彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
深夜テンションで書き始め、気づけばもう休みが終わり…どうしましょう。

今回は過去話が長めです。この物語は勢い任せの超展開、稚拙な文章、厨二マインド全開でお送りします。

それでも読んでくださる方は、ゆっくりしていってね。


永夜抄編
第四章 壱 過去を想う、夢


♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

 

 

夢の中で過去の出来事を無意識に洗い直すのは、脳が正常に機能している一つの証明である。しかしながら、私の場合は脳細胞の隅々までが、肉体は眠りながら脳が完全に覚醒した状態で行われる。

 

 

何も知らぬ、知識欲と好奇心だけが身体を動かしていたあの時…私が無知で恐れ知らずな子供だった頃、人間が未だ産まれていなかった時代。見知らぬ土地で道に迷ってしまった私は…《彼》と出逢った。

 

『そんなに泣いて…どうしたのだ? 神々の間に生まれし、幼くも美しい少女よ』

 

声は父よりも暖かく、母よりも甘く、何処か虚ろな声に不思議と安堵したのを…幾星霜(いくせいそう)経とうとも鮮明に憶えている。夜の暗黒に足が竦み、幼いからこそ恐怖し立ち止まった私に…《彼》は問い掛けてくれた。

 

『あのね…ひっく、お家に…帰れないの』

 

『道に迷ったか。ならば少女よ…この我に、家の在る地名を教えてくれ。探してやろう』

 

声の主は、巨大な竜だった。黒く…深淵の色を帯びた二足で立つ竜。雲に届きそうな巨躯から、静かで優しい声音が響く。

 

私は食べられるかも知れないなどと微塵も考えず、正直に知り得る土地の名を彼に教えた。

 

『うむ、其処か…ではこの孔を潜ると良い。この先に、君の家が直ぐ近くに在る筈だ』

 

『ひっく……ほんとう?』

 

『本当だとも。さあ、夜の山は危ない…もう行くのだ』

 

彼に促されるまま黒く蠢く孔を潜ると…背後に茂っていた木々は無く、眼前には確かに当時の我が家が(そび)えていた。

 

その後私は父と母に酷く叱られ、叱られた以上に優しく抱き締められた。

 

買い与えられた図鑑に載っていた薬草が、遠方の山に自生していると突き止めた私は…父母の目を盗んで一人山へと登ったのだ。

 

幼少から多くの分野に才能を見出していた私には、山の知識は有っても、山を抜ける知恵や機転が欠けていた。

どれだけ周囲の大人に天才と持て囃されても、子供は子供。その日の夕餉は涙で塩辛さも倍に感じた。

 

竜が助けてくれたと父母に話すと…意外にも険しい表情で、二度とその山へ行くなと厳しく禁じられた。

 

『まっててね…すぐに行くから…!』

 

さりとて…好奇心と竜への礼を返したかった私は、綿密に山の地理を調べ上げて自力で帰る術を見つけ出し、約束を破って再度山を訪れた。

 

山に背を預けていた黒竜は、何とも珍妙な物を見た様に私を見下ろしている。

 

『…また迷ったのか? 懲りない娘だ』

 

『違うわ! あなたに、お礼が言いたかったから…』

 

消え入りそうな声で答えると、竜はしばし呆気に取られていて…前触れなくからからと笑い始めた。

 

『フハハハハハハ…そうか、我に礼か。 全く…将来は大物だな』

 

『もう充分スゴイからごしんぱいなく! 帰る方法もみつけたからたいさくは万全よ!』

 

得意げに捲し立てる私を見詰めて、竜は明るい声で笑ってくれた。その後は一頻り、竜と他愛の無い話題で盛り上がり…あっという間に時間が過ぎた。

 

『少女よ…夜がまたやって来た。帰るが良い』

 

『しょうじょなんて名前じゃありません! わたしには《オモイカネ》ってりっぱな名前があるの!』

 

『そうだったな…オモイカネよ、我が用意した孔を通って帰るのだ。父母には、山へ来るなと言い付けられているのだろう?』

 

彼は何処までも柔らかな声色で諭し、渋々孔に入る私を見送った。

身体が埋まる直前に、勢い良く振り返って竜に暫しの別れを告げる。

 

『またね! ぜったいまた来るからね!』

 

『ーーーー、ああ。分かった…待っていよう』

 

短い遣り取りを経て、約束を交わした私が後日山を訪れると…其処に彼の姿は無かった。

 

彼が居なくなった理由も知らず、心に蟠りを残していくつもの季節が巡り…私を含めた神々に連なる者達は、地上の(けが)れを嫌って月に移り住むこととなった。

 

 

 

 

 

更に多くの時が過ぎ去り…一人の恋人も子もなく、研究と実験に明け暮れた私は、気付けば月の研究施設にて最も高い地位に納まった。

 

そしてーーーー研究に必要な月の表側の地質調査に乗り出していたあの日、余りにも耐え難い事件が起こる。

 

助手も連れずに、奥まった月のクレーターで試料採取に勤しむ私の耳に…呻く様な呼吸と弱々しい誰かの声が聞こえる。

 

何かが近くに居る…警戒を強めてクレーターの中心を探ると、奇怪な術式で認識を阻まれていたモノが次第にその姿を現した。

 

『……何故だ』

 

この声には聴き覚えがある。

私の幼少時代に鮮烈な記憶を植え付けた出来事…地上の山奥で、私を救い出してくれた声。

 

『貴方…あの時の竜よね? 信じられない! どうして月に…』

 

彼は私の呼び掛けに、直ぐには答えなかった。

彼は月の表側…何も無い、荒れ果てた月の中心で、衝撃的な言葉を紡いだ。

 

『何故だ…何故私を、我を裏切る』

 

『ーーーーーーえ?』

 

裏切る…何を? 彼を? 違うーーーー私にではない。

私に言っている訳では無い。彼は月に居て…どうやって?

 

よく見れば…彼の四肢は太く強固な鎖で幾重にも繋がれ、尾も翼も縫い付けられた様に同じ鎖が絡んでいる。

理解不能…どうして、どうして…どうして!!

 

『何で繋がれてるのよ!? 答えて! 私よ、オモイカネよ!? 地上の山で助けてくれたじゃない!』

 

『……ああ…オモイカネ、憶えているとも。君も、月へ移っていたのだな…少し背が伸びたか? 前に会った時から、より一層綺麗になったな』

 

彼からの賛辞は、望外の喜びを私に抱かせたが…今はそんな状況ではない。彼は束縛され、痛ましく食い込んだ鎖には彼の肉を貫く杭が備わっている。

 

『それより、何故貴方が鎖でなんか…! 一体誰がこんな事を!?』

 

『ーーーー逃げろ、オモイカネ。此処に居てはならない』

 

『待ってて頂戴! 今の私の力ならーーーー!』

 

『駄目だッッ!!』

 

彼の怒号が私を押し止め、彼は絞り出した溜息の後に語り出した。

 

『私は…月の上役どもに裏切られたらしい』

 

『……月の上層部が、貴方を?』

 

先ず始めに、彼は自らの持つ力と性質を私に教授してくれた。負に纏わる凡ゆるモノを統べる圧倒的な能力。神々さえ赤子の手を捻るより容易に滅し得る力を持つ彼は、私が月へ移る直前…この地を開拓した上層部の連中に助けを請われて此処へやって来たと言う。

 

月を発展させてしまえば、何れ月にも穢れが及ぶと考えた連中は、負を糧とする彼を穢れの受け皿として此処に縛り付けた。

 

持て成す素振りで彼を誘き出し、本来なら月の民が立ち入る事も無い表側で拘束する。彼への卑劣極まる行いに、月の上役どもへの嫌悪感が急激に増して行く。

 

『私が月の民を害さぬと知っていた上役達は、斯様な鎖で月の核を重石代わりに私を縛り付けた。無理に引き抜けば、月そのものが崩れる事も承知の上で…』

 

『狂ってる…! この事が《月夜見》に露呈(ろてい)したら…!』

 

『無駄だ、奴は動かぬ…動けぬのだ。星の核に縛られた私を解き放つ事は即ち、自ら治める月の民を半ば見捨てるという事』

 

八方塞がりとは正に今。彼を助ければ月は壊れ、見捨てれば奴らと同じ裏切り者。彼に救われた私が、彼を…。

 

『逃げろ』

 

『そんな…! ダメよ、それだけは嫌ッ!! 貴方を助ける! 月の研究を一手に担ってきた私ならーー!!』

 

『止めろ。私を逃せば、君が背後から弓を引かれる…オモイカネ、私の言う事を心して聞くのだ』

 

嫌だ…嫌だ!! 彼に、その先の言葉を言わせてはいけない。それだけは許してはならない。だのに…私を見る瞳は何処までも穏やかで、目に映る者の平穏を真に願う優しさだけが宿っていた。

 

『私を、これより先の未来永劫…忘れ去るのだ。君は夢を見たに過ぎん…陥れられて尚、抗おうともしない愚か者の夢を』

 

『いや…いやよ…! やっと、また逢えたのに…っ!』

 

『戻れ、来た道を真っ直ぐに…振り返るな。思い返すな。君が私を慮ってくれるならば、君は君の進んだ道を…決して振り返ってはならない』

 

悔しさだけが胸を穿ち、口惜しさに涙が溢れ出る。

皮肉にも…初めて出逢った時と同じ、泣き(じゃく)る少女が独り。けれど、あの日の寂しさ故に流した涙ではない…ただ情け無い。私には、私を助けてくれた彼を説得する事さえままならない。

 

『行くのだ、オモイカネ。もうじき…私を打ち果たさんと、炎の槍が都より放たれる。解るのだ…最早一刻の猶予もない、君だけなら充分に間に合う。逃げろーーーー逃げろッッ!!』

 

彼の凄んだ声を最後に、私は一目散に月の都へ飛翔した。彼との約束を破らぬ様に、決して振り返らず、迷わず一人住まいの家へと逃げ帰った。

 

その日…私は大切なモノを喪った。優しい彼、私を救ってくれた彼を…一度ならず二度までも。

 

毛布に身体を埋めて、言い付け通りに忘れ去ろうと無理やり瞼を閉じた…しかしそんな真似が出来る筈も無く、私は虚ろな心のまま、不眠で朝を迎えた。

 

心の均衡が定まらずとも…一日の始まりに無意識に身体が動き出し、何気なく届けられていた朝刊に目を通した。

 

 

【速報 月の表側にて核実験の形跡有り。昨夜未明の地震は軍部の執り行った新型核ミサイルの試し打ちか?】

 

 

一文を読みきった後、誌面を握る手が震えていた。

歯を食いしばり、涙で赤腫れた目尻に再び涙が零れ落ちていた。

 

無気力な精神と裏腹に、身体が突き動かされて研究施設に顔を出すと…忌々しい上層部の指示書が仕事机に乱雑に置かれていた。

 

指示書の内容は、嘗て私が創った試験薬を服用し、不老不死と成って月を追われた《蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)》を地上へ迎えに行けというもの。

 

よくよく考えれば、彼を裏切った下衆な上役どもの送ってきた辞令が罠である事は自明だったが…堕落した精神は時の流れを忘れさせ、抵抗する気力さえ奪ってしまった。

 

 

 

 

上層部から派遣されて来た衛士どもを連れだって、輝夜を迎えに行き無事に再開した直後…私と彼が別れる間際に話した事が現実となっていた。

 

『蓬莱山輝夜…そして、八意永琳。神妙にせよ…いと高く貴き方々の命により、貴様等を連行する』

 

『ちょっと…? 私は兎も角何で永琳までーー!』

 

私の背に庇われる輝夜の問いに、武具を構えた衛士達は不愉快な嘲笑で応えた。理由は分かっている…あの日喪った彼と、私が知己だった事が上に知れたのだ。

 

『彼は……あの竜は、どうなったの』

 

『ーーーーーーあの悍ましい竜の事か。知らんな…大方、核に身を焼かれ、命乞いでもしながら死んだのだろう』

 

衛士達は私と彼の関係を聞かされていたのか、いや、そんな事はもうーーーーどうでも良かった。

 

優しかった…別れの時まで私を護る為、独り縛に付いた気高い竜を。貶し、蔑み、鼻で笑う奴らの無関心な有様が…私に残った最後の(たが)を外してしまった。

 

 

 

 

 

『ーーーーーーーーーー死ね』

 

 

 

 

 

我に返った時には…私は返り血で赤く染まった自身を顧みる事もせず、地機(じべた)に座り泣き叫んでいた。

 

『永琳…ごめんなさい。許して頂戴、だから…泣かないで、永琳』

 

違う…違うのよ輝夜、貴女の所為じゃ無い。

私があの時、彼を助け出す方法を見つけ出せていたのなら。或いは彼と共に、最期の時を受け入れていたなら。

 

『私たち、これからどうなるのかしらね。地上にも、月にも居場所なんて無いだろうし…』

 

輝夜の不安は、私にも理解出来る。しかし、哀しみに押し潰され…まともな解答が浮かばない。

 

月を離反し、ただ闇雲に逃げるだけでは駄目だ。考えろ…考えろ、何の為に…彼は私を。

 

そんな不甲斐ない私の頭の中で…突如、喪った彼の言葉が響き渡る。

 

 

【君は君の進んだ道を…決して振り返ってはならない】

 

 

抜け殻同然だった私に…何かがーーーーそう、活力が湧いて来た。それは、彼が私に残してくれた一筋の光明。

 

彼の想いは私の中でまだ生きている。進もう、輝夜を護り…私達の安住の地を探し出そう。彼が私を護ってくれた様に、私も彼女を見守ろう。

 

『進みましょう。姫』

 

『進むって…何処に?』

 

『何処までも…ですよ。平穏に暮らせる場所が見つかるまで』

 

それからの私達は、地上の方々(ほうぼう)を渡り歩き…何百年かの後に漸く、忘れ去られた者たちの楽園へ…幻想郷へ辿り着いた。

 

 

 

 

迷いの竹林と呼ばれる土地で…神代(かみよ)の時代から生き続ける白兎、《因幡(いなば)てゐ》の協力を得て永遠亭を建造した。そこからは落ち着いた生活を手にして、また何年かが過ぎた。

 

そして……彼と別れて何千年、何万年後かの現代。私は幻想郷全体を包み込んだ、昔懐かしい気配を感じ取る。

 

その日の私は、年甲斐も無く興奮していて…冷静とは程遠い珍妙な行動に出ていた。幻想郷を飛び回り、人目も憚らず髪を振り乱して、彼に良く似た気配を当ても無く追い続けた。

 

底の見えない、闇の性質を伴った強大な力の残滓。ある時は妖怪の山付近で、またある時は竹林にごく近い場所で…記憶の中の黒竜が発していた気配の在り処を求めた。

 

何日も費やし、成果の上がらない捜索に諦めを覚え、私の拙い妄想なのではと思い始めていた頃だった。

銀の双眸、黒髪の男を人里で偶然目にした。

 

『私は、負に属するモノを生み出し…操る事が出来る』

 

咄嗟に息を殺して…男の背後で様子を伺っていた私の耳に、確かに《負を操る》という言葉が聞こえた。

 

それは彼と同じ…深淵の色を纏った竜と同じ能力。

まだだ、まだ確証が無い。直接確かめるまでは、胸の騒めきを抑えなくては。

 

やがて男は、傍にいる翼を備えた妖怪の少女と別れ…男は更に人里の中心部へ去っていく。対して少女は、私の隠れている曲がり角の方向へ歩き出していた。

 

『御免なさい、少し…聞きたい事が有るのだけど』

 

『あや? どうされました? 此処らでは余りお見かけしない方ですね…』

 

不味い…思わず飛び出して、妖怪の少女に声を掛けてしまった。最近の私は奇行が目立つ…身内にも心配されるくらいにはおかしくなっている。

 

しかし引き止めたからには、何が何でもあの男の事を聞き出さねば。

 

『さっき、貴女の隣に男性が居たと思ったのだけれど…間違いない?』

 

『ええ…そうですが、それが何か?』

 

『その…なんと言うか、昔の知り合いにとても良く似ていて…だから』

 

しどろもどろになりながら妖怪の少女に尋ねると、眼前の翼持つ少女は実に分かり易い反応を示した。何か企んでいる様な、嫌らしい笑みで私を舐める様に見つめている。

 

『おや? おやおやおやおや? まさか、九皐さんの事が気にかかっておられるので?』

 

九皐(きゅうこう)という名前なのね…さっきの御仁は。

考えてみれば私は、《彼》の名を聞かぬまま永遠に近い別れとなってしまった。若かりし頃の自分の迂闊さが本当に悔やまれる。

 

『ええ…勘違いかも知れないけど、とても似ているの。昔、離れ離れになってしまったヒトに』

 

『そうですかそうですか! それはまた…いやぁ、彼と居ると本当に特ダネが舞い込んで来ますねぇ…あ、失礼しました。彼についてですよね? 是非! この射命丸が分かることなら喜んでお教えしますよ! それで!? お美しいお姉さんは一体彼のナニが気になるのですか!? 住所? 性格? スリーサイズ?』

 

突然捲し立ててくる妖怪の勢いに押されつつ、此方の聞いていない事まで色々な情報を勝手に提供してくれた。

 

私の胸中で、抑えていた筈の騒めきが一層強くなる。

詳しくは言えないと始めに断られたが…彼は人間では無い、人外の類である事。実力は折り紙付きで、幻想郷の各地に居座る大妖怪クラスの連中を軒並み倒して回った実績を持つ事。

 

加えて、遠巻きながら感じていた…彼の身に帯びた異質な空気。温かいのに隙が無くて、果ての無い暗がりの様な気配。しかし酷薄さなど欠片も無い…触れる者を包み込む在り様。

 

もしかしたら…万が一、奇跡的な確率で…彼が人間に紛して楽園に落ち延びていたら? 生きていたら?

 

永遠亭に戻った後も、上の空で一日を浪費した私は、ふと思い立ったかの如く口から言葉が洩れていた。

 

『彼に、手紙を書いてみようかしら』

 

 

 

 

 

 

私の記憶している、彼に関わる内容は此処まで…睡眠中だった筈なのに、脳が起きたまま大昔の出来事を一から十まで思い返すなんてーーーーやはり、あの男には何か有る。

もしかしたら、万が一…過去に喪った筈の彼がもしも、もしも。

 

 

 

外の世界から刺激を受け取り、眠っている身体が目覚め始める。早朝の少し冷たい気温と鳥の(さえず)りが心地良く、夢の世界からゆっくりと遠退いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『確かに、此処から先は一面竹林だな』

 

手紙にあった約束の日。地図に記されていた場所を求めて屋敷を後にすると、数多くの竹の木が生い茂る場所を発見した。

 

竹林の入り口へ向かうと、此方に視線を向ける小柄な少女が此方に手を振って声を掛けてくる。

 

『銀の眼に、黒髪の背が高い男…君は九皐さんでしょ? いやぁ初めまして! お噂は聞いてるよ。私は因幡てゐ、見ての通り白兎をやってるんだ! 今日は永遠亭までの道案内をさせて貰うよ』

 

てゐと名乗った少女の頭には、特徴的な兎の耳が生えている。気さくな口調なのだが…歳を重ねた者特有の落ち着きが有る。

 

『待たせたな。手紙と地図を受け取ったので来てみたが、永遠亭というのは竹林の中に在るのだな』

 

『あ! そうそう、此処の竹は育つのが早くてね? それに地面にも微妙な傾斜が付いてて見ず知らずの奴が当てずっぽうで入ると迷うから、遅れずについておいでよ!』

 

待ちくたびれていたのか、因幡は私の話を軽く流して早々と竹林へ入って行く。

 

私は置いて行かれぬ様に、青々とした竹林に敷かれた細い道を歩き始めた。

 

『八意…永琳』

 

今更だが、手紙の送り主と私は過去に出逢った事が有る。同じ、若しくは似ている名前で記憶の中に該当する者は居なかった。

 

だが…何かが違うと予感させる。《八意》、二文字の姓から連想されるのはーーーー。あの日、失意と屈辱を味わった彼の時代…短いながらも同じ時を過ごし、紆余曲折の末に月に囚われた私を憂い涙してくれた…違う名前のひた向きな少女が一人。

 

忘れ得ぬ過去に置き去りにした、二度と会う事も無いだろう彼女が…頭の片隅で強く浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 十六夜咲夜 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お嬢様から、異変が起こると予言されてから十日後の今日…霊夢から九皐様が行方不明になったとの報せが入った。

 

『私の見た運命に違わず、緩やかに異変が始まったわ。兆しが起こるのはもう少し先よ。咲夜、今は待ちなさい』

 

お嬢様は、九皐様がお隠れになる事も分かっていて…敢えて静観を選ばれた。行方の知れぬあの方が、それまではごく普通に過ごされていたのは疑いも無い。

 

ついこの前も、私の淹れた紅茶が飲みたいと紅魔館を訪ねて来られた。彼が来る度に私は心が弾んで、そういった日に用意するお茶は決まって会心の出来なのだ。

 

最初の一日目は、誰も疑いを持っていなかった。

恐らく、自分の所以外に足を運んでいるのだと。

二日目には、何かがおかしい…と漠然とした不安が幻想郷に立ち込めていた。八雲紫さんや、風見さんといった名のある方達が各勢力を訪れ…何処にも彼が居ない事を改めて確認した。

 

三日目には魔理沙、妖夢…そして私も険しい表情で博麗神社へ集まり、霊夢と四人で友人、主、あらゆる(つて)から持ち寄った情報を各々が交換しているのが現状だった。

 

『先生…一体何処へ行かれたのでしょうか』

 

『おかしいよな。アイツは幻想郷が好きみたいだったから、勝手に出て行くなんてのは考えにくいし』

 

『仮にそうだとしても…何の前触れも無く去るってのは、あいつの性格的にあり得ないわね』

 

『お嬢様の話では、九皐様は今も幻想郷の何処かにいらっしゃるみたいね…』

 

お嬢様の予言の精度は、不確定要素こそ多いものの結果だけなら百発百中。神社の境内で集まる面々も、薄々それは分かっている。

 

答えの出ない堂々巡りの意見は、各々が感じている彼の気配の確かさも相まって混迷の一途を辿っている。

 

『紫様は、どうされているの? 霊夢』

 

『相変わらず、探し回ってるわ。幽香や萃香も、知ってる場所をしらみ潰しに当たってる…私たちより、妖怪側の方が事態を重く見ているからね。どいつもこいつも殺気立っててやりにくいったら無いわ』

 

妖夢の問いに、霊夢が応え、また暫しの沈黙が訪れる。

魔理沙は髪を掻きむしりながら、しかめ面でもう一つ補足を加えた。

 

『アリスやパチュリー、フランも違和感を感じ始めてる…会いに行っても、やっぱ元気が無いんだよな』

 

『神社と自宅以外で彼が行きそうな場所と言えば…紅魔館、太陽の丘、魔法の森、冥界。妖怪の山…は無いわね。伊吹様や射命丸はともかく、山は彼を快く思っていない様だし』

 

『ーーーー待って、咲夜…地上だけなら、まだ二つ探してない場所があるわよ。そうじゃない! 何で気付かなかったかな…《無縁塚(むえんづか)》は無いとしても、《迷いの竹林》が一番怪しいわ。隠れたか出掛けたか、もし竹林で何か有ったとしたら…』

 

霊夢が声を荒げると同時に、空間に生じた裂け目から見知った方達が現れた。

 

『コウ様を見つけたわ! …ってどうしたのよ皆揃って、珍しく準備が良いのね?』

 

『あらあら…みんな心配で此処に来たのね? 九皐さんも罪なヒトですわ』

 

『コウは人間じゃないでしょう? あと、何で私まで…』

 

『咲夜…時は至れり、よ。明日には用意が整う…そうよね? 八雲紫』

 

八雲紫、西行寺幽々子、アリス・マーガトロイド、そしてレミリアお嬢様が裂け目から続々と出て来た。

 

総勢八名、人妖問わず神社に出揃った面子の内、後から来られた四名は彼の足取りを掴んだらしい。

 

『これは異変よ…コウ様が行方不明なのは、今起こっている異変が原因と見て間違いありません。特例で、今回は異変解決者の補佐として、私を含めた四名が共に調査致します。事態は予断を許さない段階ですわ』

 

八雲紫の宣言に、全員は無言のまま次の言葉を待った。

三度目の異変には…これまでより多くの人妖が関わる事となる。

 

そして、異変の真相に近付いた時こそ…姿の見えぬ彼が現れるという事を、此処に居る誰もが感じ取っていた。

 

『場所は調べが付いていますの。迷いの竹林に居を構える…《永遠亭》こそが、此度の異変の黒幕よ』

 

 

 

 

 

九皐様…必ず見つけて差し上げます。

この十六夜咲夜が生きる世界には、貴方の齎らす温かな暗がりと心の光が必要なのです。

 

貴方の不器用な優しさに、お嬢様も、妹様も、美鈴も、パチュリー様も、小悪魔も…異変の折にどれだけ助けられた事でしょうか。

 

皆、貴方の帰りを待ち侘びています…もし、お帰りにならない理由が有るとするなら。

 

私が異変を解決した暁には…お戻りになって、頂けますか?







コウって…多分お馬鹿さんか実はボケてるのかもしれません。何千万年、何億年という年齢の元ぼっちなスーパーお爺ちゃんなので…暖かい目で見てあげて下さい。

やっと…永夜抄編まで来ました。
あれ、妖々夢編でも似た様な事を書いた気もします…すいません。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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