彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
10日以上も空けてしまって焦りつつ、苦手な戦闘回を何とか書き上げました…次回も続くんですがね。

この物語は変わらない急展開、稚拙な文章、初めから終わりまで厨二マインド全開でお送り致します。

それでも長らく待って頂き、読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第五章 四 神隠し、惜しむ竜

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風の流れは水の流れに似ている。逆らえば身に及ぶ抵抗感や圧力は倍以上に感じられ、無闇に委ねれば流されるまま何処へでも行く羽目になる。

 

必要なのは最小限の抵抗で、少ない体力で身体の行き先を制御する事…そう考えていた。その認識は、風の圧力や鋭さまで変幻自在な眼前の天狗によって打ち破られたが。

 

『強い風とは気流の激しさ。弱々しい風の流れは其れと交わらずとも…逃げ道として用意するのは簡単よ』

 

文の言葉は、私も気付いているある罠の事を指している。吹き荒れる気流の合間に緩衝材の如く敷かれた微弱な風は、受ける側にとっては格好の避難経路…けれど、同時に撃ち出される弾幕は風に乗って安全地帯だった場所へ収束する。

 

『逃げ道に誘い込んだ相手を弾幕で埋める。避けるにはより強い風を掴み死中に活を得なければいけない……ですが』

 

『強風に巻かれて打ち上げられれば終わりと言いたいんでしょ? だから留まってるんじゃない』

 

どれほど弾幕が身体を掠めようと、風の隙間から抜け出すには予想される被害が大き過ぎる。

 

強い風とは文の周囲から水平に射出される竜巻という意味だ…本来、自然現象では起こらない横向きの竜巻は、空に浮かぶ此方の動きを抑えつつ幾重にも張り巡らされている。どの道、下手に動けば致命傷は避けられない。

 

『風を操る能力ね…初めて見たわ』

 

『種族としての能力が偶々そう呼ばれるだけです。風を起こすだけなら鴉天狗の誰でも出来ますよ』

 

嘘吐け、風の強弱も方向も性質も自由に弄っといて何が同族なら誰でも出来るよ! 物事の始まりから終わりまでを操るというのは、口で言う程簡単じゃない。

 

普通は風の流れが初めから定まっている場所で大気は唸りを上げたりしないし、ましてや竜巻の規模や速度まで誰かの意思で決まったりするもんか。

 

『そろそろ私も動きますかね、尤もーーーー』

 

それこそか妖怪たる所以かと思案していると、突如視界から文の姿が失せる。妖力を探って居場所を感知した頃には、天高く舞い上がった天狗の手に一枚のスペルカードが握られていた。

 

『貴女に私が見えるとは思いませんが』

 

『………』

 

可視化され周囲に滲み出した妖力が、これからやって来る脅威を如実に語ってくれる。回避は至難、仮に先手を取った迎撃も文には止まって見える事だろう…私は御祓い棒を真横に構え、風と妖力の入り乱れる空中で静観を選択した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー《幻想風靡》ーーーーッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

宣言されたスペルカードは、私の視界から再び文の姿を捉えられなくする。感じ取れるのは風に紛れて微かに聞こえる羽撃きと空気の壁を破っていると思しき連続した音。

 

四方八方から辛うじて認知出来る一瞬の影から、飛び散る羽根の如き大量の弾幕が私へと向けられた。

 

『…弾幕はともかく撃ってる本人を狙うのも難しいなんて、面倒臭いわね』

 

『満足に動けない状態では、私が見えていようといなかろうと関係無い。その程度なら大人しくやられておく事ねーーーーッッ!!』

 

不規則な風に巻き上げられた紅葉と、絶えず繰り返される高速の飛行に合わせて出てくる弾幕は偏に美しい。

 

身体を掠める魔弾と体勢を崩してくる竜巻の中で、天狗の言う通り満足に反撃もしない私は自然と言葉を紡いでいた。

 

『……《その程度》ってのは、見込み違いよ』

 

防戦決め込むのはここらが限界。この状況で新たなスペルカードをまともに使われれば敗北は必至…何も出来ず天狗の憂さ晴らしに付き合った挙句負けとなる。

 

『冗談じゃない!』

 

一枚の御札を構えて、紫との修行で得た新たな戦術を試すのに躊躇いは無かった。僅かな霊力で起動するソレは差し詰め隠し球…私と紫、魔理沙以外は誰も知らない。

 

『これはーーーー?』

 

『夢符ーーーー』

 

紫は封殺結界と称していたが、厳密には違う。

修行として行ったのはあくまで結界の中で異物を固定させ、取り込んだ異物の効力を残したまま二重の結界を操る為の過程を想定したモノ。

 

一重目の結界は外界と内部を隔絶し、内部の異物全てを外に出さない様にする正真正銘の壁。四角形とも取れる霊力で構成された白色に光る透明な結界は、発動した私と静観を貫いた文を瞬時に取り囲んだ。

 

『何をする積もり…』

 

『さあて、何かしらね…答えは直ぐ出るわ』

 

『意図は読めませんが、始まる前に止めればーーーーッッ!?』

 

天狗が叫んだ直後、結界の中にいる私達に何かが纏わり付く感覚が生じた。二重目の結界が作用し、私達という異物を更に青紫色の箱が包む…これで準備は整った。

 

『お互い動けないから、もう少し待ちなさい』

 

『コレは…二重結界!?』

 

ご名答…と言ってもそれだけじゃ無いけど。

この二重結界は、術者を含めた異物を一つ目の結界で包囲し隔離する。後に二つ目の結界は一つ目より柔らかく、しかし柔軟性と弾力の高さから内部から外界への脱出を禁じる効果を持つ。これが二重結界の通常の役割…それに空間内の物体を固める術式を織り込んだ。

 

よって術者たる私は、この結界の中でのみ身体と霊力を働かせられる優位性を獲得するーーーー最後の仕上げは、

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー《博麗弾幕結界》ーーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

私の一声に、 御札が本来の…一枚のスペルカードの姿を取り戻した。今までなら二重結界は私の持つスペルカードでは魔理沙とかなら割と見慣れた、対処も余り難しくない凡庸な代物…だった。

 

其処に紫の提唱した境界を操る云々の理論を当て嵌めて、硬度の高い結界と軟度の高い結界に振り分ける。硬度の高い一つ目の硬い結界は外界だけでなく万一の為内部からの脱出を遮る壁となり、二つ目の柔らかい結界は私と対象何方かが根負けするまでの檻に変えた。

 

『待たせたわね…風を操るのは、無風の空間でも可能なのかしら?』

 

『……っ、味な真似を』

 

『勘違いしないで頂戴ーーー本番はこれからよ』

 

持っている御札は初めは五枚、其れ等を文のいる地点とは別の適当な方向へ放り投げる。御札は柔らかい結界に弾かれて直角に反射を繰り返し倍々に数を増やして行く…五枚から十枚、十枚から二十。数秒後には三百程度の霊力を帯びた札が私の意のままに操作され周囲を飛び交う、其処に私を起点に撃ち出される弾幕を上乗せすればーーーー、

 

『こんな…いつからコレを狙って』

 

『最初から…は言い過ぎね。私より速い奴、力の強い奴、能力がより殺傷性の高い奴はごまんと居る。でもね、それって満足に発揮出来ればの話じゃない? 使われても問題無い場所ならどれも同じよ』

 

一部効かなそうな連中を知ってるから、そういう手合いには使わないけど…眼前の鴉天狗は別だ。妖術や能力を分析しても、結界を解いたり強引に壊したりする切り札を文は持たない。戦闘の最中で打ち立てた予測と結論は、ここ何年かで今の所外れた事が無い。

 

『弾幕と御札でどんどん周りを埋められるわよ。尤もーーーーあんたが動けなきゃ一緒だけど』

 

『ーーーーーーああ、なるほど…もしかして完敗、ですかね』

 

スペルカードの宣言もまともにさせない。これは異変解決や弾幕ごっこでは違反すれすれの技法だ…しかし、天狗の八つ当たりや憂さ晴らしを黙って受けるほど私は大人じゃない。

 

ましてや、やる気もへったくれも無いバカ天狗に…なんで私が踊らされなきゃいけないのよ! 寧ろお前が踊れ! 踊り狂って気絶しろ!

 

『収束!』

 

『くっ…きゃああああああああああーーーーッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

終わってしまえば何の事は無い。

方々に張り巡らされた札と弾幕が、逃げ場を失った天狗に纏めて向かって行って全弾命中。文は弾幕と御札の波状攻撃をまともに食らって落下するも、柔らかい結界に受け止められて宙ぶらりんで意識を失っていた。

 

修行の成果は見せられたけど、やっぱり柄にも無い術を使うのは精神的に疲れる。溜め息を吐きながらゆっくりと地上へ降り立ち、倒れている天狗もそのままにして先へ歩き出す。

 

『今の山が気に入らないってんなら、まあ、ついでだし…』

 

振り返る事もせず、背後の食えない天狗に一方的に語り掛ける。憂さ晴らしとか言ってた癖に…結局始めからあいつには私を仕留める気なんて更々無かった。

 

おかげでこの場は私の勝ち、釈然としないけど…少しくらいは、文の気持ちを汲んでやる事にする。

 

『そこで見てなさい…さっさと終わらせて、昔みたいな暢気な山に戻してやるわよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーーええ、ありがとうございます…霊夢さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほらほらぁ! 避けないと祟っちゃうよー!』

 

『うお!? このやろう…神様が大人気無いぞ!』

 

寸前で諏訪子の繰り出した赤錆びた鉄の輪を回避する。

弾幕っていうかこれもうただの物理攻撃だろ! 普通の弾幕ならともかく無数の鉄の輪が私を狙って絶妙な速度でゆらゆらと迫って来る。

 

『神は人に恵みを与えるだけじゃないよ! 時には試練を与えたり祟ったりするもんなの!』

 

『知った事じゃ無いぜ! 神様が後から来て迷惑だってーの!』

 

『む! 不信心な娘には容赦しないぞ!』

 

子供の喧嘩じみた舌戦を交わしつつ、互いの弾幕がぶつかり合う。鉄の輪は錆びているにも関わらずヒビも入らなければ撃たれる数も変わらない。

 

一定の物量とパターンなのに、内包する威力や追尾する弾幕としての効力が単調な筈の攻撃に複雑さを持たせていた。

 

『むうう…! 予定通りに当たらないなぁ。天狗並に飛行が得意な魔法使いだね!』

 

『弾幕ごっこで飛行技術は基本だからな! そういう神様は飛ばないのか!?』

 

『私は…地母神だからね。産まれた時から大地と繋がってるのさ、地に足を着けてた方が安心出来る』

 

その表情に、一抹の寂しさを覚えた瞬間…諏訪子の翳した右手に従う様にむくむくと地面が隆起し始める。片手団扇も形無しの気軽さで私に向けられた掌は、隆起した地面を土砂流へと変貌させた。

 

砂と土、小石が混ざり合う土砂流は顔の無い龍にも似た挙動で空中へ雪崩れ込む。土埃に視界が狭められ、空かさず躱そうとするより前に四方を土砂の噴水が埋め尽くした。

 

『マジでか!?』

 

『土葬は趣味だから、綺麗に埋めてあげるよ!』

 

恐ろしい趣味だな!? 見た目や言い回しより遥かに血生臭い神様の力に押し潰される刹那…八卦炉を箒に無理矢理嵌め込んで魔力を込める。

 

『うおおおりゃあああああああーーーーーーーッッッ!!!』

 

裂帛の気合と共に八卦炉から推進力が発生した。バテない程度に思いっきり注いだ魔力が浮力と運動エネルギーを高め、埋没する直前に安全な上空へと退避出来た。

 

『おおー、中々やるじゃない人間! 流石は異変解決者…と言いたいけど』

 

眼窩の神は、引き裂けそうな程口元を開けて邪悪な笑みで返して来る。これまで経験して来た弾幕ごっこと勝手は違うが…一先ず膠着状態を維持している。

 

不味いのはこっちが魔力切れしたとしても、諏訪子は止まってくれないだろう。それに背後の山道からは、霊夢の発する霊力が徐々に近付いているのも分かった。

 

『それじゃ…腹を決めて勝負と行くか!!』

 

『ふうん…いいよ。健気な魔法使いさんに敬意を評して、その勝負とやらに付き合ってあげる』

 

大事なのはタイミングだ…まともな弾幕じゃ大地を操れるらしい諏訪子の防御には届かない。お互い様だが、スペルカードも満足に使わせられていないのは更に面倒だ。

 

『ーーーーーー行くぜ!』

 

短い掛け声を合図に、箒が推進剤代わりの魔力を噴射して諏訪湖へ一直線に吶喊する。鉄の輪が私に反応し、諏訪子の周囲から緩慢な挙動で迫って来る。

 

『神遊びもそろそろ閉幕。次が控えてるから、遠慮は無しね』

 

諸手を上空へ突き出した神の意志に、隆起した地面からまたも土砂流が沸き上がった。鉄の輪と土砂…双方を前進しながら搔い潜った先に、私に残された勝機が有る!

 

『同時に攻めても無理…か』

 

神の懐から、ようやっと一枚のカードが取り出される。

鈍く淀んだ瘴気を孕んだ、禍々しささえ窺わせる神の一手…だからこそ、

 

『正面突破だーーーーーーッッ!!!』

 

『良いねそういうの、昔の諏訪の民草を思い出す…だったら』

 

諏訪子の身体から、何の前触れも無く小型の弾幕が全方位に吐き出され、土砂と鉄の輪に加えた弾幕という第三の壁が設けられた。不敵な笑みからは…それで終わりでは無いと言いたげな思惑を乗せて。

 

始終余裕な態度を崩さない神の姿に、私は試されているという感覚を覚えていた。

 

『祟符ーーーー』

 

スペルカードに込められた力が解放された。

鉄の輪も土砂もチンケに見える程の交差弾幕の雨霰…箒の慣性に上乗せされて過ぎ去る景色に溶け込んだ弾幕を格段に素早く感じさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《ミシャグジさま》ーーーーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地の化身、地を統べる総体が可視化された。

網の如く絡み縺れ、鞭の如くしなやかな弾幕の連なりが身体を掠め弾けて行く。

 

身体は初撃をいなし切れずに服さえボロボロだが…それでも箒に込めた魔力で真っ直ぐ突っ込んだ私は止まらない。

 

『自爆行為だ! 引き下がって敗けを認めなよ魔法使い!』

 

静止とも侮蔑とも取れる神の言葉が耳朶を乱すが…関係無いね! 死中に活を見出すとは、読んで字の通り命懸けだ! 身体に痛みがあろうが構わない!

 

距離にして約数メートル、爆心地の只中で…私の新たな切り札が産声を上げる。

 

『魔砲ーーーー』

 

『ちぃッッ!?』

 

諏訪子の表情が一瞬だけ曇った。

弾幕ごっこ…神遊びと称したルールに殉じる以上は、異能や膂力で直接相手を殺傷するのは御法度だ。落とし穴は其処に有る、神も妖怪も人間も分け隔て無く…弾幕の美しさと胆力の強さを兼ね備えた者が勝利を掴む。ことその二点に於いて、私ほど有利な奴は居ないと信じる。

 

諏訪子が遮二無二放った土砂は巨人の腕じみた形を成して私を捕らえ、鼻先に互いの顔が触れる位に近付いた。

 

『残念だったね、魔法使い。これでーーーー』

 

『バーカ、全部予定通りだぜ?』

 

両手に握り締め、砲身をもたげた八卦炉が駆動する。

スペルカードを読み込んだ小さな絡繰は…私の魔力を媒介にして最後の一撃を予感させる輝きを発し始める。

 

『まさか…』

 

『土くれで作った腕程度で、こいつを止められるとは思わない事だ』

 

凝縮された魔力の塊が増幅し続け、星型の弾幕と膨大な破壊の余波が土塊を砕いた。堪らず宙へ浮こうとする神を正面に捉えた私の新技、その名もーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーー《ファイナルスパーク》ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔力の一雫まで絞り出した大口径の光線が、神社の境内から上空へ一筋の橋を掛けた。マスタースパークより強く、範囲が広く、諏訪子との戦闘が始まってからより丹念に練り上げた魔力が創り出した超極太の光線弾幕。

 

あの風見幽香にだって引けを取らない…と思う高密度の魔力の塊は、星の光に瞠目して大地を離れた地母神を呑み込んだ。

 

打ち上げられた大きな影は一つだけ、風と光線に打ち上げられた無数の紅葉の中に…地へ落下する神が居た。箒を飛ばす魔力も失い、疲労によって躓きそうになる自分の足で神の堕ちる場所へと駆け出す。

 

『おっとっとーーーーーーうごぁっ!? あー…いててて、か弱い美少女に力仕事はさせちゃダメだろ神様』

 

『あーうー…星がキラキラぐるぐる、目が回るよぉ』

 

やっぱ神様だけあってとんでもないな。至近距離でアレを喰らったのに意識も保っていやがる…飛ばないなんて舐めた真似するから足元掬われたってのに、こっちは更に自信無くすぜ。

 

『はぁ…つっかれたぁ。もうこのままで良いから休んでようぜ? 私の勝ちだろ、神様?』

 

『うう…老体に鞭打ってまで戦ったのに負けるとは、これも神の傲慢さ故かー』

 

口の減らない奴だよちくしょう! バツ印の形で境内の端で横たわる私と諏訪子は、全く動く気にもなれずに同じ空の上を見上げていた。

 

『他のとこは…どうなってんだろな』

 

『知らないよ…でも、うちにはまだ早苗と神奈子が残ってるからね。あの二人は強いよ? 相手する奴がちょっと可哀想だけど』

 

『バカ言えよ! 霊夢は今はまだ私より強い! それにーーーー多分アイツも来てる。神様も気付いてるんだろ?』

 

微笑み混じりだった諏訪子が、一転して神妙な顔で視線だけを山道の方へ向けている。霊夢より下の中腹辺り…此処や霊夢の所より更に大きな気配が未だにぶつかり合っている。

 

『こっちは片付いたぜ、お二人さん。早く異変終わらして帰ろうぜ、そしたら宴会するんだからな!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()が我の身ぞ忍び忍びて語るか 千石の巌持ちて比せんと望む!』

 

()()の身を解き 其が顎門へ押し入るものか 深き淵より果てから果てを坩堝と変える』

 

打ち交わす拳と鉄柱、薙ぎ鬩ぐ脚と注連縄、神の手にした鉄の剣を腕で受け止め、神は詞を紡ぎ私は譜を唱えながら戦い続ける。

 

八坂神奈子の真言は神性と神秘を纏い神の威を束ね、私の呪言は神の威を喰らい己が力とした。負と聖が潰し合う最中…それでも私と彼女には歓喜と興奮が灯っている。

 

『…真言はそのまま君の力と成り、私の吸収に良く耐え抜いている』

 

『集めた信仰により高められた神は正しく普遍だ! 無闇に挑んだあの時とは違うぞ九皐!』

 

確かにあの時とは全く違う。信仰が八坂神奈子に潤沢に集まった証拠だ…どれ程の準備を重ねて此処まで来た事か。

 

『しかし重い! そして速いな! 対して私の攻撃では怯みもせんか!?』

 

『痩せ我慢が得意なだけだ、強く打たれれば痛みも感じる…そうならぬ様に上手く捌いているに過ぎん』

 

五体に直撃したモノは須らく急所をずらし、筋肉と内臓の動きを操って体内に開けた空間に衝撃をいなす。出来る様になる迄は若かりし頃それなりに時を掛けたが…何時まで経とうと役には立つ。

 

『ぬっーーーー!? 危ない危ない…危うく首が吹き飛ぶ所だった』

 

『過大な評価だ。精々首の骨が砕ける程度の威力だろう』

 

私達の至近での競りは周囲に多大な被害を齎らした。山の景色は不自然な円形に伐採されたかの様に切り拓かれ、続けて交わされる攻撃は地を抉り風を止ませた。

 

放つ鉄柱は圧力のみで木々を薙ぎ倒し、それ等を拳が粉々にした後鉄の剣が尚も細切れに分断する。私が悠長に遊びを残しているのも勿論だが…八坂神奈子も竦まずに追随してくれる。

 

水潟(みなかた)に揺らいて萃め給う 乾に降りては雷鳴と成ろう』

 

彼女の詠唱の矛先が空へ向かった。大気に満ちた水気を蒐め、私の頭上で擦れた水気が帯電する。

 

『天を操る能力かーーーーならば』

 

左手を翳した八坂神奈子の号令に伴い、帯電した水気はやがて雲となった。屈もった音を置き去りに飛来した八つの雷が光速の速さと見て呉れに違わぬ威力で私へ迫る。

 

上空からの対抗策は躱すか受けるかの二択しか無い。撥ね返そうとすればがら空きの自身に神の追撃が重なるのは自明…従って言霊に乗せた負を障壁とし、降誕する神鳴りを真下から迎える。

 

『受けよ!』

 

『棺に乗りて飛翔せよ 断崖を駆け我が元に』

 

神の雷が紅に染まり、八頭八尾の大蛇にも似た苛烈さで降り注いだ。轟音響く山の中腹が闇を縁取る銀と紅雷に彩られる事数秒…特に大きな外傷も無いまま私も彼女も依然として佇む。

 

『くくく…楽しいな、楽しいな深竜。時間を掛けて妖怪の山を焚き付けておきながら、内心は貴様と雌雄を決する事ばかりを考えていた…私を嗤うか?』

 

『嗤わないとも。此度の私は異変解決に来たのでは無い…ただ君と語らう為に、約束の為に来ただけだ』

 

神の真言と竜の呪禁が産まれては消える山に、一つの変化が起こった…何方とも無く笑みが零れ、取り繕う事など何も無い純粋な闘争が私達に喜悦を運ぶ。

 

『くくくく…くはははははははははーーーーッッ!!』

 

『フハハハハーーーーフハハハハハハハハハハハッッッ!!!』

 

歓喜の決戦は始まったばかりだ。

約束を果たそう…君の願い、私の望みが叶うまで。何方かが傷付き倒れ、両者の心血が枯れ落ちる最後まで。

 

『麗しきかな宗像の (かつ)えに(いら)えッッ!!』

 

『地に立つを見下げ 天に起つ頂を掲げよ』

 

同じ呼吸で踏み出し、私達には狭過ぎる山の中を疾駆する。継戦と共に紡がれる祈りは声に、声は意志を伝え力と変わる…鉄柱が削られる度に、拳が防がれる毎に、次第に発する神力と魔力の規模が飛躍的に大きくなって行く。

 

『夜にはまだ速い、とくと味わって逝くが良い!!』

 

『死せずと返すのは二度目だ…三度目も返させてくれ、君が斃れていなければ』

 

煽るも讃えるも刹那に済ませ、私と彼女は第二幕を踊り始めた。だのに惜しむ自らを悟ってしまう…神のひた隠す異常に気付いてしまった。

 

山の神よ、軍神よ…八坂神奈子よ。

君は何故、視えない傷を無視出来る?

魂に近く、肉体からは遠い存在そのものに入った(ひび)の大きさをーーーー如何して私に隠すのか?










不思議とこういう展開と相成りました。
早苗の出番が無かったのは次回への布石? です。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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