彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
永夜抄編もら長らく続きましたが、次回で収拾の予定となっております。

相変わらず行き当たりばったりで話を進める為、強引な展開が続きますが、どうぞお付き合い下さい。

この物語はみょんの見せ場、急展開、稚拙な文章、厨二マインド全開でお送りします。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第四章 伍 急変

♦︎ 魂魄妖夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『はあッーー!!』

 

点と線の軌道を描く、小さな鉛玉が剣に弾かれる。

都合四度目の狙撃…姿無き敵の攻撃は、決定的な一撃にはならずとも私に揺さぶりを掛け続ける。

 

『幽々子様、気配は掴めましたか?』

 

『いいえ。遠方からの弾道を予測して位置を掴もうとしても、既にその場には居ないでしょうね…兵法の基礎に則れば、相手は一定の距離を保って此方を捉えている』

 

誤算だったのは、尋常な弾幕ごっこの前に実弾射撃を用いた防衛に徹せられている現状。

 

狙いが正確な分、急所目掛けて飛んで来る鉛玉を払うのは難しくない。しかし、距離を詰められない状態では剣は届かず、弾幕も射程範囲から外れていた。

 

予想される目的地から一里近くある竹林の只中では、敵の地の利と戦術が優っているのは明白だ。

 

『仕方無いわね…妖夢、悪いけど壁になって頂戴。《蝶》を差し向けて移動経路を確認しつつ前進するから、私が誘い出した地点で斬り伏せなさい』

 

幽々子様の観察眼と対抗策は確かだ。中心地の防衛を旨とする相手は、私達の背後に回れば無防備な前線を晒す事になる。

 

『了解しました! 必ずや討ち取ります!』

 

先生を見つけ出すには、まず目の前の相手に集中しなければ! 片手間で通して貰える手合いではない…この先で確実に獲る!

 

『お行きなさいーーーー』

 

主の手から妖力で産み出された紫に光る半透明の蝶がひらひらと飛んで行く。数は十羽、それぞれが分散し前方と両側の竹林の中へ進む。

 

感覚を研ぎ澄ませ、余計なモノを意識外に流した空間で感じ取ったモノは、一度に三発も放たれた鉛玉の風切り音。

 

『やあああああッッ!!』

 

一発目を左の剣で薙ぎ払い、続く二発目を右で両断する。三発目は即座に持ち替えた逆手の左で捉え、下段から上空へ払い押し上げた。

 

『ーーーーっ!』

 

『見つけたわ! 十二時の方向から突っ込んで来る!』

 

見えない敵の息を飲んだ呼吸の乱れと、幽々子様の指示が同時に伝わる。真っ正面の奥から、索敵に出した蝶の妖力が爆ぜて聞こえる炸裂音と共に…竹林の狙撃手が姿を現した。

 

『貴様か!』

 

『チィッ! もう一人の出した蝶がまさか爆発するなんて…ッ!』

 

土埃に汚れた服を纏う、頭頂部に携えた兎の様な長い耳。紫がかった長髪に真紅の瞳を覗かせる少女は、舌打ちしながらも抱えていた銃を投げ捨てて走って来た。

 

『波符ーーーー』

 

速度を落とさず、疾駆する赤目の兎が懐からスペルカードを取り出す。瞬間…私の視界に揺らぎが発生し、狙いの定まらない視界でスペルカードが宣言される。

 

『ーーーー《赤眼催眠(マインドシェイカー)》ーーーー!!』

 

右手を拳銃に見立てて放たれた弾幕は、弾丸の形を伴って背後を除く全方位から展開される。

 

『妖夢、惑わされては駄目! 妖しげな術が領域を満たしている!』

 

分かっています、幽々子様。

視界が揺らいだ直後、最初に撃ち出された数発の弾幕に伴って両翼から同じモノが出現した。

 

『人符ーーーー』

 

左右に散らばった弾は偽物…前方から来る弾幕以外には、使用者の込めた妖気が毛程も備わっていない。今の私に、そんなまやかしは通用しない!

 

『ーーーー《現世斬》ーーーー!!』

 

一歩、強く踏み込んで右手の長刀を鞘に納め、抜刀の構えから繰り出した数多の斬撃が飛び交う弾幕を掻き消した。対して斬撃は消える事なく、眼前の兎へ向けて高速で肉薄する。

 

『厄介な技を!』

 

兎の少女の両目から光が灯り、真紅の瞬きが発生した。赤眼の発光に合わせて、兎の姿がまたも揺らめいて見えなくなる。

 

あの眼は普通じゃない…アレが有ったから今まで後手に回され、気配は僅かに残っているのに彼女の全容が掴めなかった。

 

『断迷剣ーーーー』

 

構うものか…先生との稽古から着想を得たこの剣技に、小細工など無意味と知れ。偏に剣と一体となり、(はだ)かる者を斬り開く…その名もーーーー!!

 

 

 

 

『ーーーー《迷津慈航斬(めいしんじこうざん)》ーーーー!!!!』

 

 

 

 

楼観剣に最大限の妖力を注ぎ込み、長大な蒼光の剣となった愛刀を真一文字に振り抜く。

 

そそり立つ竹林ごと纏めて断殺する一撃は、不可視の兎に確かな戦慄を与えた。遮二無二(しゃにむに)回避したであろう影が、上空の月を背に指銃を構えて私を見据える。

 

『これで終わりよッ!!』

 

『ーーーーーーその前に、上に注意を配るのをお勧めします』

 

兎の跳躍した更に上方で、星にも似た光を帯びる我が半身(はんれい)が真っ逆さまに急降下して行く。

 

『死中に活路を得、後の先を以って了と為す。これぞ先生より賜りし、剣身一体の理です…!!』

 

背後の危険に気付いた兎は捕捉すると同時、錐揉(きりも)み回転した半霊の突撃に首筋を撃ち抜かれた。

 

『がはっーー!? ぐ、まだよ…まだ、負けてない…!』

 

地に打ち付けられた兎の少女は、苦悶の表情で震える身体に喝を入れ立ち上がろうとする。

 

少女が堪らず流した涙と叫びが、心より身体の限界を如実に伝えている。立つのは無理…とは思わなかった。致命打なのは明らかだが、彼女は戦意を失っていない。

 

『先生を…九皐さんを連れ戻すまで、私も此処は譲れない!』

 

二刀を構え、自らも不退転の決意を訴える。すると赤眼の兎は呆とした顔付きで私を見返すも、剥き出しにした奥歯を噛み締めて意を示した。

 

『私だって…! あのヒトに約束したんだッ!! 辛くても、怖くても、護る為に戦うんだって…!! 負けてたまるかーーーー逃げるもんかッッ!!』

 

その約束が、誰と交わしたモノなのか…私には痛いほど分かってしまう。大切な誰かの為に己を奮い立たせる赤眼の兎は……彼女は異変の中に在って、勇気を胸に挑み掛かって来る。

 

先生…貴方は、私達が降すべき相手にさえ慈愛と誠意を忘れなかったのですね。だからこそ私はーーーー貴方に導かれた私は、どうしても彼女に勝ちたい!!

 

『来いッッ!! この魂魄妖夢が御相手(つかまつ)る!!』

 

 

 

 

 

 

『ーーーー《幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)》ーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

少女の双眸が、一際強く…鮮血よりも紅く煌々と輝いた。

波紋の如く放たれた弾幕は停止と蠢動(しゅんどう)、消失と出現を繰り返しながら私へ迫る。

 

喉が張り裂けんばかりの終の一手(ラストワード)に、全身が総毛立つ。負けたくない…勝ちたい! 絶対に勝つんだ!!

 

『うおおおおおおおおーーーーーッッ!!!』

 

気圧されない様に、たじろがない様に、私の想いも本物であると…眼前の少女に届けたい。届ける為に、咆哮を上げ空を駆け上がる。

 

『奥義ーーーー』

 

『沈めぇぇえええええッッーーーーッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー《西行春風斬(さいぎょうしゅんぷうざん)》ーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

幾多もの剣閃と弾丸が交差した。

幻覚を見るまいと目を閉じ、真っ直ぐに兎の懐へ飛び込んだ私の一刀は…それを握る右手に確かな手応えを齎し、張り詰めた緊張の糸を緩めた。

 

眼下には、幽々子様が受け止めてくれた兎の少女が映る。手強いなんて生易しい相手では無かった…一瞬でも気を抜けば、私は彼女の操る不可思議な力に取り込まれていただろう。

 

『そう言えば…名前もまだ聞いてなかった』

 

半霊と共に地上へ降り立つと、意識を失った彼女を竹に(もた)れさせた幽々子様が…意味有りげな微笑で出迎えてくれた。

 

『剣身一体…貴女が彼から授かった力、しかと見させて貰いました。良くやったわね、妖夢』

 

『………はいっ!!』

 

 

 

 

これで西側の護りは突破出来た…先ずは中心を目指し、其処から竹林一帯を見渡して先生を探そう。

 

西側の中腹らしき地点で赤眼の兎が陣を敷いていたと推測すれば、彼は更にその奥、中心部により近い場所に居る筈。

 

竹林一帯には結界による認識阻害が掛けられていて、上手く気配を辿れないけれど。

直ぐに見つけますからーーーーー待っていて下さい! 先生!

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっとぉ!? あんなの反則よ反則!!』

 

真横で炎の弾幕を避けつつ絶叫するアリスに、私も心の底から同意していた。

 

『アイツ…不死身かよ!!』

 

続けて毒づいた私を尻目に、目の前の白髪女は猛禽じみた笑みで見下ろしてきやがる。

 

『不死身かって? 見りゃあ分かるでしょ? 蓬莱の人の形とは私の事よ。さあ! 炎に巻かれて塵になれ!』

 

随分な物言いだが…あの妹紅とかいう奴は半端じゃない。妹紅は進んだ先の道の真ん中で胡座かいてたと思ったら、名乗った矢先に凄まじい炎弾の雨を見舞って来た。

 

炎の勢いは止まる事を知らず、既に周囲は焼け野原状態。見た目も派手で、闇の中で無数に浮かぶ炎は綺麗な上に威力も折り紙付きときてる。

 

『不死である私に、人形だの魔法だのは通じない! 大人しくお家へ帰れ!!』

 

詰まる所、防戦一方ってヤツだぜ。

アリスの人形はただの火なら難なく消せる耐性を付与されてるが、熱量が高過ぎて白色に燃える妹紅の炎弾相手じゃ流石に無理だった。展開した八体の内、半数が灰にされちまっている。

 

かく言う私も、戦い始めてから半刻は経つのに魔法による攻撃は相変わらずのノーガードで意にも介されない。中でも度肝を抜かれたのは、

 

『いったぁ!? へへ…痛いって事は、生きてる証拠! お礼代わりにこいつを喰らえッ!!』

 

やたらとハイテンションで受けるがままにされる私の魔法は、実は効いていない訳じゃない。最初は余りにも奴が加減を知らないから、意趣返しにと放った弾幕が頭に直撃した。

 

『あちち…!? んもう嫌! 煤で大事な人形も服も汚れるし! 恐怖映像のオンパレードだし!』

 

『泣き言言う前にアリスも考えてくれよ!? このままじゃ埒が明かないぜ!』

 

あの時は誤って殺してしまったと青褪めたが、吹っ飛んで無くなった首から上が私達の前でみるみる再生しやがった。

 

どうやら不老不死ってのはマジみたいだ。計七度…身体の一部が千切れようが無くなろうが、その場で再生してまた高威力の炎弾幕を滅多撃ちにしてくる。

 

『こうなったらーーーー跡形も無く消し去るのみだッ!!』

 

ポケットから取り出したのは一枚のスペルカード。

最初から全力で行くぜ! 足踏みしてる余裕も時間も無いしな!

 

『恋符ーーーー』

 

『待ちくたびれたよ…ソレなら、私を殺せるのかい?』

 

『ーーーー《マスタースパーク》ーーーー!!』

 

八卦炉から増幅された魔力の塊が、妹紅へ向かって放出される。広範囲を埋め尽くす光線は…大妖怪クラスでも重傷は必至ーーーーだが、私とアリスの予想はいとも容易く覆された。

 

『《リザレクション》』

 

更地になった竹林の一角。揚々と諸手を挙げていたアイツの居た場所に、ぽつぽつと光が収束して行く…数秒の後、まるで何事も無かった様に妹紅は突っ立っていた。

 

『あーあ…やっぱりダメだったわね。身体を丸ごと消し去ろうと、固定化された魂を消すのは無理か』

 

魂の固定化…呟かれた一言に驚愕を隠せない。

魂とは即ち、現存する心と身体を顕界に繋ぎ止める命の発露。固定化とは文字通り、梃子でも動かない様に縛り付ける意味…つまりアイツは。

 

『本物の不老不死ね…記憶と身体ごと戻って来れるなんて、蓬莱の薬ってなんなのよ…』

 

顔面蒼白のアリスは、確認するまでも無く完全に戦意を削がれていた。これはマズイ…マズすぎる。攻撃は通っても無意味、加えて再生して直ぐ継戦可能な不死者だって? 大当たりもいいところだ!

 

『今度は私の番だな…蓬莱ーーーー』

 

『ヤバい!! 逃げるぞアリスーーーー!!』

 

『熱量が異常すぎる…!? 』

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー《凱風快晴-フジヤマヴォルケイノ-》ーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

朱と白の光、爆発を起こす弾幕が辺りを埋め尽くし、視界を真っ白に染め上げる。

 

名に恥じない活火山の噴火を模した極大の爆風が収まった時…私達には最早、起き上がるだけの余力は残されていなかった。

 

『二人で障壁を作ってダメージを抑えたのね。やるじゃん? でも、まずは二人…ゲームオーバーだ』

 

『魔理沙……まり、さ』

 

『…………』

 

遠のいて行く意識下で最後に見たのは…背に炎の翼を広げ、竹林の奥へ消えて行く不死鳥の姿。以降、私の世界は暗転し、アリスの呼び掛ける声だけが竹林に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

負傷した因幡を永遠亭に連れて行き、外で待っていたレミリア嬢と十六夜に合流すると…屋敷から離れた後方で爆音が上がった。

 

鼻腔を刺激する焦げ臭さと、微かな熱風から妹紅が戦っていると分かる。レミリア嬢の話では、異変に来たのは総勢八名…それも主だった妖怪と人間の二人組で行動しているという。

 

『コウ…本当に良いのね?』

 

『変更は無い。どの様な手を使っても、月の連中の眼を楽園に及ばせてはならない』

 

穢れを厭う奴等だが、離反した者達の中には高い地位を持つ者が居る。となれば…良くて討伐か、悪ければ送還した後は実験鼠の如く扱われる。

 

『十六夜とレミリア嬢は、西へ行ってくれ。西側で配置されていた者の気配が弱くなった…妖夢達に敗れたと見るべきだろう。空いた防衛戦を埋めて欲しい』

 

『へえ…あの半人前の剣士、結構強いのね? 腕は有りそうだけど、気弱そうなのが減点って感じ』

 

『妖夢は接近戦なら人間側ではトップでしょう…剣術もそうですが、最近は調子が良さそうで目付きも変わって来ましたから』

 

暇を見つけて彼女を稽古し続けた事が、ここに来て障害となるとは思わなかった。現状ならば、贔屓目でなく霊夢にも匹敵する実力が付いている。

 

腕前だけで無く、日々の精神鍛錬も怠らない生真面目さが妖夢には備わっている。半霊の身故この先の人生も長かろう、伸び代も充分だ…今だけは厄介と言う他無いが。

 

『何にしろ面白い事になったわね…では言われた通り、西側へ向かいましょう』

 

『畏まりました』

 

緩やかに飛翔し、西へ飛び去る二人を見送る。

その後周囲の気配を洗い直せば、近付いて来る気配が一つ…数分して視界の端に妹紅が映った。

 

『やあ、お疲れさん! こっちは如何にかなったよ。殺しちゃいないから安心して』

 

『魔理沙とアリスか…重傷では無いのだな?』

 

『ええ…障壁で互いを守り合って魔力切れってオチよ。暫くは起きないかも』

 

敵である二人と対峙した筈の妹紅は、戦いの後というのに偉く機嫌が良さそうだ。

 

『如何した…?』

 

『うん…なんかさ、良いよなあって。お互いを認め合って、守り合って戦うアイツ等の在り様がさ…年甲斐も無く羨ましくて』

 

自らと輝夜、魔理沙とアリスを比較して見ているのか。羨望の眼差しで後方を眺める彼女は、寂しささえ窺える。

 

千年の時、幾百の時代が過ぎ去ろうと、その想いさえ確かなら…彼女とて遅くは無い。

 

『君に頼みが有る』

 

『何だ? 藪から棒に』

 

『後顧の憂いを絶てたなら、君には永遠亭の援護を引き受けて欲しい。残る異変解決者は二組…最も手の掛かる前方へ私が出よう』

 

『ふむ……良いわよ。此処と永琳の事は任せて!』

 

妹紅は暫く思案した後、頷いて快く引き受けてくれた。

さて…漸くだ、術式を安定させるまでは残り一時間程。此度の異変に終着は無い…有るとすれば、裏で執り行っている術の完成のみ。

 

偽りの月は何れ効力を失い、元の月が幻想郷を睥睨するだろう。その時こそ…刹那の機を以って月の路を塞ぐ。

 

『転移』

 

一言呟き、眼前に黒い孔を開けて進入する。

繋げた先は道の敷かれた竹林の北側…一部を切り拓かれた場所で、姫君と二つの人影が認められる。

 

夜の闇に眩んだ竹に寄り添い、気配と力を最小限にして様子を見る。戦いは未だ始まっていない…睨み合う姫君と博麗の巫女、霊夢の傍らに浮遊する紫は言葉を交わし合っていた。

 

『とんでもない奴が居たものね…北から入ったのはやっぱり失敗だったんじゃないの、紫?』

 

『そうでも無いわ。此処を押さえれば永遠亭までは一本道…ましてや彼女はーー』

 

『博麗の巫女と妖怪の賢者ね? 悪いけど思い通りにはならないわよ…無粋なお客様を持て成す時間は無いの』

 

凛然とした立ち居振る舞いで二人を迎えた姫君は、余裕に満ちた物言いで煽り立てる。

 

このまま見守る事も出来るが…加勢した方が多くの時間を稼げる。物陰から歩き出し、抑えていた気配を態とらしく放ちながら姫君の許へ進む。

 

『姫君の言は最もだが…素直に帰る二人では無いぞ』

 

『アンタ…どうして前に出て来たのよ? 永琳は?』

 

『妹紅が代わりに後方に居る。霊夢だけなら君だけで良いが…紫は私が相手をしよう』

 

『九皐…今度は何を考えてるのよ』

 

『お退き下さい、コウ様…異変を見過ごす訳には行きません。何卒お譲りを』

 

只ならぬ様相で私を見遣る霊夢達は、身構えても尚説得の姿勢を取る。仔細を話している時間は惜しいが…二人には伝えなければならない。

 

『月の民が…永遠亭の不死者達を捜している。月の監視を阻害するこの異変に乗じ、幻想郷への介入を防ぐ必要が有る』

 

『なるほどーーーーコウ様の意図が、漸く掴めて来ましたわ。けれど、博麗大結界が有る以上…彼方の方々は此処へは来られない筈』

 

『月の技術力は結界一つで対抗し得るモノでは無い。だからこそ、入念な準備を重ねて来たつもりだ』

 

『月だか何だか知らないけど、今回はあんたも…私達の邪魔をするって事よね? なら、容赦しない』

 

『身の程を弁えなさい、博麗の巫女。彼の正体を知ってるなら尚の事…命は無駄にするものじゃなくてよ?』

 

『だとしても霊夢の言う通り…異変を野放しには出来ません。最悪の場合は、永遠亭を差し出す事もやむなしと考えます』

 

『言ってくれるな…彼女等もまた楽園に住まう(ともがら)。助けられるならそうすべきだ』

 

平行線を辿る四者の語らいは、幾ら語り尽くしても終わりは無い。紫達の言い分も、永遠亭の抱える事情も翻すのは難しい。

 

片や楽園の秩序の為…片や各々の安寧の為、戦うしか無いと諦めた時、意外にも新たな参入者による審判が下された。

 

 

 

 

 

 

『ーーーー二人とも戻って来てくれ!! 術が取り止めになったんだ、永琳が九皐さんを連れて永遠亭に来いって!!』

 

背後から上がった声の主は、炎の翼を目一杯羽ばたかせ降り立つと、一目散に私と姫君の所へ走って来る。

 

『妹紅!? アンタ後ろを任されてたんじゃーー』

 

『そんな場合じゃ無いんだって!! 永琳が中から飛び出して来たと思ったら、突然九皐さんを呼んで来いって…! 月の使者が既に向かって来てるとかでーーーー』

 

莫迦な…楽園が見つかる前にと異変を起こしたというのに、既に足掛かりを掴まれていたのか。全く不愉快な連中だ…放って置けば良かった物を、千年余りの間追い続けるとは。

 

『ちょっと! 今更逃げようったって』

 

『待ちなさい、霊夢』

 

逸る霊夢を制したのは、傍らに居た妖怪の賢者だった。

強引に前に躍り出た紫は手にした扇を畳み、鋭く見据えた私へ緩やかに近付いた。

 

『コウ様……今貴方が行けば、月の使者とやらは撃退出来るのでしょうか?』

 

『ーーーーああ、必ずやり遂げる。私は、幻想郷を奴等に踏み荒らされる事だけは…我慢ならないのだ』

 

『ーーーーーーそうですか…でしたら』

 

彼女は両の掌で私の頬を優しく包み、苦笑交じりの顔で言い聞かせる様に言葉を紡いだ。

 

『仕方有りませんわね…貴方はいつもそうです。周囲には黙って独りで行ってしまう…御自身が一番辛い立場になられてしまうのに、いつも』

 

『……私は、此処に居られるだけで幸福だ。君が居て、霊夢が居る、多くの友を得られた楽園を…私は愛している。故にーーーー』

 

紫はかぶりを振って、触れた手を離して寂しげに笑う。胸元で結び合わせた両手は強く握られて…不安を堪えている事が分かる。

 

『コウ様は優し過ぎるのですわ…美徳では有りますが、貴方を見送る私達は……私は』

 

『……約束する、これが最後だ。許してくれ』

 

慣れぬ手つきで、泣き出しそうな紫の身体を(しか)と抱き竦めた。思えば彼女には…此れ迄多くの心労を掛けてしまった。紅魔、白玉楼、そして此度の異変も、望まざるともどれだけ私の為に心を砕いてくれたか。

 

『コウ様……狡いです。こんな事して、許さないなんて言えませんわ』

 

『分かっている、分かっているとも…だが、今はーーーー』

 

抱き締めていた彼女を解放し、再度転移の孔を開いて彼女に背を向ける。この場に集まった者は皆、訳有って相争う状況だが…幻想郷を愛し、共に生きる無二の同胞。彼女等の日常を護る為に…月との因縁を断ち切らねば。

 

『行ってらっしゃいませ、コウ様』

 

『ーーーー征って来る』

 

 

 

 

 

過去より追い縋る月の使者よ。

好きにはさせぬ、如何なる策と術を弄しようとも意味は無い…失望に囚われたあの時とは違う。

 

『我こそが禍。我こそが深淵…此の身に宿る力に触れて、貴様等の蛮行を悔やむが良い』




この物語において、魔理沙が初めて大敗を喫した妹紅戦。
春雪異変から成長したみょんの鈴仙戦など詰め込みが過ぎるとも思いましたが、若干中だるみし始めた永夜抄編のテンポを修正するべくこうなってしまいました。

長くなりましたが、最後まで読んでくださった方、誠にありがとうございます!

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