彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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日が空いて申し訳ありません。
ねんねんころりです。永夜抄自機組の場面をどう差し込むか、苦心した末に三日もかかってしまいました…言い訳してすみません。

この物語は度々の場面転換、稚拙な文章、超展開による御都合主義、厨二マインド全開でお送りします。

それでも読んで下さる方は、ゆっくしていってね。


第四章 四 開幕

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

那由多の昔、何も無い場所で私は産まれた。

悠久の昔、自分が一つの命だと知った。

 

 

遠い昔…月の表の中心で、炎の槍が私を貫いた。

痛みなど有る筈も無かった…何故ならこの身は、遍く力という負を内包するが故に。

 

まず感じたのは憎悪。怒り叫び、ただ宇宙(そら)の果てで暴れ狂った。拡大し続ける世界の片隅で、新たに生まれる次元の端で、万象一切を闇に還そうとさえ思っていた。

 

しかし出来なかった。躊躇いが動きを鈍らせ、悲嘆が憤怒を凌駕した時、脆弱な単一の世界に何時まで期待するのかと自らを嘲笑った。

 

無限を越えた無限の領域で、座っていただけの貴様に何を怒る道理が有るのか…裡に眠る深淵(おのれ)が止めたのだ。

 

お前が何者なのかを忘れるな…負の総体と疎まれ、埒外の者と誰もが恐れた、不浄の竜こそ本来の姿。

だからこそ正しく在れ、清く成れ…縦横無尽に連なる存在(せかい)は、生まれた時からこの手に収まる大きさと強度しか持ち得無い。

 

夢幻(ゆめまぼろし)の如き一粒の硝子玉(がらすだま)が世界の全てだ。握れば壊れ、二度と元には戻らない。

 

故に不要なモノだけを選り分けて、我が身の中で無色にしよう。いつかそれ等が、価値ある何かに変わると信じているから。

 

 

 

 

 

 

『またか……同じ夢を何度見れば気が済むのだ』

 

自らを俯瞰する夢、寄る辺無き過去の私を戒めた夢。不確かで取り留めが無く…だからこそ胸に刺さるモノが有った。

 

一つ確かなのは…眠りこけていた場所は永遠亭の客室で、自分が眠るという行為をしたのは楽園に来てこれが初めてだという事。

 

眠らずに過ごせるのも、食事も摂らずに生きられるのも幸運だが…味気なく情緒に乏しいのが悩ましい。

 

永遠亭で過ごして早三日。思えば自宅の手入れにも戻らず、呑気に食客じみた扱いで居座っていたが…若しかすれば私が不在の間に誰かが訪ねてきたやも知れない。

 

『とはいえ、未だ動くべきでは無い』

 

異変が始まれば、嫌でも竹林の何処かで見える事になる。今回の私は異変を遂行する側だ…異変の陰で暗躍した経験は三度と多いが、長引かせる為に出張るのは初となる。

 

『おはようございます! もう起きてますか?』

 

『ーーーーああ、起きているとも』

 

声に応えて閉め切られた襖を開けると、鈴仙が和かな表情で待っていた。一昨日とは別人の様な晴れ晴れとした顔付きから、彼女の隠れた成長が(うかが)えて喜ばしい限りだ。

 

『いよいよですね…決行は夜になります。師匠が作戦の内訳を説明されるそうなので、一先ず居間へ移動しましょう』

 

『分かった。心して臨むとしよう』

 

凛とした早朝の空気の中、群青の空に残る月を一瞥して歩き出す。何も変わらない幻想郷の一日は、水面下で起こる事柄には目もくれず…始まりを告げる陽光を湛えていた。

 

 

 

 

 

『おはよう…今夜、かの秘術を用いて月の追跡を振り払うけれど。皆にはそれぞれ指定した配置のまま変更は無いわ。強いて言えば』

 

永琳の呼び掛けに、集まったのは総勢五名。妹紅と私は正確には永遠亭の構成に含まれないが、妹紅は不死者故、私は私の動機で参加する事となる。

 

『私か…差し支えなければ、君か姫君の代わりに屋敷の前で待とうと考えている。良いか?』

 

『貴方の御力が有れば、負ける事は無いでしょうが…加減はして下さい』

 

『ヒヒヒヒ、月の連中を追っ払う前に竹林が吹っ飛んだら元も子もないウサ』

 

因幡の様子が最初に出逢った時とは違うが、異変を控えて何か企てが有るのか(すこぶ)る上機嫌だ。対峙する者は私の友人なのだが、因幡なら上手くやってくれる…と信じる。

 

『てゐと私が東西に別れるんでしたね。勝ちますから、師匠』

 

『ええ、期待しているから…余計な怪我はしないで頂戴』

 

鈴仙の物言いは、自信というよりは決意といった想いが伝わって来る。彼女にとっては実戦に萎縮する面も有るだろうが、朝の様子を見るに大丈夫だろう。

 

『私と輝夜は北と南か…私が南側だったから、正直仕掛けの準備に手間取ったよ』

 

『ヘマすんじゃないわよ? あんたにとっても大事な局面なんだから』

 

『分かってるわよ! こっちは心配無用だから、輝夜は能力の制御とスタミナ切らさない様に考えときなさいよ。馬鹿力でも体力無いんだし!』

 

意気軒昂なのは頼もしい。二人が護っているなら、南北側も心配は無い…もし取り零しが何処かで起きても、私が其方へ回れば事足りる。

 

『では次よ…コウには確実に異変解決にやって来る人物の特徴や、手の内を予め聞きたいわ。お願い出来る?』

 

『今までなら断る所だったが、内容が内容だからな。私の知る限りで良ければ、まずはーーーー』

 

簡潔にだが、この場に集った面々に霊夢、魔理沙の二名の情報だけは語って聞かせた。

 

これまでに起きた異変の事も織り交ぜて、現状の楽園における勢力図や主な代表者も名前だけは教えたが…各々の関心は一様に博麗の巫女である霊夢に集まった。

 

『あらゆる物事から浮く能力ね…それを使われたら、足止めはほぼ不可能に近いわ』

 

『あら? 私の能力を忘れたの?』

 

ふと、席を囲んで私の左側に座っていた姫君が得意気な調子で永琳に声を掛けた。

 

『そうでしたね…使われたら不味い能力も、使われる前に停めてしまえば問題は無い…という事ですか』

 

永琳だけに心当たりが有るのでは無いらしい。

此処に居る全員が、皆姫君の能力を知っている様だ。彼女は整った顔立ちに自信と確信を滲ませ、高らかに言い放つ。

 

『博麗の巫女が来ても、能力を使って《停滞》させるわ! 外からの干渉を受け付けなかろうと、私の《永遠》には通用しないって事を思い知らせてあげる!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 八雲紫 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コウ様の足跡を辿れなくなって、三日目の夜を迎えた。

昨晩から沈まない《偽りの月》は、夜を主な活動時間とする妖怪には不気味なことこの上無い。

 

加えて《迷いの竹林》の最奥には何者かが展開した結界が、来るなら来いと言わんばかりに隠蔽もされぬまま気配を放っている。

 

『永遠亭…遂に奴らも異変を起こしたわね』

偽りの月、竹林の結界…これより想起された人物は、嘗て一度だけ邂逅した元月の民達に他ならない。

 

事態を重く見て私に接触してきた何名かの人物と、あと行きずりで拉致したアリスを伴って博麗神社に赴けば…示し合わせた様に霊夢、魔理沙、メイド、半人半霊が揃っている。

 

『異変…こんな時に、厄介ですね』

 

『そんなもんだろ? 紫が前もって知らせてくれるだけマシさ』

 

『二人一組ねえ…それだけ面倒な奴らって事よね』

 

『……』

 

彼が行方知れずになった事は、幻想郷の主だった者に少なからず違和感を与えている。異変の兆しと対抗策を簡潔に説明した現在は、神社の境内で八名もの人材が一堂に会している。

 

『私は霊夢と、レミリアは当然メイドさん、妖夢も幽々子と組んで貰います。あ…魔理沙はアリスとね』

 

『なんで私達は余り物みたいな言い回しなのよ…』

 

『妥当な采配ね。まあ、お互いの手の内が分かっていれば連携も容易でしょうし』

 

『妖夢と異変解決なんて、わくわくするわぁ』

 

個性的な面々を纏めるのは全然容易では無いのだけれど。藍や橙が式とはいえ如何に扱いやすいか痛感する。

 

『四方から竹林を包囲し、対応してきた者を各班で撃破。勿論スペルカードルールが望ましいけど…恐らく』

 

『なんでしょうか? 気にかかる事でも?』

 

『つまりいつもと変わらないって話だろ? 早く行こうぜ! 南側は距離も近いから頂きだ!』

 

『あ! ちょっと!? 連れて来といて置いてかないでよ!』

 

いの一番に箒に跨り、魔理沙は竹林へ飛んで行った。アリスも何だかんだと文句を言うものの、彼女が心配らしい…だから攫ってきた訳だけど。

 

『咲夜、私達は東から行くわよ。魔理沙はああ言ったけど…一番楽なのは東で間違いないから、今は付いてらっしゃい』

 

『はい! お嬢様!』

 

レミリアと咲夜は宣言通り東側の経路へ消えて行く…あの吸血鬼の能力でもう少し探りを入れて欲しかったけれど、アレにはアレの思惑が有るのね。口振りから異変が起こる事は以前から察していた様なのが気に入らない。

 

『幽々子様、私達は西へ行きましょう。一番遠いですが、先生の探索も兼ねて広い方へ行きたいのですが』

 

『良いわよー? じゃあ紫、お先に失礼するわね』

 

かくして、境内に残ったのは私と霊夢のみとなる。概ね予想済みとはいえ…やる気が有るのか無いのか、眼前の巫女は髪を掻きながら茫洋としている。

 

『なんかさ…嫌な予感するのよね。仕方無いと言ってもレミリアが関わってるのも気になるし、あんたもそれがあるからさっきは全部話さなかったんでしょ?』

 

どれだけ呆けていようが、博麗の巫女は伊達では無いと言うべきかしら。黙っていたのは、異変を調査した先に…最も困難な相手が待ち受けていると確信がある為だ。

 

『北を取れたのは僥倖よ…南と同じかそれ以上に強い気配が感じられる。そして中心には』

 

言い淀む私に、霊夢は何も言わず待っている。

意を決し、核心を伝える自分の声は…これまで経験した事が無いくらい震えていた。

 

『コウ様が…異変に加担している可能性が高い。何をお考えなのか、私にも分からない』

 

『……最悪ね。冗談だとしたら笑えないわ』

 

そうだったらどんなに良かったか。彼の気配は永遠亭から全く動いていない…何らかの理由で異変を見届けるのだとしたら、私に断りも無いのはおかしい。

 

然るに答えは二つに一つ、拘束されているか自分の意思で残っているか。拘束など有り得ない…彼は一際異質なのだ。幻想に生きる数多の存在の中で、能力の強さ、力の密度は神をも及ばぬ…正に頂点に位置するのは疑うべくも無い。

 

『行くわよ、紫。気は進まないけど…誰が相手でも異変は終わらせる。良いわね?』

 

『ええ…そうね、どの様な形であれ異変は解決すべきモノ。例外は有りませんわ』

 

コウ様…貴方が何故其方側なのか、今の私には理解出来ない事ばかりです。しかし…貴方が必要と見做して留まられているならば、それを責める事は致しません。

 

ですからせめて…貴方の声で、言葉で、真意をお聞きしたいのです。コウ様にそうさせるだけの要因など…正直に申し上げますと、(ねた)ましくて疎ましくて仕方がありません。

 

『必ず連れ戻します…永遠亭の者共に、目に物見せてやりますわーーーー!!』

 

夜は未だ始まったばかり…日が沈めば夜の帳が世界を満たす様に、夜の闇は必ず朝焼けに打ち消される。

 

普遍とも思える理に喧嘩を売って、不快な月を出したばかりかコウ様まで籠絡せんとするとは…断じて許すわけには参りません。

 

『覚悟しなさい…月から逃げた落ち武者如きに、今宵の私は止められませんわよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 十六夜咲夜 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウサぁ!? こんなに強い奴らが来るなんて聞いてないよぉ!?』

 

『やれやれ…まさかただの兎妖怪が相手なんて、拍子抜けよ』

 

お嬢様の予想は実に的を射ていた。

東側から竹林に入り込んだ私達は、待ち構えていた小柄な兎を相手に追走劇を繰り広げている。

 

兎は竹林の地形を活かした数々のトラップを用意していたが、地上から高く飛翔するお嬢様の力技で悉く破られた。

 

弾幕ごっこの実力差は言わずもがな…二人相手というのも既に多勢に無勢なのに、あの兎はそれほど戦闘が得意では無いらしい。

 

『諦めて道を開けなさい! お嬢様も今ならペットにされる程度で許して下さるから!』

 

『ひぃ! 侍女の方まで強いなんて嘘ウサ!?』

 

何度目の遣り取りか、それでも兎は懸命に地を駆け竹を緩衝材代わりに持ち堪える。泣き言ばかりで段々と可哀想になってきた頃には、竹林の中心の気配が直ぐ其処まで感じられた。

 

『無視して行くのは簡単だけど、妨害も相まって道筋を捉え辛い。加えてあの兎…嫌がってる割に退こうともしない』

 

『捕まえて聞き出しますか?』

 

『今答えるならば良し…答えないなら、任せる』

 

お嬢様の示した方針に従い、此方の弾幕が着々と兎を取り囲む中、私は兎に問い掛けた。

 

『ねえ兎さん…勝負は見えているのに、一定の場所からまた迂回して妨害を続けるのはどうして? 後退すれば、仲間の援護も期待出来るでしょうに』

 

『……くだらない理由だよ』

 

煤と土煙に衣服を汚し防戦一方だった兎は、逃げ惑う獲物でなく…異変を起こした一妖怪として声を荒げる。

 

『友達が困ってるから助けるんだ! それが異変でも幾らだって手伝う。私は幸運を運ぶ兎、私の周りの奴らが幸せになれないなんて認めない!』

 

地を踏み締め力一杯跳躍した兎は、固い決意を表して月を背にする。中空に翳された彼女のスペルカードが、裂帛の気合を乗せて宣言された。

 

 

 

 

 

『ーーーー《エンシェントデューパー》ーーーー!!》

 

 

 

 

 

兎の両側面から巨大な光線が撃ち出され、スペルカードの範囲内には全方位を埋め尽くす青い魔弾が飛散する。

 

『私がお相手します。お嬢様は手出し無用にお願いします』

 

『良かろう…健気な兎の覚悟に応え、全力で押し潰しなさい!』

 

主命の許に、懐から一枚のカードを取り出す。

友の為、仲間の為…それは此方も同じ事。九皐様を見つけ、必ずや取り戻す。

 

『幻葬ーーーー』

 

彼は誰のモノでもないけれど…何処ぞの馬の骨どもに、いつまでも貸してやる義理など無い!

 

 

 

 

 

『ーーーー《夜霧の幻影殺人鬼》ーーーー!!』

 

 

 

 

 

 

宣言したスペルカードは、兎の放つ弾幕の範囲を大幅に上回るナイフの雨。高速で無数に飛び交う凶刃は正確に青い小弾を貫通し、突き抜けた先の兎へ一直線に収束して行く。

 

『痛っ…! 諦めない、諦めるもんか! まだ勝負は着いてないウサ!』

 

兎の悲痛な叫びは竹林に響き、私の繰り出す物量を物ともしない。だが、身体に走るナイフの切傷は兎の動きと判断力を鈍らせ続ける。

 

『無駄よ! 私の操る時間の中では、ただの兎に勝機は無い!』

 

無慈悲とも思える戦力差に、兎の弾幕は最早光線以外は意味を成さない…やがてそれさえ維持出来なくなった兎は、ナイフによって地面に磔にされる形で地面へ落下した。

 

『う、ぐぅ…! 嫌だ…こんなモノ…! こんなーーーー』

 

血を流し過ぎたか、敗北を心の中では悟ってしまったのか…名も知らぬ兎は、健闘も虚しく意識を失った。

 

『良くやった…咲夜も、お前も。幸運を謳う兎よーーーー目が醒めたら、貴様も異変の最後を見届ける事を許そう』

 

お嬢様は地に縫い付けられた兎を讃え、その後は無言で先を飛んで行った。

 

慈悲と思慮深さを窺わせる主の背中は、偽りの月を嫌うかの様に…竹林の茂る暗がりを進む。

 

『確かに幸運な兎さんですね…尤も、私達に味方する運命は、それを凌駕しましたが』

 

『さてね…結果はこの先に待つアイツが教えてくれるわよ』

 

順調な筈なのに、問題は無い筈なのに。

何故ですか…お嬢様。私から見た貴女の横顔は、とても不安そうに見えます。

 

 

 

 

『それはーーーー私が此処に居るからだ』

 

 

 

 

視界に捉えた和風の屋敷。

門前に立つ人物は…皆の探していた黒髪と銀の双眸。少し低めで甘い声が心地良く、いち早く聞きたいと思って止まなかった御方のモノ。

 

銀光を浴びた闇を迸らせて…漸く対面した彼は、声音とは対照的に無機質な表情で私達を流し見ている。

 

『九皐様!』

 

『待ちなさい咲夜。どうやら私の視た運命は…此処に来て確実なモノだと分かったわーーーー不幸にも、ね(・・・・・・)

 

不幸? 何を仰っているんですか…だって、そんな訳が有りません。彼は私達の…お嬢様方のご友人で、

 

『レミリア嬢の言う通りだ』

 

『……嘘です、信じません』

 

『異変を解決しに来たのだろう? ならば…私が永遠亭の前に立つ意味を、君なら分かる筈だ』

 

『嘘だッッッ!!!!』

 

お嬢様と彼の前だというのに…我に返れば激情のまま吠えていた。主人は瞑目し、眼前の彼もまた沈黙を貫く。

 

何故、何も言ってくれないんですか…お嬢様、冗談よ咲夜って仰って下さい。九皐様…すまないなって不器用に笑って下さいーーーいつもみたいに、どうか。

 

『では選べ』

 

『…!!』

 

『待つか、戦うか…私の真意を知りたければ、今は待つのだ。レミリア嬢はどうする?』

 

『ーーーーそうね、咲夜がどちらを選ぶかは気になるけど…私は待ちましょう』

 

理解出来ない…でも、私には無理だ。

勝つとか負けるとかじゃない…深淵を漂わせる彼に、私は完全に呑まれている。動けば彼を信じぬ事と同義、待たねば主の思惑を外れる事になる。

 

異変は解決したい、けれど彼とは戦いたくない。お嬢様のご意向にも沿いたい…だったら、一体何の為に私はーーーー、

 

『私は、幻想郷を愛している』

 

『九皐様…』

 

『そして…楽園に住む君達を愛おしく思う。故に此度の異変はーーーー出来るだけ長引かせねばならん。《月の連中》に、此処を嗅ぎ付けられる訳には行かない』

 

月の連中…その言葉の意味する所を、私はその言葉への解答を持ち合わせていない。

 

やはり(・・・)か。私が垣間見た運命の先は、一時的な敵対…理由は、永遠亭の奴らを捕らえんとする月の勢力。そしてーーーーーー月に怒りを滾らせる貴方の姿』

 

お嬢様の紡ぐ言葉に、彼は静かに偽りの月を見上げた。

しかしその視線は更に遠くを映している様で…銀の(まなこ)は強く、鈍い輝きを伴っていた。

 

『永き夜、今宵私は…万象喰らう禍と化そう』

 

彼の発する声は、これまでに聞いたどれよりも重く…有無を言わさぬ力が篭った《誓い》に聞こえる。彼は何を思い、誰が為に誓いを抱くのか。

 

『選べ…! 我が怒りに応え、共に忌むべき楽園の敵を屠るかーーそれとも』

 

理解出来ずとも、例え敵となる道を選ぼうとも。

私は…九皐様を信じている。彼が動く時は、誰かを想い助けたいからだ。だとしたらーーーー私の答えは決まっている。

 

『はぁ……馬鹿を言わないで貰えるかしら?』

 

『私達は、貴方から頂いた恩に報いたくて、お助けしたくて此処まで来たのです! もし、異変を長期化させる事が貴方の為になるのなら…』

 

この瞬間、私達の取るべき道が決定した。

解決に乗り出した私達が、掌を返して異変の遂行に手を尽くす。裏切り者の誹りは甘んじて受けよう…幾らでも罵るが良いわ。悪魔の交わした約束は絶対だ…従者である十六夜咲夜も、主の為に殉じよう。

 

『今一度、紅魔の力を霊夢達に知らしめてやろう…!』

 

『九皐様ーーーー十六夜も、お供致します!』

 

『すまないな…迷惑を掛ける。そしてもう一つ』

 

私とお嬢様は固唾を飲んで続きを待つと、彼の口から意外というか…今にして思えば不都合な事を聞かれてしまった。

 

 

 

 

 

『君達が来た方角には、因幡という小柄で足の速い兎が居たのだが……む、どうした? 二人とも顔が青いぞ』

 

『え!? そ、そうねぇ何でかしら? 因幡? わ、私は何もしてないから分からないけど!?』

 

ずるい! お一人だけ保身に走るなんて、それでも誇り高きヴァンパイアなのですか!? これじゃ、

 

『まさか…もう倒してしまったのか』

 

『ち、違うのです! いえ! 違いませんが…てっきり異変を解決すれば九皐様が戻られると考えていて…!? そのーーーーーーーーてへっ』

 

私とお嬢様の苦しい言い訳を前に、彼は深く溜息を吐いて…戻るぞ、と一言だけ告げて三人で来た道を辿って行く。

 

ナイフで拘束され、浅い傷と血に汚れた服もそのままで気絶する兎を見付けた九皐様は…更に深い溜息の後、何も言わずに私達へ非難の目を向けられました。

 

『と、取り敢えず起こすから! 咲夜が手当てすればすっかり元通りになるわよ! ……多分』

 

『は、はい! 完璧なメイドと称された私が、誠心誠意取り掛かれば直ぐに目覚めますよ! ……きっと』

 

うう……大口叩いて後で寝返りましたなんて、兎が起きたらどんな嫌味を言われる事でしょうか。

 

『こいつら、本当に仲間にして大丈夫なの? サイコパスだよサイコパス! 絶対オツムがヤバイ奴らウサ!』

 

『余り虐めてくれるな…信頼出来るのは間違い無いのだが、少しばかり間が悪かっただけだ。恐らくな』

 

そんな煩悶など御構い無しに、手当てした甲斐有って意識を取り戻した兎が、話を聞き終えてから私達を事あるごとに悪鬼だの快楽殺人犯だのと延々貶してくれた事を…私はこれから一生忘れません。

 

『やっぱりお嬢様の運命は当てにならないじゃ有りませんか! どうされるんですかこの空気!?』

 

『こんな運命は見てないのだから私に言われても困るわよ!』

 

何よりも…主従で醜い言い争いを始めた私達に、九皐様に残念な娘達だと視線で訴えられている事実が、心の傷をより大きく拡げてくれたのでした。

 






まさかの紅魔組の裏切り。
いや、まさかではありませんが…最後は耐えきれずギャグテイストで締めとなりました。

紅魔組は異変が終わってから角が取れてきたせいか、主人のカリスマ性は健在なのに間が悪くて…妙に間抜けなキャラ付けとなってしまいました。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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