彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
この場を借りて、皆様にお知らせが御座います。
永夜抄編から登場人物がかなり増えます、なので、話を纏めるのにかなり話数を割くと思いますので、予めご了承下さい。

この物語は超展開、独自設定、稚拙な文章、厨二マインド全開でお送りしています。

それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第四章 弐 臆病者の勇気

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

因幡に連れられて、天然の針山じみた竹林を迷わず進み続ける。入り口から此処までで半刻程の時が過ぎたが…前を歩く白兎は、取り留めも無い会話を切り出しつつ私の反応を常に伺ってくる。

 

中々に器用な兎だと感心するが、私の反応が一定で素気ない所為か…さしもの白兎も苦笑が多くなっていた。

 

『お兄さん…お喋りが嫌いだったらごめんよ? 歩いてばかりで退屈だと思って…』

 

何と、つまり彼女の半刻に渡る奇行は私に配慮した結果だと。随分と長い間、要らぬ気を遣わせてしまった様だ。

 

『すまない、君との会話はとても楽しかった。因幡…笑顔を尊ぶ兎の少女よ、ありがとう』

 

不器用に笑って見せると、彼女は満面の笑顔で返してくれた。因幡は安心したのか、頭に備えた白く柔らかな耳を愛らしく跳ねさせている。

『ど、どうって事無いよこれくらい! ほら! もう永遠亭に着くよ! 直ぐそこだからさ!』

 

照れ隠しなのか、因幡は赤らんだ顔も構わずに先を行く。

やがて視線の先に、古風な和風建築の屋敷が窺えた。

 

竹林の中に佇む、広大な土地に建てられたソレは…古びた様子は微塵も無いというのに、楽園の中でも歴史有るモノだと一目で分かる。

 

『ご苦労様! 中を案内する人は後から来るから、庭を見物でもして待っててよ! それじゃ、私は他に用があるからこの辺で、またねー!』

 

小柄な兎耳の因幡てゐは、簡潔に別れを告げて竹林の何処かへと走り去って行った。

 

申し出に(あやか)り、手入れの行き届いた庭園の池や木々を眺めていると…屋敷の中から一人の女性が現れた。

 

灰銀の長髪、陽に照らされ輝く瞳…この世の物とは思えぬ美麗さの彼女は…、

 

『ーーーー私の顔に、見覚えはありますか?』

 

『……何故だ』

 

私は今、到底理解が及ばない状況に晒されている。

ーーーーあの日、あの時、忘れろと固く言い含め…逃した筈。

 

去って行く背に私は二度と…君に、月に関わるまいと誓った。君に禍を齎さない為、心から安寧を願い見送った。

それでも彼女は、私と三度目の邂逅を果たしてしまった。

 

『何故…また私に、我に逢ってしまったのだーーーー、オモイカネ』

 

変わらぬ美々しさに艶やかさを湛えた彼女は、かぶりを振って口を開いた。

 

『君は君の進んだ道を、決して振り返ってはならない』

 

『……!』

 

それは彼女を諭す為に、忌まわしい過去を捨てろと思い告げた言葉だ。彼女の微笑みは…遠い昔から今も輝きを失わず、私に真っ直ぐ向けられている。

 

『私は、自分の道を自分で選びました。後悔したとすれば…たった一つだけです』

 

オモイカネは、月を自ら離れたと言う。私の知らない理由も有るだろう…楽園に落ち延びた彼女は、何を悔いているのか。

 

『…幼かった私を、あの時救ってくれた貴方を助けられなかった。何千、何万年経とうとも…忘れる事なんて、出来る訳無いじゃないですか…!』

 

それは歓喜か、悔悟か…笑いながら涙ぐむ彼女に近寄り、変わったお互いを確かめる様に目元の雫を拭う。

 

『いつまでも…泣き虫な娘だ。道に迷わなかったなら、泣く事など無いだろうに』

 

『だって…もっと話したい事が、一杯有ったんですよ…! それに、今はオモイカネじゃありません。手紙にちゃんと、名前を書いたおいたでしょう? 私は…私は…!』

 

彼女は…八意永琳は私の胸に飛び込み、力の限り抱き竦めてまたも泣き始める。

 

震える少女の肩を抱き…泣き止むのを待ってやる事数分。

彼女は僅かに赤腫れた眼を擦り、此処で再会した時の凛然とした空気を漸く取り戻した。

 

『…ごめんなさい。迷惑、だったわよね…』

 

『馬鹿を言うな。お前を迷惑に感じた事など、一度として無い』

 

『ありがとうーーーーそういえば、貴方の名前を聞いていなかったわね。今度こそ、ちゃんと教えてくれる?』

 

彼女と過ごした時間は、どれも得難い幸福なモノだったが…確かに私は、名乗った事が無かったな。

と言っても昔の私は、己を表す名前など持っていなかった…九皐という名は楽園に初めて来た時、紫が与えてくれたモノだから。

 

『勿論だ…私の名は九皐、《深竜・九皐》という。呼び難ければ、コウと呼び捨ててくれ』

 

『九皐…ふふっ、やっと聞けたわ。私も改めて名乗ります、八意永琳よ。ようこそ永遠亭へ…コウ』

 

何の前触れも無く、私と永琳は視線を交わし笑い合う。

私のソレは慣れないものだが…彼女の笑顔は、やはりとても美しい。永遠を約束された、汚れを知らぬ乙女の微笑みとは…言葉に出来ない儚さと麗しさを帯びている。

 

『さあ、屋敷を案内するから付いて来て頂戴。コウに紹介したい娘達がまだ居るからーーーー』

 

永琳ははしゃぐ子供の様に、私の手を自然と握ってくる。しかし…彼女は突然手を離し、顔を真赤に染めて狼狽えていた。

 

『ご、ごめんなさい…! 変よね!? いきなり手を握ったりして…もう子供じゃないのに』

 

『残念だ。私としては、君の滑らかな手を堪能したかったが』

 

『もう! からかわないで…!』

 

身体ばかり育っても、私からすればまだまだ若い。

彼女の拗ねた仕草に年寄り臭い感想を抱いていると、屋敷の玄関辺りに隠れている気配を見つけた。

 

『永琳…彼処に隠れているのは、君の知り合いか?』

 

『え…?』

 

永琳も私に促されて同じ方向を見やると、今更見つかった事に気付いた二つの影が走り去ろうとする。

 

『姫…《鈴仙(れいせん)》…待ちなさあああああいッッ!!!』

 

『ヒィ!? だから止めようって言ったじゃないですかぁ!?』

 

『今更遅いのよ! 良いから走りなさい、うどんげ!!』

 

凄まじい速度で姫、鈴仙なる人物を追いかける永琳は、瞬く間に捕獲した二人の少女を私の前に放り投げ…怯む彼女等を庭に正座させて説教を始めてしまった。

 

一頻(ひとしき)り説教を受けた姫、鈴仙と呼ばれた者達は、死んだ魚に似た眼でふらりと立ち上がる。鈴仙という二人目の兎耳の少女は永琳と共に私の案内を、姫なる娘は部屋に戻ると言って立ち去って行った。

 

『うう…酷いです師匠』

 

『つべこべ言わないの。彼は大切なお客様なのだから、姫は兎も角として貴女は付き添いなさい』

 

『何でそんなに扱いが良いのですか? 確かに、力の有りそうな妖怪さんですけど…』

 

永琳の眉間が険しく寄って行く。当の鈴仙という娘は失言と取られたのを察して明からさまに顔が青ざめた。

私は気にしないのだが、永琳を制するには手遅れだった。

 

『鈴仙…? 彼は私など足元にも及ばない。謂わば別格よ、疑うのなら覗いてみなさい』

 

『そ、そんな…今でさえ神霊クラスなのに抑えてるなんてこと』

 

『私の弟子ならばもっと気配の奥底を綿密に探りなさい、未熟者』

 

実に厳しい発言だ…見た所兎耳の彼女は妖力だけでも永琳の二割にも満たない。やり様によっては妖夢や魔理沙と渡り合える位だが、観察力に未だ難がある。

 

『ヒィ!? す、すいません…で、では失礼します』

 

発展途上と評せる鈴仙に直ぐに気づけというのは、中々に苦しい問題だが、彼女は妖力と気配を鋭敏に研ぎ澄まして私を見詰め始める。

 

『……!? うそ、いや…でも、あわわわわ…ッ』

 

集中すれば、私の内側を垣間見る事は出来たらしい。

永琳に備わる妖力は、紫や幽香と比較しても…二人には申し訳無いが三倍近く有る。

 

能力を加味すれば平均値は変わるが、単純に存在の密度が億単位を生きた永琳の膂力(りょりょく)だけでも規模が違う。

 

仮に、妖怪として最高峰の紫を百の基準値とする。永琳ことオモイカネは神としての格は全体の中間程度…神の格とは概ね強さに直結する訳だが、月を離れて地上の穢れにある程度触れている事も加えて、億単位の年月を生きても紫の三倍の三百とする。

 

永琳の内包する力の総量と、私の二割の力では私が四段階は上と見る。紫が百なら永琳は三百、永琳に対し現状の私は千二百と誠に雑だが、大体この様な値が導き出される。

 

『な、ななな何ですかコレ!? こ、腰が抜けそうなんてレベルじゃーーーー!? あ…』

 

突如、膝が震え後退った鈴仙がそのまま昏倒してしまった。私の中身を深く探り過ぎた所為で意識が保たなかったのだろう。引き際を見極められないのも、未熟者と謗られる所以か。

 

『お馬鹿ね…八百万の神々が束になっても彼一人に歯が立たなかったのに、真正面から覗くだけ覗いて倒れるだなんて』

 

当時と言っても随分前だ…人々の信仰が高まり極まった全盛期の神々を例に挙げたのだろうが、倒れた彼女の耳には届かない。

 

『月夜見は《法界(ほうかい)の闇》と大層恐れていたわよ?』

 

『何だそれは…法界とはまた過分な評価だな』

 

法界とは即ち全世界、全宇宙という意味だ。奴らしい短絡的な例えだが、過去私と相対した神や神霊が軒並み口走っていたのは覚えている…奴が発信源だったのか。

 

『それでも過小評価なくらいよ…空間を移動するどころか、位相の違う世界を片手間で渡れるなんて。案外、コウは外宇宙の産まれかもしれないわね?』

 

彼女の話の内容は半分も分からないが、自分が今居る場所で浮いている事は昔から感じていた。

 

神も悪魔も、何と矮小で愛おしく戯れつくのかと…若かりし頃の私は尊大な感想を抱いていた。出来れば忘れたい過去の一つなのは言うまでも無い。

 

『しかし、このままでは体を冷やすな…うむ』

 

珍妙な格好で倒れ臥す鈴仙を担ぎ上げ、永琳に視線を送って先を促す。彼女は頷いたが、憮然とした様子で足早に向かって行ってしまった……何故だ?

 

 

 

 

 

二人と一匹で屋敷の廊下を歩き、鈴仙の部屋と思しき場所に永琳は立ち止まって(ふすま)を開いてくれた。

淑女の部屋に入るのは気が引けたが、本人が意識不明なのでは致し方無い。

 

鈴仙を敷かれたままの布団へ横たえさせ、一先ず肩の荷は降りた。そのまま部屋を後にし…今度は客間らしき広めの一室に通され、二人で向かい合わせに腰を下ろす。

 

『怒っているのか?』

 

『怒っていません…少し不機嫌なだけです』

 

この調子だ…全く女性という生き物は度し難い。

見えぬ所で相争う様は、端からは微笑ましいが…自分が原因なのではと考えると気が気で無い。

 

ましてや、私にはその要因が皆目分からない始末だ…どうしたものか。

 

『あの兎の少女とは、何処で出逢ったのだ?』

 

『………百年ほど前、月の都で様々な利権を巡った戦争が有ったのよ。月にも私の弟子達は居るから、その娘達から事前に聞き知っていたけれど。鈴仙は、戦争が本格化する前に逃亡した月の兎…《玉兎》の一人だった』

 

玉兎…古の時代から、人間には《たまうさぎ》、《ぎょくと》または単に月の兎等の呼び名で知られている種だ。

 

鈴仙が玉兎の生まれなら、月での扱いは衛士か先兵といった辺りか。

 

『鈴仙は、兎の中では特に優秀な娘だったようだけど…月の弟子からは臆病で自分勝手だと評されていたわ。きっと逃亡した事実を皮肉っての事でしょうけど…確かに、鈴仙はかなり怖がりね』

 

『持って生まれた性格の問題ではないか?』

 

『加えて月の出身でない者を見下す悪い癖も抜けなくて…どう育てたものか、かれこれ百年は悩んでる』

 

月の民の多くは、選民思想が生まれた時から刷り込まれている。穢れに満ちた地上の者は皆下等な存在であると。

 

永琳はその中でも特に智慧に秀でた娘だった故、そういった先入観は無い。だが、尋常な者はそうも行かない。

 

私を貶めた月の上役共が最たる例だ。普遍という概念に取り憑かれ、異端を嫌い、結果は月への移住と閉鎖的な社会の擁立が如実に物語っている。

 

『私は、それだけでは無いと感じる』

 

『何故かしら?』

 

『彼女に渦巻く負の因子は…他者に対する恐れ、その原因は…己と現実の齟齬、自らを卑下する心ーーーー』

 

永琳は瞠目し、身を乗り出して私に顔を近付ける。

潤んだ唇と鮮やかな瞳が実に扇情的だが…表情には驚愕や計り得ない思惑が滲んでいた。

 

『コウ…お願いが有るの』

 

『……ああ、聞こう。お前にとって、幸福に繋がるならば』

 

『ありがとう…お願いというのはね、鈴仙に教えてやりたいの。自力で何かを選択する意思や、困難に立ち向かう為の心構えを』

 

漠然とした内容だが、彼女の言わんとする事は察しが付く。永遠亭側にしてみれば余所者の私だが、永琳の助けになるなら否は無い。

 

『具体的に…私は何をすれば良い?』

 

『鈴仙と話して、自然体で良いの。貴方ならきっと…上手くやれる』

 

徐ろに、彼女は私の手を取って横顔に触れさせた。

彼女は目を閉じ、頬と掌の温もりを互いに伝え合い…柔らかな笑顔で語り続ける。

 

『私は…貴方の残してくれた言葉のお陰で、姫を護りながらも幻想郷へと辿り着けた。幾星霜経とうとも…貴方は、私のーーーー』

 

『ありがとう…オモイカネ。あの日、失意に沈む私の為に涙してくれた君は…今も尚輝きが色褪せない。君とまた逢えてーーーー私はとても幸せだ』

 

はにかむ彼女は美しく、何にも勝る一つの光明に他ならない。

 

淀み切った私の過去に…希望という星が掲げられたのは、君が楽園に居てくれたから。ありがとう、永琳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 鈴仙・優曇華院・イナバ ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深淵を覗き見た。果ての無い、無限に広がるとされる宇宙さえ霞む…銀光を放つ真なる闇を。

その中で唯一人座に在った…黒い黒い竜を幻視した。

 

『ぁ…私の、部屋…』

 

目が覚めた時、私は身体の震えに気付いた。暖かくて、包み込む様な闇の気配は…心地良すぎるからこそ怖ろしい。

 

臆病な自分は大嫌いだ…なのに深淵に座す竜は、私を眩く尊いモノであるかの様に、愛おしげに見守っていた。

 

『アレは…あのヒト、なんだよね』

 

あの竜は、果たして竜と呼んで良いのだろうか。姿形の刺々しさ、禍々しさは正しく竜だが…それは彼の見て呉れを例えただけではないのか。

 

私には、もっと大きなモノに見えた。

一つの世界? 違う。 一つの宇宙? 違う。言葉で表すなら、無限に連なる世界を内包した何か。そうとしか…私には思えなかった。

 

『師匠は別格って言ったけど…別次元だよ。持ってるモノの大きさと密度が、桁外れ過ぎる』

 

きっと…きっとあれだけの力が有れば、私の感じる恐怖や悩みなんて、砂つぶ程の価値も無いんだろうなぁ。

 

『すっごく…惨めだな。弱いって、怖いって…思う自分がこんなに汚く見える』

 

『汚くなど無い』

 

襖が不躾に開かれ、私の前に現れたのは…大きな竜が小さく化けたヒトだった。

 

『ヒィ!? な、なんですか? や、やめて! 食べないで!』

 

『食べないぞ…私は、食べずとも生きていられる』

 

食べなくても…って、じゃあどうやってそんなに強くなれるんですか。食事はまず生きる為に不可欠なんですよ? デタラメにも限度があります…!

 

あと自然に隣に座らないで下さい! 緊張し過ぎてまた倒れますよ!?

 

『私は、負の要素を持つあらゆるモノを糧と出来る。体質、性質と言っても良い。だが…何とも味気無いものなのだ』

 

『え? 負の要素…良くないモノを含むなら、何でも?』

 

『そうだ、形も無いというのに…何処からでも吸い出してしまう。君や永琳の居た月などは、言ってしまえば天然の水飲み場だ…勝手に私の腹に収まるのだから、迷惑極まり無い』

 

場所も時間も関係無いって、どれだけ業腹なんですか。入れ食い状態なのに満腹にならないなんて…容量が多過ぎるんですよ。そうですよね…アレが正体だとしたら、それくらい訳無いですよね。

 

『時に、君は何故臆病なのか。是非教えてくれ』

 

『うぇ!? あ、ああ…師匠に聞いたんですね。私のこと、そのままですよ? 怖がりで、自分勝手なんです…だから月から逃げたんですよ、私』

 

自己完結した物言いの私に、彼は顎に手を添えて何か思案している。ほんと…やり辛いなぁ。

 

『ーーーーそういう意味では無い。私は、何故逃げる事を選べたのかと聞いている』

 

『だから…! 私が臆病者だからです!』

 

『自分の選択を、何故臆病者のする事と詰る?』

 

だってそうじゃないですか…兵士として訓練してきた玉兎が、戦いを前に逃げ出して! 臆病以外の何なんですか!

 

『逃げたからに決まってーーーー!』

 

『逃げるとは、それほど恥じ入る事なのか?』

 

『ーーーーッッ!! だって、仲間もいたんです…尊敬してる人もいたんです…全部置き去りにしたから! 臆病だって言ってるんですよ!! やめて下さいよ…混乱させないで…』

 

『臆病なのは、許せないか』

 

決まってますよ…誰も好き好んで逃げたんじゃない。殺すのも殺されるのも嫌だから…どんなに恥ずかしくて惨めでも、誰かを傷付けるよりマシだって思ったから…!!

 

『…だとしたら、君はもう充分強いという事になる』

 

私の心を見透かした口振りで、彼は淡々と喋り出した。

そんな訳無い! 逃げた奴が強いなんて、あり得ない!

 

『友を、慕う者を…君は置いて来たのかも知れない。それでも…死にゆく仲間、討ち殺した敵の屍を晒すよりは、臆病者でいる方が良いと…決めたのだろう?』

 

『…! そんな、カッコイイ理由じゃないんですよ。裏切ったのに覚悟が無いから、こんなに苦しいんです…!! 私が弱いから…!』

 

『力が有れば、戦えるのか』

 

無いより有った方が、幾らか気持ちも鈍感に出来ますよ…私に負ける奴は、弱いから死んだんだって。

 

『戦う覚悟は無いというのに、力が有れば覚悟は備わるのか? そんなに力が欲しければ、くれてやらんでもないぞ』

 

『何を…言って』

 

『力が覚悟を伴わせるなら、与えてやると言ったのだ。私の一部を譲渡しよう。さすればお前は、瞬く間に月の塵共を一掃し得る力を手に入れる』

 

なんで…そんな、そんな事したらどれだけの人が死んでしまうか。人が死んだら、それを悲しむ誰かだって居るのに…何で簡単な事みたいに。

 

『弱いのも臆病なのも嫌なら、幾らでもやるぞ。そうしてお前は、その力とやらに備わる覚悟でもって…殺戮の限りを尽くせば良い。お前を貶め、蔑んだ連中の頭を根刮ぎ吹き飛ばせ…それがお前の言う』

 

『やめてくださいッッ!!』

 

もう嫌だ…聞きたくない。私が間違ってたから、自分で選んだのに言い訳してるから…だから、人の古傷を抉る様な言葉を。

 

『鈴仙』

 

『………』

 

『君は、とても優しい娘だ』

 

『……な、にを』

 

先程まで酷薄な物言いだった彼は、私の頭をゆっくりと撫でて…子供をあやす様な仕草と温かい声で語りかけて来た。

 

『良く聞きなさい…君は、優しいのだ。戦わない事を選んだ君は、他者を傷付ける事を何より厭う君は…例え身勝手でも、臆病などでは決して無い。力を得るよりも、力を捨てる事の方がどれだけ難しいか…私は知っている』

 

彼の言葉は…気休めじゃない、慰めじゃない。

私を否定せず、かといって全てを肯定もしない。嘘じゃないんだ…このヒトは戦いから遠ざかった私を、私なんかをーーーー心から、褒めてくれたんだ。

 

『偉い娘だ…鈴仙。君は立ち向かったのだ…戦いを余儀無くされる定めから、身を翻し抗った。君が選んだ道は、決して間違いではない。身勝手でも良いんだ…傷付けない事を選んだ君の心は、どんな力よりも強く優しい』

 

『私…わだし…! そんな、そんなんじゃ…! うう、ひぐっ! そんなごど…だれもッ!』

 

堪らず、私の眼からは大粒の涙が流れていた。彼に気付いて貰えた気がして。分かって貰えた気がして。初めて認めて貰えた気がして…逢ったばかりの彼の胸に、私は無我夢中で飛び込んだ。

 

『ーーーーーーうわぁぁあああんっ!! なんで…! なんで…ッ! ぁああああああっ! うっぐ! ひっぐ!!』

 

『良く、今まで独りで耐えたな…泣いて良い。涙が枯れるまで泣いて良いんだ、我慢するな。君は、臆病なんかじゃ無いんだ…月より降りた、優しい地上の兎よ』

 

 

 

 

 

彼の胸の中で、どれだけ泣き続けていただろう。

我に帰ると羞恥心でまた倒れそうになるけど…反して気分は晴れ晴れとしている。

 

『ごめんなさい。もう、大丈夫ですから…』

 

頭を撫で続けていた彼は私を抱き起こし、目尻に残った僅かな涙を拭ってくれた。

 

『でも…やっぱり、時には戦わないと。立ち向かわないと、いけないと思います。大切な人の為に戦う勇気も…私の憧れる強さですから』

 

掌返しの様な私の言葉にも、彼は不器用に笑っている。私の細やかな決意を、ちゃんと言葉にするのを待っている。

 

『殺し殺されなんて、今でも御免ですよ…それでも護る為の戦いなら、自分が死ななければ何とかカタチになるかなって』

 

『うむ、大変難しい事だ。欺瞞と断じる者も現れるだろう…貫けるか? 道は険しく、一度挫ければ後は無い』

 

『逃げるのが悪い事ではないと…貴方は言ってくれました。だからもう少し、もう少しだけ、欲張りたくなったんですよ』

 

纏まらない私の話に彼は耳を傾け、真摯に聞き入れてくれる。それに、もう期日は迫っている…あと二日しか無い。決めるなら今しか無い、彼が私を認めてくれた今なら。

 

『古来より、百人の敵を討った者は英雄とされる。ならば、君の戦いは百人、千人、何れは数え切れぬ者を護る為のモノへと変わる』

 

『今は…三人か、四人くらいで精一杯です。皆私より強い人ばっかりですけど』

 

『正しく、勇者の辿る末路だ。簡単には死ねんぞ?』

 

『死にませんよ。死なない様に頑張りますから』

 

私の答えを聞き、彼は徐ろに天井を眺めた。遠い視線に宿る想いは計り知れないけれど…彼の口元は微かに緩んでいた。

 

『では…私も見守って居よう。君が(まこと)の勇気で、大切な者を護れる様に…心から祈ろう』

 

『ーーーーはい!』

 

この瞬間、私の胸の中のつかえが取れた気がした。

やってやる…困難は直ぐそこで、見えない魔の手を伸ばしているから。戦わなきゃ、もう二度と…大事なモノを置いて行かない為に。

 






唐突なコウ様スカウターが発動しましたね。
計算がどんぶり勘定なのは歳のせいか作者のせいか。

永琳の強さには諸説ありますが、この物語では以上の値となっております。

そして主人公…昔からゴ◯ラみたいな扱いだったようです。それと同時に暴れていた頃は漏れなく黒歴史認定。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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