彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅くなりまして、ねんねんころりです。
今回は主人公がぶっ壊れています。比喩ではありません。

この物語は御都合主義、だらだらとした進行、厨二マインド全開でお送りしています。

それでも呼んでくださる方は、ゆっくりしていってね。


第三章 参 再臨

♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

春の欠片に導かれ、あらぬ方向を飛び続けて数十分。

流石に魔法で寒さを和らげるのも限界に近づいた時、目の前の風景が一変した。

 

『なんだ此処? 階段…?』

 

入り込んだ奇妙な場所は地続きに上空へと伸びる階段が設けられていて、周囲には白い煙みたいな、玉とも言い難いモノがは漂っている。

 

それ等に紛れながらも、春の欠片は迷い無く先の見えない階段を片々と上がり始める。

 

『へぇ…この先がゴールって訳だ。闇雲に舞ってたんじゃ無かったんだな』

 

欠片に追従して箒の速度を一定に保ち進むと、明らかに場違いな奴が道を遮っていた。

 

『そこまでだ、霧雨魔理沙。この先は人間の…ただの魔法使いが行って良い場所では無い。此度の異変は、人間には手に余る』

 

『紫んとこの藍じゃないか…どういう事だ?』

 

『見えるか…頂きに立つ巨大な桜の木が。アレは、命ある者を死に誘う魔性の古木だ。其処に在わす者もまた…能力に触れただけで凡ゆる生命を亡き者にしてしまう。死にたくなければ引き返せ…弾幕ごっこに興じてくれる様な相手では無い』

 

色々と突拍子の無いワードを並べ立てられたが、つまりは行けば死ぬって事だな。此奴とは付き合いも浅いが、下らない嘘を吐く性分じゃないのは知ってる。

 

『はいわかりました…なんて、言うタマじゃ無いのは分かってんだろう? これは異変だ。異変は、人間の手で幕を引くもんだ』

 

『そういう次元ではない無いと言っている! 分からんのかこの戯けが! ただの小娘風情に収められる段階は、とうに過ぎているのだ!』

 

此奴…さっきから小娘風情だのただの人間だのと、偉く煽って来るじゃないか。こっちは初めから危険なのは分かり切ってるんだよ…それをベラベラと手前勝手な能書きばかり。

 

『頭に来たぜ、人間舐めすぎなんだよ! 狐崩れ! そんなに止まっていたきゃ独りで止まってろ!』

 

『愚かな…! 私とて、貴様等の身を案じているのが何故理解出来ない!!』

 

口汚い舌戦と共に、九尾の狐と私の真剣勝負が始まった。こっちは弾幕ごっこの延長でやり合うしか無いが、知ったことか。

 

ルール有る決闘、人と妖怪の共存の為、ご高説垂れて今までやってきた割にいざとなったら帰れ? 冗談じゃないぜ!

 

『私のスピードに付いて来れるなら、来てみやがれ!』

 

『貴様のお遊びに付き合うは無い!』

 

最初から全力ってことか。空間を埋め尽くす藍の弾幕は、米粒じみた形から蝶の形を模した物まで種類はやたら多い。

 

それらはどれも人間の身体では到底耐え切れない、直撃したら一瞬で肉の塊の完成だ。

魔弾の雨は苛烈さを増すが、箒の飛行速度に緩急を織り交ぜて躱し続ける。

 

『弾幕は直線型の単純な物ばかり、逃げるのだけは一人前か!』

 

『お前の攻撃がしょっぱいだけさ! これでも食らいな!』

 

エプロンのポケットから取り出した小瓶を藍目掛けて力一杯放り投げた。下らないとばかりに奴の手で叩かれたソレは容易く砕け、中身の液体が空気に触れて勢い良く爆散する。

 

『くっ…! 虚仮威しと思えばこの様なモノを、何処までも巫山戯た小娘だ!』

 

大して威力の無い研究の失敗作だったが、藍の逆上をうながすには充分に効果が有った。

 

空を高速で疾駆し私へ接近する奴は、私が小瓶を投げた時に仕掛けたもう一つの罠に気付かない。

 

『そこを通るのはオススメしないぜ?』

 

『何をーーーー』

 

詠唱を既に終えている魔法を、箒の描いた軌跡になぞって設置しておいた。遅延式の魔法は覚えるのに苦労したが、神様仏様パチュリー様ってもんだ!

 

藍の移動経路は、私が仕掛けた魔法の効果範囲に見事に入っている。

 

待機させていた魔法陣を藍の真下で解放すると、星型の弾幕が夥しい量で溢れ出し、狐の身体にぶつかっては弾けて行く。

 

『この程度でーーーッ!』

 

『終わる訳無いだろ!』

 

藍が無数の星型弾幕に晒されている間に、奴の真上から畳み掛ける様に一枚目のスペルカードを宣言した。

 

『魔符ーーーー《スターダストレヴァリエ》!!』

 

これは広範囲を纏めて攻撃する星型弾幕のスペルカード。奴の上下を遅延魔法陣とスペルカードで塞ぎ、弾幕を格子代わりに用いて檻とする。

 

だが…身動きを封じられている筈の九尾の狐の様子は、先程まで苛立たしげに吠えていた不遜な妖怪とは異なっていた。

 

『……霧雨魔理沙』

 

『…おう』

 

『私は式神ゆえ、どの様な事態にも私情を挟むまいと戒めて来た。主命さえ果たせれば、私という存在はそれで完結する…其処に自分の意思など、介しようも無いと。しかしそんな私にも、譲れないモノの一つくらい有るのだ』

 

彼女の独白に、私は目を奪われていた。

静謐な気配を纏い、最強の妖獣に相応しい気迫と、確固たる決意が黄金の瞳に宿る。

 

『紫様の幸福を願うことーーーーそれこそ私の幸福。此度の異変は主の、その御友人の…延いては我等の温かな日常を奪い兼ねない。故に』

 

九尾の狐。古来よりその超常的な知略と力を人間に恐れられ、信奉された大妖が今ーー

 

『前言を撤回する。貴様の望み通り、スペルカードルールによる決闘を以って正々堂々と勝利するッッ!!』

 

幻想郷を愛し、主人を愛し、友を守らんと誓う一匹の獣が全霊を懸ける。

 

『式神ーーーー《橙》』

 

藍が手にした一枚のスペルカードから、本来式神では行使し得ない筈の《式》が呼び出される。

 

その力の強大さから、自らも式でありながら式神召喚を可能とする。八雲紫には及ばずとも、覚悟と力を併せ持つ八雲藍の眼前に従者が顕現した。

 

『藍さま! 橙、只今参上致しました!』

 

『よく来たな。お前には私と共に、彼処の魔法使いを追い払って貰う…行け!』

 

『ニャアッ!』

 

猫みたいな鳴き声に併せて式神、橙は突撃する。

橙色の髪と瞳は藍が援護射撃として放った弾幕に照らされ、二股の尾を靡かせて体当たりで向かってきた。

 

『うおっ!?』

 

見た目よりその威力は凄まじかったらしく、余裕を持って避けたのに風圧で体勢を崩してしまう。

 

『生きた弾幕だって? 中々やるじゃないか!』

 

『当然だ! 橙は私が手ずから鍛えている! そこらの木っ端とはモノが違う!』

 

『グルグルグルグル!!』

 

身体を丸めて縦回転のボールの様に飛んで来る橙に追い立てられ、上下で展開していた弾幕の檻も解けてしまった。

 

『ーーーー《狐狗狸さんの契約》ーーーー』

 

隙を突かれ、藍のとっておきのスペルカードが宣言される。橙を陽動に使い、いつの間にか姿を眩ませた藍の打ち出す無数のレーザーが視界を埋め尽くした。

 

『檻とはこういうものだ…貴様に最早逃げ場はない!』

 

空間に響き渡る藍の声に詰みだと言い捨てられるも、私は絶対に諦めない。そう心に決めて光線の網の目を何度も潜り抜ける。

 

『人間が妖怪の異変を打ち破るーー』

 

幻想郷で人と人ならざる者が本当の意味で共生するには、妖怪が生きる為に起こす異変を人間が解決し、互いの健闘を讃えるのが何よりの方法だと私は思う。

 

異変解決とは、ただ妖怪を降し諦めさせるだけじゃない。

戦った後に、これからよろしくって祝ってやる為だ!

 

『それが出来なきゃ、解決したとは言えないぜ!』

 

確かに人の手に余る異変なのかも知れない。

だけど、それでも、解決に乗り出した奴が最初に諦めたら…誰が最後に笑顔で迎えてやれるってんだ!

 

『どっちか一方通行じゃ駄目なんだ! 人間が妖怪を、妖怪が人間を認め合うから幻想郷は成り立つんだ!』

 

だからさ…信じてくれよ。

私達は負けない。どんな苦境に見舞われたって、手を取り合って乗り越えられる筈だから。無理だなんて諦めて、遠ざけられるのは御免だ!

 

『魔砲ーーーー』

 

『させるな! 橙!』

 

『はい藍様!』

 

直角に曲がる軌道を描き、橙が再度突進してくる。

堪らず乗っていた箒だけを魔力で噴射させて迎撃し、両手で八卦炉を藍に構える。

 

『しみゃった!?』

 

『馬鹿な! 死ぬ気か!?』

 

 

 

 

『ーーーー《ファイナルスパーク》ーーーーッッ!!!!』

 

 

 

 

残る魔力を全て投じて、最高最大威力の光線を放つ。

空域一帯を迸るそれは、星に似た煌めきを伴って弾幕ごと藍達を飲み込んで行く。

 

『勝ったぜ…人間、舐めんなよ…』

 

体力精神力、魔力の一滴も使い果たした私は、空を落下する浮遊感に身を任せ…意識は暗闇へ沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『頑張ったわね…魔理沙、あんたの勝ちよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

階段を飛翔する途中、轟音と衝撃、光の中で…私はそれに聞き入っていた。

 

『どっちか一方通行じゃ駄目なんだ! 人間が妖怪を、妖怪が人間を認め合うから幻想郷は成り立つんだ!』

 

あんたも此処に来てたのね…心の中で呟いた直後、一層大きな光の筋が空中を覆い、それが収まると魔理沙の微かな声が耳朶に届く。

 

『勝ったぜ…人間、舐めんなよ…』

 

まるで捨て台詞の様でもあり、魔理沙らしいと溜息混じりに親友を受け止めた。

 

意識は失われている事を確認し、魔理沙が落ちてきた上空を見上げる。今にも倒れそうなぼろぼろの身体を浮遊させ、子を労わる親の様に何者かを抱える九尾の狐が一匹。

 

『なるほどね…』

 

藍の姿に戦意は微塵も感じられず、ただ魔理沙の方をじっと見つめている。状況としては藍の判定勝ちと取れるが、彼女は胸に抱く何かを庇った事で満身創痍。

 

魔理沙は感じられる息遣いや魔力の枯渇振りからして起きれば何とかといったところ。

 

『頑張ったわね…魔理沙、あんたの勝ちよ』

 

魔理沙が挑み、挑まれるのは決まって弾幕ごっこだ。

こいつには相手を自分の土俵に相手を引き込む不思議な空気がある。

 

『人間が妖怪を、妖怪が人間を…か。ただの綺麗事だ…なのに、目的は果たしたと言うのに、酷く打ちのめされた気分だよーーーーーーーーああ、お前の勝ちだ』

 

『ん…んぅ? にゃっ!? ら、藍様! 大丈夫ですか!?』

 

意識を取り戻したらしい奴は、よく見れば頭に猫の耳、臀部に二股の尾を生やした猫又の娘だった。

 

『気にするな、橙もよく頑張ったな』

 

『あうう…藍様…』

 

『ーーーー退きなさい…藍、橙』

 

二人の後方から…あいつは今までに見た事がない程、強烈な気配を発して現れた。

 

幻想郷の管理者、妖怪の賢者、スキマ妖怪、八雲紫。

纏う力は正しく大妖怪。幻想郷最強の一角と誰もが認める絶世の美女。いつもの様な柔らかさは微塵も無く、膝が笑いそうな威圧感で式神に命じる。

 

『はい…申し訳ありません』

 

『ゆ、紫様……あの』

 

『分かっているわ。二人とも、ありがとうね…後は私がやるから、二人は帰って傷を癒しなさい』

 

スキマを藍と、橙と呼ばれた猫又の為に開き、二人は深々と会釈してその中へ消えてしまった。

残されたのは意識の無い魔理沙と私…そして、

 

『ごめんなさいね…霊夢。今回ばかりは、魔理沙を連れて貴女もお戻りなさい』

 

『送り出した奴が、今になってしゃしゃり出て来るなんておかしな話よ。理由が有るんでしょ?』

 

強張った表情で、しかし言葉は何処までも優しげに…紫は私達を追い返そうとする。対して私が訳を問うと、瞑目して静かに口を開いた。

 

『…コウ様が、誰も近づけるなと仰ったの』

 

『九皐が? どうして』

 

『…異変を止める為よ』

 

返ってきた答えは、私の想像を容易く飛び越えた。

二人して私を此処に来させた癖に、先に来て挙句近づくな? 悪い冗談よ。

 

『お聞きなさい、霊夢。この異変の元凶は、ありとあらゆる生者を死に誘う。その力には触れても掠っても結果は同じ…等しく死が待っている。人間である貴女達が、解決したとしても死んでしまったら…楽園は再び人と妖の均衡が乱れてしまう』

 

『私の能力を忘れたの? 当たらなければどうという事はないでしょ』

 

紫は言い返す私の前で首を振り、遠回しの拒絶と否定で尚も語る。

 

『問題はそれだけではないの…この先に在る桜の木、西行妖は私でさえ手の出せない危険なモノ。今は春の殆どが集められ、もうじき七分…いえ、八分咲きの花を咲かせる。そうなれば、周囲の命有る者は皆死に絶えてしまう』

 

紫の口から紡がれる異変の中身は、よっぽど根の深いモノらしい。その西行妖ってのを止めようとすれば異変の首謀者が邪魔をし、間に合わなければ即ゲームオーバー。普通なら帰るわ…普通ならね。

 

『あっそ。なら間に合わせれば良いだけね』

 

『駄目よ、行かせられない…どうしても行きたければ』

 

やっぱりね…結局こうなるのよ。

でもね紫、私聞いちゃったんだ…魔理沙がまだ、藍と戦ってた時に言った事を。

 

《人間が妖怪を、妖怪が人間を認め合うから幻想郷は成り立つんだ》って。ねえ、紫…あんたも、聴いてたんじゃないの?

 

『私を倒してから征きなさいーーッ!!』

 

魔理沙は藍を認めさせた。あんたがどれだけ、私達の身を案じてくれてるか分かってるつもり。

 

『異変は私が解決する…! あんたは負けて悔しがれ!』

 

だから紫…あんたにも、私のことを認めさせてやるわ。

九皐のバカに何言われたか知らないけど…異変の最後は人間が締めるのが、幻想郷の流儀でしょうが!!

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

見事な枯山水の庭園、調和のとれた景観で訪れる者の心を魅了する冥界の屋敷。

 

辿り着いた古めかしい建造物は、その見て呉れに表し難い味を醸し出している。その中でも一際目を惹くのは…延びる枝に所狭しと結び付く花々を備えた妖怪桜。

 

そして…西行妖の真正面に揺蕩う亡霊の少女は、和やかな口振りと表情で此方に語り掛けた。

 

『ようこそ、白玉楼へ。私は西行寺幽々子…この冥界に座する屋敷で死した魂を管理する、しがない亡霊ですわ』

 

『君が…紫の友か。死を司る、嫋やかな少女よ』

 

口元を扇子で隠し、上品な仕草で微笑む彼女の真意は読み取り難い。分かるのは、彼女はあの桜に対峙する者を、排除せんとする不可視の意思のみ。

 

『暫し、お待ち下さいな。今はまだ七分咲き…満開となるには、未だ春が足りません』

 

『構わない。今の西行妖に用があるのだ』

 

手にした扇子を畳み、微笑みの奥に覗かせる鋭い眼光は私への対処を決定付けたらしい。

 

『なりません。この愁いを晴らすには、どうしても花開かせたいのです』

 

『出来ぬ…花見に興じる気分でも無い。君の擁する妖怪桜に、これ以上好き勝手されては困るのだ』

 

『では、舞を一つ…共に踊って頂きましょう』

 

『いいや、必要無い』

 

内に漲る力を周囲に溢れさせ、闇の気質から黒く縁取られた銀光を纏う。亡霊の少女…西行寺幽々子よ。君には一つ、私の行いの隠れ蓑となって貰う。

 

『掌握、改定』

 

『ーーーーーーえ?』

 

負に属するモノを操る力。

負とは無であり、闇であり、死である。

死を司る君に誰もが畏敬を払う…だがそれは、死とは絶対だと命有る者は知っているから。

生憎と、我には全く関係の無い事だ。

 

『死とは所謂負の極致…その一つだ。尤も、我には手遊び程の価値も無い』

 

負を操るとは、否応無く負の総体を内包するに他ならない。負とは零であり、また無間、よって無限である。

 

『何、これ…身体が動かない…!』

 

『アレを消し去るだけならば、この様な手間は不要だが…君を思えばそうも行かぬ』

 

誤って彼女を塗り潰してしまわぬ様に、優しく包み込む挙動で…洩れ出した深淵の光は亡霊を覆った。

 

『………』

 

『君には頼みがある』

 

『……何かしら?』

 

西行寺幽々子の声に否定は混じらない。我の望みにただ応えるべく、我が心の赴く侭に…操り人形は歩み寄る。

 

『此処に来る者が在れば、足止めして欲しい。桜を手折られたくは無かろう』

 

『ええ…そうね。貴方の仰る通り、西行妖は大切な木…ですもの』

 

亡霊の少女は疑問にも思わない。我が命ずる言葉、内容、書き換えた事柄は揺るがない。

 

『殺してはいけない…しかし通すな。心配は無い…全てが終れば、伏して君に、この命を預けよう』

 

『……殺さない、けれど通さない。貴方が、桜の木を…書き換えるまではーーーー』

 

彼女の応答を聴き終えて、その場を歩き去る。

我は何と罪深いのか…この様な外法、卑劣極まる手段で、彼女を異変解決者の当て馬とした。

 

『……今更か』

 

此度の件、我は傍観者を辞めたのだ。邪魔はさせぬ…何人にも、妖怪桜と我の語らいを止めさせはしない。

例え…糾され罵られようとも、楽園を追われる事になろうとも。

 

庭の奥、枯山水を乱さぬ様に跳び越え、其れの前に確と立つ。胸の中で渦巻く怒りは…意図せず力を発散させ、桜と我を闇に溶かす。

 

『美しいな…花の色付きも実に良いーーーーが、不愉快だ。我自ら手直ししてやる…喜べ』

 

西行妖に触れて、その内側を探り始める。

根に横たわる亡骸を感じ、木の裡に流れる力、穿たれた楔の現在の強度、双方の性質を解析する。

 

精神世界とも呼べる奥底で浮かび上がったのは、根に身体を押さえ付けられ、その身は灰色に染め上げられた半透明の少女だった。

 

これは彼女の生前の姿…今も楔として機能する亡骸は、徐々にその支配権を奪われつつある。

 

【誰なの…?】

 

【君の、助けになりたくて来たのだ】

 

【無理よ……私でも、もうどうにも出来ない】

 

【そんな事は無い、用意もある。後は君が…了承してさえくれればな】

 

磔にされた聖者の如き少女は、怪訝な空気を漂わせながらも、私の言葉に耳を傾けてくれた。

 

【どうすれば良いの?】

 

【君に聞きたい事が有る…それに答えて欲しい】

 

【良いわ…聞く】

 

彼女の力無い声は、こうして話している間にも妖怪桜に脅かされているが故…急がねばならない。

 

【君は自らを犠牲に、西行妖を封じた。何故だ? ただ無力化するだけなら、その場で力を振るい枯れ死なせてしまえば良かった筈だ】

 

【だって……出来ないもの。お父様が…私の父が、この桜をとても愛していたから。死して尚、共に在りたいと焦がれる程に】

 

やはりか…少女は亡き父の為、父の愛した桜を残す為、その身を媒介に楔を打った。

 

【でもね…私も、辛かったから。私とこの桜の所為で、理不尽に大切な人の死を見なければならなかった…本当は、本当は】

 

痛ましい限りだ。人は大した理由もなく、突然に生涯を終える事は珍しく無い。しかしながら…如何なる理由が有ったとしても、罪無き者に望まぬ死を強いる権利など有りはしない。

 

【もっと…友達と遊びたかった。普通に恋をして、幸せになって…子供も産めたらなんて…心の何処かで考えていた】

 

彼女の望みを、我に全て叶えてやれる力は無い。無力感というモノは、何時味わっても慣れぬものだ。

 

【我には君を生き返らせる力は無い…だが、君の意識を残したまま、西行妖を止める事は出来る】

 

【そんな事が……貴方は、一体】

 

【我はただの…変わり者だ。死をも恐れぬ、愚か者に過ぎない】

 

【ふふ…変なヒトね。でも…何故かしら? 貴方からは、嘘を感じない。きっと私を助けてくれるのも、本当の事なのね。良いわ…貴方に、お任せします】

 

彼女の承諾を聞いて、意識は内側から外へ戻って来た。

漸くだ…この溜め込んだ想いを、漸く全て吐き出せる。

 

 

 

 

 

『貴様…貴様! 貴様ァァアアアアッッッ!!! 許さぬ!!古木に寄生する犬の糞にも劣る虫ケラがッ!! 死へ誘うだと!? 精気を吸うだと!? 木を依り代に産まれただけの出来損ないがッッ!!! よくも…よくもッッ!!』

 

 

 

 

言葉に表し切れない激情が、全身に力を滾らせ、拙い罵詈雑言は怒声となった。

 

『よくもーーッ! 我が友を…ッ!! 紫に涙を流させたなッッ!!!』

 

捲し立てる思い付く限りの詰りは憎悪を肥大化させ、抑えていたモノを本来の容に戻して行く。

我は暴れ出す身の内を曝け出し、冥界にてその姿を顕現させた。

 

 

 

 

 

 

『■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 






ついに、コウは心の中にわだかまるモノを吐き出し、本性を表しました。

次回は現在構想中ですが、また読んでやっても良い方は続きをお待ち下さい。

長くなりましたが、最後まで読んでくださった方、誠にありがとうございます!

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