彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
少し間が空いてしまい申し訳ありません…今回はどんでん返しというか、前半は予想外な展開となりました。

この物語は稚拙な文章、解説役に徹する主人公、超展開、厨二マインド全開でお送りします。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第六章 弐 番狂わせ、運命の悪戯

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『注目の二試合目! 霊夢さん対鈴仙さんのバトルが繰り広げられます! 資料に依りますと、鈴仙さんは幻想郷に来られる前は軍属…つまり歩兵として優秀な人材だった事が判明しています! 能力も中々特殊なモノをお持ちみたいですが、如何でしょう?』

 

射命丸の軽快な実況から、またも私に振りを投げて来る所から第二試合は始まった。流石に元兵役だけ有って、鈴仙は指を拳銃に見立てる堂に入った構え…同時に静謐な気配で霊夢を捉えている。

 

『………』

 

『成る程ね、妖夢が寸での所で勝ったって言ってたから…どれ位のモンか気になってたけれど』

 

霊夢も気付いた様だ…鈴仙は、通常の弾幕に加えて短時間ならば妖夢と拮抗し得る程に身体能力が高い。運動性能だけなら博麗の巫女たる霊夢や剣士の妖夢に匹敵し、能力の特殊性は咲夜とも比較して遜色無い。魔理沙とは戦う土俵が違うものの、指から発射される高速の妖力弾は命中精度も高い。

 

『うむ…妖怪に分類される以上、霊夢との戦いは困難を極めるだろう。だが、互いに得意な距離を維持出来なくば、一方が足元を掬われる可能性は充分に有る』

 

『鈴仙さんも…この催しに於ける伏兵なのは間違い無いという事ですか。ふむふむ…コレは期待が高まりますね』

 

兵役に就いていた者は、ある一点に於いては凄まじい観察眼と集中力を備えている。周囲を俯瞰し、彼我の戦力差を分析して計算高く責め立てて来る…そういった状況では、無類の勝負勘を発揮するのが鈴仙の強みだ。

 

『へえ…中々やるわね』

 

『下手に動けば、足を撃ち抜かせて貰います』

 

揺さぶりやハッタリでは無い、事実あの舞台内外を区切られた場所では霊夢も悪戯に飛翔は出来ぬ事だろう。初撃の速さと射程距離は鈴仙に分が有る…どう攻める。

 

『じゃあ、これならどうかしらーーーーッッ!!』

 

『……っ!』

 

霊夢の手元、巫女服の裾から細く鋭いナニカが投擲される。放たれた瞬間に霊夢は駆け出し、二重の網を敷いて鈴仙の反応を伺う事にしたらしい。

 

対して鈴仙は微かに息を呑んだが、充分な反応と挙動で身体を横に傾けて三本の針から成る第一波を回避した。

 

『解!!』

 

『起動式…まさか!?』

 

鈴仙が後方へやり過ごした筈の針は、霊夢が掛けていた術式から解放されて本来の姿を取り戻し…僅かに発光した直後に爆風を発生させる。

 

爆風に態勢を崩し掛けた鈴仙に、霊夢の御祓い棒による殴打が追撃として加わる。場内の誰もが直撃を確信した直後ーーーーーー霊夢の動きが停止した。

 

『な……に…?』

 

『眼を、合わせましたね』

 

霊夢の動揺に応えたのは、地に膝を付いて彼女を見上げる鈴仙に他ならない…鮮血の如く紅い、煌煌と輝く狂気の瞳が、博麗の巫女を見据えている。

 

『あんたーーーーその眼』

 

『能力ですよ…視界に映るモノ、目を合わせた相手の波長を乱す』

 

緩慢な運びだが、二本の足で確りと立った鈴仙が…姿勢を前屈みに踏み込み、追撃を与えんとした霊夢を今度は見下した。

 

『脳からの波長…電気信号が身体に誤った指示を出せば、殴ったと思っても結果は違いますよ』

 

指銃を構え、霊夢の脳天に据えた指先が赤々と灯る。周囲から誤算、驚愕、不可思議といった感情が渦巻き…其れ等の疑問を氷解させる様に鈴仙の言葉が紡がれる。

 

『霊夢さんの能力は有名ですよ。貴女の能力が凡ゆる事象から外れる事を可能にする破格のモノである事も…タネさえ分かれば、対策は取れます』

 

『使う気も無かったけど…一つ勘違いをしてるわよ?』

 

『……?』

 

鈴仙が意識だけを周囲に傾けた途端にソレは起きた。舞台を覆う霊夢の霊力と繋がった、投擲され爆散した筈の針が、何時の間にか優位に立っていた赤目の兎の背後で浮遊している。

 

『爆発が一回だけなんて、誰も言って無いわ』

 

『くっーーーー!?』

 

再びの轟音、三本の針は目も眩む程の光を帯びて爆風を二人諸共包み込んだ。鈴仙は能力を解除したのか、真紅の瞳は輝きを失ってその場から距離を取る。霊夢は己が起こした爆発の余波をまともに喰らったが、怯む事なく遠方に退いた鈴仙を見詰める。

 

『油断したわね…でもちょっとヤバかったわ。あんたが爆発を物ともしない屈強な妖怪だったら、負けてたかも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……いいえ、私の勝ちは揺るぎません』

 

『!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

引き起こされた風と土埃の向こう側から、光を潜めた瞳が、またも爛々として霊夢と霊夢を含めた空間に干渉した。私からは何が起きたのかが分かったが、現状の異質さを解する者は殆ど居ない。咲夜や、紫といった空間をある程度操れる能力を全員が保持していれば説明は不要だが。

 

『考えたな、鈴仙』

 

『は? え、霊夢さんがまた動かなくなりましたが…これは一体』

 

『恐らく今の霊夢には、目に映るモノ全てが溶け合い、重なって見えている事だろう。加えて身体も自由を奪われている…対象となる空間全ての波長を乱し、その気になれば相手の精神さえ狂わせるあの瞳の力が舞台全域を席巻している故、彼女は何も出来ぬのだ』

 

紅い魔眼が定めた空間内の有機物、無機物を問わず波長を操る力の管理下に置かれ…一時的に周囲への認識、他者への知覚を意のままにする。

 

静かな、それでいて何とも複雑怪奇で高度な戦術。思えば鈴仙は態と彼女の望み通りに距離を取り、干渉する能力の起こりを巧妙に隠した。従って、永琳曰く《狂気の瞳》と称されたあの眼は、意趣返しとばかりに自らを煽る霊夢を尻目に先手を打った。霊夢の脳、眼を惑わし、周囲の景色に対して混沌とも言うべき乱れた波長を送り込む事に成功したのだ。

 

『ちょっと…洒落にならないじゃない』

 

『貴女の能力を鑑みれば、私の眼なんて遊びみたいなモノです。でも…貴女がどんなに優れた力を持っていようと、尋常な生物である以上逃れられない事柄も有ります。例えば…自分の認識からも浮くなんて真似は、流石にその能力であっても出来ないでしょう?』

 

当然と言えば当然だが…周囲から逸脱する能力を自分の肉体に留まらず精神にまで適応する等、能力の範疇を超えた事は霊夢にも出来ないのだろう。例え可能だとして自我と肉体の繋がりを強引に断とうものなら、間違い無く大きな負担となり精神の死を招く…正しく自殺行為だ。

 

『ちっ…見てるモノが何から何までグチャグチャしてて、身体が動くのを拒否してる……!!』

 

『抵抗はお勧めしません。能力も使えないでしょうし、無理をすればひっくり返って頭を打ちます』

 

楽園に数在る固有の能力には、特定の状況下なら自動で行使されるモノと、自らの意思で執り行う任意のモノが有る。仮説だが、もし霊夢の能力が多様な局面で勝手に発動する代物だったなら何故…異変の折にレミリア嬢と戦った時、若しくは冥界にて紫と対峙した際に、夢想天生なる術が即座に発動しなかったのか。

 

『使う気も無かった、という事は…使うには自分の意思が必要なんですよね?』

 

『……当たり』

 

答えは明瞭だ。霊夢の法外な力には強すぎる異能が唯一の安全装置として、自身が発動を認可しなければ目覚めないという条件が設定されている。彼女の能力を幾度か眼にした私ならば兎も角…鈴仙の性格から事前の情報も集めたにせよ、短い言葉の応酬、霊夢の取った行動等から此れを見抜いた。

 

『あー…不味った。催しだからって、気を抜いた私の落ち度か…いえ、言い訳ね。まぁ、認めるわーーーーあんたの勝ちよ』

 

『はい…そして、今回ばかりは霊夢さんの負けです』

 

波長を崩され、《宙に浮く程度の能力》を発動せしめる意思決定を司る脳に重大な欠陥を施された霊夢は…時にして数えれば僅か数分、月の兎が撃ち出した魔弾に射抜かれ、場外へと投げ出されて行った。

 

『ーーーーーー』

 

『ふう……つ、疲れたぁ』

 

舞台上でへたり込み座る鈴仙を除き、博麗神社は例外無く沈黙に包まれた。遊びと雖も、たかが催しと笑おうとも、予想し得なかった博麗霊夢の敗北が此処に決まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

『け、けけけ、決着ゥゥウウウウウウッッーーーーーー!!! 余りにも予想外!! し、信じられません!! あの、あの霊夢さんに勝った!? マジですか? 何なんですか!? もう私、射命丸も訳がわからない内に見事勝ったのは、鈴仙・優曇華院・イナバ!! 何処かパッとしなかった永遠亭の兎さんだぁぁぁああああああああッッッ!!!!』

 

『『『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!!!』』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳朶を引き裂かんばかりの大歓声が、主に妖怪と分類される者達から湧き上がる。余興というのに、嘗て霊夢に煮え湯を飲まされた一部の面々は挙って衝撃を露わにした。

 

『やるじゃない鈴仙! これで永遠亭の株も鰻登りよ!!』

 

『くっ…何たる事だ! 霊夢は私がリベンジする予定だったのに…! うー!!』

 

『きゃあああああ!? 霊夢が、負けた!? ど、どどどどどうしましょう…ここここれでは幻想郷の秩序が!? 寧ろ後見人の私の立場があ!?』

 

『ほう? あの兎さんの作戦勝ちかぁ…ひっく、あら、酒飲みすぎたかな?』

 

『ただの兎さんじゃなかったのね…面白いわ、ウフフ』

 

『え? なになに? そんなに凄い事なの!? 誰か私達にも教えてよぉ!!』

 

悲喜交々、阿鼻叫喚と言えば良いのか…大前提として、霊夢は能力を使う気が無かった。鈴仙の緻密な作戦から使用を封じられたとはいえ、あくまで催しの場で使うのは無粋という彼女の計らいも評価して欲しい所だ。先ず以って紫よ…君は少々慌て過ぎだ、少し冷静になれ。

 

『お静かに! まだ一回戦は終わっておりませぬ故、どうぞ皆の衆、そろそろ静粛に願います!』

 

『霊夢は此方で預かろう。早苗もまだ寝ているからな、同じ御座で良ければ我々が診ていよう』

 

『済まないな、八坂神奈子…霊夢を頼む』

 

神奈子の申し出を受けて霊夢を任せている間、藍に鎮められて一先ずの静寂を取り戻した参加者と見物人一同だったが…未だ興奮冷めやらぬのか、美鈴に続く思わぬ伏兵に予定が狂って仲間内で小声で話し合う輩も出て来る。

 

『えー、それでは! 第三試合までに、少し時間を頂きます! その間に河童の皆さんが舞台を直しますので、九皐さん…また一つ二試合目の解説の方を』

 

実況、司会進行とやらにも慣れて来た射命丸が私に時間を埋めろと丸投げにした。構わないが、私と君だけで場を繋いだとて舞台は整い終えるのだろうか。

 

『うむ…霊夢が初めから能力を使用していれば結果は分からなかったが、それを置いても鈴仙の策は驚嘆に値する。決して広くは無い舞台上で、短い攻防ながら自らも危険を冒して霊夢に一縷の隙を作らせた。霊夢は残念であったが…今は勝者を讃えよう、鈴仙、見事だったぞ』

 

『あ、ありがとうございます!! 次も頑張ります!!』

 

『さてさて! 一試合目二試合目と、驚きの連続を迎えて参りました第一回戦! まだまだ続きますよー! ん? ええ、はい、ありがとう河童の皆さん! ご覧の通り! どうやら舞台も無事直ったようで、ちゃちゃっと三試合目の対戦カードを発表します!! 東の方ーーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…んぅ、あれ? 此処は』

 

『目が覚めたか、博麗の巫女よ。此度はしてやられたな? ウチの早苗が負けたのも驚いたが、今回のルールは妖怪共へ有利な内容も多かったから…余り気にするな』

 

重たさを遺した頭を振ってむくりと身体を起こすと、隣で膝に早苗を乗せて喋り出した神様を他所に舞台から降りる鈴仙を捉えた。

 

『あー、負けた負けた!』

 

一抹の悔しさは残る。でも何より、自分の油断というか…半端に様子見なんてした結果がコレなのだ。負けは負け、潔く認めるしかない。てか、ジト目でさっきからずっと見てくる横の神様は一体何なのよ。

 

『どうしたの?』

 

『うむ…もっと悔しがるかと思ったぞ。博麗神社は、当代の巫女が常勝を旨としているからこそ畏怖され敬われている物と、私は考えていたからな』

 

常勝ねえ…それって誰かが勝手に言い始めて、根も葉も無い噂が一人歩きしたってだけじゃない? 大体人妖問わず恐れ敬われてるってんなら何で誰も賽銭の一つも入れに来ないのよ。

 

『本当にそうなら…もうちょっとお小遣いが増えても罰は当たらないと思うけど?』

 

『賽銭の話か? ハハハハハ! 案外俗物であるなぁ…それはお前、誰も神社の事など見ていないからだろう。何せ、異変に関わった者が後に認め、真に慕っているのは誰ぞ知らぬ御神体やら寂れた神社でなく…お前なのだからな!』

 

カラカラと笑顔で語る八坂神奈子の言葉に、私は正直な所驚いていた。神社でも祀られる御神体でもなく…私だと宣う。

 

そう言えば、考えた事も無かった…毎日毎日飽きもせず、うちに茶を啜りに来る魔理沙とか、妖夢とか、他の連中も九皐がどうのと喚く割には多くの奴らが私の所に何日か置きに訪問してくる。

 

『食うに困ってはおるまい? 早苗も、お前と交流を持てて毎日楽しそうだ。暇さえあれば差し入れをしたいとか、一緒に遊びたいとか…家での会話の半分はお前の事だ』

 

『そう…なんだ』

 

もう半分は深竜か、その日に集めた信仰の話だがな…とまた意味深な笑顔で軍神は話を締めた。そっか…私の事なんだ、何だろう…ちょっと、ほんのちょっと、悪い気はしない。未だ眠っている早苗を見やれば…気を抜くとにやけそうになる自分が煩わしい。

 

『どうして態々、今回の催しを此処で行う事になったか…お前は知っているか?』

 

『さあ? ウチの境内が無駄にだだっ広いからじゃない?』

 

私の返答に、飄々と笑っていた筈の神奈子は今度は何とも嫌らしい表情で返した。さっきから一々引っかかる奴ねコイツ…前の異変で九皐に負けたって聞いたけど、もう一回ぶっ飛ばして貰おうかしら。

 

『お前は呼んでも面倒臭がるだろうし、どうせなら一緒に楽しみたいと誰とも無く話が出て…なるべくして成ったのだ。これもまた一つの、徳というモノではないか?』

 

『ーーーーーー知らないわよ』

 

全く物好きな奴等ね…徳とか慕うとか、こいつも良く恥ずかしげも無く言えるわよ。そろそろやめて欲しい…ちょっとでも嬉しいとか感じてる自分にムカついて来る。

 

『とまあ、これ位にしておこうか…そら、過保護な賢者と愉快な仲間達が凄い勢いで走って来るぞ?』

 

『霊夢ぅぅううううう!! 大丈夫なの!? 怪我は!? こんなの遊びなんだから気にしちゃダメよ!!』

 

『お前はお母さんか!! にしても、派手に吹っ飛んだけど大丈夫だったか?』

 

『鈴仙も以前戦った時より数段強くなった様に思います…あ、私の事は気にしないで。私の試合はまだなので』

 

『妖夢…話の内容が支離滅裂よ? きっと緊張し過ぎで話に纏まりが付かなくなったのね』

 

『し、してない! 多分…ちょっと』

 

紫に魔理沙に妖夢に咲夜と、ぞろぞろとやって来てはあーでもないこーでもないと捲し立てて来る。皆なりに気を使ってくれてるみたいだけど、心配ご無用よ!

 

『大丈夫だって、それよりあんたらも頑張んなさいよ? 私は此処で休みながらお酒でも飲んでるわ』

 

『貴女がそう言うなら大丈夫でしょうけど…お酒も程々になさいよ?』

 

『ま、其処で私らの活躍見てな!』

 

『今回ばかりは誰にも負けられないわ! 紅魔の意地を見せなくては』

 

『第三試合は誰なのでしょう…武者震いが止まりません。五番を引いたのが悔やまれます』

 

思い思いの台詞と共に、駆け付けて来た奴らは再び控えの方へと戻って行く。其処で…静かに見ていただけの神奈子が一口酒を呷った後、また私に話し掛けた。

 

『分かったか? やはりお前もまた、この楽園では物事の中核を為す存在なのだ。人妖問わず、気にかける輩は良くも悪くも多い…これからも精進を怠らん事だな』

 

『それを言うなら、早苗の事ももう少し手ずから鍛えてやりなさいよ。早苗だって何れは…異変を解決する為に矢面に立つでしょうし』

 

『ほう? それは博麗の巫女としての勘か?』

 

『どうかな…でも、そうなってくれたら楽かもね』

 

勘というより、私の望みみたいな物も多分に含まれている。見える所だけなら…此れまでに関わった連中が木っ端妖怪とか小物の集まりに睨みを利かせてくれてるお陰で幾らか平和だけど、時間が経てば何が起こるかまだまだ分からない。

 

『私はただ…毎日平和に縁側でお茶飲んでいられたらそれで良いのよ。その為に必要な事は、それなりにやるわ』

 

『ふむ…中々に大きな物の見方をする。だからこそ今は、賢者も奴も楽園の均衡を保つのに尽力している訳か』

 

そこら辺の事情は知らないけれど…今までの繋がりが横へ横へと延びて行ってくれたら、いつか、私が役目を終えるその日が来ても安心じゃない?

 

なんて…小難しい事考えるのはここまでにしよう。無言で二つ目の盃を勧めて来た神奈子からそれを受け取って、注いだ透き通った清酒を自分も嚥下する。

 

『ぷはぁ! コレ、結構美味しいわね』

 

『そうだろう? 私の持ち込みだが、実は早苗に隠れて人里でへそくり叩いて買ってきたのさ! もう一献どうだ?』

 

『良いの!? それじゃあ遠慮なくーーーー』

 

『かぁなぁこぉさぁまぁ……? 人里で買ってきたと言うのは一体どういう事ですかぁ? 私そんな話は伺ってませんけど…?』

 

気付いた時には…神奈子の膝下で寝ていた筈の早苗がのろのろと起き上がり、引き攣った笑顔の神様に能面の様な表情な問い詰め始めていた。

 

『いぃっ!? いや、違うのだ…これはそう! 折角早苗も出ていたのでちょっと贅沢してみようかなー…なんて』

 

『そうですかそうですか…私が昨日も一人で人里で真面目に布教活動に励んでいた裏で、朝見かけ無いと思ったら神奈子様はコソコソとそんな事を』

 

鬼気迫るとは今の早苗を指すんでしょうね…背後に般若の如き気を滾らせられた神奈子は、差し詰め蛇に睨まれた蛙。私はそれを肴にもう一口、神奈子の手元から奪った酒を飲んでこっちとあっちの成り行きを見る。

 

『神奈子様!? ちゃんと私の話を聞いてらっしゃるんですか!? 大体幻想郷に来て異変が終わってから少々弛んでいると思ってました!! 今日からまた節約の為にお酒の量を控えて頂きますからね!!』

 

『そ、そんな…それだけは! それだけは勘弁しておくれ!! 神の慈悲は無いのか!?』

 

神様はあんたでしょうが…さっきから諏訪子の姿が見えないけれど、あいつはあいつで前の宴会で仲良くなったらしい幽々子の所で一緒にバクバクと料理を貪っていた。こっちをチラリと見るや、神奈子に合掌一つしてまた手近な食べ物に手を付ける…神奈子が助けを求めるのは無理みたいね。

 

『ほんと、気付かない内に賑やかになったものね…さぁて、私も試合を見物するかなー』

 

『ダメです! 今日という今日は許しません!!』

 

『ひいいいいい!? す、諏訪子ぉぉ…何処へ行ったんだぁああ!? 助けてくれえええええええ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 風見幽香 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東の方ーーーー風見幽香さん、そして西の方ーーーー伊吹萃香さん…!! こ、これは…何という対戦カード! まさか鬼の四天王と太陽の丘の大妖怪が、三試合目で激突だぁあああああ!!』

 

自分の手元を改めて見ると、参、とだけ書かれた何の変哲も無い紙切れが有る。今回の催しには余興で参加した積もりだったが…まさか相手が萃香になるとは思いもしなかった。勿論、嬉しい予想外だったという意味で。

 

『では! 両者舞台にお上がり下さい! くれぐれも! くれぐれも良識の範疇での健闘を祈ります!!』

 

鴉が何事かを呟いているが…私よりも対角線上の萃香に釘を刺した方が早いだろう。合わせた視線は既にギラギラと妖しい光を滲ませている…けれど。

 

『フフフ…』

 

『へへへ…』

 

何方とも無く笑いが出てしまう。紫を含めて長い付き合いだが、正直本気でやり合うのはこれが初めてかも知れない。だからだろう…笑いは次第に大きくなり、二人で馬鹿みたいに声を張り上げていた。

 

『フフフフフ…アッハハハハハハハハハハハーーーーッッ!!!』

 

『ヘッヘッヘッ…ハッハッハッハッハッハッハッハッーーーーーー!!!』

 

『うおおお…こ、これは…流石の私射命丸でも間近でこれだけの殺気と妖力はきついです! しかも笑ってるし!? 一体誰なの!? くじ引きでこの二人を引き合わせた奴は!? 頭おかしいんじゃないですか!?』

 

『くじ引きを作ったのは私だけれど、何か?』

 

『いいえ何も!!』

 

紫の一瞥に大人しくなった鳥さんを他所に、私達はやがて笑いを潜め緩やかに近づいて行く。互いの顔が触れそうな程に近く、混ざった互いの妖気が陽炎じみた揺らぎを大気に齎した。

 

『それでは…第三試合ーーーー始め!!』

 

 

 

 

 

 

『はああああああああああああああッッ!!!』

 

『おぉぉらあああああああああああッッ!!!』

 

 

九尾の狐が鳴らした太鼓と掛け声を合図に、私と萃香は同じタイミングで拳を振り被る。風を切り裂き、裂帛の気合で撃ち出した拳と拳が鬩ぎ合う…狭くて脆い舞台の上から生じた余波は凄まじく、地面はあっさりと無数の罅に覆われ空気が震えた。

 

『しょ、衝撃が…!? 拳がかち合っただけで土地全体が揺れてる!?』

 

『うむ…観客の皆も知り及んでいる事だろうが、双方とも拳一つで山が崩れ、天を衝くとも評された大妖だ。貴重な機会なので、片時も見過ごせんな』

 

『九皐さん!? この場でそんな感想出せるのは貴方だけです!! しかし、仰る事も一理有ります! どうぞご覧の皆様、このある種の頂上決戦、運命の悪戯とも呼ぶべき試合を最後までお楽しみ下さい!!』

 

まだまだ、私もこいつも本気で無いにしろ…彼に見逃せないとまで言われれば話は別だ。殺さないというルールさえ守れば何でも良い。ぶちのめした後、結果的に死んでなければ構わない。

 

『いつもなら興味無いけど…ああ言われたら引き下がれないわねぇッッ!!』

 

『そいつは私も同意見だが、こっちは奴に負けてから碌に喧嘩してないもんでね!! 二回連続で土付けられる訳にはいかねぇよッッ!!』

 

私と萃香には、二つだけ共通している事がある。見た目も性格も生き方も違えど強者との戦いには楽しさを見出せる事、もう一つはーーーー、

 

『貴女に負けたら、あいつが戦った強い私じゃ無くなるってコトでしょう? そんなのーーーーーー認められるかぁぁああああッッ!!!』

 

『はぁ…何だよお前もそういう口か? けどな、それはこっちの台詞だああああああッッッ!!!』

 

私と萃香は、少し前に彼と戦って敗れている。それも圧倒的な差を付けられて…それは良い、済んだ事だし最後には死力を尽くして負けたんだ。結果には充分満足してる…でも彼以外の誰かに負けたら、自分が自分で無くなる様な気がして耐えられない。

 

これ以上他の奴に負けて…もしがっかりされたら…前は強かったのにとか、一瞬でも失望されたら…それだけは御免だ!! だから倒す!! 何奴も此奴も潰してやる!! 同じ様に思ってる筈の萃香相手なら尚更!!

 

 

 

 

 

『『勝つのは私だーーーーーーッッッ!!!!』』

 

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂いてありがとうございます!
地味な立ち回りでも何とか狭い場所や引き出した情報を利用して、能力を駆使し霊夢に打ち克った鈴仙はいかがだったでしょうか?

萃香対幽香…この強キャラ同士の好カードに負けない様に、次回を書き上げたいと思います!
長くなりましたが、改めて最後まで読んで下さり、誠にありがとうございます!!

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