう…それで? 自分の欠点を説明してまで何をしようと言うの?』

 

『なに…今から行うのでは無いよ。もう始めているからな、確かめたければ能力や弾幕の一つでも飛ばして見ると良い』

 

翼を羽撃かせて僅かに浮遊し、邪悪な笑みを象る。真紅の瞳をより紅々と妖しく光らせ、境内を緊張で埋め尽くすに充分な殺気を輝夜へ向けると…彼女の顔付きが俄かに強張った。

 

『怖いわね…あんたの能力は噂で聞いてる。だけど、どれだけの事象に抗えるかーーーー確かめてあげる!!』

 

両手を広げて、輝夜の周囲から能力に依る歪みを視認する。事前の調査から分かった彼女の能力…《永遠と須臾を操る能力》が遂に楽園で顕現される。

 

咲夜の能力とは似て非なる、停止ではなく他からの拒絶や遅延を表した力…須臾とは生物が認識し得ない僅かな時の流れであり、その知覚外の刹那を永遠に引き延ばす。私の煽りに快く乗ってくれた故に、彼女の異能は滞り無く発揮された。

 

『《永遠と須臾を操る程度の能力》』

 

私は……既に自らの武器を鼻高々に周囲へ示している。今尚誰も気付かず、それが成った頃には勝利の愉悦が私を包むだろう。我が力、我が意をカタチとした《運命》に…《永遠》とは何れだけのモノか、確と見定めてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『正念場だ…月の姫よーーーー何方の能力が優っているか、此処で白黒付けるとしようッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 




レミリアのカリスマ…上手く書けているか不安です。
自分から見ると『屁の突っ張りはいらんですよ』と語る初期のキン◯マンみたいな空回りした感じでした(汗)

前回に続き長めの試合は次回の引きに使うという姑息な手を使わせて頂いております…ごめんなさい。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!!

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