彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
皆様のご愛読のお陰で、風神録まで何とか進んで参りました。構想としては出来上がっておりますが、だらだらと書き上げてしまいました。

この物語は度々の場面転換、ゆったりとした滑り出し、厨二マインド全開でお送り致します。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


風神録編
第五章 壱 神錆びた記憶に問う


♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

在りし日の遠い記憶…私は伸びた鼻っ柱を叩き折られた事が有る。本当に鼻が折れたんじゃなくて己の長い生の中で、最初に凄まじい挫折を味わったという意味だ。

 

偶然出会ったソレは…図体ばかりデカい、其処等の有象無象と変わらないと侮っていた。得意気に挑みかかった私は数瞬の後、その認識はとんだ慢心だったと気付かされる。

 

まるで虫でも払うかの様に容易く、事も無げに振るわれた掌は…光の速さで私を弾き飛ばした。

 

岩場に叩き付けられ…爪先から頭の天辺まで軋みと痛みが浸透するあの感覚。

 

今でもよく憶えている…無感動で無表情、ただ呆れ果てた風な素振りで佇むソレは一言だけ呟いた。

 

「児戯にも劣る」

 

磨き上げて来たモノを真っ向から否定され、憤慨よりも悔しさと自分の未熟さを思い知った。ヤツの前に立ち、生きて帰った私は同胞達から英雄の如き賞賛を受けたが…その日は己の不甲斐なさに涙し、ヤツに告げられた言葉を恥じて眠れなかった。

 

「いつか…必ず」

 

心に決めて…明くる日も明くる日も鍛錬に時間を費やして、再びソレに再戦しようと目論んだ一方的な誓いは、それから先果たされる事は無かった。

 

挑まなかったのでは無い。幾年も我武者羅に己を鍛えていたある日、諏訪の国の長がヤツより先に私の前に立ちはだかったのだ。

 

「私に勝っても…彼は越えられないよ。だってーーーー」

 

接戦の末勝利した私は、彼女の次の言葉を聞いた時…膝から崩れ落ちていた。

 

私が再戦を誓ったソレは、神々の間で《法界の闇》と恐れられた正真正銘のバケモノだという。噂に違わず、事実たった独りで…奴は或る日討伐と称して住処に押し入って来た並み居る神々を、赤子の手を捻る様な気軽さで倒し尽くした。

 

入念な計画で以って行われた筈の襲撃は、参加した者全員ヤツに叩き鞣されて失敗に終わったらしい。

 

私が諏訪の長と争っている間…ヤツは神々の誰一人殺さずに力だけを奪い、異能のみを喰らい、完膚無きまでに誇りを打ち砕いて行った。

 

抱いたのは、神々の沽券を潰された事への憤慨ではない。何処で産まれたかも分からぬ化外のモノでありながら、神も、悪魔も、凡ゆる幻想に係る者共を抜き去ったヤツへの……純粋な尊敬だった。

 

どうすればアレに届く?

何を糧に生きれば資格を得られる?

どれだけ力を高めれば…ヤツに認めて貰える?

 

取り留めも無い思考が何千何万と繰り返された神代の末期……ヤツは地上から突如として姿を消し、人間が幻想を否定し始めて科学の時代が幕開けると共に、神々(わたしたち)の時代は終わりを告げた。

 

「ねえ、一つ提案なんだけど」

 

日増しに薄まる信仰と力の脆弱さに苦痛を感じ、ポツリと何処かで打ち拉がれていた私に…遠い昔に敗北した土着神が問いかけて来た。

 

「一緒に、信仰を集めてみない?」

 

敗者である筈の彼女が差し出した手は、私にとって望外の希望だった。消えてなるものか…諦めて堪るか…いつかまた逢える…その時こそ。

 

私は伸ばされた手を固く握り返し、細々と永らえながら存在を保ち続けた。

 

更に多くの時代が過ぎ去り…信仰どころか遍く幻想が無くなった人間の時代。寂れた御神体に横たわる私に報せが入る。

 

「幻想郷?」

 

「そう! 幻想に生き、現実に忘れ去られた者たちの最後の楽園! 最近出来たらしいんだけど…私達で行ってみない!?」

 

生き続けなければ、これ以上ヤツを待てない。二人(・・)と共に居る為には…現代から楽園に落ち延びねばならない。

 

結論は直ぐに出た…彼女も私も、科学が発展した今の世界には何の未練も無かった。

 

予想外だったのは…あの娘には親も友人も居て、確たる外での関わりが有ったなのに、あっさりと私達に付いて来ると言って退けたこと。

 

其処から先は、まだ分からない。何故なら…私達は今此処に立っているからーーーー美しくも小さく、愛すべき最後の拠り所が、目の前には広がっている。

 

 

 

 

 

 

『待っているぞ…! 次に見えるその時まで、私は此処で生きているーーーー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

永夜異変からある程度の月日が流れ、秋の入り口に差し掛かる頃…私の幻想郷での暮らしも漸く一年越しになったある日。

 

『賽銭が入らない?』

 

『そうなのよ! 誰かさんが手柄を持っていくお陰で、私の商売は上がったりよ!』

 

成る程…博麗の巫女とは商いか何かだったのか。異変を解決すれば、賽銭という名目で生活資金が配られると。

 

『博麗神社が信仰不足だなんて、今に始まった事じゃないでしょう? 言い掛かりはやめなさいな』

 

違ったらしい。宿業では有るが、生業ではない…深い議題だが茶飲み話でする内容では無いだろう。

 

『で? コウは良いとしても何で貴女達までいるのよ?』

 

隣に座っていた幽香が、眉を顰めて紫と霊夢を指差した。紫は片手に控えた扇を畳み、淹れられた茶を一口飲み込んでから応える。

 

『ええ…私もコウ様と霊夢には用事が有りましたの。別に? 風見幽香こと生涯現役のハードパンチャーゴリラにコウ様を独り占めされるのが悔しかったとかそういうのでは無くてよ?』

 

『そのゴリラの拳をたっぷり顔面に喰らわしてやるから表へ出なさい』

 

幽香と紫は口を開けばいつもこの有り様だが、別に仲が険悪なのではない。寧ろ特別親しいと言える…交流の方法は特殊という他無いが。

 

『待ちなさいよ、あんたがコウを追っかけ回すのは分かるけど…何で私まで?』

 

『ほーら霊夢にもストーカー認定されてるわよ賢者様?』

 

『それ位で止めておけ…紫、用事とは何だ』

 

席から立って両手を組み合っていた二人は渋々座り、紫は重々しい口調で語り出した。

 

『妖怪の山で、異変が起ころうとしています。これまでより小規模と見ておりますが…藍達に調査させたところ、近頃幻想郷に移って来た新参者との事です』

 

『異変を解決するとなれば手も貸すが…私と霊夢にどの様な関係が有るのだ?』

 

『人里で、永遠亭側が奇妙な光景を見たと情報を流してくれましたの』

 

益々分からない…妖怪の山で異変が起こると言った矢先に人里で何かを目撃したとは。私と霊夢が首を傾げていると、続きを話す紫の表情が更に強張った。

 

『何でも…妖怪の山に神社が建っていて、其処に在わす神々を信仰すれば今後博麗の巫女を頼る必要も無いなどと触れ回っているそうです』

 

『はあ? 新しい神社が妖怪の山に?』

 

『名を守谷神社と言うらしく…二柱の神を宣伝する巫女の存在も確認したと』

 

守矢神社…守谷という名は聞いた覚えが有る。紫が取り出した手帳に筆で書き記したそれは字こそ違うがーーーー二柱の神、守谷、信仰…まさかとは思うが、彼女等も幻想郷へ来たと言うのか。

 

『不味いな』

 

『九皐…心当たりがあるの?』

 

『確証が無い。今は…何も言える事は無い』

 

『私は興味無いわね。ほら、調査するなら全員さっさと行きなさい』

 

幽香は我先にと立ち上がり台所へ進んで行くと、玄関先で待つ私達へ何かを差し出して来た。

 

『コウと霊夢にはコレをあげるわ…帰ったら食べなさい』

 

『何よこれ? くれるの!?』

 

『簡単なクッキーだけどね。味は保証するわ』

 

『うっひょお! ありがとう! お茶も中々だったからこのくっきぃ? も当たりね、タダなのが尚良いわ!』

 

両手に持った小包を手渡され、霊夢は大層喜んで幽香の家を飛び出して行く。話では紫から報酬代わりに生活費を工面して貰っている筈の彼女だが…日頃何に浪費しているのか。

 

『何で私の分が無いのかしら?』

 

『冗談よ。でも、食べ過ぎると太るわよ?』

 

二人の交流は、煽り合いに始まり煽り合いで幕を閉じた。

幽香が悪戯な微笑で放った最後の一言に憤慨しつつも譲り受けた焼き菓子を大事にスキマへ仕舞い込んだ姿は、二人の不器用な関係性を物語り、私には丁度良い目の保養となってくれた。

 

 

 

 

 

 

幽香に促されるまま霊夢と紫、そして私の三名は彼女の家を後にした。スキマを使わせて貰い、一先ず博麗神社へ向かうと…見慣れぬ人物が境内に一人立っている。

 

紫と視線を交わし、立ち止まって神社の側で見守っていると…霊夢は緩慢な歩みでその少女へと近寄って声を掛ける。

 

『どちら様? 賽銭置いてってくれるなら大歓迎よ』

 

『………貴女が、博麗霊夢さんですか?』

 

礼儀正しく霊夢に対して会釈した少女は…真意の掴めない飄々とした笑顔で言葉を発した。

 

『初めまして、《東風谷早苗(こちやさなえ)》と申します。突然ですが…この度は御挨拶と、宣戦布告をさせて頂く為に参りました』

 

東風谷早苗と名乗った少女の言に反応し、傍らの紫から冷たい気配が漂って来る。されど私が制するまでも無く…彼女は見事な自制心で成り行きを見守るに至った。

 

宣戦布告と宣ったが、あくまで霊夢に向けられたモノに私達が踏み入るには未だ早い…当の霊夢は、特段興味も無いのか沈黙を貫く。

 

『やっぱり…変ですよね。でも! 異変を起こすからには全力で取り組みますので! 私達の勝利の暁には、幻想郷の信仰を丸ごと貰っちゃいます!』

 

『そう…あんた達が妖怪の山に来たって奴らね。それじゃあーーーーあんた達が負けたら、どうするの?』

 

活発な口調で続ける東風谷何某を前に、憮然として言い放った霊夢には不気味な程に感情が篭っていない。胸の内をひた隠しにする博麗の巫女を前に、無駄に意気込んでいた相手も肩透かしを喰らっていた。

 

『あう…さ、流石です! 戦いは既に始まっているという事ですね! もし! 万が一! 私達が負けたらーーーー負けたら、どうしましょう?』

 

『はぁ…私に聞かないでよ。異変起こすのは分かったから、で? 何日後に決行なの?』

 

『はい! 明後日を予定して……あ!? いい、いつでしょうね!? 私は御使いなので分からないです…よ?』

 

根が正直か、単に乗せられ易いのか…堂々と明後日に決行すると答えてしまったからには後の祭りだ。慌てて白を切る少女の姿は、双方の温度差も相まって少々哀れにも見える。

 

『はいはい、精々惚けてなさいよ。明後日まで見逃してあげるから、とっとと帰んなさい』

 

全く興味が無い様子で少女は突き放され、霊夢は私と紫に目も合わせずに屋内へと戻ってしまう。残された東風谷は顔を伏せ、自身の服の裾を握り締めて動こうとしない。

 

『あうう…失敗ですかね。お二人共怒るかなぁ、《神奈子(かなこ)》様、《諏訪子(すわこ)》様…ごめんなさい』

 

先程の失態が尾を引いている様で、側から窺える東風谷は居た堪れ無い程に弱々しく独り言を繰り返している。何時の間にか紫は見当たらなくなっており…落ち込む少女を私が盗み見ている状態だ。

 

それよりも…気に掛かったのは東風谷の呟いた神奈子、諏訪子という人物の事だ。幽香の家では憶測でしか無かったが…不運にも、私はその名前に聞き覚えが有る。

 

『其処の愛らしく快活な少女よ、東風谷と言ったな』

 

『え!? は、はい…何ですか?』

 

東風谷は風に靡く美しい長髪を揺らして反応を示し、翡翠を思わせる独特な色彩の眼を私に向けて来る。不意を突かれた所為か、(さなが)ら小動物の如き彼女の挙動は機敏だったが…独りでこの有り様では不審極まり無い。

 

『君に(これ)を授けよう…態々来たのに何も無しでは申し訳無い』

 

かく言う私も、去り際に幽香が持たせてくれた焼き菓子を出会い頭の少女に分け与えて慰めんとする姿も…彼女にとってはさぞ不気味だろう。

 

『あ、貴方は…何方様ですか?』

 

『うむ、私は九皐と言う。霊夢とは友人…と言って差し支え無い間柄だ。それにしても、博麗の巫女相手に異変を起こすなどと…見掛けに寄らず肝が据わっている』

 

『そうですか!? そうですよね!? 神奈子様には止められたんですけど、お世話になるなら挨拶は必要かなと思って…来たん、ですが』

 

彼女なりの気遣いだったが、霊夢の反応は予想より遥かに冷たかったと。霊夢も何が気に障ったのか…いや、今は眼前の少女の事に専念しよう。

 

『東風谷』

 

『はい?』

 

『気を付けて帰ると良い』

 

そう告げると、彼女は取り繕いながらも綺麗な笑みを浮かべて空へ飛翔する。かと思えば空中で身を翻し、私に深々と頭を下げてから再度何処かへと帰って行った。

 

異変、守谷、東風谷の口にした名前の神々(・・)…明後日には起こるだろう新たな出来事。現れた少女の笑顔に反して、私の心には複雑な感情を波立たせていた。

 

八坂神奈子(やさかかなこ)洩矢諏訪子(もりやすわこ)…そうか。あの(わっぱ)達も、敬われる程度には名を上げたのだな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 東風谷早苗 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖簾に腕押しという体だった博麗神社訪問でしたが、結果としては悪く無いと思えた。

 

落ち込んでいた私にクッキーをくれたあのヒト。九皐と名乗る御仁は見た目より凄烈な気配をビシバシと伝えていたのです。

 

霊夢さんには気もそぞろな私の態度を見抜かれたのか冷たくあしらわれましたが…終わり良ければ全て良しです。

 

『ただいま戻りました』

 

『お帰り早苗! 今日も信仰集めご苦労様』

 

『怪我はしてないかい? 早苗はそそっかしいから、帰りが遅いと心配になるよ』

 

神社の裏手に位置する母屋で、私を待っていたお二人が優しく労ってくれた。しっかり宣伝してきましたと伝えて、二人の囲んでいるちゃぶ台に自分も腰掛ける…それと、もう一つ伝えておかなくてはならない。

 

『ごめんなさい…神奈子様、諏訪子様。私、止められていたのに』

 

『博麗の巫女の所へ行ったんだろう?』

 

『どうしてそれを…』

 

『分かるよ。早苗は私と同じで真面目さんだから、挨拶に行ったんでしょ?』

 

『おい諏訪子、誰が早苗と同じだって?』

 

慣れた掛け合いに心癒されながら、独断で動いた私を二人は咎めない。温かくて、有り難くて、本当の親よりも親らしい…私の大事な二人の神様。

 

『ぶー! 何だよ神奈子ってば、あ! それでそれで? 博麗の巫女はどうだった? 強そう? 弱そう?』

 

『お前の感想を率直に言っておくれ』

 

『よく分かりませんでした…でもーーーー』

 

言い淀む私に、お二人は顔を見合わせている。そう…私は博麗の巫女である霊夢さんを様子見しようと行った。けれど私の頭の中には、私達を側で見届け、霊夢さんのお友達だと言いながら私を慰めてくれたあのヒトが浮かび上がる。

 

『不思議なヒトに、会いました。背が高くて…整った顔立ちに黒髪、銀色の眼が鮮やかな男のヒトです』

 

『……オトコ?』

 

『早苗、悪い事は言わない。お前にはまだそういうのは早いとあたしゃ思うよ』

 

何を仰ってるんですかこの神様達は! そういうのじゃ無くて! いえ、私も年頃ですから興味が無いと言えば嘘になりますが!

 

『違います! 霊夢さんに素っ気なく帰れと言われてしまって…来てくれたのに申し訳ないって励ましてくれて、あ、お土産にクッキーも頂いたんですよ! ただ…』

 

『『ただ?』』

 

いつの間にやらちゃぶ台に置いておいた分けてもらったクッキーを食べ始めていた二人は、口元に付いた食べ粕もそのままに問い返した。

 

『凄く…不思議でした。纏っている気配が凄く大きくて、夜の闇に投げ出されているみたいな。だけど全然怖くなくて、優しくて』

 

そこまで語り終えると、お二人は今までに見た事が無い位の神妙な表情で違いを見ている。何か気になる事でも有ったのでしょうか?

 

『早苗…そいつ、名前は何て言うんだい?』

 

『確か…きゅうこうさんだったと思います。九番目の九に皐月の皐の字で九皐さん』

 

『もしかしてと思ったのに…私達の知ってるアイツの名と違うね? 初めて逢った時は深竜って呼ばれていたけど…』

 

『隠していたのか後から名乗ったのか…いや、別人という可能性もーーーー』

 

ブツブツと意見を交換するお二人は、真剣ではあるものの何処か嬉しそうというか…古い友人か判断し兼かねている様です。

 

『お友達なんですか?』

 

『まさか! 寧ろ種族で見たら敵側だよ。と言っても、神々が勝手に敵視して負けたんだがね』

 

『深竜は強かったよねえ! 性別が男、というより雄だって事しか分からないし…負を操る力だっけ? アレには誰も勝てなかったんだ。尤も、能力使う前に殆どの奴等が拳一つで伸されてたけど』

 

そんな方が昔は居たんですね…誰も勝てないという事は文字通りその時代の最強! 信仰が最盛期に達していたという神すら大半をワンパンKOなんて、私には想像もつきません!

 

『不思議な話でさ、挑まれたら拒まない癖に殺生はしなかったね。それが逆に不気味というか、得体の知れなさに拍車が掛かってたよ』

 

『早苗の言ってた男がそうとは限らないけど、もしヤツが人型に化けられるんだったら怪しいね! 気配とか印象とか…私達が感じてたのとそっくりだよ!』

 

一体、九皐さんは何者なのでしょう。生まれだけなら神々の敵方なので、妖怪さん? と予想しますが…。

 

『お二人が見たその方の特徴は覚えてますか?』

 

『覚えてる覚えてる! 身体だけならもっと大きい奴はゴロゴロ居たけど、身体の中に留めてる力の威圧感は半端じゃ無かったね!』

 

『加減というか、意図的に抑えていたのだろうな。私は奴と一度だけ対峙した事が有ったが、結果はボロ負けさ。子供の遊びだって一蹴されたよ』

 

『神奈子様を子供扱いなんて…!』

 

カラカラと笑って負けた話をする神奈子様、戦いこそしなかったが力の差を思い知った諏訪子様…何だか、神社で出逢った彼に関連付けると運命的な匂いがします。

 

『今は……どうですか?』

 

『ん? そうさね…負ける積もりは無いけど、私も馬鹿じゃない。また戦いたいとは思うけど…死にたくも無いね』

 

一番に答えた神奈子様は、その実眼の奥は口調ほど笑っていない。証拠に右手が白む程握り締めていて…軍神として、何より再戦を望む自身の血が騒いでるのですね。

 

『私はーーーうん、やっぱ戦いたくないなあ。幻想郷に来てから存在を維持するのに力は使わなくなったけど…今にしたってヤツと私じゃお話にならないよ』

 

諏訪子様は、日頃の振る舞いは軽くて適当でも冷静さや観察眼は未だ健在ですから…単一の存在として比較した場合の勝機は無いと結論が出ているらしい。

 

『そうだ! 早苗の言ってた男が、私たちの知ってる深竜か調べてみない!?』

 

『ふむ…まだ一日有るしな、不確定要素を調査する必要も出てくるだろう。よし! その九皐とやらを探るのは早苗に任せよう!』

 

『ええ!? さ、探るってどうやって…それにもし彼がシンリュウって方だったらーーーー』

 

『大丈夫だよ! バレたらこっ酷く怒られるかもだけど、本物だったら殺されやしないから。違ってたら、早苗の能力で何とかなるよ』

 

『そうだな…理由付けて連れ回して、あれこれ質問すれば自ずと分かるだろうし、頑張るんだよ早苗!』

 

この神様達は…変な所で親バカ顔負けで過保護な時が有るのに、好奇心だけで私に探りを入れろだなんて!

でも、私も興味が唆られるのは事実ですから…本当にしょうがないですね。

 

『…分かりました。やるからには、確りと真偽を確かめて来ますから!』

 

明後日には異変を起こすのに…私達は幻想郷に来てから盛り上がりっ放しでした。だって、私達が居ても良い場所を…漸く見つけられた。神奈子様は再起を、諏訪子様は安寧を、私はーーーーーー。

 

『あ! もうこんな時間です! 今すぐ御夕飯の支度しますから、待ってて下さいね!』

 

『わーい! ごっはん! ごっはん!』

 

『今日はどんな酒が良いかなぁ…肉ならアレだし、魚ならアレも…』

 

賑やかしい神様達は親の様な、姉妹の様な、それでいて子供っぽくて…とても優しい。これまでもこれからもーーーーお二人が居れば私は寂しくない。

 

だから…叶えてあげたい、お二人の望みを何が何でも。物心着いた頃から、お二人が私を見守り導いてくれた様に…私も神奈子様と諏訪子様に報いたい。

 

『ふふふ…今日は秋刀魚ですよ! 入信してくれた魚屋のおば様から頂いたのです!』

 

『『おおおーーーーっっ!!』』

 

夜はゆっくりと更けて行く…心に蟠る、明日の彼との再会に期待と不安を綯い交ぜにして。刻一刻と近付く異変、約束の日。

 

きっと大丈夫…幻想郷でなら、この楽園なら、私達は許される。生きていて良い…存在して良い…此処は全てを受け入れてくれるって、諏訪子様達が仰っていたんだもの。

 

『よおーし!! 明日の英気を養う為に、今日は飲むぞおおお!!』

 

『おー!!』

 

『お二人とも、 二日酔いにならない程度にして下さいね!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何千万年、何億年前の話か…過去を想う夢に身を委ねてみれば、東風谷と逢って二人の名を聞いた所為か所縁の深かろう映像が浮上する。

 

夢の中に広がる光景は、自らの事だというのに第三者的な視点から其れを見ている。八坂神奈子…うら若く凛々しい出で立ちの彼女の佇む崖の向こうから、太々(ふてぶて)しく神を見下ろす我の姿が在った。

 

「貴様…何者だ! 我を軍神、八坂神奈子と知って尚見下ろすか!」

 

そうであったな…難癖を付けて煽り立てる彼女に、私は辟易としながら静かに待っていたのだ。

 

仕掛けて来るなら構わない、彼女を眼に映しただけで…力量、経験、精神の均衡、信仰により高められた存在の密度まで、手に取る様に私には分かっていた。故に、彼我の差に気付かぬ浮かれた神の戯言に答えなかったのだ。

 

「………」

 

「痴れ者が…我が威光を前に頭も垂れぬか。ならばーーーーッッ!」

 

背に備えた二対の柱が繰り出される。瞬く間に巨大化した石とも鉄とも取れる柱は、軍神の意のままに操られ渾身の連打を浴びせに掛かる。

 

ーーーーーー過去の我は、己が身に勝る程膨らんだ四本の柱を片腕で薙ぎ払い…巻き込む形で軍神を吹き飛ばした。

 

「児戯にも劣る」

 

事の顛末は記憶の通り、軍神は反応出来ず近場に聳えていた岩場に打ち付けられる。柱は砕かれ、一薙ぎにされて満身創痍と成った軍神に辛辣な物言いの我の何と傲慢な事か。

 

尋常に勝負とはならなかったまでも…誇りを重んじる神に精々付き合ってやる余裕と時間は有ったろうに。

 

「去れ」

 

「ま、て…! 私はーーーー未だ…ッ」

 

強者の驕りか、気紛れな慈悲か…何れにしても悪い事をした。精魂尽き果てる迄相手をしてやれば、互いを讃え合う機会も生まれたのか…否、意気の籠らぬ見て呉れだけの技と術理に拘う趣味は持ち合わせていない。

 

気高さと、力、強さに重きを置いて軍神と称された者には半端な気休めは不要と断じた。

 

「拙いが…何もかもが悪くは無かったな」

 

捩じ伏せられた彼女は慟哭と共にその場から立ち去り、我は呟きの後より速く何処かへ飛び去って行った。

 

 

 

 

軍神よ、八坂神奈子よ…現代より楽園へやって来たお前は、何を思って其処に立っているのか。

近い内…是非聞いてみたいものだ。







コウの過去話が絡むと、その時代を生きていた人物の方が彼への畏敬や恐れは強烈かもしれません。

一度見たら忘れられない見た目というのは、良くも悪くも後先に感慨を持つのは人妖問わず有ると思います。

余談ですが、法界の闇などという大仰な名前は彼からすればひとりでに付いたモノで、自分からあやかって名乗った事は無い代物です。

今でこそ歳だけならお爺ちゃんの彼に、若かりし頃そこまでの自己顕示欲が有ったなら、もっと多くの時代、歴史に悪名を轟かせていたことでしょう。


長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございました!

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