彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
長い戦闘回が終わりまして、日常パートのみなら執筆も速さを取り戻しました。今回はサブタイ通り、風神録の最後となります。

この物語は稚拙な文章、多めの場面転換、アリスとのサブイベなどが含まれています。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第五章 終 祭りの後もまた祭り

♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪子に促されて、神社の本殿に続く短い階段で早苗と呼ばれた少女と霊夢の戦いを見ていた。結果は私の予想通り…霊夢が修行の成果も相まってか順当に勝利を納める。

 

流石としか言えない戦いぶりだったけど…霊夢が早苗に語りかけていた事と、自分を見透かされて最後には心を開いた早苗との衝突には感慨深いものが有った。

 

『いやあ…負けた負けた! 私たちの完敗だね』

 

『嘘つけ……諏訪子は元々やる気半分て感じだったろ?』

 

上空でぶつかり合った弾幕ごっこが終わり、霊夢と早苗が共に地面へ真っ逆さまに落ちる寸前…やっぱりというか何というか、物凄いタイミングでコウが現れた。そのお陰で、私は飛び出しそうになった身体を完全に持て余した訳だけども。

 

『二人とも良い戦いだった…そして霊夢、君は正しくーーーーーー楽園の素敵な巫女だったぞ』

 

身体から溢れ出した銀の奔流で霊夢と早苗を事も無げに受け止め、二人して眠っている様を見て呟いたアイツの言葉に、異変が終わった実感と少しの安堵感を得られた。

 

楽園の素敵な巫女……いつからか誰かが霊夢をそういう風に呼びだした。素っ気ない態度や無関心な物言いを装いながら、いつも霊夢は妖怪と人間の間を取り持って頑張ってきた。

 

『ほら、行こうぜ保護者様。早苗と霊夢を介抱してやらなきゃな!』

 

『はいはい…因みに私は保護者だけど神様だから、もうちょい敬ってくれても良いんだよ?』

 

洒落くせえ神様だなあこの幼女は…何はともあれ、これでまたいつもと変わらない幻想郷の日常が始まるだろう。紫にも序でに知らせてやるかな…今回は紫もやる気だった分、霊夢の事が心配だろうしな。

 

『いよっ! コウもやっぱ来てたんだな? 背中のそいつが、諏訪子の言ってた八坂神奈子だろ? その様子だと圧勝だったのか?』

 

『いや…辛勝だったな、特に神奈子の最後の一撃には驚かされた。魔理沙も良くやったな』

 

微笑みを浮かべて私を労ってくれるコウに、親指を立ててサムズアップで応える。横の諏訪子は眠っているらしい八坂神奈子を見て神妙な顔だが…暫くすると大きく息を吐いて話し始めた。

 

『はあ…良かった、自滅は何とか免れたみたいだね。深竜、あんたが止めてくれたのかい?』

 

『うむ、神奈子との戦いはとても楽しかったが…互いに少々やり過ぎてな。早苗と神奈子は時が経てば神力が回復する筈だ、心配には及ばん』

 

何の話か分からなかったが、自滅云々は幻想郷の空が一瞬だけ夜みたいに暗くなったのと関係が有るのかね? これだから強い奴らってのはやる事なす事規模が違うぜ。私も諏訪子に勝ったけどな!

 

『さてと! お喋りは此処までにして、私は早苗と神奈子を寝床に運んで休ませるよ。私達の処遇は後から賢者からお達しが来るみたいだし…今日はお開きとしたいけど、どうかな?』

 

『私は構わない。魔理沙と霊夢は私が送って行こう』

 

『私は一人で帰れるぜ?』

 

『そうは行かぬ…見た所魔力が相当に減っている。霊夢も君も、永遠亭で治療を受けさせる…良いな?』

 

凄みながらこっちを見詰めるコウに、私は諸手を挙げて大人しく従う事にした。そう言えば永遠亭って、近頃医療施設として屋敷の結界を解いたって聞いたな…紫やコウの話ではかなりの腕前らしいから心配は無いか。

 

『分かったよ、エスコート頼むぜ』

 

『素直で結構だ。それでは洩矢諏訪子、また近々相見えよう』

 

『はいよー、お宅も今日はお疲れさまー』

 

気の抜けた返事だったが、コウは満足気に頷いて神奈子と早苗を諏訪子へ引き渡し、指先を振るうと私達の目の前に黒い孔が現れた。空いた背中に霊夢を担いで、私に続くように視線を送って孔の中へと入り込んで行った。

 

『またな、守谷神社の神様たち! 次に会うのは宴会だから、酒と食い物たんまり用意しててくれよ!』

 

『あーうー…うちの家計がぁ』

 

泣き言を漏らす神様を尻目に、私も続いて孔に身体を埋めてその場を離れた。それから直ぐに永遠亭で簡単な検査と治療を受けることになるーーーー医者先生ってのはアレだな、怪我した奴に無茶し過ぎだの完治するまで安静にしろとか入院だとか…いちいち怪我人に煩い性分だと思い知らされたってのが、その日を締め括る感想だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 八雲紫 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

コウ様が、自身の転移術によって私をお迎えに来て下さった。聞けば霊夢と魔理沙は此度の戦いによる疲労が大きかったらしく、魔理沙は魔力欠乏による心身の疲弊と擦り傷が幾つか…霊夢も霊力を急激に練り上げた事で半日は目を覚まさなかった。

 

『私とて、責任を感じてしまうわね』

 

此度の異変は、今までとは違う毛色だったものの…水面下での暗躍や後ろ暗い事情などは全く無かった。それだけに神との対峙は二人に一層凄まじい疲労を齎した事でしょう。

 

『行くのか、紫』

 

『はい、コウ様…申し訳ありませんが二人を今暫く宜しく御願い致します』

 

『君の頼みだ、喜んで任されよう。だが君も無理はするな…今回の一件は、さぞ気を揉んだ筈だ』

 

『二人は私達に任せなさい…直ぐに治してあげるわ』

 

『……ええ、頼みましたわ』

 

どうしてコウ様の隣にさも平然と八意永琳が腕を絡めて私を見送るのか甚だ納得行かないけれど…心遣いに今は素直に感謝し、精一杯の笑顔で応えて永遠亭を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

『うん? ああ、幻想郷の賢者さんか。悪いね、今は神奈子と早苗は寝てるんだ…言いたい事があるなら私が聞くよ』

 

スキマを通って守矢神社の本殿へ直接入り込むと…事前に私の気配に気付いた土着神、洩矢諏訪子が先に口を開いた。

 

『此の度は、博麗の巫女とその朋友達の勝利と相成りました。八坂神奈子から要求された博麗神社の営業停止と、幻想郷の地上の自治権の譲渡は白紙とさせて頂きます』

 

『うんうん…元々私はやる気じゃなかったから異存は無いよ。早苗と神奈子も、そんなのよりもっと大事なモノを見つけられたみたいだからね』

 

やけに素直に引き下退がるのね…嘘は無いと分かるけれど、その大事なモノとやらが気にかかる。藪を突いて蛇を出すのは嫌だけど、少し探る位なら良いかしら。

 

『大事なモノ…とは何ですの?』

 

『うーん…ホントは本人から聞くのが筋だろうけど、まあ負けた側だから腹割っておいた方が良いよね。うんとね…』

 

洩矢諏訪子は同じ時間、違う場所で繰り広げられた激闘を事細かに説明してくれた。東風谷早苗と霊夢…楽園に来てから、守谷の風祝であり現人神として覚醒した東風谷早苗の健闘と心に秘めた葛藤。外では同類に出逢えず、心に影を落としたまま対した霊夢にその有り様を叱咤され、舌戦と弾幕ごっこの果てに和解した事。

 

そしてコウ様と八坂神奈子の神代から続いた再戦の約束。彼女は彼に見合う挑戦者足らんとし、彼は彼女の宿敵として、後に友と成るべく立ちはだかったと。

 

『成る程ですわ…大地を伝って一度に凡ゆる進捗を網羅するその能力、誠に神とは出鱈目ですね』

 

『どうかなぁ、私には貴女の方がよっぽど妖怪なのにデタラメに見えるよ? あ、今の時代から見てね。今昔併せれば一番ヤバイのは彼だから悪しからず』

 

悪いなどととんでもない…コウ様が数多の世界にて一線を画す超越者である事は私はとうに気付いている。あの能力、神をも易々と退ける圧倒的な格…ただの竜である筈も無い。

 

『どしたの? 何かぼーっとしてない?』

 

『コホン……いいえ別に、何でも無いですのよ』

 

ついついコウ様を想って余計な妄想が捗ってしまった。兎も角、守谷が異変に際して何を得たのかは分かった。後は此方の裁量に従ってくれるかどうか…。

 

『私どもとしては、守谷には外の世界の技術をこれ以上人妖問わず無闇に供与しない事。博麗神社と私、そしてコウ様との協定に参加して頂く事が幻想郷に住むにあたっての要求です』

 

『最初のは分かるけど…協定ってのは?』

 

『博麗神社とは今後対立しない、何かしら行動を起こす際には私に必ず報告して頂きたいの。でなければ、コウ様がまた山で暴れ回ってしまいますので』

 

『うわ、何よそれ…要するに深竜に目を付けられたく無かったら大人しくしてろって話?』

 

『狡いのは百も承知です。しかし、幻想郷には守谷に比肩する勢力が幾つか存在している…其れ等とも徒らに矛を交えない為にも了承して下さいな』

 

紅魔館、白玉楼、永遠亭、太陽の丘…博麗神社にコウ様と楽園のパワーバランスを担う拠点は多い。八坂神奈子のブレーキ役という側面を持つ洩矢諏訪子ならば、否とは言うまい。

 

『うーん…分かった。で、私等には何か無いの? 年貢を出せーとか…早苗を奉公に出せとかなら無しだよ? そんな要求ならウチはとことん戦うからね』

 

言葉の軽さとは全く違う、重苦しく淀んだ気配が本殿を満たした。流石はミシャグジの長…魔理沙に敗れたのは神の威光と矜恃故に、実力を抑えていたからなのは明白でしたけれど、本来ならこんなバケモノと戦って生き残れる者はそう居ない。

 

『まさかですわ。私は平和主義者ですの、それにコウ様の意に沿わない真似は逆立ちしても致しません』

 

『さっきから深竜の事ばっかりだねぇ君は…何? もしかしてそういう関係なの?』

 

『なななななななにを仰いますか!? その様なふしだらな邪推は感心しませんですことよ!?』

 

仄暗い神気を収めた諏訪子の問いに、必死に被っていた仮面が外れそうになってしまった。動揺を隠そうとするも既に遅く、ニヤニヤと嫌らしい笑顔で此方を見てくる土着神の何と忌々しいことか。

 

『ふーん、まあ良いけど。それでさ、話は変わるんだけど魔理沙がねーーーー』

 

そこから先は、守谷神社で行うと約束した宴会の手筈を進める事となった。良い判断よ魔理沙…各勢力の代表を集める口実にもなるし、何より守谷を楽園の守護に引き入れる絶好の機会となる。

 

どうにか平静を取り戻した私は、楽しげに宴会を持ちかける土着神に相槌を打ちつつ、来たる乱痴気騒ぎの算段を整えて行った。

 

『え!? こっちじゃお酒飲むのに二十歳以上とか関係無いの!? ダメだよそういうのは! もし早苗が酔っ払って脱いだりしたらーーーーーー』

 

『そう言われても…幻想郷では飲むも呑まれるも自己責任ですもの』

 

そういう所ばっかり外の影響を受けて…さっきまでの凄味は何処へやら。中途半端に俗世に浸かった連中は、扱い辛いったら無いですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『世話になったわね…ありがと』

 

『いやー月の医療技術とか薬は凄いんだな! 身体が羽の様に軽いぜ! ありがとな!』

 

妖怪の山で起きた異変から、三日程が経過した現在…霊夢と魔理沙両名も永遠亭での療養からか、今まで以上に快活とした様子で帰って行った。

 

『私からも礼を言う、ありがとう…君が此処に居てくれた事は、無上の幸運であった』

 

『気にしないで良いわよ? 今度私の為に時間を作ってくれるって事で帳消しにしてあげるから』

 

『うむ…承知した』

 

永琳に惜しみ無い礼を述べると、近々予定を合わせろという事で妥協してくれた。楽園に於ける公式の医療機関になったというのに…治療費や薬剤費等を請求されなかったのはその為だった様だ。

 

『迷惑では決して無いがーーーー独り身には別の意味で堪えるな』

 

そも無理が有るというものだ…一週間で数えれば一日目に紅魔館、二日目に太陽の丘に聳える風見邸、三日目に白玉楼、四日目に永遠亭と忙しなく右往左往している。来て欲しいと招かれれば拒む理由も無いが、何故これ程に私を呼び付ける陣営が多いのかは甚だ疑問だ。

 

この誰知らず答えが出せない悩みに、思いを馳せるのは何度目になるか…更には我が屋敷へスキマを使って出向いて来る紫や藍、新しく紹介された橙を含めた八雲一家に、晩酌に付き合えと週に一度は伊吹まで現れる始末。

 

屋敷の清掃や管理は、出来る事ならば私自身が全てやりたい所だが…妖夢、咲夜、幽香、伊吹、紫といった面々に空いた日取りに手伝って貰っているのが現状である。

 

『如何すれば良いか? アリス』

 

『それで私にお悩み相談てわけ? 話を聞くに完全に貴方の自業自得じゃないの』

 

反論の余地も無い…断れない私に非が有るのは確かなのだが、何故それを毎日の如く熟す事となったかという原因を知りたいが為に、今はアリスの住まう魔法の森の一軒家に来ている。

 

『君との約束も守りたかった。君の創る人形は何れも美しく、繊細で上質なモノばかりだ…見ていると、不思議と癒される』

 

『貴方の感想は素直に嬉しいけれど、その発言はちょっと危ない匂いがするわね……お茶飲む?』

 

『頂こう』

 

初めは呆れ返る様相のアリスだったが…私に何やら同情や憐憫を抱いた様で、心なしか対応も柔らかい。彼女の側に侍る《上海》も私を見上げては頻りに抱き付いて来る…この子なりに慰めてくれていると思うと、余計に私の生活基盤の奇妙さを実感する。

 

『今日は好きなだけ居て良いから、ゆっくりして行きなさいな。私は隣の部屋で作業が残ってるから…何か有ったら呼んで頂戴。上海、コウをお願いね?』

 

『シャンハーイ』

 

気の所為か、枯れ果てた老父を介護する娘御か孫じみた対応に…有り難さしか浮かばぬ自分が情け無い。だが此処は一つ、彼女の厚意に甘えて差し出された茶と愛らしい上海を堪能するとしよう。

 

上海を観察しながら茶を飲んでいたのも束の間…リビングの前に位置する正面玄関が勢い良く開け放たれ、私の安らぎは一時間もしない間に崩壊した。

 

『アリスー!! いるかー!? あれ…コウじゃないか、さっき振りだな』

 

『……ああ、そうだな』

 

『お前がアリスの家に居るとは意外だな…まさかアレか? お邪魔だったとか』

 

『莫迦者、私はコレでも年寄りなのだ…この枯れ枝に懸想する酔狂など居るものか』

 

馬鹿はお前だ…と魔理沙から呟かれた微かな一言に全く心当たりの無い私だったが、先ほど隣室に篭った筈のアリスが、早々とした小気味好い足音と共に戻って来る。

 

『ちょっと! いつも来る時は静かにって言ってるじゃないの! 私は忙しいんだからーーーー』

 

『本当に忙しいならコウを持て成すのに茶と菓子まで振る舞うか? しかも上海のオマケ付きで?』

 

『それは!? まあ、なんと言うか』

 

口籠るアリスを他所に、魔理沙は私達を交互に眺めて口角を吊り上げた。彼女は良くアリスの家に来るらしいが…今回は何の要件なのか。

 

『宴会だ!! 日時は今日の夕方から、守谷神社でな! 手の空いてる奴は全員参加だからお前らも来いよ! 私はこれでお暇するぜ、まだ紅魔館とか回らなきゃいけないからな!』

 

『ちょ!? 私は別に宴会なんて』

 

言うだけ言って颯爽と外へ駆け出して箒に跨り、人騒がせな魔法使いは紅魔館の方向へと飛び去って行く。残されたのは、茶を嚥下しつつ上海を膝に乗せる私と…力無く項垂れるアリスだけとなった。

 

『はあ……ま、良いわ。今日の分は区切りがついたし…来ないと後でうるさいからなあ』

 

仕方無いと零したアリスの横顔は、声音と仕草に反して嬉しそうだ。友人や偶にしか逢えない知己との触れ合いは、例に漏れず彼女にとっても楽しい事柄なのだろう。

 

『そうか…今は昼前、宴会にはまだ時間が有るな』

 

『とりあえず、お昼ご飯にしましょうか。予定が無いなら、私の料理で良かったら食べて行く?』

 

『気を使わせて済まないな、有り難く御相伴に預かろう』

 

アリスとの昼餉は実に有意義だった。私の知らない国の料理や食後のデザートなる物が振る舞われ…味、見た目、香りなど何れを取っても大変素晴らしい出来栄えだ。

 

いつ嫁に出ても恥ずかしく無いと褒め称えると…何故か茹で蛸よりも真赤に頬を染めた彼女に、頭を軽快に叩かれた衝撃と、大きな叫び声が屋内に響いた。

 

『な、なな……!』

 

『ん? アリスよ、如何しーーーーーー』

 

 

 

 

 

 

 

『ソレが勘違いの元だって言うのよ、このバカァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

結果として、アリスの家から叩き出されてしまった私は、直ぐ様屋敷へ帰ろうともせず森と太陽の丘周辺を彷徨っていた所…鈴蘭畑の手入れをしていたメディスンに遭遇した。彼女と話し込んでいる内に日も落ち始め、気付いた頃には幽香とも出くわし、何故か直ぐさま紫や霊夢までスキマでやって来た。

 

『何であんた達は都合良く現れるのかしらね…』

 

『良いじゃない。大勢の方が楽しいもの!』

 

『あらあら…メディスンも少し見ない内に大人になって、もう立派なレディね。何処ぞの妖怪核弾頭とは違うわ』

 

『おいコラ…誰がなんですって?』

 

『そんな事より、私は早く守矢神社に行きたいんだけど…美味しいお酒と料理が私を待ってるんだから』

 

姦しい、そう例える以外に何と評すれば良いか。守矢神社へ着くには未だ時間が有ったので、少しばかり談笑でもしながら歩こうと珍しく距離を設定したが…総勢四人もの女性の話を一度に聞き比べるのは難しい。

 

『あんたも大変ね』

 

『いや、寧ろ望む所だ…美々しい蝶や華に囲まれるのは男の夢だろう』

 

『ふうん…良いけどね、あんまり手当たり次第に口説いてるとその内背中刺されるわよ?』

 

恐ろしい事を言ってくれる…口説いている積もりは無いのだ。ただありの侭に気持ちを表しているに過ぎないが、楽園での生活に於いては霊夢とのこの遣り取りも日常の一つとなっていた。

 

『なに一人で感慨に耽ってるのよ…少しは反省しなさい』

 

『うむ…善処するーーーーーーーー着いたぞ』

 

黒い孔の出口から見えるのは、守矢神社の境内に広げられた床敷きに据えられた豪勢な料理、酒、料理、酒。本殿の前には三つの人影が認められ、中心に位置した東風谷が笑顔で我々を出迎えた。

 

『ようこそ、守矢神社においで下さいました!! 皆さんが一番乗りですよ!!』

 

『早苗、身体の調子はもう戻ったの?』

 

『はい、霊夢さん! あの後一杯お休みしたので、今はもうへっちゃらです!』

 

霊夢の問いに間断無く応えた早苗に、問い掛けた本人も何処か嬉しげに口元を緩めている。良き哉、此度も異変に関わった者は互いに歩み寄れた様だ…勿論、私と彼女も斯く在りたいと思う。

 

『私も貴様も、これより先は妄りに剣を交えられなくなりそうだな…深竜』

 

『如何であろうな……見世物になる気は無いが、私は誰の挑戦も受ける。未来永劫、この性は矯正出来ぬと諦めた』

 

私の返答に八坂神奈子は満足そうに頷いて、今は暫しの沈黙で以って収めた。早苗と霊夢は気軽な会話と共に同伴した者達と話の輪を広げ、一人また一人と宴会の参加者が集って行く。

 

『待たせて悪かったな! 永遠亭と紅魔組とアリスと…まあ呼べるだけ呼んできたぜ!』

 

『妖怪の山からは私、射命丸文と友人のにとりさんを連れて来ました! 異変も終わった事ですし、文々。新聞の発行も再開致しますよ!』

 

『やあ盟友のみんな、今日は無礼講だって聞いたから色々持ってきたよ! あ、きゅうり食べる?』

 

またぞろ境内に顔を出した面々は、今でこそ見慣れた顔が多くなっていた。此処へ来てから、数々の出来事と多くの友人を私は得た…代え難い、輝かしい楽園での日々はこれからも続いて行く。

 

『ちょっとコウ! せっかくの宴会なのだから貴方もこっちへ来てグラスを持ちなさいな』

 

『とか言ってまたお姉さまは適当な理由でコウを呼ぶんだねぇ…週に一回は会えるのに、私より熱心だわ。そう思うでしょ? 咲夜』

 

『そ、そうでしょうか…私は何方でも、いえ! 寧ろ可能な限り呼んで頂けると!』

 

『咲夜さん、本音が漏れてますよ』

 

眺めた先には騒がしくも甘やかな少女達が並んでいる。そろそろ行かねばならないらしい…遠巻きに見ていた宴の始まりを、私も肖るべく中心へと入り込む。

 

『姫様! コウさんが来られましたよ、師匠もぼーっとしてないでコウさんの近くに席を取って下さい! ほらほら!』

 

『イナバ…あんた私達を焚き付けて自分も何食わぬ顔で混ざろうとしてない?』

 

『弟子にダシに使われるとは、私も焼きが回ったのかしらね』

 

『ちょっと貴女方!? 宴席の際にコウ様の隣はこの八雲紫に譲るようにと念書を書いたのをお忘れで無くて!?』

 

何なのだ…その偉く不穏な念書は、またも私の知らぬ所で彼女達は秘密裏の約定を交わしていたのか。今は見逃す他無いが、紫には後日問い質さねばならない内容の様な気がする。

 

『そんな念書は無効だ! 其処を退け賢者、今日ばかりは深竜の隣は私と早苗に譲って貰うぞ!』

 

『え? 私もですか神奈子様!?』

 

『うっひゃひゃひゃひゃひゃ! こりゃあ良い! ウチの早苗と神奈子が独占権を主張したぞー!! 良いぞもっとやれ!!』

 

洩矢諏訪子よ…仮にも現存する古参の神が発する笑い声では無いと思うぞ。幻想郷の淑女方は煽れば煽る程に内容は無関係に乗って来てしまう…噂をすれば影とばかりに、永琳と姫君が即座に立ち上がった。

 

『新参者の癖に生意気ね…永琳、行くわよ!』

 

『独占とは大きくでたわね…あら? そう言えば貴女、神奈子じゃない?』

 

『ゲエッ!? まさかオモイカネか!? 馬鹿な、月に移った筈のお前が何故ーーーー』

 

『お前ら煩いぞ! ひっく…口喧嘩より殴り合いしろ!』

 

『妖夢ー、周りのお皿が無くなったから適当に追加を持ってきてー』

 

『うぇ!? 幽々子様、しょ、少々お待ちをーーーー!!』

 

伊吹、君の持論はさて置き…宴会が始まって数分で何故君の周りには空いた酒瓶が二桁も有る? そして西行寺の周りに在った筈の料理も、綺麗に無くなっているではないか……誰も止めなかったのか、否、誰も今の二人を止められはしないか。

 

『楽しいね! 幽香!』

 

『ふふ、そうね…お馬鹿さん達が争う様は見ていてとても楽しいわね』

 

唯一、寄り集まった席から離れてメディスンと酒を少しずつ嗜む幽香を発見する。事態の収拾を願い、彼女に助けを乞う視線を送るが…何とも形容に困る悪戯な笑みだけを返され無視された。

 

『孤立無援、か』

 

今宵は幽香に見捨てられたかと溜息を吐いたが、周りで燥ぐ声を悪く無いと感じる自分が居る。

 

蝶は華麗に、華は鮮やかに私の見る世界を彩っている…願わくばこの幸福な時間が、何時迄も続いて欲しい。君達との時間は、日毎に楽しさと眩さが増すばかりだ。

 

 

 

 

 

『にしてもーーーー回を重ねる毎に、宴会が賑やかに成るな』

 

 

 

 

 

ありがとう……皆の笑顔は、私にとって至上の酒の肴だ。





という訳で、長らく続いた風神録は今回をもって終わり、第1部完!という具合です。

出番作らなかったのに何だか可笑しな話ですが…アリスって実は凄く動かしやすいです。コウとは適度な距離感を保ってて、それは霊夢もそうなのですがいつも周りの女性陣は強烈なので主人公への癒し要素を組み込んでみました。

ところで、バブみってなんなんですかね。意味は分かるんですが訳がわからないというか、うーん…バブバブ。

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