彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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おくれまして、ねんねんころりです。
二週間以上も空いてしまって申し訳ございませんでした。今回で風神録の大筋は終了となります。

この物語は稚拙な文章、独自設定による神奈子様の超強化、それを上回るチート主人公、厨二マインド全開でお送りしております。

それでも読んでくださる方は、ゆっくりしていってね。


第五章 伍 素敵な巫女は空を往き

♦︎ 東風谷早苗 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

守矢神社の本殿、最奥部にて瞑想する私の脳内に…確信とも言える直感が降りて来た。

 

『諏訪子様がーーーーーー負けた?』

 

屋外から聴こえていた騒音が止み、気を鎮め霊力を練り上げていた私の胸中に波紋が広がる。私達にとって最も所縁ある神社周辺で、ましてや信仰を手にした諏訪子様が何者かに敗北した。

 

あり得ない、とは言い切れない。世界は摩訶不思議な事で溢れているから、だからこそ一介の生命には予期出来ない結果は訪れる。

 

『なるほど…敢えて、ですか』

 

神の試練に差は無くとも、神の御心に揺らぎが無いとは限らない。全然本気じゃなかった…訳でも有りませんが、少なくとも諏訪子様の良識の範疇でルールに基づいた決闘の結果一人の解決者が勝利した。

 

読み取れたのは其処まで、それ以上は不要で直接見れば事足りる。しかしながら…戯れと評し得るも神の試練を踏破する人物が他にも居たというのは意外も意外。初めから、越えられぬ壁を用意する程高慢では無いと教えたかったのでしょう。

 

『私は……違いますけど』

 

私は人間だ。負けるのは好きじゃないし進退を懸けた場面で手加減なんて出来ない…お二人は私の気性を見越した上で、最後の砦として本殿で自らを高めよと仰った。

 

私に目を掛け、報われぬ心を救ってくれたお二人に応えたい。私には初めから…在りし日に抱いたこの想いしか無かった。

 

『勝ちますよ、私は勝ちます』

 

外の世界に、私の本当の居場所なんて無かった。

友人や家族と呼べる人々は確かに居たが…私の視えている世界を共有出来ない方々と、如何して心の底から分かり合えると言うのだろう。

 

幼い頃から…私には他者には感じ取れないモノが見え過ぎていた。お二人も含め、外の世界に砂粒程しか無い幻想の残滓がはっきりと在って、私には当たり前でも…誰も私の識る現実(げんそう)を知る事は終ぞ無かった。

 

きっと浮いていたんでしょう…私は家族からも友人からも不思議な空気を纏っていると良く言われ、悪い意味では無いにしても皆と同じでない自分に悩んだ時期も有った。

 

『だから…ついて来た。塵は塵に、灰は灰に、幻想は幻想に立ち返るべきだと』

 

私は幻想郷に訪れて、この持論が正しかったと強く思う。此処には私の観ていたモノが自然と溶け込み、外で生きていた私さえも産まれた時から楽園の一部だと錯覚する位呆気無く受け入れていた。

 

幻想郷でなら、自分はありのままで居られる。

本当の自分を隠す後ろめたさも必要も無い…今や信仰の理力は御神体であるお二人を仲介して布教を繰り返した私が大部分を受け取り、私の現状を神奈子様は《現人神》の顕現と喜び…諏訪子様は寂しげな笑みで《守谷の風祝》と讃えるに至る。

 

これが今の私、神々の恩寵によって新生した東風谷早苗…あの頃の私は、もしかしたら死んでしまったのかも知れない。でも、私には私の願いが有る。

 

『私が…お二人に報いる』

 

この身に宿したチカラはその為のモノ。

私が選び、掴み取った数少ない選択肢…誰にも邪魔はさせない、例え博麗の巫女たる霊夢さんが相手でもーーーー

 

 

 

【気を付けて帰ると良い】

 

 

 

不意に、脳裏に彼のヒトの姿が幻視される。

何の貴賎も持たず、異変を起こすと勇んで出向いた私に肝が据わっていると評し見送ってくれた彼が…妄想だと分かっているのに、一見無機質にも思えた横顔が暗くなった気がした。

 

表情が翳っているのは…私に危うさを感じているからとでも言いたげに、頭の中の彼は一向に顔付きが晴れない。

 

考え過ぎだ…雑念に気を取られるから、こんな益体も無い想像に耽ってしまうんだ。私は偽ってなどいない…自分を誤魔化すような真似はもうしなくて良いんだ。

 

『あり得ません』

 

心に靄が掛かった様に判然としない思考を無理矢理打ち切って…私は本殿から立ち上がる。歩む足は緩慢で、大した不安も気負いも無い。

 

なのにーーーーーどうして頭の中の片隅で、俯瞰する自分を嘲笑う言葉が出てくるのか。

 

 

 

 

【嘘つき…私は嘘つきだ】

 

 

 

 

かつての自分、子供だった自分の意識と記憶が…今の私を嘘つきだと叫んでいる。分からない…何に嘘をついたと言うのか、喉元に詰まった感覚を覚えながらも、開け放った襖の先の宿敵へ言葉を投げかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ようこそーーーー霊夢さん、此処で打ち止めとさせて頂きます』

 

『打ち止めねぇーーーーまぁ何れにしても、私とあんたでケリが付けば異変は終わる。歯ぁ食い縛れ…守谷の巫女』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『祈り給え 畏み畏み申すなら 其が器の許に降り立たん』

 

『夢見る侭に待ち到り 慄きを知らず されば永劫の裡に回帰せよ』

 

真言と呪禁は衝突を止めない。既に半刻が過ぎて尚勢いを保つ彼女に応え信仰は神聖な力と成り、力という《負》を飲み込まんと双方の意気が交差する。

 

何故だ…何故神力を抑えない。

未だ致命打の一つも打ち合わぬ状況で、八坂神奈子は明らかにその存在に綻びが生じ始めていた。

 

『これ以上はーーーーーー』

 

『如何した!? そんな物では有るまい!! 直ぐ様押し返し、禍々しくも凄烈な一撃を放って見せろ!! 深竜ーーーーーーッッ!!!』

 

軍神は最早闘争を忌避すべき状態の筈。

拮抗し、互角に鬩ぎ合っていたのは先程までの話…今の彼女は燃え尽きる前の蝋燭の火だ。

 

手にした信仰を湯水の如く注ぎ込み、己の魂さえも上乗せして今の私を圧倒する。余りに危険だ…自らの生死すら度外視した能力と神力の行使は彼女の命を確実に蝕んでいる。

 

『八坂神奈子…』

 

『頼むーーーー私が燃え尽きる前に、この身体、この命果てる前に…貴様に勝ってみせるッッ!!!』

 

それは悲痛な願いとも、憤怒の現れとも取れる咆哮。

我に勝つと言ったではないか…何故己の根源までも糧にして未来を棒に振る。

 

『私はーーーー私は、 お前を尊敬していた!! 狂おしい程、身の程も忘れて憧れたのだッ!! だからこそ勝ちたい! 勝利を以って証を立てたいッッ!!!』

 

それ故か…そんなにまで為って我に挑んで来たと?

ーーーーーーーー素晴らしい。何と雄々しくも美しき姿である事か…肉体という器に許容量を越える出力の神気。

 

もし全盛期であったなら、あれだけの神気で有ろうとも身体に皹一つ入らなかったが…しかし日々の積み重ねが彼女の心を、褪せた神性を補って余り有る程気高く強くした。磨いた武技と理知が極まった、軍神たる八坂神奈子の真の姿が眼前には在る。

 

だというのに…時が流れ、外の世界で弱り果てた神としての格が、器が、彼女に相応しい筈の信仰と力を収め切れないでいる……斯様に見事で、悲しい有様が他に在るのか。

 

『良かろう』

 

『ぬっーーーー!?』

 

肉体から立ち昇る銀の奔流を操り、彼女との距離を強引に空ける。短く呻いた八坂神奈子に…私は最大の敬意を以って構えを取った。

 

『………』

 

呼吸は静けさと落ち着きを増し、彷徨うでも凝視するでも無い俯瞰した視線。武に通ずるなら誰もが象る無念無想のカタチに、八坂神奈子は息を呑んで待っている。

 

『許せ……我が如何に浅はかだったか、深く思い知った』

 

『……漸く、漸く本当の貴様に逢えた。優しく触れずとも良い、気遣いも全くの無用…私は貴様の、その蠢き発つ覇気を待っていた』

 

遠い過去、彼の日に対峙した時と同じ気概で彼女を迎えた。姿形は変われども、我と彼女の変わらない魂の繋がりを取り戻せた。されば友よーーーーーーいざ、

 

『ーーーーおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!』

 

『来いッッ!! シンリュウウウウウウウウウウウウウウウーーーーッッッ!!!!』

 

魔力も神力の差も関係無い。雄叫びと共に走り、互いに魅せられる今の全てを込めた拳を、剣を見舞う。

 

肉を穿ち、骨を絶つ轢殺の一撃。数える間も惜しいが凡そ数百…一呼吸の内に交わす必殺の間合いと威力で顔を、腹を、足を、腕を叩き撲り斬り合った。

 

『クッ…ヤサカァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

『ごぼっ…! は、ははは…ハァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

恥も外聞もかなぐり捨てて、友と血塗れの笑顔で戦に興じる。我は彼女を一度は見下げ、彼女は我に憧憬を抱いてくれた…そして今は我が非と愚かさを認め、彼女は待ち続けてくれたのだ。

 

応えねば…そして、だからこそ勝たねばーーーー否!! 我こそが勝つッッ!!

 

『嗚呼強し、真の強者(ツワモノ)との戦とは…何と心が踊る事か!!』

 

『神よ、我が深淵に届いて見せろ!!』

 

真言と呪禁を述べた上品なだけの、私の我儘で彼女を待たせた下らぬ戦いは完全に無きが如く…ただ我武者羅に血と肉と骨を削り取る。

 

語らう言葉の裏に、拳脚と鉄柱、剣に纏った力の奥底に、万感の想いが潜んでいる。穢れ無く、麗しくも尊い軍神よ…良くぞ待ち続けた、故に沈め、闇に懐かれ眠る刻だ。

 

『如何したぁッッ!! 貴様の力はその程度か!? 悍ましき竜の分際で私を相手に何を呆けている!?』

 

『笑止、呆けている等と勘違いも甚だしいッ!! 神如きが囀るなッッ!!』

 

聞くに耐えぬ罵詈雑言も、我と彼女には心地良く聴こえている。証拠に笑顔は翳らず、喋るのも億劫な程傷を与えては倍にして返された。

 

楽しいな…八坂神奈子。我には分かる…汝も又楽しかろう。肉が潰れる程肢体を殴り付ける拳、骨が粉微塵になるかと見紛う鋭さで薙ぎ払われる剣。地面は血飛沫によって紅く染め上げられ、空気には鉄の臭いが濃く充満する…身体に押し留めた魔力と神力で強化し繰り出された攻撃一つ一つが愛おしい。

 

『がはっ……!? 未だ、竜の心臓に届かぬか…何と厄介で、憎らしくも倒し甲斐の有る相手だ』

 

『……ッ! これで三度目だ、我は死なず、神もまた死せず。年寄りの言葉は兎角…的を射るモノだ』

 

『はぁ…はぁ…抜かせ、その見て呉れで年寄りだと? 私もお前も、死ぬまで現役だよ』

 

八坂神奈子の息が荒い。

終幕が近付いている…軽々とした物言いからは想像だにせぬ痛みと膨大な信仰を力に変えた反動が一度に押し寄せて来たか。

 

此れまで楽園で戦った者達の誰よりも私に迫った、忌々しさを越えて抱き締めたくなる…惜しむばかりなのは此れ迄だ、もう終わりにしよう。

 

『次で最期だ……』

 

『はぁーーーー同感だ』

 

蹌踉めきながら、必死に留めていた神気の堰を彼女は解いた。一先ず、体内で暴れる神力による自壊は免れる…後は蓄えられた力の矛先を私が如何に打ち消し、神に引導を渡すのかという段階となった。

 

『山に集めた数多の信仰…神を敬い、讃え恐れる徒の意を束ねる…気を抜けば貴様でも幻想郷の藻屑となろうよ』

 

『ーーーーーー来るが良い』

 

軍神、山の神、天を操る神が遂に空へと上がった。

彼女は空から地表へ、私は大地を踏み締め上空へ、最後の攻撃を仕掛ける態勢を整える。

 

『産みたるは天 賜りしは(いぬい)に依りて唯一輪 (ろう)たし功入り長ける 一振りの鏡剣(かがみたち)を疾く奉れーーーー』

 

三種の神器、ミクサノタカラとも呼ばれる神璽に用いられたとされる神聖な剣にソレは例えられた。気高く咲いた花の如く彼女の周囲に輪を描いて顕現する神力の渦は、信仰の密度、纏う理力、質量が開戦から放って来た数々の術式とはモノが違う。

 

今は遠き天孫降臨の際、大いなる神々の祝祭によって浄められた神秘が…軍神の名の下に再現されようとしていた。後退は愚策、しかして前進もまた困難…神代にて相争った神々の軍勢を降した時を遥かに凌ぐ、文字通りの切り札。

 

相手に不足無し…従って、楽園を壊さずに投入出来る全戦力を行使して迎え討つが礼儀。私も倣い、彼女を追う形で詠唱を開始する。

 

『深淵たる座へと参じ 三世の果てより』

 

新たに、分かった事が有る。

あの技は対象以外を狙わない性質を持っている…正しくはある一点の物体のみを破壊する為に特殊な自動式を編んでいる。

 

私という負そのもの…穢れの塊とも呼べる不浄の魂だけを刈り取る聖なる大花。だが、神が見落とした点も存在する。

 

私をこの場で消し去らんとすれば、裡に内包する無限の負が溢れ出すだろう…楽園は瞬く間に食い潰され、楽園はおろか一つの世界が終焉へ向かうと予想される。被害は計り知れない…宇宙一つ分か、連なる別の世界諸共か等と考えるだけでも恐ろしく、誰も報われず何も残らない結末となるーーーーそうなる前に。

 

『閉じた世界を此処に創ろう 過たず寄り来たる負の底へ』

 

幽香の時と同じく、私と彼女の幻想郷との関わりを一時的に断絶する。此度は慎重に、且つ確実に…八坂神奈子の秘中の秘の解放に合わせなければ。

 

身体から、楽園が瓦解する寸でを見極めて力を溢れ出させる。空を覆う銀が曇天と見違える厚みを帯びて流れ出し、銀に縁取られた漆黒の奔流が箱庭を包む擬似的な暗幕と成った。

 

『天孫よ 満ち満ちて在れーーーーーーッッ!!!』

 

それでも…彼女の切り札は中断されない。

止める段階はとうに過ぎたと言うべきか、後は渾身の一声にて叩き付けるだけ。しかし私も…彼女の秘奥に間に合う運びが整った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《風神様の神徳》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

『現想ーーーー《異界・無次間(いかい むじげん)》ーーーーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と彼女の最後の攻撃が始まった時…幻想郷から音と景色が消え去った。神の咲かせた鮮やかな色を付けた大輪の花…神力によって構成された弾幕は周囲を埋め尽くし、ミクサノタカラに例えた猛き剣の再現は一筋の光線として私へ撃ち出される。

 

景色が白んで霞む中で私の生み出した常闇の領域が楽園に帳を降ろし、双方の魔力と神力が交差する直前…私以外の遍くモノが停滞を余儀無くされた。

 

『何だ…?』

 

囁きとも、独り言にも聞こえる軍神の一言が…周囲に起きた異常の大きさを物語る。

 

『何故消えた!? 神力も唱えた真言も十全だった筈ーーーー何が』

 

『私が若かりし頃造った場所に、幻想郷を移したのだ』

 

八坂神奈子の瞠目と動揺が露わになる。

理解し難い現象を前に、漆黒の世界に絡め取られた神の理力が徐々に奪われて行く。

 

『理屈が分からぬ…どういう事だッッ!!!』

 

『この無明の空の下では私こそが法…私の許し無くしては何者も存在を保てぬ。価値有りとすれば維持され、価値無しとすれば根源から食い潰される』

 

言葉では簡単だが、彼女の狼狽は凄まじい様相だった。

膝が崩れ落ちるのを必死に耐え、だとしても踏み出す事もままならない。言葉だけが虚しく交わされるのみ。

 

『つまり、貴様の裁量次第で生き死にが決まると…?』

 

『平たくは、な…奪う意思を向けなければ何も起こらぬ。此処には何も無い代わりに、私以外の誰も干渉出来ない』

 

『莫迦げている…!!』

 

『では如何する…諦めるか?』

 

『………ハッ! 知れたこと!』

 

朽ちかけた鉄の剣と柱を携え、光無き場所で尚軍神は不敵に笑った。それで良い…その姿こそ誇らしい、何にも勝る尊き神の武勇を表している。

 

『後退は無い!! ならば征くのみッッ!!!』

 

何方とも知れず幾度目かの衝突…友誼を分かち合う為に、無尽の野を行くが我等の定めか。この戦いに意味が有るとすれば…私と彼女以外には誰にも分からない。

 

『ーーーーうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!』

 

怒号、気概を混じらせた彼女の声から始まる掛け値無しの終幕。無風の大気を突き破り、神気を纏った一撃が押し寄せた。私は戦い抜いた軍神の強さと眩さに心から賛辞を送り、左拳を硬く握り締め…一直線に突き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーーーーーー八坂神奈子』

 

『…………ああ、分かっているとも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳に乗せた魔力は、軍神の腹を深々と打ち据えた。鉄の剣は拳の膂力に真っ二つに叩き折られ、受け流す為に咄嗟に張り巡らした二対の鉄柱も同様に砕けている。神の戦意が剥がれ落ち、崩折れそうになる彼女を抱き上げて言葉を掛ける。

 

『ーーーーよくぞ私の許へ、戻って…………』

 

抱かれた肢体は軽く…私は見た目に違わぬ軽さと華奢な腰つきに伴う重さを感じながら、彼女の言いかけた言葉の真意を深く受け止めて、緩やかに眼を閉じた彼女を見届けた。

 

『ようこそ楽園へ、我が友…八坂神奈子』

 

呼び寄せた異界は私の意思で音も無く消失し、何時もと変わらぬ幻想郷が帰って来る。意識を失った彼女を背に担ぎ直し、眼窩に広がる山道を歩き出した。

 

『私は…君に応えられただろうか。相応しき宿敵となり得たのか……次に目が覚めた時、君の口から是非聞きたいものだ』

 

異変も、佳境へと入った頃だろう。

魔理沙と霊夢の気配は健在だが…気になるのは、其処に立った存在の膨れ上がり続ける力の流れ。

 

『初めて会った時には然程感じなかったが、うむ…彼女もまた、神となるに値する器を持っていたのかーーーー』

 

其処で、ふと浮かんだ不安要素が頭を過ぎった。

感じられる力は霊力と神力を帯びてはいるが、何処と無く不安定な兆しを匂わせる。

 

『友よ、君はあの娘を…東風谷をどの様に導きたかったのだ?』

 

答えは無い。私には預かり知らぬ事柄が、背に負った彼女と山の頂の東風谷の間には多く在る…若き神童の儚さに、少しだけ歩幅が大きくなるのを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて目の前のヤツが博麗神社に現れた時、私は少しだけ…少しだけ見惚れていた。長くて綺麗な、腰まで伸びたさらさらの髪…人の好さそうな顔付きと何処か間抜けっぽい口調。出るところは出てて、引っ込むところは引っ込んでる、それでいて大きくも小さくもない均整の取れた体躯。

 

一番気を取られたのは、身体に帯びている空気がとても心地良かった。きっと別の出会い方をしていたら…すぐに仲良くなれたかもしれない。けれど、

 

『一つ、気に食わない部分が有るわ』

 

『……何ですか?』

 

『なんで、あんたは本当の事を隠して喋るのよ。思ってる事とやってる内容があべこべだし、乗り気じゃなさそうな顔してた癖に堂々とうちに来たじゃない』

 

似ているようで、しかし全く違うもう一人の巫女は答えない。根は素直なのに賢ぶって、自分の本音をひた隠しにしているみたいな…変な気分を味わわされた。

 

それが逆に不気味で、どうしてもムカついてしょうがなかった。自分を誤魔化すやつに負けたくなくて、事前に修行なんて性に合わない真似までしたのに…嘘が上手いのか下手なのか。何にせよ…吐くもん吐いて貰って負かすのが一番早い。

 

『ま、私が戦って勝てば良いか』

 

『凄い自信ですね…羨ましいです』

 

本音から出た言葉だろうか…多分本当ね。

何の気無しに交わした言葉を皮切りに、私とあいつの弾幕ごっこは始まった。

 

『秘術ーーーー《グレイソーマタージ》』

 

『宝具ーーーー《陰陽鬼神玉》』

 

私と早苗の出だしは対照的だった。

喚び出した巨大な陰陽玉が早苗の真正面を捉えて射出されると、あいつの周囲に現れた五芒星を描いた弾幕が圧倒的な物量と速度で対抗する。

 

散りばめられた星の弾幕を私は躱し、早苗も上空へと飛び立って陰陽玉を難なく避けた。似たような術の系統ながら、私は組み上げた展開式の簡潔さと威力重視、あいつは一手間掛かる術を幾多も相互に織り交ぜて数で押して来る。

 

『霊力の高さにかまけて術の選択をおざなりにしていますよ…!』

 

『そっちこそ、持ってる力の割には初めの一撃が弱いわね!?』

 

私とあいつの戦いは選んだ術の効果とどれだけそれらを間断無く放てるかに有る。連続して繰り出される小手調べのスペルカードは性質も範囲も順序も真反対。私が弾数で応えようとすれば向こうは破壊力の高さで返してくる…単純な術の見せ合いでは早苗の実力が測り辛い。

 

『霊符ーーーー《夢想妙珠》!!』

 

『開海ーーーー《海が割れる日》!!』

 

同時に唱えた弾幕もやはり、真反対。私の繰り出した十六の大型弾が早苗の周りを囲むように回転を始めた直後、あいつの翳した掌を起点に津波の如き霊力の障壁が左右に展開された。付けられた名前に値する、海が割れたかに見える両翼から生み出された波動が力づくで私の夢想妙珠を跳ね返す。

 

『埒が明かないわね…』

 

『そうでしょうか…本番は此処からです』

 

『ーーーー!?』

 

早苗の纏っていた気配が変わった。

琥珀にも似た淡い光を瞳に灯して、相対した私に酷薄な視線を投げかける。

 

アレには、あの眼には…嫌な予感がする。何時もの根拠の無い勘とは違う、明確な危機意識が脳内で警鐘を鳴らし捲る。

 

『私は…貴女に勝ちますよ』

 

『………』

 

『だってーーーー今の私はカミサマですから』

 

早苗の発した言葉が大気に揺らぎを起こす。風が震え、地が戦慄いている感覚が爪先から頭のてっぺんまで伝わって来る。それでも何でか分からないけれど…怖いとか、ヤバいなぁとか、次に何が来るんだろうとかの前に。

 

『ブッ飛ばしてやるッッ!!!』

 

腹の底から叫んでいた。

こいつには負けられない、今だけは負けちゃいけない! 自分を隠して…神様の力まで借りて成さなきゃいけない異変なんて認めない!!

 

『私だって…! 貴女に負けたくありません!!』

 

神社の境内は弾幕で覆われた…互いに相容れぬ考えで動いている所為か、どれだけの時間が経過しても弾幕の引き出しは依然として左右対照。霊撃と神力で構成された弾幕が弾き合っては霧散し、小さな衝撃が連続して間髪入れずに巻き起こる。

 

『あんたは嘘つきだッ!! 大層な理由に隠れて、自分の考えがまともに出てもいない…初めて会った時からそれだけは気に食わないのよ!!』

 

『何をーーーー』

 

根拠なんてない。ただそう感じていて、早苗が神の力を宿し始めた辺りから形の無い確信を得たに過ぎない。それでも違う、違うのよ…今まで戦って来た連中と、目の前のこいつは何もかもが違う。

 

『神が成り立つだけならもう終わってるのよ! 異変が起きるまで散々人里と山で信仰を集めて、幻想郷に求める事が博麗神社の停止だけ? バカにするのも大概にしなさい!!』

 

『バッ……何ですかそれ、何がおかしいんですか!? 私だって、お二人の為にどれだけ走り回ったか貴女に分かるんですか!?』

 

分かるわけないでしょボケが!! 努力ってのは見せ付けるもんでも無ければ自ら大声で語る事でも無い、それを見た奴らが何を感じて、どう想うかが自分の周りに現れる。レミリアも妹の為に、咲夜たちもレミリアに応えようとして最初の異変が起きた。

 

『今のあんたは薄っぺらだ! 神様の為、守谷の為、口ではそう言ってるけど…あんたの事が何一つ見えてこないのよ!!』

 

『巫山戯ないで下さい! 何ですか、そんな理由で…そんな理由で私の邪魔をしないでッッ!!』

 

白玉楼の奴らも、理由こそ側から見れば下らないと思えた。桜が咲こうが咲くまいが、今の幽々子が其処に居ればそれで良かったのに…自分ってものが分からない苦しさとか、虚しさが異変の裏には感じられた。妖夢だって、人知れず悩んでいた主人の為に多勢に無勢の中で必死だった。

 

『嘘と都合の良い理由で誤魔化して、そんな臆病者の相手をする時間が惜しいって言ってんのよッッ!!』

 

『私が……臆病?』

 

永琳達だって、一緒に暮らしてる仲間のために…延いては幻想郷の為にって異変を起こした。月の連中だか良く分からない奴らに住処を荒らされたくない、平穏が欲しいって…どいつもこいつも面倒臭くてそれぞれ逢えば喧嘩ばっかりだけど…気の良い奴らだってちゃんと分かり合えた。

 

『みんな、異変に懸ける想いは本物だった。あんたに足りないのは、自分が本気だって言える理由が言葉からじゃ見当たらない所なのよ』

 

『私の……理由』

 

『あんたは口を開けば神様がどうとか、信仰がとかそればっかりで。此処まで話したって、自分がどうしたくて異変に関わってるか…私には分からない』

 

私が捲し立てた後、戦闘の激しさが収まってしまう。

眼前の強大な力の塊と化した少女は、糸の切れた人形じみて微動だにしなくなった。

 

『言ってみなさい…あんたはどうして、此処まで来たの』

 

『私、はーーーーーー』

 

早苗の顔は今にも泣き出しそうで…胸に溢れた本当の気持ちが出て来そうなのを感じる。あと少し、もう少し…

 

『私は……外の世界に居場所が無くて』

 

『……それで?』

 

感情の昂りから震える身体を抑えるのも忘れて、早苗は漸く、私を前に自分を曝け出し始めた。ああ……そっか、私がこいつに苛立ってたのは、自信が無くて恐がりで、それでも此処まで来たこいつをーーーー心の何処かで知りたいと思ったからだ。

 

『自分だけに能力があったって…同じ様な人が周りに誰もいなかったから、わたし、苦しくて……凄く、寂しくて』

 

特異な力、特殊な生き方を余儀無くされる葛藤は私にも分かる。高い高い神社の上から、幼い時から人里の子供達が道端で遊んでいる姿を…私もずっと見て来た。

 

仲間に入りたくても、きっと本当の意味で理解し合う事は…同い年だっただろう私とその子達でも無理だと悟った。それから暫くして私には魔理沙が現れたけれど…こいつには、早苗には……誰も。

 

『なによ…ちゃんと、自分の事話せるんじゃないの』

 

『ひっく、だ、だから…私と一緒に居てくれた…神奈子様と、諏訪子様に……!』

 

みっともなく、とは思えなかった。産まれも育ちも違えど…同じ幻想の中で共に生きて来た神々に少しでも報いようと。早苗の核心に触れて、嗚咽混じりに吐露した彼女の泣き顔は…見た目よりずっとずっと小さな女の子を幻視させる。

 

『わかったわよ…もう、良いから』

 

『うぐ……霊夢、さん』

 

空いた距離を埋めたくて、私から早苗の前へと歩き出す。直ぐ近くまで立った私は、懐から一枚のスペルカードを取り出して早苗に見せた。

 

『だったら、私と遊ばない?』

 

『え…?』

 

『弾幕ごっこはね、人も妖怪も関係無い…お互いの弾幕の美しさを競い合う遊びなのよ。だから、ほら』

 

『あ、うぅ…霊夢、さぁん…!!』

 

拙い言葉に…早苗はちゃんと私の意図を読んでくしゃくしゃの泣き腫れた顔を更に歪めながら、少しでもマシな顔で迎えようと袖で自分の顔を拭っている。

 

これで良かったのよね…だって、最初に来たのは向こうだけど、山まで来て突っかかって行ったのは私なんだから。出来ることなら、一緒に遊んだって良いじゃない?

 

『最後のスペルカードは、どっちかが一発当たったら終わりよ……さあ、準備は良い?』

 

緩やかな速度で宙へ上がり、不器用な笑顔で早苗の答えを待った。それは私の願った通り…赤らんだ涙顔を必死に凛々しげに保った新しい仲間が、私に大きな声で返してくれた。

 

『はい…ッ!! ま、負けませんよ!!』

 

『……ええ、歯ぁ食い縛りなさい。早苗ーーーー!!』

 

二人で共に空高く、雲に届きそうな距離まで飛び上がる。強引なやり方だったのは私も早苗も同じ…だから異変の最後くらいは何の蟠りも無く自由に、思い切り戦いたい。

 

『大奇跡ーーーー』

 

『神霊ーーーー』

 

声が同時に上がった刹那、妖怪の山の空を色とりどりの光が包み込んだ。早苗のソレは渦を巻く翡翠の色を灯した輝く弾幕の渦…私のは幾つかの色に分けられた七色の光の粒。この日を締め括る二つのスペルカードが、数瞬の後に開放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーーーー《八坂の神風》ーーーーーーーーッッッ!!!!』

 

『ーーーーーーーー《夢想封印》ーーーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

私と早苗の口元には…これまでとは違って笑顔が浮かんでいた。鮮やかで綺麗な光の粒と輝く風の流れが混ざっては溶け合い、更に高い空の上へと登って消える。

 

やっぱり…弾幕ごっこは楽しいものよ。時には痛みや苦しみを伴って交わされる事も有るかもしれない、でも…だからこそ私は、今なら早苗と分かり合える気がした。

 

『幻想郷流のおもてなしはこれからよ! 気ぃ抜かずに付いて来なさい!!』

 

『はい…! 絶対、私が勝ってみせますよ!!』

 

良い返事じゃない。双方の霊力と神力が最高潮まで高まって、スペルカードの規模と威力が加速度的に上昇する。夕焼け空に描かれた美しい光の瞬きは、次第に私と早苗の趨勢を物語り始めた。

 

『ーーーー凄いです…霊夢さん。私じゃまだ、修行不足みたいです』

 

『ったり前よ! 何年博麗の巫女やってると思ってるの!? あんたにもこれから死ぬ程頑張って貰うんだから、覚悟しときなさい!!』

 

人間だって妖怪だって関係無い…神様だろうが何だろうが、幻想郷では誰だって暮らしていける。あのバカみたいに力が余ってる竜だって居るんだから間違いないわ!

 

あんたはもう、外の世界で特別だった独りじゃない…私も魔理沙も、未だ逢ってない奴らが沢山待ってる。そこんとこ、覚悟して負けなさい!!

 

『おおおおありゃああああああああーーーーッッ!!!』

 

『くっ…きゃああああああああああーーーーーー!!!』

 

私と早苗の戦いの終わりは…始まった時と変わらず対照的なまま幕を閉じた。私は空で肩で息をしつつも地上へ落ち行く早苗を追い掛け、早苗は意識も失いかけているというのに…満足気な表情のまま神社の境内へ落下する。

 

『うーーーーく、つ……! 掴んだ!!』

 

向かい風と空気の抵抗に負けそうな身体から、必死に空いた手を伸ばして早苗を捉えて腕に抱きしめた時…誰も居なかった筈の境内で、片手を翳して何やらポツンと立っている奴を見つけてーーーー私も疲労からか、安堵なのか、意識が途切れる直前にあいつの声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

『二人とも…良い戦いだった。そして霊夢、君は正しくーーーーーー楽園の素敵な巫女だったぞ』

 

 

 

 

 

 








やっと、書き上げました五章の伍でしたが…如何だったでしょうか。かなり難行した今回、私ごとの忙しさからついつい日にちを開け過ぎてしまい、まことに申し訳ありませんでした。

次回で、彼は幻想を愛している…の第1部が完結という運びとなりますが特に何のことは無くつらつらとコウや幻想郷の物語は続きますので、しょうがねえ奴だな…見てやんよという方、これからもよろしくお願いします!!

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!!

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