彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
かなり日を開けてしまいましたが、詰め込めるだけ詰め込んだせいで、今回は目まぐるしく各人の心情や内側が描かれています。

この物語は度重なる場面転換、キャラ崩壊した残念な登場人物、稚拙な文章、厨二マインド全開でお送りいたします。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第五章 弐 闘争への愉悦

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お出掛けしませんか!?』

 

『……君は何を言っているんだ?』

 

自宅の庭先で雑草の草刈りや風に流れて来た落ち葉を集める…所謂清掃に独り勤しんでいると、昨日に知り合ったばかりの東風谷から唐突な誘いを受けた。

 

早朝の静けさを打ち破る快活な一声は、元気で大変宜しいのだが…如何にして私の屋敷へ至ったかは不明である。

 

『人里へ遊びに行きましょう!』

 

『うむ…掃除が終わるまで待ってくれると有り難い』

 

『え!? 良いんですか!?』

 

『何故君が驚くのかは分からないが、断る理由も無いからな』

 

麗しい少女が私の様な枯れ枝を誘うとは、全く酔狂な話だが…降って湧いた幸運に有り難く肖ろう。彼女はただ待つのでは居心地が悪かったのか、自らも箒を手に庭の掃除を手伝ってくれた。

 

『ありがとう、君のお陰で予定より早く片付いた。さて…これから行く先は人里で良かったか?』

 

『はい! 九皐さんには昨日のお礼も兼ねて、是非お食事でもと!』

 

東風谷の目の前に、何時も通りの黒い孔を創り出す。前触れも無く展開された転移の孔に、彼女は一瞬だけ身構えたものの…私が用途を説明すると物怖じせずにその孔を潜って行く。

 

続いて入ると、滞り無く人里の出入り口に出た東風谷は眼前に広がる街並みを不思議そうに眺めていた。

 

『ど、どういう原理なんです? テレポーテーション? 瞬間移動??』

 

『君の言うテレポーテーションというのが何かは知らないが…原理か、掻い摘んで言えば座標を解析して通り道を開けたに過ぎない』

 

物体を移動させるに際して、私の場合は自ら動かねばならない。孔の出口は上下左右と造るのに限りは無いが…紫の持つスキマに比べれば遊びの様なモノだ。

 

『ほえー…これなら安全かつ迅速に目的地へ行けますね。通れる物の大きさとかに制限は有るんですか?』

 

『数秒程の時間さえ有れば、幻想郷一つ位は容易いな』

 

対象を覆える範囲の広さは言うまでもない…此処に来た時は竜の姿のままだったが難無く通って来れた。

 

『九皐さんって、見た目は完全に人ですけど…まさか人間って事は無いですよね? もしかして、高名な妖怪さんとか』

 

『ーーーー鋭い質問だな…八坂神奈子に探って来いとでも言われたか?』

 

『ええええっ!? あ、うう…そのぉ…どうして、神奈子様の事を』

 

私の過去を知る者、私と対峙した事の有る者…そして守矢に関わるとなれば答えは出てくる。

 

『責めている訳では無い。寧ろ良くぞ聞いてくれた…彼女とは古い知り合いでな、洩矢諏訪子とも、面識は無いが私は知っている』

 

『じゃ、じゃあ!! 貴方様が…深竜様なのですね!?』

 

『止せ、私は敬称で呼ばれる様な徳の高い者では無い。先程と同じく九皐か、コウとでも呼び捨ててくれ』

 

『そのような事は有りません! コウさんは神々をも超越した無類の強者であるとお聞きしました!!』

 

好奇心に眼を爛々と輝かせる東風谷は(かぶり)を振って柔わりと否定した後、両手に握り拳を作って詰め寄って来る。

 

『やはりか…一度しか見えた事は無いというのに、大袈裟な奴だ』

 

『確かに、昨日は諏訪子様と共に酔いどれ状態でお話を聞きましたが…ですが! 神奈子様の眼は、貴方の話をする時だけは真剣そのものでした!』

 

随分と食い下がる少女だ…そういった逸話や空想に興味の有る年頃なのか。私の思案を他所に、彼女は人里へ行くという趣旨も忘れて捲し立てて来る。

 

『尊敬していると! 神たる神奈子様が仰ったのです! 子供の遊びと揶揄されても仕方無い、無様な姿を見せて申し訳無かったとも後で言っていました! 次にお逢いする時こそ、コウさんに認められる様な力を示したいって!!』

 

東風谷の熱意に火を付けてしまったらしい。

続け様に喋る彼女は、急激に興奮した所為か肩で息をしている。私は彼女の両手を取って包み込み…落ち着かせる様に、諭す様に語り掛ける。

 

『良いか、東風谷…私は確かに八坂神奈子の戦いを児戯と断じた。故に勝利した私が、軽薄な気休めを述べる事は許されない。だが…君の想いは伝わった積もりだ』

 

東風谷は握った掌の力を緩め、口元を固く結んで聴いていた。彼女は私と八坂神奈子が再び対峙する事を望んでいる…それは偏に、八坂神奈子の望みを叶えたいという真摯な想いだ。

 

『彼女が再戦を望むなら何時でも受けよう。勝手ながら私は期待している…旧き徒が、全身全霊で挑んで来る未来を』

 

『ーーーーはいっ! 神奈子様も、きっとお喜びになります!!』

 

互いの真意を確かめ合った後…東風谷に促されて人里を方々歩き回り、物見を一頻り楽しんで昼食を摂る頃には会話も自然と弾んでいた。

 

午後に差し掛かると、東風谷は巫女の仕事が有ると断って私と別れた。微笑みを交わす彼女は…今まで異変を起こした者達とは違う晴れやかな面持ちでソレを齎そうとしている。

 

本来の異変とはかく在るべきと感慨に耽り、後ろ暗さの無い騒動の予感を肌に感じて…久し振りに心が高揚していると実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 八坂神奈子 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気怠い身体を起こすと、母屋に備えられた時計は既に昼を指していた。胡座をかいて頭の中で明日の異変に必要な段取りを組み立てていると、矢鱈と騒がしい足音で早苗が帰って来た。

 

『お帰り早苗、偵察はどうだったんだい?』

 

『はい、バッチリですよ! なんと! お二人の予想通り…コウさんはあの深竜様で間違いないそうです!』

 

数奇な巡り合わせとはこの事だ…まさか、本当にヤツが此処に住み着いていたとはな。早苗の吉報に自然と口角が吊り上がり、俄かにやる気が漲って来る。明日しか無い…明日こそ。

 

『よぉしッ!! ヤツとの晴れ舞台、必ずや勝利をこの手に掴もうじゃないか! それで、ヤツは何か言っていたか!?』

 

『伝言を預かっていますよ! 再戦なら何時でも受けよう、全身全霊で掛かって来いと!』

 

そうか、ヤツは私との邂逅を覚えていたのだな。

幻想郷に出でてから数日、妖怪の山を手中に収めた現状…我等の布陣に死角は無い!

 

『天狗どもへ伝令だ! 明朝…異変開始の合図として博麗神社への営業停止を言い渡すと共に、一気に楽園の信仰を総取りするとな!! 鬼が不在の今ならば、上役の衆も文句は言うまいよ!』

 

『はい! 直ぐに声明を発表し、従う者は各自準備せよ…ですね!』

 

諏訪子にもいよいよ動いて貰う。あいつには守谷神社の守護と迎撃を任せ、私は階下の山でヤツを…深竜を待つ!

 

『完璧だ…フフフ、フハハハハハハッッ!! 来るが良いぞ解決者、そして深竜よ。我等の与えし力と技術は、河童でさえも一騎当千の傑物と変えた!』

 

何時迄も笑っている場合ではない。伝令を出したとなれば天狗の長は直ぐにでも会合の場を用意するだろう…しかし、今更奴等の言い分など知るものか。

 

与えられたモノを甘受するだけでは足りぬ…賛否両論どちらも大いに結構。反抗期の子供の様に駄々を捏ねても、いざ始まれば天狗の格と理知が嫌でも気付かせるだろう。

 

私の計略が、如何に皆の利と理を尊い次元へ昇華させるのか…加えて、烏天狗と白狼天狗、河童の中にも見所溢れる奴を見つけられた。アイツ等なら上手くやれるさ。

 

『中々どうして、山の中には侮れぬ顔触れが居る…何たる僥倖、楽しみで仕方ない』

 

『あの方達ですね、確かに抜きん出た着想と実力は…同族の中でも異彩を放っていますから…現場の統率は間違い無く大丈夫です!』

 

私の最大の目的は、成功にせよ失敗にせよ…守谷の名を幻想郷に轟かせ、人里で入信した者達の畏敬と信仰に加えて妖怪にも脅威であると認識させる事。

 

成功すれば幻想郷きっての一大勢力として守谷は末永く安泰の道を辿り、失敗しても我等に必要な糧は充分に得られる。

 

『しかも、ヤツとの再戦がこの異変を締め括るのだ…こんなに楽しい策は他に無いぞ! さあ、行くのだ早苗! もう半日しか時は残されていない! 私は諏訪子と合流してから其方へ向かおう、お前はそれまで…天狗の望む会合の場とやらに出ておけば良い』

 

『わかりました! ここ数日で供与した技術や情報を後ろ盾に、明日に於ける天狗の指揮権を一部譲渡させれば良いのですね!?』

 

頭の良い娘で助かるよ…其処までやってくれれば盤石の一言。謂わば異変とは、外の世界での陣取りゲーム。異変と知ればやって来る楽園の大将首を打ち負かし、確固たる存在として守谷神社を定着させる。

 

結果得られるのは信仰と畏怖、序でに博麗の巫女も倒せば楽園の自治に関する方針を根刮ぎ此方が自由に出来る。

 

妖怪の賢者とは既に話したが、奴には楽園の覇権を誰が握ろうと干渉出来ない立場と見た…全てを受け入れるとは、楽園に属すれば全てを掌握されようと文句は無いという意味に他ならない。

 

敗けても良いが、勝てば更に莫大な利を得られる。

ヤツとの戦いこそ、私には何にも勝る悲願だが…私達の未来を考えればどうせなら勝ちたい。いや、どうしても勝っておきたい!

 

『では、行って参ります! 成る可く早く来て下さいね!』

 

『分かってるよ、諏訪子を起こしたら向かう。頼んだよ』

 

境内から飛び去る我等が風祝を見届けて、私はぐうたら眠っている諏訪子の許へと歩き出した。

 

 

 

 

笑みが止まらんよ、深竜。

異変、信仰、そして貴様への勝利…全てを手に入れる。お前の神錆びた記憶に残る私はもう居ない。

 

全てを懸けて挑んでやるさ…我が力、我が軍略、我が同胞との友誼の結晶。文字通り、全身全霊と行こうじゃないか。

 

『焦がれ続けた貴様との逢瀬…既に幕は上がっているぞ! フハハハ、フハハハハハハハハーーーーッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 八雲紫 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『集中を切らさないで! 繊細な術式は精神の乱れに反応して直ぐに霧散してしまうわ。霧散した術の反動は術者の霊力を消費する形で現れるから、今以上に疲れたくなかったら確り制御なさい!』

 

『くっ……ええ、分かったわよ』

 

神社の裏手に位置する拓けた空間に、一枚の御札に対して手を合わせ、瞑目する霊夢の呻く様な声が私へ返ってくる。

 

長時間の精神集中と霊力供給を半日も維持したままの彼女に、私は尚も檄を飛ばし続ける。昨日やって来た守谷の遣いに刺激を受けたのか…早朝に私を呼び出したかと思えば稽古をつけろとせがまれた。

 

『結界とは内と外に境界を敷く事…意識して、箱の中と外を区別するイメージを保ちなさい』

 

『………』

 

博麗の巫女としてよりは、生来の集中力の高さから高難度の結界を維持している。通常は許容範囲の広い結界よりも狭い結界の方が制御は楽だけれど…今この娘が発動しているのは、博麗大結界や八意永琳の行使した外敵から内部のモノを護る為のモノではない。

 

中に閉じ込めたモノを逃さず、動かせず、留めておく為の術式。コレに関しては、閉じ込める対象を緻密かつ正確に定める分、大雑把で広範囲なソレに比べて制御が非常に難しいのだ。

 

『今から放つ魔弾を結界に受け入れ、停滞させ、維持しなさい。十五分間維持できたら…結界を縮小させて外側から押し潰すのよ』

 

『分かった』

 

指先から放った私の妖力弾は、御札と霊夢の間に形成された丸型の小型結界に侵入を始める。結界の強度は弾より硬く設定させた…それに柔軟性を与え、結界表面を通過させ、空かさず内部で固定して維持する。

 

『ーーーー全体を収めた』

 

『次は固定化と維持よ。滑り込ませた魔弾を留め、十五分保たせなさい』

 

たった三工程の作業でも、並の術者では数十年と掛かる高等技術を熟さねばならない。霊夢の才覚と陰ながら積んできた修練を考えれば無理では無い…しかし、更にその上を目指すなら、今より一段上の段階に進むには枷を付ける必要が有った。

 

唐突な稽古の裏に…半日の間で私は霊夢の或る変化が起因していると思い至る。近頃、私から見た霊夢の姿には焦りに近い感情が見え隠れし始め…それは周囲の環境が劇的に変わった事が発端だと結論付けた。

 

『あと十分…結界の形状も一瞬でも歪めたら失敗と見做します』

 

『そう言う割には話し掛けて来るじゃないの、でも…それで良い』

 

『その通り、これ位雑談しながらやり(おお)せなくては博麗の巫女失格よ』

 

コウ様が幻想入りされて早一年…紅霧異変の時、霊夢はあの吸血鬼に最後の切り札を切らされ辛勝、春雪異変の折に私と戦った時も同様。永夜異変では戦闘こそ無かったものの、話によれば調査に出た者の中では一時離反した紅魔のメイドを除けば妖夢が一番に永遠亭への道を見出したらしい。

 

霊夢が修行不足なのでは無い。コウ様と異変を通して関わった二人が、精神的な面で成長した事で…眠っていた潜在能力が目覚めだした要素が大きく絡んでいる。正直…前回の調査に際して二人を神社の境内で見掛けた時は別人かと思ったほどに。

 

コウ様には…他者を教え導くだけの実力と戦闘者としての経験が備わっている。数多もの猛者を相手に揺るがぬ鋼の術理と、実行するだけの力と意志が可能とする…絶対的な強者の器。

 

『あと五分…気張るのよ霊夢』

 

『あんたに励まされるなんていつ振りかしらね、まあ見てなさい』

 

加えて、負を自在に操る法外な能力。星の経路さえ数節の詠唱で瞬く間に分断せしめた彼と真向から向き合えば…触発されて同じ道を歩まんとする者が生ずるのは最早必然でしょう。

 

『よし、後は結界を縮めてーーーーーー』

 

『嗚呼! 考えるほどに素晴らしい! 天は彼に二物どころか百も千もお与えになったのね!』

 

『ーーーー!?!?』

 

無意識に霊夢の独り言に割って入った所為か、完成間近だった封殺結界は破裂音と共に弾幕ごと霧散し…残されたのはバラバラに破れ散った御札だった紙屑と口を開けて震える霊夢、我に返って沈黙で応えるばかりの私だった。

 

『ちょっと? まさか紫…私を放置して九皐の事で頭が一杯になってたなんて言わないわよね?』

 

『あ、あら? どうだったかしら…でも惜しかったわね! ほんのあとちょっと、ちょっぴりで完全な封殺結界を』

 

『おい! 誤魔化すんじゃない! ったく…どんだけ疲れると思ってんのよ。はあ、それにしてもまた失敗か』

 

珍しく落ち込んだ様子の霊夢には本当に申し訳ないけれど、高い集中を要するとはいえ失敗は失敗…ん? 今この娘、またって言った?

 

『霊夢…封殺結界の修行、いつから始めてたの?』

 

『え? ああ…そうね、永遠亭での宴会が終わって直ぐかしら? 前に冥界であんたの使ってた弾幕結界の見様見真似でやり始めたんだけど』

 

夢幻泡影の時ね…アレを見様見真似で今までずっと?

冗談キツイわよこの娘ったら、てっきり初日だから始めて一時間も続かないと思っていたのに…半日以上付いて来れたのは独学で進めていたからなのね。

 

だからと言って見真似で此処までの完成度とはーーーーもしかしたら、霊夢も私の知らない間に変わっていたの? 並み居る障害を物ともしない彼を見てきたのは霊夢も同じ…異変では必ず先んじられ、彼女の異変解決の裏にはいつもコウ様の間接的な助勢が有った。

 

もし…霊夢にも妖夢や咲夜と同じく、私の目に見えぬ変化から、一日も欠かさず修行に勤しむ時間を自分から作っていたとしたら。

 

『どうしたの? 近年稀に見るアホ面下げて』

 

『誰がマヌケ顔の美少女ですって?』

 

『いや、言ってないし』

 

ともかく! これなら間に合う…明日に起こる異変、今日中に仕上げられれば此れ迄とは全く違う次元の強さを霊夢は得られる。

 

思惑を越えた異変解決者の成長に、向こう五十年先の楽園の安寧が懸かっている。足並みを揃えられずとも、各々が目指す高みへ誠実に取り組めば必ず辿り着ける…それこそが人間の美徳だと信じる。

 

となれば気になるのはもう一人の彼女、霧雨魔理沙だ。永遠亭で藤原妹紅と戦った魔法使いは…異変解決に乗り出した人間の中で唯一敗戦の苦さを知っている。あの娘も、このままでは終わらない筈。

 

『フフ…やっぱりね』

 

『急に笑って、今日は一段と読めないわね…どうしたの?』

 

『いいえ、人間の成長って…本当に見ていて飽きないなと思ってーーーーほら、来たわ』

 

私の促した視界には、箒に跨って颯爽と駆けつけて来る一人の少女の影…魔理沙の顔付きからして、彼女もまた何かしらの変化を伴ったのだと確信する。

 

『いよう霊夢! 早速だけどさ、私と弾幕ごっこしようぜ!』

 

『いきなりじゃない…まあ、良いけど。何か有った?』

 

『おう! 偉大な先人の教えとは須らく勉強になるぜと言ったところだ!』

 

魔理沙にも、友であり師と称して相違無い者達が居るみたい。纏う魔力量も、紅霧異変から更に密度や質が格段に伸びたと分かる…スペルカードルールの下でも彼女は春雪異変時には藍を降した。

 

勝利の実績と敗北への悔しさは、霊夢に勝るとも劣らない努力家の魔法使いに何を齎らしたか…私も見ておかなくてはならない。

 

『期待しているわ…魔理沙。勿論、霊夢も』

 

『どうしたんだ紫? 今日はご機嫌だな…さて! 行くぞ霊夢! 前哨戦は頂きだぜ!』

 

『かかって来なさい!』

 

空へ舞い上がり、両者の取り出したスペルカードは四枚。今までには無かった新たな力の象徴が一枚ずつ増えている。

 

此方から口を挟まずとも、魔理沙なら素直に乗り越えてくれるという期待、根拠は無いが自信が有った。結実をいち早く霊夢に披露したいのは彼女の都合だが…空中で踊るが如く弾幕を撃ち合う二人はとても楽しげだ。

 

『また威力が上がったのね!? パワーバカにしたって其処まで行けば表彰ものよ!』

 

『当たり前だろ!? 弾幕はパワー、パワーを維持するにはスタミナだ! パワーバカ上等! 今度こそ負けて泥かぶるのはお前だぜ!』

 

星形の大型弾幕が真昼の空を彩り、霊弾の放つ透明な光が花火の様に其れ等を打ち消しては新たな華を添える。

 

前夜祭には速いけれど…まるで二人を祝福する祝砲にも似ている。守矢神社、例えどんな異変を起こそうとも関係無い…人間の放つ直向(ひたむ)きな眩さと成長の速さの前には、八百万の神といえども一筋縄では行かない。

『コウ様も動かれるご様子でしたし…幻想郷の情勢もまた変わる。本当に楽しみね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東風谷と別れて自宅に戻り、八坂神奈子との対戦を明日に控えた私は…毎日の日課として自己鍛錬を午後から開始した。

 

日課を後回しにして最初は妙な感覚だったが…始まってしまえば気にもならない。私とて日々の研鑽を怠れば足元を掬われるのは道理なのだ…従って、庭先で稽古にと拵えた古びた衣服で瞑想に浸っている。

 

『ーーーー驚きましたね、咲夜さん』

 

『そうね妖夢…買い物序でに寄ってみたら、九皐様が鍛錬だなんて』

 

周囲から二つの声が聞こえる。片目だけを開けて前方を注視すれば、妖夢と咲夜が両手一杯の買い物袋を提げて私を眺めていた。

 

『自己鍛錬は戦いに身を置く者としては不可欠…日々の研鑽は力と成り、此処ぞという時に発揮される』

 

『素晴らしいお考えです、先生』

 

『宜しければ、少し見学して行っても?』

 

一つ頷いて二人に応えると、十六夜と妖夢は嬉しげに互いを見合わせて荷物を玄関の前へと降ろした。私からは見えない角度だが、気配や音、詳しく探れば彼女等の呼吸から察せられる。

 

『凄いですね…仮想敵を想像し、完全なカタチで捉えています』

 

『私にはぼんやりとしか分からないけれど…彼の気配というか、身体から漏れ出す魔力が濃くなってるのが分かる』

 

瞑想を打ち切り、宙に浮かんだまま座っていた身体から足を延ばして地面を踏み締める。徒手空拳にて脱力を心掛け、構えらしい構えも無い状態で視線の先に敵を思い起こす。

 

投影された対象は、自らが勝利したいと願う相手。八坂神奈子の幻影は、鉄柱を顕現させた姿で私を見ている。先手を取るのは八坂神奈子の投影…彼女の身構えた瞬間を狙い、水月へ向かって一直線に拳を見舞う。

 

『ーーーーッ』

 

空気の壁を突き抜けて、拳に掛かる大気の摩擦や負担が衝撃に変わった。様子見に撃った突きは…拳と大気が擦れて上がった火花と炸裂音を置き去りにする。

 

現在の自分と同格に想起された幻影は突きを鉄柱の一本で寸前で受け止め、反撃に転じる動きを遮る様に蹴りで薙ぎ払う。

 

『見切れません。疾くて重い、軌道が綺麗なのもさる事ながら…コレを休まずとは』

 

『速度も上がってるのに、呼吸も乱れていない。間近で見ても肩から先が消えたと錯覚する…妹様が子供扱いされたと聞きましたが、能力無しで東洋の鬼をも圧倒するとは本当だったのね』

 

間断無く繰り返される姿無き神との対峙は、終わる頃には一刻程が経過した。最後の一撃として左拳を天へ突き上げ、残心の型で今日の修業を終えた…軽めに済ませた為に時を数えれば二時間にも満たない。

 

後方で見物していた咲夜と妖夢は、飽きもせず動きを追っていたが…振り返って歩み寄ると拍手で迎えて来る。

 

『す…素晴らしかったです! 挙動に無駄が無く、美しさすら感じられました!』

 

『私も、九皐様に感服致しました。美鈴の稽古する姿もよく見ていましたが…それと比較しても、武芸極まるとしか表せません』

 

『いや、本来なら先程と全く同じとは行かない。型通りなのは…基本に立ち返る為の儀式の様なモノだ。実戦では型に囚われ過ぎず、しかし乱し過ぎては理を失う』

 

玄関先に吊るしておいた手拭いで顔の汗を幾らか落とし、二人の側に敷かれた石造りの階段に腰を降ろした。

 

無作法と嗤われるかと思ったが、何方も特に気にした風も無く何事かを考えている。

 

『囚われ過ぎず、乱し過ぎない…難しいです。私の知る限りでは、腕力や能力に長けた者は一様に我流…というか、先生の仰った様な術理とは縁遠い方達ばかりに思えます』

 

『お嬢様も、人前で稽古される御姿は全く見られません。妹様はヴァンパイアとして待つ高い魔力で生成した剣などを弾幕ごっこで使われますが…規則性や型は皆無かと』

 

『うむ…妹君は十六夜の言う通りだが、レミリア嬢は違うぞ』

 

彼女の佇まい、凛然とした振る舞いは目を閉じずとも浮かび上がる。歩調から足音、隅々まで観察すれば十六夜にも分かるだろう…レミリア嬢は、恐らく徒手格闘と長い得物を組み合わせた何かを修めている。

 

『レミリア嬢も、努力は他者に隠す(たち)らしい。確かに、巧く隠している』

 

『そう、なのですか? 妹様やパチュリー様からもお聞きした事は一度も』

 

『ですが、お見かけした時のレミリアさんは体幹がかなり確りしていました。私は違和感を覚えた程度ですが』

 

『寧ろパチュリーが、人目に触れぬ空間を用意しているのだろう…親友の頼みとあって律儀に黙っていると見るのが自然だ』

 

紅魔館が如何に広かろうと、レミリア嬢の性格からして入念に隠蔽しているのは間違い無い。十六夜は主人の知らぬ一面を知ってか、眉間に皺を寄せて黙ってしまった。

 

『妖夢も、もう少し気を払わねばな』

 

『ふぇ!? どういう意味ですか!?』

 

『西行寺と懇意にしているからな、紫を視る機会は多い筈。普段は(おくび)にも出さないが、彼女も相当な手練れだ…見抜けないのは妖夢の未熟と言う他無い』

 

和やかに談笑する積もりで紫とレミリア嬢を引き合いに出したというのに、十六夜と妖夢は更に表情を強張らせるだけだった。

 

やがて唇を真一文字に結んでいた二人は、瞳の奥に決然とした何かを宿して私に向き直る。

 

『頑張ります! 幽々子様の剣術指南役として、今よりもっともっと強くなります! 先生、これからも御指導御鞭撻の程、宜しくお願いします!』

 

『既に週に一度は冥界を行き来している。一日目は紅魔館に始まり、二日目は太陽の畑、三日目が白玉楼、そして四日目には永遠亭…これ以上は難しい。屋敷の管理も有るのでな』

 

『えええええええ……でも、来て頂けるだけ有難いと思うしか…』

 

『甘いわね、妖夢』

 

突然、妖夢の隣で立っていた十六夜が何とも形容し難い得意気かつせせら笑う体の面持ちで口を開いた。彼女は置いていた買い物袋を両手に持ち直して、涼しげに妖夢を流し見る。

 

『咲夜さん?』

 

『一週間は七日有るのよ? 九皐様に残された三日間を懸けて、今よりお嬢様方と緊急会議を開かねば!』

 

『えーーーーぁ、ああっ!? こうしては居られません! 幽々子様に御相談して対策を…! し、失礼します先生!』

 

一週間は七日有る…という迷言を高らかに言い放ち、十六夜は庭先から姿を消した。だが十六夜…私が屋敷の管理にと当てた日取りを、さも当たり前の様にレミリア嬢に告発するのは何故なのだ。

 

そして妖夢も、如何して直ぐさま帰ってしまったのだろう…夕刻が近付いており夕餉の準備も有るのは分かるが、せめて茶の一杯でも用意したものを。

 

独り石階段に座る私には…真意の読めない少女達の思惑に悩むのを、諦める以外の選択肢は無かった。

 

愈々(いよいよ)だ…明日が楽しみになって来たな』

 

想いを馳せるのは守谷の軍神、八坂神奈子。

裏で手助けする洩矢諏訪子の存在も気に掛かるが…私には彼女との再戦の方が食指を動かされる。

 

来るが良い、軍神よ…八坂神奈子よ。

私は君が決起する時を待ち侘びている…此度こそ互いの止まっていた過去から現在を纏めて清算し、未来へ歩を進ませるに相応しい。

 

場は整った…後は衝突するのみ。君と私が、今度こそ友として並び立つ為に…私は君と戦いたい。

 

『我に挑むなら、血の一滴までも費やす覚悟を見せろ…さすれば我は、神たる汝に祝福と賛辞を贈ってやろう』

 

 

 

 

 

 

 






早苗さんは素直で聡明ですが、超能力や怪奇現象好きの裏で、強かさも持ち合わせた現代っ子という感じで描写しています。

神奈子様、笑ってばっかりですね…すいません。神様然とした物言いが思いつかなくて。

この物語では、レミリアや紫のような、種族のステータスに驕らず隠れて努力する設定を取り入れています。どうしても入れたかったので入れちゃいました。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!!

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