彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
重ねて、遅れまして誠に申し訳ありません。

殆ど書き終えていた所に、あーでもないこうでもないと加筆修正を加えていたらあっという間に四日が過ぎまして…言い訳ですね…すいません。

永夜抄編を纏める回なので大事に作ったつもりですが、この物語は異常なほど心の広い少女たち、やりたい放題の主人公、上達しない稚拙な文章、厨二マインド全開でお送りします。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第四章 終 歌い踊る少女たち

♦︎ 八意永琳 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

月と地球の経路を書き換え、月からの行き来を断絶する術式は佳境へと入っていた。

 

半日かけて妖力を練り上げ、星二つ分の擬似複製と干渉を可能としたのは、永遠亭の全員が配置に着いてから一刻程後の事だ。だのに、一向に術式は起動すらしないのが只管に頭を悩ませる。

 

『動かない…組み上げた術式に誤りは無い筈なのに』

 

発動から遅々として進まない術式に違和感を覚え、遠見(とおみ)の術による地球と月の通り道を確認すると…其処に異物が入り込んでいると気付いた。

 

『既に此方へ向かっているなんて…』

 

予想外の事態は得てして起こるモノ。輪を掛けて厄介だったのは、月の軍勢数千が所狭しと進軍する光景。

 

幸い月から伸びる道の途上である彼等は、幻想郷を捉えていない…博麗大結界なる存在と私が竹林に張った認識阻害が有効だと再認識する。

 

《彼》が前線へ行き、代わりに妹紅が正門で控えていたと知って、取り急ぎ妹紅に呼び戻すよう指示を出してから更に数分…庭先に現れた黒い孔から、彼が出て来た。

 

『待たせたな。状況はどうなっている?』

 

『失敗…と言う他無いわ。月の使者が数千単位で経路を塞いでる所為で、術が働かないの』

 

『二人捕らえるのに数千人か…随分と念入りな事だ』

 

私の心情を知ってか知らずか…コウは全く慌てた様子も無い。私とて追い返すだけなら難しくは無いが、生憎と彼の様な特異な能力を持っていない。

 

『案ずるな。これから出向く故、君は永遠亭の守護に回ると良い』

 

視線を伏せる彼の横顔は、此処では初めて見る剣呑な色を帯びている。嘗て無い覇気を漂わせる彼は、何を思っているのか…私には推し量れない。

 

『ごめんなさい…私が不甲斐無いばかりに』

 

『そんな事は無い…我の横着が過ぎただけだ。初めから、月の因縁は己の手で絶つべきだった』

 

彼の語気は冷たく、自身を見下げ果てた言い回しが特に強い。彼は私を信じて任せてくれたのに…応えられなかった非力さに歯噛みするしかない。

 

『永琳』

 

『ーーーー』

 

『君は美しい』

 

『……はい? な、ななな何をいきなり!?』

 

突飛な彼の発言は完全に不意打ちだった。

身構えもせず正面から受けた賛辞に顔が熱くなってしまう…本当に訳がわからない。

 

『君の如き麗しく、心清らかな女性を悲しませる輩というのは…どうにも過剰な嫌悪感を抱いてしまう』

 

『月の…上層部の話かしら?』

 

『うむ。従って、その様な莫迦共には痛い目を見て貰う必要が有る…行った先で好き勝手に暴れる所存だが、構わないか?』

 

視線は刺々しく、声音の重たいままの彼は私に問い掛けた。追い返すとなれば相手の事情など知ったことかと、彼は暗に告げている。

 

立ち昇る銀の奔流が、既に私の妖力の総量を遥かに上回っていて…気配だけで幻想郷ごと押し潰されそうな錯覚を覚えた。

 

『……分かったわ、貴方に任せるから。力をもう少し抑えて頂戴』

 

『ーーーーすまない。では、早速宇宙(そら)の旅へと出るとしよう』

 

彼は徐ろに人差し指を虚空に彷徨わせ、私の知らない文字らしきモノを描くと、転移に使用した黒い孔がまたも出現した。

 

『派手目なモノで脅かしつつ、月の経路を断とうと思う。堂々と読み上げるには少々恥ずかしい代物なので…覗かないでくれると助かる』

 

一方的に言うだけ言うと黒い孔を潜り、永遠亭から彼は消え去ってしまった。

 

『覗くなと言われてもーーーー、そこまで話されて覗かないのは無理というものよ』

 

彼からの頼みを反故にしてしまうけれど…気になるものは仕方無い。それに、読み上げるという事は何かしらの術を使うという意味だろう…ソレ自体にも非常に興味が湧いてしまった。

 

『遠見』

 

ごめんなさい、コウ。後で改めて謝るから、今は貴方の戦う様を見届けさせて欲しい。だって…貴方が力を振るう所を私は見た事が無いから、どうしても好奇心が先に立ってしまうのよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ レミリア・スカーレット ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『今晩は…不快な月夜の下で、共に歩みし同胞よ。急な話で悪いけど、事情が変わったの。貴女達を、これ以上先へ行かせられなくなってしまったわ』

 

不完全な満月を背景に、竹林の一角で翼を広げて言い放つ。相手は勿論、彼に頼まれて対峙する事となった半人前の剣士と主人の亡霊だ。

 

『どういう経緯かしら? 殺気が濃過ぎて冗談に聞こえないけど?』

 

『申し訳ありませんが…小粋なジョークを挟める事態では御座いません。然るに、御覚悟を』

 

『…咲夜達が、裏切ったってこと…? そ、それじゃ先生はーーーー』

 

素直な娘だ…実直さが服を着て歩いている様な反応はとても愛らしいけれど、時が経てば世相も変わる。というよりは、彼の都合を優先した結果だが。

 

『貴女の敬愛する先生がね? 異変を止めて欲しく無いと言ったのよ。だから私と咲夜は…今は敵という事になる』

 

『先生が……何故ですか!? せめて理由をーーーー』

 

狼狽える剣士の鼻先に、にべもなく魔弾を一発撃ち出して見せる。ソレは容易く何かとぶつかって打ち消され、高速で迫った魔力の塊を弾いたのは傍らに居た亡霊の力だと直ぐに分かった。

 

『無礼極まる吸血鬼ね…屍人の成り損ないがよくも先んじてくれたわ』

 

『問答は無用と教えたかっただけだ。彼の真意を汲めぬ愚か者に、とやかく言われる筋合いは無い』

 

酷薄な笑みを作ってみせると、亡霊の令嬢は忌々しげに顔を(しか)めた。

 

『死にたいの? お望みならそう言いなさいな』

 

『ヴァンパイアを舐めるなよ、死に損ないは貴様の方だ…彼に拾われた命を無駄にするか? いや、もう死んでいたのだったな』

 

口をついて出た挑発が、最後の舌戦となり開戦の火蓋を切った。亡霊は冷淡にも無表情で宙へ舞い上がり、剣士は戸惑いつつ咲夜に二刀を構えた。

 

『それで良いわ、妖夢。お嬢様も、私も…彼の為ならば裏切りも厭わない!』

 

『理由すら告げず、黙って戦えとはーーーー先生の望みとは到底思えません!』

 

従者はナイフを、庭師は二刀を手に疾駆する。私は亡霊の促す空中へ上がり、互いの血で血を洗う真剣勝負と相成った。

 

『彼の思惑だから、結果的には貴女達の行いも是となりましょう…けれど! 貴女達の振る舞いは、虎の威を借る狐にも劣ると知りなさい!』

 

『戯けめ…先見の明すら持たぬ俗物に、我等の大義を論ずるだけ無駄というもの! 大人しく譲る局面だとも分からないのか?』

 

魔弾と蝶、ナイフと二刀が地と天で交わされる。

単一の能力だけならば亡霊が抜きん出るも、時と運命を操る私達に死角は無い。

 

『先生が望まれたなら、それが正しい選択だとは分かります…ですが! 咲夜もレミリアさんも、そんなやり方ではあのヒトが喜ぶ訳が無いとご存知でしょう!?』

 

『手段も過程も問われなかった! 殺さず、生かさず、勝利すれば結果は得られる。あの方の願いを合理的に、最短距離で叶える事こそ私達の本懐! 異変の折、数々の大恩を賜った紅魔に後退は有り得ない!!』

 

剣戟の音が木霊する竹林で、互いの従者が言葉と闘志を示す。一方は理解と妥協を求め、他方は強要と支配を押し付けた…彼に託されたからこそ従えと私達が吠え、ならば託された渇望の真を晒せと亡霊側が叫ぶ。

 

『死に近しいとは生より遠いという事…吹けば飛ぶ蝋燭同然の亡霊では、私という生に訪れる死の運命に辿り着けない!』

 

『尊大で自信家な貴女は嫌いじゃない…でも、私に操れない死など無いのよ! 不確定要素に縋るだけの血吸い虫には、抗えぬ理など腐る程有るわ!』

 

紅の魔弾は吹雪の如き軌跡で亡霊を覆い、桜の蝶は舞を思わせる動きで此れを凌ぐ。

 

対して地上の二刀は雪崩にも似た猛攻を繰り出し、無数に投擲されるナイフを皮一枚で捌き続けた。

 

『幾ら貴女の剣が鋭く、速かろうと…時の流れには逆らえ無い。届かせたければ、時をも斬る覚悟で来なさい!』

 

『言う割には迎撃が鈍い! 常人の反応速度では、私の剣を捉え切れない…一瞬の隙が命運を分けます!』

 

咲夜の能力は絶大だ…時の停止と固定化、副産物として空間を自在に操れる私の従者は、比類なき優秀な番犬。だが、能力以外の部分が生粋の人間なのだ…アドバンテージの大きさに反し弱点の多さが敵味方問わず浮き彫りとなる。

 

『余所見する余裕が有って?』

 

『当然だろう、来もしない死を前に何を恐れる?』

 

緩慢な速度で肉薄する死蝶を使い魔の蝙蝠で身代りとし、蝶より先に放たれた弾幕は身体を霧に変じて(かわ)す。

返し様に撃った魔弾と光線は、亡霊の側に侍る蝶と霊魂が盾となり相殺された。

 

簡潔に例えれば、戦いは互角…拮抗したまま趨勢は決まらず、双方に決定打は生じない。私と亡霊では周囲に干渉する規模が違うものの…運命という大雑把なナニカが亡霊の齎らす絶対的な(ちから)を避ける。

 

咲夜と妖夢も…後の先、先の先を捉える剣士の力量を持ってしても時間という概念には未だ近寄れず、咲夜は能力と弾幕の組み立てを誤れば一閃で以って即座に斬り伏せられる。

 

『仕方が無い…一つ博打を打って』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【夢は今砕かれた 嘆きの墓も 死の土も 遍く総てを奪い去ろう】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、脳裡に言霊が降りて来た。

険しく猛々しいこの言葉が何を意味し、何者によって呟かれたのか。唄う様に、吐き捨てる様に…たった一節で何もかも理解した。

 

刹那、幻想郷を照らす偽りの月が霧散し…この世全てが銀光を纏う闇に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんっとうに面倒臭いヤツね、あの竜。異変を完遂させたい為に加担しておいて理由は幻想郷を護るですって?

 

だったらこっちに断りの一つくらい入れとけってのよ…そしたら竹林まで来ずに済んだかも知れないのに。

 

あいつはいつも勝手だ…自分の望む幻想郷の土台を作れと言ったのは私だけど、助けたがりにも程が有る。

 

異変を起こしたければ起こせ、手伝おう。解決したければ行け、助けよう。それで…いつも最後には横槍を入れて全部持って行く。

 

『実は九皐が一番ワガママなんじゃないの?』

 

『今更ですわよ? 前の異変もその前も、霊夢の気付いてない所で暗躍した彼の行動が…結果として事態を丸く収めてくれたわ』

 

分かってるっつうの! 関わってる奴全員の行動や考えを見透かした上であいつが対処して来るから、尚更腑に落ちないんでしょうが!

 

『紅霧異変の時、コウ様が吸血鬼の妹や魔女を助けなければ貴女の面倒がより増えていた。春雪異変も、西行桜を無力化して幽々子を救ってくれたのは彼だもの』

 

異変を解決したいのか、円滑に進めたいのか分からないから苛々するんじゃない。取り零しを認められない生き方なんて自分を不幸にするだけよ…心が参って自滅するのが先か、より場を乱して仲良く共倒れするか。どちらにしろ、自分の立ち位置を優先する気がカケラも無いのが一番腹立つのよ!

 

『正義を気取りたい訳じゃ無いのは確かでしょう。彼はただ自らの物差しで方針を決め、価値有りと認めれば讃える…価値無しとすれば排斥し己の糧とする。実に超常の存在らしい在り方じゃない?』

 

『あんたはそれで良いの? 価値の有無なんてそれぞれなのに、あいつを中心に凡ゆる物事が進んでる…普通なら自然に任せるしかない事象さえ口を出すのよ?』

 

『何だかよく分からないけどさぁ…私と輝夜はどうしたら良いわけ? 戦うの? 戦わないの?』

 

私達の話に割り込んで来る目の前の白髪女は、隣のお姫様を見やりつつ此方に問いかけて来る。

 

『私はどっちでも良いけど…術式も中断な上にコウが行っちゃったから、どの道異変は終わりじゃない? 楽だから良いけど』

 

まあ、戦う理由なんてもう無いか。やる気を無くしたお姫様は堂々と竹にもたれ掛かっている…見た目の割に行儀悪いわね。

 

『毎回こうだとやる気無くすわよ…楽だけど問題ね。せめてどっち側で動くのかは今後は定めて欲しいところよ』

 

『独立した勢力と喧伝したのは私だけれど、関わって振り回されている者達が日毎に増えているのも事実…彼と協議した上で決めましょう』

 

『それ必要か? 九皐さんはこれで最後だって言ってたろ? 熱い抱擁付きでさ?』

 

『ふふん…羨ましいならそう仰って結構ですのよ?』

 

白髪女に茶化された紫は、さも自慢気に無駄に育った胸を張って鼻を鳴らす。やれやれと首を振って引き下がる白髪だったが、予想外にも竹に寄り掛かっていたお姫様は指を咥えて見ている。

 

『良いなぁ…』

 

『え!? 何よ輝夜、アンタ…悪い事は言わないからやめときなって、長生きにしたって最後には先に逝かれちゃうんだから』

 

『う、う、うっさいわよ妹紅! 何億年生きてるか分からない奴が本当に死ぬとも限らないでしょ!? ほっといてよ…』

 

確かに、二人の口振りでは何億という月日を生きたらしい九皐がある日ぽっくりと死ぬとは考え難い。竜ってのはそんなに長命なのかしら?

 

『そうね…改めて考えると、私達は彼について知らない事が多いもの。あ! 良い事考えたわ! 次の宴会でーーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【底深く 影を引き 奈落に堕ちた想いを掲げ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇が楽園を支配する。聞き覚えのある声から紡がれる一節が、何を表しているのかを克明に記している。

 

誰もが空を見上げ、偽りの月の崩壊を見届けると…月を喰らう、巨大な影に心を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星と星の間、(くう)無き無謬(むびゅう)の領域で見据えたのは…規則正しく行進を続ける月の民達。

 

彼等一人一人に罪は無い…有るとすれば、彼等を向かわせる上役共の与り知れぬ打算と奸計による不実さのみ。

 

彼奴等は私の存在など、とうの昔に忘れ去った事だろう。月の開拓の為、発展の贄として表側に縛られていた愚かな竜は…今も尚味わった辛酸を忘れ得ぬというのに。

 

『空間固定、斥力場生成ーーーー完了ーーーー飛べ』

 

負の極点の第一、重力子操作を応用して起こした斥力(せきりょく)によって、月の使者一個師団を纏めて月へ放り投げた。

 

何が起きたか分からないといった風な彼等は、現象こそ派手だが安全に月の表側の何処かへ漂着するだろう。

 

これで異物は消えた…後は、月と地球を繋ぐ経路を跡形も無く取り除くのみ。

 

『夢は今砕かれた 嘆きの墓も 死の土も 遍く総てを奪い去ろう』

 

編み上げた言霊は、目的を完遂するには充分な代物だった。余波を防ぐ為、双方の星を闇で包み込んで次節を唱える。

 

『底深く 影を引き 奈落に堕ちた想いを掲げ』

 

歌う様にとは行かないが…言い慣れた言葉で力に指向性を持たせ、幻想郷では決して行使出来ない規模の負を蒐める。

 

星雲級か、銀河一つ分、若しくは単一宇宙程度か。何れにしろ世界の形を歪めるモノを此処に吐き出す。

 

『落涙は創造を排し 海祇に浮かぶ偽りを越える』

 

焼き付けろ、そして思い出せ…法界の闇と疎んだ力の片鱗を垣間見て、老いさらばえた記憶を呼び起こせーーーー我は、此処に在り。

 

『滅びの刃 暴虐の海 唯我の光 懐いて来たる其の姿ーーーーーーッッ!!!』

 

残り一節を待たずして、変化は急激に訪れる。

神秘とは負也。力とは負也。幾多の次元を綯交ぜにして産み出された闇の発露が、蠢く濁流となって星間の道筋を喰い荒らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

現想(げんそう)ーーーー《負極総体・残蝕(ふきょくそうたい ざんしょく)》ーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙の果てには、観測不可能な深淵の領域が有るという。無限に膨張を続ける故か…又は肉眼では捉えられない何かが潜んでいるのか。

 

答えは簡単だ…其処から先の位相には別の宇宙が存在していて、幾重も連なる世界は地続きでありながら鏡合わせの様にまた果てから果てへと延びている。

 

法界の闇とは大仰だが上手く言ったものだ…吐き出した負の濁流は破壊と深淵を撒き散らし、月と地球の間に裂け目を遺して根元を絶った。

 

唱えた力の残滓は縦、横、上、下、前、後、斜といった全角度全方位からの干渉を否定し…無理に近付くモノを最果ての何処かへと放逐するだろう。

 

『終わったな…これで行き来する事は出来ぬ。幻想郷へ直接来るならば別だが、一部の力有る者が単独で来るか…永琳達が転移術式で通さねばそれも有るまい』

 

間近に映る月を眺め、音の反響しない真空の宇宙で呟いた。真当な生物では生存すら出来ない此処には、私の臆測に答えは返らない。

 

『暫くはそうして居ると良い…最早貴様等には何の興味も無い。永らえさせるも滅ぼすも同じ事だ』

 

黒い孔を幻想郷に繋げて、何も変わらない月から視線を移して転移する。永遠亭の庭先に戻ってみれば…永琳が私を見るや走り寄って来た。

 

『終わったのね? てっきり月の半分位は抉り取ってしまうかと覚悟していたけど…』

 

『星そのものに興味は無い。咎を負うべきは上役どもだけだ…しかしながら、態々消しに行くのも億劫だったのでな』

 

心身腐り落ちるまで放置せよ…と暗に伝えると、彼女は深く溜め息を吐いた後に苦笑で応えた。

 

『それじゃあ、結界を解いて皆を集めるから。貴方も手伝って貰える?』

 

『無論だ』

 

それからの行動は実に速かった。北に留まっていた紫達に呼び掛け、睨み合うレミリア嬢と西行寺達を宥めてから意識を失った鈴仙、魔理沙、アリスを簡素な寝台が並んだ部屋へ運び、残った者で応接間にて事後処理に向けた会合を開く事となった。

 

 

 

 

 

 

『早速だけれど、此方の提案を先に幾つか…負傷した者は、ウチで看病させて頂くわ。異変の責任については』

 

『お待ちなさいな、八意永琳。その前に聞きたい事が有りますの』

 

『何かしら?』

 

テーブルを挟んで向かい合う二人の温度差は凄まじいモノを感じる。永琳は淡々と、紫の方は顳顬(こめかみ)に青筋を立てて進行を遮った。

 

『どうして……どうしてさも当然の様にコウ様に腕組みなどしてるのか、小一時間ほど問い詰めたい所ですわ…っ!』

 

『妖怪の賢者様はご存知無いみたいだけど、彼と私は古い付き合いなの。それはもう千年なんて欠伸が出るくらいの長い長い縁で、当然と言えば当然の権利を主張するけれど?』

 

何故二人が水面下で諍うのか分からないが、助けを求めようにも両脇に座るレミリア嬢と西行寺も似た様な剣呑さで空気が重い事この上無い。

 

『紫、そんなのは後にして頂戴? 九皐さんに頼まれたとはいえ、狼藉を働いた吸血鬼と従者を今は糾弾するべきよ』

 

『まだ根に持っているのか? 最初に言った筈よ? 事情を伝えようと伝えなかろうと結果は変わらなかった、事実その通りではなくて?』

 

咲夜と妖夢は永遠亭に着いた直後に互いを慮って謝罪していたというのに…二人の主人は頑として譲らない。他の面々は素知らぬ顔で座っていて、四方から視線を投げ付けられる私に見向きもしない。

 

『私の気が回らなかった故に起こったのだ…勝手な言い分だが、責めるなら私だけに止めて欲しい』

 

『妖夢も私も心配しましたけど、既にそういう段階では有りませんから少しお黙りになって下さいな』

 

うむ……取り付く島も無い。自分が原因だと自覚している為に居心地の悪さも一入だ。

 

『だとしても、紅魔側(わたしたち)は彼への恩を返すのも含め異変を終わらせる為の最適解を選んだまでよ』

 

『そもそも永遠亭の者が彼を引き止める様な話を持ちかけたのが原因ですわ! 厳しい判断は免れません! あといい加減離れなさいな!』

 

『ーーーーーーあのさ』

 

席から外れて縁側に立っていた霊夢が、不意の一石を投じた。表情は神妙だが、何処か気不味さの拭えない様子で口を開く。

 

『異変ていうのは、起こるべくして起こるもんだと私は思うのよね。レミリア達も、九皐も…事情が有って成り行きでこうなったんだしさ。それに、考えが違えば手段も変わるのは当たり前じゃない?』

 

『分かってるじゃない、そうよ! よって紅魔側に責任は』

 

『バカタレ! 誇り高い種族だのって日頃散々口にしてんだから、謝るべき所は謝れ!』

 

増長したレミリア嬢の頭を、霊夢の軽快な平手打ちが制した。余りにも勢いが良かった為か…叩かれた瞬間テーブルに額をぶつけた紅魔の当主は涙目になっている。

 

『うー! こっちだって幽々子の能力で死にかけたんだからおあいこじゃないのー!!』

 

『あんたが先に仕掛けたってんだから当たり前でしょうが! 小賢しく格好付けて喋るからそうなるの!』

 

『ふふ…まあまあ、良い運動になったって事で許してあげるわよ。それくらいにしてあげたら?』

 

『幽々子様…運動と仰いましたが、確かに近頃お召し物がキツくなったとーーーー』

 

『きゃああああああ!? 何でばらすのよおおおお!?』

 

霊夢のお陰で、各々の頬が自然と緩んでいる。

先程まで殺伐としていた会合は和気藹々とした様相を呈し、これも幻想郷の日常だと紫が締め括った。

 

敵わないな…皆、懐の深い少女達ばかりだ。最悪、永遠亭の皆も含めて私も重い代償を強いられるかと思ったが…楽園に生きる者達は、流石に一味も二味も違ったらしい。

 

 

 

 

 

 

その日は未だ気付いていなかった…後に永遠亭で開かれた宴会で、私が針の(むしろ)になる事が決まっていたなどとは。

 

『コぉぉぉウぅぅううう!? 飲んでるぅ? わらしは姫なんだかりゃじゃんじゃん飲んれるわよぉ?』

 

『うむ……輝夜よ、少し飲み過ぎだ』

 

姫君が、壊れてしまった。いや…泥酔した所為なのだが、座敷で座る私の背後から首に手を回して抱き付いてから一向に離れない。

 

『何を言うかこの行き遅れの神崩れ! コウ様は私をひしと抱きしめてーーーー!!』

 

『偶々ご褒美貰ったガキが調子乗るんじゃないわよ! 私だってコウと再会した時はーーーー!!』

 

永琳と紫も…酒には強いと公言していたというのに、赤ら顔で目が据わったまま《九皐自慢》なる不可解な言い争いが白熱する始末だ。

 

『だからごめんなさいって言ってるじゃないれすかぁ! 私だっておじょうしゃまがかりちゅまだったために! ために!』

 

『わるいのはわたしなんれすぅ! 幽々子さまが太った太ったうるさかったかりゃ気がたってたんですぅ!』

 

妖夢と咲夜は、永夜異変と名付けられた件の戦いには全く関係の無い主人の愚痴を零しながら同じ会話を繰り返していた。

 

『ううう、酷いわ妖夢ちゃん! 幽霊だから太るわけないもん! せーちょーきなんだもん!』

 

『わかる! カリッスマの私らってまだまだ育つのに、フランちゃまったら身体だけはおこちゃまだのなんのって!』

 

混沌の極みだ…異変に参加した主な人物達は、飽きもせず半日も酒盛りと乱痴気騒ぎを止めない。宴会とは…色々な意味で恐ろしいと実感する瞬間だ。

 

『おまえらはいいよなぁぁあ!? わたしとアリスなんて《もこたん》にノックアウトケーオーされて丸二日入院でさぁあ!!』

 

『そーよそーよ! ほんっっっとに死ぬかと思ったのよぉ! セキニン取れー! 誰か私とトモダチになれぇえええ!!』

 

『ごめんって!? 本気で戦ったらもう友達だから! な? あともこたんって私!? あーもう! コイツ等いつまで飲む気なのよ!?』

 

弾幕ごっこで妹紅に負けたという魔理沙とアリスは、数少ない素面の彼女に絡んであの調子だ。私も、動けない故助ける事も出来ない…何故動けないかと言えば。

 

『すぅ…すぅ…』

 

『むにゃ……はぁ、あったかぁい……すぅ…すぅ』

 

開始から早々酔った鈴仙と霊夢が肩を組んで千鳥足で向かって来た後、何故か膝を貸せと詰め寄り…為すがまま見届けると二人で片足ずつ枕代わりに眠り始めた。

 

『動けないな…流石に疲れて来たぞ』

 

『ウサぁ? お兄さん酒が進んでないウサよ! ほれ、ほれ! もっと飲むウサ!』

 

因幡よ…盃ごと顔に押し付けるのは止してくれ。酒の席は無礼講、何と都合の良い言葉か。

 

宴は終わらないーーーー潔く諦めよう。麗しくも心の大らかな少女達の声と温もり…華やかでだらしの無い光景を肴に、因幡に持たされた酒を嚥下する。

 

『…………酒が、美味いな』

 

 

 

 

 

 

 

『むっきいいっ!! 私の方が胸がちょびっとだけ大きいから勝ちですううう!!』

 

『胸がなによ!! 女の身体は比率が命よ! お尻から脚の曲線美は私が上だわ!!』

 

紫と永琳の自慢話は、脱線して何方が魅力的かという話に落ち着いた様だ。非常に興味の湧く内容だが…年頃の女性が胸、尻と連呼するのは頂けない。

 

 

 

 

 





何億歳か分からない主人公でも、女性の胸や尻には弱いようです…投稿者は尻派ですが。

本編で宴会の様子を詳しく書いたのは、実は初めてなんじゃないかと思います。みんなへべれけですね、そして一人生き残ったコウはいそいそと片付けを始めるのです。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!!

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